『はつかいち』 ぶらり

安芸の宮島の地・・・廿日市を見たまま紹介―独自の好奇心アンテナを張り巡らせて、ビビッと反応したものを紹介します。

鋳造鳥居二基

2024年05月22日 | 鋳物師








先日来、諏訪大社を参詣したことを紹介したが、諏訪大社上社前宮と下社秋宮で鋳造鳥居を撮影することが出来た。上社前宮の鳥居は鋳造銘文によると大正10年(1921)年に鋳造建立されたようであり、下社秋宮の鳥居は刻銘分によると文化12年(1815)に鋳造建立されたようである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

特定外来生物オオキンケイギクが!

2024年05月21日 | 「廿日市地区」ぶらり







さくらのおか公園や周辺の法面に鮮やかな黄色の花が咲いており何の花かと思っていたが、なんと特定外来生物に指定されたオオキンケイギクとのことであった。この花は日本の生態系に重大な影響をおよぼすおそれがある植物ということで栽培、運搬、販売、野外に放つことなどが禁止されているようである。
臨港道路廿日市草津線の分離帯でもオオキンケイギクの群生がみられた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アルプス公園からの遠望

2024年05月20日 | 旅行










アルプス公園内に設けられている山と自然博物館の5階展望室からは北アルプス連峰や松本平、安曇野平など360度が一望できた。生憎の曇天で美しい北アルプス連峰の画像は撮れず画像のような状態であった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

国宝松本城天守閣探訪

2024年05月19日 | 旅行










今年の3月に訪れてから再度の探訪となった。城内見物は数珠繋ぎ状態であったが、前回の時よりは少な目であった。前回は時間の関係で赤い埋橋方面に行くことが出来なかったが赤い折れ曲がった埋橋と天守閣画像が撮れた。松本城は国宝の天守閣5城の一つであり、現存の天守閣12城の一つでもある。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

深志神社

2024年05月18日 | 旅行






松本城下町に祀られている深志神社を参詣した。当神社は中世にこの地の領主により先日来紹介している諏訪大社の分霊を宮村宮としてこの地に祀り、北野天満宮の分霊が他所に祀られていた。
後に天満宮を宮村宮の傍に遷し宮村両社とされていたのを深志神社と改称されたようである。
ここの宮司さんは何と当市佐方にお住まいであったようで、遥か昔に当ブログ主は父上様と姉上様に別々の場所でお逢いしたことがあったのである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

諏訪大社参詣-下社春宮

2024年05月17日 | 旅行











信濃国一ノ宮である諏訪大社は諏訪湖の周辺4ケ所に祀られている神社で、下社春宮は旧中山道脇に祀られている。社殿配置は秋宮とほぼ同じようであり中央に神楽殿があり、後方に弊拝殿と左右片拝殿と東西御宝殿が配置されている。現在車道となっている参道中央に下馬橋(太鼓橋)があったが、マイクロバス移動だったので撮影できなかった。
これで諏訪大社の上社本宮、上社前宮、下社秋宮、下社春宮を参詣することが出来た。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

諏訪大社参詣-下社秋宮

2024年05月16日 | 旅行










信濃国一ノ宮である諏訪大社は諏訪湖の周辺4ケ所に祀られている神社で、下社秋宮は旧中山道と甲州街道が交わる地に祀られている。温泉地であり手水に温泉(御神湯)が使われている。社殿の周囲には7年に一度の大祭である御柱大祭の4本の御柱が立てられている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

諏訪大社参詣-上社前宮

2024年05月15日 | 旅行









信濃国一ノ宮である諏訪大社は諏訪湖の周辺4ケ所に祀られている神社で、前宮は本宮より少し離れた場所に祀られている。諏訪信仰の発祥の地だったが、室町中期に本宮の地に神殿が移転したようである。本殿は神明造りで伊勢神宮の用材で建てられたようである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

諏訪大社参詣-上社本宮

2024年05月14日 | 旅行










信濃国一ノ宮である諏訪大社は諏訪湖の周辺4ケ所に祀られている神社で、上社本宮は弊拝殿の左右に片拝殿が並んでいる諏訪造りという社殿配置のようである。四脚門は徳川家康が寄進した門のようである。7年に一度の大祭である御柱大祭の一ノ御柱のみしか撮影できなかった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

各地の厳島神社㉚-殿居の厳島神社

2024年05月13日 | 厳島神社関連






下関市豊田町殿居に祀られている厳島神社で、江戸期の防長寺社由来によると芸州佐伯郡宮島勧請とあり、文安5年(1448)に願主佐伯盛安によって再造立されたようである。江戸期、長州藩一門家老である吉敷毛利家の5代当主毛利広包が社殿を再建している。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

信州路探訪

2024年05月12日 | 旅行







昨日は某研修旅行で名古屋から木曽路を経て、諏訪地方にきた。諏訪大社など参詣して諏訪湖畔のホテルに宿泊した。慣れないタブレットから送信。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

広島はつかいち大橋の今

2024年05月11日 | 「廿日市地区」ぶらり

 

 

 

臨港道路廿日市草津線の広島はつかいち大橋の下り線側の橋脚工事で海中部分の工事は去年位に終わっていた。現在何かの工事が行われているようであり、上部橋梁工事に向けての準備工事が行われているのであろうか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

抹茶碗で一服①-母里焼

2024年05月10日 | 旅行

 

 

半世紀前頃に訪れた地にあった窯元で記念に求めたものである。

安来市伯太町母里には江戸期、松江藩の支藩であった母里藩の陣屋があった所で、陣屋跡や街並み、母里焼の窯元など探訪し求めたものである。ノコギリの刃のようにギザギザの町並みがあったのを現在でも覚えている。現在、求めた母里焼窯元は廃窯となっているようである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

河ノ原溜め池

2024年05月09日 | 「廿日市地区」ぶらり

 

以前に紹介した河野原溜め池のほかに、迫の谷下流のジャングル化した中に小さな溜め池がまだ残されていた。宝暦2年(1752)の上平良村の地誌に「河ノ原留池 水持4畝拾弐歩 水懸り3町2反」とある。子供の頃この溜め池で泳ぐようになっていたが、浅く小さいために前述のため池に仲間達とこっそりと行っていたのを思い出した。遥か昔の話。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

井手のバイパス

2024年05月08日 | 「廿日市地区」ぶらり

長野川取水口

川末川取水口

 

上平良大原地区の大原井手(仮称)は長野川から取水しているが、渇水期には水量が少ないので川末川から取水して井手のバイパス(井手名不明)を経て長野川に流入している。かつて大原井手セキの時には、原地区の井手のバイパス関係者に届け物をしていたということである。江戸期の地誌に各所の井手が記されているがこれらの井手がどれに相当するのか定かでない。
中世には森宗を所有していた桂元澄と下流の厳島社領大原御衣領の用水懸りを巡る紛争が記されており、古くから大原地区は用水不足気味であったようである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする