バッハ――といってもIOCの人ではなく、ヨハン・セバスチャン・バッハのことだが――の『フーガの技法』とは違って、東京オリンピックとコロナ蔓延をめぐる菅政権の「遁走の技法」には、その芸のなさに、みなさんうんざりなさっていらっしゃることだろう。日本の政府・与党及びその周辺の人々の没論理の記念として、日本の国内メディアのデジタル版で拾い読みした遁辞のいくつかを並べておく。
政府が7月30日に、①埼玉、千葉、神奈川、大阪の4府県への緊急事態宣言発令し②北海道など5道府県への「まん延防止等重点措置」の適用を決めるとともに③東京都と沖縄県に発令中の緊急事態宣言の延長を決めた。記者会見した菅首相は「首都圏、関西圏の多くの地域でこれまで経験したことのないスピードで感染が拡大している。病床が 逼迫ひっぱく する恐れがある」と言った。
そこで、これまでに経験したことのない感染拡大に対して、政府がどのような緊急対策をとるのかといえば、①酒を提供する飲食店への休業要請②飲食店への見回りを強化③路上や公園での飲酒などを自粛するよう呼びかける④不要不急の外出自粛⑤外出時には少人数で行動するよう呼びかける、などなど。
「今回の宣言が最後となるような覚悟で、政府をあげて全力で対策を講じていく」と菅首相は強調したが、全力を挙げて政府がどのような対策をとるのか、具体的なロードマップは例によって何一つ示さなかった。
さらに、菅政権は東京五輪は(感染拡大の)原因になっていないと、根拠を明示しないまま断定し、「五輪・パラリンピックは自宅のテレビで声援を送っていただきたい」と言った。
東京都の小池知事も「オリンピックはとてもステイホーム率を上げている」と記者会見で強調した。
東京オリンピック大会組織委員会の武藤敏郎事務総長は、(五輪実施が感染拡大に)関係がないと断言できる立場にないが、「国を代表する総理と、主催者を代表する知事が(関係ないと)言っている。これ以上の立場の方はおられない。その考え方に同調する。これ以上ない立場の方々の判断を尊重する」と説明した。
自民党の河村建夫元官房長官の説明はあっけらかんとわかりやすい。オリンピックで日本代表選手が活躍すれば、秋までにある次期衆院選に向けて政権与党に追い風となる。五輪をやっていなくてもコロナが増えていたと思う。五輪がなかったら、国民の皆さんの不満はどんどんわれわれ政権が相手となる。厳しい選挙を戦わないといけなくなる、とも語った。オリンピックは政権にとって弾除けである、と彼は言っている。
菅首相は8月2日、重症患者や重症リスクの高い人以外は自宅での療養を基本とし、症状が悪くなれば入院できる体制を整備する、ことを明らかにした。これまで感染者は原則入院、例外的に自宅やホテルでの療養を認めてきたが、医療崩壊が目前に迫り、感染者は原則自宅療養、重症者や重症リスクの高い人だけを入院させる重大な方針転換である。菅政権は追い詰められている。
英国の軍事誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウイークリー』の記者が、7月30日の首相記者会見で、医療崩壊によって救うべき命が救えなくなった時にあなたは首相を辞職する覚悟はあるか、と問うた。その質問に対する菅首相の答えは次の通りだった。
「感染対策にしっかり対応することが私の責任で、私はできると思っている」
菅首相得意の意味不明な遁辞である。
しきしまのやまとの国はことだまのたすくる国ぞまさきくありこそ(万葉集)
(2021.8.1-2 花崎泰雄)