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Podium

news commentary

師走の黄昏

2023-12-02 22:25:07 | 国際

日本時間で12月1日、ガザで戦闘が再開した。人道的戦闘中止は1週間ほどで終わり、その先の延長交渉に失敗した。天井のない監獄のガザが、塀の中の瓦礫置き場と墓地になる日が近づいてくる。

ハマスがイスラエルにロケット弾を撃ち込み、戦闘員がイスラエルから人質をガザに連れて帰ったことが発端だった。イスラエルはガザ地区北部を空爆し、地上部隊を送り込んでハマスの戦闘司令部を探した。だが、地下トンネルは空っぽ。攻撃された病院では入院患者や嬰児、避難してきた住民らが死んだ。攻撃の理由だった病院地下の司令部については、その存在をイスラエル軍は世界に示すことができなかった。

ベトナム戦争を思い出す。米軍は戦略村、索敵殲滅、ボディー・カウント、カンボジア侵攻などなど珍奇な戦術を尽くしたが、結局のところ、中国と折り合いをつけて、ベトナムから敗退するしかなかった。ベトナム南部の農村で暮らす人びとを、南政府側の農民、南ベトナム民族解放戦争のシンパの農民、北ベトナムから潜りこんでいる兵士に分別するのは難しかった。手をやいた米軍は農民の集落を焼き、時に住民を殺し、ベトナムの森林に枯葉剤を撒いた。

米中国交やベトナム和平の協議で活躍(または暗躍)したヘンリー・キッシンジャー氏が11月29日死去した。享年100歳。米国がその軍事力を背景に、ベトナム、カンボジア、チリと世界の出来事に介入し、反ソ連の旗を掲げる米国の利益をめざして外交を繰り広げることができた時代だった。ジョゼフ・ナイ・ハーバード大学名誉教授はForeign Affairsのために書いた追悼文 “Judging Henry Kissinger: Did the Ends Justify Means?” に、ボストンで開かれたキッシンジャーを囲む会の会場で、聴衆の一人がキッシンジャーに向かって “war criminal” と叫ぶ声を聴いたと書いている。かつてキッシンジャー氏が大統領補佐官になるために、ハーバード大学を去ってワシントンDCに向かったとき、学生たちが「もう帰ってこないで」と書いたパネルを抱えて見送った、という記事を新聞で読んだ記憶がある。とはいえ、ナイ氏のキッシンジャー外交の評価は、キッシンジャー外交のモラルの逸脱と彼が成就した世界の平和をはかりにかけると、功績の方が多かったとした。ドイツ出身の国際政治学者キッシンジャー氏も、ハンス・モーゲンソー氏もナショナル・インタレストの追及が外交の目的であるとするリアリストだった。2人ともドナルド・トランプ氏風の “America First” の思考を、国際政治学のレトリックを用いて、ちょっと上品に説明した。

日本駐留の米軍のオスプレイが11月29日に屋久島沖に墜落した。新聞報道によると日本政府は米国にオスプレイの飛行中止を正式に要請したが、米国防総省は公式の中止要請は受けていないと発表した。墜落したオスプレイの捜索のために沖縄からオスプレイが飛来し、奄美空港に着陸、燃料を補給して現場近くの海に向かった。日米地位協定第5条によって、米軍の航空機や船は入港料や着陸料なしで日本の港や飛行場を利用できることになっている。

日本政府は日本の14の空港と24の港湾を自衛隊など(つまりは米軍も)が使いやすいようにするために設備を改良する計画をしている(11月27日朝日新聞朝刊)。有事の際の部隊展開などのための施設の強化が目的で、滑走路を延ばし、海底を浚渫して空港・港湾の民間と軍の共用を進めるという。中国と台湾の関係が緊張する中で、日本の安全保障の「南西シフト」にそって、九州から沖縄にかけての空港や港湾が共用化の候補にあがっている。朝日新聞によると、38施設のうち約7割の28施設(14空港、14港湾)が該当する。同紙は「ジュネーブ条約上、自衛隊と民間会社が共用する空港や港湾を敵国が攻撃しても、敵国は条約違反に問われない。民間人を『人の盾』にしたとして、日本側の戦争犯罪が問われる恐れがある」という専門家の見方を紹介している。自民党の安全保障信仰がもたらした錯覚だ。もし中国の台湾武力侵攻が始まったら、戦いが日本に波及するだろうという「台湾有事は日本有事」説があり、南西シフトによる空港・港湾の民軍共用は攻撃する側にとっては便利なエクスキューズになる。自民党は政権の座に長居しすぎて、議員の才覚の縮小再生産が進んでしまった。

加えて、自民党の派閥、特に安倍派が政治パーティー券の売りあげで裏金を作り出しているとの新聞報道があった。暮れのボーナス時の話題になっている。パーティー券販売ノルマを超えた分の金額のキックバック、あるいはノルマを超えた分を売り上げた議員があらかじめ天引きし、ノルマ分だけを派閥におさめるなどの裏金作りの手口が報道されている。東京地検特捜部が調査を始めているそうだ。闘争心が希薄になってきている野党だが、ここは奮起の時である。

(2023.12.2 花崎泰雄)

 

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独裁者

2023-11-18 23:10:50 | 国際

サンフランシスコで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議を機に、バイデン米大統領と習近平中国国家主席が会談、続いて岸田文雄日本国首相と習近平主席が会談した。米中2国間の神経戦が一息つき、日中間の反目もこれ以上の拡大を抑えるという雰囲気がうかがえた。

ところが、バイデン大統領は習主席との会談後に記者会見し、記者から習主席を独裁者とよぶかと尋ねられて、「我々と全く異なる政府形態に基づく共産主義国を統治するという意味では、独裁者だ」と答えた(11月18日付朝日新聞朝刊)。ロイター通信によると、バイデン大統領は英語でこう言った。"He's a dictator in the sense that he's a guy who runs a country that is a communist country that's based on a form of government totally different than ours."

中国共産党の中央政治局常務委員会は7人で構成され、事実上、中国の政治を取り仕切っている。その常務委員会を動かしているのが習近平総書記だ。

バイデン米大統領は過去にも習近平氏を独裁者と評したことがある。TVで放映されるバイデン大統領の姿を見ると、さすがに老いは隠せず、歩行にもどこか不安定な印象を受ける。とはいえ、習近平氏を米国とは政府の形態が異なる共産主義国家を統治しているから独裁者である、という物言いにはデリカシーに欠けるところがある。米国と中国では政府の形が異なっているという程度にして(たとえば、He's  a guy who runs a country that's based on a form of government totally different than ours.)、記者の質問をかわすしなやかな身のこなしがあってよかった。とはいうもの、アメリカを始め、昨今の日本でも、習近平主席を中国の独裁者とみなす人が増えてきている。

バイデン氏は11月20日で81歳になる。アメリカの中国史の大家だった故J.K.フェアバンク教授が80歳を超えてから書き上げた『中国の歴史』(大谷敏夫他訳、ミネルヴァ書房)で、教授は次のように書き残している。

中国共産党の背後には世界の最も長く成功した独裁政治の伝統が存在している。中国は代議民主主義政治抜きで経済の近代化を成し遂げようと努力している。フェアバンク教授は1992年に出版された『中国の歴史』の序論でそのように書いた。それから30年後の2023年の現在、中国は同じ政治体制を維持し、その下で富と軍事力を蓄積した。世界政治の主導権をめぐって米国を激しく追い上げている。

そして同書巻末の「結び」でフェアバンク教授はため息まじりに次のように言う。米国は人権が何よりも必要だと中国にアドバイスすることはできるが、「しかし、我々が自分たちのメディアの暴力や麻薬や銃の産業を適切に抑制することを通じて手本を示すことができるまでは、中国に我々と同じようになりなさいと勧めることなどできるものではない」。米国の対中国説得力は1990年代から変わっていない。

多くの米国市民がこのフェアバンク教授の指摘に気づいている。だからといってバイデン大統領がフェアバンク教授風のコメントを口にすれば、支持者が離れてゆく恐れがある。「習近平は独裁者だ」という代わりに「我々と全く異なる政府形態に基づく共産主義国を統治するという意味では、独裁者だ」と持って回った言い方をしたのだ。

(2023.11.18 花崎泰雄)

 

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ガザの埋葬

2023-10-29 21:59:31 | 国際

10月29日の新聞に、国連が27日に総会を開き、イスラエルとハマスの軍事衝突について「人道的休戦」を求める決議案を採択した、という記事が載っていた。ただし、総会決議には拘束力がない。イスラエルとハマスは戦闘を継続している。

イスラエルの空爆でガザの建物は破壊され、死者が増えている。あちこちのメディアがガザ地区の死者は1万人に迫ろうとしている、と伝えている。断片的に紹介される瓦礫だらけになったガザの様子を見ると、やがてイスラエル軍が地上進攻を始めれば、そこは死者を万単位で数える修羅場になるだろう。「集団墓地、身元不明の遺体、満杯の墓場――戦争がガザの人びとから葬礼を奪った」というAP通信の記者のレポートをインターネットで読んだ。

https://apnews.com/article/palestinians-israel-graves-gaza-morgue-dead-9b0349ae914e33492c049430e6649c53https://apnews.com/article/palestinians-israel-graves-gaza-morgue-dead-9b0349ae914e33492c049430e6649c53

書いたのはIsabel Debre と Wafaa Shurfaの2人。Shurfaはガザ地区内から、Debreはエルサレムからの報告である。

記事のあらましは次のようだ。10月7日の戦闘開始以降、ガザ保健当局によると7700人以上のパレスチナ人が空爆で死んだ。うち300人が身元不明だ。1700人が瓦礫の下に埋まったままだ。来る日もくる日も、毎日何百人もが死んでいる、とパレスチナ難民担当の国連職員が言う。墓地に埋葬のための空間がなくなったため、古い墓を掘り起こして過去の遺骨を出して、そのあと墓穴をさらに深く掘り下げて埋葬のためのスペースを作っている。ガザの行政当局も、集団墓地を掘っている。空爆で死者が続出して、病院の霊安室が死体で一杯になる。病院は次の姿態の安置のために、前の死体を身元確認ができないまま、埋葬に回す。ガザの人たちは万一の時の身元確認のために、ブレスレットをつけたり、手に名前を書いたりしている。「何かをしようとしても、ここには時間も空間もない。できるのは大きな墓穴を掘り遺体をうめることだけだ……埋葬前に遺体を洗い、着替えをさせる事も出来ないし、弔問客にしきたり通りのコーヒーやデーツをふるまうこともできない。イスラムでは葬儀に3日かけるが、ここではそれも守れない。弔いが終わる前に人々は死んでしまうからだ」と難民キャンプの人が言う。

         *

かつてプラハを訪ねた時、旧ユダヤ人地区の旧ユダヤ人墓地を見学したことがある。プラハの市街地の狭い一画にある歴史遺跡で15世紀から400年ほどユダヤ人の墓地だった。狭い墓地だったので、古い遺体の上に新しい遺体を埋め、その上にもっと新しい遺体を埋葬した。墓は10層以上に重なっている。それに似た埋葬がいま、狭いガザの中で行われている。

(2023.10.29 花崎泰雄)

 

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アウトポスト

2023-10-21 21:41:19 | 国際

バイデン米大統領は先日イスラエルを訪問したさい、イスラエルのリーダーたちに向かって言った。「あなた方は孤立してはいない。アメリカがある限り、あなたたちを孤立させることはない」

ワシントンD.C.に戻るとバイデン大統領は議会に対して、イスラエルとウクライナに対する軍事支援のために合わせて1000億ドル以上の予算を請求すると表明した。

国連安全保障理事会では、議長国であるブラジルが提出したイスラエルとハマスの武力衝突を人道的な観点から一時停止することを求める決議案の採決にあたって、常任理事国である米国が拒否権を行使した。

ジョセフ・ナイは『国家にモラルはあるか?』(早川書房)で、「諸国家にとって、生存する最善の道は、可能な限り強力になることだ。そのために無慈悲な政策の追求が必要になったとしても、生存が国家の最高の目的であれば、ほかによりよい方法はないのだ」というジョン・ミアシャイマーの言葉を引用し、リアリストが描く思考の世界地図は実に荒涼としていると嘆いている。ナイは同書の中で、ウィンストン・チャーチルが1940年にフランス海軍の艦隊がヒトラーの手に落ちるのを防ぐため、フランス艦隊を攻撃し、1300人のフランス兵を死なせた故事を例に挙げている。

また、Walter LaqueurのA History Of Zionismには、1940年11月にハイファ港に入ってきたユダヤ人移民を乗せた船・パトリア号が、シオニズムの武装組織ハガナによって爆破され、250人以上が殺されたという記述が載っている。パトリア号でパレスチナにたどり着いた移民は、イギリス当局によって不法移民と判断され上陸が許可されず、パトリア号は移民を乗せたままモーリシャスに向かうよう指示された。ハガナは船が航行できないようにするためパトリア号に爆弾を仕掛けたが、爆薬の量を間違えて、船を大破させてしまった。

以上の例を、戦争につきもののfriendly fire (友軍の誤射)ととらえるのか、国家生存のための無慈悲な政策追求と考えるのか、深刻な議論を重ねても結論に達するのは難しいだろう。

では、米国がイスラエルに寄り添うのは何故か? 米国の世論形成にユダヤ系人口の影響が強いからか? ユダヤ系人口からの政治資金が多いからか? 米国の大統領選挙では、福音派の票の動向が重要であり、福音派はなぜかイスラエルに親近感を抱いているせいなのか?

米国のホワイトハウスのホームページを開くと、10月18日にバイデン大統領がイスラエルで行ったスピーチのテキストが載っている。その中で、バイデン大統領はこう言っている。「仮にイスラエルという国がないとすれば、我々はそれを創らねばならない」(Remarks by President Biden at Community Engagement to Meet with Israelis Impacted or Involved in the Response to the October 7th Terrorists Attacks | Tel  Aviv Israel)。

バイデン氏の言葉を政治的リアリズムの見地から考えると次のような説明になる。アラブ世界にイランが影響力を強めようとしている。ロシアもソ連時代に中東に影響力を広げようとした。ロシアはシリアに強い影響力を持っている。アラブ世界はなお流動的だ。そうしたアラブ世界の中にぽつんと置かれたユダヤ国家イスラエルは、米国の世界戦略にとって重要なアウトポスト(前哨基地)である。イスラエルの情報組織モサドはCIAにこの地域の情報を流してくれる。また、イスラエルの重武装は、イランをはじめとするムスリム国家・勢力に対する警告・脅しとして役立ち、地域の安定に寄与する。それによってこの地域での米軍の負担が軽減できる。米国の指導層はそう考えている。

(2023.10.21 花崎泰雄)

 

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国家とテロリズム

2023-10-14 23:44:03 | 国際

パレスチナ自治区のガザ地区を支配するハマスがイスラエルに対してロケット弾攻撃を開始、ハマスの戦闘員がイスラエルの町を襲撃した。ハマスの戦闘員たちはイスラエルから人質をガザに連れて行った。これに対してイスラエル軍はガザ地区を空爆した。イスラエル兵をガザに送り込み、地上戦でハマスの戦闘員を粉砕する準備を進めている。10月7日から始まったハマスとイスラエル軍の戦闘がハマスとイスラエルの戦争に拡大している。

米国、EU、イギリス、カナダ 、 オーストラリア、日本、 イスラエル はハマスをテロ組織に指定している。米国防長官は空母打撃郡をイスラエル沖に向かわせた。同時に、バイデン大統領がブリンケン国務長官をイスラエルに派遣した。ワシントン・ポスト紙やCNNによると、ブリンケン氏はテル・アビブで、「アメリカ合衆国国務長官としてだけでなく、一人のユダヤ人としてここに来た」「アメリカは常にあなたがたの側だ」と発言した。

古い話だが1963年にジョン・F・ケネディ大統領が西ベルリンで “Ich bin ein Berliner”とドイツ語で西ベルリン市民に寄り添う演説をした。Ich bin ein Berlinerは、英語のI am a Berlinerのドイツ語訳だが、ドイツ人にとってBerlinerはジャム入りドーナツも意味し、ドイツ人が私はベルリンっ子という場合はIch bin  Berlinerと不定冠詞抜きで語る。ケネディ氏は、私は1個のジャム入りドーナツだ、と言ったのだと茶々を入れる報道もあった。いやいや、西ベルリンのドイツ人がein Berlinerというと文法的に不自然だが、アメリカ市民が西ベルリンの市民の列に加わるという意思表示をする場合はIch bin ein Berlinerでいいのだ、という学者の意見も出て、メディアを賑わした。ブリンケン氏の「一人のユダヤ人として……」という発言で思い出した話である。

ところで、イギリスのBBCが報道の中立・公正の立場から、ハマスに「テロリスト」の“冠詞”をつけないと表明した。ハマスをテロ組織と呼ぶスナク政権とBBCの間に緊張が走っている。

これもまた、少し古いことになるが『帝国との対決――イクバール・アフマド発言集』(太田出版、2003年)に興味深い話が書かれているのを思い出した。イクバール・アフマドは「テロリズム――彼らの、そして、わたしたちの」で次のようなことを書いている。

1930年代から1940年代初期まで、パレスチナのユダヤ人地下組織は「テロリスト」と記述されていた。1944年ごろまでにはホロコーストに対する同情が西欧圏に広がり、テロリストのシオニストが「自由の戦士」と呼ばれるようになった。ノーベル平和賞を受賞したメナヒム・ベギン氏(イスラエル首相)はかつてそのクビに10万イギリス・ポンドの報奨金がかけられたテロリストだった。レーガン米大統領はソ連軍と戦うアフガニスタンのムジャヒディンをホワイトハウスに招いた。ソ連と戦っていたころのオサマ・ビン・ラディンも米国の友人だった。

テロ行為に対する道徳的嫌悪感は相手次第で変わる。公的な非難の対象になっている集団のテロ行為は糾弾され、政府が是認する集団のテロ行為は称賛するよう、私たちは求められる。これがイクバール・アフマドのメッセージの一つである。昔々、マックス・ウェーバーが『職業としての政治』で「心情倫理」「責任倫理」の対立を指摘した。ハンス・モーゲンソーは『国際政治――権力と平和』で、個人であれば、正義を行わしめよ、たとえ世界が滅ぶとも、といえるが、国家にはそのように主張するいかなる権利もない、とウェーバーの議論を敷衍した。

このような考え方が現在の国際政治の動向を決めている。マックス・ウェーバーの言った心情倫理と責任倫理の考え方の亀裂は埋められないままだ。国際政治は18世紀から19世紀にかけてのプロイセンの将軍クラウゼビッツの「戦争は他の手段による政治の延長」という考え方に毒されている。ハンナ・アレントは『暴力について』でクラウゼビッツ流の考え方を時代遅れと指摘し、サハロフの「熱核戦争を他の手段による政治の延長と考えるのは不可能だ」という言葉と対比させている。

国家としてのイスラエルは世界情勢の混乱の中で誕生した。英仏露は第1次大戦中にサイクス・ピコ協定でオスマン・トルコの領土の分割を決めた。イギリスはマクマホン協定でアラブの独立を約束し、一方で、バルフォア宣言でユダヤ人のパレスチナ復帰と建国を認めた。1930年代のナチス政権は一時期ユダヤ系人口のドイツ国外移住を進めた。シオニストのリーダーの中には、パレスチナにユダヤ人を移住させるための職業訓練キャンプをナチスと共同でドイツ国内にi設立した者もいた。この準備を進めたナチス側の担当者がアイヒマンだった。

英語の「テロリズム」の語源はフランス語で、18世紀のフランス革命期のジャコバン党がロベスピエールの独裁の下で行った恐怖政治から派生している。

 

(2023.10.14 花崎泰雄)

 

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!?デジタル・コネクティビリティ?!

2023-09-09 22:57:51 | 国際

岸田文雄・日本国首相がインドネシアのジャカルタで開かれたASEAN関連の東アジア首脳会議に出席し、李強・中国首相と立ち話をした。白眼視し合っている2国の首脳が15分間ほどの立ち話で何を語り合ったのか。日本の新聞やテレビの報道では詳しいことはわからない。中国からのレポートでも詳細は分からない。報道に値するような両国間首脳の意思疎通がはじまりかけたのかどうか、いまのところ何とも推測しようがない。とはいえ、2人がそっぽを向いてすれ違ったわけではなく、立ち話しすることに同意し合ったわけだから、それなりにめでたいことかもしれない。

東京は天候不順だったので家にこもっていた。退屈しのぎに、福田首相がASEANインド太平洋フォーラムで行った selamat pagi で始まり terima kasihで終わる短いスピーチを、首相官邸のインターネット配信映像で見た。岸田首相はこのスピーチで「コネクティビリティ」という聞きなれないカタカナ語をつかっていた。(https://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg27259.html

なんだろう、これ。疑問に思って首相官邸や外務省のホームページを見ると、 “Japan-ASEAN Comprehensive Connectivity Initiative”  (日本―ASEAN包括的連結性イニシアティブ) がこの日の岸田スピーチのテーマだった。首相のために用意されたテキストでは「日本―ASEAN包括的連結性イニシアティブ」と書かれていた。ただ、一か所だけ「デジタル・コネクティビティ」という言葉が使われていた。岸田首相はスピーチでこの「コネクティビティ」を「コネクティビリティ」と読んでしまったようだ。(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100548764.pdf)

凡ミスのようでもあり、スピーチの中心テーマの理解に手抜かりがあった深刻なミスでもある。「デジタル技術の連結性」とテキストに書き、きちんとした用語は専門家の通訳に任せればよかった。スピーチのテキストを書いた側近の失策でもある。

ふと思い出したのが米国大統領だったブッシュ(子)氏の国連演説草稿。(https://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-28062720070926

                                    *

ちなみに、日本がASEANと連結性をもたせる分野は①交通インフラ②デジタル・コネクティビティ③海洋協力④サプライチェーンの強靱化⑤電力の連結性⑥人・知の連結性であると岸田氏は力説した。

(2023.9.9 花崎泰雄)

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水掛け論のその先は

2023-09-02 21:48:24 | 国際

野村農林水産大臣が東京電力福島第一原発の処理水を「汚染水」と言ってしまった。8月31日の事である。9月1日付朝日新聞朝刊によると、岸田首相が野村農水相の発言について謝罪し、農水相に発言の撤回を指示した。野村氏は「言い間違った」と陳謝した。

国連は8月24日のUnited Nations News で、 “Japan has begun discharging treated radioactive wastewater from the disabled Fukushima Daiichi Nuclear Power Station into the Pacific Ocean, 12 years on from the major meltdown there, the International Atomic Energy Agency (IAEA) confirmed on Thursday. “ と表記している。「処理済み放射能廃水」を短くして日本政府は「処理水」と表現を統一した。中国政府や日本共産党のように「汚染水」と呼ぶ勢力もある。

日本政府と東京電力は「処理水」を次のように定義している。「トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水」。処理水にはトリチウムが残っている。日本政府(復興庁)のサイトには、浄化処理を重ねてもトリチウムを除去できないが、海水で希釈することで「トリチウムも含めて規制基準を満たすようになります。この処置によってトリチウム以外の放射性物質もさらに希釈されることとなるため、より安全性を確保することが可能です」とある。ということは、ALPSを使ってもトリチウム以外にも除去できない放射性物質が微量ながら残っているわけだ。そこで中国は、普通の原子力発電所が放出する冷却用の水と、原子炉内で燃料デブリに触れた福島の水は性格の違う水であるとして、日本政府の言う「処理水」を「汚染水」とよぶ。日本共産党の志位委員長は①アルプスで処理した水にトリチウム以外にセシウム、ストロンチウムなどの放射性物質が基準値以下とはいえ含まれていることを政府も認めている②漁業者など関係者の理解なしにはいかなる処分も行わないとする約束に違反する、などの理由をあげて「汚染水の海洋放出を中止せよ」と表明していた。

処理済み放射能廃水の安全性の議論や海洋放出の安心・不安の議論の手間をさけて、中国が日本産水産物の全面輸入禁止に踏み切ったのは日本に対して外交的な圧力をかけたかったからだ。

中国が日本や米国と国交を樹立した1970年代、中国はまだ貧しい国だった。中国が米国や日本に接近したのは隣国のソ連に脅威を感じていたからだ。同時に中国は、米国の影響力が東アジアから後退することも当時から望んでいた。経済力をつけた日本がアメリカの核の傘から出て、核兵器を持つのではないかと心配もしていた。経済力をつけた日本が再び1930年代のような侵略的な軍事国家になるのではないかという不安を抱いていた。そうした不安を感じながらも中国は資本主義国と結び、資本と技術を呼び込み、価格の安い製品を輸出して稼いだ。この時代の中国の政策は日本の明治政府の富国強兵策に似ている。中国は粒粒辛苦のすえ世界に通用する経済力と、米国に太刀打ちできる軍事力を獲得した。「能力を隠し時を待つ」中国指導部の政策が功を奏し、いまでは中国共産党と人民解放軍の幹部が、世界に対して中国対して敬意を払うように求めるようになった。大国になるというのはそういうことであり、それによって中国人民の共産党の政権維持が強まり、結果として党首である総書記の在任期間が自在に延長できるようになった。

一方で日本は2010年代の安倍政権時代に保守的なナショナリズム路線を突っ走った。毛里和子『現代中国外交』(岩波書店、2018年)は、安倍晋三『新しい国へ――美しい国へ 完全版』(文春新書、2013)で安倍氏が述べた「外交交渉の余地などありません――尖閣海域で求められているのは、交渉ではなく、誤解を恐れずに言えば物理的な力です」という言葉を引用し、安倍にとっては「積極的平和主義」とは力を行使する安全保障であり、武力放棄は消極的平和主義にすぎない、と評している。現在の岸田政権も安倍氏の言った「力を行使する安全保障」の路線を進んでおり、防衛予算の積みましに余念がない。

富国強兵が進んだ中国は日本に対して強腰の態度をとるようになった。いまや、エコノミスト誌の特派員だったビル・エモットが『日はまた沈む』に書いた夕陽国家になった日本が中国相手に必死で突っ張っている。

福島の原発汚染水は地下水の処理が難しいので日ごとに増え続ける。汚染水を処理して海に流す作業はこれから30年も続く。中国の日本産水産物輸入禁止は短期間で収拾できないだろう。むしろ、突っ張り合った両国がさらに関係を悪化させる可能性がある。

(2023.9.2 花崎泰雄)

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ヘゲモニー

2023-08-05 14:21:20 | 国際

ロシアのドミトリー・メドヴェージェフ前大統領が、ウクライナに対して戦術核を使うことを躊躇しないと強硬な発言をしたり、プーチン大統領が戦術核のベラルーシ配備をしたり、ロシアはウクライナとそれを支援するNATOに対して、瀬戸際政策じみた脅しを続けている。ロマノフ王朝時代の領土拡大や、アメリカと対峙したソ連邦の記憶に促されて覇権国家を目指しているロシアが、ウクライナに対して核使用に踏み切るのだろうか。

米国も朝鮮戦争、キューバ危機、ベトナム戦争で核兵器の使用を戦略のオプションに入れていた。オプションに入っていただけで、ホワイトハウスがその使用を深刻に検討した記録はない。また、核兵器の使用検討を対外的に公にしたこともなかった。日米戦争の末期、米国はそのそぶりも見せず、広島と長崎に突然、核爆弾を落とした。

いつ落ちてくるのかわからないのがダモクレスの剣の怖いところだ。現在はほご同然になってしまったブダペスト覚書では、ウクライナに対して核兵器による脅しはしない約束になっていた。ブダペスト覚書にはエリツィン露大統領、クリントン米大統領、メージャー英首相がサインした。ロシアがクリミアに侵入する3年前の2011年にプーチン大統領がクリントン氏に、ロシアはブダペスト覚書に拘束されないと語った(The Gurdian, 2023年5月5日)。

ウクライナがロシアに侵略されたのは核を手放したからだ、という説は北朝鮮に対して説得力のある歴史の教訓である。先ごろピョンヤンで行われた休戦70年の軍事パレードでは、キム・ジョンウン総書記、ショイグ・ロシア国防相、李鴻忠・中国共産党政治局委員が壇上に並んだ。腹の一物を隠しながら、笑顔をつくるのは外交の常とう手段である。力を持つ側の外交的笑顔はおためごかしである。弱い方の笑いは追従笑いである。

キム総書記、ショイグ国防相、李政治局員はロ朝中の団結を米国に対して示そうとした。朝鮮戦争の休戦協定は国連軍(実質アメリカ軍)と北朝鮮軍の間で締結された。北朝鮮は米国と平和条約を結びキム一族が支配する北朝鮮の安全な存続確かなものにするために核兵器の開発を進め、米国を交渉の場に呼び出そうとした。トランプ元大統領とキム・ジョンウン総書記がシンガポールで面談したが、話はまとまらなかった。

北朝鮮はいまロシア・中国と結んで、米国の覇権(ヘゲモニー)から身を守ろうとしている。「パックス・ロマーナ」「パックス・ブリタニカ」「パックス・アメリカーナ」などという言葉は歴史の教科書で知った。「パックス・ジャポニカ」構想もあった。日本は、満州・中国、インド、ビルマ、タイ、オーストラリアを含む地域を支配する覇権国家になろうとする大東亜共栄圏を打ち出した。日本のアジア侵略に異を唱えたのがアメリカだった。日本は兵員総数や軍艦総数では米国と大差なかったが、軍用機の総数では米国は日本の2倍以上、米国の国民総生産は日本の12倍、国内石油産出量は日本の28万キロリットルに対して米国は22295万キロリットルと圧倒的だった(山田朗『軍備拡張の近代史』吉川弘文館)。アメリカと戦争を始めても勝てるわけがないと多くのに日本人は思ったようだが、「アメリカの要求に屈服するにせよ対米戦争を挑むにせよ、どのみち日本は亡国を免れないのであれば、敢然と戦うほかない」(麻田貞雄「日本海軍と対米政策および戦略」細谷千博他編『日米関係史 Ⅱ』東京大学出版会)という非論理的な戦略判断をもとに当時の軍国日本は米国と戦争を始めた。

また、パックス・ロマーナほど知られてはいないが、東アジアには中国が率いる「パックス・シニカ」の時代があった。

その中国は清王朝の末期の諸外国の干渉や、その後の国民党軍と共産党軍の内戦が終わって、毛沢東の晩年になったころ、米国と日本と国交を結んだ。

1972年の米中上海コミュニケでは「いずれの側も、アジア・太平洋地域における覇権を求めるべきでなく、他のいかなる国家あるいは国家集団によるこのような覇権樹立への試みにも反対する」と言明した。同じ年の日中共同声明でも「両国のいずれも、アジア・太平洋地域において覇権を求めるべきではなく、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国あるいは国の集団による試みにも反対する」と表明した。

そのころ、中ソの対立はいちだんと険しくなり、中国はソ連の軍事力に脅威を感じていた。中ソ国境は7000キロ以上もあり、ソ連も中国を安全保障上の問題としてとらえていた。この頃のソ連の防衛費の2割が中国の脅威にむけて支出されていた(Bruce Russett, The Prisoners of Insecurity, NY, W.H.Freeman)。中ソが武力衝突した珍宝島(ダマンスキー島)事件は1969年の出来事だった。

したがって、「このような覇権を確立しようとする他のいかなる国あるいは国の集団による試みにも反対する」という文言はソ連に向けられていた。

中国は1960年代に原爆実験と水爆実験に成功して核保有国になったが、日本ではまだ中国の核兵器に脅威を感じる一般人は少なかった。ソ連と対立していた中国もソ連の核に不安を感じていたのだろう。1972年ころ、総合的な核戦力では米国がソ連を上回っていた。

その中国が今や、軍備を増強し、一帯一路構想を唱えて世界に進出し、かつての東アジアにおけるパックス・シニカを世界に向けて拡張し、戦狼外交を唱えて、アメリカを追い越してヘゲモニー国家になろうとしているように見える。因果はめぐる火の車ということか。

(2023.8.5 花崎泰雄)

 

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力、現状変更、そして維持

2023-07-29 20:50:41 | 国際

2023年版『防衛白書』には、こんなことが書き込まれている。

  • ロシアがウクライナを侵略した軍事的な背景には、ウクライナがロシアによる侵略を抑止するための 十分な能力をもっていなかったことがある。
  • 高い軍事力を持つ国が、あるとき侵略という意思を持ったことにも注目すべきだ。
  • 脅威は能力と意思の組み合わせで顕在化する。意思を外部から正確に把握するのは困難である。国家の意思決定過程が不透明であれば、 脅威が顕在化する素地が常に存在する。
  • このような国から自国を守るためには、力による一方的な現状変更は困難であると認識させる抑止力が必要である。相手の能力に着目した防衛力を構築する必要がある。
  • 日本国の今後の安全保障・防衛政策のあり方が地域と国際社会の平和と安定に直結する。

以上は『防衛白書』をつくった側の論理の一部である。くわえて、軍備増強のために特別に予算の割り当てを増やしましょうと告げられた防衛省首脳が、いやいや、低賃金にあえぐ労働者や、学校給食が生存の頼りになってしまった学童たちを救うために、そのお金を回して下さい、ということは、まず、ないだろう。

ウクライナがロシアからの軍事侵略を抑止できるだけの軍事力を持てば、その軍事力自体がロシアにとって脅威となる。これが安全保障のディレンマである。隣国を刺激しない、ほどほどの抑止力とはどの程度の軍備をいうのだろうか。ソ連終焉にともないウクライナは領内にあった核兵器を放棄した。その代わりに米・英・ロシアがウクライナの安全を保障するブダペスト覚書を作成した。ウクライナの安全を保障した国の一つであるロシアがウクライナに侵攻した。軍事大国はどんな理由で侵略に走るのか。かつての日本帝国はなぜ真珠湾に奇襲をかけ、アメリカと戦争を始めたのか。一言で言えば、あの当時の日本の権力層の「雪隠の火事」、つまりヤケクソな気分だった。

自民・公明による日本の安全保障政策は、将来の核廃絶を視程に入れつつ、当面は米国の核の傘の下にとどまるという奇妙な論理に拠っている。岸田政権が唱えている防衛力増強は、日本国を米国の属国のような存在にしている米国の核の傘から出るための軍事力強化ではなく、核の傘の中で米軍を支援し擁護するのが目的である。「全ての者にとっての安全が損なわれない形での核兵器のない世界という究極の目標に向けて、軍縮・不拡散の取組を強化する」(広島G7コミュニケ)という言い回しは空念仏である。

 

国家としての意思を外部から知りがたい国は中国・ソ連・北朝鮮である。この3か国に侵略を思いとどまらせだけの抑止力はどの程度の軍費によって保障されるのだろうか。これらの国が、日本や在日米軍基地に対して核攻撃を始めれば、収拾のつかない国際的な騒乱になる。米国が核による報復を開始すれば、北半球は壊滅状態になる。米国が核で報復しなかったら、米国の核の傘は破れ傘となって、米国主導の安全保障体系はひび割れる。

このようなSF小説もどきの白昼夢はさておき、力による一方的な現状変更に反対するのは、中国の競争相手である米国の論である。韓国―日本―台湾―フィリピンをむすんで中国を囲い込むラインは、第2次世界大戦の結果として生じた。第1次世界大戦の結果、エーゲ海のトルコ沿岸の島々がギリシア領になったように、第2次大戦の結果、太平洋は米国の池になった。それを中国が東に向かって力で押し戻そうとするのを米国は好まない。中国の論理から言えば、力による一方的な現状維持は、これまた不愉快きわまりないのである。

じゃあ。どうする? 浅学非才の筆者には手に余る問題である。頼みの綱は国会議員の諸氏である。度重なる外遊で国際感覚を身に着け、外国の諸賢人と深く付き合って知識を深めているはずの議員各位にお願いする。選挙区であいさつ回りする時間を割いて、北海道でもいい、軽井沢・蓼科でもいい、どこか涼しいところできちんとした本を読み、諸賢人同士で安全保障を論じてもらいたい。議員報酬は税金から出ているのだ。

(2023.7.29 花崎泰雄)

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ゼレンスキー

2023-05-21 00:51:51 | 国際

5月20日、G7広島サミットに、ウクライナのゼレンスキー大統領が姿を現した。ビデオ・メッセージではなく、ご本人が広島まで旅をして、生身の参加である。参加国・招待国・関係機関が賑やかに議論をしているはずの首脳会議としてはどちらかというと沈滞気味だったプログラムの進行がこれでにわかに活気づいた。

G7のメンバーは北米のアメリカ合衆国とカナダ、欧州のフランス、ドイツ、イタリア、イギリスと極東の日本である――別の言い方をすると、NATO構成国と極東の日本の7か国である。ウクライナ問題を語り合うには国連安保保障理事会よりもこの方が便利だ。ロシア・中国という2つの常任理事国が、国連安保理を機能不全にしている。国連では早急な解決方法が見いだせないだろうから、ロシアと中国がいないG7で、開始から1年がたつロシアによるウクライナ侵攻問題の解決の道筋を相談しようとした。

ウクライナ侵攻に関連するエネルギー価格高騰や農産物危機をめぐる経済安全保障、開催地を広島にした理由でもある核兵器廃絶問題、この2つも今回のG7の主要テーマだった。その割には新聞・テレビが伝えるG7ニュースにはニュースらしいものが少なかった。首脳が原爆資料館を訪れたとき、彼らが何を見て、どんな感想を漏らしたか伝えられなかった。アメリカ・イギリス・フランスといった核兵器保有国の首脳は核兵器をめぐる倫理・人道問題を語りたくない。核問題というテーマは開催地・広島へのオマージュに過ぎない。

日本のメディアを見たり読んだりしている人の記憶に残っているのは、厳島神社の鳥居を背景にした首脳たちの記念撮影や、神社を見て歩く姿だけであった。

ゼレンスキー大統領はフランス政府機で広島空港に到着した。軍事侵攻を続けるロシアに対し、反転攻勢への意欲を示すウクライナ。ゼレンスキー大統領はヨーロッパ4ヵ国を訪れたばかりだった。13日には、イタリアでメローニ首相と会談した。14日にはドイツを訪れてショルツ首相会談。その日のうちにフランスでマクロン大統領と会談。15日はイギリスでスナク首相と会談。この時にフランスが政府専用機をゼレンスキー氏の広島行きに提供することで話がまとまった。そのあと、ゼレンスキー大統領夫人のオレナ・ゼレンスカ氏が大統領特使として訪韓。ユン大統領と会った。

反転攻勢が近づいた今、大統領夫妻が各国の支援や、G7の主要国からの武器援助の督促を強めている。米国はNATOのF16の供与で譲歩し、ヨーロッパの国がF16をウクライナに提供することを認め、イロットの訓練の提供を明言した。

NATOは日本に連絡所を開設の予定で日本政府と協議を進めている。米国とその仲間は、北大西洋側ではNATOを使い、西太平洋側ではQUAD・日米安保・日韓協力・核の傘提供国である米国の軍事力を使ってロシア・中国をはさみうちにする新・封じ込め作戦を本格的に展開するようである。

日本の岸田首相は宮島の「必勝しゃもじ」を担いで甲子園ではなく、ウクライナを訪れてゼレンスキー大統領にしゃもじを贈り、G7への参加を促した。宮島しゃもじは冗談ではなく支援の約束ではなかったのかいと、ゼレンスキー氏に迫られたとき、岸田氏は防衛装備移転三原則の縛りのひもを緩めなければならなくなる。

(2023.5.21 花崎泰雄)

                            

 

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反日左派と嫌韓右派

2023-05-12 23:50:08 | 国際

3月のユン・韓国大統領の訪日と、5月の岸田・日本国首相の訪韓で、「徴用工」をめぐる日韓両政府の対立が一時的に棚上げされる方向へ進んだ。今回のあつれきの発端は、韓国大法院が2018年10月30日に「徴用工」に対して損害賠償をするよう新日鉄住金に命じる判決を出したことだった。元徴用工の補償問題は1965年の日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決済み」との立場を取る日本政府は韓国に対して反発した。

日本政府の言う「完全かつ最終的に解決済み」とは、「日韓請求権協定によって両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決した。その意味は、日韓両国が国家として持っている外交保護権を相互に放棄したということであって、個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできないという意味である」(1991年8月27日、参院予算委員会での柳井俊二・外務省条約局長答弁の要旨)

日韓両国は外交保護権を放棄したが、個人の請求権は消滅させていない。それでいて、日韓賠償問題は完全かつ最終的に解決済み、という論理は理解に苦しむ。そこで日本政府は「韓国との間の個人の請求権の問題については……日韓請求権協定の規定がそれぞれの締約国内で適用されることにより、一方の締約国の国民の請求権に基づく請求に応ずべき他方の締約国及びその国民の法律上の義務が消滅し、その結果救済が拒否されることから、法的に解決済みとなっている」(2018年11月20日付政府答弁書、衆議院)と説明した。

一方、韓国大法院判決の論理は①原告(徴用工)の被告(新日鉄住金)に対する損害賠償請求権は、請求権協定の適用対象に含まれない②その理由は、 原告が請求しているのは未払賃金や補償金ではなく、「強制動員慰謝料請求権」に基づく慰謝料である③. 請求権協定の交渉過程において、日本政府は植民地支配の不法性を認めないまま強制動員被害の法的賠償を根本的に否定してきた、というものであった

このような見解の違いによる議論のすれ違いは、国際関係ではよくあることだ。そこで日韓請求権協定は、紛争が生じた場合はまず両国の外交交渉で解決を目指し、それでも解決しない場合は仲裁委員会を設けて判断をゆだねるとしているが、外交交渉は一方的な悪意の投げ合い以上の物には進まず、といって、仲裁委員会を開く動きも見せなかった。

岸田・ユン会談について、韓国の『東亜日報』は「今回の首脳会談で歴史問題は正式の議題にも上がらなかった。歴史問題はすでに解決されたという心からの理解と合意の下、未来に向けた協力議題に集中したものと理解される……しかし、これまでの韓日関係史が示すように、歴史問題に対する抜本的な和解がなければ、縫合と葛藤を繰り返すレベルから抜け出すことは難しい。民心の動揺や政権交代にもかかわらず、未来協力の道を続ける関係を構築するには、首脳間の一時的な信頼を越えた両国民間の歴史的和解が必要だ」(東亜日報 5月8日付社説)と書いた。『朝鮮日報』も「ユン大統領と岸田首相は韓国における反日左派と日本の嫌韓右派に振り回されず、未来に進まねばならない」(5月8日、朝鮮日報社説)とした。

『ハンギョレ』は、岸田首相は強制動員被害者に「大変苦しい、悲しい思いをされたことに胸が痛む思いだ」としながらも、政府レベルの反省と謝罪のメッセージは表明しなかった。最小限の「誠意のしるし」として評価できるが、「コップの残り半分」を満たすには依然として足りない……岸田首相は「3月の尹大統領の訪日の際、1998年10月に発表された日韓共同宣言を含め歴史問題に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいると明確に申し上げた」と述べた。「歴代内閣の立場」には「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」という安倍談話も含まれるだけに、これを謝罪とはみなせないというのが大方の見解だ(ハンギョレ 5月8日付社説)と論評した。

日韓基本条約や請求権協定が結ばれたのは1965年のことである。基本条約締結の交渉が始まったのは1952年。条約締結まで14年の歳月を費やした。賠償請求と朝鮮半島植民地化をめぐる歴史問題がネックになった。1965年、米国は北ベトナム爆撃を開始し、南ベトナムに米軍を上陸させてベトナム戦争を本格化させた。インドネシアでは9.30事件が起き、スカルノの親社会主義路線からスハルトの親米路線への転換が始まった。北から共産主義が下りてきて、東アジアの国々を次々と共産主義国家に変えてゆく、というドミノ理論が真顔で語られていた時代だった。米国は日本と韓国が組んで、反共防波堤になることを期待した。韓国は近代国家として独り立ちできる経済力をのぞみ、そのための資金が欲しかった。米国はその資金を日本に提供させようとした。日本も隣国である韓国と正式な外交関係を希望した。このようなどさくさの中で、日本と韓国は「歴史問題」についてのきちんとした議論抜きで条約を結んだ。

そういうわけなので、日韓のいがみ合いはこの先も、何かの調子で炎上し、うやむやのうちに沈静化することの繰り返しになるだろう。

 

(2023.5.12 花崎泰雄)

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白い気球

2023-02-10 01:07:48 | 国際

米国モンタナ州のミサイル基地上空あたりに出現した白い気球のニュースは最近ではめったにない滑稽な話であった。

アメリカでは中国が放ったスパイ気球とみなされた。中国は民間の観測気球がコースをそれたと説明した。

その気球が大西洋に出たとき、米軍はすぐさま最新鋭の戦闘機を飛ばし、ミサイルで気球を撃ち落とした。いま気球の残骸を海から回収し、気球の正体について調査を始めている。

アメリカではモンタナ上空でミサイル関連の電波情報を収集していたという説が出された。上空に気球を浮かべて電子情報を収集するというのはのんびりしたはなしではないか。いやいや、気球に小型核爆弾を忍ばせ、米国上空で運任せに核爆弾を投下することもできるのだぞという脅かしだろうという説も唱えられた。対米戦争中に日本軍が米国に向けて放った風船爆弾の例がある。

気球が運搬する核爆弾という想像には背筋が凍る。核爆弾がどこに落ちるかは運まかせなのだから。

半世紀ほど前、米ソ冷戦真っ盛りのころ、核兵器は地球上につるされた「ダモクレスの剣」だというたとえが国際関係や核戦略の専門家によって唱えられた。ダモクレスの剣は細い糸1本でつるされており、いつ糸か切れてあなたの頭上に落下してくるかもしれない。

白い気球が海上に出るやいなや、それを撃ち落としたアメリカ人にはそのような不吉な記憶があったのであろう。

以上、笑い話ではあるが、これを機にアメリカの軍事・安全保障関係者が「対中核戦略」の練り直しに熱をあげるようになる可能性がある。となると、さしずめ日本もその尻馬に乗って軍備増強をいっそう加速させることになる。笑い事ではあるが、笑っているうちに気が滅入ってくる。

 

(2023.2.10 花崎泰雄)

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年頭所感

2023-01-13 23:42:05 | 国際

ロシアがウクライナに攻め込み、ウクライナを支援する国々たいして天然ガスの輸出を制限し、エネルギー危機が生じた。ついでに穀物危機も。そのさなかに日本では通貨「円」の交換価値が下落し、物価が上昇した。2022年12月の東京都区部の消費者物価指数は生鮮食品を除く総合指数が前年同月比4パーセントあがった(総務省発表)。イギリスの消費者物価指数は2022年12月が10パーセントほどの上昇だった。物価上昇率は英国と比べると日本は低いが、物価指数を算定する商品の選定は国によって異なるので、生活する人の不安感や窮乏感は数字だけではわからない。

そうした中で、日本では物価の優等生である卵まで値上がりした。卵は物価の優等生といわれてきた。食品値上がりのさいも卵の値段だけは変わらなかった。鳥インフルエンザによる卵生産量の落ち込みも理由の一つのようだが、ついに「卵よお前もか」というわけで、これで物価高騰が新しい年の重要テーマの一つとして定着した。

卵の値上がりにひっかけて、夕方の某テレビが卵1つで3人分の親子どんぶりをつくる方法を伝えていた。みじめったらしいアイディアなので見る気もしなかった。卵値上がり、即、卵1つで3人分の親子どんぶりと発想したテレビの送り手の発想の貧困にげんなりしたからだ。

そうこうするうちに、中国が日本人と韓国人を対象にしたビザの発行を停止した。中国のこの措置は、中国を仮想敵国とみなした日本の敵基地攻撃能力構想と米軍との積極的な安全保障態勢の整備にある。つまるところ台湾有事のさいに、米国が日本をお供にしたがえて台湾防衛にあたるという意思を中国に見せつけることで、中国に対する抑止力としようとする日米安保体制強化という脅しに対する中国側の不快感の表れである。

日本国の岸田首相がフランス、イタリア、英国、カナダを歴訪し、米国のワシントンに到着した。すでに日本の外相と防衛相が米国の国務長官と国防長官とワシントンで会合を持ち、日本の適地攻撃能力の獲得と防衛予算の増加で意見の一致を見た。日米の周辺整備はすでに終わっている。

台湾問題の失策は中国共産党の権威失墜にもつながる問題である。習近平政権も神経をとがらせている。習近平政権はコロナ対策で上海市民の強い抗議を受けた。抗議を受けてあっさりとゼロコロナ政策をおしまいにした。対外的には体面を失った直後だ。

日本に対するビザ発行停止は、日本の敵基地攻撃と日米軍事一体化という脅しによる中国抑止に対するお返しである。中国経済あっての日本経済でしょう、日本人が中国に来られなくなったら日本経済はどうなりますか? 中国は黙ってみていませんよ、という脅しである。日本政府に対する脅しであり、中国国民に対する政権盤石のポーズである。

ロシアではプーチンが対ウクライナ戦争を仕切る将軍の首をせわしなくすげ替えている。ウクライナを簡単にひねりつぶすことができなかったプーチン大統領はメランコリックになっている。アメリカではバイデン大統領も機密文書を自宅に持ち帰っていた。トランプ前大統領と同じ失策だ。ブラジルではブラジルのトランプの異名で知られるボルソナーロ前大統領派の群衆が国会議事堂に乱入した。

ブリキの古バケツが空っ風にを受けて、ガラガラと音をた立てて転がりまわっているような、しけた正月風景である。

(2023.1.13 花崎泰雄)

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Hasta la vista ――再見

2022-10-29 23:30:02 | 国際

心が冷える映像だった。

10月22日の第20回中国共産党大会閉幕式で習近平総書記の隣にすわっていた胡錦涛・前総書記が場内の係員に腕をとられて退場を促され、いやがるようなそぶりを見せつつ、習近平氏に向かって短く言葉を発し、李克強首相の方をポンとたたいて、退場した。

気味の悪いTV映像だったが、この政治寸劇の意味するところは、いまのところ、世界のどのメディアも説明できないままだ。

チャイナウォッチャーやペキノロジストの憶測は次の3つに大別できる。

習近平は総書記在任中の10年をかけて中国を米国の覇権に挑戦する強国に育ててきた。将来の政治的競争者になりそうな幹部を反腐敗運動でつぶし、江沢民に近かった上海閥の非力化に努めた。残る競争相手の共産主義青年団については、李克強氏を政治局常務委員から外し、同派のホープだった胡春華も政治局員から降格させた。習近平総書記の一強体制の総仕上げのお披露目が胡錦涛前総書記の共産党大会会場ひな壇上からの剥ぎ取りだった、というのが第1の見方。

そうした習近平のやり方に胡錦涛が身をもって抵抗の姿勢を示したのである、という第2の見方もある。

上記のような生臭い話ではなく、胡錦涛が体調を崩したために、いそいで彼を休憩室に運んだだけのことだ。そういう第3の推測もある。ただ、テレビの映像を見る限り、胡錦涛の隣にいた習近平も、さらにその隣にいた李克強も胡錦涛の体調にはそしらぬ顔だった。椅子から立ち上がって胡錦涛に声をかけるような様子を見せなかった。習近平の指示で、係員に彼を場外に運び出させた。幹部たちは事の成り行きに全神経を集中させる一方で、必死でそしらぬふうを取り繕っていた、ように見えた。

共産党大会終了後の10月27日、習近平総書記は政治局常務委員を引き連れて、陝西省延安を訪れ、毛沢東の旧居などを見学した、と中国からの報道があった。習近平の父親の習仲勲は毛沢東時代に失脚し、16年もの収容所暮らしをした。習近平自身も下放されている。彼は自力で、「太子党」のエースとして総書記のポストを手に入れた。このポストを奪われないようにするためには、毛沢東と並ぶ権威を手に入れなければならない。

 

ジェームズ・フレイザーが『金枝篇』(永橋卓介訳、簡約本、岩波文庫)冒頭で、以下のような興味深い伝承を書いている。

ウィリアム・ターナーが「金枝」という絵を描いている。イタリアの山村にある「森のダイアナ」の聖地である。そこには湖があって、一本の樹が立っている。その木の周りをものすごい形相の人物が、抜き身の剣を引っ提げて昼夜を問わず徘徊している。この人物は祭司であり、また、殺人者でもあった。徘徊する人は自分を殺して祭司の地位を分捕ろうとする侵入者を警戒しているのだ。祭司の候補者は祭司を殺すことで祭司の地位を手に入れることができる。前任の祭司を殺して、新しく祭司となった者は、より強く、より老獪な者がやってきて彼を殺すまでのあいだ、祭司の地位を保つことができる。

(2022.10.29 花崎泰雄)

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ゴルバチョフ

2022-08-31 23:49:16 | 国際

ミハイル・ゴルバチョフが8月30日死去した。

朝日新聞8月31日夕刊1面の解説記事に次のような記述があった。

「ゴルバチョフ氏の評価を巡っては、欧米や日本では『冷戦を終結させ、核軍縮を推進した』と肯定する声が多数を占める一方、ロシアでは『ソ連解体の張本人』という否定的な意見が支配的だ。ソ連解体から続くロシアの国際的地位の低下がウクライナ侵攻を引き起こしたとの見方もある」

ゴルバチョフの評価で、欧米では肯定的、ロシア国内では否定的意見が多いことはかねがね指摘されてきた。だが、次の一文、

「ソ連解体から続くロシアの国際的地位の低下がウクライナ侵攻を引き起こしたとの見方もある」

これは大風が吹けば桶屋が儲かる式の言葉遊びに過ぎない。ゴロバチョフによるソ連の瓦解で、ロシア人は大国の市民としての自信を失い、その喪失感の埋め合わせにロシア・ナショナリズムに溺れ、それをプーチンが権力永続化に利用してウクライナ侵攻を企て、不安になったNATO諸国が防衛費を増加させ、日本の保守勢力が防衛費のGDP2パーセントを声高に叫び、来年度の防衛予算を大幅に増やそうとしている。もとをただせば、世界的な軍備増強の大波はゴルバチョフの改革に始まることになる――といった銭湯的国際政治学に発展する。

ゴルバチョフがソ連の最高指導者になった1985年、ソ連の政治・経済・社会はすでに行き詰っていた。だからアンドロポフがソ連立て直しのための切り札としてゴルバチョフを国家指導者に引きたてたのだ。そもそもソ連はつぶれかけていたのである。

ゴルバチョフとレーガンは1987年にINF(中距離核戦略)全廃条約に調印した。米ソがINF全廃条約に縛られていた30年ほどの間に、中国が中距離弾道ミサイルの配備を着々と進めた。それに怒ったトランプがINF全廃条約の廃棄をロシアに通告した。

核兵器削減と東西冷戦の終結は、ゴルバチョフの主要な政治的功績だが、そうした平和への明るい貢献も、国際政治の闇の中にいつの間にか沈んでしまう。ふりかえると歳月のむなしさが感じられてならない。

(2022.8.31 花崎泰雄)

 

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