※叢小榕(ソウショウヨウ)編著『老荘思想の心理学』新潮新書、2013年:第6章「どうすれば欲望から解放されるか」
(27)恩賞を辞退した羊殺し――なりたい自分よりなりうる自分(『荘子』雑篇・譲王)
楚の昭王が、呉に攻め込まれ国外に亡命した時、屠羊説(トヨウエツ)(羊殺しの説)も昭王に従って逃げた。昭王が国にもどると、自分のあとについて従った者に恩賞を与えることにした。屠羊説も恩賞にあずかることになったが、「羊殺しの仕事がもとどおりになったので、さらに何の恩賞をいただくことがありましょうか」と断った。昭王は「無理にも受けさせよ」と臣下に命じたが、屠羊説(トヨウエツ)は再び断った。昭王が「引見」しようとすると屠羊説は「その国の法律では大功をたて重賞を受けて初めて大王にお目通りできます。私はそのようなことはしていないのでお断りします」と言った。そこで昭王は「屠羊説は身分こそ卑賤だが、高い見識をもつ人物である」と爵位を与えようとしたが、「爵位ほしさに、わが君(昭王)の亡命に従ったわけではありません」と爵位をことわった。(『荘子』雑篇・譲王)
★屠羊説(トヨウエツ)は、「欲望によって身を滅ぼす」ことをおそれたのだ。「恩賞」、王の「引見」、「爵位」のいずれも屠羊説は断った。彼は「なりたい自分」になることを辞退した。
★屠羊説(トヨウエツ)は、「欲望を断ち切る」こと、そして「なりうる自分」(羊を屠殺する仕事を続けること)に留まることこそ、「天寿を全うする」道と考えた。つまり羊殺しの説(エツ)は、与えられた境遇に安んじ、現状に甘んじること、「足るを知る」者であろうと結論を出したのだ。
《感想1》道家のように「足るを知る」ことこそ正しいと考えるのは、現実の社会では①「弱肉強食」、「生存競争」の社会では、上手くいかないときor「敗者」となった時の正当化の議論であることが多い。あるいは②権力者が支配の強化のために、被支配者に学ばせる「道徳」であることも多い。
《感想2》他方で、道家の「足るを知る」という考え方は一つの目指すべき理念でもある。
《感想3》道家の「足るを知る」という理念は、今日の「反成長」(「脱成長」)の理念と通じる。
A「反成長論」(「脱成長論」):「欲望の無限増殖」の正当化である「(経済)成長論」から脱却すべきだという考え方。☆「The First International Conference on Economic Degrowth for Ecological Sustainability and Social Equity of Paris 」(2008)では、資本主義の非有効性ならびに、それによって引き起こされる金融、社会、文化、人口、環境における危機について「反成長の基本原理」が論じられた。☆「The Second International Conference of Barcelona」(2010)では「反成長社会」を実施する方法が論じられた。
B「資源枯渇」への警鐘:「ローマクラブ」が1972年『成長の限界』と呼ばれる報告書を提出した。
C「エコロジスト」:環境保護のため「反成長」を唱えることがある。気候変動・地球温暖化対策をめざす。またクリーンエネルギーの推進(Ex. 太陽光・風力・水力・地熱・太陽熱・大気中の熱その他の自然界に存する熱・バイオマス等)をめざす。
D E.F. シューマッハーは『スモール イズ ビューティフル』(1973)の中で、(ア)エネルギー危機への対応、(イ)大量消費を幸福度の指標とする現代経済学批判、(ウ)簡素(少欲知足、無執着)と非暴力、最小資源での最大幸福、また自利とともに利他も目的とする「仏教経済学」を主張。
E 2019年、『スローモビリティ』・『スローライフ』を提唱した『ゆっくリズムのまち桐生』が桐生市長によって宣言された。
F マルクス主義者は「人類にとって有益」な成長と、「諸企業にとって利益を増大するためだけ」の成長を区別する。なお彼らは「成長」は社会と経済の発展を可能にする柱だと信じる。
《感想3-2》国連は「持続可能な開発」の理念を掲げ、「持続可能な開発目標」(17目標)Sustainable Development Goals(SDGs エス・ディー・ジーズ)を定めた。(2015年国連サミットで採択、2030年が目標年。)「持続可能な開発」とは「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような開発」である。全人類(人間)の幸福をめざし、かつ「反成長」(「脱成長」)の理念も考慮した上で、「成長」(「開発」)をめざす。
目標1「貧困をなくそう」あらゆる場所、あらゆる形態の貧困を終わらせる。
目標2「飢餓をゼロに」飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養の改善を実現し、持続可能な農業を促進する。
目標3「すべての人に健康と福祉を」あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する。
目標4「質の高い教育をみんなに」すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する。
目標5「ジェンダー平等を実現しよう」ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児のエンパワーメントを行う。(※エンパワーメントとは「社会的弱者や被差別者が、自分自身の置かれている差別構造や抑圧されている要因に気づき、その状況を変革していく方法や自信、自己決定力を回復・強化できるように援助すること」。)
目標6「安全な水とトイレを世界中に」すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する。
目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的なエネルギーへのアクセスを確保する。
目標8「働きがいも経済成長も」包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する。
目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」強靭(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る。
目標10「人や国の不平等をなくそう」国内及び各国家間の不平等を是正する。
目標11「住み続けられるまちづくりを」包摂的で安全かつ強靭(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する。
目標12「つくる責任 つかう責任」持続可能な消費生産形態を確保する
目標13「気候変動に具体的な対策を」気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる。
目標14「海の豊かさを守ろう」持続可能な開発のために、海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する。
目標15「陸の豊かさも守ろう」陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する。
目標16「平和と公正をすべての人に」持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する。
目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する。
(27)恩賞を辞退した羊殺し――なりたい自分よりなりうる自分(『荘子』雑篇・譲王)
楚の昭王が、呉に攻め込まれ国外に亡命した時、屠羊説(トヨウエツ)(羊殺しの説)も昭王に従って逃げた。昭王が国にもどると、自分のあとについて従った者に恩賞を与えることにした。屠羊説も恩賞にあずかることになったが、「羊殺しの仕事がもとどおりになったので、さらに何の恩賞をいただくことがありましょうか」と断った。昭王は「無理にも受けさせよ」と臣下に命じたが、屠羊説(トヨウエツ)は再び断った。昭王が「引見」しようとすると屠羊説は「その国の法律では大功をたて重賞を受けて初めて大王にお目通りできます。私はそのようなことはしていないのでお断りします」と言った。そこで昭王は「屠羊説は身分こそ卑賤だが、高い見識をもつ人物である」と爵位を与えようとしたが、「爵位ほしさに、わが君(昭王)の亡命に従ったわけではありません」と爵位をことわった。(『荘子』雑篇・譲王)
★屠羊説(トヨウエツ)は、「欲望によって身を滅ぼす」ことをおそれたのだ。「恩賞」、王の「引見」、「爵位」のいずれも屠羊説は断った。彼は「なりたい自分」になることを辞退した。
★屠羊説(トヨウエツ)は、「欲望を断ち切る」こと、そして「なりうる自分」(羊を屠殺する仕事を続けること)に留まることこそ、「天寿を全うする」道と考えた。つまり羊殺しの説(エツ)は、与えられた境遇に安んじ、現状に甘んじること、「足るを知る」者であろうと結論を出したのだ。
《感想1》道家のように「足るを知る」ことこそ正しいと考えるのは、現実の社会では①「弱肉強食」、「生存競争」の社会では、上手くいかないときor「敗者」となった時の正当化の議論であることが多い。あるいは②権力者が支配の強化のために、被支配者に学ばせる「道徳」であることも多い。
《感想2》他方で、道家の「足るを知る」という考え方は一つの目指すべき理念でもある。
《感想3》道家の「足るを知る」という理念は、今日の「反成長」(「脱成長」)の理念と通じる。
A「反成長論」(「脱成長論」):「欲望の無限増殖」の正当化である「(経済)成長論」から脱却すべきだという考え方。☆「The First International Conference on Economic Degrowth for Ecological Sustainability and Social Equity of Paris 」(2008)では、資本主義の非有効性ならびに、それによって引き起こされる金融、社会、文化、人口、環境における危機について「反成長の基本原理」が論じられた。☆「The Second International Conference of Barcelona」(2010)では「反成長社会」を実施する方法が論じられた。
B「資源枯渇」への警鐘:「ローマクラブ」が1972年『成長の限界』と呼ばれる報告書を提出した。
C「エコロジスト」:環境保護のため「反成長」を唱えることがある。気候変動・地球温暖化対策をめざす。またクリーンエネルギーの推進(Ex. 太陽光・風力・水力・地熱・太陽熱・大気中の熱その他の自然界に存する熱・バイオマス等)をめざす。
D E.F. シューマッハーは『スモール イズ ビューティフル』(1973)の中で、(ア)エネルギー危機への対応、(イ)大量消費を幸福度の指標とする現代経済学批判、(ウ)簡素(少欲知足、無執着)と非暴力、最小資源での最大幸福、また自利とともに利他も目的とする「仏教経済学」を主張。
E 2019年、『スローモビリティ』・『スローライフ』を提唱した『ゆっくリズムのまち桐生』が桐生市長によって宣言された。
F マルクス主義者は「人類にとって有益」な成長と、「諸企業にとって利益を増大するためだけ」の成長を区別する。なお彼らは「成長」は社会と経済の発展を可能にする柱だと信じる。
《感想3-2》国連は「持続可能な開発」の理念を掲げ、「持続可能な開発目標」(17目標)Sustainable Development Goals(SDGs エス・ディー・ジーズ)を定めた。(2015年国連サミットで採択、2030年が目標年。)「持続可能な開発」とは「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような開発」である。全人類(人間)の幸福をめざし、かつ「反成長」(「脱成長」)の理念も考慮した上で、「成長」(「開発」)をめざす。
目標1「貧困をなくそう」あらゆる場所、あらゆる形態の貧困を終わらせる。
目標2「飢餓をゼロに」飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養の改善を実現し、持続可能な農業を促進する。
目標3「すべての人に健康と福祉を」あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する。
目標4「質の高い教育をみんなに」すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する。
目標5「ジェンダー平等を実現しよう」ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児のエンパワーメントを行う。(※エンパワーメントとは「社会的弱者や被差別者が、自分自身の置かれている差別構造や抑圧されている要因に気づき、その状況を変革していく方法や自信、自己決定力を回復・強化できるように援助すること」。)
目標6「安全な水とトイレを世界中に」すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する。
目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的なエネルギーへのアクセスを確保する。
目標8「働きがいも経済成長も」包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する。
目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」強靭(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る。
目標10「人や国の不平等をなくそう」国内及び各国家間の不平等を是正する。
目標11「住み続けられるまちづくりを」包摂的で安全かつ強靭(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する。
目標12「つくる責任 つかう責任」持続可能な消費生産形態を確保する
目標13「気候変動に具体的な対策を」気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる。
目標14「海の豊かさを守ろう」持続可能な開発のために、海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する。
目標15「陸の豊かさも守ろう」陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する。
目標16「平和と公正をすべての人に」持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する。
目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する。