都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「プラート美術の至宝展」 損保ジャパン東郷青児美術館 10/8

「プラート美術の至宝展 -フィレンツェに挑戦した都市の物語- 」
9/10~10/23
「聖帯伝説」を持つ街、イタリアのフィレンツェ北部のプラートから、フィリッポ・リッピ(1406-1469)の板絵など、日本ではなかなかお目にかかれない貴重な美術品が出品された展覧会です。展示が予定されていた作品の内、約3点ほどが美術館のエレベーターに載せられないとのことで「未展示」となっていましたが、それでも大変に見応えのある内容に仕上がっています。
「聖帯伝説」とは、聖母マリア信仰の一形態として、中世以来のプラートに深く根付いた伝説です。12世紀頃に、エルサレムからプラートへ運び出されたという聖母マリアの帯び。その「聖帯」がプラートで、キリスト教信仰の中核の象徴として、または街の存在の強い根拠理由として、現在まで残り続けます。ベルナルド・ダッディの「聖帯伝説」(1337-38年)は、まさにその「聖帯伝説」をひも解いてくれる作品でしょうか。聖帯が舟によってプラートへ運ばれ、その後起きた数々の奇蹟。それが絵巻物風に描かれています。芸術として昇華した聖帯信仰の原初です。
メインはもちろん、フィリッポ・リッピ(及びフラ・ディアマンテ)の「身につけた聖帯を使徒トマスに授ける聖母」(1456-66年頃)です。中央には昇天を控えた聖母マリアが鎮座し、その周囲を天使や聖人が囲みます。15世紀中程の作品とは思えないほど色や形は鮮やかですが、特にマリアの後方に広がる空の青みは底抜けに深淵で、実に美しく輝きます。また、マリアを天へ運ぼうとする天使たちが手にかけた「マンドルラ」という聖なる光も、それに劣らず鮮明に描かれて、マリアを厳かに包み込みます。さらには、画面左に控える聖マルガリータと、右のラファエルの描写も非常に見事です。両者の凛とした顔の表情は、崇高な気位を感じさせますが、特に聖マルガリータの美しい横顔には深く魅せられます。足元に描かれた草花から、各聖人たちを見上げるようにマリアを拝し、その後方の青い空へと目を移す。作品は、目線よりも少し高い位置にありますが、それもまた天へ昇り行くマリアの姿を想像させます。
リッピ以外にもたくさん見るべき作品が並んでいますが、ベネデット・マイアーノ工房の「聖母子」(1500年頃)にも惹かれました。裸で赤ん坊のキリストを抱いている聖母マリアの姿。画面三方には、天使ケルビムの顔が配されていて、とても愛くるしい雰囲気を醸し出します。また、作品そのものは、彫刻として立体的に表現されていますが、不思議とそれが柔らかな温かみをも感じさせます。そして、この作品で最も素晴らしい点は、キリストを見つめるマリアの表情です。無邪気なキリストを体で受け止めながらも、目線に帯びる深い哀愁。そこからは、キリストのその後の受難を予感させるとともに、それすらも受け止めようとするマリアのキリストへ対する深い愛を感じさせます。
「聖母子」と同じような主題の作品では、ラッファエッリーノ・デル・ガルボの「聖母子遠さなき洗礼者ヨハネ」も魅力的です。背筋を伸ばして威厳に満ちた表情を見せる聖母マリア。「聖母子」に見られたような温かみこそあまりありませんが、背景まで丁寧に描かれた筆の見事さや、全体の構図の安定感など、洗練された高い完成度を見せる作品です。また、マリアとヨハネの目線の先にある幼子のキリストも、どこか聡明な顔立ちをしています。極めて理知的なイエス像です。
後半の展示では、カラバッジョを思わせる、カラッチョーロの「キリストとマグダラの聖女マリア」(1618-20年頃)が印象に残りました。妙に逞しい半裸のキリストと、まるで家事の最中に出てきたような、生活感すら感じられる聖女マリアが、とても動きのある構図で交錯しています。また、画面における明暗の対比は、眩しいくらい鮮明です。主題こそ極めて宗教的ですが、画面には二人の人情味が強く押し出されていて、タイトルに「キリスト」と「マリア」がなければ、決して宗教画には見られないような生気すら感じられます。ややキリストの描写が煩雑にも思えましたが、どこか心に残る作品ではありました。
聖帯と聖母マリアへの深い帰依。プラートの人々が大切に守ってきたその伝説を、深く感じとることの出来る展覧会です。23日までの開催です。
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