ニューヨーク・タイムズ紙2013年1月3日の社説“Another Attempt to Deny Japan’s History”が話題になっている。
「アジアの安定にとって日韓関係ほど重要なものはないにも関わらず、日本の新しい首相である安倍晋三は就任早々、日韓の緊張を燃え上がらせ両国の協力関係を難しくするような過ちを犯した。第2次世界大戦における日本の侵略についての謝罪を、韓国の女性らを性的奴隷にしたことをもふくめて、見直すことを示唆した……」。
この安倍批判は2012年12月31日付で産経新聞が掲載した安倍首相インタビューの内容を伝えたロイターの記事にもとづいている。
2012年12月31日の産経新聞のインタビュー記事によると、安倍首相は、村山談話(1995年の「戦後50周年の終戦記念日にあたって」)について、「終戦50年を記念して当時の自社さ政権で村山富市元首相が出した談話だが、あれからときを経て21世紀を迎えた。私は21世紀にふさわしい未来志向の安倍内閣としての談話を発出したいと考えている。どういう内容にしていくか、どういう時期を選んで出すべきかも含め、有識者に集まってもらい議論してもらいたい」と話している。
また、河野談話(1993年の「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」)についても、「平成5年の河野洋平官房長官談話は官房長官談話であり、閣議決定していない談話だ。(平成)19年3月には前回の安倍政権が慰安婦問題について『政府が発見した資料の中には軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった』との答弁書を閣議決定している。この内容も加味して内閣の方針は官房長官が外に対して示していくことになる」と話した。
1993年の河野談話は「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」としている。
菅官房長官は2012年12月27日の定例記者会見で、「河野談話」の見直しを含めて有識者が検討するのが望ましい、との認識を表明していたが、年を越しニューヨーク・タイムズの社説が話題になった後の1月4日、「村山談話を引き継ぐと同時に、安倍内閣として21世紀にふさわしい未来志向の談話を発表したい」と語り、「河野談話については、政治問題、外交問題にするつもりは全くないと述べ、見直しに慎重姿勢を示した」(朝日新聞デジタル版)と報じられた。
タイムズ社説はその末尾で、
Mr. Abe’s shameful impulses could threaten critical cooperation in the region on issues like North Korea’s nuclear weapons program. Such revisionism is an embarrassment to a country that should be focused on improving its long-stagnant economy, not whitewashing the past.
と論じたが、それは日韓関係がこれ以上損なわれると、米国の太平洋戦略に亀裂をもたらしかねないからだ。米国の視点からはそういう風に見えるが、日本で暮らしている日本人にとっては、言わずもがなの個人的心情を吐露する暇があれば、その時間をもっとましなことに使ってくれよ、という気分に襲われる。全世界に向かって英文で、
The then Japanese military was, directly or indirectly, involved in the establishment and management of the comfort stations and the transfer of comfort women. The recruitment of the comfort women was conducted mainly by private recruiters who acted in response to the request of the military. The Government study has revealed that in many cases they were recruited against their own will, through coaxing coercion, etc., and that, at times, administrative/military personnel directly took part in the recruitments.
と言っておきながら、首相が変わると、あれはちょっとね、という政権担当者の食言はいちじるしく日本の政治に対する世界の信用度を低下させるだろう。
ところで、1月4日には日本政府が靖国神社放火の容疑で韓国政府に身柄引き渡しを求めていた中国人を、政治犯であるから引き渡しは出来ないとして韓国政府が中国に送り返した。韓国は東の隣国日本よりも西の隣国中国に対してより気配りをしているのだろうか? 同じ日本軍国主義の被害者という被害者同盟風の連帯感でもあるのだろうか? あるいは、日本に身柄を引き渡せば、その男の裁判をめぐって第2の尖閣問題風の日中対立激化になる恐れがあり、そうならないように日本に対して配慮してくれたのだろうか? それとも、日韓が阿吽の呼吸でその中国人を中国に送り返したのだろうか?
(2013.1.4 花崎泰雄)