下平良地区の可愛川に架かる七尾橋袂の墓地脇に流れ薬師(道挟薬師)が祀られている。以前は道路向かいにあったが道路拡張に伴って現在地に移設されたようである。
江戸期の地誌絵図によるとこの付近には小さな山があって流れヤクシがみられ、大正期に記された地誌によると明治2年(1869)に小山を開墾して田地にされたようである。また同地誌に時代不明の大洪水で川末から薬師如来が流されて下平良に至りこれを流薬師と称すとあるが、現在では隣接して大きな楠があるので楠の根元に引っかかっていた薬師さんを祀ったとされている。
絵図に流れヤクシとあるので古くから何らかの伝説があったのであろう。
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