「さざえのつぼ焼き、何て間がいんでしょ」という俗謡を思い出した。
G7の伊勢志摩サミットで議長を務めた日本の安倍晋三首相は、リーマン・ショック級の経済危機再来の可能性に備えて財政出動を説いたが、ドイツのメルケル首相らに受け入れられず、少々トーンダウンした形で、首脳宣言の中に「新たな危機に陥ることを回避するため、適宜にすべての政策対応を行う」「金融、財政、構造改革を総合的に用いる」という文言を盛り込むことに成功した、と5月27日の朝日新聞が伝えていた。
これで、消費税の再先送りをきめるにあたって、アベノミックスが失敗したわけではなく、日本が主導的な立場で世界経済の成長に貢献するためだ、という大義名分ができたわけだ。衆参同日選挙の声が小さくなったのは、実施したところで自民党は衆院で議席減になるだろうという、調査結果が出たからだそうだ。
伊勢志摩サミットを終えて、米国のオバマ大統領が広島の平和記念公園で献花したさいも、安倍氏はオバマ氏に同行、一緒に献花し、オバマ大統領のヒロシマ・スピーチに立ち会った。米国の現職大統領に被爆地・広島に初めて訪問してもらう段取りを作り上げた日本国首相になったわけである。参院選ではこのオバマ効果が大いに利用されることだろう。
オバマ大統領にとっても、広島訪問はちょうどいいころあいだったようである。歴代のアメリカ大統領にとっては、広島を訪問すれば、それはトルーマン大統領の原爆投下の決定についての謝罪と受け止められかねないという懸念があった。
最近では原爆使用についてのトルーマン大統領の決定について、米国民の意見も変化がみられる。2015年の米国の世論調査では、65歳以上の米国民の65パーセントが原爆使用は正当だったという意見に対して、18歳から29歳の若い世代では47パーセントと半数を割っている。共和党支持者の74パーセントは正当だったとみなし、一方、民主党支持者では52パーセントにとどまる。
こうした世論の変化を見てホワイトハウスは、2016年はオバマ大統領の任期最後の年であり、謝罪ではなく、日米の同盟強化と核兵器の危険性を訴えるためになら、広島に出かける価値はあると判断した、と5月27日のワシントン・ポスト紙は伝えている。
オバマ大統領は広島スピーチの最後の部分で、
……a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare but as the start of our own moral awakening.
謝罪ではなく、核兵器のない世界の実現を訴えに来たのだ、と語っている。
ふりかえれば、オバマ大統領は1期目の就任まもなくの2009年4月5日、訪問先のプラハ・フラッチャニ広場で、「ゴールはまだ先のことで、おそらく私が生きている間には到達できないかもしれないが」としながらも、核兵器のない世界の実現を訴えた。この演説によってオバマ大統領はノーベル平和賞を贈られた。
だが皮肉なことに、オバマ政権下では核軍縮は思うほど進まなかった。冷戦終結後の米大統領はブッシュ(父)、クリントン、ブッシュ(子)、オバマの4氏だが、米国が保有する核弾頭の削減個数で見ると、オバマ政権の時代が最も少ない。これは核軍縮ではロシアという核大国との均衡に配慮する必要があり、プーチン政権との核軍縮交渉が進まなかったのが一因であるとされている。
しかながら、ノーベル平和賞を受け取ってしまったオバマ氏としては、内心忸怩たるものがあったのだろう。そこで広島を訪れ、いま一度、核のない世界へ向けた平和の哲学を世界に向けて語りたくなったのであろう。
広島スピーチで「恐怖のロジックから脱し、核兵器のない世界を追求する勇気を持たねばならない」と語ったが、プラハ・スピーチと同じように、「私が生きている間には実現できないかもしれないが」とも見通しをつけくわえた。
オバマ大統領のプラハ・スピーチも、広島スピーチもよく似たレトリックを使っている。プラハ演説では、
* We are here today because enough people ignored the voices who told them that the world could not change.
* We’re here today because of the courage of those who stood up and took risks to say freedom is a right for all people…
* We are here today because of the Prague Spring…
* We are here today because 20 years ago, the people of this city took to the streets…the Velvet Revolution….
似たようなリフレインの使用法は広島スピーチにも見られた。
* Why do we come to this place, Hiroshima? We come to ponder a terrible force unleashed in a not-so-distant past.
* Technological progress without an equivalent progress in human institutions can doom us….This is why we come to this place.
* The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious, the radical and necessary notion that we are part of a single human family---that is the story we all must tell. This is why we come to Hiroshima.
核のない世界の希求を強調した就任間もない米国大統領は、その任期の最後に再び核のない世界への希求を語るために広島の地を選び、彼自身の思想を首尾一貫させたかったようにみえる。
2009年4月5日のプラハでは、フラッチャニ広場を埋め尽くした何万という人々がオバマ氏のスピーチに何度も拍手を送った。2016年5月の広島では、日米の政府の招待をうけた限られた人が平和公園にいるだけだった。
(2016.5.27 花崎泰雄)