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news commentary

体制保証とその後

2018-06-13 22:21:56 | Weblog

北朝鮮のキム・ジョンウン委員長が手に入れたのは「体制保証」の約束で、アメリカのトランプ大統領が手にしたのは、CVID抜きの非核化の約束の再確認だけだった。「おいぼれのゴロツキ」が「ちびのロケットマン」に「ディール」でしてやられた――という風な論調が、米国やヨーロッパ、それに日本の――トランプ氏が嫌いな――メディアで流されている。

自らに有利な共同声明に署名して、その後のこうるさい記者会見をトランプ氏にまかせて、自分は記者会見をさけたキム氏の異例の欠席は、カナダのG7を中座したトランプ氏の行動を参考にしたのだろうか?

日本の新聞の多くは「体制保証」は即ち「キム・ジョンウン体制の保証」と報じたが、「体制保証」という言葉は、6月12日シンガポールのセントサ島で行われたトランプ―キムの米朝首脳会談の共同宣言のどこにも書き込まれていない。ホワイトハウスのサイトで米朝共同宣言を読むと、

President Trump and Chairman Kim Jong Un conducted a comprehensive, in-depth, and sincere exchange of opinions on the issues related to the establishment of new U.S.–DPRK relations and the building of a lasting and robust peace regime on the Korean Peninsula.  President Trump committed to provide security guarantees to the DPRK, and Chairman Kim Jong Un reaffirmed his firm and unwavering commitment to complete denuclearization of the Korean Peninsula.

とある。この英文は以下のような日本語に翻訳されて朝日新聞に載った。

(トランプ大統領とキム・ジョンウン委員長は、新たな米朝関係の構築と、朝鮮半島の永続的かつ強固な平和体制の建設について、包括的かつ綿密で真摯な意見の交換をした。トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を与えることを約束し、キム・ジョンウン委員長は朝鮮半島の完全な非核化に向けた確固とした揺るぎない責務を再確認した)

トランプ氏が約束したのは「北朝鮮の安全の保証」である。北朝鮮と米国の間には停戦協定(北朝鮮は過去何度も停戦協定の破棄を口にしている)があるのみで、相互防衛条約のようなものはないのであるから、北朝鮮に安全の保証を与えるという文言は、日米安保とは違って、北朝鮮が他国から攻撃を受けた場合、米国が助けるということではさらさらない。北朝鮮の政治体制は世界でも類のない独裁制で、民主主義のラッパを吹いてきたアメリカが、その独裁体制を保証すると公文書で明言できるわけもあるまい。そもそも、外国がある国の安全を保障することはできたとしても、その国の特定の政権や政治体制を保証することができるだろうか? 米国大統領が共同声明で日本の安倍体制を保証するといえば、それがどんなに馬鹿げた発言であるかは、論を待たないだろう。したがって、「北朝鮮に安全の保証を与える」(to provide security guarantees to the DPRK)という記述は、米国は停戦協定を破って北朝鮮を攻撃することはない、という意味であると読む以外にない。北朝鮮指導者は永らく米国から攻撃されるのではないかという恐怖感にさいなまれてきたというのが世間の認識だった。

その恐怖を打ち消すために、北朝鮮は非核化のごまかしを繰り返しなら核弾頭を持ち、それを運ぶICBMの発射実験に成功した。今度は北朝鮮が米国に不安を呼び起こさせて、トランプ大統領に腰をあげさせ、念願の米朝両国の首脳同士のサシの話し合いまで持ちこんだ。

そうした過去のいきさつを踏まえて、世間が「北朝鮮の安全の保証=金王朝支配の保証」と理解しているだけである。

それはさておき、米朝首脳会談そのものは歓迎すべき出来事である。

首脳会談はこの秋の米国の中間選挙とその後の大統領再選をねらったトランプ氏の景気づけという見方もある。トランプ氏が大統領再選に失敗すれば北朝鮮問題を早急に解決しようという米国側の機運は薄れ、トランプ氏が再選すればトランプ氏にとって北朝鮮の利用価値は低下する。

さて、シンガポール会談の後、運が良ければ北朝鮮の非核化は時間をかけて実現に向かうかもしれない。運が悪ければ、冷戦の負の遺産である朝鮮半島の非武装地帯を挟んで、これまでと同じいがみ合い、脅し合い、虚勢の張り合い合戦が再開され、偶発核戦争の恐怖で、再び眠れない夜がやってくる。

運良く、北朝鮮の非核化をめぐり時間のかかる交渉が始まったとしても、「朝鮮半島の非核化」という文言を廻り、北朝鮮の核のCVIDだけではなく、過去に在韓米軍が保有していたが1990年代には撤去されたとされる戦術核兵器の韓国内での徹底的な検証を北朝鮮が要求することになる。

「北朝鮮の安全の保証」をめぐっては、在韓米軍の存在はもちろん、在韓米軍と一体となって北東アジアの安全保障を担っている在日米軍にまで話が及ぶことになろう。在韓米軍は韓国の安全を保障し、在日米軍は日本の安全を保障するのが目的であるという主張と、韓国と日本の安全を保障する駐留米軍は同時に北朝鮮にとっては安全保障上の脅威になるという千日手――安全保障のディレンマが浮上し、決着がつかなくなる。

すったもんだの交渉の終着点は、北朝鮮に対する攻撃か、北朝鮮の核保有を既成事実として容認する、の二者択一を米国がせまられる事態へと発展する。

北朝鮮の非核化の道のりは、停戦協定にかわる米朝の平和条約締結の交渉と同時進行で進まなければならず、それには骨の折れるデリケートな外交交渉の積み重ねが必要になる。一発ウケをねらうトランプ大統領を頭に頂いた現在の米政権の政策企画能力ではこなしきれない作業である。

(2018.6.13 花崎泰雄)

 

 

 

 

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ジョーカー、ライアー、マッチョ、トランプ

2018-06-11 16:37:01 | Weblog

ダグラス・ホフスタッターの『ゲーデル、エッシャー、バッハ』(白揚社)は、翻訳出版された当時、書評欄で話題になった。その本の中に、

 エピメニデスはクレタの人で、次のような金言を残した。「クレタ人はみなうそつきである」

という記述がある。昔から論理学的に豊かな話題を提供してきた故事である。

これに似た話が現代の米国にもある。

トランプ米大統領がフェイク・ニュースと呼ぶ米国の主要メディアは「トランプはうそつきである」と報道している。

そのようなトランプ氏がG7のホストをつとめたカナダ首相のトルドー氏を “dishonest and weak” と罵る言葉をツイートした。トランプ氏が唱えたアメリカ・ファーストの保護主義貿易をめぐって、欧州とカナダのリーダーたちから厳しい批判を浴びたことへのお返しだろう。批判がトランプ氏のナイーブで過敏な自尊心を逆なでしたのだろう。それ以上に、トランプに抗う奴はののしりを受けることになる、そのせいでG7がどうなろうとおれの知ったことか、と会議途中で席を立ったタフガイの姿を、アメリカのトランプ支持者やキム・ジョンウン氏に見せたかったのである。

外交辞令は単なる美辞麗句の羅列だけではなく、所々に辛辣な針をしかけた文章テクニックをいう。G7のメンバー国の首脳が会議の途中で席を立ち、さらにホスト国の首相の人格を誹謗するような書き込みを公にするのは、外交上気極めて稚拙で異例のことである。最初からけんか腰では外交にならない。

さて、トランプ米国大統領は、キム・ジョンウン委員長との会談で、非核化をめぐって満足できる交渉にならないとわかった場合はすぐさま席を立つ、と公言してきた。G7では憤懣やるかたなく会議途中で席を立ってみせたが、シンガポールでこれといった成果を手にしないまま、会談の最後までキム・ジョンウン氏の相手をずるずると務めるということにでもなれば、それはそれで、マッチョ・トランプにとってマイナスイメージになるだろう。G7では席を立ったのに、なぜシンガポールでは席を立たなかったのか、と。

 (2018.6.11 花崎泰雄)

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給与1年分自主返納

2018-06-04 23:35:16 | Weblog

麻生太郎財務大臣が一連の森友問題のゴタゴタに関連して、閣僚給与を1年分自主返納するという。

国務大臣の給与は現行で2930万円ほど。所管の違いに関係なく一律である。約3000万円を自主返納するのかというと、そういうことではないらしい。

麻生氏は財務大臣であると同時に衆議院議員である。国会議員が国務大臣になった場合は、「議員で国の公務員を兼ねる者は、議員の歳費を受けるが、公務員の給料を受けない。但し、公務員の給料額が歳費の額より多いときは、その差額を行政庁から受ける」(国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律、第7条)ことになる。

国会議員の歳費は年額2200万円ほどで、国会の予算から支給される。国務大臣給与から議員歳費を差し引いた差額は、それぞれの省の予算から支給される。

麻生太郎財務大臣の場合は、計算上、その差額約700万円を自主返納することになる。しかしながら、国務大臣給与はすでに政策上の判断で減額されているので、麻生氏が自主返納する実際の額は170万円と報じられている。1ヵ月あたり15万円弱である。

国会議員がその歳費を返納すると、国庫への寄付行為とみなされ、政治家の寄付行為を禁止している公職選挙法との関連で、そうとう厄介な事案に発展する。公務員としての給与の自主返納は公職選挙法に抵触しないとされている。

 ●麻生太郎財務大臣が閣僚給与1年分を自主返納

 ●麻生太郎財務大臣が閣僚給与1年分170万円を自主返納

だいぶ印象が違ってくる。

170万円か。

麻生氏の国会審議中の意味のないヘラヘラ笑いや、傲岸不遜、傲慢無礼、無知蒙昧な記者会見の発言をテレビや新聞で今後、見聞きしないですむのであれば、「自主返納結構です。こちらから同額を追い払いいたしますので、どーぞ大臣席からお引き取り下さい」という気分の有権者は少くないだろう。

(2018.6.4  花崎泰雄)

 

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ポーカーの手みえみえ

2018-05-28 00:16:01 | Weblog

1972年のニクソン訪中による米中関係正常化の始まりは、1971年8月ニクソンが72年2月の訪中を発表するまで極々限られた人しか知らなかった。71年8月のニクソン訪中発表を聞いた当時の佐藤栄作日本国首相は目のくらむような思いだった。訪中発表に先駆けてキッシンジャー補佐官が極秘裏に北京に行き、中国首脳部と交渉をした。キッシンジャーの隠密外交を当時のアメリカのメディアはかぎつけることができなかった。ニクソン訪中発表から実際の訪中までには6ヵ月の準備期間があり、ニクソンが北京に降り立った時、共同声明の大筋は出来上がっていた。

米朝首脳会談のお膳立てでポンペオCIA長官(当時)が極秘裏にピョウヤンへ出かけたが、準備不十分なうちにトランプ大統領がしゃべり始めた。そのお喋りと、大統領側近の高飛車な対北要求に対抗して北朝鮮が会談の中止もありうると語り、米大統領が6月12日予定のシンガポール会談は中止と、北朝鮮の金委員長に手紙を書いたことを公にした。

そのあとすぐさま、米朝双方がその舌の根もかわかないうちに、6月12日にシンガポールで会ってもいい、と焼けぼっくいに火がついたようなことを言っている。

これまでは、政府間交渉は重要外交日程が終ってからしばらくたって、「会談やめだ、やってもいい、交渉には荒波が何度も襲ってきた」などという秘録でしか知りえなかった。外トランプ政権下のアメリカでは、外交の機微にわたる出来事が、米大統領の口と指先で広く世間に同時進行で伝えられている。

こうした型破りな、開かれたアメリカ外交はトランプ大統領ならではの事だろう。専門家に意見を聞いて考える前に、ついつい口が開き、指先がツイッターのキーを打ってしまう個性的な大統領ならではの展開だろう。

アメリカは北朝鮮のICBMが米本土到着前に処理する万全の態勢をまだ整えていないし、北朝鮮はアメリカの対北攻撃を心配している。だから双方が会うことを決意した。ICBMと核があったからこそ、アメリカ大統領が会おうと腰をあげかけている。ICBMと核のない北朝鮮だったら、アメリカは歯牙にもかけなかっただろうということを、北朝鮮はよく知っている。核とミサイルが北朝鮮のお守りであり、魔法のランプなのだ。

したがって、体制保障と経済援助が先か、核とミサイルの廃絶が先かという「卵と鶏のどちらが先か論争」に決着はつかない。キューバ危機の回避にあたって、ソ連がキューバから核ミサイルを撤去する見返りに、米国がトルコに配備していたミサイルを撤去するとソ連に約束した。

とはいうものの、援助と核開発の中止の取引が失敗したとトランプ氏とその政権は過去の米政権のやり方を非難しているのであるから、似たような取引はしないだろう。それでいて米国民中のトランプ・共和党支持者を歓喜させる手柄をあげたいのだから、会談失敗→北朝鮮への軍事攻撃開始という脅しが現実のものになる可能性がある。いまのところその歯止めは、朝鮮戦争の記憶である。米軍(国連軍)が中朝国境に肉薄すると、中国人民解放軍が参戦してきた。国連軍司令官だったマッカーサーは原爆の使用をトルーマン大統領に進言した。トルーマンはマッカーサーを更迭した。原爆を使用すれば、朝鮮戦争が半島の局地戦ではなくなるからだ。

さて、北朝鮮との交渉がこう着状態になり(大いにありうる)、それを一気に打破するために米国の大統領が核使用を含む北朝鮮への軍事攻撃を決意した時(トランプ大統領は何度も繰り返し口にしている)、いったい誰が米大統領を更迭することになるのだろうか?

(2018.5.28 花崎泰雄)

 

 

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小粒になった朝日新聞の素粒子

2018-05-20 01:11:22 | Weblog

朝日新聞夕刊1面学下の「素粒子」の筆者が交代したらしく、このところ筆先がなまっている。読んでいてちっとも面白くない。「素粒子」は一読、ヒッ、ヒッ、ヒッヒと乾いた笑いを誘うのが売りだった。

それがいまではオピニオンのページの「かたえくぼ」や「川柳」のアマチュア・レベルの風刺技術しか見られない。素粒子が「かたえくぼ」「川柳」に負けていることもある。

たとえば5月19日夕刊の「素粒子」はこんな風だった。

                      

 説明し過ぎてかったるい。

 

一方で、同じ19日の朝刊「かたえくぼ」はシャープで笑えた。

                     

  

 

素粒子のようにいまさら麻生氏のパフォーマンスをあげつらっても笑いはよべない。麻生氏は政治家としての見識がこれといってない人だ。一時期、この国の首相を務めたこともあるが、「麻生政治」とラベルを張れるような政治理念や政策展開はこれといって見られなかった。記憶に残っているのは、麻生氏は漢字を読むことが苦手であるという些末な事だけである。財務大臣として海外の重要会議に出席するが、その会議で際立った発言をしたという記事は新聞で読んだ記憶がない。記憶に残っているのは、例の似合わない帽子姿だけである。日本の新聞ですらそうなのだから、海外のメディアではニュースになることが稀である。

麻生氏の語りから失言と暴言を引き去ると、たいしたものは残らない。麻生氏に限らず、自民党の議員の中には、支持者の集り、業界団体でのスピーチ、派閥の会合で、政論はさておき、くすぐりとしてリスキーな発言をしてサービスに努めるものがいる。

5月19日の朝日新聞朝刊「朝日川柳」に「麻生節などとおだてりゃ木に登る」(真庭誠)と副総理・財務大臣を「猿」が「豚」扱いする句があった。その程度の麻生太郎氏が永田町でとぐろをまいて居られるのは、その家系ゆえである。

失言・暴言・放言居士の麻生太郎氏の父の顔は新聞で見たことがある。麻生多賀吉氏。祖父の顔はよく覚えている。吉田茂氏。麻生多賀吉氏は吉田茂氏の娘と結婚し、吉田首相の金庫番を務め、国会議員もやった。木登りをするとからかわれた麻生太郎氏は、経済資本と文化資本を合わせた揺るぎない政治資本を受け継いでいる。いずれ勲1等をもらうことになるのだろう。

 

(2018.5.20  花崎泰雄)

 

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マレーシア・ディレンマ

2018-05-13 21:53:19 | Weblog

マレーシアの首相だったマハティール氏が思いがけず同国の首相に返り咲いた。辞任した首相が再び首相の座に就くことは稀有なことではない。日本の安倍晋三氏は2006年に日本国首相を任期途中で辞した。後でわかったことだが、病気だったという。病気から回復して2012年にふたたび首相に就任した。

しかし、マハティール氏の返り咲きは稀有な事である。安倍氏が最初の首相のポストを辞したのは53歳のときで、2度目の首相職に就いたのが58歳の時である。マハティールが20余年にわたってマレーシア首相を務めたのち首相のポストを明け渡したのは、日本風にいえば間もなく「傘寿」というすでに後期高齢者だった。今回、野党連合「パカタン・ハラパン(希望の連盟)」を率いて、独立以来マレーシアの連邦政府を独占してきたUMNO(統一マレー国民組織)を中心とした与党連合「国民戦線」に総選挙で勝利し、首相のポストについたとき、彼はすでに「卒寿」を過ぎていた。

セピア色になったフィルム写真の人物が突然色鮮やかなデジタル写真の人物に変貌した。驚愕に値する稀有な出来事である。それほどまでにUMNOによる政治にマレーシア国民は飽きていたのである。

と、同時に、マハティール氏の首相返り咲きは、マレーシアという国のディレンマも示している。マレーシアの政権党であるUMNOで頭角を現していたころ、マハティール氏は『マレー・ディレンマ』という本を書いたことがある。マレーシアのマレー系人口が社会的ステータスにおいて中国系マレーシア人に後れを取っていることを問題し、マレー系市民が中国系市民と肩を並べる社会的ステータスを獲得できるように、マレー系市民に対して優遇措置をとらねばならないと訴えた。いまように言えば「マレー・ファースト」の政策である。この本は政府によって発禁となり、マハティール氏はUMNOから追放された。

だが、マハティール氏はまもなくUMNOに復帰して、やげて首相となった。『マレー・ディレンマ』は発禁の書からマレーシア国民の必読書に代わった。首相時代のマハティール氏の強権的手法によるマレーシアの近代化路線や、UMNO内での主導権争いの数々や、首相の座に肉薄してきたアンワル・イブラヒム氏の追放劇など、長くなるのでここでは書かない。筆者が13年前に書いたマハティール氏の政治的評伝「誇りと偏見――マハティール 1981-2003」を読んで往時をふり返っていただきたい。

マレーシアの有権者の多くが、このところの経済の不調とUMNO政権の腐敗を嫌って、剛腕マハティール氏を呼び戻した。あるいは、マハティールを神輿に担げば、UMNOを倒せると野党連合の人々は考えたのであろう。つまりは、マハティールという名がまとっている名望が票になると考えたのである。これはアジアにおいては不思議なことではなく、マレーシアのナジブ・ラザク前首相はアブドゥラ・ラザク元首相の子で、シンガポールのリー・シェンロン首相はリー・クアンユー元首相の子、パク・クネ前韓国大統領はパク・チョンヒ元大統領の子だ。インドネシアのメガワティ元大統領はスカルノ初代大統領の子である。日本国の首相も、岸信介―安倍晋三、鳩山一郎―鳩山由紀夫、吉田茂―麻生太郎、福田赳夫―福田康夫と首相の座が親から子や孫にバトンタッチされてきた。

生活が以前より豊かになり、教育が普及し、勤労者に成果主義が押し付けられる時代になっても、能力の有無より名望によって政治権力者を選ぶというならいが変わらない不思議な社会がある。

今回、UMNOを主体にした政権連合「国民戦線」に対して、野党が終結して「希望の連盟」を組織し、マハティール氏を担いだ。だが、希望の連盟の有力なメンバーの人民正義党の党首ワン・アジサ氏はマハティールによって政治から追放されたため前面に出ることができないアンワル・イブラヒム氏の妻である。アンワルも隠れた人民正義党の指導者である。

アンワル氏は同性愛行為で有罪判決を受けて収監されているが、アンワル氏の支持者たちの間では、アンワル氏を政治から遠ざけるためのマハティール氏とナジブ前首相の陰謀との考え方が強い。マハティール氏はアンワル氏が恩赦を受ける日は遠くなく、恩赦によって政治に復帰できるようになれば、首相の座をアンワル氏に禅譲すると言って総選挙を戦った。

新たに政権を担う「希望の連盟」は人民正義党と、華人系人口に支持者が多い民主社会主義寄りの民主行動党やイスラム系の諸政党の多様なイデオロギーの集まりで、政権の先行きに金融市場は不安がっているが、政治は市場のためにやっているわけではない。

 (2018.5.13 花崎泰雄)

 

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その手口に既視感

2018-05-10 01:12:36 | Weblog

トランプ大統領が日本時間で5月9日夜、北朝鮮に捕らわれていた米国人3人が解放されて帰国する、とツイートした。その1週間ほど前には、間もなく解放される見込みがある、とツイートしていた。

同時に、3米国人の解放の発表にあわせて、米朝首脳会談の日程と開催場所が決まったとツイートした。米朝首脳会談の開催地についても、間もなく発表できるとか、軍事境界線も悪くないとか、あれこれ間断なくツイートしてきた。

大統領報道官に発表させるより先に、自らツイートすることで、アメリカ国民とメディの注目を、その内容よりもトランプ大統領自身に向けさせようとする手法だ。

このような情報を小出しにして、自らの存在をメディアと国民に売り込む手法は、今から60年以上も前の1950年代にジョー・マッカーシー上院議員が使った手である。

記者たちに、国務省に巣食っている共産党員とその支持者のリストが間もなく手に入る、明後日には発表できるだろう語り、中身のない予告記事を書かせて世間の関心をあおった。次の発表の日が来ると、ちょっとした支障が生じて、完璧なリストがそろっていないので、発表はあと数日後になるだろう、記者たちに語って関心を継続させ、増幅させた。マッカーシーはこのままではアメリカが共産主義者の思うままになると国民の恐怖を煽った。

記者たちはマッカーシーの言っていることを疑っていたが、世間が強い関心を持っていると思われることがらについて、上院議員が嘘をついていると書くことはできなかった。

トランプはアメリカの領土と安全をイスラム教徒やメキシコ人などから守らねばならない、アメリカの経済を慾深い中国や日本やEUから守らなくては明日のアメリカはない、と煽って大統領になった。

1950年代のアメリカのジャーナリズムはマッカーシーの全盛時代に、マッカーシーは嘘つきたと書かなかった。2017-18年のアメリカの新聞のかなりが、特にニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストが、大統領トランプは嘘つきだ、とオピニオン欄に書いている。大統領は嘘つきだと書きながらも、大統領のツイートは報道しなければならない。真偽に関わらず、大統領が語ったことはメディアで伝えられねばならない。

どこかの国の首相が、膿を出し切る、と語れば、そう語る本人がウミの親、という深刻なジョークのあることを知りつつも、それが活字なって伝えられ、音声がテレビで流されることになる。報道の中立性・客観性、ニュースとオピニオンの分離という枠組みがあるからだ。対抗手段としては、読者・視聴者がメディア・リテラシーを磨くしかない。

それはさておき、1950年代のマッカーシーの「赤狩り」で、国務省は東南アジア関係の、特にベトナムの専門家を失った。豊かな現地体験と知見、それにもとずいた将来展望を政治家に伝えることができるスぺシャリストをマッカーシーが追い払ったことが、アメリカのベトナム介入とその後の悲惨な泥沼の一因であるとする歴史家もいる。

トランプ大統領はTPPから離脱した。地球温暖化対策のパリ協定からも離脱した。イラン核合意から離脱した。中国と貿易戦争も辞せずの構えをみせている。米国大使館をイェルサレムに移すことで中東和平のプロセスを複雑にしている。彼のイスラエル寄りの姿勢がサウジアラビアをのぞく中東諸国とイランの反感を高めている。

マッカーシーが招いた混乱はアメリカのジャーナリズムと政治の陰鬱な研究材料になった。リチャード・ロービアは著書『マッカーシズム』(岩波文庫)に、マッカーシーを「アメリカが生んだもっとも天分豊かなデマゴーグ」であり「アメリカ人の心の深部にかれくらい的確、敏速に入りこむ道を心得ている政治家はいなかった」と書いている。

トランプの時代のアメリカが何を失い、何を得たか。いずれ誰かが『トランピズム』という本を書くだろう。それを楽しみに待っている。

(2018.5.10  花崎泰雄)

 

 

 

 

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テレビ朝日もアウト

2018-04-19 22:27:28 | Weblog

年配の方ならご記憶がおありだろう。かつて「キャッチ-22」という言葉が流行したことがあった。

米国の小説家ジョゼフ・ヘラーが1960年代初頭に発表した作品『Catch-22』から来ている。第2次大戦中のイタリア戦線で戦う米空軍爆撃隊のパイロットがおかれた不条理な状況――毎回命がけの操縦を迫られているパイロットが、その職務から解放されるのは死者になるか、狂気に陥るしかない。司令官は狂気の者に操縦はさせないと明言する一方で、自分が狂気であると申告すると、そういった申告ができるということは、正気であると証拠であるとして、申告を却下する――から生まれた言葉で、米国はもちろん、日本など翻訳が出版された国々で、流行語になった。

福田財務事務次官の辞任表明を受けてテレビ朝日は4月19日未明に記者会見を開き、同社職員の女性が福田氏からセクハラを受けたことを明らかにした。

その記者会見の中で、テレビ朝日の報道局長は取材の際の情報を『週刊新潮』に提供したことは問題がある、と会社の見解を示した。ということは、福田氏からセクハラをうけた社員は、同社の業務の一環として、飲食店で福田氏に密着取材していたことを認めているわけだ。

それでいて、社員が業務遂行中に取材先の高級官僚からセクハラをうけたことを上司に伝え、その事実を報道すべきだと相談したさい、上司から「報道は難しい」といわれたという。テレビ朝日は取材先の財務省に抗議さえせず、社員の女性のために何の行動もとらなかった。

テレビ朝日社員はまさにキャッチ-22的状況に置かれたのである。

だが、この社員はこの不条理を耐え忍ぶのではなく、財務省の事務方のトップが取材で顔見知りになったテレビ局の社員の女性にセクハラ発言をしたという情報を、最も効果的なメディアである週刊誌に通報した。安倍政権と財務省がスキャンダルでガタガタになっている時期なので、週刊誌にとっては棚ボタ情報だった。

「倍返し」という言葉が流行してまだそんなに時間はたっていない。テレビ朝日の社員は不快極まるセクハラ発言をした財務事務次官に一矢を報い、業務遂行中に受けたセクハラを受けた社員の人権問題に関して冷淡であった勤め先にも一矢を報い、その人権感覚の希薄さを猛省させるきっかけを作った。さらに、セクハラを受けた数多くの人々を、黙っていないで口を開きないと、呼びかけたのである。

 (2018.4.19  花崎泰雄)

 

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セクハラからパワハラへ

2018-04-17 22:25:37 | Weblog

 「浮気しようね」

「おっぱい触っていい?」

「抱きしめていい?」

週刊新潮が上記のような報道をした財務省の福田淳一事務次官のセクハラ発言は、まずは福田事務次官と発行元の新潮社との問題である。名誉棄損で新潮社を訴える準備をし、裁判に先立って福田氏が新潮社の責任者に抗議し、書かれた側と書いた側の間で、報道された事実の真偽について議論すればよい。多分それでは決着がつかないだろうから、裁判開始を急ぎ、必要とあれば法廷で被害者に証言を求めればよい。

法廷で証言する被害者の記者については、雇用先のメディアが十分なプロテクトをする必要がある。セクハラ被害者を守ると同時に、ことは報道の自由と公正の問題へと発展すること必定だからだ。報道対象となる政治家・官僚と取材するメディアとの適正な距離について、日本のジャーナリズムは無関心である。いまだに苔むした夜討ち朝駆けの手法に頼っているようだし、常時取材される政治家などはその夜討ち朝駆けを、逆に、自分に有利な状況づくりに利用している。

さて、裁判で決着を見るまでの間、福田氏を現職の事務次官にとどめ置くか、ポストから外すかは、財務大臣の判断になる。といっても、昨今は高級官僚の人事権は内閣人事局の手にあるのだが。いずれにせよ、福田氏の去就は政治判断にかかることになる。

財務大臣の麻生太郎氏は「状況がわかるように(被害者の女性が)でてこないといけない。申し出てこないとどうしようもない」と話し、女性が名乗り出ない限りセクハラを事実と認定できないという考えを示した――4月17日の毎日新聞(電子版)が伝えた。

財務省は財務省の記者クラブ加盟社に対して「福田事務次官との間で週刊誌報道に示されたようなやりとりをした女性記者の方がいらっしゃれば、調査への協力をおねがいしたい」と文書で要請している。

財務省内のセクハラ問題であれば、省内のセクハラ問題処理機関が解決することになるが、加害者と疑われている省内の人と、被害者とされる外部の人の間の調査を、加害者と疑われている人の勤め先が行なうのは尋常ではない。

たとえば、被害者と思われている記者が勤務するメディアのセクハラ問題処理機関が、財務事務次官である福田淳一氏に、週刊誌で報道されたセクハラ問題について、被害を受けたという記者の訴えだけでは不十分なので、加害者と報道されているあなたから直接お話をお伺いしたいので、一度、当方にお越し願い、できませんでしょうか、と要請したと仮定した場合、福田氏あるいはその上にいる財務大臣・麻生太郎氏はどんな返事をするだろうか?

財務省の聞き取りに協力せよという依頼は、今すぐ福田氏を更迭すれば政治的ダメージが大きすぎるという理由から、「女性が名乗り出ない限りセクハラを事実と認定できない」(毎日新聞)という時間稼ぎの茶番であり、被害者とされる人にとっては、財務大臣と財務省のパワハラである。

 

アメリカのトランプ大統領は嫌いなメディに対しては大統領会見で質問を許さなかった。同様に、記者クラブ制度をたよりに取材をしているメディアとそこの記者にとっては、名乗り出たが最後、取材上の便宜をうやうやしく拒否するという財務省の報復行為が予想されるからである。

 (2018.4.17  花崎泰雄)

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ヒラメの忖度

2018-03-27 22:14:38 | Weblog

3月27日の参議院予算委員会での丸川珠代委員と佐川宣寿証人との問答が興味深かった。

文書改ざんについて指示をめぐる問答である(産経ニュース デジタル版から)。

丸川委員「佐川さん、あるいは理財局に対して安倍総理からの指示はありませんでしたね」

佐川氏「ございませんでした」

丸川氏「安倍総理夫人からの指示もありませんでしたね」

佐川氏「ございませんでした」

丸川氏「官房長官、官房副長官、総理秘書官からの指示はありましたか」

佐川氏「ございませんでした」

丸川氏「安倍総理の秘書官からの指示はありましたか」

佐川氏「ございませんでした」

丸川氏「ここまでの証言踏まえますと、まず官邸からの指示はなかったということになります。間違いありませんか」

佐川氏「間違いございません」

佐川証人が歯切れよく答えたのはこの部分だけで、その他肝心の部分は、刑事訴追の恐れを理由に、証言を拒否した。

自民党幹部はこの日の佐川証言で、森友問題に関する安倍政権への疑惑はすっかり晴れたと言っている。野党は反対に、疑惑はますます深まったと言っている。国会前では市民が安倍政権への抗議集会を開いている。政治はこうでなくては面白くない。

27日午前の参議院、午後の衆議院の証人喚問中継を見ていて、佐川氏が自らを悪者にして政治の中枢部にいる人たちを守った、と感じた人は多かっただろう。上ばかり見ているヒラメ官僚の悲哀をひしひしと感じた現職の公務員もいたことだろう。

だが、ヒラメは官僚だけではない。

指示があったかどうか問うにあたっての、国会議員の丸川珠代氏の言葉遣いをよく見ていただきたい。

安倍首相や首相夫人の支持については「ありませんでしたね」と尋ねた。

一方で、官房長官・官房副長官・総理秘書官からの支持については「ありましたか」と尋ねている。

丸川珠代氏は安倍晋三氏と同じ自民党の派閥に属し、安倍首相に引きたてられて大臣のポストを与えられたこともある。

そういうことで、丸川氏の「ありませんでしたね」「ございませんでした」という問答に、ヒラメ官僚とヒラメ議員の面影を見て、なんだかなあ、と思った人が多かったのではないかと推察する。

 

(2018.3.27 花崎泰雄)

 

 

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