新しく内閣総理大臣になった菅義偉氏は「自立・共助・公助そして絆」を強調した。
この発想は2010年の自民党綱領に基づいている。綱領は、次のように言う。
我々は、日本国及び国民統合の象徴である天皇陛下のもと、今日の平和な日本を築きあげてきた。我々は元来、勤勉を美徳とし、他人に頼らず自立を誇りとする国民である。努力する機会や能力に恵まれぬ人たちを温かく包み込む家族や地域社会の絆を持った国民である。
家族、地域社会、国への帰属意識を持ち、公への貢献と義務を誇りを持って果たす国民でもある。……我が党の政策の基本的考えは次による…… 自助自立する個人を尊重し、その条件を整えるとともに、共助・公助する仕組を充実する。
自民党は憲法修正案第24条に「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」という文言を追加している。
菅氏も自民党も時代にずれている。世界の多くの国が、資本主義国、社会主義国を問わず、人間の生存権を憲法で認めている。
日本国憲法第25条は言う。
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
日本国憲法が国民の権利として認めているものは“最低限度の生活(the minimum standards of wholesome and cultured living)”であるが、フィィンランド憲法となると“人間の尊厳ある生活(a life of dignity)”を国民の権利として認めている。
第 19 条 ①人間の尊厳のある生活に必要な保障を得ることができない全ての者は、不可欠の生活 手段及び保護に対する権利を有する。 ②失業、疾病、労働能力の喪失及び老齢並びに子の出産及 び 扶養者の喪失による基本的生活手段の保障に対する権利は、何人に対しても法律で保障される。
スウェーデン憲法は多岐にわたって詳細に公権力の義務を定めている。
第 2 条 公権力は、すべての人の平等な価値並びに個人の自由及び尊厳を尊重して行使しなければならない。 個人の個人的、経済的及び文化的福祉は、公的な活動の基本的な目標とする。特に、公的機関は、労働、住居及び教育に対する権利を保障し、社会扶助及び社会保障並びに健康 に対する良好な条件のために努めなければならない。 公的機関は、現在及び将来の世代のために、良好な環境をもたらす持続可能な発展を促進しなければならない。 公的機関は、社会のすべての領域において、民主主義の理念が指導的たるべく努め、個 人の私生活及び家庭生活を保護しなければならない。 公的機関は、すべての人が社会における参加及び平等を達成できるように、及び子どもの権利が保護されるように努めなければならない。公的機関は、性、皮膚の色、国籍若しくは民族的出自、言語的若しくは宗教的帰属、障害、性的志向、年齢又は個人に関係する 事情を理由とする差別に対抗しなければならない。
イタリア共和国憲法(第38条)は規定する。
労働の能力をもたず、生活に必要な手段を奪われたすべての市民は、社会的な扶養と援助を受ける権利を有する。……本条の定める任務は、国によって設けられ、または支持された機関および施設が行う。
欧州連合(EU)は「基本権憲章」で言う。
社会からの排斥及び貧困と闘うために、連合は、共同体法ならびに国内の法令および慣行が定める規則に従い、十分な資力を持たないすべての人に品性ある生活を確保するように、社会扶助および住宅支援に対する権利を認め尊重する。
かつてのソビエト社会主義共和国連邦(1977年)第43条にも同様の規定があった。
ソ連邦の市民は、老齢、疾病、労働能力の全部または一部の喪失ならびに扶養者喪失の蔡に物質的補償を受ける権利を有する。
中華人民共和国憲法第50条は言う。
勤労者は、老齢、疾病または労働能力喪失の場合は、物質的援助を受ける権利を有する。
アメリカ合衆国憲法には、こうした生存権に関する規定はない。アメリカが日本占領中に作ったGHQの憲法草案、いわゆるマッカーサー案にも、生存権を認める条文はなかった。日本国憲法に第25条を書き加えたのは日本人で、彼らはワイマール憲法を参考にした。
その日本国で、ふくれあがる社会保障費の重圧に耐えかねた政府が、公助の負担領域を減らして、その分を自助に回そうとしている。菅内閣総理大臣や、その与党である自民党が口先で「自立」「自助」「絆」を持ち上げているのは、何のことはない、社会保障関連費の支出引き下げ宣言なのである――国民は勤勉に働いて国に税金を納め、何かあったときは、よろしく自身と家族の絆でしのぎなさいと、彼らは謳っているのである。
(2020.9.24 花崎泰雄)