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Podium

news commentary

機密文書

2022-08-10 02:21:00 | 国際

米国のドナルド・トランプ前大統領のフロリダ州パームビーチの家をFBIが急襲した。「まるで第三世界の破綻国家の出来事だ。FBIは私の金庫も開けたのだ」と前大統領は怒った。8月9日のニューヨーク・タイムズ紙などの報道によると、FBIのトランプ私邸の捜索は、トランプが大統領退任のさいホワイトハウスから自宅に持ち帰った機密文書を探すのが目的だったという。

トランプ前大統領が自宅に持ち帰った公文書は米国立公文書記録保管局が返却を求めていたもので、15箱に上る量だ。大統領が退任のさいホワイトハウスから機密文書を持ち帰り、その返却をさぼっていたわけだが、ドナルド・トランプという人は、論理構造に人並みをはずれたところがあり、行動様式も奇矯なところが多々見られていたので、いかにもありそうなことに思えた。米国の元首である大統領をつとめ、公務と私事の境界があいまいになっていたのだろうか。それとも、もともとそんなことなど頓着しない人だったのだろうか。

米国政府の公文書管理は日本政府のそれに比べて段違いに整備されている。日米関係を専門にする研究者は、日本の政府の公文書管理の不備に辟易して、もっぱら米国に出かけ、公文書館にこもって記録文書を読む。

日本に長らく住んできた私はこの程度の事では驚かない。かえりみて日本の公文書管理がでたらめなのは、長期にわたる自民党政権の宿痾のようなものだ。

「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核3原則でノーベル平和賞をもらった故・佐藤栄作氏はニクソン大統領と交わした沖縄返還に関係する核密約文書を首相退任のさい自宅に持ち帰っていた。

その文書はニクソン大統領と佐藤首相の署名がある沖縄核機密文書で、日本を含む極東防衛という米国の責任を遂行するためには、米国政府は、日本政府との事前協議を経て、核兵器の沖縄への再持ち込みと沖縄を通過させる権利を必要とする。日本国首相は、そのような事前協議が行われた場合には、これらの要件を遅滞なく満たす、という内容だった。

この機密文書は、佐藤栄作が官邸から持ち帰った机の引き出しにあったという。佐藤栄作の死後、遺品の整理中に見つかったと遺族は言う。佐藤栄作は1975年に死去。この密約文書を佐藤栄作の次男・佐藤信二氏が公表したのは2009年12月のことである。

沖縄返還をめぐる対米核交渉では、日本の大学教授が佐藤栄作の密使として対米工作をしていた。この大学教授は1996年に死去したが、死の2年前に著書で沖縄の核をめぐる日米密約があったことに触れていた。日本のジャーナリズムは密約問題を話題にし、世間も密約があったらしいと感じていたが、日本の政府はそのような密約はなかったとしてきた。

佐藤栄作の死後三十余間、この機密文書は隠匿され続けたのだった。

(2022.8.10 花崎泰雄)

 

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ペロシ

2022-08-03 23:31:22 | 国際

毛沢東が天安門の楼上から中華人民共和国の成立を宣言したのは1949年の事である。同じ年に毛沢東との戦いに敗れた蒋介石は台湾に渡った。アジアで中国の影響力が拡大するのを恐れた米国は1954年に台湾と米華相互防衛条約を締結した。周恩来・中国首相が台湾は中国の一部であり、台湾への米国の肩入れは許さない、と言明した。米華相互防衛条約が失効した後、米国議会は台湾関係法を成立させ、台湾との連帯を続けた。中国は武力による台湾解放を否定せず、米国は台湾有事のさいの米国の関与についてあいまいな姿勢をとり続けてきた。このような台湾をめぐる米中の変則的な角逐は以来70年近く続いてきた。

今年5月23日 、訪日中のバイデン氏は同日、日米首脳会談後の記者会見で、中国が台湾に侵攻した場合、軍事的に関与するかどうか問われると、「イエス、それがわれわれの責務だ」と答えた。

台湾武力統一がありうるとする中国と、万一の時は台湾を守るとする米中の口争いは、続いてきたが、それが米中武力衝突(戦争)につながると、本気で考える専門家は多くなかった。この程度なら経済力と軍事力で米国を追い上げる中国と、世界の大国として落日の気配を見せるようになった米国の言葉のチキンゲームのボルテージが上がっただけのことで済ませてきた。

ペロシ米下院議長の台湾訪問で中国は米国非難の音量を一気に引き上げた。米原子力空母・ロナルド・レーガンが時を同じくして、ペロシ下院議長を乗せた米軍機の飛行ルート近くのフィリピン沖を航行した。

8月3日の新聞は中国軍が台湾周辺で大規模な実弾演習を計画していると伝えた。中国軍が発表した演習海域が示されていた。台湾を取り囲んで6地域に広がる。ロシア軍がウクライナに侵攻する前の、ウクライナ包囲演習の図を思い出させるような不気味な演出である。

ペロシ訪台によって台湾の安全保障態勢がそれまで以上に改善されるのかどうか、まだわからない点が多いが、おおざっぱに言えば、改善されるという根拠は見当たらない。この秋の共産党大会で三選を目指す習近平国家主席にとっては、微妙な時期に底意地の悪いアメリカ帝国主義の嫌がらせである。ペロシ下院議長は中国に一泡吹かせることができと喜んでいるかもしれないが、中国は苦り切っており、臥薪嘗胆、今に見ていろと、しっぺ返しの機会を狙うだろう。

台湾をめぐる米中の対立に、中国と米国の軍事力がこれ見よがしに前面に現れたのがペロシ訪台の効果である。こうした米中の力の show-off はしばらく続くことになる。台湾有事は日本の有事と、無邪気にさえずっていた日本の小鳥たちもこれを機に、戦争回避の長期的な外交術の錬磨に励むといい。

(2022.8.3 花崎泰雄)

 

 

 

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権威主義的ポピュリズム

2022-06-22 01:55:16 | 国際

何を勘違いしたのか、ロシアがしゃにむに隣国ウクライナに攻め込んで4か月になる。そのせいでアフリカや中東にウクライナ産の小麦が届かず、大規模な飢餓が発生する可能性があると国連世界食糧計画が警告している。ウクライナの小麦はその多くがオデーサの港で船に積み込まれる。穀物輸送船は黒海からボスポラス海峡を抜け、マルマラ海をへてダーダルネス海峡を通過、エーゲ海に出る。オデーサの港はロシア軍が封鎖している。封鎖を解いたとしても周辺に仕掛けた機雷を除去するのに半年はかかる。ウクライナの小麦をルーマニアまで陸上輸送し、ルーマニアで船に積み替える、などのアイディアがこれから国際会議で検討される。ウクライナはソ連時代の1930年代前半にホロドモール(大飢饉)を経験している。スターリンがこれを隠蔽しようとしたため、正確な数字はわからないが何百万人という単位の人が飢え死にした。ウクライナから小麦が届かないことで飢餓が広がる事態は、ホロドモールの歴史的な記憶を持つウクライナ人にとっては、痛恨の極みであろう。

ところで、ボスポラス海峡がマルマラ海に繋がるあたりの丘の上にアヤソフィア(ハギアソフィア)寺院がある。ハギアソフィアは東ローマ帝国時代の6世紀の中ごろギリシア正教の聖堂として建築されたビザンチン建築の傑作だ。オスマン帝国時代にはイスラムのモスクになり、アヤソフィアと呼ばれていた。オスマン朝が瓦解し、ケマル・アタテュルクがトルコ共和国の近代化を推し進める中で、アヤソフィアは博物館に指定された。アタテュルクと彼が率いる共和人民党はトルコの近代化を急いだ。イスラムの伝統を排除し、革新的な世俗化のもとで西欧に追いつく、国家主導による経済の立て直し、などが目標となった。1930年代から1990年代までアタテュルク流の上からの近代化が進められた。トルコの共和主義の核は軍、裁判所、大学などで働く近代的なエリートだった。

現在のトルコ共和国大統領レジェップ・タイイップ・エルドアンはイスタンブールの低所得階層の地区で生まれ育った。2003年から2014年の首相時代、エルドアンも公正発展党(AKP)も順調に政権を維持した。2016年にはクーデタ未遂事件があったが、エルドアンはこれを機に裁判所、警察などの国家機関、メディアなどに影響力を強め、中間層が豊かになった都市の市民社会に影響力を強めた。アタテュルクに迫るトルコの大政治家と、市井の民は噂した。一方で、イスタンブールなどの反エルドアン派の市民数万人を拘束し、10万人を超える大学関係者やジャーナリストを職場から追放した。

そのエルドアンがもっか苦境に立たされている。理由は経済の行き詰まりだ。今年5月の消費者物価指数は前年比で73.5パーセントの上昇である。2023年には総選挙と大統領選挙が予定されている。エルドアン政権も野党も神経をとがらせ合っている。エルドアンが勢いを取り戻すためには、支持基盤の地方のイスラム人口からの声援が必要になってくる。エルドアンはアタテュルクが博物館にしてしまったアヤソフィアと、イスタンブールのテオドシウス城壁近くのカーリエ博物館を、イスラムのモスクに戻す決定をしている。支持層のイスラム信徒へのサービスである。アヤソフィアはモスクになったため入場料を徴収しなくなった。その代わり女性は、博物館時代には必要なかったベールを着要しなければならなくなった。モスクとして使う時間帯は有名な壁画を幕で覆い、観光客を入れる時間帯にはその幕を開くという。ロシアとウクライナの戦争で、仲介役をしようとするエルドアンの姿勢には、国際的な脚光を浴び、成果が上がればエルドアン人気の追い風になるという魂胆が見え見えである。フィンランドとスウェーデンのNATO加盟申請をめぐって、エルドアンがクルド問題を持ち出して、両国の加盟に難色を示したのは、イスラム層の支持強化のねらいがある。

ヨーロッパのメディアではエルドアンを「権威主義的ポピュリスト」(authoritarian populist)と評している。ポピュリズムという政治現象は南米で顕著にみられた。百科事典によると、「①労働者や中産階級、一部の上流階級を含む多階級的な支持基盤をもち、②カリスマ的リーダーによって指導され、③反帝国主義,民族主義的イデオロギーを有し、④)農地改革や労働者の保護政策により,大衆の生活水準の向上を企図するが社会の抜本的変革は志向せず、⑤)階級闘争よりも階級調和を重視する点で共産党とは一線を画する,といった特質」が見られる(平凡社『世界大百科事典』)。

ポピュリズムははっきりしたイデオロギーを持つ政治路線ではなく、権力者とその支持層との関係性に焦点を当てた政治現象なのである。「ポピュリズム政治運動は人民の意思を掲げて反エリートの政治運動を進めるが、その概念は稚拙であって、コアの貧弱なイデオロギーに過ぎない」(田中素香「右派ポピュリズム政治とヨーロッパ経済」『比較経済研究』2020年6月)。

 

ここ数年のエルドアンとAKPの政治的退潮は明らかだ。2019年のイスタンブール市長選挙では野党の共和人民党のイマムオールがAKPの候補を破った。エルドアンは選挙管理委員会の監督不十分を理由に選挙のやり直しを求めた。やり直し選挙では共和人民党候補が大差でAKP候補を突き放した。最初の選挙の票差は1万票程度だったが、再選挙では80万票の大差になった。市民はエルドアンの権威主義的態度に嫌気がさしているのだ。共和人民党はケマル・アタテュルクが設立した政党である。

トルコ・ウォッチャーの中には、エルドアンは次の大統領選挙で勝ち目はなく、敗北すれば、在職中の腐敗、警察による何十人もの市民殺害で晩年をトルコの牢屋で過ごす可能だってある、という人が目立つ。エルドアンにどうやって政権を手放させるか、難しい問題が生じる。そんなエッセイを読んだ。Soner Cagaptay, “Erdogan’s End Game,” Foreign Affairs, January 2022だ。韓国の歴代大統領の例もあり、荒唐無稽な予測と退けるわけにはいくまい。

その筆者がエッセイの終わりで、「エルドアンが最初の10年で政治から引退していたとすれば、今日のトルコで、もっと成功した政治家と評価されていただろう。最近10年間のエルドアンの無制限な権力追求が彼自身とトルコを危険な方向へと走らせた」と書いている。

フィンランドとスウェーデンのNATO加盟にクルド問題を持ち出したすのではなく、これ以上のNATO拡大はロシアに無用の緊張感を増幅させる恐れがあり、慎重な判断がのぞまれるとでも言っておけば無難だったのだ。権威主義的ポピュリストはそのような生ぬるい口調を嫌ったのであろう。

 

(2022.5.22 花崎泰雄)

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Slow Boat To China――How far can they go?

2022-06-11 01:04:21 | 国際

今から50年ほど前の話である。1971年7月15日、ニクソン米大統領(当時)がホワイトハウスから全米に向けてテレビで語りかけた。「1972年に訪中する」。このニクソン訪中のTV発表が全米に流れる数分前に、このことを側近から耳うちされた日本の佐藤栄作首相(当時)は「米国の頼みごとはこれまで何でも聞いてやってきたのに」と言ってニクソンの仕打ちに落涙した。Odd Arne Westadが著書 The Cold War  ( Penguin Books, 2017) に書いている。

米国は日本に対してニクソン訪中発表の事前通告をしなかった。ニクソン政権と佐藤政権の間で、沖縄返還と引き換えに日本の対米繊維輸出の制限の約束があったのにもかかわらず、佐藤政権に繊維製品輸出の規制を米側が納得できるほどまで実施する気がみえないことに対する米側の仕返しだった(Marvin Kalb & Bernard Kalb, Kissinger, Dell,1974)。

1972年2月に訪中したニクソンは毛沢東、周恩来らと会って米中関係正常化について語り合った。会談は予定通り順調に進み、2月28日に上海コミュニケを発表した。

その中で中国は①国家はその大小をとわず平等でなければならない②中国はけっして超大国にならないし、覇権主義と強権政治に反対する③各国人民には自国の社会制度を選択する権利があり、自国の独立、主権、領土保全を守り、外部からの侵略、干渉支配、転覆に反対す権利がある④台湾は中国のひとつの省であり、台湾の解放は中国の内政問題であり、他国には干渉する権利はない、などと表明した。

米国は①全世界各国人民が外部からの圧力や介入のない状況のもとで、個人の自由と社会の進歩を勝ち取るのを支持する②異なるイデオロギーをもつ国と国の間の連携を改善して緊張緩和に努力する③いかなるくにでも、一貫して正しいと自称すべきではなく、各国は共通利益のために自分の態度を検討する④アメリカは台湾海峡両側のすべての中国人が中国はただ1つであり、台湾は中国の一部であると考えていることを認識した、などと表明した。

毛沢東が率いる中国共産党が国民党との内戦に勝利し、中華人民共和国の成立を宣言したのは1949年の10月だった。その2か月前の8月に米国務省が『中国白書—The China White Paper』を出版していた。米国は中国内戦において蒋介石の国民党を支援してきたが、米国がつぎ込んだ資金、労力にもかかわらず、国民党はその腐敗によって国民の支持を失い、中国共産党に権力を奪われてしまった。国民党を支持してきた米国政府の中国喪失のドキュメントである。出版の時、国務長官を務めていたディーン・アチソンが冒頭に「送り状」(Letter Of Transmittal)を書き、そのなかで、中国内戦における苦々しい結果は合衆国政府の手の届かないところにあった、と書いた。国務省がまとめた『中国白書』は、中国喪失の原因を蒋介石と国民党にあり、国務省がコントロールできる事柄ではなかったとした。この態度に右派から激しい批判が出された。

181人のアメリカ人(学界、言論界、政界、実業界、教育団体、宗教団体)から、中国人に対するイメージを聞き取り調査してまとめたハロルド・アイザックスの『中国のイメージ』(サイマル出版会、1970年、原著は1958年出版)によると、中国共産党が権力を掌握できた理由を調査対象者に聞いたところ①国民党の腐敗②巧妙な共産党の戦術③アメリカの政策、判断の誤りの順だった。

ところで『中国のイメージ』は含蓄に富んだ調査報告である。著者は調査対象者との面接から、1950年代のアメリカ人の中国人観は「中国人は知能程度が高く、礼儀正しく、有能である」という好意的見方と、「信用できない、軍事的脅威、残酷」といった非好意的な見方が共存していた、と結論した。これは当たり前の話で、外国イメージというものは、時の流れの中でプラスとマイナスを揺れ動くものである。ただ、同書が引用しているジョセフ・オルソップの「中国での忌わしい日々を通じて、中国にいたアメリカの代表者は、積極的に中国共産党に味方した。彼らは国民党政府の、政治的、軍事的弱さの一因となった」という考え方は当時のアメリカの右派政治勢力の胸に響くものがあり、マッカーシズムの「赤狩り」につながった。

マッカーシズムのせいもあって、国務省内の中国通の職員が少なくなり、やがて米国はベトナム戦争の泥沼にはまり、その泥沼から抜け出すために、ニクソンが北京へ行って毛沢東に会うことになる。ニクソンは「赤狩り」のマッカーシーに加担していた。

“Slow Boat To China”というポピュラーソングは1948年に書かれた。”I’d like to get you on a slow boat to China” は勝負に負けたギャンブラーをいたわる言葉だったと言われ、遥か中国行の船旅に出れば船路につれづれのポーカーで運が向いてくるさ、というギャンブラーのジャーゴンをフランク・レッサーが恋の歌にした。もっともこの時期の中国は国共内戦で揺れていて、恋の逃避行のパラダイスではなかった。ポップスのファンにとっては、時事問題など関係なかった。

『中国白書』からニクソン訪中までに約20年、ニクソン訪中から現在まで約50年。毛沢東この間中国社会は毛沢東時代の革命外交、文化大革命、鄧小平時代の社会主義市場経済や先富論、江沢民時代の海外資本進出(走出去)、胡錦涛時代の和諧社会、などの掛け声の下で変貌を遂げた。かつて土法高炉に取り組んだ農村社会が世界の工場と言われる工業社会になり、富を蓄え、軍備を増強した。いま習近平は中華民族の偉大な復興という「中国の夢」を合言葉にしている。

2022年4月21日の朝日新聞によると。中国には1927年に発行された「国恥地図」というものが残っているそうだ。列強によって国土が奪われる以前の中国の領域を示す地図である。琉球群島、台湾、インドシナ半島、マレー半島などが含まれている。長い中国の暦の中で、朝貢や冊封などで関係があった影響圏まで領域に入れた「帝国」の対外観の記憶が図になったのだろう。

「現代中国は清帝国の領域と辺疆を基礎にして、周辺各民族を次第に一つの『中華民族』へと納めていく努力の中で、最後には一つの大きな(多)民族による『帝国』、あるいは『国家』を形成することになった」(葛兆光『完本 中国再考』岩波現代文庫、2021年)。葛の説明と国恥地図と中華民族の偉大な復興、この三題噺にはドキッとするものがある。

中国には省レベルの5つの民族自治区がある。内モンゴル自治区、新疆ウイグル自治区、寧夏回族自治区、チベット自治区、広西チワン族自治区である。中国人口に占める漢族の割合はざっと9割。中国国土に占める5自治区の総面積は44パーセントである。米国は新疆ウイグル自治区人権問題を批判しているが、新疆ウイグルの地下には石油と天然ガスの豊富な埋蔵量がある。

(2022.6.11 花崎泰雄)

 

 

 

 

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サウス・パシフィックの潮騒

2022-06-01 17:21:05 | 国際

クアッド(QUAD)の会合で日本に来ていたバイデン米大統領が、5月23日の日米首脳会談後の記者会見で以下のような発言をした。

At a news conference during a visit to Japan, Mr. Biden suggested that he would be willing to go further on behalf of Taiwan than he has in helping Ukraine, where he has provided tens of billions of dollars in weapons as well as intelligence assistance to help defeat Russian invaders but has refused to send American troops.

“You didn’t want to get involved in the Ukraine conflict militarily for obvious reasons,” a reporter said to Mr. Biden. “Are you willing to get involved militarily to defend Taiwan if it comes to that?”

“Yes,” Mr. Biden answered flatly.

“You are?” the reporter followed up.

“That’s the commitment we made,” he said.

(New York Times, May 23, 2022)

 

台湾有事のさいは武力介入する、とのバイデン発言はちょっとしたニュースになった。

米大統領は24日に離日した。25日には中国の王毅外相が予定していた南太平洋諸国歴訪に旅立った。

中国は太平洋に勢力圏を拡大しようとしている。中国は太平洋上に南北3本の防衛線を設定している。第1列島線は日本の九州―沖縄―台湾―フィリピン―インドネシアを結ぶライン。この海域には南シナ海や東シナ海が含まれる。第2列島線は伊豆―小笠原―グアム・サイパン―マリアナを結ぶラインである。第3列島線はハワイ―ニュージーランドを結ぶラインである。

日米太平洋戦争の後、米国は日本の沖縄に基地を構築し、朝鮮戦争で韓国に駐留、台湾と米台相互防衛条約を結び(1980年まで)、フィリピンに米軍基地を持っていた(1991年まで)。西太平洋は、事実上米国の海となった。

一方、21世紀に入って経済力をつけた中国が軍事に資金をつぎ込み、アメリカの太平洋支配圏を東に向けて押し戻そうとしている。この試みがこれら3本の列島線である。中国沿岸部と第1列島線の間にある南沙諸島周辺で中国は海洋埋め立て工事を続け、造成した人工島で軍事基地化を進めている。今回中国外相が訪問した南太平洋の国々は第1列島線と第2列島線の間にある。中国はこれらの南太平洋の国々と安全保障面での取り決めを結びたかったが、どうやらうまく進まなかったようである。

「中国は安全保障関係の強化を含む新たな地域間合意をめざしていたが、複数の国が懸念を示し、安保分野については合意には至らなかったとみられ……オーストラリアの公共放送ABCは30日、外相会議後に取材に応じた在フィジー中国大使の発言として『太平洋側の数カ国に懸念の声があった』」と朝日新聞が5月31日付朝刊で報じた。

安全保障分野での協力をテコに中国がこの海域に海軍の基地を作ることをもくろんでいるのではないかと、オーストラリアは危惧していた。中国はこの秋に共産党大会を開く。そこで習近平総書記の3度目の選出が議論される。中国の南太平洋諸国への接近が功を奏していれば、習近平政権3期目の後押しとして役立ったはずだ。南太平洋諸国の中ではソロモン諸島だけが今年4月に中国と安全保障協定を結んでいる。アーダーン・ニュージーランド首相とバイデン米大統領が5月31日に対策を協議した。

オーストラリアもニュージーランドも太平洋に膨張する中国に不安を感じている。キャンベラの民間シンクタンク Australia Institute が2021年7月に出した資料 “Should Australia go to war with China in defence of Taiwan?” が南太平洋の中国観を示していて興味深いので紹介しておこう。

発表資料によると、2021年6月に603人のオーストラリア人と606人の台湾人を対象にしてオンラインで意見調査をしたところ、以下のような傾向がわかったという。

  • オーストラリア人の62%、台湾人の65%が中国を攻撃的な国であるとみている。
  • 中国からのそれそれの国への武力攻撃について、オーストラリア人の6%がまもなくある、36%がいつかあるという見方をし、台湾人の場合はまもなくあるが4%、いつかあるが47%だった。
  • 中国が攻撃してきた場合、国際的な支援なしに自力で防衛できると答えた人はオーストラリアで19%、台湾で14%だった。
  • 中国から武力攻撃があった場合、米国が武力介入するとみる人は、オーストラリアの場合60%、台湾人の場合26%だった。

歴史の濃淡や物理的距離が異なるオーストラリアと台湾で、現代中国に感じる不安感が同じレベルであることが興味深い。今年2月ごろ、朝日新聞が台湾人の6割が中国の武力併合はあり得ない、という見方だという世論調査結果を報じていた。中国本土と台湾は海峡を隔てて百キロ以上離れているという安心感のせいだろうか。この距離は第2次大戦のノルマンディー上陸の英仏海峡の距離より長い。半面、台湾有事の際に沖縄の米軍が出動した場合、台湾有事は日本有事になるので、米国製の武器弾薬で日本も武力を増強するときだと、声高に叫ぶ安全保障論者がこのところ日本で増えている。かつてのソ連崩壊で我々が北からの核の脅威を感じなくなったように、安全保障にはメンタルな要素がからむ。場馴れしたやり手の政治家たちは、言葉巧みに市井の民の認識を方向づけようとするのである。

(2022.6.1  花崎泰雄)

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核シェアリング

2022-05-24 21:42:52 | 国際

ロシアが2月下旬ウクライナに攻め込んだ。すかさず日本の元内閣総理大臣・安倍晋三が日本もNATOにならって米国との核シェアリングを議論すべきだ、との見解をテレビや派閥の会合で開陳した。現内閣総理大臣・岸田文雄は「持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核3原則は国是であり、政府としてそのような議論をするつもりがないことを表明、安倍の挑発には応えなかった。あらかたの野党も安倍の核共有議論を退けた。

安倍の核シェアリング議論の提起は、彼が率いる自民党内の派閥・清和会の党内他派閥の勢力争いと、保守化する日本の有権者の情緒に乗っかって、この夏の参院選で党勢拡大をもくろむ維新の会の戦略だ。だが、海外のメディアは安倍発言を、日本が長年掲げてきた平和主義から離脱する動きであると報道する。Covid-19対策用の不織布マスクの品薄・暴騰にあたって、国民1人当たり2枚のガーゼマスクを用意した「アベノマスク」を「冗談だろ」と海外メディアは冷やかした。一方で、似たような冗談である今回の安倍の核シェアリング発言にまじめに反応したメディアもいくつかある。例えば “Japan turns away from post-WWII pacifism as China threat grows” (CNN、5月22日、電子版)。

日本が米国と核共有を取り決めるにあたっては、両国民の世界観、外交感覚、政権の損得勘定、そもそもアメリカ側に日本と核をシェアする気があるのかといった問題以外に、2つの論理の矛盾をどう克服するかという高い壁に突き当たる。ひとつは核共有と核拡散防止条約の矛盾、次に日本の国会決議に裏打ちされた非核三原則との矛盾である。

核拡散防止条約は次のように取り決めている。

第1条 締約国である核兵器国は、核兵器その他の核爆発装置又はその管理をいかなる者に対しても直接又は間接に移譲しないこと及び核兵器その他の核爆発装置の製造若しくはその他の方法による取得又は核兵器その他の核爆発装置の管理の取得につきいかなる非核兵器国に対しても何ら援助、奨励又は勧誘を行わないことを約束する。

第2条 締約国である各非核兵器国は、核兵器その他の核爆発装置又はその管理をいかなる者からも直接又は間接に受領しないこと、核兵器その他の核爆発装置を製造せず又はその他の方法によって取得しないこと及び核兵器その他の核爆発装置の製造についていかなる援助をも求めず又は受けないことを約束する。

日本は核拡散防止条約加盟国である。核兵器の共有にあたっては、それが「核兵器その他の核爆発装置又はその管理をいかなる者からも直接又は間接に受領しない」に背かないことを説明しなければならない。

ドイツも核拡散防止条約に加盟している。一方で、非核保有国であるドイツはNATOの核シェリング構想の中で、米国から戦術核の提供を受けてドイツ国内の基地に保管している。核の管理は米軍が行い、戦術核使用にあたっては米独が協議し、攻撃目標が決まれば米軍が核をセットし、ドイツ空軍が核爆弾を目標地まで運んで落下させる。

ドイツに加え、ベルギー、イタリア、オランダ、トルコの合計5か国がNATOの戦略構想の一つとして、米国と核シェアリングを行っている。これらの5か国にある6つの軍基地で米国の戦術核爆弾B61を合計100発以上保管している。

NATOの核シェアリングは1950年代に始まった。冷戦期にソ連と向かい合ったヨーロッパでは、NATOの核シェアリング以外の枠組みも入れると1970年ころには7000以上の戦術核弾頭が保管されていた。1950年代に米国の核戦略は「大量報復戦略」だった。大量報復から出発した核戦略論は、ソ連の核兵器開発と競う中で「柔軟反応戦略」「確証破壊戦略」とスコラ的展開をみせた。一時期、核戦略論は国際政治学の花形だった。ソ連邦の衰退と解体をさかいに核戦争の脅威は薄らぎ、国際政治学者とスパイ小説家の失業が始まった。ソ連邦の解体を挟んだ1986-1993年の時期に、5000を超える核弾頭がヨーロッパから撤去された。

ロシア大統領プーチンはNATOの核シェアリングは核拡散防止条約に違反すると主張している。NATOと米国は次のように説明している。核シェアリングは核拡散防止条約が成立する前から行われていた。核拡散防止条約の条文検討にあたっては、その点は十分に討議され、強い異議は生じていない。戦術核兵器を管理するのは米国だけであり、戦争になれば条約の拘束力そのものが消滅する。

ドイツ社会民主党のショルツ首相は核シェアリングに批判的で、NATOの核シェアリング枠組みから離脱の意向を示していた。メルケル政権からショルツ政権への移行にあたって、NATOはショルツ政権の動きを警戒したが、ドイツは当面核シェアリングを持続させると表明した。

さて、日本の場合いま一つの壁がある。非核三原則「持たず、つくらず、持ち込ませず」の「持たず」「持ち込ませず」と「核の共有」をいかに両立させるかが問題になる。アメリカの核兵器を日本の基地で保管するが、それが「持たず」「持ち込ませず」という国是に抵触しないことを論理的に説明することは難しい――世知にたけた政権取り巻きや公務員を総動員して公孫竜の「白馬非馬説」のようなアイディアでも捻り出さない限り。

核シェアリングを実現するためには、非核三原則の廃止を国会で決議しなくてはならない。それよりももっと可能性の高いのは、核兵器で武装した国が近隣あるという現実を考えれば、日本の独立を守る議論は絶対に必要だ――非核三原則はしばらく神棚にあげておいて――という方向へ議論が進むことだ。そのような非論理的で情緒的な議論を好む日本人は少なくない。非核三原則を提唱した佐藤首相が、沖縄返還交渉に関連する核撤去交渉で、非核三原則はナンセンスだったと当時の米国大使に語ったという文書が米国に残っている。政治家は油断ならないご都合主義者なのだ。

最後に共有している核兵器をどこで使用するかという問題が残る。米国が共有のために提供する核兵器は、NATOと同じレベルの戦術核兵器にとどまるだろう。戦術核兵器は運搬距離500キロメートル未満とされている。日本の周囲は海である。ミサイルに乗せようが、飛行機で運ぼうが、攻めてきた国までは届きにくい。戦術核兵器は日本に攻め込んで来た敵軍団の頭上で爆発される。米国と共有する戦術核をもっぱら日本国内で使う可能性があるわけだ。

(2022.5.24 花崎泰雄)

 

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リアリズム

2022-05-15 01:39:38 | 国際

「法は法であり、好き嫌いに関係なく従わなければならない。現在の国際法では武力は自衛のためか、安保理の決定によってのみ許される。それ以外は全て、国連憲章下では容認されず、侵略行為となる」(The law is still the law, and we must follow it whether we like it or not. Under current international law, force is permitted only in self-defense or by the decision of the security council. Anything else is unacceptable under the United Nations charter and would constitute an act of aggression.)。

これは米軍のシリア攻撃に関して、プーチン・ロシア大統領が2013年にニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した文章の一部である。日本文は5月14日付朝日新聞朝刊、英文は『ニューヨーク・タイムズ』のアーカイブから。

2022年5月12日の国連安全保障理事会でウクライナのキスリツァ国連大使が国連安全保障理事会の会合で上記のプーチン語録を引用し、ロシア大統領の言行不一致の人間的不誠実を非難した。

国際政治学の教科書の一つであるハンス・モーゲンソーの『国際政治――権力と平和』やE・H・カー『危機の二十年』などを持ち出すまでもなく、国際政治の理論は人間性というものが本質的に善であると想定する流派と、利益の対立が繰り返され道義や原則が完全に実現されることはあり得ないとする流派の二つの人間観から出発している。いわゆる「政治的ユートピアニズム」と「政治的リアリズム」である。したがって他国のふるまいはユートピアニズムから批判し、自国の行為はリアリズムの立場から弁明する。国際政治はなお、ホッブス的世界にある。

モーゲンソーの『国際政治』は、個人であれば、正義を行わしめよ。たとえ世界が滅ぶとも、と言い訳をするかもしれないが、国家にはその管理下にある人々の名において、そのように主張するいかなる権利もない、という。

ロシアがウクライナに軍を進めて以来、NATOやEU加盟国、米国などがウクライナに援助を続けている。EUのミシェル大統領やフォン・デア・ライエン委員長、カナダのトルドゥー首相、ジル・バイデン米大統領夫人、ペロシ米下院議長、ブリンケン米国務長官、オースティン米国防長官らがウクライナを訪問している。フィンランドとスウェーデンはNATO加盟の意向を明らかにしている。ピュリッツアー賞を運営する米コロンビア大学はウクライナのジャーナリストたちに賞を贈ることを決めた。

ウクライナ応援の賑々しさの一方で、ロシアを応援する声はあまり報道されない。戦争が長引き、経済制裁がロシア経済の足を引っ張るようになれば、ロシアにとって頼りは中国だ。その中国は西太平洋で米国とにらみ合っている。NATOの一員である米国の関心がヨーロッパに集まるのは悪いことではないと中国のリアリストは考えているのだろう。その分中国の太平洋進出を阻もうとする米国の力が弱まるからだ。今年後半の中国共産党大会で3選を目指していると伝えられる習近平主席も、自身や中国の評判に傷がつかないように慎重にふるまわなければならない。

中国の張軍国連大使は5月15日付の『ワシントン・ポスト』に中国の立ち位置を説明する一文を寄稿した。その中で彼は①ロシアのウクライナに対する軍事行動は中国のオリンピック大会が終わったあとにしてもらいたいと中国が言ったとか、ロシアが中国に軍事的な支援をもとめてとかいううわさは中国に泥を塗るための情報操作である②中国は国連憲章の順守、主権の領土の一体性の尊重、といった客観的で公明正大である立場である③ウクライナは主権国家であり、台湾は中国の一部であり、台湾問題は中国の内政である④ロシアとウクライナの紛争の早い段階で習主席はプーチン大統領に、平和会談の開催を求めて大統領から前向きな返事をもらった、と主張した。

中国の態度は今のところ掴みようがない。ウクライナ問題に深入りすることを避け、洞ヶ峠を決め込んでいるように見える。中国流のリアリズムの外交姿勢なのであろう。

 

(2022.5.15 花崎泰雄)

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弱いロシア

2022-04-28 00:00:25 | 国際

ロシア正教会の最高指導者であるモスクワ総主教キリル1世(ウラジーミル・ミハイロビィチ・グンヂャエフ)がプーチンのウクライナ侵攻を支持し、ロシア軍の兵士を祝福している。日本のメディアもこの話題を取り上げている。戦争が膠着状態に入り、都市破壊、民間人殺戮といった話題にニュースの消費者が飽きを見せ始めたせいもあるのだろう。ロシアとウクライナの戦争はウクライナ正教会に対するロシア正教会の影響力を増大しようとする宗教戦争でもある、という見立ては、プーチン政権のウクライナ侵攻はよこしまな領土拡張政策であるという見方をカモフラージュする効果がある。

プーチンもグンヂャエフもサンクトペテルブルク出身である。グンヂャエフは2009年にモスクワの救世主ハリストス大聖堂で着座式を行ってキリル1世となった。着座式が行われた救世主ハリストス大聖堂は2000年に再建されていた。ロシア正教会の本山ともいうべきこの聖堂は、1931年に爆破されていた。爆破を命じたのはスターリンである。

権力は対抗勢力になりそうな組織の出現を嫌う。中国共産党政権が気功の組織である法輪功を危険団体として取り締まっているのも似たような恐怖感からだろう。日本の天草一揆もキリスト教が関係していなかったらあれほどの騒動にならなかった。幕府はキリスト教徒の背後には海外の国の陰謀があると感じていたのだろうか。織田信長が比叡山を焼き討ちにしたのは、仏教の僧侶が比叡山に逃れた浅井・朝倉の軍勢を差し出すように求めた信長に比叡山延暦寺の僧侶が応えなかったからだとされている。アメリカがオサマ・ビン・ラデンの身柄を要求したがアフガニスタンのタリバン政権はそれに応じなかった。そこでアメリカはアフガニスタンで戦争を始めた。

ロシア革命以後ボルシェビキは宗教を抑圧した。宗教がボルシェビキの権力維持を妨げる可能性を恐れた。ロマノフ王朝の時代、ロシア正教会がロマノフ王朝の支配の正当性を長らくにわたって農民に教え込んだ。ロシア皇帝の庇護の下で、正教は勢力を拡大した。ボルシェビキが権力を握ると、今度は革命勢力がロシア正教の教会を破壊した。空き家になった教会は倉庫として使われた。都市部の名高い聖堂は博物館になった。例えばサンクトペテルブルクのネフスキー大通りに面したカザン大聖堂は無神論の歴史博物館となり、聖堂での礼拝は禁じられた。

ソ連邦解体の後、信教の自由が徐々に回復し、博物館の一部を使っての礼拝が認められるようになった。政府によって占有されていた教会が正教会に返還された。教会の施設・不動産を取り戻し、献金で潤ったロシア正教会にとって、プーチンの時代はボルシェビキに奪われた富と影響力を取り戻すチャンスなのである。

ソ連邦が解体した1992年にウクライナが独立国になった。ウクライナではロシア正教会系の組織と、ウクライナ独自の組織が混在している。

17世紀の「三十年戦争」はドイツのキリスト教新教徒と旧教徒の宗教戦争として始まり、ヨーロッパの国際戦争に拡大した。この戦争の終結あたって取り決められたウェストファリア条約によって、主権国家が並立する現代のウェストファリア体制の原型がつくられたと国際政治学の教科書は説明する。

ウェストファリア体制は主権国家のうえに立つ組織がない世界である。核大国のロシアが隣国に侵攻して軍事力を誇示し、今は失ってしまったかつての栄光を取り戻そうとしている。政治権力の庇護の下で、キリル1世はプーチン政権の帝国主義的手法を祝福する。アナーキーな世界なのだ。

アメリカ大統領だったロナルド・レーガンは1983年のキリスト教団体の集会で当時のソ連を「悪の帝国」と非難した。冷戦の時代だった。冷戦初期に出版されたケネス・ウォルツの『人間・国家・戦争』で、ウォルツはこんなことを書いている――ソ連が戦争の脅威になっているというのは本当かもしれないが、ソ連が消滅すれば残る国家が平和に暮らせるというのは真実ではない。

ソ連は消えたがロシアは残り、ロシアがヨーロッパに戦争の火種を持ち込んだ。

ウクライナを訪れたオースチン米国防長官は「ロシアがウクライナ侵攻のようなことができないところまで弱体化する」のがアメリカの望みだと表明した。ロシアの弱体化がアメリカの戦略目標であると受け止めらる可能性のあるオースチン発言がプチーンを刺激し、生物化学兵器や戦術核兵器の使用へと走らせる恐れがある。バイデン米大統領は米軍機をウクライナ上空に飛ばすことはないと、早々と言明した。米ロの直接交戦を避けるためだ。一方で、国防長官が「弱いロシア」を望むと言えば、国際環境はかつての冷戦時代に逆戻りする。

(2022.4.27 花崎泰雄)

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時代の錯誤

2022-04-20 23:17:51 | 国際

1968年8月20日の事だった。ソ連軍を中心にした東ドイツ、ポーランド、ハンガリー、ブルガリアの軍からなるワルシャワ条約機構軍がチェコスロバキアの首都プラハに侵攻した。当時のチェコスロバキアではドプチェク第1書記が「人間の顔をした社会主義」を提唱して政治の自由化を進めていた。その自由化路線を阻止するのが目的だった。

1965年から始まったソ連共産党のスターリン批判の高まりの中で、チェコスロバキアではソ連に近いノボトニーに代わってドプチェクが自由化を推し進めていた。のちに「プラハの春」と呼ばれるようになったこの政治運動には多くの知識人が賛同していた。

チェコスロバキアの自由化路線が加速すると、やがてワルシャワ条約機構からチェコスロバキアが離脱して西ヨーロッパの勢力に加担するのではないかとソ連は心配した。そこで、ワルシャワ条約機構軍をプラハに送り込んで、ドプチェクを排除し、フサークをチェコスロバキア共産党の第1書記にすえた。

チェコスロバキア侵攻を正当化する理由としてソ連が掲げたのが「制限主権論」という理屈だった。「ブレジネフ・ドクトリン」とも呼ばれた。社会主義に敵対する内外の勢力がある社会主義国を資本主義体制の方向へ捻じ曲げようとする場合、その国の社会主義の大義の脅威が発生した場合、社会主義共同体全体に対する安全保障上の脅威が生じた場合、これらは単に当事国だけの問題ではなく全社会主義諸国の共通の問題であり憂慮すべきことがらとなる。社会主義の大義は国家主権を超える、というのがブレジネフ・ドクトリンの要旨である、と当時のジャーナリズムは伝えた。

第2次大戦終了後に、ヨーロッパは2つの陣営に分断され、それぞれ相手に対する警戒を怠らず、冷戦を持続させた。米ソの核戦力を背景にして、米国は西ヨーロッパ諸国と北大西洋条約機構(NATO)を1949年に結成した。対抗して1955年にソ連が東ヨーロッパ諸国とワルシャワ条約機構組織した。

ソ連はスターリン時代の1939年にフィンランドに攻め込み、フィンランドに領土の一部を割譲させた。続いて1940年にはリトアニア、ラトビア、エストニアを併合した。第2次大戦後に米ソ冷戦の時代が始まった。米国はベトナム戦争の泥沼からなんとか抜け出したが、ソ連はアフガニスタン紛争のあと、ゴルバチョフ時代の改革路線を契機にソ連邦崩壊に行きついた。

ワルシャワ条約機構は1992年に解散。加盟のヨーロッパ諸国のすべてがこれまでにNATOの加盟国になった。かつては西側諸国にたいする防波堤だったワルシャワ条約機構消え、ロシアの首都モスクワのすぐ近くまでNATOの勢力圏が迫った。

ベトナム戦争を戦う理由として米国はいわゆるドミノ理論――ベトナムで共産主義を食い止めないと、タイが共産化し、マレーシア、インドネシアなどが次々に共産圏に入る――を声高に唱えた。いまでは、共産主義のドミノ理論は冷戦が生んだ神経症的な神話にすぎないと多くの人が考えるようになった。現在のヨーロッパではアメリカ風の資本主義や自由主義が、かつての東欧諸国をドミノのように倒し、いまやモスクワに迫っていると、プーチンは認識しているのだろう。

ウクライナのネオナチがロシア系住民を迫害しているのでその救済のためにウクライナにロシア軍を派遣した、というプーチンの説明は面妖のきわみだが、「ネオナチ」を「NATO派」、「ロシア系住民」を「ロシア」と言い換えると意味は通じる。ロシアの兄弟国であるウクライナで西欧崇拝のNATO支持派が力をつけてきた。そこでロシアの救済のためにウクライナのNATO加盟を阻止するのが進攻の目的である。こういう言い方をすれば、1968年のチェコスロバキア侵攻のさい、社会主義を守るためにはチェコスロバキアの主権は制限されうるとブレジネフが考えたように、ロシアを守るためにロシアの兄弟国ウクライナの主権は制限されなければならない、とプーチンは考え、行動した。

(2022.4.20 花崎泰雄)

 

 

 

 

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迷走する世界の回転木馬

2022-04-07 15:47:50 | 国際

ロシアは何を求めてウクライナに侵入したのだろうか。2月下旬からこれまで、テレビで画像を追い、新聞の分析報道を読んで戦争の原因を知ろうとした。だが、はっきりしたことは今のところ何もわからないままだ。

多くの専門家たちが偉大なるロシアの残像に対するプーチンの憧憬を開戦の動機として説明しようとした。「タタールのくびき」というモンゴル支配の歴史から、ナポレオンの軍勢と戦った「祖国戦争」、さらにはヒトラーの軍隊を迎え撃った「大祖国戦争」までを引き合いにして。

過去への思い入れが新しい歴史をつくることもある。トロイ遺跡の発掘はホメーロスが語った神話世界に対するシュリーマンのあこがれから始まった。シュリーマンはそれにもましてプリアモスの財宝に強い関心があったという説もあるにはあるが。

トロイ戦争の原因はトロイの王子がスパルタの王妃をさらった事だと、神話時代のホメーロスは説明した。女を略奪するのは悪人の所行だが、女が略奪されたことで報復するのは愚か者のすること。女の方にその気がなければ略奪されるはずもない。ヘロドトスは『歴史』の中で神話的でない言い方をしている。

トゥキュディデスになると戦争の原因究明はドライである。「既存の覇権国家を脅かす新興の覇権国家が生まれると戦争の原因になる」と『戦史』で述べている。これは現代的にも通用する戦争誘発の状況の祖型である。グレアム・アリソンは「トゥキュディデスの罠」という言葉を創った。衰退を感じさせる米国と拡大する中国の衝突が彼方に見える。

 

アレクサンダーの東方遠征の目的は何だったのだろうか。遠征隊は各地に「アレクサンドリア」という名の都市を築いた。支配地の拡大が目的だったのだろうか。十字軍はエルサレムの聖地奪回という宗教的熱情でスタートした。しかし、のちにはローマ・カトリックの十字軍がギリシア正教の国である東ローマ帝国を略奪目的で攻撃するようになった。遠征にはカネがかかるし、地中海にはベネチアのような有力通商国家が通商圏の拡大を画策していた。

 

ナポレオンの軍がエジプトに攻め込んだのはロゼッタストーンを探すためではなかった。エジプトにいたイギリス軍を攻撃するためだった。同じようにイギリス寄りのロシア皇帝アレクサンドル1世を嫌ってナポレオンは雪のロシアに侵攻した。ヒトラーがロシア侵攻のバルバロッサ作戦を開始したのは、食糧、石油などの供給地が欲しかったからだ。さらにロシアの西部を手に入れてアーリア人の新しい天地にしたかったからだと言われている。ナポレオンもヒトラーもそれまでの勝ち戦の興奮の余韻に酔ってロシア侵攻を始めた。プーチンが祖国戦争や大祖国戦争を引き合いにして、核兵器を持った途上国に転落したロシアを再び世界政治の場で覇権を求める国家にしようと夢見てウクライナに攻め込んだ「プーチンの戦争」仮説の対極である。

 

20世紀ではソ連がキューバで建設を進めていたミサイル基地をめぐって、世界は米ソが熱核戦争の崖っぷちに立って、暗い奈落を覗いた。1962年の事だ。カリブ海に展開する米軍の艦船の映像がテレビや新聞で伝えられた。世界中が「もはやこれまでか」と、暗い気分につつまれた。21世紀のロシアのウクライナ侵攻では、NATOも米国も、ウクライナでロシアと直接戦火を交えるつもりはないことを早々と明らかにした。核戦争に発展する恐怖感は1962年のキューバ危機の時ほど強くはなかった。

キューバをめぐるミサイル危機のあとで読んだホルスティの『国際政治―分析の枠組』(第3版)の冒頭に驚きのエピソードが紹介されていたことを思い出す。ベルンハルト・フォン・ビューローの回顧録によれば、フォン・ビューローがドイツ帝国宰相に第1次世界大戦が始まった理由を尋ねたところ、「それがわかってさえすれば…」と宰相が答えたというのである。戦争の機能はほどほどのコストで軍事力をつかって政治目的を達成することであるから、1914年のドイツの政策立案者たちは合理的に行動していなかった、とホルスティは説く。

ウクライナ侵攻を決断したプーチンの頭の中には何があったのか。その答えはこの戦争が終わるまで推測の域を出ることがないだろう。朝鮮戦争をめぐって先に攻撃をしかけたのは北か南か。真相はながらく謎のままだったが、ソ連邦の解体にともなって公開された資料に、いまが南解放のチャンスであると金日成がスターリンを開戦支持へと説き伏せた、と事の次第が書き残されていた。これがはっきりするまでに40年もかかったのである。

 

(2022.4.7 花崎泰雄)

 

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台湾 2022

2022-01-01 00:44:39 | 国際

台北からのニュースでは、台湾の国防当局が12月30日、「全民防衛動員署」を発足させた。中国の侵攻に備えて防衛意識を高めるのが目的だ。米国からの防衛強化の要請に応じた。

米国政府が1979年1月1日に中華人民共和国政府と国交を結び、台湾(中華民国)政府との政府間関係を停止した。この時、米国議会が「台湾関係翁」を可決した。台湾関係法は条約ではなく、米国の国内法なのだが、米国はその中で、米国政府が中華人民共和国を唯一の中国政府として認めたのは、台湾問題を平和的に解決することが前提になっていたからだと述べた。台湾及び西太平洋の平和と安定は米国をはじめ世界の関心事である。平和的な手段以外によって台湾の将来を決定しようとする試みは、西太平洋地域の平和と安全に対する脅威であり、合衆国の重大関心事と考える、と台湾関係法は述べている。

中国では1954年の台湾解放宣言以来、台湾は中国の神聖な領土とされてきた。第2次大戦後の中国内戦で、共産主義勢力に追われた国民党政府が最後におちのびた先が台湾だ。台湾問題は中国内戦の残滓ではあるが、一方で、台湾は領土と2千万を超える国民と立法議会と政府機構を持ち、世界各国と通商関係(少数ながら国交)を持っている国家でもある。中国が台湾解放を唱えて侵攻した場合、その戦争は内戦の再発火なのか、主権国家への侵略なのか、込み入った神学論争になるだろう。

2022年秋には習近平主席の3期目がかかる中国共産党の党大会が開かれる。2022年に入るとすぐ2月には冬季オリンピックがある。そのあと秋の党大会までの間に、台湾侵攻を急ぐような状況はいまのところ想像しにくい。ことを急げば、かえって3期目継続の足を引っ張ることになるだろう。

言われているような中国軍による台湾侵攻があるとすれば、秋の党大会が無事終わったあとだろう。それまでは、専門家を名乗る人々が入れ替わり立ち替わり現れては、台湾危機の予想を増幅させる。日本のチャイナ・ウォッチャーの中には、中国は台湾侵攻と同時に、尖閣諸島、与那国島、石垣島、宮古島などにも上陸しようとしてくるだろう、と予言する者もいる。自衛隊が南西諸島にミサイル基地建設を急いで時期でもあり、桜を見る会の安倍晋三氏が台湾有事は日本の有事と日本国民を脅している。

2022年は台湾の年になりそうだ。

(2022.1.1 花崎泰雄)

 

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それぞれのリーダーシップ

2020-03-15 23:18:04 | 国際

朝日新聞の記者が「あっという間に世界中を席巻し、戦争でもないのに超大国の大統領が恐れ慄(おのの)く。新コロナウイルスは、ある意味で痛快な存在かもしれない」とツイッターに投稿して批判を浴びた。勤め先の朝日新聞社は、「痛快」という表現は不適切であったとし、「ツイッターは記者個人の責任で発信していますが、こうした事態を招いたことについて、あらためておわびいたします。記者研修の強化などを通じ、ソーシャルメディアの適切な利用を進めます」とお詫びの記事を掲載した(3月15日朝刊)。新聞記事は出稿部門や紙面編集部門で各ゲートキーパーのチェックを経て印刷される。ゲートキーパーのいないツイッターの記事(ツイッターの文章が記事といえるかどうか、これまた議論のあるところではあるが)は筆者の個人的思い入れ・偏見・用語選択の稚拙などなどがチェックされることもなく世の中に出て行く。

それはともあれ、各国の指導者が新型コロナウイルス対策に苦心しているのは事実である。沈着な指導者、科学者としての冷静な判断を見せた指導者、慌てふためきつつも災いをもって我が福としようとているように見える指導者などなど、興味深い寸劇を見ることができる。

比較的評判の良かった指導者は、シンガポールのリー・シェンロン首相だった。彼は2月8日、国民に次のようなメッセージを送った

シンガポール国民は17年前にSARSを体験した。あの当時に比べると新コロナウイルスへの備えははるかに良く整っている。マスクや防具は十分にあり、新しい国立感染症センターをはじめとする洗練された医療態勢がある。ウイルス研究能力も進歩している。訓練を受けた医師や看護師がいる。心理的な面での備えも十分だ。備えは十分できている――とシンガポール首相はまず国民に安心を与えることを優先した。

ドイツのメルケル首相はヨーロッパに感染者と死者が急上昇し始めた3月11日の記者会見で、専門家の意見ではドイツ国民の60-70パーセントが感染する恐れがあるが、当面、我々にできるのは、治療薬や予防ワクチンが開発されるまでの時間稼ぎだけだ、と冷厳な事実を国民に突きつけ、だからこそ一致団結してできる限りのことをやってみようではないかと訴えた。こうしたメルケル氏の科学的かつあけすけな物言いは、それまでコロナウイルスの脅威を矮小化し続けてきたトランプ大統領の下の米国の記者にとっては新鮮さがあったらしい。ニューヨーク・タイムズの記者は他国の指導者にはない歯切れの良さと書いた

米国の場合、トランプ大統領は早々と中国からの入国拒否を打ち出したものの、その後、米国内のウイルス検査態勢の不備を指摘する声を無視し続けた。米国で感染者と死者が爆発的に増えた3月13日、トランプ大統領は非常事態宣言を出した。コロナウイルス対策費500億ドルの支出と、欧州のシェンゲン協定加盟国からの米国への入国を拒否することを決めた。その宣言をめぐる記者会見で、トランプ大統領は検査態勢の不備についての記者からの質問に対して次のように答えた――私に責任はない。私は古い態勢を引き継いでいた。

   “I don’t take responsibility at all because we were given a set of circumstances and we were given rules, regulations, and specifications from a different time.”

このトランプ大統領のあきれた発言と、その嘘についてはニューヨーク・タイムズ紙が詳しい

日本では安倍首相が2月27日に専門家の意見も聞かず全国的な休校とイベントの中止を要請し、29日に記者会見をした。この模様は官邸サイトで見ることができる

約36分の会見時間の中で、首相が19-20分発言し、記者との問答は16-7分間だったという。質問できたのは、朝日新聞、テレビ朝日、NHK、読売新聞、AP通信の5記者だけ。「まだ質問があります」の声を振り切って、記者会見をおしまいにした首相のやり方については国会で野党が問題にした。会見終了の後20分ほどして首相が帰宅したことに触れ「そんなにいそいで帰りたかったのか」と蓮舫議員が参院予算委で首相に詰め寄った。

安倍首相には休校要請やイベント中止、新型コロナウイルス対策全般について、国民に何を訴えようとしているのか、記者と肉声でやり取りする気概も能力もなかった。官邸サイトの動画を見て、文字による記録をきちんと読めばおのずと明らかになるだろう。

森友・加計・桜を見る会とその前夜祭・黒川検事長定年延長の手口とその尻ぬぐいで珍妙な答弁を重ねた森法相の哀れな姿――安倍首相への信頼は崩壊し続けている。新型コロナ対策で安倍首相が何を言おうと、国民はそれを信頼しかねている。

ところで、フィリピンのドゥテルテ大統領はマニラ首都圏を封鎖すると3月12日に発表した。その時点での感染者は53人(うち死者5人)。大半がマニラ首都圏の人だが、数字を見る限り、首都圏封鎖は大げさなように見える。封鎖が公衆衛生上不可欠なのか、大統領の個性が反映されたものなのか判断しにくいところがあるが、これもまた新型コロナウイルスがあぶりだした世界のリーダーの思考と行動の興味深いサンプルの1つといえるだろう。ちなみに東京都内の感染者数は3月14日現在87人。

 

(2020.3.15 花崎泰雄)

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春節驚騒

2020-01-26 15:05:25 | 国際

WHO(世界保健機関)は1月24日現在、コロナウイルスによる武漢の新型肺炎について、世界的な緊急事態であるとの宣言を出していない。一方、中国政府は武漢市一帯の交通を遮断し、町を事実上封鎖する措置をえらんだ。

日本ではインフルエンザの流行期に学校閉鎖をすることがある。これは学校保健安全法に基づく措置である。エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、ペスト、マールブルグ病及びラッサ熱発生にあたっては、緊急の場合都道府県知事が特定地域の交通を72時間を限度に遮断することができると法律で定めている。

武漢は人口1000万を超える大都市である。新型肺炎を理由に、1000万人の移動の自由を制限し、一定地域にとどめ置くことができる法律が中国にあったのだろうか。

驚騒は世界に広がっている。フィリピンは到着した中国人団体旅行者の入国を認めなかった。台湾は武漢からやってきたことを隠した旅行者に100万円の罰金を科した。加えて、アメリカが米国人救出のために武漢へチャーター機を飛ばすことを中国政府と交渉しているというニュースが流れた。日本政府をはじめ各国政府が自国民救出のために中国政府と交渉している。中国政府は自国民が団体旅行で海外へ出かけることを禁止した。

逃げ出せる機会のある人はまだしも、武漢に閉じ込められた中国国籍の人はどうなるのだろうか。救援のための人員と物資を大量に送りこまないと、武漢は非衛生な1000万都市となり、新型肺炎だけでなく、その他の感染症も広がる危険性がある。

春節の武漢がカミュの小説『ペスト』のオランのようになり、後に武漢市を舞台にしたカミュをしのぐ小説が書かれることになるのか。それよりも、武漢の肺炎と1000万都市封鎖が、習近平指導部の英断と評価されるのか、失態と批判されることになるのか、世界の中のチャイナ・ウォッチャーが武漢の新型コロナウイルスを見つめている。

(2020.1.26  花崎泰雄)

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犬好き

2019-11-02 16:01:35 | 国際

トランプ米大統領がISISの指導者アブ・バクル・バグダディ師の死にざまについて、「犬のように死んだ」と大統領の公式ステートメントの中で表現した件は、前回のPodiumで書いた。

イスラム教は豚と犬を不浄として嫌う。何年か前のことだが、マレーシアで「ホットドッグ」という名称は不浄なので、呼び名を変えるべきだという議論がもちあがったことがある。

イスラム教が犬を不浄な動物とみなしていることを知ったうえで、イスラム過激派のバクダディ師の自爆死を「犬のように」と言ったのは、大した罵りである。残る火にアブラを注ぐことにならねばよいのだが。

さてトランプ大統領、今度はそのあざけりの矛先を自国の政治家に向けた。民主党のベト・オルーク前下院議員が2020年の大統領選挙の指名争いから降りたことについて、「犬のように退いた」と揶揄した。

オルーク氏は地元のエルパソの大量殺戮銃撃事件について、トランプ大統領の反移民政策の影響だと非難したことがある。その怨念があって、トランプ氏はオルーク氏を「犬」と呼んで仕返しをしたのだろう。

敵対者に対する人格攻撃は政治の世界ではよくあることだが、これを隠微な手法ではなくて、あっけらかんとやってのけるところがトランプ氏の流儀である。品のない話だが、政治の暗黒面の一部を白日にさらす、虫干し効果もある。

ちなみに、ドナルド・トランプ氏は1946年生まれ、日本流にいえば昭和21年、戌年の生まれである。彼の「犬」「犬」発言とは何の関連もないことではあるが。

 

(2019.11.2 花崎泰雄)

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彼は犬のように死んだ

2019-10-28 23:38:17 | 国際

トランプ米大統領が10月27日、米軍特殊部隊の急襲をうけたあげく、ISIS(イスラム国)の指導者アブ・バクル・バグダディが自爆死したことを告げた。その模様を朝日新聞は次のように伝えた。

「(バグダディ容疑者)は、犬のように泣き叫びながら逃げた。どのように死んだか見て欲しい。彼は英雄ではなかった。臆病者のように死んだ」。トランプ大統領は27日朝、ホワイトハウスで米軍の旗を後ろに並べて胸を張った。

なるほど、ホワイトハウスのサイトの大統領ステートメントには、

“He (Abu Bakr al-Baghdadi) died after running into a dead-end tunnel, whimpering and crying and screaming.” “He died like a dog. He died like a coward.”

と、ある。

いっぽう、フェイク・ニュースだとして『ワシントン・ポスト』とともにホワイトハウスが購読を打ち切り、さらに、トランプ大統領が各政府機関にも打ち切りを呼びかけている『ニューヨーク・タイムズ』は次のような疑義を呈した。

「土曜日にシチュエーション・ルームで大統領といっしょに急襲の模様をみたエスパー国防長官は(アブ・バクルの)『泣きべそ』については知らないといい、他の政府関係者も大統領が見た映像は上空のドローンが撮影したもので、そのようなものを聞くことは不可能だったとした。ただ、地上の指揮官から詳細を聞いたのかもしれないとも語った」。

地上の指揮官が国防長官を飛び越えて直接大統領に詳細を報告するというのも考えにくいことである。アブ・バクルは臆病なならず者に過ぎず、彼に鉄槌をくだしたトランプこそ真の勇者であると支持層に宣伝するためのフェイク・メッセージの可能性が無きにしも非ずだ。

ふと、あることを思い出して、オサマ・ビン・ラデン殺害にあたってのオバマ大統領の2011年5月2日の大統領ステートメントを読み返してみた。

オサマ・ビン・ラデンは世界貿易センタービルの破壊を命じ、3000人近い人々の命を奪い、アメリカに建国以来と言っていいほどの屈辱を与えた。だが、オバマ大統領は大統領としてのメッセージの中で憎しみの対象としてのオサマ・ビン・ラデンの最後の模様については何も語らなかった。彼のテーマは深い悲しみの追憶、団結した市民、そして国民や友好国や同盟国を守る強い決意の表明だった。

オサマ・ビン・ラデンの死が語られたのは、大統領ステーメントに続く複数の政府高官の背景説明の場だった。ブリーフィングに続いて記者団との一問一答があり、記者からの「ビン・ラデンの死体はどうするのか」との質問に政府高官が次のように答えた。

「イスラムの習慣と伝統に従って進める。慎重に進めるべき作業だ。適切なマナーによって扱われることがらだ」

バラク・オバマとドナルド・トランプ、前・現二人のアメリカ大統領の性格の違いがよくあらわれている。トランプ大統領はアブ・バクル・バグダディの死様を実況放送さながらに、それも悪様に語ったが、オバマ大統領はオサマ・ビン・ラディンのそれを口にしなかった。アメリカ合衆国を代表する大統領としてのマナーについての認識の差でもある。

ところで、米軍によるオサマ・ビン・ラデン殺害の時は国際法上の疑義が論議の的になった。彼が交戦相手の戦闘員であれば戦闘中に殺すことができるが、大量殺戮の犯罪容疑者であれば問題が残る。そのような議論になったが、結論はあいまいなままだった。

今回の場合、アブ・バクル・バグダディについて日本の朝日新聞は「容疑者」とした。トランプ大統領は、ステートメントのなかでアブ・バクルをテロ組織ISISのリーダーであるとした。米大統領が軍の特殊部隊を差し向けて死に至らしめたアブ・バクル・バグダディ氏は、犯罪組織ISISのボスだったのか、それともイラクとシリアの領土内に新しい国家を造ろうとした内戦の指導者で米国の交戦相手だったのか。国際法上の定義ではどちらになるのだろうか?

(2019.10.28 花崎泰雄)

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