『はつかいち』 ぶらり

安芸の宮島の地・・・廿日市を見たまま紹介―独自の好奇心アンテナを張り巡らせて、ビビッと反応したものを紹介します。

高圧線鉄塔にネット覆いが!

2019年09月19日 | 「廿日市地区」ぶらり

 

 


四季が丘団地際に建っている高圧線鉄塔上部に防護のためかネットが張ってあった。何の工事がされているのかは不明であるがネット内で2人作業をされているようであり鉄塔途中に1人みられた。足場の悪い高所でどのようにしてネットを張ったのであろうか。

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古代米-黒米が ‼

2019年09月18日 | 「佐伯地区」ぶらり



 


友田地区の田んぼで古代米の黒米が作付けされていた。大きな田んぼであり相当の収量があるとみられるが何に使用されるのであろうか。隣接のうるち米の田んぼに1株の黒米がみられ稲の背の高さの違いがわかるのである。

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敬老会2年生

2019年09月17日 | 「廿日市地区」ぶらり

 


敬老の日の昨日、当地区で開催された敬老会に出席した。アトラクションでは七尾中学校吹奏楽部の演奏、平良保育園の合唱・ダンス、平良小学生の合唱、抽選会等々が行われた。会場の七尾中学校体育館内には校歌が掲げられており、6月に開催された七尾中同期会で恩師の先生方と懐かしく歌ったことを思い出した。今は下の孫達が歌っており歳月の流れは早いものだ。 
   
〽 静かに静かに  清き光 速谷の七尾の丘に  今も流れて りんときびしく澄みゆく心  青空もあゝ青空も  きびしくますむ 〽

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国立療養所原病院・広島県原養護学校門柱跡

2019年09月16日 | 「廿日市地区」ぶらり

 

 


原地区にある広大な「ふれあいライフ原」の施設群は以前国立療養所原病院と広島県原養護学校があったところで、当時の立派な門柱が残されている。国立療養所原病院は平成16年(2004)に独立行政法人国立病院機構に移行し、翌年に大竹病院と併合されて広島西医療センターとなり、原養護学校も併合され広島西特別支援学校として併設されている。門柱には国立病院機構原病院跡地、広島県原養護学校跡地と表示が残されている。

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路傍の石標-里程標・村境標

2019年09月15日 | 「廿日市地区」ぶらり

 

 

 


明石峠(汐見坂峠)に建立されている里程標・村境標で、里程標には「距 廿日市里程標 弐里廿八町四拾五間一尺」「距 広島里程元標 六里拾町拾九間三尺五寸」「明治廿四年五月建之 宮内村」と刻されている。村境標には「従是東 宮内村」「明治廿四年五月建之」と刻されており、明治の町村制が施行された翌年に宮内村によりこれらの
里程標・村境標が建立されている。

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路傍の石標-里程標

2019年09月14日 | 「廿日市地区」ぶらり


 


下明石地区の県道30号廿日市佐伯線と先日紹介した道しるべ碑のある市道(旧県道)との三差路脇に建立されている里程標で、「距 廿日市里程標 弐里」「距 広島里程元標 五里拾七町廿四間二尺五寸」「明治廿四年五月建之 宮内村」と刻されている。明治24年(1891)に宮内村が佐伯郡役所にあったとみられる廿日市里程元標から2里(約8km)の位置に里程標を建立したものである。

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伯耆・因幡探訪-花見潟墓地

2019年09月13日 | 旅行



 


琴浦町の海岸線沿いにある広大な花見潟墓地で自然発生墓地では西日本最大規模のようで2万余基の墓碑が建立されているようである。
墓地内の「赤碕殿塚」には正慶2年(1333)の出来事が刻されているようで墓地の管理は中世以降継続して行われてきたとみられている。墓地内には鎌倉末期の地域性のある形状の「赤碕塔」(鳥取県重文)があるようであったが遠望のため見ることは出来なかった。 (赤碕塔画像-琴浦町HPより)

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江田島市で山火事 ‼

2019年09月12日 | その他

 


江田島市であろうか山火事のようである。19時25分頃に撮影。広島湾の向う側のようであるが夜間であり詳しい場所は不明である。

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伯耆・因幡探訪-砂の美術館

2019年09月12日 | 旅行




 


鳥取砂丘は何十年ぶりであろうか。砂丘見物が主目的でなかったので昼食後の寸暇を惜しんで砂丘徘徊をし、その後砂丘地域の一角にある砂の美術館を見物した。
砂の美術館では毎年テーマを変えて砂像展示が行われているようで、現在は海外各国の砂像彫刻家20名が作成した砂で世界旅行南アジア編と題しての砂像展示がされていた。

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伯耆・因幡探訪-なしっこ館

2019年09月11日 | 旅行



 


倉吉市にある梨のテーマミュージアム鳥取二十世紀記念館「なしっこ館」を見物した。奇抜な建物にはビックリ、なんとランニングコストの掛かりそうな建物である。もう一つ二十世紀梨の子が十種、孫が十五種、曾孫九種、玄孫四種あるとのことでビックリ ‼

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伯耆・因幡路探訪

2019年09月10日 | 旅行

 

 

 

 

 

 

 

昨日は、地域のお世話をしている方々と伯耆・因幡方面を探訪した。境港では千代むすび酒造の見物をさせて頂き、同酒造前は水木しげるロードで歩道のあちらこちらに妖怪像が建立されていた。この通りでは外人観光客の姿が多く見られた。 

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路傍の石標-道しるべ碑

2019年09月09日 | 「廿日市地区」ぶらり


 


下明石地区の市道(旧県道)沿いに建立されている道しるべ碑で、「左 つわのちかみち」「宮内村明石青年団」「大正八年八月建立」と刻されている。江戸期の津和野街道は汐見坂峠(明石峠)にかけて急坂の難所であったので、明治期になって荷車の通れるよう県道津和野線の改修工事が行われ今では忘れられている明石の七曲がり道路が出来た。徒歩通行をするには七曲がり道路より旧津和野街道を通った方が距離が短いのでこの近道碑が建立されたようである。

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遊びの菜園-陸稲に出穂

2019年09月08日 | 「廿日市地区」ぶらり



 


先日、陸稲に穂が出ないと紹介したが稲の背は低いにも関わらずボチボチと穂が出てきた。うまく実って籾が出来たら来年2代目を挑戦してみようか。
廿日市14代目桜島大根と廿日市4代目切葉松本地大根の種を採っていたものを一昨日種まきしたが、廿日市15代目桜島大根と廿日市5代目切葉松本地大根がどのように育っていくのであろうか・・・

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路傍の石標-黒折の陸軍輸送港域標石

2019年09月07日 | 「廿日市地区」ぶらり


 


県道30号廿日市佐伯線の黒折地区の道路脇に建立されている陸軍輸送港域標石で、以前は道路反対側にあったが県道改修でこの場所に移築されたようである。
標石には「陸軍輸送港域第二区標」「昭和十五年六月十日」「陸軍省」「第五五号」と刻されている。
陸軍輸送港域軍事取締法は昭和15年(1940)4月2日に公布され東は坂村から西は大野村に至る広島湾後背地とその付近の海面が陸軍輸送港域に制定された。この区域内では色々な禁止事項や制限などが行なわれていたのである。 この地は一般県道廿日市環状線の区域内であり標石の行方が危惧されるのである。

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のうが高原施設の今

2019年09月06日 | 「廿日市地区」ぶらり



 


以前に野貝原山に登山して旧のうが高原施設の一部が取り壊され始めていると紹介したが、明石地区から遠望してみると大浴場棟の屋根と壁の一部が取り壊されているようである。登山時はフロント棟から取り壊しが始まっていたのであるが、一気に取り壊さず少しずつの取り壊しがされているようである。

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