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news commentary

リー・クアンユー 1923-2015

2015-03-29 23:10:33 | Weblog

2015年3月29日、シンガポールでリー・クアンユー初代首相の国葬が営まれた。いまから10年前の2005年、筆者が当時の勤め先だった大学の紀要に書いたスカルノ、スハルト、マルコス、マハティール、リー・クアンユーの5人の政治的評伝から「リー・クアンユー――実用主義者の家長」のリード部分を抜きだして弔辞に代える。

  *

 リー・クアンユーは有能な経営者だった。トーマス・スタンフォード・ラッフルズが19世紀はじめに目をつけた「地の利」を生かして、シンガポールをアジア有数の商業都市国家に育てあげた。
 リー・クアンユーを偉大な政治家ともちあげた人は多い。「構想力を持った優れた政治家」(ジョージ・ブッシュ)、「かれは一度たりとも過たなかった」(マーガレット・サッチャー)、「今日のシンガポールの成功彼のリーダーシップによる」(ジャック・シラク)、「小さな島を偉大な国家へほとんど独力で作りあげた」(宮沢喜一)。なかでも、ヘンリー・キッシンジャーはリーについて言った。「ある政治家たちの能力と彼らの国のパワーの不一致は、歴史の非対称性といわれるものの一例である」。キッシンジャーはリーの有り余る能力と、彼の能力と比べてあまりに狭いシンガポールという小さな舞台の不釣合いについて語ることで、リーに賛辞を送った。また、リチャード・ニクソンは次のように語ってリー・クアンユーを称えた。リーが別の時代に、別の場所に生きていたとしたら、「チャーチル、ディスレリー、グラッドストーンと並ぶ大人物となったことだろう」。
 リー・クアンユーがオランダ植民地時代末期のインドネシアで生まれていたら、スカルノをしのぐ偉大な独立革命の指導者になっていただろうか。また、リーはホー・チ・ミンになりえたか。それを空想するのは楽しいが、空想したところで意味はない。
 リー・クアンユーは、そのドライな人間観と功利的な政治経済哲学とで、シンガポールをマレー世界に浮かぶリッチな中国系の現代都市国家につくりあげた。さらに、スカルノ、スハルト、フェルディナンド・マルコスが権力者の栄光と悲惨をたっぷりと味わったのに比べ、彼はあざやかな身の処し方で、同じ時代を生きたこれらの東南アジアの政治家たちがなし得なかった“偉業”を達成した。「1998年にスハルトが退陣に追い込まれたとき、1990年に首相をやめていてよかったな、と思ったものだ」と述懐しているように、リー・クアンユーは惜しまれつつ自らの意思で引退し、引退後も隠然たる力を残して院政を敷き、時間をかけて長男を自分の後継者として育てあげ、最後に首相につかせた。中国伝統の見事な家長を演じた才人であった。

   *

3月29日の国葬では長男で現首相のリー・シェンロンが最初の弔辞を読んだ。

“Growing up with my father, living through those years with him, made me what I am.”

リー・クアンユーが作り上げた国家・シンガポールについては「楽園の裏側――シンガポール 2001」をどうぞ。

(2015.3.29 花崎泰雄)

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定義の曖昧なお国柄

2015-03-25 23:51:28 | Weblog

 安倍晋三首相が3月20日の参院予算委員会で、自衛隊のことを「我が軍」と呼んだ、と新聞が伝え話題になっている。正直なことだ。誰が見たって、自衛隊は軍である。

日本国の憲法第9条は、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない、と定めている。新聞報道によれば、第1次安倍内閣の答弁書で「自衛隊は我が国を防衛するための必要最小限度の実力組織で、『陸海空軍その他の戦力』には当たらない」としていた(朝日新聞)。

昨年の集団的自衛権を認める閣議決定の際、ついでに自衛隊を軍隊と呼んもよろしいと密かに決めていたのだろうか。外国の軍隊に国を守ってもらうだけでなく、条件次第でその外国軍隊を守ることができるようにするのが安倍流集団的自衛権で、それは軍隊がなくては出来ないことだ。

それに、今年1月の『ジェーン・デフェンス・ウィークリー』が、2015年中に中国が海軍力で日本を追い抜くと報じた。おや、日本の海上自衛隊は中国人民解放軍海軍より戦闘能力があるのか! それとも中国の海軍力は、陸海空軍その他の戦力には当たらない日本の海上自衛隊よりも脆弱なのか!

こうなると、なんでも「問題ない、問題ない」と鉄面皮に言い張る“白馬非馬の騎士”こと菅内閣官房長官の出番だ。菅官房長官は、新聞報道によるとこんな言い回しをつかった。

「自衛隊は我が国の防衛を主たる任務としている。このような組織を軍隊と呼ぶのであれば、自衛隊も軍隊の一つということだ」

「自衛隊は憲法上、必要最小限度を超える実力を保持し得ないなどの制約が課せられており、通常の観念で考えられる軍隊とは異なる」

「自衛隊は一般的に国際法上は軍隊に該当することになっている。自衛隊が軍隊かどうかというのは、軍隊の定義いかんによるものだ」

「侵略の定義は定まっていない。国と国との関係で、どちらから見るかで違う」という首相がいて、「自衛隊が軍隊かどうかというのは、軍隊の定義いかんによるものだ」という官房長官がいる。

国際戦略研究所の報告では、日本の軍事費は世界で10位以内に入る額である。おめでたい国柄である。

(2015.3.25  花崎泰雄)
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プーチンの核

2015-03-17 00:38:26 | Weblog




プーチン・ロシア大統領が3月15日にロシアで放映されたテレビ番組の中で、あの時は核兵器使用の準備をしたと語った。

昨年3月のクリミア紛争の際の事である。クリミア半島をウクライナから切り離し、ロシアに編入したとき、外部からの妨害工作に対抗するためのオプションだったという。

物騒な話だが、普通、あの時は核兵器の使用もオプションに入れておりました、と大統領自らが口にするのは異例である。アメリカが朝鮮戦争や、ベトナム戦争、9.11の報復などで、核の使用を選択肢に入れていたという話は、噂として流れていたが、米国大統領自らがそのようなことを口にしたことはなかった。

今回、プーチン大統領が軽々しくも核オプションを口にしたのは、外交的宣伝効果を狙ったのだろう。NATO加盟を目指しているウクライナとそれを阻止しようとするロシアとの争いは、今も続いている。クリミア半島の帰属をめぐる紛争で核オプションの準備をしたというプーチン発言は、ウクライナとNATOに対する警告・脅しであろう。

ロシアはNATOに押されている。

ソ連崩壊後、東ドイツは西ドイツに吸収されてワルシャワ条約機構から外れ、NATOのメンバーになった。続いてソ連時代の拘束が解かれたチェコ、ハンガリー、ポーランド、エストニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、アルバニア、クロアチアがNATOのメンバーになった。

かつてソ連は東ドイツ、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアなどをワルシャワ条約機構に加盟させ、西側諸国からソ連を守る防護壁にしていた。そのメンバーが大量にNATOに移ったため、ロシアとNATO諸国の間には、いまではベラルーシとウクライナしか残っていない。もしウクライナがNATOに加盟すれば、ウクライナ・ロシア国境線がNATOとロシアの境界になる。

第2次世界大戦でスターリンが手に入れた東欧諸国をすでに失い、さらにソ連邦成立時からの構成メンバーだったウクライナさえも失うことになる。

プーチン大統領が自らの口で「核」に言及したのは、そこまでNATO勢に押し込まれてしまった大国ロシアの不満の噴出であろう。

(2015.3.17)

































































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