2007年3月5日の『産経新聞』電子版にこんな記事があった。
安倍晋三首相は5日午前の参院予算委員会で、米下院に提出された慰安婦問題をめぐる対日非難決議案について、「決議案は客観的事実に基づいていない。決議があっても謝罪することはない」と述べ、決議案に強い不快感を示した。 また、首相は、慰安婦問題を謝罪した平成5年の「河野洋平官房長官談話」について「基本的に継承していく」と明言。その上で「官憲が家に乗り込んで人さらいのように連れて行くような強制性はなかった」と述べ、狭義の強制性を重ねて否定。米下院の公聴会で証言した元慰安婦の証言についても「裏付けのある証言はない」と述べた。 民主党の小川敏夫参院幹事長への答弁。小川氏が「きちんと謝罪しないと、日本が戦争に対する反省をしていないと受け取られる」と主張したのに対し、首相は「戦後60年の日本の歩みは高く評価されてきた。小川氏は日本の歩みを貶(おとし)めようとしている」と強く反発。「小川氏は決議案が正しいと思っているのか」と切り返す場面もあった。
あれから国会やちまたでいろいろ議論があったが、アメリカ訪問をひかえてのワシントン・ポスト=ニューズウィーク特派員との会見で、安倍首相はあっさりとあやまってしまった(4月22日付ワシントン・ポスト紙)。
Your comments on "comfort women" caused an outcry in the United States. Do you really believe that the Imperial Army had no program to force Korean, Chinese and other women to provide sexual services to the Japanese Imperial Army?
I have to express sympathy from the bottom of my heart to those people who were taken as wartime comfort women. As a human being, I would like to express my sympathies, and also as prime minister of Japan I need to apologize to them. The 20th century was a century in which human rights were infringed upon in numerous parts of the world, and Japan also bears responsibility in that regard. I believe that we have to look at our own history with humility and think about our responsibility.
But that's not what you said originally in the Diet. You said that there was no evidence.
I wasn't the first to make the remarks that I made.
You were not the first to say that there wasn't evidence of links to the Imperial Army?
What I was saying is that I wasn't the first to comment on the facts.
But the main point is, do you now believe that the Imperial Army forced these women into this situation, and as prime minister of Japan do you apologize to them, and do you believe the Kono Statement [a partial 1993 acknowledgment by a Japanese official named Kono of Japan's responsibility for the brothels]?
My administration has been saying all along that we continue to stand by the Kono Statement. We feel responsible for having forced these women to go through that hardship and pain as comfort women under the circumstances at the time.
慰安婦問題の文書を調べていた内閣官房外政審議室は1993年8月4日、調査結果の要旨を次のように発表していた。
① 各地の慰安所の開設は当時の軍当局の要請によるものである。
② 慰安所が設置された時期は1932年から1945年までである。
③ 慰安所の存在が確認できた国・地域は、日本、中国、フィリピン、インドネシア、マラヤ(当時)、タイ、ビルマ(当時)、ニューギニア(当時)、香港、マカオ、仏領インドシナ(当時)である。
④ 慰安婦の総数を確定できる資料はないが長期、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置されたことから、数多くの慰安婦が存在したものと認められる。
⑤ 慰安所の多くは民間業者により経営されたが、一部地域では旧日本軍が直接慰安所を経営した。民間の経営による場合でも、旧日本軍が開設許可を与え、施設を整備し、慰安所の利用時間、利用料金、利用にあたっての注意事項などを定めた慰安諸規定を作成するなど、設置・管理に直接関与した。旧日本軍は慰安所の衛生管理のために、軍医が定期的に慰安婦の性病等の検査をおこなった。慰安婦たちは戦地においては常時軍の管理下におかれ軍とともに行動させられた。
⑥ 慰安婦の募集については、主として軍当局の要請を受けた経営者の依頼により斡旋業者が行ったが、官憲等がこれに加担する等のケースも見られた。
⑦ 慰安婦の輸送に関しては、旧日本軍は彼女らを軍属に準じた扱いにするなどして、渡航申請に許可を与えた。日本政府は身分証明書を発給した。軍の船舶や車両によって戦地に運ばれたケースも少なからずあった。
この調査結果に基づいて、同じ1993年8月4日、「慰安婦関係調査結果に関する河野内閣官房長官談話」が出され、政府としてお詫びと反省の気持を表明した。
以上のようないきさつがある以上、河野談話を継承する一方で、「官憲が家に乗り込んで人さらいのように連れて行くような強制性はなかった」などと強調して、狭義の強制性を否定する安倍首相のセンスは国際的には理解しがたいであろう。理解しがたいというよりは、それは論理のアクロバットであり、政治家の二枚舌であり、発言の裏には何かよからぬたくらみがあるのではないかという疑惑を招く。 安倍氏が言っていることを、全部英語に変えると次のようなひどい文章になる。
My administration has been saying all along that we continue to stand by the Kono Statement、which says that the government study has revealed that in many cases they were recruited against their own will, through coaxing coercion, etc., and that, at times, administrative/military personnel directly took part in the recruitments. We feel responsible for having forced these women to go through that hardship and pain as comfort women under the circumstances at the time. Nevertheless, I still believe, while there may be some evidence of independent brokers procuring women by force, there is no evidence, in the strict sense, of coercion by the military, such as breaking into people’s homes to take them away like kidnappers.
この種の政治家の知的退廃がもたらす負の国際効果は深刻である。
(花崎泰雄 2007.4.24)