北朝鮮の核実験で、国連安全保障理事会が強い制裁措置を打ち出せるかどうかは中国の態度にかかっている、たいていのメディアがそう伝えている。
中国が制裁措置に慎重な理由は、強い制裁措置を実施すれば、かえって北朝鮮をさらなる暴走へと駆りたてることになり、あげくの果てには、北朝鮮自体の崩壊につながりかねないと危惧しているからだと伝えられている。
北朝鮮の体制は今後5年ともたないだろうと、CIAは1997年に作成された秘密報告で予想していたそうだ。だが、予想はあたらなかった。とはいうものの、世界の政治指導者たちは、北朝鮮はいつバタリと倒れてもおかしくない重病人だと思っているようである。
もし北朝鮮が崩壊した場合、どこが事後処理にあたるのか、という厄介な問題がもちあがる。生存ラインぎりぎりの多くの国民や、北朝鮮の特異なイデオロギーをすりこまれた百万人とも言われる兵隊さんたちをふくめた2千数百万人の人口を、どのようにして受け入れ、現代社会に対応できるようリハビリテーションを受けさせるのか。
東西ドイツの例にならって、韓国と北朝鮮を合併させればいいではないかというあたりに話がおちつくことになるのだろう。とはいえ、韓国にしても北朝鮮の同胞を独力で抱え込むのは楽な仕事ではなかろう。西ドイツが東ドイツを吸収合併したとき、西ドイツは1991年から2004年にかけて1兆4千億ドルを東ドイツに注入した。韓国が北朝鮮を吸収合併する際に必要なコストについてはさまざまな計算がされているが、もっとも安上がりな場合でも8千億ドル、高い場合は3兆ドルといわれている。韓国のGDPは1兆ドル弱なので、このコストは韓国経済の足を引っ張り、場合によっては韓国そのものが弱体化する可能性もある。かりに北朝鮮の誕生に関係のある、かつて半島を植民地支配していた日本、南北分断に関わった中国、ロシア、アメリカ、それに当事者の韓国と北朝鮮――つまりは六者協議のメンバーが、費用分担をすることになっても、地元韓国の負担は相当に重いことだろう。
一方、韓国主導の朝鮮半島統一が現実になると、中国は地続きで米陣営に属する統一朝鮮半島国家と接することになる。これは中国にとってうれしくない国際環境である。といって、現状維持のため地政学的ショックアブソーバー役の北朝鮮をかばい続けると、いかなる犠牲を払っても核武装を完遂する決意を固めている北朝鮮の存在が、韓国と日本に核武装論議を巻き起こすことになる。
どこの国にも安全保障は軍備増強が第一とする、北朝鮮と同じ先軍思想の持ち主はいるもので、北朝鮮の核実験を受けて、日本では「日本の防衛力はこれまで『専守防衛』を基本とし、攻撃能力は米軍に委ねてきた。日本は自ら報復能力を持っていないが、自衛力の一環として北の核・ミサイル施設に対する先制破壊などの抑止能力を整えるべきだ」(産経・主張、5月26日)や、「北朝鮮の2回目の核実験が行われた翌日(26日)に開かれた自民党国防部会の防衛政策検討小委員会では、先制攻撃に必要な『敵基地攻撃能力』を保有すべきという主張が相次いだ。自民党の中谷元・安全保障調査会会長代理(元防衛庁長官)は『座して死を待つのではなく、(攻撃)能力を持つことが抑止力だ』と主張した」(朝鮮日報日本語版、5月29日)などの報道がされた。
韓国では「北朝鮮の第2回核実験をきっかけに、韓国政界で『韓国も独自の核能力を持つべきだ』という『核主権論』の議論が沸いている。ハンナラ党のパク・ヒテ代表は27日、ソウル市鍾路区三清洞の首相公館で開かれた幹部党政協議会で『北朝鮮の核問題に関し、今までとは違う対処法を模索する時が来たのではないかと思う』と述べた」(朝鮮日報日本語版)。
北朝鮮は現体制が潰れないようにするために核兵器の開発をしているのだから、今の体制が続く限り核兵器を廃棄することは無いだろう。中国が北朝鮮を支え続けると、韓国と日本が本気で核武装を検討するようになる。そのことで東北アジアの安全保障環境が激変することになる。この激変は当然中国台湾関係に波及する。中国にとってはこれまたうれしい展開ではない。
ではどうするか? 中国は上記のジレンマで身動きがとれない。アメリカは、クリントン国務長官がこの2月のアジア歴訪の旅の機内で同行記者団に語ったように、北朝鮮で後継者をめぐって権力闘争が始まっているらしいことは知っている。軍と朝鮮労働党と金王朝の取り巻きとの間で確執が生じ、そのこんがらがった内部事情が、2回目の核実験や、ミサイル発射という対外姿勢に反映されているとすれば、北朝鮮内部の権力闘争の詳細をつかまないかぎり、北朝鮮が核実験で伝えようとしているメッセージはきちんと解読できない。アメリカ政府は北朝鮮が何を考えているのかよくわからない。誰が北朝鮮の政治を取り仕切っているのかわからない。これまで国際関係の見方をアメリカ政府に頼ってきた日本政府も、当然のこと、なにがどうなっているのかよくわからない。
北朝鮮は世界最後のスターリン主義国家であるといわれている。その政治は全体主義国家の奥の院の密室で決定される。まことに付き合いにくい国家で悩ましいかぎりである。
(2009.5.29 花崎泰雄)
中国が制裁措置に慎重な理由は、強い制裁措置を実施すれば、かえって北朝鮮をさらなる暴走へと駆りたてることになり、あげくの果てには、北朝鮮自体の崩壊につながりかねないと危惧しているからだと伝えられている。
北朝鮮の体制は今後5年ともたないだろうと、CIAは1997年に作成された秘密報告で予想していたそうだ。だが、予想はあたらなかった。とはいうものの、世界の政治指導者たちは、北朝鮮はいつバタリと倒れてもおかしくない重病人だと思っているようである。
もし北朝鮮が崩壊した場合、どこが事後処理にあたるのか、という厄介な問題がもちあがる。生存ラインぎりぎりの多くの国民や、北朝鮮の特異なイデオロギーをすりこまれた百万人とも言われる兵隊さんたちをふくめた2千数百万人の人口を、どのようにして受け入れ、現代社会に対応できるようリハビリテーションを受けさせるのか。
東西ドイツの例にならって、韓国と北朝鮮を合併させればいいではないかというあたりに話がおちつくことになるのだろう。とはいえ、韓国にしても北朝鮮の同胞を独力で抱え込むのは楽な仕事ではなかろう。西ドイツが東ドイツを吸収合併したとき、西ドイツは1991年から2004年にかけて1兆4千億ドルを東ドイツに注入した。韓国が北朝鮮を吸収合併する際に必要なコストについてはさまざまな計算がされているが、もっとも安上がりな場合でも8千億ドル、高い場合は3兆ドルといわれている。韓国のGDPは1兆ドル弱なので、このコストは韓国経済の足を引っ張り、場合によっては韓国そのものが弱体化する可能性もある。かりに北朝鮮の誕生に関係のある、かつて半島を植民地支配していた日本、南北分断に関わった中国、ロシア、アメリカ、それに当事者の韓国と北朝鮮――つまりは六者協議のメンバーが、費用分担をすることになっても、地元韓国の負担は相当に重いことだろう。
一方、韓国主導の朝鮮半島統一が現実になると、中国は地続きで米陣営に属する統一朝鮮半島国家と接することになる。これは中国にとってうれしくない国際環境である。といって、現状維持のため地政学的ショックアブソーバー役の北朝鮮をかばい続けると、いかなる犠牲を払っても核武装を完遂する決意を固めている北朝鮮の存在が、韓国と日本に核武装論議を巻き起こすことになる。
どこの国にも安全保障は軍備増強が第一とする、北朝鮮と同じ先軍思想の持ち主はいるもので、北朝鮮の核実験を受けて、日本では「日本の防衛力はこれまで『専守防衛』を基本とし、攻撃能力は米軍に委ねてきた。日本は自ら報復能力を持っていないが、自衛力の一環として北の核・ミサイル施設に対する先制破壊などの抑止能力を整えるべきだ」(産経・主張、5月26日)や、「北朝鮮の2回目の核実験が行われた翌日(26日)に開かれた自民党国防部会の防衛政策検討小委員会では、先制攻撃に必要な『敵基地攻撃能力』を保有すべきという主張が相次いだ。自民党の中谷元・安全保障調査会会長代理(元防衛庁長官)は『座して死を待つのではなく、(攻撃)能力を持つことが抑止力だ』と主張した」(朝鮮日報日本語版、5月29日)などの報道がされた。
韓国では「北朝鮮の第2回核実験をきっかけに、韓国政界で『韓国も独自の核能力を持つべきだ』という『核主権論』の議論が沸いている。ハンナラ党のパク・ヒテ代表は27日、ソウル市鍾路区三清洞の首相公館で開かれた幹部党政協議会で『北朝鮮の核問題に関し、今までとは違う対処法を模索する時が来たのではないかと思う』と述べた」(朝鮮日報日本語版)。
北朝鮮は現体制が潰れないようにするために核兵器の開発をしているのだから、今の体制が続く限り核兵器を廃棄することは無いだろう。中国が北朝鮮を支え続けると、韓国と日本が本気で核武装を検討するようになる。そのことで東北アジアの安全保障環境が激変することになる。この激変は当然中国台湾関係に波及する。中国にとってはこれまたうれしい展開ではない。
ではどうするか? 中国は上記のジレンマで身動きがとれない。アメリカは、クリントン国務長官がこの2月のアジア歴訪の旅の機内で同行記者団に語ったように、北朝鮮で後継者をめぐって権力闘争が始まっているらしいことは知っている。軍と朝鮮労働党と金王朝の取り巻きとの間で確執が生じ、そのこんがらがった内部事情が、2回目の核実験や、ミサイル発射という対外姿勢に反映されているとすれば、北朝鮮内部の権力闘争の詳細をつかまないかぎり、北朝鮮が核実験で伝えようとしているメッセージはきちんと解読できない。アメリカ政府は北朝鮮が何を考えているのかよくわからない。誰が北朝鮮の政治を取り仕切っているのかわからない。これまで国際関係の見方をアメリカ政府に頼ってきた日本政府も、当然のこと、なにがどうなっているのかよくわからない。
北朝鮮は世界最後のスターリン主義国家であるといわれている。その政治は全体主義国家の奥の院の密室で決定される。まことに付き合いにくい国家で悩ましいかぎりである。
(2009.5.29 花崎泰雄)