2017年4月24日付朝日新聞朝刊に同紙の高橋純子・政治部次長が面白い記事を書いていた。題して「スットコドッコイと愛の行方」。その中の笑える一節をそのまま引用する。
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作家の百田尚樹氏は「もし北朝鮮のミサイルで私の家族が死に、私が生き残れば、私はテロ組織を作って、日本国内の敵を潰していく」「昔、朝日新聞は、『北朝鮮からミサイルが日本に落ちても、一発だけなら誤射かもしれない』と書いた。信じられないかもしれないが、これは本当だ。今回、もし日本に北朝鮮のミサイルが落ちた時、『誤射かもしれない』と書いたら、社長を半殺しにしてやるつもりだ」とツイッターに投稿した。
あらタイヘン。そんな記事本当に書いたのかしら。「北朝鮮」「一発だけ」「誤射」でデータベース検索したが、結果は0件。永遠のゼロ件。
百田氏の過去のインタビューなどから類推すると、おそらく2002年4月20日付朝刊「『武力攻撃事態』って何」のことだと思われる。
Q ミサイルが飛んできたら。
A 武力攻撃事態ということになるだろうけど、1発だけなら、誤射かもしれない。
北朝鮮を含め具体的な国や地域名は出てこない。一般論として、武力攻撃事態の線引きは難しいということをQ&Aで解説する記事だった。
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インターネットの世界をのぞくと、百田氏の件のツイートがあちこちでコピーされて使われていた。このさい再コピーしてここに張り付けておくので、実物をとくとご覧いただきたい。
さて、ミサイル誤射は実際に起っている。
ツイッター情報にありがちな空想や誤認・誤解、意図的なデマなどではなく、非エンターテインメント・ニュースを提供するメディアであるイギリス・BBCなどの報道によると、2016年7月に台湾海軍がミサイルを誤射したことがある。高雄で訓練中に対艦ミサイル一発が誤射のため中国本土の方向へ飛んで行った。ミサイルは台湾領海内の台湾漁船にあたったが、ミサイル自体は爆発しなかった。船員1人が死んだ。
2017年の初め、イギリスの『サンデー・タイムズ』が、2016年6月にイギリス軍が潜水艦発射核ミサイル・トライデントの誤射をしていたことをすっぱ抜いた。米国フロリダの沖合のどこかでトライデントの発射テストをしていたところ、アフリカの方角に飛んで行くはずだったミサイルが、米国の方向に向かった。テストだから、核弾頭は積んでいなかった。国防上の理由から英政府はこの誤射についての説明を避けている。
ミサイル誤射ではないが、ミサイル飛来誤認も起こる。
米誌『ニューヨーカー』(2016年12月23日)に掲載されたエリック・シュロッサー氏の記事 “World War Three, by Mistake” はジミー・カーター大統領時代の悪夢を物語っている。
カーター大統領の安全保障問題担当補佐官・ブレジンスキー氏は深夜、軍からの電話で起こされた。ソ連が発射した220発のミサイルが米国に向かって飛んできているという緊急連絡だった。補佐官は攻撃の確認をとるように指示する。折り返し連絡があり、訂正します、ミサイルの数は2,200発だという。報復攻撃命令が発せられ、同時にワシントンDCは消滅するだろう。ブレジンスキー補佐官は妻を起すのをやめた。眠ったままで死なせてやろうと思ったのだ。補佐官はカーター大統領に報復攻撃を電話で進言しようとした。その時、3度目の電話のベルが鳴った。申し訳ない、警報システムの誤作動だった、という軍からの連絡だった。後日の調査で、北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)のコンピューター・チップのエラーだったことが判明した。1個46セントの部品だった。
ソフトウェアのバグや、チップの誤作動で、家庭用のPCが暴走し、業務用のコンピューターが止まり、銀行業務や列車ダイヤなどに影響が出て、社会的な混乱が生じる危険性は普通に理解できる。だが、軍事上のシステム・エラーと未熟な人間の判断が増幅してつくりだす恐怖となると理解が及ばない人は少なくない。
逆上、それこそ命とりだ。
(2017.4.22 花崎泰雄)