教育相談室 かけはし 小中連携版

ある小学校に設置された教育相談室。発行する新聞「かけはし」が、やがて小・中3校を結ぶ校区新聞に発展しました。

奈良県放火殺人事件を考える

2006年06月26日 | 子どもの事件
【いきなり殺人…非行のステップを踏まない少年事件の増加】 
 「非行のステップ」という言葉があります。中学校の生徒指導では、遅刻数が増える→変形服を着用し頭髪を染める→喫煙する→夜遊びが重なる→暴力事件を起こすといった非行のステップを常に意識しながら指導を行なってきました。大きな事件が起きるまでには、様々なサインが子どもから発せられており、そのサインを見過ごさず対応していくことが生徒指導の基本となっていました。
 しかし長崎の同級生殺人事件をみてもわかるように、それまで何の非行もなかった子どもが急に殺人事件を起こしてしまうという事例が後を絶ちません。これは神戸の酒鬼薔薇連続殺人事件以降の大きな特徴です。尾木さんは少年事件の新しい傾向として①成績優秀な子どもが突然凶悪事件を起こす、②攻撃の矛先が身近な家族に向けられる、③少年たちの事件が残忍で異常であるにもかかわらず精神鑑定の結果は「正常」つまり「ふつうの子」という結論が下されていることをあげています。
 これは、「かけはし」NO5(4月18日発行)で、尾木直樹さんの著書『思春期の危機をどう見るか』を紹介したときの文章です。まるで今回の事件を見越したような文だったと、今読み返してみて改めて思うのです。

【新聞で語られた子どもたちと親たちの苦しみ】
 放火と殺人容疑で長男が逮捕されたことにより、断片的ではありますが、事件に至る状況が伝えられつつあります。「小学校でずっと成績がトップクラスだった長男は、中高一貫の難関私立中学校に入学。しかし思うように成績が伸びなかったという」「苦手な英語の試験の結果が思わしくなかったが、日頃から試験結果について厳しく言う父親に対して、まあまあできたとうそをついていた。母親が保護者会に出席すると自分のうそが明らかになってしまうことを恐れた」(朝日新聞6月24日朝刊)「信頼していた父から殴られ続けて恨むようにもなった。家族を殺そうと思っていた」(朝日新聞6月25日朝刊)などが新聞でも報道されています。
 24日の夕刊には、私立中高一貫学校で子どもを学ばせている保護者の不安が寄せられていました。神戸市内の自宅から京都有数の進学校に通わせている父親は、成績が返ってくるたびに息子との関係が悪くなっていると感じ「息子を医師にしたい」「医学部進学を押し付けてはいけない」という反する思いに揺れながら「とてもひとごととは思えない」と語っています。同じく中高一貫校で学ぶ娘を持つ母親は、成績上位者で編成する特設クラスに入れなかったことをきっかけに、娘が夜中に家を抜け出すようになったことを語っていました。

【国連が懸念する日本の教育】
 非行歴のない成績優秀な子どもが「突然」凶悪事件を起こすことは、予測不可能なことかもしれません。しかし個々のケースについては予測できなくても、日本の受験教育の歪みが無視できないところにまできていることは国連によっても指摘され、その改善を勧告されています。
 「日本の教育システムがあまりにも競争的であるため、子どもたちから遊ぶ時間や、からだを動かす時間や、ゆっくり休む時間を奪い、子どもたちが強いストレスを感じていること、それが子どもたちに発達上のゆがみを与え、子どものからだや精神の健康に悪影響を与えている」ため適切な処置をとること。(1998年6月5日勧告)
 「教育制度の過度に競争的な性質によって子どもの身体的および精神的健康に悪影響が生じ、かつ子どもが最大限可能なまで発達することが阻害されていること」「高等教育進学のための過度な競争のため、学校における公教育が、貧しい家庭出身の子どもには負担できない私的教育によって補完されなければならないこと」を改善すること。(2004年1月30日)
 発達上のゆがみを与え、子どものからだや精神の健康に悪影響を与えているという指摘は、今回の事件にも当てはまるのかもしれません。

【事件から学ぶべきもの】
 東京大学大学院工学系研究科の畑村洋太郎教授は『失敗学のすすめ』(講談社)の中で「1:29:300」のハインリッヒの法則を紹介しています。これは1つの人命にかかわる重大事故が起こる背景には、29件の負傷事故があり、29件の負傷事故が起こる背景には、300件のミスが起こっているという統計上の法則です。この法則を今回の事件に当てはめると、全国300の有名進学高等学校で、殺人事件につながる危機が存在しているということになります。昨年起こった静岡県タリウム殺人未遂事件も、山口県爆弾投げ込み事件も、県内で「トップクラス」と言われる高校で起こっているのです。
 OECD加盟国の学力調査で連続首位に位置するフィンランドの教育が注目されています。フィンランド政府は、その成功の理由を次のように説明しています。①生徒は近くの高校に通う。(ちなみに高校の規模は全校で250名)②教育は大学まで無償である。③選んで教育するのではなく、平等な総合教育である。④ひとり一人が向上するという方針に基づいて生徒を評価する。したがっていわゆる点数主義でもなく、ランキング付けもしない。⑤高い教員の資質、自主的な教員であることを基としている。⑥皆で社会を築いていこうという学習概念に拠っている。
 日本で言われる教育改革は、1990年代のアメリカの教育改革をモデルとしています。しかし私には、充分な実績を上げているフィンランドの教育も魅力多いと思うのです。


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3 コメント

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拝読いたしました (住職)
2006-07-08 22:19:57
 当方のブログにコメントいただき、誠にありがとうございました。教育相談員様のブログは初めて訪問させていただいたのですが、とてもたくさんのことをお教えいただきました。ありがとうございました。また度々訪問させていただいて学ばせていただきたいと思います。

 さて、文中にあります畑村洋太郎教授の『失敗学のすすめ』は、まだ読んでいませんので、ぜひ読んでみたいと思います。

 同じような考えは、仏教では「縁起の法」にあります。縁起とは、ご存知のように一切のことは縁により起こったものであるということであり、一切のことは縁になるということです。縁起の法から言えば、失敗も苦しみも悲しみも、全て大切なことに気付くための縁だということです。一切は結果ではなく、縁だというところに、失敗も包むやさしさがあります。

 水谷 修先生の講演をお聞きした時、「子どもは失敗するから子どもなのです」とお聞きしました。失敗も包む大いなるやさしさが、子どもを育てるためには大切なのではないでしょうか。

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コメントありがとうございます (BBR)
2006-07-09 21:11:13
こんばんは。拙ブログまでご来訪いただきまことにありがとうございます。一つ一つの記事に心がこもっているブログと、感銘を受けました。



奈良の事件に関しては、自分としては精一杯頑張っても、現実に「越えられない壁」としてそこにいる父親という環境の他に、彼にとっては、エディプスコンプレックスの超克という機会が与えられない状況というのが、もう一つの問題になっていたような気がしています。



せめてもの救いは、学校側が父親の出した退学願いを保留扱いにしていること、そして同級生や卒業生から、寛大な処分への嘆願書が多数出されていることだと思います。母校という贔屓目だけでなく、このコミュニティは少年を見捨てていない、と感じられるところが、棄てたもんじゃないな、と思う所です。
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Unknown (のら55)
2006-07-10 00:06:51
ブログへ投稿ありがとうございました。

普段は阪神のおちゃらけたネタばかりですが、この事件を見てとても人事とは思えずに取り上げさせてもらったのですが、

子供が納得しないままに親が強制するのがそもそもの原因でしょう。

しかし、中学生や高校生の時点では「自分が~なりたいから」という風に考えることができる子は少ない。

だから今回も成績がのびないなら我々であれば「自分のふがいなさ」に自己嫌悪というところですが、強制であるために父親が対象になったのでしょう。

確かにいい大学にいけば就職もいいだろうし、収入も良く、頑張ってよかったな~と思い親に感謝する日は将来来るかも知れませんが、この中学高校のころにそこまで考えろというのは酷でしょう。

もし、子供自身の意志であれば「別の人生」も考えたでしょうが、親の強制なので期待に応えられなかったその後のことは子供には想像もつかず、「期待に応える」ことしかなくなってきて、それが追い詰められるとこういった事件が起きると言うことでしょう。



昔やんちゃやってた人のほうが人間的にしっかりした大人になっているケースが多いのは若いうちに色々な人間関係の経験をしているからでしょう。多分1回挫折から立ち上がった人間はその経験が一生糧になると思います。



若いうちの失敗はなんとでも取り返せる。

それを大人は怒るのではなく諭すことで今後のその子の人生にプラスにもっていくようにしてあげるべきであると思う。



こういう子に必要なのは「よき理解者」。

親がダメなら教師がその役目を買ってあげることができれば最高だと思います。



私も今はサラリーマンですが、昔、教師を志し、一応中学と高校の教員免状も持っております。そういった人間の私観です。



とりとめのない文章で申し訳ありません。

また時々のぞかせていただきます。
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