年配の方ならご記憶がおありだろう。かつて「キャッチ-22」という言葉が流行したことがあった。
米国の小説家ジョゼフ・ヘラーが1960年代初頭に発表した作品『Catch-22』から来ている。第2次大戦中のイタリア戦線で戦う米空軍爆撃隊のパイロットがおかれた不条理な状況――毎回命がけの操縦を迫られているパイロットが、その職務から解放されるのは死者になるか、狂気に陥るしかない。司令官は狂気の者に操縦はさせないと明言する一方で、自分が狂気であると申告すると、そういった申告ができるということは、正気であると証拠であるとして、申告を却下する――から生まれた言葉で、米国はもちろん、日本など翻訳が出版された国々で、流行語になった。
福田財務事務次官の辞任表明を受けてテレビ朝日は4月19日未明に記者会見を開き、同社職員の女性が福田氏からセクハラを受けたことを明らかにした。
その記者会見の中で、テレビ朝日の報道局長は取材の際の情報を『週刊新潮』に提供したことは問題がある、と会社の見解を示した。ということは、福田氏からセクハラをうけた社員は、同社の業務の一環として、飲食店で福田氏に密着取材していたことを認めているわけだ。
それでいて、社員が業務遂行中に取材先の高級官僚からセクハラをうけたことを上司に伝え、その事実を報道すべきだと相談したさい、上司から「報道は難しい」といわれたという。テレビ朝日は取材先の財務省に抗議さえせず、社員の女性のために何の行動もとらなかった。
テレビ朝日社員はまさにキャッチ-22的状況に置かれたのである。
だが、この社員はこの不条理を耐え忍ぶのではなく、財務省の事務方のトップが取材で顔見知りになったテレビ局の社員の女性にセクハラ発言をしたという情報を、最も効果的なメディアである週刊誌に通報した。安倍政権と財務省がスキャンダルでガタガタになっている時期なので、週刊誌にとっては棚ボタ情報だった。
「倍返し」という言葉が流行してまだそんなに時間はたっていない。テレビ朝日の社員は不快極まるセクハラ発言をした財務事務次官に一矢を報い、業務遂行中に受けたセクハラを受けた社員の人権問題に関して冷淡であった勤め先にも一矢を報い、その人権感覚の希薄さを猛省させるきっかけを作った。さらに、セクハラを受けた数多くの人々を、黙っていないで口を開きないと、呼びかけたのである。
(2018.4.19 花崎泰雄)