宇宙そのものであるモナド

生命または精神ともよびうるモナドは宇宙そのものである

エドガー・アラン・ポー(1809-1849)『黒猫』(1843):「偶然」であると「理性」によって説明されても、「蓋然性」(確率)の程度が極めて低い出来事は、「怪奇現象」と説明される余地がある!

2022-12-14 15:44:40 | Weblog
(1)
明日、わたしは絞首刑になるが、そのような結果をもたらした事件の顛末を報告しておく。今わたしは、魂の重荷をおろしておきたいのだ。その事件は、「バロック的な怪奇趣味」によっても、冷静で論理的な「知性」(理性)によっても解釈しうるものだ。
(2)
わたしは子どもの頃からペットを飼うのが好きだった。わたしは若くして結婚したが、妻はわたしのペット好きを知ってわたしに大きくて美しい黒猫をプレゼントしてくれた。この猫は賢く、名はプルートー(死者の国の王)だ。猫黒はわたしのお気に入りのペットで話し相手、いつもわたしのあとをついてきた。
(3)
黒猫との友情は何年間も続いた。しかしわたしは「酒乱」だった。日に日に機嫌が悪くなるばかりで、やがて妻に暴力をふるい、プルートーにもわが不機嫌による被害が及んだ。《感想1》この小説は「酒乱」への警告でもある。アメリカでは1840年代に禁酒法の運動が始まっていた。(敬虔なキリスト教の宗派、特にメソジストがその先鋒を務めた。)
(3)-2
しかも人間には「天邪鬼」(アマノジャク)の衝動がある。「してはいけない」と熟知しているからこそ、それを破る衝動だ。わたしは罪もない黒猫への暴虐を、エスカレートさせていった。
(3)-3
ある日、わたしが泥酔して帰宅したとき、この黒猫が自分を避けているような気がした。わたしは黒猫を乱暴につかまえた。黒猫は驚き、わたしの手に嚙みついた。その刹那、悪魔の怒りに憑りつかれたわたしは、ナイフを取り出し、黒猫の喉を掴み、その片方の眼球を眼窩からくりぬいた。《感想2》「黒猫プルートーがわたしを愛しているのを知っていた」からこそ、わたしは黒猫を吊るした!人間がもつ「天邪鬼」(アマノジャク)の衝動!
(3)-4
黒猫プルートーは徐々に怪我から回復していったが、わたしが近づくと怯えきったようすで逃げ出していく。あれほど自分になついていた黒猫があからさまに嫌悪感を示すので、わたしは苛立ちがつのった。ついにある朝、わたしは黒猫の首に輪縄をかけ木の枝からつるし殺した。
(4)
この残虐なる犯行がなされた当日の晩、家が火事となり全焼した。わたしたち夫婦は命からがら逃げのびた。翌日、焼け残った仕切り壁に首にロープが巻き付いた猫の姿が浅浮彫のように残っていた。わが驚愕と恐怖は極致に達した。
(4)-2
これは信じられないような「怪奇現象」だが、「理性」的に説明できる。火事で家の周りに集まった群衆の誰かが、住人を叩き起こすために、開いていた窓からわたしの部屋へ投げこんだのだ。猫の死骸は漆喰壁とベッドの頭の部分にたまたま落ちた。燃えた石灰と死骸のアンモニアとが融合して、今見たような猫の姿が残ったのだ。
(5)
「理性」の上では解決がついたが、わたしは黒猫のまぼろしを振り払うことができなかった。ある晩、酒場で一匹の黒猫を発見した。プルートーと瓜二つだった。ただ胸にぼんやりと巨大な白の斑点があった。新しい黒猫はわたしを気に入り家にまでついてきた。そして翌朝、こいつの片目がプルートーと同じくえぐり取られていることに気づいた。わたしの中には、新しい黒猫への嫌悪感と憎悪が湧きでた。だが妻には慈愛に満ちた心があった。(それはかつてわたしが備えていた心だ!酒乱がわたしを変えてしまった。)妻はこの新しい黒猫をかわいがった。
(5)-2
何週間もたつうちに徐々に、「かつて惨殺した黒猫」を思い出させる新しい黒猫に、わたしはおぞましさを感じるようになった。黒猫の姿をみるとわたしは、こそこそと逃げ出した。わたしはこの新しい黒猫を忌み嫌ったが、やつはますますわたしになついてきたように思えた。そしてこの黒猫が呼び起こす恐怖感は、その胸の白い斑点が「絞首台」の輪郭を帯びることで頂点に達した。
(5)-3
この1匹の獣がわたしに「耐え難い呪い」を仕掛けてきたのだ。もはや休息の余地はなくなった。わが心を圧迫する悪夢に、いつもの不機嫌な気質が増長し、わたしは突発的で抑えきれない怒りの爆発を繰り返すようになった。従順なる妻は一番の被害者として誰より耐え忍んだ。
(6)
ある日、妻がわたしに付き添い、「貧しさゆえに住居として選んだ古い建物」の地下室に降りていった時のことだ。急な階段なのに黒猫も後からついてきて、危うく人間のほうが真っ逆さまに転げ落ちるところだった。わたしは烈火のごとく怒った。斧を手にすると、黒猫に一撃を食らわそうとした。それを妻が引き留めた。予期せぬ邪魔に、怒り心頭に発したわたしは、妻の脳天に斧を見舞う。うめく間もなく即死だった。《感想3》酒を飲んでいないときでも、「わたし」は感情のコントロールが出来ず、凄まじいDV(domestic violence)を引き起こす。
Cf . 現在の日本では夫によるDVの原因は(a)妻に暴力を振るうのはある程度は仕方がないといった社会通念、(b)妻に収入がない場合が多いといった男女の経済的格差、(c)夫の人格的暴力性など。
(6)-2
わたしは妻の死体を隠蔽するほかなかった。「地下室の壁に塗り込めてしまえばよい」とわたしは思った。地下室の壁の造りはぞんざいで、容易に壊せた。しかも煙突ないし暖炉をつくるはずだった空間があって、そこには煉瓦が押し込めてあるだけだった。詰め物の煉瓦を妻の死体と入れ替え、立たせたままの姿勢で、壁全体を漆喰(シックイ)で覆った。この死体処理はすべてうまくいき、わたしは満ち足りた気持ちだった。
(6)-3
次は「これだけの悲劇を引き起こした元凶たる新しい黒猫」を見つけ出さなくてはならないとわたしは思った。わたしはあいつを殺すべく決意を固めた。だが姿を現さない。黒猫は一晩中、現れない。翌日も3日目も現れない。あの怪物はこの家から立ち去った!あまりの幸福感で、わたしは天にものぼる心地だった。
(7)
妻の姿が見えないことから、わたしは警察から何度か訊問され、家宅捜索も行われたが、何ひとつ発覚しなかった。事件から4日目、再び警察の一団が家に入り込み、再び徹底的な家宅捜索に取り掛かった。彼らは地下室に今一度降りていった。だが何も不審な点はない。警察はすっかり納得し、帰りじたくを始めていた。《感想4》漆喰は塗るとすぐに乾く。しかもわたしは「以前のもの」と見分けのつかないように漆喰をぬった。だから警察もだまされた。
(7)-2
警察の一団が地下室の階段を上りかけていた時、調子にのったわたしは「壁はじつにしっかりと組み立てられているのです」と壁をトントンと叩いて見せた。だが、なんと壁の中から声が返って来た。最初は弱々しく切れ切れの声、やがて長く甲高く切れ目のない叫び声、何者かが吠えて、悲壮な金切声をあげる。わたしは恐怖に気が遠くなり、凍りついた。
(7)-3
警察の一団が壁をめがけて押し寄せた。壁がそっくり崩された。そこから現れた妻の屍は腐乱し、血糊でぬらぬらした姿で立ちつくしていた。そして彼女の頭上に、真っ赤な口を開け、ひとつしかない眼球をランランとか輝かし、あの黒猫がいた。わたしはこの怪物を気づかぬまま、妻と一緒に壁の内に塗り込めてしまっていたのだ。

《感想5》これら一連の出来事の内、「理性」(知性)によって「偶然」と解釈される出来事は、「怪奇現象」と解釈されることがある。すなわち「蓋然性」(確率)の程度が極めて低い「偶然」の出来事は、「黒猫の呪い」(怪奇現象)と説明される余地が出て来る。
①わたしが「黒猫プルートーの首に輪縄をかけ木の枝からつるし殺した」、この残虐なる犯行がなされた当日の晩、家が火事となり全焼した。これは「偶然」であると「理性」によって説明されるが、「蓋然性」(確率)の程度は極めて低い。かくて「黒猫の呪い」(怪奇現象)と説明される余地が出て来る。
②焼け残った仕切り壁に首にロープが巻き付いた猫の姿が浅浮彫のように残っていた。これは信じられないような「怪奇現象」だが、「理性」的に説明できる。「火事で家の周りに集まった群衆の誰かが、住人を叩き起こすために、開いていた窓からわたしの部屋へ投げこんだのだ。猫の死骸は漆喰壁とベッドの頭の部分にたまたま落ちた。燃えた石灰と死骸のアンモニアとが融合して、今見たような猫の姿が残った。」つまり「偶然」であると「理性」は説明するが、「蓋然性」(確率)の程度が極めて低い。かくて「怪奇現象」と説明される余地が出て来た。
③プルートーと瓜二つの黒猫が出現したこと。これは「蓋然性」(確率)の程度が極めて低い「偶然」だ。かくてその出来事が生じたことは、「怪奇現象」と説明しうる余地がある。
④新しい黒猫の片目がプルートーと同じくえぐり取られていた。これは「理性」的説明では「偶然」だが、「黒猫の呪い」(怪奇現象)と説明される余地がある。
⑤新しい黒猫には、胸に白い斑点があり、それが「絞首台」の輪郭を帯びたことは「偶然」だと「理性」は説明する。だが「黒猫の呪い」(怪奇現象)と説明される余地がある。
⑥わたしが新しい黒猫を気づかぬまま、妻と一緒に壁の内に塗り込めてしまい、そのことによって妻の殺害が露見した。この出来事は、「理性」的説明では「偶然」だが、その「蓋然性」(確率)の程度は低いので、「黒猫の呪い」(怪奇現象)と説明される余地がある。
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