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news commentary

日朝秘密接触

2023-09-30 18:21:06 | 政治

9月29日付の朝日新聞朝刊が、日本政府関係者と北朝鮮労働党関係者が2023年の3月と5月の2回東南アジアで秘密裡に接触していた、と報じた。同紙は複数の日朝関係筋が証言した、としている。

日本の岸田文雄首相は北朝鮮のキム・ジョンウン総書記との首脳会談実現に向けた環境整備のため、今秋にも平壌に政府高官を派遣することを一時検討していた。現在では、ウクライナと戦争を続けるロシアが北朝鮮に接近するなど国際情勢の変化もあり、首脳会談の実現に向けた交渉は停滞している、と同紙は伝えた。

ところで、「5W1H」という言葉をご存じだろう。いつ(when)、誰が(who)、何を(what)、どこで(where)、なぜ(why)、どのようにして(how)の事である。学校の社会科でニュースの要件であると習った。

このニュースに登場する行為者(actor)は、日本政府関係者、北朝鮮労働党関係者、日朝の関係者の接触があったと言っているのは複数の日朝関係筋である。接触の葉所は東南アジアの主要都市とあいまいである。

東南アジアのどこかの都市で今年前半に日朝の関係者が秘密裏に接触し、日朝関係の改善に向けて話し合いをしたが、話し合いは挫折、現在は過去の交渉エピソードの1つとして記憶されている。

なぜ、この種の記事が突然浮上したのだろうか? さらに、この記事はソウルの東亜日報が今年7月に伝えた、「日朝が水面下接触」の焼き直しのようにも見える。

東亜日報は7月3日付で、日本と北朝鮮の実務者が6月に複数回、中国やシンガポールなどで水面下の接触を行ったと報じた。複数の情報筋の話として、日本人拉致問題や高官級協議の開催などをめぐって議論したが、見解の差が埋まらなかった、としている。東亜日報のニュースは日本の新聞がすぐさまフォローした。

東亜日報が伝えた7月のニュースを、2か月後に再報道するには、東亜日報のニュースを超える正確な事実が必要だ。だが、朝日新聞の日朝秘密接触報道は5W1Hに関する限り新しい要素は少なかった。東亜日報の記事については、日本の松野官房長官がそのような事実はないと否定した。今度の朝日新聞の記事については、複数の首相官邸関係者が秘密接触を事実と認めた、と朝日新聞は報じている。「複数の首相官邸関係者が秘密接触を認めた」という記述と、「複数の首相官邸関係者が匿名を条件に秘密接触を認めた」という記述では、記事の信頼度に違いが出てくる。

ところで、日本の臨時国会は10月20日に召集される。岸田政権は当面の経済政策として5項目を打ち出した。①物価高対策②持続的な賃上げと地方の成長③国内投資促進④人口減少対策⑤国土強靱、国民の安心・安全、である。岸田首相は9月28日朝、都内の運送会社を訪問してトラック運転手と人手不足や負担軽減について車座で意見交換した。国会議員やその周辺の人たちの間では、臨時国会中に首相が解散総選挙の手に出るのではないかと疑心暗鬼が広がっている。政治を前進させているという印象を国民の間にPRし、解散総選挙を予感させる状況を作り出し、その中で臨時国会の議論を乗り切ろうというのが岸田政権の思惑だ。

日朝が数か月前に関係改善を進める目的で秘密接触をしたが、結果をだすことができなかった。しかし、岸田政権が拉致被害者とその家族の思いを受けて、目に見えないところで拉致被害者全員の帰国を目指す交渉を続けている姿を国民にしめす。日朝秘密接触は結果が出なかったが、岸田政権の「やってる感」を有権者に印象づけ、解散総選挙があるうるという説得力の一助として、挫折した日朝秘密交渉が廃品利用され再報道されたと推測できなくもない。

(2023.9.30 花崎泰雄)

 

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政局報道記者の懺悔

2023-09-23 19:25:56 | 政治

「30年以上、政局取材に身をやつすと、消したい過去は幾つもある」と朝日新聞編集委員の曽我豪氏が「人事で政権が浮揚しようか」というタイトルの論評で書いていた(朝日新聞9月17日付3面「日曜に想う」)。

詳しいことは新聞を読めばわかるが、曽我氏の論旨は①これまでにいろんな首相が人事で政権浮揚を狙うと何度も書いたが、実際に浮揚した例は少ない②世論の関心は「剛腕」や「国民的人気」「党内融和」に頼る人事ではなく、政策や国会対応がいかに改善されるかにあるからだ、と曽我氏は書いた。

長い間朝日新聞を購読している私も同紙の政局記事には飽きあきしている。例えば本日(9月23日)の朝刊4面には木原誠二氏を自民党幹事長代理に据えた岸田首相(自民党総裁)のねらいは、次の総裁選挙で競争相手になる茂木敏充氏を抑え込むためであるという自民党内の政局記事が長々とつづられている。自民党は派閥の集合体であり、派閥は首相や閣僚を送り出す母体である。永田町界隈で国会議員や大臣や秘書官、官僚たちと接している記者の中には、それが日本国の政治報道であると妙な勘違いをしている人もいる。自民党の中の権力争いを伝えることが、すなわち政治報道であると思い込んでいる。

この手の政局記事は読み手である私は長い間うんざりしてきた。書き手である記者の方も政局記事を書き続けることに、実は倦んでいたことがわかったのは収穫だった。

曽我氏は論考の末尾で次のように語っている。「私たち政治記者の本務は、主権者の審判に資する確かな情報の提供にある。……自分は政局の勝者にまんまと利用されたのではないか。世論をたきつける旗頭の思惑と、政策効果や実現可能性など旗印の難点を政局と同時並行でもっと伝えるべきだった。……一種の罪ほろぼしだと思って私はこのコラムを書いている」

曽我氏のこの述懐は重要である。主権者の審判に役立つ情報を得るのが仕事である政治記者が、政治権力を持つ側の思惑にまんまとはまって政局記事を書いてしまう。有権者の側の側は政治権力を持つ人々が何を考えているのか、それとも、いないのかを知らねばならない。政権が選挙結果に従って出来上がる社会では当然の情報だ。それと同時に、現在政権を握っている政党や政治家にとっては、その地位を守るために有権者を靡かせるような情報をメディアで流布させる必要がある。有権者に必要な政治的情報と、政府首脳に必要なプロパガンダの双方を仲介するのが政治記者と政局記者である。

ベテランの政治記者が政局報道を悔いて、この先うかつな政局記事は書かないと示唆したのだが、一編集委員の懺悔だけで政局記事の過剰流通が収まるわけでもなかろう。

新聞報道が社会に与える影響力に関しては、マス・コミュニケーションの理論書でもそのインパクトの強弱について定説はない。とはいうものの、朝日新聞がかつて連載した『新聞と戦争』(https://www.asahi.com/rensai/list.html?id=1378)を読めば、マス・メディアが権力に取り込まれた時の悲惨な社会がわかるだろう。日本社会がこのようなおぞましい時代を再来させる愚は避けなければならない。

新聞は利益を追求する私企業である。新聞社の収入は企業と従業員を守り、新しい時代の報道態勢を整えるための資金となる。したがって、新聞は読者がどんな記事を読みたいかを考えねばならない。新聞はニュース産業として社会に対する責任を負っている。ストレートな政治記事は読者を退屈させる。スポーツ報道のような政局記事は社会の論理的思考力を弱体化させる。

政治担当の著名な編集委員の懺悔を機会に、政治ニュースのバランスのとれた伝え方を、記者の心構えだけでなく、編集上のシステムとして新聞社が構築することが望まれる。

(2023.9.23 花崎泰雄)

 

 

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残暑お見舞い

2023-09-16 16:17:13 | 政治

今は昔。内田魯庵がこんなことを書いていた。「大臣が平凡なのは古来から定つてる。畢竟属僚の傀儡に過ぎないのだ。僕に一策がある。弾機(ぜんまい)仕掛の人形を作って大臣の服を着せ大臣の印を持たせて大臣室に置き、属僚恭やしく公書を献ぐれば人形殿は首肯いて印を押す、といふ仕掛にしたら第一内閣を変える手数もなく小十萬の俸給が助かるといふものだ。……世の中に何が楽に出来るかと云って、異形な凬體をして無言で歩く廣告屋と頭数を揃へた伴食大臣位容易なものは無らふ」(内田魯庵「變哲家」『社会百面相 上』岩波文庫)。

『社会百面相』が出版されたのは20世紀の初め。日本が日清戦争で勝利し、日露戦争が始まる数年前である。日本が資本主義にまい進し、アジアの遅れてきた帝国主義国家への道へ向かう頃だった。労働働運動が始まり、ストライキが起き、一部の運のいい社会階級が金と権力を求めて狂奔する埃っぽい時代だった。魯庵の『社会百面相』は当時盛んだった社会小説の代表作の一つとされた。

           *

2023年9月13日、岸田首相が内閣を改造した。「新しい資本主義」を唱えてみせたが、その言葉で何を実現しようとしているのかは、はなはだ不明瞭で、人気はかげりを見せている。内閣支持率の低迷を何とかしようと5つの閣僚ポストを女性に割り当てた。そのあとの記者会見で岸田首相は「女性ならではの感性や共感力も十分発揮していただきながら、仕事をしていただくことを期待したい」と語った。「女性ならではの感性」「女性ならではの共感力」とは具体的にはどんなものなのか。

朝日新聞9月15日朝刊社会面は「典型的なジェンダーバイアス内面化おじさんの発想。この政権でジェンダー平等は進まないと、絶望的な気持ちになった」と、社会学者の水無田気流氏のコメントを伝えた。

日本国の岸田氏はこんな調子だし、米国のバイデン氏は息子のことで困っている。中国の習氏は政府や軍の高官の首をちょんちょんと切ってはいるが、本人は国際会議への欠席を繰り返し、中国国内に籠りきりだ。ロシア国のプーチン氏も海外出張を嫌って国内にとどまっている。ロシア極東部の宇宙基地で北朝鮮国の金氏と会ったのが最近では唯一の遠出である。

東京はまだ長い残暑が続いている。

(2023.9.16 花崎泰雄)

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!?デジタル・コネクティビリティ?!

2023-09-09 22:57:51 | 国際

岸田文雄・日本国首相がインドネシアのジャカルタで開かれたASEAN関連の東アジア首脳会議に出席し、李強・中国首相と立ち話をした。白眼視し合っている2国の首脳が15分間ほどの立ち話で何を語り合ったのか。日本の新聞やテレビの報道では詳しいことはわからない。中国からのレポートでも詳細は分からない。報道に値するような両国間首脳の意思疎通がはじまりかけたのかどうか、いまのところ何とも推測しようがない。とはいえ、2人がそっぽを向いてすれ違ったわけではなく、立ち話しすることに同意し合ったわけだから、それなりにめでたいことかもしれない。

東京は天候不順だったので家にこもっていた。退屈しのぎに、福田首相がASEANインド太平洋フォーラムで行った selamat pagi で始まり terima kasihで終わる短いスピーチを、首相官邸のインターネット配信映像で見た。岸田首相はこのスピーチで「コネクティビリティ」という聞きなれないカタカナ語をつかっていた。(https://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg27259.html

なんだろう、これ。疑問に思って首相官邸や外務省のホームページを見ると、 “Japan-ASEAN Comprehensive Connectivity Initiative”  (日本―ASEAN包括的連結性イニシアティブ) がこの日の岸田スピーチのテーマだった。首相のために用意されたテキストでは「日本―ASEAN包括的連結性イニシアティブ」と書かれていた。ただ、一か所だけ「デジタル・コネクティビティ」という言葉が使われていた。岸田首相はスピーチでこの「コネクティビティ」を「コネクティビリティ」と読んでしまったようだ。(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100548764.pdf)

凡ミスのようでもあり、スピーチの中心テーマの理解に手抜かりがあった深刻なミスでもある。「デジタル技術の連結性」とテキストに書き、きちんとした用語は専門家の通訳に任せればよかった。スピーチのテキストを書いた側近の失策でもある。

ふと思い出したのが米国大統領だったブッシュ(子)氏の国連演説草稿。(https://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-28062720070926

                                    *

ちなみに、日本がASEANと連結性をもたせる分野は①交通インフラ②デジタル・コネクティビティ③海洋協力④サプライチェーンの強靱化⑤電力の連結性⑥人・知の連結性であると岸田氏は力説した。

(2023.9.9 花崎泰雄)

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水掛け論のその先は

2023-09-02 21:48:24 | 国際

野村農林水産大臣が東京電力福島第一原発の処理水を「汚染水」と言ってしまった。8月31日の事である。9月1日付朝日新聞朝刊によると、岸田首相が野村農水相の発言について謝罪し、農水相に発言の撤回を指示した。野村氏は「言い間違った」と陳謝した。

国連は8月24日のUnited Nations News で、 “Japan has begun discharging treated radioactive wastewater from the disabled Fukushima Daiichi Nuclear Power Station into the Pacific Ocean, 12 years on from the major meltdown there, the International Atomic Energy Agency (IAEA) confirmed on Thursday. “ と表記している。「処理済み放射能廃水」を短くして日本政府は「処理水」と表現を統一した。中国政府や日本共産党のように「汚染水」と呼ぶ勢力もある。

日本政府と東京電力は「処理水」を次のように定義している。「トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水」。処理水にはトリチウムが残っている。日本政府(復興庁)のサイトには、浄化処理を重ねてもトリチウムを除去できないが、海水で希釈することで「トリチウムも含めて規制基準を満たすようになります。この処置によってトリチウム以外の放射性物質もさらに希釈されることとなるため、より安全性を確保することが可能です」とある。ということは、ALPSを使ってもトリチウム以外にも除去できない放射性物質が微量ながら残っているわけだ。そこで中国は、普通の原子力発電所が放出する冷却用の水と、原子炉内で燃料デブリに触れた福島の水は性格の違う水であるとして、日本政府の言う「処理水」を「汚染水」とよぶ。日本共産党の志位委員長は①アルプスで処理した水にトリチウム以外にセシウム、ストロンチウムなどの放射性物質が基準値以下とはいえ含まれていることを政府も認めている②漁業者など関係者の理解なしにはいかなる処分も行わないとする約束に違反する、などの理由をあげて「汚染水の海洋放出を中止せよ」と表明していた。

処理済み放射能廃水の安全性の議論や海洋放出の安心・不安の議論の手間をさけて、中国が日本産水産物の全面輸入禁止に踏み切ったのは日本に対して外交的な圧力をかけたかったからだ。

中国が日本や米国と国交を樹立した1970年代、中国はまだ貧しい国だった。中国が米国や日本に接近したのは隣国のソ連に脅威を感じていたからだ。同時に中国は、米国の影響力が東アジアから後退することも当時から望んでいた。経済力をつけた日本がアメリカの核の傘から出て、核兵器を持つのではないかと心配もしていた。経済力をつけた日本が再び1930年代のような侵略的な軍事国家になるのではないかという不安を抱いていた。そうした不安を感じながらも中国は資本主義国と結び、資本と技術を呼び込み、価格の安い製品を輸出して稼いだ。この時代の中国の政策は日本の明治政府の富国強兵策に似ている。中国は粒粒辛苦のすえ世界に通用する経済力と、米国に太刀打ちできる軍事力を獲得した。「能力を隠し時を待つ」中国指導部の政策が功を奏し、いまでは中国共産党と人民解放軍の幹部が、世界に対して中国対して敬意を払うように求めるようになった。大国になるというのはそういうことであり、それによって中国人民の共産党の政権維持が強まり、結果として党首である総書記の在任期間が自在に延長できるようになった。

一方で日本は2010年代の安倍政権時代に保守的なナショナリズム路線を突っ走った。毛里和子『現代中国外交』(岩波書店、2018年)は、安倍晋三『新しい国へ――美しい国へ 完全版』(文春新書、2013)で安倍氏が述べた「外交交渉の余地などありません――尖閣海域で求められているのは、交渉ではなく、誤解を恐れずに言えば物理的な力です」という言葉を引用し、安倍にとっては「積極的平和主義」とは力を行使する安全保障であり、武力放棄は消極的平和主義にすぎない、と評している。現在の岸田政権も安倍氏の言った「力を行使する安全保障」の路線を進んでおり、防衛予算の積みましに余念がない。

富国強兵が進んだ中国は日本に対して強腰の態度をとるようになった。いまや、エコノミスト誌の特派員だったビル・エモットが『日はまた沈む』に書いた夕陽国家になった日本が中国相手に必死で突っ張っている。

福島の原発汚染水は地下水の処理が難しいので日ごとに増え続ける。汚染水を処理して海に流す作業はこれから30年も続く。中国の日本産水産物輸入禁止は短期間で収拾できないだろう。むしろ、突っ張り合った両国がさらに関係を悪化させる可能性がある。

(2023.9.2 花崎泰雄)

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