※藤沢周平(1927-1997)「小さな橋で」(1976年、49歳)『日本文学100年の名作、第7巻、1974-1983』新潮社、2015年、所収
(1)広次は10歳。姉のおりょうが16歳。おりょうは毎日、米屋に働きに行く。おりょうは米屋の手代の重吉という男と「できている」とのうわさだ。
(2)母親のおまきが、おりょうに言った。「重吉は女房がいて子供がいるんだよ。つきあっていたらいずれろくなことにならないんだからね。おまえ、だまされてんだよ。あの男に。」
(3)おりょうはある日、「米屋に行く」と朝出かけて、米屋に行かず重吉と駆け落ちした。重吉は米屋の金を持ち逃げした。
(3)-2 広次の父親の民蔵も、4年前に突然姿を消した。
(4)母親のおまきは、父親の民蔵が、出奔して以後、夜の勤めに出ていた。今や娘のおりょうも駆け落ちし、それ以来、店も休みがちになった。母親は家で酔って、姿を消した父親を愚痴り、おりょうを罵り、「あたしほど不幸せな女はいない」と愚痴った。そして広次に「お前だけが頼りだからね」と言った。
(4)-2 広次は、4年前に父が渡っていった町はずれの「小さな橋」の近くにいた。その時、その橋を渡って逃げる男を広次は見た。それは間違いなく父親の民蔵だった。民蔵は匕首を持った男たち3人に追われていた。
(4)-3 民蔵は3人の男たちからうまく逃げた。やがて広次の前に姿を現し言った。「金だ。遠州屋さんに渡してくれろ、とおっかにいいな」と広次に布に包んでひもで縛ったものを渡した。「おれはすぐ江戸を出る。もう二度と江戸に戻れない。みんなで元気に暮らせ」
(5)母親のおまきがすすり泣いて、広次に言った。「おっかさんも、少し疲れたんだよ」「もとはといえば、おとっつぁんが悪いんだよ」「おとっつぁんは、遠州屋という問屋さんで、番頭をしてたんだよ」「それが博奕に手を出して、お店の金を遣っちまってね」。父親の民蔵は、旅で働いて、そのお金を返すと主人に誓い江戸から姿を消した。
(5)-2 おまきは、2人の子供を育てることもさることながら、遠州屋に申しわけがなくて、実入りの多い飲み屋の酌婦に身を落とし、少しずつ遠州屋に金を入れていたのだ。
(5)-3 広次は、家に帰って、母親に金を渡さなければならない。だが広次は「小さな橋」にしゃがんで家に帰らなかった。そこに、一つ年下で仲がいいおよしが突然現れた。およしが言った。「広ちゃんが橋にいるんだけれど、呼びに行っても帰らないって。あんたが行ったら帰るかもしれないから、言ってくれっておばちゃんに頼まれたの。おばちゃん、そう言いながら泣いていたわよ」。広次はうつむいて、手で顔を覆った。するとおよしが腕を一杯にのばして、広次をかばように抱いた。「広ちゃんは、おとっつぁんがいないから、かわいそう」そう言うと、およしも泣いた。二人は身体をくっつけ合って、橋の上にしゃがんだまま、しばらく無言で丸い月を見つめた。ようやくおよしが身じろいで言った。「帰る?」「うん」と広次は答えた。
(5)-4 でも広次はもう少しそのままでいたいような気がしていた。浴衣を通して、およしの身体のあたたかみが伝わってくる。髪の匂いがし、握り合った手は少し湿って。くすぐったいような感触を伝えてくる。そうしていると安心でき、そのくせ心が落ちつきなく弾むようだった。突然に、広次は理解した。――おれ、およしと「でき」た。
《感想》おれ、およしと「でき」た。落ちが付いて、笑ってしまう。
(1)広次は10歳。姉のおりょうが16歳。おりょうは毎日、米屋に働きに行く。おりょうは米屋の手代の重吉という男と「できている」とのうわさだ。
(2)母親のおまきが、おりょうに言った。「重吉は女房がいて子供がいるんだよ。つきあっていたらいずれろくなことにならないんだからね。おまえ、だまされてんだよ。あの男に。」
(3)おりょうはある日、「米屋に行く」と朝出かけて、米屋に行かず重吉と駆け落ちした。重吉は米屋の金を持ち逃げした。
(3)-2 広次の父親の民蔵も、4年前に突然姿を消した。
(4)母親のおまきは、父親の民蔵が、出奔して以後、夜の勤めに出ていた。今や娘のおりょうも駆け落ちし、それ以来、店も休みがちになった。母親は家で酔って、姿を消した父親を愚痴り、おりょうを罵り、「あたしほど不幸せな女はいない」と愚痴った。そして広次に「お前だけが頼りだからね」と言った。
(4)-2 広次は、4年前に父が渡っていった町はずれの「小さな橋」の近くにいた。その時、その橋を渡って逃げる男を広次は見た。それは間違いなく父親の民蔵だった。民蔵は匕首を持った男たち3人に追われていた。
(4)-3 民蔵は3人の男たちからうまく逃げた。やがて広次の前に姿を現し言った。「金だ。遠州屋さんに渡してくれろ、とおっかにいいな」と広次に布に包んでひもで縛ったものを渡した。「おれはすぐ江戸を出る。もう二度と江戸に戻れない。みんなで元気に暮らせ」
(5)母親のおまきがすすり泣いて、広次に言った。「おっかさんも、少し疲れたんだよ」「もとはといえば、おとっつぁんが悪いんだよ」「おとっつぁんは、遠州屋という問屋さんで、番頭をしてたんだよ」「それが博奕に手を出して、お店の金を遣っちまってね」。父親の民蔵は、旅で働いて、そのお金を返すと主人に誓い江戸から姿を消した。
(5)-2 おまきは、2人の子供を育てることもさることながら、遠州屋に申しわけがなくて、実入りの多い飲み屋の酌婦に身を落とし、少しずつ遠州屋に金を入れていたのだ。
(5)-3 広次は、家に帰って、母親に金を渡さなければならない。だが広次は「小さな橋」にしゃがんで家に帰らなかった。そこに、一つ年下で仲がいいおよしが突然現れた。およしが言った。「広ちゃんが橋にいるんだけれど、呼びに行っても帰らないって。あんたが行ったら帰るかもしれないから、言ってくれっておばちゃんに頼まれたの。おばちゃん、そう言いながら泣いていたわよ」。広次はうつむいて、手で顔を覆った。するとおよしが腕を一杯にのばして、広次をかばように抱いた。「広ちゃんは、おとっつぁんがいないから、かわいそう」そう言うと、およしも泣いた。二人は身体をくっつけ合って、橋の上にしゃがんだまま、しばらく無言で丸い月を見つめた。ようやくおよしが身じろいで言った。「帰る?」「うん」と広次は答えた。
(5)-4 でも広次はもう少しそのままでいたいような気がしていた。浴衣を通して、およしの身体のあたたかみが伝わってくる。髪の匂いがし、握り合った手は少し湿って。くすぐったいような感触を伝えてくる。そうしていると安心でき、そのくせ心が落ちつきなく弾むようだった。突然に、広次は理解した。――おれ、およしと「でき」た。
《感想》おれ、およしと「でき」た。落ちが付いて、笑ってしまう。