その昔ヘーゲルが自由は倫理的である国家のなかでこそ得られると夢想した。しかし、そうした牧歌的な時代は終わった。ヘーゲルのあと、国家とは一つの階級が他の階級を抑圧するための機構であるとレーニンが言った(『国家について』)。国家はあらゆる政治社会における最高の強制権力であり、その強制権力はその社会で生産手段を所有する人々の利益を保護し助長することに使用されるとラスキが書いた(『政治学大綱』)。あらゆる社会には権力を独占する少数の支配階級と、支配する少数の階級に統制される多数の階級が存在する(モスカ『支配する階級』)とする気分が21世紀のいま世界にたれこめている。
20世紀の終わり、米国のフランシス・フクヤマが「歴史の終わり」という言葉を流行させた。ソビエト連邦の崩壊によって資本主義・自由主義と対立してきた共産主義イデオロギーが崩壊した。共産主義を標榜する中国も自由主義の方向へ経済・政治路線を転換している。「歴史の終わり」は米国が長年の封じ込めの末にソ連に勝ったという、そうした時代の祝祭的な気分がはじけた言葉なのだろう。ソ連は消滅したが、ロシアがプーチンのもとで、過去の帝国をよみがえらせようとEUやNATOに反目し、西ヨーロッパへ向かって影響力の拡大につとめている。ロシアのウクライナ侵攻はその一環である。中国は面と向かって米国に対峙する。
イデオロギー対立に勝利した資本主義デモクラシーの国である米国では、歴史の終わりを機に、リベラルな経済・社会が順調に進展するはずだった。しかし、いまのところ、その軌道は自国の大統領ドナルド・トランプ氏によって進めなくなった。米国ではアメリカが権威主義政治体制へと逆行を始めたという見解が表面化している。グリーンランドを米国の領土にし、パナマ運河から中国の資本を追い出して運河を米国の物にし、カナダを51番目の米国の州にし、ガザからパレスチナ人を引っ越しさせて、跡地を整備して一流の保養地にしたい。米国の力を取り戻すために関税をかけまくる。トランプ大統領は「マッドマン・セオリー」に乗じて、何をするかわからいアメリカという風評を生じさせて世界に恐怖をバラまき、そのパフォーマンスに自己陶酔している。だが彼が何のためにそんなことをやっているのかは誰にもわからない。
歴史的必然によって社会が抑圧体制から民主的体制に直線的に変化すると考えるのは愚かなことである――その逆の変化もあるのだ、とロバート・ダールは言う(『ポリアーキー』)。
韓国の憲法裁判所は3月24日、ハン・ドクス首相の弾劾審判で訴追を棄却した。2日後の26日にはソウル高裁が野党・共に民主党のイ・ジェミョン 代表に対する公職選挙法違反事件の控訴審で、1審のソウル中央地裁の有罪判決を破棄し、逆転無罪の判決を出した。
この判決は、次の大統領選挙へ向けてイ・ジェミョン氏の態勢を有利にする。ユン・ソンニニョル大統領の弾劾裁判の判決はいつになるのだろうか?
韓国では、朝鮮戦争中、非常戒厳令を全国的に発令した。1961年にパク・チョンヒ少将が主導した軍事クーデターで戒厳令が宣言された。1980年にはチョン・ドゥファン政権が戒厳令を出した。
戒厳令は戦争など国家的な危機のさい、あるは敵対する国内政治団体を弾圧する目的で出される。
ユン・ソンニョル大統領が出した戒厳令は、野党・共に民主党弾圧が狙いだったと野党側は主張した。大統領側の北朝鮮の影響力増大に対応するためという理屈には証拠が薄弱だ。したがって、選挙で選ばれた大統領が確かな証拠もなく戒厳令を出した浅慮と軽率が非難されることになる。自国の軍政時代に詳しいはずの大統領としては大きな判断ミスであった。
エルドアン政権下のトルコでは、3月23日にイスタンブールのイマモール市長が汚職容疑で逮捕された。エルドアン氏は2003年から2014年までトルコの首相、2014年以降大統領をつとめている。イマモール市長はトルコ最大の野党共和人民党に属しており、次の大統領選挙でエルドアン氏のライバルになるとみられている。逮捕に先立って、イスタンブール大学が不正行為を理由にイマモール市長の学位を抹消したと発表していた。トルコでは大学の学位がなければ大統領選に立候補できない、とメディアが報じた。支配者は権勢維持のためにそこまでやるのである。
インドネシアの第5代大統領だったメガワティ・スカルノプトゥリ氏は、初代大統領スカルノ氏の長女で、スハルト政権が倒れた後の人気政治家だった。反メガワティ勢力は、メガワティ氏を大統領選に立候補できないようにするために、立候補者の資格に「大学卒業」を入れようと画策したが、実現しなかった。
(2025.3.27 花崎泰雄)
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