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news commentary

スルタン的支配への回帰

2017-02-18 18:07:01 | Weblog

[ドイツ=小野フェラー雅美] ドイツをはじめEUで暮らすトルコ国籍のトルコ人・クルド人は数百万人に上る。ドイツでは人口の3,3%、ブルガリアは10,2%、オランダは2,5%を占める。2016年のトルコのクーデター未遂事件後には、トルコの高官を含む40人の軍人とジャーナリストがドイツに政治亡命を求めた。一応は存在していたトルコの民主主義が、エルドアン大統領の権力拡大にともなって崩壊している。トルコのEU加盟交渉も昨年、中断されたままだ。EUもドイツもトルコとの関係に神経質になっている。

エルドアン政権打倒を目的とした軍の一部によるクーデター未遂事件は2016年7月15日に発生した。エルドアン大統領はこれを鎮圧し、彼の政敵であるアメリカ在住のイスラム教指導者ギュレン師が企てたクーデターだったと発表した。だが、証拠は無い。ギュレン派一掃のために事件後2日間で6000人が逮捕された。つづいてエルドアン政権は緊急事態宣言を発令し、大統領が大統領令を使って政治を行い、集会の自由や報道の自由といった基本的人権を停止させることもできるようにした。

トルコはヨーロッパの隣国であり、中東地域の主導的国家である。NATOと共同体制を取り、EUと連携してシリア難民を受け入れている。トルコの動静に敏感なヨーロッパのさまざまなメディアは、クーデター未遂事件以後、概略以下のような詳細なトルコ報道を続けてきた。

2016年7月24日 アムネスティー・インターナショナル(AI)によると、首都アンカラだけで6000人が拘束された。政府側に属さないアンカラの弁護士団が法的支援の活動をはじめた。何百人もの容疑者が汚物で溢れる厩舎に、3日間も食事なしで監禁された。腕を後ろ手に縛られ、吊るされたという。同弁護士団によるこの報告はAI報告と重なる。依頼人の青アザや傷の写真を撮った女性弁護士は、写真を消去するよう警察に強いられたという。依頼を受ける弁護士の多くは、若く、経験が少ないうえ、1人で10人以上の被告を受け持っている。依頼人と弁護士の会話は当局が傍聴する。非常事態宣言によって、被疑者を起訴前の30日間にわたって拘束することができるようになった。弁護士の1人は「お前たちも奴らの見方(ギュレン派)か?」と言われたという。

7月27日 CNNによると、クーデター後80以上の報道機関が閉鎖された。内訳は、テレビ局16、ラジオ放送局23、新聞社45である。

7月29日 ギュレン派とみなされた逮捕者総数は18044人に及び、そのうち9677人を拘置。NATO閣僚も任を解かれた。「粛清の波」は軍、司法機関、大学、学校、そしてメディアに及んだ。AIの抗議に対し政府は、ギュレン派に踊らされている、と返答。29日だけで48人の将軍が退職させられた。クーデター未遂後1700人の軍人が解雇され、陸海軍の将軍職の40%がそれに含まれている。

7月31日 クーデター未遂容疑者の検挙は商業界にも及んだ。有名な複合企業Boydak Holding の幹部数人と経営協議会会員も逮捕された。軍首脳部はクーデターに参加した軍人数は8651人と報告。2週間弱前の未遂クーデターに参加した軍人は全軍の1,5%で、この2週間で6万人以上の軍関係者、役人、教師、官員が逮捕された。

8月7日 反クーデターの大衆集会の会場でエルドアン大統領が死刑制度の再導入を示唆した。死刑制度があるとEU入りが許されないため、2004年に廃止された。ギュレン派と関係するとみなされる国民の国外逃避を不可能にするため49000人以上のパスポートが無効にされ、世界中のトルコの外交官の内88人も容疑対象となった。8月下旬、報道関係者の粛清は続けられ、左派及びクルド系の報道機関が閉鎖された。

10月25日 禁止されているPKK(クルディスタン労働者党)所属の容疑で、クルド系の多い東南トルコの町で公選され任に着いていたクルド人市長と同じく女性の副市長が逮捕された。副市長はクルド寄り野党HDP(国民民主主義党)幹部。クルド系の人々がいくつかの町でデモを行った結果、HDP所属の24人が逮捕された。

10月29日 大統領は再び議会で死刑制度導入を示唆し、緊急事態措置の拡大を発表した。1万人の公務員をギュレン派との関連容疑により解職。逮捕された人は3万7千人。1万人の法務・警察・軍部の関係者が解職・解雇。

10月31日 非政府系の独立した報道を続けていた最後の新聞・クムフリエット紙の編集長以下13人の編集員が逮捕された。PKKやギュレン派との関係容疑で、7月15日のクーデターを是認したことが理由とされた。しかし、同紙は実際には、クーデターを糾弾し、ギュレン派批判を論調とする報道をしていた。2015年5月にトルコ政府の過激イスラム派への武器供給を同紙が暴露する記事を掲載した頃から、同紙は政府のブラックリストに上っていた。同紙は国外では真のトルコの声とみなされていたため、トルコ国内各地やベルリンやパリなどで抗議デモが行われた。

11月4日 親クルド派の野党HDP党の党首2人を含む11人のメンバーの身柄が拘束された。政府は既にクーデター前の5月に59人のHDP党の国会議員の議員資格を剥奪している。HDP党がPKKの代弁者であるとみなしたからだ。

このように、クーデター未遂事件を機にエルドアン大統領は権力集中の動きを加速させた。2017年に入って1月21日、イスラム教保守派の与党AKPが圧制する議会で、339対142票で、憲法改正が可決された。憲法改正に必要な5分の3の票を9票上回る結果だった。4月の国民投票で過半数の票が得られれば発効する。憲法改正によってトルコは議院内閣制から大統領制に移行する。トルコ議会は、議会自身の権限の無力化を決議し、首長制の導入を許可したことになる。また、エルドアン大統領は4月16日に予定されている憲法改正の国民投票に、死刑制度の導入を加えた。過半数の賛成でトルコに首長制と、同時に死刑制度が再導入される。クーデター未遂事件後の非常事態下で拘束された人々の生命が危ぶまれている。

こうした状況の中で、ドイツのメルケル首相が2月2日にトルコのエルドアン大統領を訪ねた。言論の自由についての意見を述べるための訪問だった。「メルケルは詳細に報道の自由を説き、去年7月のクーデター未遂後もトルコにおける表現の自由と三権分立が遵守されることは非常に重要で、野党の存在は民主主義の一部である、と強調した」(スイス紙『ノイエ・チュリヒャー・ツァイトゥング』2月2日電子版)

4月の国民投票で決定すると、2019年以降は首長としての現大統領エルドアン1人がすべての行政権を把握することになる。大統領は大臣と裁判官の任命権も、議会を解散させる権限も持つ。更に、覆すことの難しい大統領令を発布し、緊急事態宣言の発動も可能となる。そして、議会は大統領に対する不信任決議を行う権限を失う。

大統領には各5年、2回までの任期が許されているので、2019年に新憲法下で行われる大統領選挙でエルドアン氏が改めて当選すれば、同氏は2029年まで、また、その後再延長が議決されれば、2034年まで実権を握り続けることが可能となる。その時点で彼は80歳のはずだ。

エルドアン大統領と与党は、内的・外的な脅威で不安定になっているトルコの現状を打開するためにはこの政治制度変更が必然である、と主張する。野党は専制政治の方向に向かっていると警鐘を鳴らしてやまない。だが、クーデター未遂後、政府批判の報道をする報道関係者が多数拘束されたり、新聞社が取り潰されたりしている。報道の自由が侵害されているため、野党の主張は国民の耳に届かない。トルコ弁護士会の会長は、確実に進みつつある首長制を過去のスルタン制度に比したという。

民主主義制度は、立法・行政・司法が互いに互いをコントロールしあう事で成り立つ。行政を任される大統領が、立法権(議会)と司法権(裁判所)を無力化して権力を行政に集中させると、大統領制の名の下で、マックス・ウェーバーやホアン・リンスが「スルタン的支配」と呼んだ苛烈な個人支配体制が成立してしまう。

アメリカでは現在トランプ大統領が、大統領令を矢継ぎ早に発令するという、異例な政治を行っている。エルドアン大統領はトルコの大統領制もアメリカやフランスの大統領制と同じだと主張するが、前者には影響力の大きな議会があり、後者にはそれに加えて首相もいる。また両者にはトルコにはない地方分権制度があり、報道の自由がある。その点がトルコと異なる。

イギリスのEU離脱に加え、米国のトランプ大統領、ロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領、足元では極右政党の伸長と、EUは内憂外患の時代に入っている。

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家産制国家への道

2017-02-11 22:20:43 | Weblog

トランプ米大統領の長女のファッション・ブランド「イヴァンカ・トランプ」の取り扱いをやめたアメリカの百貨店ノードストロームを、大統領が「不公平だ」となじった。

例によってツイッターの利用である。最初の“つぶやき”は私的なアカウントで。そのあと大統領専用のツイッター・アカウントで念を押した。曰く、

「ノードストロームは娘のイヴァンカを不公平に扱っている。彼女は素晴らしい人間だ。私が正しい行いをするよう常に背中を押してくれる。ひどい話だ」

ノードストロームは中止の理由は売り上げが落ちたからだと説明していた。

トランプ氏は大統領正式就任以前からツイッターを使って日米の自動車業界を困惑させた。ツイッターのごときは、オバマ政権時代のケリー国務長官が「「ツイッターの140文字で、複雑な政策について十分に対応できるとは思わない」とトランプ氏を皮肉った、その程度のものである。したがって、ノードストロームは娘に対して不公平である、程度の父親のボヤキなら舌足らずなツイッターの分にあっている。

とはいうものの、ホワイトハウスから大統領が大統領専用のツイッター・アカウントを使って語るに値する内容ではあるまい。

これが普通の人の感覚である。

だが、ホワイトハウスのショーン・スパイサー報道官は役目柄、普通の人の感覚にとどまってはいられない。それで記者団にこう言った。

「大統領には自分の娘を守る権利がある。ノードストロームの決定は政治的な動機に基づくものだ」

ホワイトハウス上級顧問のケリーアン・コンウェイ氏も「イヴァンカの商品を買いに行きましょう」とFOXニュースに出演して大ぴらに宣伝した。

「ネット上で一部の高官がイヴァンカや彼女のブランドを困らせるようなことを言いふらしているのはおかしな話です。にもかかわらず、彼らはトランプ政権で最も傑出した女性を利用しています。最も傑出した彼の娘をですよ。彼女を利用しているんです。彼女は職場で女性が権限を持つことを支持してきましたし、トランプ大統領にもそうするよう促したのです」「みなさんはそのことがわかっていると思います。イヴァンカ・トランプの商品を買いに行きましょう! 私は買い物が嫌いですが、今日自分で直接買いに行きます」「イヴァンカ・トランプの店は素晴らしい品揃えです。私もいくつか持っています」「私はここで、無料でコマーシャルをするつもりです。みなさん、今日買いに行ってください。オンラインでも買えますよ」(『ハフィントン・ポスト 日本語版』2月10日)

米国からの報道がそう伝えている。

トランプ大統領就任式の人出が少なかったこというメディアの報道にトランプ大統領が不満を持っていることを告げられると、スパイサー報道官は、メディアは嘘をついている、史上最高の人出だった、と大統領の妄想を擁護した。その根拠を問われて、コンウェイ上級顧問が使った言葉が “alternative facts”。

現在のホワイトハウスを観察していると、何世紀も前の家産制国家における王様とその家族とその臣下の右往左往を思い起こさせる。歴史は前進するだけではなく後退することもあり得る。デモクラシーの旗振り役を自称してきたアメリカ合衆国においても。

(2017.2.11  花崎泰雄)

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朝貢外交

2017-02-04 22:29:18 | Weblog

来日したマティス米国防長官が2月3日、安倍・日本国首相に「尖閣諸島は日本の施政下にある領域であり、安保条約の適用範囲だ」(朝日新聞2月4日朝刊)と明言し、中国の拡張的態度に戦々恐々としている日本政府を安心させた。

しかし、よくよく考えるまでもなく、上記の「安保条約適用範囲」発言は先のオバマ政権でも、当時の米国防長官がしばしば口にし、2014年は来日したオバマ大統領自らも言明した約束である。

日本政府は日米安保条約が日本の安全保障の根幹であり、日米同盟の核心であると言い続けてきた。そうした重要な日米国家間の約束事でありながら、米国の大統領が交代したことで、改めて約束の確認をとらねば安心できないという不安定さは異常だ。

尖閣諸島が日米安保の適用範囲であるとの確認を、日本政府がアメリカ政府高官に求めたのは、トランプ米大統領の政治家としての資質の欠陥に不安を抱いているからだ。

トランプ米大統領の常軌を逸した発言とふるまいが、異常事態を巻き起こしている。メキシコ大統領との電話会談で、メキシコが麻薬問題などを自力で解決できないのなら米軍を送り込む、と発言したと伝えられた。オーストラリア首相との電話会談では、オバマ政権時代にオーストラリアと約束した難民の引き取り――オーストラリアにいるイラク人を中心にした難民1000人余りを米国が引き取り、代わりに米国にいる中米からの難民をオーストラリアが引き取る約束――をめぐって、豪首相がアメリカへ爆弾犯を輸出しようとしていると非難し、1時間の予定の電話会談を25分で一方的に打ち切った。オーストラリアは湾岸戦争、アフガニスタン、イラクと米軍に寄り添って出兵し、オーストラリア国内でも、オーストラリアは世界の保安官・米国の副保安官になっている、と身内からも批判が出るほどだった。それほど米国に寄り添ってきた国の首相であっても、このような仕打ちを受ける。

ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストである経済学者のポール・クルーグマンが2月3日の同紙に “Donald the Menace” という論評を書いている。書き出しはこうだ。トランプ政権は米国人を外交的危機、ひょっとしたら戦争にさえ引きずり込むかもしれない。

このような人物とまともな外交交渉は可能か?

トランプ大統領の、イスラム教徒をターゲットにした米国入国禁止の大統領令は米国内に分裂をもたらし、ヨーロッパの主要国や国連事務総長らからも厳しく非難されている。日本国の安倍首相はこうしたトランプ批判からは距離を置いて、米国の内政問題であると逃げを打っている。国連決議で米国に遠慮して棄権にまわる例の手法である。安倍首相は2月10日に米国でトランプ大統領と会談しなければならない。下世話で下品な言葉遣いをすれば、どのツラさげて俺に会いに来た、というような状況は避けたい。そのようなことを平気で言う人物であると恐れている。

訪米に先駆けて、「日米首脳会談に向け、政府が検討する経済協力の原案が2日、明らかになった。トランプ米大統領が重視するインフラへの投資などで4500億ドル(約51兆円)の市場を創出し、70万人の雇用を生み出すとしている。日米間の貿易不均衡を批判するトランプ氏に10日の会談で示して理解を得たい考えだが、日本の公的年金資産の活用をあて込むなど異例の手法だ」という記事が朝日新聞に掲載された。

ホワイトハウスへの手土産である。「ただ、政府内には『米国なしに日本経済は成り立たない。(相互利益の)ウィンウィンだ』(政府関係者)という評価の一方、トランプ氏に寄り添い過ぎて朝貢外交と言われてしまう(首相周辺)という批判もある」と同記事はいう。

米国の名目GDPは4兆6千億ドル規模で世界のGDPの22%を占め、日本のそれは17兆3千億ドル規模で6%弱を占める程度である(2014年)。1人当たり名目GDPは米国が約5万6千ドルで世界第7位、日本が約3万2千ドルで第28位(2015年)。失業率は米国で5%ちょっと、日本で3%台である(2015年)。

2017年2月3日発表の米国の統計では、1月には米国の雇用は22万7千人増えた。失業率は4.8%、賃金は3%伸びて26ドルの増。

日本に比べればはるかに経済好調な大国・アメリカのさらなる雇用増のために、国債残高がGDP比で300%近い日本(米国は100%少々)が、友好の証として投資をして差し上げようというのだから、朝貢外交と言われても仕方がない。

トランプ大統領は日本に対して、米軍駐留経費の負担増をもとめ、日本は米国からの自動車輸出を困難にしている、為替操作をしている、など根拠のない言いがりをふっかけいる。

日本に駐留する米軍の経費の75%は日本国が負担している。韓国とイタリアでは各40%、ドイツでは30%である。フォルクスワーゲン、メルセデス・ベンツ、BMW、アウディは日本で売れ行き好調である。トランプ大統領は日本だけではなく、ドイツにも中国にも為替操作をしていると言っている。

これらが米大統領の妄想であることは、日米安保の費用分担問題を見ればよくわかる。日米安保条約は第6条で「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」としている。米軍は日本の安全に寄与すると同時に、米国の安全と利益を目的として、極東において日本の基地を使用することができる。米国にとって日米安保条約の意義はそちらの方にある。日本の基地を母港とする米空母がイラク攻撃に出撃したこともある。イラクは極東の範囲から外れるが、出撃ではなく移動であるからと日米両政府は問題にしなかった。

そういうわけで、これ以上日本が米軍駐留経費の負担増に応じれば、新たな日米安保ただ乗り論が噴出する可能性がある。過去のただ乗り論では、ただ乗りするのは日本だったが、新しいただ乗り論では、米国が自国の核心的利益である世界戦略の一環として日本に駐留させている米軍の駐留経費の大半を日本に負担させて、ただ乗りをしているという議論になる。

以上、すべてはわかりきったことなのに、それでもアメリカに対して日本の為政者は朝貢外交を続けている。どこか別のところに根の深い理由がある。

(2017.2.4  花崎泰雄)


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