『はつかいち』 ぶらり

安芸の宮島の地・・・廿日市を見たまま紹介―独自の好奇心アンテナを張り巡らせて、ビビッと反応したものを紹介します。

バス待合所

2006年07月31日 | 「吉和地区」ぶらり


吉和地区の各所で見られるバス停留所にある木造の待合所で、雨や雪がしのげるように設置されている。木材資源の豊富な地であり間伐材で造られたものであろうか。

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小さな発電所

2006年07月30日 | 「佐伯地区」ぶらり


佐伯地区の所山にあるJA佐伯中央農協の小規模発電所である。導水管をみると電柱とほぼ同じくらいであり発電所の規模が想像できると思う。島根原発と比較してどの程度の発電量なのだろうか・・・

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超モダン独身寮

2006年07月29日 | 「大野地区」ぶらり


大野地区の梅原市営住宅に隣接してこの地域には似合わないような超斬新なデザインの建物があった。なんの建物か周囲をうろうろしたが分からず通行人に尋ねたら某大手薬剤メーカーの独身寮とのことであった。将来これは相当維持管理費が掛かるのでは・・・といらぬよそのことを心配した。

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小さな石の橋

2006年07月28日 | 「廿日市地区」ぶらり


上平良地区の廃屋になった敷地の入口に小さな石橋が残されている。60~70cmの水路に架かる橋で巾1mくらいの一つの石で造られており、橋床の丸太を表し橋柱の頭は渦巻状に彫っている。道路面がだんだん高くなってアスファルトに覆われ当初の状態を伺うことはできない。

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地御前神社境内の一等水準点

2006年07月27日 | 「廿日市地区」ぶらり


地御前神社境内に設置されている一等水準点で標高2.8942mである。この水準点は日本水準原点に基づいて設置されたもので東京湾の平均海面を基準に測られているとのことである。コンクリート蓋を開けると水準点が見えないくらいの大量の蟻が巣を造っていた。

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蔵飾り-3

2006年07月26日 | 「吉和地区」ぶらり


吉和地区の妙音寺原にある土蔵ケラバの蔵飾りで、この家の家紋と思われる二違矢紋をあらわしている。居住者が居ないのか維持管理が行き届いておらず近い将来消滅するかも知れない。

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瀬戸滝

2006年07月25日 | 「吉和地区」ぶらり


吉和地区の瀬戸谷にある滝で上段の滝、下段の滝の二段滝である。現在は梅雨時期で水量が多く、水しぶきをあげて豪快な水音を谷あいに響かせている。瀬戸谷には谷口から滝上、三ツ岩まで木馬道跡がところどころに残っている。

瀬戸谷の木馬道跡

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街中の銭湯「藤の湯」

2006年07月24日 | 「廿日市地区」ぶらり


廿日市の街中で煙突が見えたので小路を入ってみると銭湯「藤の湯」があった。大正3年(1914)の廿日市絵地図に「ふろや」と記されているので、90年以上もこの地で営業していたのだ。

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西向寺の蓮華松

2006年07月23日 | 「廿日市地区」ぶらり


地御前地区にある西向寺の境内いっぱいに広がった蓮華松で樹齢300年くらいという。参詣者を永年見続けてきた蓮華松が松くい虫被害にあわないことを祈りたい。

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新開鼻灯台

2006年07月22日 | 「大野地区」ぶらり


大野地区の大国新開先端護岸に設置されている。この灯台は大野瀬戸を航行する船舶の安全を守るため明治32年(1899)厳島町によって設置されていた。昭和26年(1951)海上保安庁に移管され以降改築などもされ現在にいたっている。

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狭小間口の家

2006年07月21日 | 「廿日市地区」ぶらり


廿日市の町並みの裏通りにあった狭小間口の建物で、いわゆる「うなぎの寝床」と言われる町屋独特の敷地形状から出来た建物である。

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地御前牡蠣養殖業者の看板

2006年07月20日 | 「廿日市地区」ぶらり


地御前はかき養殖の盛んなところであり、地御前漁協前にある看板には30養殖業者の名が記されている。ほとんどの業者名がロゴマークと同じであり時代を感じさせる。

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蔵飾り-2

2006年07月19日 | 「佐伯地区」ぶらり


佐伯地区の河津原にある土蔵ケラバの蔵飾りで、唐草文に跳び兎をあらわした漆喰鏝細工が施されている。土蔵の維持管理が行き届いていないので近い将来消滅するかも知れない。

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旧原郵便局

2006年07月18日 | 「廿日市地区」ぶらり


原地区にあった旧原郵便局は6~7年位前だろうか、1.5km位市中心地寄りに移転した。特定郵便局でありどのような経緯で移転がなされたのかは解らないが、郵政民営化の先取りをしたようで原地区の住民は多大な不便を強いられている。

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たんご屋小路

2006年07月17日 | 「廿日市地区」ぶらり


中央公民館の少し東側にある小路で古くは「たんご屋小路」と記されており、丹後屋という商人が関わった小路であろうか。中学生の頃初めて見た地御前の小路は田舎育ちのものにとっては迷路のようでありわくわくしたものである。

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