『はつかいち』 ぶらり

安芸の宮島の地・・・廿日市を見たまま紹介―独自の好奇心アンテナを張り巡らせて、ビビッと反応したものを紹介します。

宮地嶽神社-民家村自然広苑

2019年08月25日 | 建築

合掌造り民家

二棟造り民家

くど造り民家

鉤屋造り民家

 高床式平柱小屋

 

苑内には、富山県東礪波郡利賀村から移築した「合掌造り民家」、熊本県菊池郡泗水町から移築した「二棟造り民家」、佐賀県杵島郡白石町から移築した「くど造り民家」、福岡県小郡市坂井から移築した「鉤屋造り民家」、長崎県下県郡椎根(対馬)から移築した「高床式平柱小屋」があると宮地嶽神社のHPにあった。
各地から集められた民家村をと期待していたのであるが・・・ 茅葺屋根の民家は見物出来ないようなものもあり、画像のような維持管理が行き届いてなく朽ちていくのを待っているような状態のものもみられた。「高床式平柱小屋」は以前紹介した対馬の石屋根倉を移築したものである。

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唐戸周辺の近代建築探訪 ③

2019年05月28日 | 建築



 


下関市役所の北側にある下関市立近代先人顕彰館(田中絹代ぶんか館)は大正13年(1924)に旧逓信省下関電信局電話課庁舎として建築されたようである。官庁建築であるが凹リブの入った柱型や塔屋、窓の曲線などモダンなデザインの建築である。近接した旧宮崎商館は明治40年(1907)に建築された煉瓦造りの建物で、先日紹介した旧下関英国領事館が建築された翌年に建築されており、旧下関英国領事館との類似性もあるようである。両施設にそれぞれ下関ゆかりの芸能人田中絹代・木暮実千代の関連資料などが展示されているようであるが時間の関係で見物は出来なかった。

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唐戸周辺の近代建築探訪 ②

2019年05月27日 | 建築








 


唐戸交差点から少し離れた裏通りにある旧山口銀行本店(やまぎん史料館)は大正9年(1920)に三井銀行下関支店として建築されたようで、後に第百十国立銀行の本店となり山口銀行の創立本店として使用されていたようである。銀行建築を多く手掛けた長野宇平治の設計でギリシャ建築様式を取り入れた意匠のようである。
この通りはかつて銀行街であったようで少し離れたところに中国労働金庫下関支店がある。この労金下関支店は大正8年(1919)に不動貯金銀行下関支店として建築されたようで、その後日本貯蓄銀行、協和銀行を経て、山口県労働金庫・中国労働金庫下関支店となったようである。この銀行も西欧の建築様式を取り入れた意匠でシンプルであるが威厳のある建築デザインである。

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唐戸の近代建築探訪

2019年05月26日 | 建築




下関南部町郵便局




旧秋田商会ビル




 旧下関英国領事館


海響館近くの唐戸交差点周辺にはレトロな近代建築がみられる。下関南部町郵便局は明治33年(1900)に赤間関郵便電信局として建築されたようで、内部は郵便局として使用されており、一部にカフェが設けられて中庭がみられると思っていたが当日は休日であった。
隣接して大正4年(1915)に建築されたというユニークな旧秋田商会ビルがあったが、ここも休日のため内部を見ることが出来なかった。交差点向かいには明治39年(1906)に建築された旧下関英国領事館の煉瓦建築があり、内部を見物することが出来て2階の休憩室(カフェ&パブ)でコーヒーを飲んで一息入れた。 

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近代遺跡調査報告書

2019年04月02日 | 建築


 


このほど文化庁文化財第二課より全国の近代遺跡の報告書である近代遺跡調査報告書-交通・運輸・通信業-が刊行された。
当ブログ主は平成15年(2003)に旧白石挂灯立標吏員退息所(阿多田島灯台資料館)の原稿依頼を受けて提出していたが、その後の連絡はなくこの事はすっかり忘れていた。昨年春に原稿の校正依頼の連絡がありびっくり、15年も経過しているので阿多田島灯台資料館はどのようになっているのかと訪れた時のことを昨年当ブログに紹介した。

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蔵飾り-苗字・屋号、家紋

2019年03月27日 | 建築





 


昨日紹介した庄屋屋敷の旧山崎家には2棟の土蔵があり、1棟には文字とみられる蔵飾りがあるが苗字の山崎か屋号の隅屋の一字を表しているのであろうか。もう1棟には家紋とみられる丸に日の丸扇紋が表されている。少し離れたところにある民家に2棟の土蔵があり、ここの蔵飾りも丸に日の丸扇紋が表されているので一族の民家であろうか。

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旧山崎家住宅

2019年03月26日 | 建築






 


先日、英気を養うために島根県邑南町にあるいわみ温泉を訪れたが、寄り道をして日貫地区にある庄屋屋敷である邑南町重要文化財の旧山崎家住宅を見物に行った。特徴ある大きな茅葺屋根の母屋をはじめ2棟の土蔵や付属屋敷など庄屋屋敷の風格を残した堂々たる建物である。
茅葺屋根が兜状に葺き刈り込まれた特徴ある屋根で、棟押さえ=棟飾りである馬乗り型は茅を半円状に束ね杉皮で包んだものが15ケ所設置されている。この馬乗り型は「カラスオドリ、ホテ、オドリ、オドリコ、サンバワラ、マキワラ」等々、各地方で色々と呼び方があったようである。馬乗り型の上部には横竹が置かれており「カラスオドリ、カラスドマリ、スズメドマリ、ウワキ、ムナギ」などと呼ばれていたようである。(参照:中国地方の民家)

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瀬戸本業敷瓦

2019年03月03日 | 建築



 


先日、知人から明治時代に日本でタイルが作られ始めた頃の陶製タイル2枚を貰った。(上画像)日本のタイルの源流で、明治時代に焼き物産地である愛知県瀬戸で焼かれたようで、大きさは24cm×24cmで厚みは2cm位の大きなものである。
後に西洋から導入された新たなタイル製造法による硬質陶器タイルとなって本業敷瓦は無くなったが、現在レトロな復刻本業敷瓦が製造されているようである。下画像は以前から所持していた本業敷瓦である。

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鳥居の板図

2018年12月21日 | 建築

 


昨日紹介した阿賀速田神社には石鳥居が二基みられるが、以前に木造の鳥居もあったようである。
拝殿内に鳥居の板図が掲げられており、板図など今では見ることがないようなものである。板図をみると厳島神社の鳥居と同じ両部鳥居で、昭和48年(1943)5月7日に起工式を行い、斧はじめ、建立、8月2日に總上棟式を行ったようである。板図の上部には間竿が置かれており古い時代の鳥居の設計施工の一端を知る資料が残されている。

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美保関灯台

2018年10月20日 | 建築






 島根半島の先端部にある美保関灯台で銘板によると明治31年(1898)11月に初点灯とある。灯台、付属建物をはじめ旧吏員退息所、物置棟や施設外周塀など地元で産出する森山石(凝灰質砂岩)で造られた石造の灯台施設のようである。旧吏員退息所の玄関ポーチの屋根ケラバには唐草文様の中央に〒マークがみられ、当時は逓信省の航路標識管理所が灯台などを管掌していたようである。ポーチ柱頭の装飾彫刻はローマの神殿の装飾彫刻(高校建築史教科書より)を思わすような特徴的な装飾である。

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草葺き屋根の箱棟民家

2018年10月16日 | 建築






 

柳井市長野地区にある草葺き屋根の民家で先月柳井市を訪れた際にバス車中から見えたが撮影することが出来なかったので再度探訪した。草葺き屋根の棟部分には瓦葺の入母屋箱棟が設けられており、草葺き屋根の上に鉄板葺きとし入母屋の箱棟を設けたものはこの地方で何度か見かけたことがあり地域色のある箱棟である。当市域でみられるものは下画像のような切妻の箱棟である。

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柳井の街並み-犬矢来(駒寄せ)

2018年09月12日 | 建築











 

町屋の正面にある多くの装置は装飾的な要素を与えるものであり、柳井の町屋の中で犬走りの部分には意匠を兼ねた犬矢来(駒寄せ)という竹柵を設けて軒下の空間を通りから区切っている町屋が3軒みられた。木の柵で垂直に立てられているものは地御前の町屋でみられる。

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民家のケラバ飾

2018年07月27日 | 建築





 


先日紹介した定ヶ原宝篋印塔がある平坂集落を通っていると、民家のケラバに漆喰細工のエビス像が施されたものがあった。土蔵に施されている蔵飾りは多く見られるものであるが、民家のケラバに漆喰細工が施されているものはあまり見たことがない。

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台湾探訪-鹿港老街の民家

2018年07月10日 | 建築



















(北京郊外の民家 平成3年5月23日撮影)

 

ツアー旅行では伝統的な民家を見ることはほとんどできないが、台中市の鹿港老街でみられた民家は屋根部分や正面の主入口、窓などが特徴的であった。屋根の棟部分は遠く離れた北京郊外でみた民家の屋根と同じような造りであり、大陸の建築手法が伝わったのであろうか。

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台湾探訪-「海洋文化及流行音樂中心」施設工事中

2018年07月09日 | 建築






 


宿泊した高雄市のホテルから奇妙な構築物が見え、周囲には足場がみられるので工事中のようであった。
ネットで何の構築物なのか調べてみたがなかなか分からなかったが、高雄市のHPで「海洋文化及流行音樂中心」関連の構築物であることがわかった。この構築物は建築創意-造型構想---大型表演空間及高低塔とあったが、何の施設かよくわからない。
高雄港の周辺を通る高雄LRT(次世代型路面電車システム)の真愛碼頭駅から光栄碼頭駅にかけて「海洋文化及流行音樂中心」関連の施設が整備されていくようである。   (透視図-高雄市HPより)

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