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日本国際問題研究所の自己検閲

2006-09-08 19:21:06 | Weblog
自称「日本を代表する国際問題シンクタンク」日本国際問題研究所がホームページで公開した論文 “How Japan Imagines China and Sees Itself” (英文、筆者は玉本偉・日本国際問題研究所英文編集長)を産経新聞がコラムで批判したところ、同研究所の佐藤行雄理事長が非を認め、ホームページの該当の個所commentaryを閲覧停止にした(2006年9月8日朝日新聞朝刊)

ホームページの該当部分が閲覧停止になっているので、論文の正確な内容は直接に把握できないが、朝日新聞の要約によると次のようである。「日中関係悪化の背景として『タカ派ナショナリズム』の高まりを指摘したうえで、小泉首相の靖国参拝を『靖国カルト』(崇拝)と表現し、『日本の政治的見解は海外で理解されない』などとしている」。ちなみに、commentaryの一部を復元し、さらに関連資料を加えて公開しているサイトもある(ただし、サイトの作成者は不明)。

国際問題研究所批判のコラムの筆者は、産経新聞のワシントン駐在記者・古森義久氏。その批判の内容は「元国連大使の外務官僚だった佐藤行雄氏を理事長とする日本国際問題研究所は日本政府の補助金で運営される公的機関である。その対外発信は日本の政府や与党、さらには国民多数派の公式見解とみなされがちである。この英文コメンタリーの論文は『筆者自身の見解』とされてはいるが、佐藤理事長は対外発信の意図を「日本自身や国際問題への日本の思考」を広く知らせることだと述べている……現在の日本の外交や安保の根本を否定するような極端な意見の持ち主に日本の対外発信を任せる理由はなんなのか。この一稿の結びを佐藤理事長への公開質問状としたい」というものだ。

現段階でこの事件についてよく理解できないのは、なぜ佐藤行雄理事長が産経新聞コラムの主張をやすやすと受け入れて、commentary を閲覧停止にするという自己検閲を決断したのかという点である。おそらく、この自己検閲のせいで、研究機関としての日本国際問題研究所の海外における信用は、ひどく傷つけられたはずだ。

確かに日本国際問題研究所はその収入約7億円のうち68パーセントを国庫に頼っている(2005年度予算ベース)。しかし、同研究所は自らを “ an academically independent institution”と規定し、そのような条件で外務省から財団法人としての許可を受けている。

さらに、commentaryはその創刊にあたって、 “The views expressed in JIIA Commentary are the authors’ own and should not be attributed to JIIA Commentary or The Japan Institute of International Affairs.” と断っている。

また、玉本氏は論文 “How Japan Imagines China and Sees Itself” の末尾に An earlier version of this essay appeared in the winter 2006 issue of the World Policy Journal. The views expressed in this piece are the author's responsibility and should not be attributed to JIIA Commentary or The Japan Institute of International Affairs.と書き添えている。

産経新聞コラムの古森氏の結論は、「現在の日本の外交や安保の根本を否定するような極端な意見の持ち主に日本の対外発信を任せる理由はなんなのか」、つまりなぜ玉本氏のような反政府的人物を英文編集長にしているのか、という点にある。この「むすび」でコラムの真意が見えてくる。

佐藤氏は外交官出身で、それなりにディベートの修羅場をくぐり、自身と外務省と日本の私益、省益、国益を守ってきたはずだ。そうした経験に裏打ちされた、それなりにスマートな処理の仕方はあったろう。まずは、①何の権限があって財団法人の人事に介入するような発言をなさるのか、と憤慨してみせる②無視する③お断りにあるように私見であり、研究所の見解ではない、と突っぱねる④反論お寄せください。大歓迎です。commentary を舞台にしてのディベートも興味深いですね、と笑顔で応対する――まで、さまざまなオプションがあったはずだ。

朝日新聞によると、佐藤理事長は「『靖国カルト』など不適切な言葉遣いがあった。内容ではなく表現の問題だ」と語ったという。

玉本氏は論文の中で、 “hawkish nationalists are seeking to revive the cult of Yasukuni” という表現を使っている。このコンテクストにおける cultはOxford English Dictionary によると、 “devotion or homage to a particular person or thing, now esp. as paid by a body of professed adherents or admirers.” である。研究社の英和辞典によると Shakespeareian cult (シェークスピア熱)などの用例がある。社会学辞典によると、cult of personality は個人崇拝で、cult of the dead は死者崇拝である。 “cult of Yasukuni” 「靖国崇拝」がなぜ不適切な言葉遣いなのか、筆者は理解できない。

佐藤理事長は「外部の識者による編集委員会を立ち上げ、論文精査の態勢を整えて掲載を再開したい」といっているそうだ。だが、第一にやらなければならないことは、外部の識者による、佐藤理事長が行った自己検閲の是非の判定である。

日本国際問題研究所は日本政府の補助金で運営される公的機関であるから、海外に向かって、日本政府や与党の外交姿勢を批判するような見解を公にすべきではないという、古森氏の論旨を受け入れたのはまずかった。この手の論調は「日本の国立大学はその収入の48パーセントを国庫からの運営費交付金に頼っている(2005年度決算ベース)。にも関わらず国立大学教員が学問の自由と称して、政府批判をやるのはけしからん」という方向に発展しかねない。

(2006.9.8 花崎)


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