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春の選択

2021-03-31 00:38:13 | 社会

田村憲久厚生労働相が3月30日、厚労省の職員23人が3月24日に送別会を午前零時直前まで開いていたことを明らかにした。大人数の宴会長時間にわたって開いていたことになり、「国民の皆さまの信用を裏切る形になりました。深くおわび申し上げます」と田村厚労相が謝罪した。朝日新聞の30日付夕刊で読んだ。

報道によると、送別会は介護保険を所管する老健局老人保健課が開いた。老人保健課は30数人の組織で、うち23人が出席した。午後11時まで営業している飲食店を探して予約した。送別会は午後7時ごろから始まり、参加者は順次増えて23人になり、午前零時時直前に終わるまで十数人が残っていた。

田村厚労相氏は、「(花見や歓送迎会、卒業旅行などの自粛をお願いしている役所がこのような失態をさらしたことは大変申し訳ない」「『5、6人(の会食)も控えて』と国民の皆さんにお願いしているにもかかわらず23名という非常に多い宴会、これは許されない」と言葉を強めた、と朝日新聞が伝えた。

新型コロナ対策は難しい。一般市民の健康を守ろうとすると経済活動の足を引っ張る。経済活動を第一に考えると一般市民の感染者が増える。

経済重視なのか、防疫優先なのか。いろんな国がいろいろ試行錯誤している。

だが、厚労省の公務員たちの送別の宴はそのようなレベルでの選択によるものではない。送別会は勤め人の春の恒例行事である。去り行く仲間と飲み食い語るひと時を、コロナ対策を理由に中止することはできなかった。日本の勤め人にとっての職場は多くの場合社交の場でもあるから、長らくにわたって維持してきた美風の維持の習慣が、感染拡大の新しい不安に優先したのであろう。

 

(2021.3.30  花崎泰雄)

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縄文人の表現方法

2021-03-23 19:35:00 | 社会

季語研究会3月定例会合で、俳句・俳諧理論の資料として堀切実『芭蕉を受け継ぐ現代俳人たち――季語と取合せの文化』(ぺりかん社)を読み始めた。

同書の冒頭の「はじめに」以下のような記述があった。

「季語」は王朝期からはじまる「自然」と「人間」との一体感のなかから生まれた「文化」であり、俳句の中核をなすキーワードでもある。また「取合せ」も、巨視的にみれば縄文期からうかがえる日本の「文化」の一つであり、俳句の最も有力な表現方法であった。本書の副題「季語と取合せの文化」の由来はそこにある。

同書は「芭蕉から近、現代俳句までを共通の視点で分析してゆこうとする」堀切氏の研究姿勢の総括を図ろうとする評論集だ、と同氏は書いている。その意気込みはよしとしても、「取合せ」が巨視的に見れば縄文期らうかがえる日本の「文化」の一つ、という断定にはうなずけない。「取合せ」は森川許六が主張した発句の作法だが、それを日本の文化の一つとよぶのはおおげさすぎる。

縄文人がどのような言葉を話していたかは不明である。したがって縄文人の文化活動の記録も書きとどめられていない。縄文人の遺物は発掘されたた土器の類、三内丸山遺跡のような大規模集の跡やそこで発見された生存のための器物類だけてあって、俳句につながる日本「文化」の種子のようなものは見つかっていない。

堀切氏の『芭蕉を受け継ぐ現代俳人たち――季語と取合せの文化』は2020年の刊行である。季語と縄文の結びつきについて述べた資料は数少ない。そんななかで、宮坂静生「季語の誕生」(岩波新書、2009)が「季語」と縄文文化の関連について述べている。

季語の起源を縄文人の生活意識から探る。……私は途方もないことを夢想している。季語の起源を平安貴族の歌語からではなく、もっと遡って縄文人 の生活意識から探ることはできないかということだ。(175ページ)

また、宮坂氏は、志貴皇子「岩走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」について、

何回も唱しながら、私がはたと気付いたのは、早蕨の響きである。この歌は志貴皇子の個人詠ではなく、宴の場で唄われたものという。これは個人の声ではないたくさんの地の民の声が集まって、朗々と詠われているのではないか。この声には万葉人許ではなく、もしや遠く縄文人の声の谺も混じっているのではないか、幻想をいだかせる。

おわかりいただけると思うが、日本の文化である「俳句」の技法を古代日本の縄文人の生活にもみられ、縄文人の感性は近現代の日本人に受け継がれているというのは、証明済みの言説ではなく、個人的な仮説、ないしは夢想に過ぎない。それを一巻の書物の前書きで、証明済みの事実であると読まれるように書いたのは失策だった。

(2021.3.23  花崎泰雄)

 

 

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2度あることは3度ある

2021-03-21 23:21:51 | 社会

古代オリンピックはギリシアの神々に捧げる運動会だった。だから、古代ギリシア人は戦争の合間を縫って運動会を続けた。ギリシアへ行って、今では遺跡になっている古代オリンピックの競技場をいくつか見たことがあった。その時、古代オリンピックも都合で何度か中止になったと聞いた。

近代オリンピックもこれまでに夏冬合わせて5度中止になっている。夏季では1916年のベルリン大会、1940年の東京大会、1944年のロンドン大会、冬季だと、1940年の札幌大会、1944年のコルチナ・ダンペツオ大会である。いずれも戦争が理由だ。

2021年の東京大会も早急に中止を決めるのがよいだろう。世界各国でコロナ・ウイルスとの死闘を続けられている最中だ。

(2021.3.21 花崎泰雄)

 

 

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自助・共助・公助そして絆

2020-09-24 20:32:42 | 政治

新しく内閣総理大臣になった菅義偉氏は「自立・共助・公助そして絆」を強調した。

この発想は2010年の自民党綱領に基づいている。綱領は、次のように言う。

我々は、日本国及び国民統合の象徴である天皇陛下のもと、今日の平和な日本を築きあげてきた。我々は元来、勤勉を美徳とし、他人に頼らず自立を誇りとする国民である。努力する機会や能力に恵まれぬ人たちを温かく包み込む家族や地域社会の絆を持った国民である。

家族、地域社会、国への帰属意識を持ち、公への貢献と義務を誇りを持って果たす国民でもある。……我が党の政策の基本的考えは次による…… 自助自立する個人を尊重し、その条件を整えるとともに、共助・公助する仕組を充実する。

自民党は憲法修正案第24条に「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」という文言を追加している。

菅氏も自民党も時代にずれている。世界の多くの国が、資本主義国、社会主義国を問わず、人間の生存権を憲法で認めている。

日本国憲法第25条は言う。

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

日本国憲法が国民の権利として認めているものは“最低限度の生活(the minimum standards of wholesome and cultured living)”であるが、フィィンランド憲法となると“人間の尊厳ある生活(a life of dignity)”を国民の権利として認めている。

第 19 条 ①人間の尊厳のある生活に必要な保障を得ることができない全ての者は、不可欠の生活 手段及び保護に対する権利を有する。 ②失業、疾病、労働能力の喪失及び老齢並びに子の出産及 び 扶養者の喪失による基本的生活手段の保障に対する権利は、何人に対しても法律で保障される。

スウェーデン憲法は多岐にわたって詳細に公権力の義務を定めている。

第 2 条 公権力は、すべての人の平等な価値並びに個人の自由及び尊厳を尊重して行使しなければならない。 個人の個人的、経済的及び文化的福祉は、公的な活動の基本的な目標とする。特に、公的機関は、労働、住居及び教育に対する権利を保障し、社会扶助及び社会保障並びに健康 に対する良好な条件のために努めなければならない。 公的機関は、現在及び将来の世代のために、良好な環境をもたらす持続可能な発展を促進しなければならない。 公的機関は、社会のすべての領域において、民主主義の理念が指導的たるべく努め、個 人の私生活及び家庭生活を保護しなければならない。 公的機関は、すべての人が社会における参加及び平等を達成できるように、及び子どもの権利が保護されるように努めなければならない。公的機関は、性、皮膚の色、国籍若しくは民族的出自、言語的若しくは宗教的帰属、障害、性的志向、年齢又は個人に関係する 事情を理由とする差別に対抗しなければならない。

イタリア共和国憲法(第38条)は規定する。

労働の能力をもたず、生活に必要な手段を奪われたすべての市民は、社会的な扶養と援助を受ける権利を有する。……本条の定める任務は、国によって設けられ、または支持された機関および施設が行う。

欧州連合(EU)は「基本権憲章」で言う。

社会からの排斥及び貧困と闘うために、連合は、共同体法ならびに国内の法令および慣行が定める規則に従い、十分な資力を持たないすべての人に品性ある生活を確保するように、社会扶助および住宅支援に対する権利を認め尊重する。

かつてのソビエト社会主義共和国連邦(1977年)第43条にも同様の規定があった。

ソ連邦の市民は、老齢、疾病、労働能力の全部または一部の喪失ならびに扶養者喪失の蔡に物質的補償を受ける権利を有する。

中華人民共和国憲法第50条は言う。

勤労者は、老齢、疾病または労働能力喪失の場合は、物質的援助を受ける権利を有する。

アメリカ合衆国憲法には、こうした生存権に関する規定はない。アメリカが日本占領中に作ったGHQの憲法草案、いわゆるマッカーサー案にも、生存権を認める条文はなかった。日本国憲法に第25条を書き加えたのは日本人で、彼らはワイマール憲法を参考にした。

その日本国で、ふくれあがる社会保障費の重圧に耐えかねた政府が、公助の負担領域を減らして、その分を自助に回そうとしている。菅内閣総理大臣や、その与党である自民党が口先で「自立」「自助」「絆」を持ち上げているのは、何のことはない、社会保障関連費の支出引き下げ宣言なのである――国民は勤勉に働いて国に税金を納め、何かあったときは、よろしく自身と家族の絆でしのぎなさいと、彼らは謳っているのである。

(2020.9.24  花崎泰雄)

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秋の日の釣瓶落としに呆然と

2020-09-17 03:10:41 | 政治

毎日新聞が安倍首相陣表明後の9月8日、安倍内閣支持率を世論調査で調べた。内閣支持率は50%に跳ね上がった。前回8月22日の辞任表明前の34%から16ポイント急増した。

安倍氏がいる内閣よりも、安倍氏がいなくなる内閣を支持する、という辛辣な冗談なのだろうか。死者を鞭うたない東洋古来の道徳観がもたらしたものだろうか。政治家がよく使う「禊ぎ」を辞めてゆく安倍氏に与えたのだろうか。「いずれにせよ」は安倍氏をはじめとする安倍内閣の面々の口癖だったが、いずれにせよ、日本の有権者はそのような考え方をするのである。日本の政治家はそのような日本の有権者の中を遊弋している。

「政治はいまや立身出世の方便である」といったのは、イギリスのサミュエル・ジョンソンである。安倍氏の後任総裁に菅氏を選んだ自民党内の選出過程は、一般の会社の役員選出風景と変わることがなかった。総裁選に出た3人の自民党議員の中で、政治のグランド・デザインを語ることが最も少なかった菅氏が圧倒的な勝利を収めた。自民党国会議員の集団は日本で最も根深いムラ型政治の体質を引きずる永田町のクラスターである。自民党国会議員は大臣の椅子を目指して派閥に所属し、大臣や党の役職を経ていつの日か総理大臣のポストを手に入れようと、虎視眈々、機会をうかがっている。それが彼らにとっては自分らしく生きることなのである。

安倍氏が掲げた「美しい日本」の旗も、ほぼ居ぬきのかたちで内閣をひきつぐ菅氏が受け継ぐのであろう。「きれいはきたない」「美しいは醜い」――国家だの、国だのと叫び散らす政治家は油断ならない。なぜなら、サミュエル・ジョンソンに言わせると「愛国主義は悪党の最後のよりどころ」であるからだ。

副総理として菅内閣に残留した麻生氏の悪党ぶりはものすごい。彼は2013年、当時の新聞記事によるとこんな風な発言をしている。

ヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、出てきた。ドイツ国民がヒトラーを選んだ。ワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進んだ憲法下でヒトラーが出てきた。憲法はよくても、そういうことがありうる……憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね……

翌2014年安倍内閣は、内閣法制局を人事を通じてねじふせ、それまで集団的自衛権は憲法に違反するとしてきた法制局見解を「合憲」に変更させた。

そういう人たちが2012年の暮れからこの国の政治を牛耳ってきた。したがって、功績よりも弊害が目立った。

国連関連団体が毎年発表している「世界幸福度ランキング」によると、2019年の「美しい国」日本の住人たちの幸福度は104か国中ランキング58位だった。上位には例によって、フィンランドを筆頭に北欧諸国とオセアニアのニュージーランドやオーストラリアが入った。日本は2015年46位、2016年53位、2017年51位、2018年54位、と幸福度世界で中位をさまよっている国である。

幸せをもたらすのは、もちろん金だけではないが、極貧の中でも幸せを感じることができのは、少数の哲人だけだろう。日本の1人当りGDPは2010年の統計では世界第2位で35,534ドルだった。安倍政権が続く中、2018年には39,304ドルで世界26位までに後退した。同年シンガポール64,574ドル、オーストラリア51,334ドル、香港48,451ドル、ドイツ46,667ドル、カナダ46,290ドル。日本が足踏みするうちに、多少の幸運と多少の才覚・工夫と努力で、諸国が日本を追い越して行った。

だが、安倍政権は安倍のミックスは成果をあげたと誇らしげに言いつのった。安倍政権最後の日の9月16日、朝日新聞の「天声人語」は「景気対策に限れば安倍政権は満点には遠いが及第点だったと筆者は考える」と書いた。一方で、13面のオピニオンのページでは原真人記者が「アベノミクスを経済界がもてはやしたのは、円安・株高・堅調な雇用のせいだった」と書いた。だが、円安はドル高とユーロ高が急速に進んだ結果の裏返しにすぎず、雇用が堅調なのはここ10年で生産年齢人口が640万人減ったせいであり、株高は日銀のマイナス金利政策と、上場投資信託の巨額買い入れが相場を支えただけである。アベノミクスは雨乞いのようなものではなかったか。そのおかげで「政府の借金はもはや一朝一夕には解消できないほどに膨らみあがっている。その半分近くは、日銀が輪転機をぐるぐる回してお札を刷ってしのいでいる」ど同記者は書いた。

株価は市井の人々の経済生活と関連が薄い。ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストでノーベル経済学賞受賞者であるポール・クルーグマン氏は最近の同紙に “Gross Domestic Misery Is Rising” という評論を書き、その中で「株式市場は経済ではない。アメリカ人のわずか1パーセントが株式の半分以上を所有し、所得中位以下の人々が持つ株式は市場の0.7パーセントにすぎない」と説明した。雇用もGDPも経済であるが、経済の1点に過ぎない。エコノミストの一部や政治家の多くが忘れているのは、経済はデータでなく人々の暮らしの問題であることを指摘した。

日本証券業協会の2019年のデータによると、2018年度末の個人金融資産残高は1,834兆円で、現金・預金が全体の53.3パーセント、上場株式は5.6パーセントだった。

スーザン・ストレンジが実体経済とは関係なく動くマネー・ゲームをカジノ資本主義と名付け、その金をマッド・マネーと名付けたのは前世紀の終わりごろだった。株価の堅調と人々の堅調な暮らしは連動しない。

実際に人々の暮らしにかかわる指標を見ると、

  • 日本の子どもの貧困率は15.7パーセント(2017年のOECD統計)で世界のワースト23位。
  • 日本の教育への公的支出は38か国中37位(OECD調査、2020年)
  • 日本の男女平等指数は世界135か国中121位。120位はアラブ首長国連邦。中国106位。韓国108位。
  • 国境なき記者団の2019年調査によると、日本の報道の自由度は世界72位だった。自由度の上位はノルウェー、フィンランドなどの北欧諸国が占め、アジアでは韓国が42位、台湾が43位である。順位はともかく、深刻なのは日本の自由度のランキングが年を追って落ちていることである。2010年に世界11位だったランキングが、安倍政権の2014年に59位に落ち、2015年には61位。2019年には72位まで落ちた。プレスには民主主義をまもり、政治的腐敗をかぎつける番犬役が期待されるのだが、プレスの牙を抜き「歯なしの番犬」に仕立てようとする動きが背後にある。

安倍政権の7年余りの間、日本人の暮らしの質は劣化し続けた。あらゆることを「問題ない。問題ない」と、理由を説明することなく退けてきた菅氏が率いる自民党政権に、先にあげた日本の長期劣化指標を巻き返す能力があるか。期待できる要素はどこにもない。

(2020.9.17  花崎泰雄)

 

 

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病める宰相

2020-09-09 23:38:00 | 政治

最初は悲劇、二度目は茶番、とマルクスは書いた。

正確に言えば次のようになる――世界史的な大事件や大人物は二度あらわれるとヘーゲルは言ったが、一度目は悲劇として、二度目は茶番として、と書き添えるのをヘーゲルは忘れた。『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』の冒頭にそんなことをマルクスは書いている。

世界史的な事件でも大人物でもないが、日本の“永田町政局史”の中で、マルクスのこの御託宣を演じて見せたのが安倍晋三・日本国首相(2020年9月9日現在)である。

安倍首相は2007年9月12日に一度目の辞意を表明し、首相の座をおりている。政治とカネをめぐる閣僚らの不祥事、年金記録問題が起きて、2007年7月の参院選で自民党が惨敗するなどの逆境に立たされた。

この時の辞任表明にあたって、安倍氏は持病の潰瘍性大腸炎には触れなかった。安倍氏は辞意表明の翌日の9月13日に入院、9月24日に入院先で記者会見を開き、体調の悪化によってこのままでは総理としての責任を全うし続けることはできないと辞任を決断した、と理由を語った。

周恩来氏は1976年に国務院総理(首相)在職のまま死去した。

元フランス大統領のフランソワ・ミッテラン氏は1995年に前立腺がんで死去した。

周恩来氏は毛沢東に対して忠実にふるまい、同時に、中国の将来を睨んで毛沢東路線の行き過ぎの調整にあたった。文化大革命で揺れる中国のかじ取り役をこなした。重篤な病をおして、病院から指示を出していたそうである。壮絶な死であった。

ミッテラン氏が死去したのは退任から8か月後の1996年の事だった。のちに公になったことだが、ミッテラン氏は1981年から1995年の任期の早い時期に前立腺がんを発症し、ひそかに治療を続けながら大統領職を務めていた。2期目の終りごろには大統領の職務遂行が困難な状況だったといわれている。ミッテラン氏が生命を賭して仕事を続けなければならないほどの課題があの頃のフランスにあったのだろうか。あるいは、ミッテラン氏にとっては権力者の座にい続けることが命より大切なことだったのだろうか。

さて、安倍晋三首相だが、彼は2020年8月28日二度目の辞任を表明した。辞任の理由は潰瘍性大腸炎が悪化し、国政に支障が生じるのを避けたい、ということであった。2007年の辞任のさいは、病気であったことは数日間語られぬままだった。2度目の辞任あたっては、検査のために病院へ行く姿をあらかじめメディアに報じさせ、潰瘍性大腸炎再発を辞任の理由の前面に持ち出した。

なぜ、安倍氏は二度目の辞任にあたって潰瘍性大腸炎再発を喧伝したのだろうか。安倍氏は首相の座にとどまることにうんざりし、一方で、無責任な政権投げ出しの批判を避けるために、潰瘍性大腸炎を理由にしたのである。評判最悪だったいわゆるアベノマスクを、安倍首相は執拗なまでに着用し続けた。他の閣僚はアベノマスクとは異なる大判のマスクを使っていた。テレビで見る限り、アベノマスクを使っていたのは首相以外には、少数の熱烈な首相取り巻きだけだった。

ところが、辞任表明の少しまえから、安倍首相はこだわりのアベノマスクの使用をやめた。首相官邸に入る安倍氏がアベノマスクに代えて普通の大型のマスクを使っている姿を、テレビのニュースカメラが映し出すようになった。

今にして思えば、ちょうどあのころアベノツッパリの腰が折れたのだろう。

第2次安倍政権も閣僚や与党議員の不祥事が相次ぎ、さらに加えて、森友問題、加計問題、桜を見る会をめぐる安倍氏自身の疑惑が取りざたされた。安倍氏を擁護しようとする行政官庁の首相に対する忖度ぶりが世間の評判になった。

安倍首相は職を投げ出したくなっていたと想像される。彼は何か志があって国会議員になったわけでも、首相になったわけでなく、家業の議員職を継いだだけの身だった。首相のポストへの執着も義務感も、ミッテラン氏や周恩来氏ほど強烈ではなかった。一度目の苦渋を飲まされた潰瘍性大腸炎が、二度目は政権投げ出しの格好の隠れ蓑になった。

辞任表明後も9月16日の臨時国会まで、彼は首相の座にとどまる。余裕しゃくしゃく、首相の仕事をこなしている。9日朝刊の「首相動静」をみると、8日は朝10時前に官邸に入り、分刻みのスケジュールで大勢の人と会い、午後6時まで官邸で働いていた。

(2020.9.10 花崎泰雄)

 

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衰弱する世論調査

2020-06-28 20:29:11 | 政治

日本の新聞社が世論調査を始めたのは第2次大戦後のことだ。日本を占領していたGHQの関係者が指導にあたった。

世論調査が軌道に乗ると、選挙人名簿から抽出した対象者を訪問して本人に会ったうえで意見を聞く面接法が定着した。調査員は多くの場合、アルバイトの大学生だった。その大学生を新聞社の記者たちが指揮・監督した。調査を実施する人たちは素人に近かった。そんな調査の態勢が長らく続いた。調査をする人たちの手法は洗練されなかった。

一方で、調査される側の人々を選び出す手順は、統計学的に納得できる方法を各新聞社とも採用した。「層化無作為多段抽出法」――たいていは「二段抽出」だった(詳しくは百科事典などで)。面接調査に選んだ対象者の特性(性別・職業・年齢・居住地域など)が、1億人近い日本の有権者(母集団)の特性と相似形になるように抽出作業を工夫した。

統計学的に洗練された方法で抽出された対象者から、面接の素人であるアルバイト大学生が意見を聴く。こうした新聞社による面接世論調査は1980年代まで続いた。

1990年代に入って、面接調査は費用がかかるうえ、機動性に欠け、加えて面接を嫌がる対象者がふえて回収率も低下してきた。そこで、面接を電話に切り替える動きが始まった。最初は抽出した対象者の住まいの固定電話番号を電話帳で調べて電話をかけた。やがて、コンピューターで番号をランダムに発生させて家庭の用固定電話で調査対象者を選んだ。時代がすすむにつれて、家庭用固定電話では、電話口に出る人が高齢者の場合が多いので、若い世代の意見を聞くために、携帯電話の番号も併用することになった。

調査はそれまでより簡単で安価になり、機動力もました。だが、この過程で、最も重要な調査の全体と調査対象者の相似形が崩れた。

そうした、新聞社の世論調査の変遷の中で、さきごろ産経新聞がミスをした。フジテレビと産経新聞社が行った世論調査で、架空の回答が含まれる不正が見つかったと発表した。発表では、不正は2019年5月から20年5月までの世論調査計14回あった。世論調査を下請けの調査会社に委託し、下請けの調査会社が一部を孫請けの調査会社に回していた。

世論調査の実施を外部の業者に委託する方法を多くの新聞社がいまでは使用しているという。安さと機動性を求めることで、世論調査はその統計学的信頼性を失いつつあったが、フジ・産経グループの不祥事でとどめが刺された。調査対象者の意見が日本全国の有権者の意見を代表するという推論の統計学的根拠が決定的に失われたのである。

こうした世論調査の手法の変化は、新聞社自体が世論調査に関心を失ってきていることの表れであろう。選挙結果の予測なら投票所から出てくる人を選んで、だれに投票したかを聞くことで可能である。出口調査は選挙に限れば、事前の電話による選挙調査より頼りになる。

政治動向調査については、最近、読売新聞が世論調査で首相にふさわしい自民党政治家を聞いたところ①石破茂②小泉進次郎③安倍晋三④河野太郎⑤岸田文雄の順だった。これは一種の人気投票であって、5人の政治家の政治的見識や目指す方向を回答者がそのように判断しているかについては不明である。

(20206.28  花崎泰雄)

 

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面白うてやがて悲しき……NHK

2020-06-15 00:22:42 | 社会

NHKTV『これでわかった! 世界の今』は子ども向けのニュース娯楽番組である。ニュースを娯楽化して子どものニュースに対する興味をかきたてようとしているのか、娯楽のための素材としてニュースを使っているのか、判別が難しい番組である。ゲストにタレントを起用して、ゲストがケラケラ笑うのだから、これは娯楽番組の要素が強い。

「ブラック・ライヴズ・マター」のどこにケラケラ笑う要素があるのだろうか。ジョージ・フロイド氏殺害と抗議活動についての言葉による説明はともかくとして、笑い事ではない出来事にクスグリの要素をちりばめようとして失敗したのが、この番組で使われたアメリカ社会における黒人差別の動画部分である。

抗議する人々の先頭に立った筋肉質のアフリカ系アメリカ人男性が、豊かな白人と貧しい黒人の経済格差を叫ぶ1分ちょっとの漫画的な動画なのだが、その黒人男性の乱暴な口調や容姿・風貌が、あまりにも黒人差別の固定観念の丸写しと視聴者に批判され、NHKは謝罪した。

「黒人ハ米英ニテ『ネグロ』と呼フ、阿弗利加(アフリカ)洲ニ生スル人種ニテ、容貌の陋醜ナル実ニ甚シ、頭髪ハ巻縮れて黒瘡(コクソウ)ト疑ヒ、肌膚(キフ)の漆黒ナル焦土ノ如シ、唇ハ厚ク突出シ、眼球(メノタマ)ハ微黄ヲ帯ヒ、手掌(テノヒラ)ニ尋常ノ肉色ハ存スルノミ」と『特命全権大使米欧回覧実記』にある。1870年代に、米国の首都ワシントンを岩倉使節団が訪問し、黒人のための学校に案内された時の記録である。アフリカにおける奴隷狩り、米国に運ばれて売買されるまでの苦難の船路、南北戦争・奴隷制度廃止の歴史や、黒人の地位向上のための教育の拡充を図っている様子を説明する記事の中での、当時のアフリカ系アメリカ人の容貌についての日本人の筆による描写である。

このNHK番組の制作者たちは漫画世代だったのかもしれない。マルクスやエンゲルス、フロイトやユング、マンデラやリンカーン、みんな漫画で読破した世代なのだろう。そうしたお気楽ぶりから、フロイド氏殺害の背景にあるアメリカにおける白人と黒人の格差をマンガで説明すれば視聴者の気をひけると考えたのだろう。そこに描かれた黒人のイメージが、1世紀以上も前に日本人が見たアフリカ系アメリカ人の印象と類似のパターンであることに気づかなかった。ジャーナリズムとしての脇の甘さがあった。

あの手の動画ではなく、アメリカ社会における格差の現実を実写映像で伝えておけば、深刻な社会問題を伝えるうえで、動画以上にインパクトの強いものになったはずだ。

社会科学の古典を読む代わり漫画ですませ、新聞を読む代わりに、新聞記事のダイジェストをスマートフォンの小さな画面で済ませる時代が生んだ失策だろう。テレビ放送が生まれると時を同じくしてテレビ受信機をidiot box よぶ俗語が生まれた。

(2020.6.15 花崎泰雄)

 

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続・笑うしかないこの二人

2020-05-27 16:05:08 | 政治

アメリカのドナルド・トランプ大統領は、新型コロナウイルス封じに、いまでも抗マラリア薬ヒドロキシクロロキンを飲んでいるのだろうか。新型ウイルス感染症・COVID-19への効果は未確認なうえ、心臓への悪影響など副作用がありうると警告されている薬である。

新型コロナウイルス退治に消毒薬を注射してみるのもいいんじゃないか、と記者団に言って、世界を驚愕させた人物だから、抗マラリア薬などお茶の子さいさいだろう。

かたや日本の安倍晋三首相。インフルエンザ治療薬のアビガンをCOVID-19の治療薬として使えるようにするための認可を5月末までに実現したいとしていた。国会の内外で「アビガン」「アビガン」を繰り返す固執ぶりだったが、厚生労働省の慎重論に阻まれて、5月中の認可をあきらめた、と報道された。

COVID-19による死者はアメリカが世界最多で5月27日現在98,875人。日本は862人で少なく見えるが、欧米中心の比較から離れて虚心坦懐にアジア太平洋地域をながめれば、日本の死者はこの地域で多い方から4番目になる。①中国6,434人②インドネシア1,418人③フィリピン886人④日本862人。ベトナムやカンボジアでは死者ゼロ、ニュージーランド2人、台湾は7人、タイ57人、オーストラリア102人、マレーシア115人、韓国269人。

ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相、台湾の蔡英文総統、韓国のムン・ジュイン大統領は水際立ったCOVID-19対策を評価されて、支持率が上昇した。アーダーン首相の支持率は6割、蔡総統の支持率7割、ムン大統領の支持率7割。

海外メディアが絶妙のエイプリルフールと評したアベノマスクを、緊急事態宣言が終わった今なお全国の世帯に配布の途中(厚労省発表)の安倍首相の支持率は、いろいろあって、2割台に急落した。

(2020.5.27 花崎泰雄)

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笑うしかないこの二人

2020-04-26 01:32:40 | 政治

注射してはいけない、飲んではいけない。医者も公務員もメーカーも、アメリカ中が大騒ぎしている。民主党の大統領選候補予定者であるバイデン氏は「どうか漂白剤を飲まないで下さい」とツイッターに書き込み、ペロシ下院議長は「共和党員の科学拒否の表れ」と批判した。

もとはと言えば、皆様ご存じのアメリカはホワイトハウスの主の無知な発言から。ホワイトハウスのブリーフィングで、国土安全保障省の科学担当次官補代理が、ウイルスはアルコールや漂白剤に弱い可能性があると説明したのをうけて、アメリカ大統領であるトランプ氏が、消毒剤を人体に注入すればウイルスをやっつけることができるかもしれない、と発言した。

こ発言に全米、全世界が驚愕した。

翌日の記者会見でトランプ氏は、記者諸君に皮肉を込めて言った冗談であると、記者からの追及をかわそうとした。会見に立ち会っていた新型コロナウイルス感染症のホワイトハウス責任者であるペンス副大統領はすぐさま記者会見を打ち切った。

“You are fake news.” 以来、むしゃくしゃすると記者たちに八つ当たりするのがトランプ氏の流儀。それがトランプ支持層に受ける。トランプ氏も彼の支持層の多くも、デモクラシーとコモン・センスを守る番犬役がジャーナリズムの使命であるとする、一部のアメリカのメディアを嫌っている。インテリのスノバクラシーで、鼻持ちならないとして。

トランプ氏に親い日本の安倍首相も、この間、記者会見で質問に立った新聞記者を揶揄した。朝日新聞の記者が不評のアベノマスクについて質問したところ「御社のネットでも布マスクを3300円で販売しておられた。つまり需要も十分ある中で配布した」と、暗にマスク不足で暴利をむさぼっているかのような発言だった。よく言った。あのお高く気取った朝日新聞に強烈なパンチを送ったと、留飲を下げた人たちもいた。

そのあとメディアが、そのマスクが繊維製品の産地である泉佐野市と商工会議所が企画して、老舗の繊維会社が造った手作りの高性能マスクであると報じた。2枚一組の定価が3300であることも明らかにした。黙っていられなくなった泉佐野市長が首相官邸を訪れる事態に発展した。

首相に代わって応対した首相補佐官に、泉佐野市長がこのマスクを使ってみてくれと2組を渡した。補佐官は代価6600円を泉佐野市長に支払った。首相本人ではないが、補佐官が6600円を支払ったということは、それだけの値打ちがあると首相官邸が認めたということである。

ものにはピンとキリがある。酒もそうだし、マスクもそうだし、政治家もまた。

(2020.4.26  花崎泰雄)

 

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