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そして誰も断らなかった

2014-07-28 22:55:38 | Weblog

2014年7月28日付朝日新聞朝刊に掲載された、元関西電力副社長・内藤千百里氏のインタビュー記事は大変興味深かった。

内藤氏は芦原義重が語ったところでは、同氏は元社・会長のお供をして、1972年から18年間にわたって田中角栄、三木武夫、福田赳夫、大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘、竹下登の歴代首相に、盆と暮れに現金1,000万づつを極秘で配っていた。

さらに、自民党の実力者にも金を配り、政界全体に配った政治寄金と称する金は年間で数億に達したそうだ。金の出所は電気料金。

悲しいねえ。いや、歴代首相がそろって電気事業者から金をもらっていたことではなく、悲しいのは、その金の受け取りを断わった首相が誰一人としていなかったという日本の政治風土ですよ。

関西電力広報室は「承知していない」、7人の元首相側は「そのような事実はないと思う」「わからない」などと答えた、と新聞は伝えているのであるが……。

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暑苦しい話ばかり続くこのコラムは、秋風が立つころまでの間、しばらく休載。

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硬性憲法と違憲審査

2014-07-19 20:02:39 | Weblog

比較政治学の教科書の中の一冊、アレンド・レイプハルト『民主主義対民主主義――多数決型とコンセンサス型の36ヶ国比較研究』(勁草書房、2005年)によると、日本国憲法の硬性度は世界で最も高いグループに入る。憲法改正手続きのハードルを世界で最も高く設定しているそのグループには、オーストラリア、スイス、ドイツ、カナダ、アメリカ合衆国、日本が属する。

一方、違憲審査についてみると、日本は「弱い憲法審査」のグループに入る。アレンド・レイプハルトは違憲審査の強度を①強い違憲審査(ドイツ、アメリカ合衆国、インド)②中程度に強い違憲審査(オーストラリア、オーストリア、スペイン、カナダ、イタリアなど)③弱い違憲審査(ベルギー、日本、ノルウェー、フランスなど)④違憲審査不在(フィンランド、ニュージーランド、スイス、イギリスなど)の4グループに分類している。

レイプハルトの説明によると、軟性憲法と違憲審査の不在はどちらも多数派の恣意的な統治を容認する方向で機能する。一方、硬性憲法と違憲審査はいずれも反多数決の手段である。

硬性憲法を持ち、一方で違憲審査の弱い日本の場合、どちらかと言えば、「硬性憲法であっても違憲審査による保護がない場合、議会の多数派が望む法律であれば、合憲性が疑問視されるものでも議会は違憲ではないと判断するであろう」というレイプハルトの見立てに近い。

さて、日本の裁判所は、特に、最高裁判所は違憲審査の運用に及び腰であることで有名である。佐藤岩夫「違憲審査制度と内閣法制局」(『社会科学評論』東京大学社会科学研究所、2005年3月)によると、その理由は以下の通りである。

①歴代の政権を自民党が担い、自民党内閣が自民党の考え方に近い人物を最高裁に判事として送り込んで、政治部門による司法の統制を進めた。②司法の側にも政治部門に遠慮する傾向が強い。憲法9条と安全保障にかかわる問題を、日本の最高裁判所が「統治行為論」を持ち出して、憲法判断を避けているのはそのあらわれである。

と、当時に日本の裁判所で違憲判決が少ないのは、内閣法制局が立法の過程で周到な憲法判断を行い、この事前審査に適合した法律がつくられてきたので、裁判所の違憲判断が少なくなるという意見もある。

日本で違憲判決が少い理由として内閣法制局の事前審査をあげる見解に対して、佐藤岩夫氏は前出の論文で「事前審査が直ちに事後的な違憲審査制の機能の縮小をもたらすわけではなく、 日本でそのような事態が生じているのは、 最高裁判所が、 政治への介入を厳しく自制する役割観を選択している結果である」としている。

だが、見方を変えれば、日本の裁判所が憲法判断に消極的であることの穴埋めを、事前に内閣法制局が肩代わりしてきたとみなすこともできる。

現在、安倍自民党政権が公明党と組んで議会の多数派を占めている。また、議会を見渡すと憲法9条擁護派議員を、安全保障重視の議員が圧倒的に上回っている。さらに、安倍政権は今回の9条解釈改憲の閣議決定に先立って、自らの息のかかった(あるいは逆に息をかけられた)外務省出身者を内閣法制局長官に据えた。その人は先ごろ病没したが、亡くなる前にそれまでの内閣法制局の見解をすっかり変えてしまった。

安倍政権はこれから9条解釈改憲の閣議決定にもとづいて、安全保障関連の法改正案づくりを行う。もはや内閣法制局に法案作成段階での厳格な憲法判断は期待できまい。出来上がった法律が憲法に抵触すると裁判所に訴えても、世界の裁判所の中で「弱い憲法審査」のグループに入っている日本の裁判所がそれに応えてくれる保証はない。

9条解釈改憲に関して、出口にあたる最高裁ではこの問題で表だって口を出さすことはないであろうとたかをくくり、安倍政権が入口の内閣法制局を沈黙させたのは臆面もない政治的荒業だった。その乱暴さがもたらすものは、議会多数派が望みさえすれば違憲にあたる法律は存在しなくなるという状況――つまり、憲法が政治権力を縛らない日本国への門出ということになる。
(2014.7.18 花崎泰雄)
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受動的戦闘行為

2014-07-14 21:04:57 | Weblog

7月14日は蒸し暑い1日だった。外に出るのがおっくうになって、一日NHKの国会中継で衆院予算委員会の質疑を見ていた。

日米安全保障条約に「日米相互防衛条約」の味付けをしようとする7月1日の閣議決定「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」をめぐる論議だった。

まず、質問に立ったのが高村正彦、北川一雄の両氏で、しょっぱなから奇妙な質疑のやり方だった。閣議決定への道の地ならしをしたのが高村・北川の両氏である。この二人に質問させるよりも、むしろこの2人から事情を聴きたい国民が多かったはずだ。

したがって、最初から議論は低調にならざるをえなかった。野党はこの閣議決定に賛成する党、反対するする党、その賛否の濃淡も様々だったが、安倍晋三首相は何を聴かれても必ず答弁のなかに「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであり、憲法上許容される武力の行使は、国際法上は、集団的自衛権が根拠となる場合がある。この武力の行使には、他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とするものが含まれるが、憲法上は、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち、我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として初めて許容されるものである」との、閣議決定の文言を呪文のように繰り返し挿入した。

したがって、議論は何一つ深まらなかった。機雷除去の掃海作業は、機雷を置いた国に対する武力攻撃で、海外に兵を送り掃海作業をするのだから、海外派兵はしないという建前に反するのではないか、との質問に、安倍首相は、掃海は武力行使に当たり戦闘行為だが、機雷の除去というのは派兵といっても受動的、限定的な行為であり、掃海艇自体がまったく攻撃的なものではなくぜい弱なものであり、戦闘行為が行われている状況のところに自衛隊を派遣して掃海を行うことは考えていないわけで、性格はずいぶん違う、とわけのわからない理屈を述べた。受動的な戦闘行為は戦闘行為に非ず、というお得意の「白馬非馬説」を繰り返した。


横畠裕介・内閣法制局長官も、法制局が過去に積みあげて来た自衛権に対する憲法9条の制約をあっさり覆す見解を示した。有能な宮仕え人の振る舞いではあるが、法制局長官は退任後に最高裁判事になる例もある。こんなイエスマンが最高裁判事になるのは考えものだと思わせた。

午前中は元気だった安倍首相だが、午後3時を過ぎたころから表情に疲れが見えはじめた。政府側からは首相のほか財務相、外相、防衛相、国土交通相、内閣官房長官が出席したが、異色はやはり麻生太郎・副総理兼財務相だった。

7時間にわたる審議を通じて一度も答弁に立つ機会は与えられなかったが、終始椅子にふんぞり返って足を組み、質問者に向かって、例の口をゆがめた侮蔑的な冷笑を見せつけて存在感を示した。

(2014.7.14 花崎泰雄)
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バラの香り

2014-07-09 21:36:01 | Weblog


「俺のケツにキッスして、バラの香りがします、と臆面もなく言ってくれるような奴らがまわりに欲しいのだ」。今ではすっかり歴史の中の人になったリンドン・ジョンソン第36代米国大統領の言葉だそうだ。ロバート・カーロの詳細なジョンソンの伝記『リンドン・ジョンソンの時代』に出てくる。カーロの本にある「うわー、甘い香りじゃないですか」という言い回しが、人口に膾炙するうち、バラの香りになった。

リンドン・ジョンソンは彼に仕える人々に厳しく忠誠を求めた。

憲法9条の解釈改憲に先駆けて、故・小松一郎氏を内閣法制局長官に据えた件や、NHKに送り込んだ籾井勝人・長谷川三千子・百田尚樹の右旋回トリオの3氏、官僚統制のための内閣人事局などなど、お友達・取り巻き集めと言うよりは、ジョンソン氏の言ったケツにキッスができる人材集めのようにも見える。

それで今度は、原発再稼推進のために原子力規制委員会の委員に田中知・東京大工学部教授を就任させることを決めた。同教授は日本原子力学会の元会長で、福島第一原発事故後も「原発は必要」という姿勢を示し続け、原発の業界団体「日本原子力産業協会」の理事も務め、与野党から「原子力ムラの住人」との指摘が出ていた、と朝日新聞が伝えた人物だ。

そういうわけで、田中教授が日本原燃(2014年3月までガラス固化技術研究評価委員会委員長)と原発メーカーの三菱FBRシステムズ(2014年6月までアドバイザリー・コミッティー)をつとめ、報酬を受け取っていたことを、朝日新聞にすっぱ抜かれた。いずれの社の事業内容も原子力規制委員の審査の対象になる。

朝日新聞の報道によると、同教授は過去、原発業界から以下のような資金提供も受けている。

①日立GEニュークリア・エナジー 寄付 2006~11年度 計360万円②電源開発            寄付 2006度 100万円③太平洋コンサルタント 寄付 2011年度 50万円④東電記念財団 報酬 2011年度 50万円以上⑤三菱FBRシステムズ 報酬 2007~14年度 金額不明⑥日本原燃 報酬 2009~13年度 金額不明。

内閣官房長官は、原子力関連事業者から今年前半まで報酬を受け取っていたことについて、いずれも50万円未満の少額で、また専門技術委員の立場から助言を行うような内容であり、委員に就任するうえで全く問題ない、と説明した。また官房長官は、民主党政権時代のガイドラインが、直近3年間に、原子力事業者及びその団体の役員、従業者等であった者を委員になる資格のない欠格要件としていたことについて、ガイドラインは前政権の内規であった、という解釈を披歴した。

筆者が学生のころは、大学では「産学協同」は悪、という風潮が強かった。だが、今では「産学官」が大流行で、外部資金獲得に必死の大学は、急速に産業界と官僚の下僕へと変身している。田中知教授は大学にあっては外部資金獲得などで有能な評判教授なのであろう。当然のことだが、産官学を進めれば進めるほど、第2の田中知、第3の田中知が担ぎ出されるだろう。

安倍政権のやりたい放題である。政党も官僚も社会も階層化されたいま、少しでも上の地位・収入へと階段をはいあがろうとする人々は狡猾な忠誠と服従・沈黙を守る。そうして、徐々に徐々に日本にバラの甘い香りが立ちこめてくるのである。

(2014.7.9 花崎泰雄)

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ゴルディアスの結び目

2014-07-01 20:47:31 | Weblog

暴走が頻発している。東京では脱法ハーブを使った男が車を暴走させた。大阪・御堂筋でも暴走運転事故があった。こちらは糖尿病による低血糖症状が疑われている。

7月1日には東京・永田町でも暴走があった。お歴々多数をのせた大型リムジン」――日本仕様の右ハンドルで、積極的平和主義の旗を掲げていた――を運転していた安倍晋三運転手がアクセルを踏み込んで、あれよあれよといういう間に停止線を越えて突っ込んだ。憲法第9条のくびきから日本の安全保障政策を解き放った男・美しい国のタフな宰相、という自画像に酔っての暴走である。

いまのところ巻き込まれた死傷者の報告はされてないが、いずれ間もなく、数年後ぐらいには今回の暴走の後遺症に苦しむ人たちが出てくるだろう。

日本の国会議員たちに今さら言ってもせんないことだが、マックス・ヴェーバーは、政治家にとって決定的に重要な資質は判断力――事物と人間に対して距離をおいて見ることができる資質である、と言っている。さもないと、権力追求が、本筋から外れて、個人的な自己陶酔の対象になってしまう(『職業としての政治』)。

このところ朝日新聞などは、くどいほど憲法9条の解釈改憲のあやうさを書き続けていた。その朝日新聞は、何を思ってか百年前の夏目漱石の『こころ』を再録連載している。今日は、だが、その『こころ』の話ではなく、漱石が朝日新聞に連載した『虞美人草』に関わる話である。

『虞美人草』は20代後半の男が二人、京都に来るところから始まっている。哲学を学んだ男と、外交官志望の男が、京都で以下のようなのんびりした会話を交わす。

アレクサンドロス3世、即ちアレキサンダー大王が、ゴルディアスという農民が神に奉納したの車の轅と横木を結んだ結び目を刀を抜いて切った。

「この結目を解いたものは東方の帝たらんと云う神託を聞いたとき、アレキサンダーがそれなら、こうするばかりだと云って……」
「そこは知ってるんだ。そこは学校の先生に教わった所だ」
「それじゃ、それでいいじゃないか」
「いいがね、人間は、それならこうするばかりだと云う了見がなくっちゃ駄目だと思うんだね」
「それもよかろう」
「それもよかろうじゃ張り合がないな。ゴージアン・ノットはいくら考えたって解けっこ無いんだもの」
「切れば解けるのかい」
「切れば――解けなくっても、まあ都合がいいやね」
「都合か。世の中に都合ほど卑怯なものはない」
「するとアレキサンダーは大変な卑怯な男になる訳だ」
「アレキサンダーなんか、そんなに豪いと思ってるのか」

日本を取り巻く安全保障環境の急変(中国の軍備増強と北朝鮮の冒険主義は今に始まったことではない)を今さらのように前面に出して、憲法が定める改正手続きを経ず、解釈による憲法9条の事実上の変更をやってしまうような裏口手法は、憲法尊重義務を課せられた首相や国家議員のやる事ではあるまい。日本という国の立憲主義を台無しにする行為だ。

目的のためには手段を選ばず。えらいことをする男もいるものだ。

(2014.7.1  花崎泰雄)
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