今月に予定されている解散総選挙で、自民党は何をすればよいのか? 議席増や現状維持は常識的に判断して望むべくもないが、議席減をできる限り抑える方法はないのか? 自民党の議席が単独過半数を割れば、党総裁は責任をとって辞めることになる。
フレイザー『金枝篇』第1巻はネミの湖のほとりの一本の樹の説明ではじまる。その樹の下を抜身の剣を手にあたりを警戒する祭司の姿が描写される。祭司は彼を殺して、彼に代わってあたらしい祭司になろうとする人物の出現を警戒している。その人物は祭司を殺すことによって司祭の地位を手に入れ、次により老獪な者によって殺されるまでその地位を保つことができる。
ここでちょっと話が脱線するが、フレイザーのネミの湖の祭司のエピソードは伝承の時代の物語で、権力奪取は論敵の頭を叩き潰すことから、敵と味方の頭数を数えることで決着をつける時代へと変わっていった。もっとも、東洋ではかつてスカルノが大統領時代に「賛成51、反対49であっても、51を占めた側の意見がそのまま通るのは乱暴だ。インドネシアでは協議を尽くし(musyawarah)そのうえで全会一致(mufakat)で物事を決める」とインドネシア式多数決を自賛した。スカルノ政治を研究した政治学者たちはムシャワラとムファカットの決め方は、たいていの場合、会議を支配するボスの意向通りの決定になる、と冷やかした。いまの日本でもよく見られる会議の風景である。議論は出尽くした、決定はボスに一任しよう、一同賛成。あの風景だ。
権力と支配をめぐるドラマは今も昔もあまり変わらない。自民党総裁選挙での石破氏の論調が、首相に選出されたとたん渋くなったのは、党幹部とのムシャワラで説得されたことや、あたりに彼の首をねらう人物の影を感じたからだろう。総選挙での自民党の後退要因は裏金議員の処遇である。裏金議員を党公認から外せば、それは議席減につながり、都内の一部から不満が噴出し、総選挙後の党総裁の首が危うくなる。多数の裏雁議員を党が公認すれば野党からの批判が激しくなり、自民党の議席減になる。党のボスたちが軟着陸軟着陸可能な裏金議員の党公認数を鳩首協議している。
10月初めの朝日新聞の世論調査では、「今後も自民党を中心とした政権が続くのがよいと思いますか。それとも、立憲民主党を中心とした政権に代わるのがよいと思いますか」の問いに、48パーセントの回答者が「自民党中心」がよいとし、「立憲民主党中心」は23パーセントどまりだった。
平凡社『世界大百科事典』は保守主義について次のように説明している。保守主義は元来政治イデオロギーだったが、「今日ではそうした発生に由来するイメージのほかに、変革を嫌う現状維持的態度一般を指す漠然たる概念にまで拡大されてきている。この意味での保守主義は生活のさまざまな領域で発現するが,共通しているのは,未知への恐怖心,過去から受け継いだ習慣への固執といった,いずれも安全への本能的欲求に根ざした,個人または集団の心理的特性や態度の表れだということである」。
そういうわけで石破首相は4日の所信表明演説で①ルールを守る②日本を守る③国民を守る④地方を守る⑤若者・女性の機会を守る、を演説の柱とした。派閥裏金事件でいらだつ有権者を、自民党政権は「あなたを未知への恐怖」から守りますとなだめているのだ。
(2024.10.7 花崎泰雄)