ロンドンに行ってきた。物見遊山の旅だった。
ロシアとウクライナの戦争のせいで、日本と欧州を結ぶ航空会社の多くがロシア上空の飛行を避けている。6月9日に羽田からヒースローに向かった英国航空機はまずアラスカへ向かった。アラスカからカナダに入り、北極圏をぬけてグリーンランドへ。さらにアイスランド、アイルランド上空を経由してイギリスに到着した。飛行時間は約14時間。
ヒースローから羽田へむかった6月19日、英国航空機はフランス上空をぬけて中欧・東欧の空を飛び、イスタンブールとオデーサの間で黒海に入った。そのあと、カスピ海をぬけ、ウズベキスタン、中国の上空を飛んだ。
カスピ海の南はイランだ。イスラエルとイランがお互いを攻撃しあっていた。そうこうするうちにイスラエルがイランの核施設を爆撃した。ころあいをみて、米国もイランの核施設を爆撃した。米本土から出撃したB2爆撃機が地中貫通爆弾バンカーバスターを投下した。
イスラエルは中東地域で唯一の核保有国とみられており、この地域での覇権確立に余念がない。イランの核はイスラエルにとって邪魔である。米国はイスラエルにイランを攻撃させ、いまが弱体化したイランを追い詰める好機と判断した。
米国による核施設攻撃を先制的自衛権(議論のわかれる考え方だが)で説明しようとしても、イランの核開発が米国にとってさしせまった重大危機のレベルにあったと主張するには無理がある。
国際法はともかく、米国内法上も問題をはらんでいる。1964年に当時のリンドン・ジョンソン大統領がトンキン湾事件を理由に北ベトナムへの爆撃(北爆)を開始した。のちにペンタゴン機密文書でトンキン湾事件は存在しなかったことが明らかになった。ジョンソン大統領は架空のトンキン湾事件を理由に、議会から必要な措置をとってよいとの了承を得た。
2003年の米国によるイラク攻撃では国連を舞台に激しい議論がかわされた。米国はイラクが核兵器を持っていると主張してイラク攻撃を開始したが、核兵器は見つからなかった。
米国憲法第1条8節は戦争を宣言する権利は議会にあるとしている。1973年の戦争権限法は、戦争を始めるにあたって大統領に議会と協議することを求めている。米大統領は米軍の最高司令官だが、大統領の戦争権限を縛るためにこの法律がつくられた。
トランプ大統領はイラン爆撃にあたり、共和党の重鎮議員には事前に攻撃計画を説明したが、民主党の議員への事前説明はしなかったと、米メディアが伝えた。
オバマ大統領が米国はトランプ政権下で専制国家に向かおうとしているとスピーチした、と米国のプレスは伝える。
日本の石破首相はイスラエルによるイラン核施設攻撃を「到底容認できない」と非難したが、米国による爆撃は「事態の早期鎮静化を求めつつ、イランの核兵器保有を阻止するという決意を示したもの」とする一方で、石破首相は米国のイラン攻撃は国際法の観点から妥当といえるのかとの質問には「詳細な事実関係を正確に把握できる立場にない」と明言を避けた(朝日新聞6月24日朝刊)。
まいどの対米もみ手外交である。
(2005.6.24 花崎泰雄)