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news commentary

さびしい風景

2019-02-26 01:41:12 | Weblog

沖縄の米軍普天間飛行場移設のため名護市辺野古沿岸部を埋め立てていることに関して2月24日に行われた県民投票で反対票が圧倒的多数を占めた。

25日付朝日新聞によると玉城沖縄県知事は政府に対して「辺野古の埋め立てを決して認めないという断固たる民意を真正面から受け止め、『辺野古が唯一』という方針を見直し、工事を中止するとともに、普天間飛行場の一日も早い閉鎖・返還に向け、県との対話に応じるよう、強く求める」と記者団に述べた。

一方、日本国政府は投票の結果は真摯に受け止めるが、移設は先送りできない、という態度である。

安全保障を最優先に掲げる政府とその支持者、沖縄を踏み付けにするなと叫ぶ沖縄の人とその支持者のにらみ合いが続く。沖縄の米軍基地が日本の安全保障に、過去ソ連の脅威が声高に叫ばれた時代においてどれだけ有用であったか。もっぱら北朝鮮の軍事的脅威が叫ばれるいま、沖縄の米軍の存在がどの程度北朝鮮の脅威を払拭してくれているのか。これから議論が展開するといいのだが、いまの日本ではこんな議論は好まれないだろう。

同じ25日の朝日新聞朝刊の天声人語がドナルド・キーン氏の死を悼んだ。その中でこんなふうに書かれた部分がある。「親交の深かった作家の安部公房は『新大陸発見』のコロンブスにキーンさんを讃えてこう書いた。あいにく大陸ではなかったが、日本文学という未知の群島に辿り着いてしまった冒険家なのである」。「群島で見つけた魅力の数々を世界へ発信してくれた」。

10月の「コロンブス・デー」は合衆国の祝日だが、コロンブス以前からアメリカには先住民が住んでいたし、スカンジナビアからバイキングが渡って来ていた可能性がある。コロンブスがアメリカを発見したわけではないが、コロンブスの到来を機に、ヨーロッパ人が南北アメリカにやって来て植民地を築いた。その過程で南北アメリカ大陸に住んでいた1000万人の先住民が暮らしを奪われ、文化を破壊され、部族が絶滅寸前においこまれた。、アメリカン・センター・ジャパンのサイトの記事にあった。

その記事によると、アメリカでは、アメリカ先住民をはじめとする各団体が、コロンブスがアメリカ大陸を発見したという主張に異議を唱えたことで、「全米各地の学校では、コロンブス・デーのカリキュラムにアメリカ先住民に関する知識と、ヨーロッパ人との接触がアメリカ先住民に及ぼした影響についての知識が加えられるようになった。州によっては、この祝日に両方の名前を付けて、「コロンブス・デー/アメリカ先住民の日」と呼んでいるところもある。また、アメリカ先住民の日を別に設けている州もある。サウスダコタ州では、先住民を称えて、正式にコロンブス・デーの代わりにアメリカ先住民の日を祝うようになっている」。

安倍公房存命のころは、アメリカはコロンブスによって発見されたと多くの人が思い込んでいたのだろう。それにしても日本の文芸がドナルド・キーン氏によって発見されたとはさびしい話である。草津温泉はベルツによって発見され、アンコールワットは仏人アンリ・ムーオによって発見され、マチュピチュは米人ハイラム・ビンガムによって発見された、という言説と同じである。遅れた国は白人国家という太陽に照らされて輝く月のような存在であるというある種のオリエンタリズムを感じさせる。

 (2019.2.26  花崎泰雄)

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そうまでしないと……

2019-02-19 23:27:05 | Weblog

日本の安倍首相が私のためにノーベル平和賞の推薦文を書いてくれた、とトランプ米大統領が記者会見でしゃべった時のニュースを伝える日本の新聞に、次のようなコメントが紹介された。

「もし本当ならひどい話だ。でも、お世辞を受け入れることが証明されている人には、とても巧みなやり方だ」(元米国務省当局者)。

このコメントは含蓄に富んでいる。①トランプ氏のような人物をノーベル平和賞に推薦するとは、ひどい話だ②トランプ氏のようなお世辞を受け入れることが証明されている人には、とても巧みなやり方だ(が、これまたひどい話だ)。

世の中には実利第一主義者がいて、トランプがノーベル平和賞に値しないのは誰しもが感じるところだが、彼が値するかしないかよりも、彼のために推薦状を書くことによって、安倍氏がトランプ氏に貸を作り、米国との貿易協定にあたって手加減求める手がかりをつくったという効果はある、と評価する。

上記のような実利論は、まことに短期的なもので、次の選挙でトランプ氏が2期目を失うことになれば、アメリカ大統領への貸しはゼロとなり、日本の指導者はトランプ氏並に下品で、その言動には注意しなくてはならない、というマイナスの印象だけが次の大統領に引きつがれることになる。ブッシュ(父)は2期目の大統領選挙で、民主党のクリントンに敗北している。トランプ大統領に2期目があるとは限らないのだ。

最近の衆院予算委員会の質疑で、野党の議員が、最近の官庁の若手には上だけを見て見て仕事をする者が増えている、と嘆いてみせた。役人だけではなく、日本の会社でも平社員は係長・課長を、係長を課長を、課長は部長を、部長は重役を、とそれぞれが上司のご機嫌をうかがいながら仕事をしている。

民間会社では、無資格者が自動車の完成検査をし、アルミや銅などの品質データ改ざんをやった。

官庁では、森友学園問題、加計学園問題、厚生労働省の統計問題など、怪しげな事柄が国会で追及され、「記憶にございません」という言葉が何度も繰り返された。

文書の隠蔽、改竄、廃棄。役人の劣化から垣間見えるのが、下から上へ、人事権を持つ者への忖度、おべっか、追従である。

日本の政府の役所の頂点に座っているのが内閣総理大臣だから、彼はあらゆる忖度・おべっか・追従を一身に受けている。その日本国首相自らが、あからさまに追従を届ける先が米国大統領である。

そうまでしないと日本の首相は務まりませんか、と予算委で野党議員が嘆くような、いやみな発言をした。

そうまでしないと務まらないのではなく、ついつい発作的にそうなってしまうのである。日米戦争とその敗戦、戦後のGHQとマッカーサー、これらの記憶は世代を越えて、日本の権力の中核とその周辺にいる人たちに受け継がれ、いまや心的外傷後ストレス障害(PTSD)に似た日本支配層の持病になっているのである。

(2019.2.20  花崎泰雄)

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いい気なトウサン毛が3本

2019-02-07 01:28:23 | Weblog

すったもんだの末、やっと現地時間2月5日に行われたトランプ米大統領の2019年一般教書演説をホワイトハウスのサイトで読んだ。そのテキストの一節にこんなことが書いてあった。

「思い切った新外交の一環として、朝鮮半島で歴史的な平和攻勢を進めた。人質になっていた米国人は帰国し、核実験は停止となり、15か月間ミサイルの発射が無かった。もし私が合衆国大統領に選出されていなかったとしたら、私見では、我々はもっか北朝鮮と大戦争を行い、何百万人もの人々が死ぬ恐れがあっただろう(If I had not been elected President of the United States, we would right now, in my opinion, be in a major war with North Korea with potentially millions of people killed.)。なすべき仕事はなお多く残っているが、私とキム・ジョンウンの関係は良好だ。キム主席と私は2月27日と28日にベトナムで会うことになっている」

英語の仮定法の解釈は難しいが、多分、上記の発言は「私が大統領でよかった。北朝鮮と戦争しないですんだ」と言うのが本筋の意味なのだろう。逐語訳して「わたしが大統領に選出されていなかったら」とすると、先の大統領選の相手はヒラリー・クリントン氏だったので、「ヒラリー・クリントンが大統領になっていたら……」と同じ意味になる。

「もしヒラリー・クリントンが合衆国大統領に選ばれていたら、北朝鮮と戦争をはじめていただろう」という言説は、「もし」という仮定法で歴史フィクションを楽しむエンターテインメントに過ぎない。このことは皆さん、よくおわかりだと思う。つまり、ドナルド・トランプが大統領だっからこそ、北朝鮮との戦争が回避できた、という話もエンターテインメントに過ぎない。

この手の話は日曜日のゴルフコースで交わす与太話ならまだしも、連邦議会議事堂で披露すると、物語った当事者の知性を疑わせることになる。

アメリカのメディアはトランプ大統領の発言に関していまや「ファクトチェック」を行うのがならいになっている。『ニューヨーク・タイムズ』を見ると、いつものトランプ発言同様、一般教書演説についても「ウソ」「ミスリーディング」などの指摘が多かったが、「北朝鮮との戦争」のくだりについては「根拠なし」と判定している。その採点評。

「2016年のオバマ政権の終わりごろ、アメリカが北朝鮮と戦争を始めるような兆候はなかった。北朝鮮は核実験を続け、オバマ大統領は経済制裁を続行していた。トランプ氏は就任1年目に北朝鮮との緊張を増加させた。キム・ジョンウン氏をツイッターで攻撃した。北朝鮮の行為は激しい「怒りと炎」を招くことになろうと書いた。また、金氏を「ちびのロケットマン」と嘲った。当時、アナリストたちは米朝の戦争のリスクが高まったと見なした」

トランプ氏は北朝鮮を相手に、いわゆる危機の「マッチ・ポンプ」劇を人気浮揚のために自演し、そのことを連邦議会で自慢した。知恵の無い話である。その寸劇の決着を2月末、ベトナムで、どのようにつけるのだろう。

      (2019.2.7  花崎泰雄)

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訊いてない? じゃ、とばします

2019-02-01 21:38:43 | Weblog

前回のコラムで、1月30日の衆院本会議での代表質問風景を話題にした。質問者と答弁者がそれぞれ用意されたシナリオを読みあう緊張感の無さが本会議をかったるいものにしているという話だった。

そのシナリオ読み合いの緊張感の無さがもろに現れたのが、2月1日の参院本会議の代表質問のシーン。山本太郎議員(国民民主・新緑風)の質問演説への答弁に立った麻生太郎財務大臣が答弁書を読み上げた。

対外有償軍事援助について答弁書を読み上げ始めたが、しばらくして、「ん? 訊いてない、じゃ、とばします」と演壇の麻生財務大臣が議場の山本議員と問答。

時間の都合で山本議員がその項目を省略したらしいのだが、麻生財務大臣はそのことに気づかず用意されたシナリオの文言をそのまま読み上げようとした。

それにしても、ちょっと寛ぎ過ぎではあるまいか。そういえば麻生氏は山本氏の質問中、人を小馬鹿にしたような例の「麻生笑い」でニタニタしていた。人を笑わば穴二つ。

(2019.2.1  花崎泰雄)

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