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news commentary

喧噪の世界、脱力の日本

2023-11-25 23:23:06 | 政治

もうすぐ12月だ。ウクライナ・ロシア戦争は冬の戦いに入った。ウクライナを支える米国のバイデン政権の足元はふらつき気味だ。米国からの武器援助の先行きを心配するウクライナにとってはつらい戦闘継続になる。

ガザではカタールの仲介でハマスとイスラエルが戦闘停止に入った。それぞれが拘束する人質と受刑者の解放が始まった。そのあと、平和のための交渉が始まるのか、イスラエルがガザ攻撃を再開するのか、正確な予想は専門家によってさまざまである。今回の武力衝突でイスラエル側の死者約1400人に対して、ガザの住民らの死者は約10倍の14,000人になる。パレスチナ人や周囲の国々のイスラム教徒のイスラエルに対する憎しみも増幅されたと考えられる。イスラエルはハマスの軍事部門の攻撃をイスラエルの存亡にかかわるものとみなして、ハマスの地下要塞への攻撃のために病院を襲撃した。このことがイスラエルに対する非難を高めた。

台湾で総統選挙が始まっている。来年1月13日が投票日だ。これを機に日本では、中国がいつ台湾に武力侵攻するのか、と専門家たちがあれこれ予想を口にしている。国際政治学者や戦略論のエキスパートが机上演習を滔滔と語ってくれるのだが、さて、台湾侵攻が北京にとってどんな利益があり、場合によってはどんな損失をもたらすのか、わかりやすく説明してくれる専門家は見当たらない。かつて日本帝国の海軍が真珠湾に奇襲攻撃をかけた時代と違って、台湾周辺に軍艦を終結させば、今ではその動きは手に取るようにわかる。そもそも中国軍が台湾侵攻の準備を始めたという情報はまだない。

アルゼンチンでは風変わりな右派経済学者が大統領選挙で勝利した。オランダでは反移民を唱える極右政党が下院選挙で躍進した。かつて中東やアフリカを植民費支配下に置いて甘い汁を吸った国がヨーロッパには少なくない。それが今や難民・移民の波に洗われている。

 

日本は安倍晋三氏が首相になっとき、ヨーロッパのメディアは安倍氏を右翼ナショナリストだと称した。その評判にたがわず、安倍氏は憲法の考え方に一風変わった解釈を加え、日本の防衛を増強し、米国の世界戦略に寄り添った。現在の岸田政権もそれと変わらぬ対米追従路線を走っている。安全保障環境が激変したと唱えて防衛予算を増やそうとするが、その金をどう工面するのか、はっきりと示すことができないでいる。北朝鮮は軍事偵察衛星の打ち上げに成功した。

世界はキナ臭くなっていると岸田政権は言うが、自らの政権基盤の劣化についてはのどかな認識しか示さない。メディアの世論調査では内閣支持率が底辺をさまよっている。政権が任命した副大臣などが次々にスキャンダルで辞任せざるを得なくなった。そのうえ、今度は自民党の派閥のパーティー券売り上げにまつわる不祥事である。政治資金規正法では政治資金パーティーで20万円以上を購入した個人・団体は報告書に記載が義務付けられている。11月25日の朝日新聞朝刊によると、不記載は清和会の約1900万円、志帥会の約900万円、平成研究会の約600万円、志公会の約400万円、宏池政策研究会の約200万円だったと、政治資金オンブズマン代表の上脇博之教授が告発している。朝日新聞の報道では、こうした派閥のパーティー券売り上げ競争に駆り出されるのに嫌気がさして、派閥から離脱する議員も少なくないそうだ。

パーティー発行は利益率の高い金集め策である。売上総額から会場費などの経費を差し引いた純益(派閥収入分)には課税されないことになっている。いわゆる議員まる儲けの好例だ。なぜこんなことが可能なのか。それは規正法を創ったのが議員だったからだ。

(2023.11.25 花崎泰雄)

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独裁者

2023-11-18 23:10:50 | 国際

サンフランシスコで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議を機に、バイデン米大統領と習近平中国国家主席が会談、続いて岸田文雄日本国首相と習近平主席が会談した。米中2国間の神経戦が一息つき、日中間の反目もこれ以上の拡大を抑えるという雰囲気がうかがえた。

ところが、バイデン大統領は習主席との会談後に記者会見し、記者から習主席を独裁者とよぶかと尋ねられて、「我々と全く異なる政府形態に基づく共産主義国を統治するという意味では、独裁者だ」と答えた(11月18日付朝日新聞朝刊)。ロイター通信によると、バイデン大統領は英語でこう言った。"He's a dictator in the sense that he's a guy who runs a country that is a communist country that's based on a form of government totally different than ours."

中国共産党の中央政治局常務委員会は7人で構成され、事実上、中国の政治を取り仕切っている。その常務委員会を動かしているのが習近平総書記だ。

バイデン米大統領は過去にも習近平氏を独裁者と評したことがある。TVで放映されるバイデン大統領の姿を見ると、さすがに老いは隠せず、歩行にもどこか不安定な印象を受ける。とはいえ、習近平氏を米国とは政府の形態が異なる共産主義国家を統治しているから独裁者である、という物言いにはデリカシーに欠けるところがある。米国と中国では政府の形が異なっているという程度にして(たとえば、He's  a guy who runs a country that's based on a form of government totally different than ours.)、記者の質問をかわすしなやかな身のこなしがあってよかった。とはいうもの、アメリカを始め、昨今の日本でも、習近平主席を中国の独裁者とみなす人が増えてきている。

バイデン氏は11月20日で81歳になる。アメリカの中国史の大家だった故J.K.フェアバンク教授が80歳を超えてから書き上げた『中国の歴史』(大谷敏夫他訳、ミネルヴァ書房)で、教授は次のように書き残している。

中国共産党の背後には世界の最も長く成功した独裁政治の伝統が存在している。中国は代議民主主義政治抜きで経済の近代化を成し遂げようと努力している。フェアバンク教授は1992年に出版された『中国の歴史』の序論でそのように書いた。それから30年後の2023年の現在、中国は同じ政治体制を維持し、その下で富と軍事力を蓄積した。世界政治の主導権をめぐって米国を激しく追い上げている。

そして同書巻末の「結び」でフェアバンク教授はため息まじりに次のように言う。米国は人権が何よりも必要だと中国にアドバイスすることはできるが、「しかし、我々が自分たちのメディアの暴力や麻薬や銃の産業を適切に抑制することを通じて手本を示すことができるまでは、中国に我々と同じようになりなさいと勧めることなどできるものではない」。米国の対中国説得力は1990年代から変わっていない。

多くの米国市民がこのフェアバンク教授の指摘に気づいている。だからといってバイデン大統領がフェアバンク教授風のコメントを口にすれば、支持者が離れてゆく恐れがある。「習近平は独裁者だ」という代わりに「我々と全く異なる政府形態に基づく共産主義国を統治するという意味では、独裁者だ」と持って回った言い方をしたのだ。

(2023.11.18 花崎泰雄)

 

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井戸塀

2023-11-11 23:13:48 | 政治

週刊誌の報道をきっかけに、神田憲次財務副大臣が、自らが代表取締役をつとめる会社が税金の滞納を理由に、4度にわたって差し押さえを受けていたことを明らかにした。

野党は神田氏に財務副大臣辞任を要求している。メディアも「税理士でもある国会議員が税金の滞納を繰り返し、しかも徴税を担う財務省の副大臣だというのだから、開いた口がふさがらない」(朝日新聞社説)といった論調だ。

ところで「税理士でもある国会議員が税金の滞納を繰り返し」という記述は正確さに欠けるところがある。正確には、税金の滞納を繰り返した税理士の資格も持つ会社経営者が、国会議員であり、副大臣をつとめているということであり、彼の国会議員の立場と、会社経営者としての税金滞納の繰り返しの関連については、それがあるのかどうかまだ説明されていない。

今から20年ほどまえ、大勢の国会議員の年金保険料の未納が明らかになり、ジャーナリズムの格好のネタになったことがある。高齢化社会における福祉の根幹にかかわる未納だが、大山鳴動ネズミ一匹に終わった。国会はこのようなメンタリティーを持った人々が集うところなのだ。

私が子どものころは「井戸塀」という言葉がまだ生きていた。政治に入れあげて、ふと我に返ると、先祖代々の屋敷を失い、井戸と塀しか残っていなかった――そういう地方名家の子孫の政治ごっこに対する、世間のあざけりと当人の自嘲が込められた言葉だった。

いまでは政治家稼業は、この国では、子々孫々に引き継がれる実入りの良い稼業になっている。国会はそれほどまでにうまみのある就業先になった。それを可能にしているのが選挙の三ばん(地盤、看板、鞄)という政治資本の相続である。

(2023.11.11 花崎泰雄)

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マントラ

2023-11-05 17:19:07 | 政治

「法の支配に基づく国際秩序は重大な危機にさらされている……同盟国・同志国の重層的な協力が必要だ……力ではなく法とルールが支配する海洋秩序を守り抜いて行こう」

――色不異空 空不異色 色即是空 空即是色

「ロシアのウクライナ侵略、イスラエル・パレスチナ情勢をはじめ、世界各地で深刻な事態が多発し、日本周辺においても、一方的な現状変更の試みや、北朝鮮の核・ミサイル開発は続けられ、安全保障環境は戦後最も厳しいものになっています。こうした時代、変化の流れを掴み取るため、岸田外交では法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序をさらにもう一歩進めます。『人間の尊厳』という最も根源的な価値を中心に据え、世界を分断・対立ではなく協調に導くとの日本の立場を強く打ち出していきます」

――羯諦羯諦波羅羯諦 波羅僧羯諦

「増税メガネ」と言われていることをどう思うか、と国会審議で野党に言われたり、経済対策として減税を口にしたり、法務副大臣が辞任を余儀なくされたり、メディアの世論調査では内閣支持率の低迷が続く岸田首相は秋冷えを感じているのだろう。国会では野党の非力もあって、内閣には危機難が薄いが、首相自身はぬるま湯につかっているような冷えを感じていることだろう。湯桶の中で法を説いても念仏を唱えても、体を動かさないでちじこまっているとどんどん体温が落ちて、風邪をひいてしまうという不安がある。

世界の関心がウクライナとロシアの戦争、イスラエルとハマスの戦争に集中しているさなか、急ぎの案件がないまま、フィリピンとマレーシアに出かけたのは、政治体力維持のための遠足のようなものだ。

思い返せば、2年前の自民党総裁選挙で、岸田氏は手帳を掲げて「国民の声を聴き、手帳にメモを残してきた」と自身の聞く力を誇示してきた。あの手帳に何が書かれていたのか、何も書かれていなかったのか、詳細に報道したメディアは私の記憶にない。「新しい資本主義」などという言葉を口にしたが、岸田版の資本主義の新しい考え方についは岸田氏は実のある中身を何ら説明しなかった。

(2023.11.5 花崎泰雄)

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