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news commentary

台湾 2022

2022-01-01 00:44:39 | 国際

台北からのニュースでは、台湾の国防当局が12月30日、「全民防衛動員署」を発足させた。中国の侵攻に備えて防衛意識を高めるのが目的だ。米国からの防衛強化の要請に応じた。

米国政府が1979年1月1日に中華人民共和国政府と国交を結び、台湾(中華民国)政府との政府間関係を停止した。この時、米国議会が「台湾関係翁」を可決した。台湾関係法は条約ではなく、米国の国内法なのだが、米国はその中で、米国政府が中華人民共和国を唯一の中国政府として認めたのは、台湾問題を平和的に解決することが前提になっていたからだと述べた。台湾及び西太平洋の平和と安定は米国をはじめ世界の関心事である。平和的な手段以外によって台湾の将来を決定しようとする試みは、西太平洋地域の平和と安全に対する脅威であり、合衆国の重大関心事と考える、と台湾関係法は述べている。

中国では1954年の台湾解放宣言以来、台湾は中国の神聖な領土とされてきた。第2次大戦後の中国内戦で、共産主義勢力に追われた国民党政府が最後におちのびた先が台湾だ。台湾問題は中国内戦の残滓ではあるが、一方で、台湾は領土と2千万を超える国民と立法議会と政府機構を持ち、世界各国と通商関係(少数ながら国交)を持っている国家でもある。中国が台湾解放を唱えて侵攻した場合、その戦争は内戦の再発火なのか、主権国家への侵略なのか、込み入った神学論争になるだろう。

2022年秋には習近平主席の3期目がかかる中国共産党の党大会が開かれる。2022年に入るとすぐ2月には冬季オリンピックがある。そのあと秋の党大会までの間に、台湾侵攻を急ぐような状況はいまのところ想像しにくい。ことを急げば、かえって3期目継続の足を引っ張ることになるだろう。

言われているような中国軍による台湾侵攻があるとすれば、秋の党大会が無事終わったあとだろう。それまでは、専門家を名乗る人々が入れ替わり立ち替わり現れては、台湾危機の予想を増幅させる。日本のチャイナ・ウォッチャーの中には、中国は台湾侵攻と同時に、尖閣諸島、与那国島、石垣島、宮古島などにも上陸しようとしてくるだろう、と予言する者もいる。自衛隊が南西諸島にミサイル基地建設を急いで時期でもあり、桜を見る会の安倍晋三氏が台湾有事は日本の有事と日本国民を脅している。

2022年は台湾の年になりそうだ。

(2022.1.1 花崎泰雄)

 

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製造物責任

2021-09-05 16:49:30 | 政治

Covid-19対策に追われる一方で、オリンピックやパラリンピックを開催し、抜け目なく自らの政権維持に執念をもやした菅義偉氏(自民党総裁・日本国首相)が、コロナ対策と自民党総裁選挙を同時にこなすには膨大なエネルギーが必要だ、総裁選出馬はやめて、コロナ対策に専念したい、とみえすいた言い訳をして、自民党総裁と首班指名の道を自ら閉ざした。

菅氏の権力が蜃気楼のように消え去ると、次の首相を目指したいとして何人かの自民党議員が総裁選に出馬を表明したり、出馬の意欲をちらつかせたりした。

ご存じのように、自民党は派閥の連合体であるから、出馬したい議員は支援を求めて派閥に接近する。これまでは派閥の票数をうまくまとめた議員が総裁に選ばれてきた。自分自身の派閥を持ち合わせていなかった菅義偉氏を自民党総裁・内閣総理大臣に仕立て上げたのは、各派閥の思惑の一致である。

菅氏の前任者の日本国首相は(地球そのものではなく)地球儀を俯瞰するのが趣味だったが、後継者の菅義偉氏は構想力に欠け、弁舌に欠け、基本的に日本語のコミュニケーション能力が不足した。おかげでcovid-19対策は混乱し、日本は医療危機に陥った。

そこで、できる限り多くの失策を菅義偉氏の無能・無為無策のせいにして、同氏の政治生命を弔い、そのあとで賑々しく総裁選挙を演出したうえで衆議院選へ繰り出そうというのが、派閥連合体の自民党の策略だ。

ところで、製造物責任法は、製造物の欠陥が原因で生命、身体又は財産に損害を被った場合に、被害者が製造業者等に対して損害賠償を求めることができる、としている。

10月になるか、11月になるか不明であるが、予定されている衆議院選挙で、有権者を馬鹿にするのもほどがあると、菅義偉政権をつくった派閥連合体としての自民党に、怒ってみせる必要がある。

(2021年9月5日 花崎泰雄)

 

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遁走の技法

2021-08-01 22:33:20 | 政治

バッハ――といってもIOCの人ではなく、ヨハン・セバスチャン・バッハのことだが――の『フーガの技法』とは違って、東京オリンピックとコロナ蔓延をめぐる菅政権の「遁走の技法」には、その芸のなさに、みなさんうんざりなさっていらっしゃることだろう。日本の政府・与党及びその周辺の人々の没論理の記念として、日本の国内メディアのデジタル版で拾い読みした遁辞のいくつかを並べておく。

政府が7月30日に、①埼玉、千葉、神奈川、大阪の4府県への緊急事態宣言発令し②北海道など5道府県への「まん延防止等重点措置」の適用を決めるとともに③東京都と沖縄県に発令中の緊急事態宣言の延長を決めた。記者会見した菅首相は「首都圏、関西圏の多くの地域でこれまで経験したことのないスピードで感染が拡大している。病床が 逼迫ひっぱく する恐れがある」と言った。

そこで、これまでに経験したことのない感染拡大に対して、政府がどのような緊急対策をとるのかといえば、①酒を提供する飲食店への休業要請②飲食店への見回りを強化③路上や公園での飲酒などを自粛するよう呼びかける④不要不急の外出自粛⑤外出時には少人数で行動するよう呼びかける、などなど。

「今回の宣言が最後となるような覚悟で、政府をあげて全力で対策を講じていく」と菅首相は強調したが、全力を挙げて政府がどのような対策をとるのか、具体的なロードマップは例によって何一つ示さなかった。

さらに、菅政権は東京五輪は(感染拡大の)原因になっていないと、根拠を明示しないまま断定し、「五輪・パラリンピックは自宅のテレビで声援を送っていただきたい」と言った。

東京都の小池知事も「オリンピックはとてもステイホーム率を上げている」と記者会見で強調した。

東京オリンピック大会組織委員会の武藤敏郎事務総長は、(五輪実施が感染拡大に)関係がないと断言できる立場にないが、「国を代表する総理と、主催者を代表する知事が(関係ないと)言っている。これ以上の立場の方はおられない。その考え方に同調する。これ以上ない立場の方々の判断を尊重する」と説明した。

自民党の河村建夫元官房長官の説明はあっけらかんとわかりやすい。オリンピックで日本代表選手が活躍すれば、秋までにある次期衆院選に向けて政権与党に追い風となる。五輪をやっていなくてもコロナが増えていたと思う。五輪がなかったら、国民の皆さんの不満はどんどんわれわれ政権が相手となる。厳しい選挙を戦わないといけなくなる、とも語った。オリンピックは政権にとって弾除けである、と彼は言っている。

菅首相は8月2日、重症患者や重症リスクの高い人以外は自宅での療養を基本とし、症状が悪くなれば入院できる体制を整備する、ことを明らかにした。これまで感染者は原則入院、例外的に自宅やホテルでの療養を認めてきたが、医療崩壊が目前に迫り、感染者は原則自宅療養、重症者や重症リスクの高い人だけを入院させる重大な方針転換である。菅政権は追い詰められている。

英国の軍事誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウイークリー』の記者が、7月30日の首相記者会見で、医療崩壊によって救うべき命が救えなくなった時にあなたは首相を辞職する覚悟はあるか、と問うた。その質問に対する菅首相の答えは次の通りだった。

「感染対策にしっかり対応することが私の責任で、私はできると思っている」

菅首相得意の意味不明な遁辞である。

しきしまのやまとの国はことだまのたすくる国ぞまさきくありこそ(万葉集)

(2021.8.1-2 花崎泰雄)

 

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対コロナ戦争余話

2021-06-27 16:25:43 | 社会

『朝日新聞』6月26日朝刊のオピニオンのページで、佐伯啓思氏が「対コロナ戦争」と題して、日本と欧米の対処の仕方の違いを書いていた。

欧米諸国の多くが、都市のロックダウンなどの強い措置をとった。日本の「自粛要請」とはかなり際立った対照を示していた。

その違いを起点に佐伯氏は想像力の翼を広げた。欧米では「対コロナ戦争」という言い方がされた。コロナ禍の状況とは一種の「戦争状態」ということになる。「コロナ対策」などという生易しいものではない、と佐伯氏は力んで見せる。

欧米では都市封鎖などの私権制限をためらわなかった。私権制限は共同体としての国家を守るということであった。佐伯氏はジャン=ジャック・ルソーやカール・シュミットを引っ張り出して、緊急時の国家権力へと議論を進める。

佐伯氏は言う。「国家社会が安定している平時には、当然、個人の権利は保護される。しかしひとたび国家社会に危機が押し寄せてきた時には個人の権利は制限されうる。国家が崩壊しては、個人の権利も自由もないからである。だから危機を回避し、共同体がもとの秩序を回復するために、強力な権力が国家指導者に付与される。その限りで、指導者は一種の独裁者となるが、その独裁は、危機状態における一時的なものであり、かつ主権者である人民の意志と利益を代表するものでなければならない」。

カール・シュミットによれば、「政治」とは危機における決断なのである。しかし、戦争のような国家の危機という「例外状態」にあっては、部分的には憲法の条項を停止した独裁(委任独裁)が必要となる、と佐伯氏はダメ押しをする。

日本では、国家意識は希薄で、市民意識も欠落している。

そこで、佐伯氏は次のように慨嘆する。

「われわれは、『自粛要請』型でゆくのか、それとも、西洋型の強力な国家観を採るのか、重要な岐路に立たされることになるだろう。『自粛型』とは市民の良識に頼るということであるが、果たしてそれだけの良識がわれわれにあるのだろうか。どうせ国が何とかしてくれると高をくくりつつ、ただ政府の煮え切らなさを批判するという姿勢に良識があるとは思えないのである」。

頼れるほどの良識が市民にあるとは思えない、と佐伯氏は主張する。危機にあっては一時的に指導者の独裁を佐伯氏は是認する。

このあたりで佐伯氏の手品の仕掛けが見えてくる。

日本国の首脳は「良識のない」有権者が選んだ国会議員から選ばれる。菅内閣総理大臣は、良識のない市民の選択の結果である。さて、菅内閣総理大臣に市民を凌駕する良識があり、安心・安全な独裁を委ねられるというエビデンスはどこにあるのか? 「対コロナ戦争」という言葉は単なるレトリックであって、covid-19の処方を誤った政権を見限って、新しく政権を選びなおせばすむ程度の実務的な話なのである。

(2021.6.27 花崎泰雄)

     

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父の日に

2021-06-20 20:10:38 | 社会

2021年6月20日、政府が何度目かの新型コロナ「緊急事態宣言」を解除した。代わりに21日から「蔓延防止等重点措置」が東京都などに適用される。

感染症の専門家たちは「第5波」襲来を懸念している。コロナ対策を担当する政府の西村康稔・経済再生担当大臣は「そういう事態になればためらうことなく緊急事態宣言を発する」と言った。そういうことなら緊急事態宣言を延長すればいいのだが、緊急事態の継続は蔓延防止よりも金がかかるし、何よりも世間体が悪い。

蔓延防止等重点措置では、飲食店の酒提供が認められる。政府の方針では午後夜8時まで、東京都は午後7時まで。飲酒はコロナ蔓延と関係があるとされている。そういうことであれば、飲食店での酒提供には自粛を求め、なぜ家での飲酒や酒造会社の製造に自粛を求めないのか。アルコール依存とは無縁の筆者などは不思議に思う。「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり 若山牧水」

米国は1920年から33年まで禁酒法を施行した。アメリカの禁酒法と聞いて、いま思い浮かべるのは、酒の密造や密売で大儲けをしたアル・カポネのようなギャングと、ギャングを追いかけたFBIの物語だけだ。何年か先には、2020年代の日本の酒自粛運動は、やみくもにオリンピックを開こうとした無知蒙昧な一味と、彼らのよこしまな野心を知りながら「首魁の勝負」を止めきれなかった野党と政府系医療関係者のドタバタ劇として語られることになろう。その可能性は大きい。

酒場といえば日暮れの新橋あたりを遊弋する勤め帰りの勤労者がよみがえるだろう。日本の企業やそこで働く給与所得者に関心を持つ外国の学者をかつてなんどか新橋に案内した。酒場のカウンターでうさばらしに余念のない勤め人も、家に帰れば「お父さん」である。

6月20日は「父の日」だった。

この日の朝日新聞朝刊「天声人語」は父の日を話題にした。

「転勤の娘(こ)の背に春の陽(ひ)は徹(とお)る良き友を得よ良き上司得よ」

この歌を詠んだ男性の死後、家族が残された歌を歌集として自費出版した。その歌集で「転勤の娘」を案じた父の歌を見つけた娘がこの日の天声人語の筆者だった。

「名も無き父が詠んだ『転勤の娘』は、実は私である。これまで10回の転勤で、上司はともかく友には恵まれた。今回、普段の筆者に代わり担当したことをお断りしておく」と天声人語は文末で言う。「上司はともかく友には恵まれた」の「上司はともかく」につい笑ってしまった。いつぞやの国会で武田総務相が国会で答弁に立つ総務省の幹部に「記憶がないと言え」と叫んだという新聞記事を思い出した。お父さんは自己都合に合わせて、仕事場でこんなふうな上司を演じる人でもあるのだ。

(20216.20 花崎泰雄)

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ほんの気休め

2021-06-15 18:44:01 | 政治

さきごろ開かれたG7で東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催への賛同が得られた。

2021年G7の共同声明の最後の部分に書き加えられた、

「新型コロナウイルスに打ち勝つ世界の団結の象徴として、安全・安心な形で2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会を開催することに対する我々の支持を改めて表明する」

“we......reiterate our support for the holding of the Olympic and Paralympic Games Tokyo 2020 in a safe and secure manner as a symbol of global unity in overcoming COVID-19.

との文言を手土産に日本国首相・菅義偉氏が帰国した。これをお墨付きのように掲げて同氏は五輪開催にまい進するのであろう。

だが、新聞記事をきちんと読めば次の点は明らかである。

G7に集まったリーダーたちは、東京オリンピックがつつがなく開催できると、科学的データに基づいて言っているわけではない。彼らが支持したのは「安全・安心な形で2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会を開催すること」である。日本国政府はいかにして安心・安全を確保するか、その方策が明示してこなかった。先の国会ではあなたの言う安心・安全の根拠を示せと野党が首相に寄ったが、菅氏は明瞭な返事を避けた。

G7のリーダーたちも、新型コロナウイルス蔓延下の日本で、安心・安全な大会が開けるかどうかは、菅氏と同様、確信が持てないだろう。ただ、G7の政治家たちは、日本に住んでいない。

コロナ下のオリンピック、よろしければ――proceed at your own risk. そういうことなのだ。仮定の話だが、例えば今回のコロナ下で、日本ではなくG7のどこかの国が安心・安全なオリンピックを開催したいと言い出した場面を想像してみよう。日本国首相・菅義偉氏は万一に備えて慎重なご判断を、とは言わないだろう。菅氏はその国に住んでいないのだから。

 

(2021.6.15 花崎泰雄)

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五輪中止の社説

2021-05-27 20:39:54 | 政治

5月22日付朝日新聞のオピニオンのページで、元東京都知事の猪瀬直樹氏が新型コロナ下のオリンピック開催に賛成する意見を述べていた。「コロナ禍の今こそ、人間の限界に挑戦する選手の活躍から勇気をもらうことが『夢の力』につながるでしょう。菅義偉首相らは、なぜ開催するのかを繰り返し訴えていく必要があります」と。

一連の主張の中で、猪瀬氏はこうも言った。「五輪が過度な商業主義に走っているとして、『だから、やめられない』などと批判するのは、そもそも間違っています。五輪はビジネスそのもので、スポーツ産業です。お金が動かなければ、選手も生活できない。五輪は、日ごろ脚光を浴びることがないマイナー競技の選手がメダルを取って知名度を上げるための最大の機会です」と。

猪瀬氏はオリンピックの東京開催が決まった2013年9月7日、東京都知事であり五輪招致委員会の会長だった。

新型コロナを理由に関係者は2020年の東京オリンピックの開催を2021年に延期した。震災復興五輪、コロナ克服祝賀五輪、コロナと闘う連帯五輪とオリンピックの開催理念も漂流した。開催日までに2ヵ月を切ったいま、やみくもにオリンピック開催を目指すのは、猪瀬氏のいうようにオリンピックがビジネスであって、スポーツ産業であるからだ。オリンピックを開催することで日本の景気は盛り上がり、集まった金のしたたり効果で国民が豊かになる。それが菅政権の延命にプラスの効果をもたらす――だから菅首相は何が何でもオリンピック開催に固執するのだと、新聞は書き続けてきた。

Covid-19流行のさなかのオリンピック開催はいったい何のため、誰のため、コロナ禍で身動きでない市民の疑問が、世論調査でオリンピック開催に否定的な意見を急上昇させた。

2021年5月23日付の信濃毎日新聞が、オリンピック開催の中止を社説で主張した。続いて西日本新聞、沖縄タイムスが同様の主張を繰り広げ、5月26日には朝日新聞がオリンピックの中止を求めた。

新聞社は新聞を発行することで利益を生み出す。編集局は取材を通じて間接的に意見をにおわすが、表立って新聞社としての見解や意見を主張することはない。そういう約束になっている。新聞社の意見はもっぱら論説委員会が書く社説を通じて表明される。

この段階でオリンピック中止論を唱えれば、賛同とともに新聞批判も呼び起こすことだろう。いくつかの日本の新聞が社説でオリンピック中止論を主張し始めたのは、社説の使命を再確認したことと、社説でオリンピック中止論を唱えても、それほどひどい新聞批判の逆風が吹くこともないだろうというよみがあったからだろう。

(2021.5.27 花崎泰雄)

 

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政府は頼りにならない

2021-05-20 16:07:33 | 政治

沖縄県は5月20日、日本国政府に対して新型コロナ感染症緊急事態宣言の対象に沖縄県を加えるよう要請した。その前日の19日、自民党の細田博之議員が自民党沖縄振興調査会役員会とその後の記者会見で、次のような発言をしていたと、20日の朝刊が伝えていた。

「県こそ独自の政策を取るべきだ」「国の政策に頼るなんて沖縄県民らしくない」

 沖縄タイムズ紙によると、細田氏は会合の後、記者団に発言を問われ、「(沖縄県は離島だから)1人の感染者もないようにできるのに、なんで168人(5月18日)も出るんだって。バカじゃないか、そうでしょ」「(感染拡大は)旅行者が持ってくるに決まってるんだから」と主張した。

「厚労省にお願いします、緊急事態、って言ったってできないんだから。沖縄県が自らこういう政策をとりますと、一国二制度でいいんですと、厚労省を頼りにしません、ただし補助金は頂きますよ、経費はね。それで飛行機に乗るときに検査をJALやANAに要請して、それで陽性の人は全部病院に運ぶ、陰性の人だけ通るようにしてもいいと。そういう風にすべきですよ。そしたらゼロになるんだよ。そうでしょう」

すると、

「島国である日本全体そうではないか」

と質問が飛んだ。

 

ドイツのメルケル首相は、ヨーロッパに新型コロナウイルス感染者と死者が急上昇し始めた去年の3月11日の記者会見で、専門家の意見ではドイツ国民の60-70パーセントが感染する恐れがあるが、当面、我々にできるのは、治療薬や予防ワクチンが開発されるまでの時間稼ぎだけだ、と事実を国民に突きつけ、だからこそ一致団結してできる限りのことをやってみようではないかと訴えた。

正しい認識だった。

いっぽう、この1年余りの間、日本の政府はワクチンや治療薬の自力開発に意欲を見せず、PCR検査の拡充も、医療体制の増強も不十分であった。

だらだらしているうちに、今では入院待ちしている間に、症状が悪化して患者が死んでしまう医療崩壊が始まっている。

「飛行機に乗るときに検査をJALやANAに要請して、それで陽性の人は全部病院に運ぶ、陰性の人だけ通るようにしてもいいと。そういう風にすべきですよ」と細田氏は言った。

さて、陽性と分かった患者のための病院の空き病床はどこにあるのかな。愚かなことを主張する議員もいるもんだ。

(2021.5.20 花崎泰雄)

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春の選択

2021-03-31 00:38:13 | 社会

田村憲久厚生労働相が3月30日、厚労省の職員23人が3月24日に送別会を午前零時直前まで開いていたことを明らかにした。大人数の宴会長時間にわたって開いていたことになり、「国民の皆さまの信用を裏切る形になりました。深くおわび申し上げます」と田村厚労相が謝罪した。朝日新聞の30日付夕刊で読んだ。

報道によると、送別会は介護保険を所管する老健局老人保健課が開いた。老人保健課は30数人の組織で、うち23人が出席した。午後11時まで営業している飲食店を探して予約した。送別会は午後7時ごろから始まり、参加者は順次増えて23人になり、午前零時時直前に終わるまで十数人が残っていた。

田村厚労相氏は、「(花見や歓送迎会、卒業旅行などの自粛をお願いしている役所がこのような失態をさらしたことは大変申し訳ない」「『5、6人(の会食)も控えて』と国民の皆さんにお願いしているにもかかわらず23名という非常に多い宴会、これは許されない」と言葉を強めた、と朝日新聞が伝えた。

新型コロナ対策は難しい。一般市民の健康を守ろうとすると経済活動の足を引っ張る。経済活動を第一に考えると一般市民の感染者が増える。

経済重視なのか、防疫優先なのか。いろんな国がいろいろ試行錯誤している。

だが、厚労省の公務員たちの送別の宴はそのようなレベルでの選択によるものではない。送別会は勤め人の春の恒例行事である。去り行く仲間と飲み食い語るひと時を、コロナ対策を理由に中止することはできなかった。日本の勤め人にとっての職場は多くの場合社交の場でもあるから、長らくにわたって維持してきた美風の維持の習慣が、感染拡大の新しい不安に優先したのであろう。

 

(2021.3.30  花崎泰雄)

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縄文人の表現方法

2021-03-23 19:35:00 | 社会

季語研究会3月定例会合で、俳句・俳諧理論の資料として堀切実『芭蕉を受け継ぐ現代俳人たち――季語と取合せの文化』(ぺりかん社)を読み始めた。

同書の冒頭の「はじめに」以下のような記述があった。

「季語」は王朝期からはじまる「自然」と「人間」との一体感のなかから生まれた「文化」であり、俳句の中核をなすキーワードでもある。また「取合せ」も、巨視的にみれば縄文期からうかがえる日本の「文化」の一つであり、俳句の最も有力な表現方法であった。本書の副題「季語と取合せの文化」の由来はそこにある。

同書は「芭蕉から近、現代俳句までを共通の視点で分析してゆこうとする」堀切氏の研究姿勢の総括を図ろうとする評論集だ、と同氏は書いている。その意気込みはよしとしても、「取合せ」が巨視的に見れば縄文期らうかがえる日本の「文化」の一つ、という断定にはうなずけない。「取合せ」は森川許六が主張した発句の作法だが、それを日本の文化の一つとよぶのはおおげさすぎる。

縄文人がどのような言葉を話していたかは不明である。したがって縄文人の文化活動の記録も書きとどめられていない。縄文人の遺物は発掘されたた土器の類、三内丸山遺跡のような大規模集の跡やそこで発見された生存のための器物類だけてあって、俳句につながる日本「文化」の種子のようなものは見つかっていない。

堀切氏の『芭蕉を受け継ぐ現代俳人たち――季語と取合せの文化』は2020年の刊行である。季語と縄文の結びつきについて述べた資料は数少ない。そんななかで、宮坂静生「季語の誕生」(岩波新書、2009)が「季語」と縄文文化の関連について述べている。

季語の起源を縄文人の生活意識から探る。……私は途方もないことを夢想している。季語の起源を平安貴族の歌語からではなく、もっと遡って縄文人 の生活意識から探ることはできないかということだ。(175ページ)

また、宮坂氏は、志貴皇子「岩走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」について、

何回も唱しながら、私がはたと気付いたのは、早蕨の響きである。この歌は志貴皇子の個人詠ではなく、宴の場で唄われたものという。これは個人の声ではないたくさんの地の民の声が集まって、朗々と詠われているのではないか。この声には万葉人許ではなく、もしや遠く縄文人の声の谺も混じっているのではないか、幻想をいだかせる。

おわかりいただけると思うが、日本の文化である「俳句」の技法を古代日本の縄文人の生活にもみられ、縄文人の感性は近現代の日本人に受け継がれているというのは、証明済みの言説ではなく、個人的な仮説、ないしは夢想に過ぎない。それを一巻の書物の前書きで、証明済みの事実であると読まれるように書いたのは失策だった。

(2021.3.23  花崎泰雄)

 

 

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