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news commentary

ボンボヤージュ

2024-09-28 23:15:56 | 政治

自由民主党が新しい総裁に石破茂氏を選んだ。公明党は石井啓一氏を新代表に選出した。立憲民主党は野田佳彦氏が新代表に選ばれている。10月に入ると臨時国会が始まる。石破氏が新しい首相に指名されて組閣する。組閣のあと国会で施政方針演説だの代表質問だのがあって、予算委員会で質疑が行われるだろう。そして質疑もそこそこに衆議院が解散され、総選挙が始まるだろう。

総選挙の後、国会の勢力図がどうなっているか。確実なことは誰にもわからない。韓国や台湾なら支配政党の構造的な疲労は素直なかたちで選挙結果に反映されるのだが、日本の有権者はたえしのぶことが好きで、かつては「踏まれてもついてゆきます下駄の雪」と自民党と連立をくんだ公明党が揶揄されたが、日本の有権者全体にもこの傾向がみられる。球場の夜空に消えてゆくホームランの打球をぽかんと見上げるように次の選挙を観戦するのだろうか。

おそらく総選挙で自民党は議席を減らすだろう。議席を増やしたり、現有議席を保持できるような環境にはないのだから、議席は減るしかないのだ。

(2024.9.29 花崎泰雄)

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ドジョウすくいを今一度

2024-09-23 23:26:15 | 政治

立憲民主党の代表選挙が9月23日に行われ、決選投票で野田佳彦氏(元首相)が新しい代表に選ばれた。まもなく自由民主党の総裁選挙がおこなわれ、そのあとに衆院解散・総選挙の可能性があり、野田氏が立憲民主党の総選挙の顔として選出された。

野田氏は2011年に民主党を率いて首相に就任した時、自身のことを「泥鰌」と表現した。権力を振りかざすことのない、普通の市民感覚を持った政治家であるとの自己評価だった。政治家はときどきこの手の謙譲表現を使う。

1974年に米国でニクソン大統領がウォータゲート事件で辞任したあと、大統領職を引きつだジェラルド・フォード氏は前年の1973年に副大統領に就任したあとのスピーチで、自らのことを “I am a Ford, not a Lincoln” と自己紹介した。大衆車のフォードです、高級車のリンカーンではありませんという意味のジョークだった。

野田氏の泥鰌的自己紹介は、フォード氏の諧謔をまねた節がうかがわれるが、2024年になって、「昔の名前」で代表選に出たとき、彼はまた「泥鰌」という言葉を使った。人差し指で押すだけで自民党が次の総選挙でドミノ倒し的大敗を喫するところまできているいま、政治コミュニケーションの技法としては泥臭いところがある。そうか、野田氏や立憲民主党はそういう言い回しを喜ぶ層をターゲットにしている政治家・政党なのかと思われると若者や女性の票を減らす恐れもある。

それと野田佳彦という名を聞くとあのみじめな民主党衰退の記憶がよみがえる。2012年11月14日、野田首相は安倍晋三・自民党総裁と党首討論で対峙した。当時の新聞報道によると次のように問答をかわしていた。

野田首相「一票の格差と定数是正の問題。一票の格差の問題は違憲状態だ。定数削減は、2014年に消費税を引き上げる前に、まず我々が身を切る覚悟で具体的に削減を実現しなければいけない」

安倍氏「まずは0増5減。皆さんが賛成すれば明日にも成立する」

首相「定数削減はやらなければならない。定数削減は、来年の通常国会で必ずやり遂げる。この決断を頂けば、私は今週末の16日に解散をしても良いと思っている」

安倍氏「まずは0増5減、これは当然やるべきだ。すでに私たちの選挙公約において、定数の削減と選挙制度の改正を約束している」

民主党政権はそのころ野党・自民党の激しい抵抗で政治的に行き詰まっていた。解散・総選挙は時間の問題と言われていた。解散と引き換えに議員定数の削減を求めたのである。

しかし、民主党に代わって成立した自民党の安倍政権は.定数削減に手をつけなかった。

1年余りがたった2016年2月19日の衆院予算委員会で野田氏は「衆院の定数削減、いまだに実現していない。党首討論で、当時総理である私と自民党の安倍総裁が国民に約束したことだ。私は衆院解散という約束を果たしたが、次の国会での衆院定数削減の約束が実現されないまま今日に至った。できなかったということは、国民に嘘をついたことになる。満身の怒りを込めて抗議する」と安倍総理に迫った。日本政治の愁嘆場である。

一強多弱の国会で地球儀を回しながら大宰相の白昼夢を見ていたような感じだった安倍晋三氏の権力奪取を、野田氏が結果としてサポートしたような形になった。野田―安倍の党首討論が行われた2012年日本の1人当たりGDPは世界ランキングで11位だった。それが2023年には34位にまで落ちた。

9月23日の朝日新聞朝刊「記者解説」のページで編集委員の原真人氏が「斜陽の経済大国」を書いていた。「身の丈に合った社会設計 考える時」と見出しにあった。日本社会に流れる哀歌の通奏低音である。過ぎし日を思い、明日を考える人におすすめの、しみじみとした秋の歌である。

(2024.9.23 花崎泰雄)

 

 

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どこ吹く風の暑苦しさ

2024-09-15 19:32:13 | 政治

日本記者クラブが9月14日に自民党総裁選挙9候補の討論会を催した。15日はNHKが恒例の日曜討論番組で、自民党総裁選挙9候補の討論と、そのあと立憲民主党代表選4候補の討論を放送した。いずれも面白くもおかしくもなかった。

自民党の総裁選挙候補は夢物語のような実現可能性の少ない将来展望を語った。例えば「所得倍増」。年間所得が倍になるということは、どういうことか。オーストラリアの最低賃金は2000円超で日本の最低賃金の2倍以上である。オーストラリア人の年間所得は800万円超で、これも日本人の平均所得の2倍近い。「日本人の所得をオーストラリ並みに引き上げたい」と言っているのである。円安の背景もあるが、日本経済はここまで落ちた、と自認しているわけだ。日本の歴代政権の無能ぶりを、どうやって挽回するのか、聞いていた人たちは9月の暑さがこたえたことだろう。

立憲民主党代表選の候補者たちは、自民党総裁選候補捕者たちが派閥の裏金づくりスキャンダルについては発言を極力さけ、かわりに淡い将来展望を振りまいていると批判している。自民党を政権から追い払う、と4候補は声高だが、4人のうち2人がかつての民主党政権の中核だったオールドタイマーだ。

立憲民主党の代表選挙候補者も自民党総裁選挙の候補者の多くも、首班指名のあと間髪を容れず解散・総選挙を実行すると標榜する若手の自民党候補者の論に反対している。岸田文雄氏が総裁のままでは次の総選挙で大敗するという危惧から、岸田氏の総裁続投に反対し、総選挙の看板かけ替えのための総裁選挙をやっているのだから、人品骨柄はさておき、人気者を総裁にたて、新総裁のメッキの剥げないうちに早急に総選挙を済ませて議席減を防ぎたい、という気分のだろう。選挙で負ければ、総裁に責任を取らせ、次の総裁選で機会を狙うだけのことだ。

日本記者クラブの討論会で並んだ自民党総裁選候補者9人をテレビで眺めながら、なんだか就職試験の集団面接を見ているような気がしてきた。異常な暑さのせいだ。

(2024.9.15 花崎泰雄)

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どこまで行けるか?

2024-09-08 17:33:31 | 政治

オリンピックが終わった。パラリンピックも終了した。よーいドンで始まったのが日本の自民党総裁選挙と立憲民主党の代表選挙である。新聞・テレビだけではなく、週刊誌や眉唾ゴシップを流すインターネットサイトはしばらくの間このネタでしのいでゆける。

9月7日には立憲民主党の代表選挙が告示された。野田佳彦、枝野幸男、泉健太、吉田晴美の4氏が立候補した。同じ日の討論会(日本記者クラブ主催)で、元首相の野田氏は、政権交代こそが最大の政治改革だ、と語った(9月8日付朝日新聞)。

思い出したのが古い恋の歌――。

あひみての のちの心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり

立憲民主との4氏が何を考えているのか、まだよくわからない。わかったところで私は党員ではないので選挙権がなく、解散総選挙になっても彼らの選挙区の住民ではないので、一票を入れることもできない。こういう顔揃えになったのは現在の立憲民主党の実力のあらわれであると写真を眺めるだけである。4人の中に素敵な政治的パースペクティブの持ち主がいればいいのだが、願うだけである。

一方、自民党総裁選挙の告示日は12日である。茂木敏充氏は、防衛力増強のための増税は避けたいと言った。小泉進次郎氏は選択的夫婦別姓の導入について賛成する考えを示し、法案を国会へ提出すると発言した。林芳正氏はマイナンバーカードへの健康保険証一体化に関連して、現行の健康保険証廃止期限の見直しを検討する考えを示した。

思い出したのが昔のざれ歌――。

年を経し糸の乱れの苦しさに衣のたてはほころびにけり

(2024.9.8 花崎泰雄)

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日替わり表明

2024-09-01 00:01:05 | 政治

台風10号はながっちりというか動きの鈍い嵐だった。九州から四国へ移動するのに数日かかった。その間、暴風と豪雨で被害を出した。それどころか、台風の中心から遠く離れた関東圏で線状降水帯を作り出し、大雨を降らせた。この嵐で新幹線は止まり、飛行機も飛べなくなり、連絡船も出航を中止した。自民党総裁選挙に出馬するとみられている議員が次々と正式な出馬表明の予定を先延ばしした。有権者が台風で難儀している最中に総裁選ではしゃいでいると思われるのを避けたのだろう。もっとも立憲民主党の野田佳彦氏は台風が鹿児島に上陸した8月29日に立憲民主党代表選挙に出馬すると表明している。政局の台風の目のゲンかつぎか、野党の身軽さのゆえだろうか。

自民党の茂木敏充氏は新聞報道によるとは9月4日に総裁選立候補を正式表明する予定。小泉進次郎氏も当初の予定を先に延ばし9月に入ってからの出馬表明。9月上旬は下馬評にあがった議員たちが日替わりで出馬表明をすることになる。

8月31日付朝日新聞の「首相動静」によると、岸田首相は30日東京のホテル・オークラの日本料理店で、自民党副総裁の麻生太郎氏、幹事長の茂木敏充氏、林芳正官房長官と昼食を共にした。林芳正氏も9月に入ると出馬表明をする。官邸に帰ると石破茂氏、河野太郎氏と面談した。

ところで、31日の朝日新聞の別の記事によると、河野太郎氏は30日に麻生派の事務所で同派の議員に支持を訴えたが、集まったのは河野氏を入れて13人だった(麻生派には54議員が所属)。

下馬評に名前が出ている11人の議院のうち、何が脱落し、何印が正式立候補にたどり着けるか、興味深いレースになる。

また、立憲民主党では現在の代表である泉健太氏が所定の推薦人を集めきれていないのではないか、とにおわせる報道も出ている。

9月が始まる。風に任せて、流れに任せて、日本の政治が漂流するかもしれないシーズンが始まる。

(2024.8.31 花崎泰雄)

 

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下馬評

2024-08-25 00:43:25 | 政治

日本列島は性悪な熱気にとりつかれている。気象庁の長期予報ではこの暑さは9月に入っても尾を引くそうである。9月には自民党の総裁選挙と立憲民主党の代表選挙がある。それが終わるころには、涼風(寒気がするほどの冷風でもよい)が戻ってくれるとありがたいのだが。

8月24日には自民党の石破茂氏が地元・鳥取県の小さな神社で正式な総裁選挙出馬を表明した。同じ自民党の小泉進次郎氏が浴衣姿で夏祭り(多分地元の)にあらわれて小さな(選挙権のない)こどもに媚びを打っている姿がテレビのニュースで流された。小泉氏はまだ正式な総裁選出馬表明を済ませていない。

自民党の総裁選挙には今のところ11人が下馬評にあがっている。8月22日の日経新聞(電子版)によると、同社の世論調査で、23%の回答者が小泉進次郎氏を次の自民党総裁にふさわしいと回答した。18%の回答者が石破茂氏の名をあげた。

この段階で小泉・石破両氏とも出馬を表明していなかった。政治理念や具体的な政策、自民党のモラル向上策について語っていなかった。したがって、日経新聞のこの世論調査は下馬評的人気調査であり、小泉純一郎氏の息子である世襲議員小泉進次郎、「おもてなし」で人気者になったタレントの夫である進次郎氏、環境相在任時に環境対策のプロジェクトはセクシーであると、聞きなれない英語をつかった進次郎氏が、陰陰滅滅な語り口の石破氏より世間に受けているというだけのことである。

一方、立憲民主党の代表選びも泉健太氏、野田佳彦氏、枝野幸男氏が争うことになりそうだ。野田氏、枝野氏のどちらかが代表になれば、次の総選挙で、日本版"カマラ・ハリス効果“を作り出せるのは小泉氏かもしれない。

とはいえ、次の総選挙で自民党は相当な議席減を経験するだろう。自民党総裁の椅子に固執する岸田首相を椅子からはぎとったのは、このままでは次の選挙で議席を失う恐れのある自民党議員たちである。次の総選挙で自民党が2009年の総選挙の時のような大敗に見舞われれば、新総裁は即交代である。公明党や日本維新の会と連立を組むような状況になっても、総裁は責任を問われるだろう。

いま火中の栗をあえて拾うのは誰か、洞ケ峠を決め込むのは誰か。政治記事とは政局解説であると思いこんでいる日本の政治記者たちにとっては、興味深い9月になる。いっぽう「売り家と唐様で書く三代目」の時代を日本は迎えている。なぜこんな政治になったのか? 奥行きのある政治分析をたまには読ませてもらいたいものだ。

(2024.8.25 花崎泰雄)

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8月のたそがれ

2024-08-17 22:38:46 | 政治

岸田文雄首相が9月の自民党総裁選挙に出るのをやめたと記者会見で語った。次の首相を目指す気のないことを明らかにした。8月16日の朝日新聞コラム「天声人語」は「結局、岸田氏は何が最もしたくて首相になったのだろう」と書いた。なるほど。そういう感じを持つ人は少なくない。

岸田氏は何かがやりたくて首相になったわけではない。彼の天地左右なりゆき的なプリンシプルのない状況すり寄り型の政治的言動から、そのことは推測できる。彼は首相になりたかった、だけのことである。岸田氏の父も祖父も国会議員だった。三代目にして大輪の花を咲かせたかった――世襲の業である。世間には政治家の家庭で育った子であるから政治的才覚は自ずと身につけている、と楽観的に考える人がいる。おまかせ政治の風景だ。だが、岸田首相の長男は首相秘書官になって海外出張に出たさい、大使館の車に乗ってお土産品を買い集めていた。

福田康夫首相は福田赴夫首相の息子だ。麻生太郎首相は吉田茂首相の孫だ。安倍晋三首相は岸信介首相の孫だった。朝日新聞が伝える海外の研究によると、日本のGDPは1920年に世界の3.4%を占めていた。戦後の高度成長でそれが8.6%に上昇したが、2022年には3.7%に落ちた。

英国あたりなら政権が野党に移って当たり前の失政だが、自由民主党は少なからぬ有権者から「腐っても鯛」という評価を受けている。野党に政権が移っても世の中がよくなるとは思えない、慣れ親しんだ自民党政権の下でじり貧に耐える方がましだ、と考える人が多い。日本文化には、変化よりもなじみに重きを置く傾向がある。

それはさておき、もっか日本よりはるかに将来が不安なのがイスラエルである。イスラエル軍のガザ市民に対する攻撃は、ベトナム戦争における米軍のふるまいと同じように映像となって世界の家庭に流れている。ハマスの軍事組織を叩き潰すと叫んで、ガザを破壊し、そこに住む民間人、特に子どもを殺傷する行為は世界の多くの市民が批判している。近く停戦交渉の結論が出るようだが、イスラエルに痛めつけられたパレスチナ人の憤りは消えないだろう。汚職問題で裁判沙汰になっているネタニヤフ首相が、自らの保身をねらってガザ攻撃を続けているという見方が世界中で報道されている。停戦交渉を進めているさいに、ハマス幹部のハニヤ氏をイランの領内で暗殺するなど、停戦を嫌がっているようだ。

これだけのことをしてしまった以上、停戦交渉がまとまったとしても、イスラエルはすでに国際的な信用を失い、不快な国家としてのレベルを修復しがたいまでに上昇さた。このダメージを修復するには並々ならぬ努力が必要になるだろう。

自民党が変わる最初の一歩、と高尚な言い回しで憤懣を隠し、総理・総裁レースから身を引くことが許された岸田氏は、追い詰められていた割には運がよかった。

(2024.8.17 花崎泰雄)

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お盆が近づくころ

2024-08-10 21:38:16 | 国際

パリの五輪競技大会と甲子園の高校野球の中継が夏のNHKテレビの番組を埋め尽くしている。そのさなか、スポーツ中継を押しのけて「南海トラフ巨大地震注意」を気象庁が出した。長崎市の平和祈念式典にイスラエルが招待されていないのは政治的な意図によるものだとして、駐日米国大使ら欧米の大使が結束して式典への不参加を表明した。原爆忌にうちあげた三尺玉のようなたいした、びっくり花火だった。

8月6日の広島の式典ではロシアとベラルーシは招待されなかった。イスラエルは招待されたが、パレスチナ自治政府は招かれなかった。式典の主催者である広島市の判断は政治的であるが、駐日アメリカ大使やイスラエル大使は式典に出席した。ロシアは米国と並ぶ核兵器を持つ国家であり、そういう国にこそ祈念式典に参列してもらい、核のない世界への想像力を身に着けるきっかけにしてもらうべきだった、という考え方もありうる。しかし、それは主催者広島市の政治的判断で不可能になった。ロシアが招かれなかったことにロシア大使は不当な政治的判断だと異議を唱えたが、米国大使やイスラエル大使らはなんらコメントしなかった。

9日の長崎の式典ではロシア、ベラルーシ、イスラエルが招待されず、パレスチナ自治区は招待された。平和祈念式典の招待国・地域の選定でこのような違いが出たのは、主催者である広島市と長崎市の政治的判断の違いによるものだ。ロシアやベラルーシと同じようにイスラエルが招かれなかったのは、ウクライナを侵略しているロシアと、ハマスからの攻撃に対して自衛しているイスラエルとを同列に置くことになり、承服できないと米欧の大使たちは出席を見送った。代わりに、駐日米大使、英大使、イスラエル大使の3人が9日東京の増上寺で催された長崎原爆殉難者追悼会に出席する茶番を演じてみせた。

ラーム・エマニュエル駐日米国大使は、イスラエルから米国に移住した医師の息子だ。CNNによると18歳まで米国とイスラエルの2つの国籍を持っていた。とはいえ、エマニュエル駐日米大使がイスラエルの立場を擁護して長崎の平和祈念式典に出席しなかったのは、彼のユダヤ系アメリカ人としての信条・道徳・情緒が影響していると考えるのは短絡である。道徳観が行動の規範になることは、個人の場合は考えられるが、国家はモラルとは関係ないナショナル・インタレストにもとづいて行動する。イスラム世界のまん中にあるイスラエルは、アメリカとそれに与する欧州国家にとって、安全保障の橋頭保であり、核武装を進めるイランをけん制するための武力配備のコーナーストーンである。炭坑の安全を確かめるカナリアのような存在なのだ。イスラエルはアメリカが断固として擁護すべき国であると歴代の米国政府は考えてきた。それをよく知っているから、イスラエルのネタニヤフ政権は米国から軍事援助をうけつつ、米国をいらだたせる身勝手な戦闘行動を行っている。

アメリカ合衆国は国内法(レイヒー法)で、人権侵害に関与している外国の軍隊に対して、合衆国政府が資金援助などを提供することを禁止している。BBCによると、イスラエル軍の部隊で違反行為が見つかったことがあるが、米国政府はその後適切な措置が講じられたとしてイスラエルへの軍事援助を続行している。

ところで、長崎の平和祈念式典をめぐる出来事について岸田首相は、イスラエルを招かなかったのは主催者である長崎市の判断であり日本政府はコメントする立場にない、と表明している。この無気力発言の背後には、平和祈念式典は地方自治体のローカルな催しであるとする矮小化の論理がある。半面、核廃絶は生涯をかけた目標であると岸田首相は公言している。

その一方で、岸田首相は米国の核の傘を何とかもっと確実なものにしようとする拡大抑止の考え方に好意を寄せている。したがって、核兵器禁止条約についは、核兵器のない世界という大きな目標に向け重要な条約だが、アメリカやロシア、中国など、核兵器を保有する国々が参加していないので、日本だけ加わって議論をしても、実際に核廃絶にはつながらないと岸田首相は言う。核廃絶は遠い将来のユートピアンの目標であり、脅しや欺瞞にみち、権力と権力がわたりあう国際政治のジャングルで国家の生き残りを測るには、今後しばらくはリアリストの外交が不可欠であると岸田首相は言う。こうした日本政府のやる気のなさにしびれを切らせて日本のNGOは政府に核禁止条約加盟を迫っている。

日本の自治体が独自に平和祈念式典の招待国を政治的に決めたのは、いわゆる「外交」が政府だけの、外務省だけの専権事項でなくなり始めていることを感じさせる。やがて被爆者追悼・平和祈念式典に日本国首相を招くか招かないかは主催者が政治判断すること――そういう未来を想像すれば、しばしの猛暑しのぎになる。

愚行は時代や場所と関係なく、政治形態とも関係がない。君主政治、寡頭政治、民主政治のいずれも愚行をうんでいる。民族や階級とも関係がない。政治は3000―4000年前からほとんど向上していない。この先も人間は光輝と衰亡、偉大な努力と翳りのまだら模様を縫ってなんとかお茶を濁してやっていけるだけなのかもしれない。そうした人間の悲しさをテーマにしたバーバラ・タックマン『トロイアからヴェトナムまで 愚行の世界史』(大社淑子訳、朝日新聞社、1987年)を拾い読みするお盆(8月盆)が近づいてきた。

(2024.8.10 花崎泰雄)

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酷暑勉励

2024-07-28 22:47:51 | 社会

ひどい暑さである。外出をひかえ、ためらわずエアコンを使って危険を避けよ、とテレビが言う。エアコンの効いた部屋にいるとやがて鼻水が垂れてくる。テレビはパリのオリンピックと、日本の高校野球地方大会、日本のプロ野球、大相撲、アメリカ大リーグの大谷のホームランシーンなどスポーツであふれている。パリは東京や大阪より少し涼しく、雨も降っていたのでスポーツ選手はそれほど暑苦しくないのだろうが、それでも柔道の選手が失神している。高速鉄道網のサボタージュや詰めかけた観戦客でパリの住人は暑苦しい思いをしていることだろう。一方で運動を避けて冷房の効いた部屋にいるようにと勧めている日本のテレビが、他方で炎天下に土煙を上げる高校野球の死闘を伝える。その結果を載せて配達されてくる新聞は湿気を吸ってふにゃふにゃだ。しばらくはPodiumを閉鎖、安静につとめる。

(2024.7.28 花崎泰雄)

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酒と煙草

2024-07-20 22:51:24 | 社会

ロンドンとパリの間を英仏海峡の海底に掘ったトンネルを通って高速列車が走る以前のことだからずいぶん昔の話だ。パリからロンドンまでエールフランスの便に乗った。ちょうど昼時だったので、客室乗務員が軽食とワインのミニボトルを配った。客室乗務員は私の席のすぐ近くの中学生ほどの子どもにもワインのミニボトルを渡した。ワインの国だなあと、恐れ入った。そのころのフランスではワインやビールは16歳以上、家族同伴なら14歳以上で飲んでよろしいという規則になっていた。

まもなくパリでオリンピックが始まるが、19歳の日本の体操女子代表選手が飲酒と喫煙を咎められてオリンピック出場を辞退させられた。「日本代表チームとしての活動の場所においては、20 歳以上であっても原則的に喫煙は禁止する」「日本代表チームとしての活動の場所においては、20 歳以上であっても飲酒は禁止とする」と定めた日本体操協会の「行動規範」に違反したのが理由だ。

とはいうものの「行動規範」は「合宿の打ち上げ、大会のフェアウェルパーティー等の場合は監督の許可を得て可能とする 」としている。監督の許可さえあればTPOに応じで飲酒可能としている。

団体行動を前提とした行事で皆でいっしょに飲む酒は問題ないが、監督の許可なしに個人として飲酒した選手は処分をうけるようである。

(2024.7.20 花崎泰雄)

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