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news commentary

公費渡米

2023-04-23 22:26:55 | 政治

日本の首相の配偶者が米国の大統領の配偶者に招かれて訪米した。日本の内閣官房長官によると旅費は官費だった。

岸田首相の外国訪問に随行した秘書官である長男が、首相帰国時のお土産を買い集めていたという報道でにぎわって間もない時期だった。ホワイトハウスで茶をたてさせるための配偶者官費旅行か、というやるせない雰囲気が日本をつつんだ。

日本の首相の配偶者が単独で外国の首脳の配偶者を招待し、招かれた外国要人の配偶者が、その国の官費で単独訪日した例はあるのだろうか。

メルケル・前ドイツ首相の配偶者はフンボルト大学の教授である。妻の政治向きの旅行には同行しないことが多かった。英国のトラス、メイ、サッチャーといった前の首相の配偶者も政治の舞台に姿を見せることが少なかった。

近い将来、世界の大統領・首相のポストを男女が半々に受け持つようになったとき、某国の大統領の配偶者(男性または女性)が別の国の首相(女性または男性)を単独で招待する配偶者外交が流行するのだろうか。

そういう時代に備えて、首相配偶者の海外出張の手当や費用の税制上の処理方法などの決まりをいまのうちにきちんと整える必要がある。首相配偶者が投資マネジャー、大学教授、評論家、作家、弁護士、医者などの有職者だった場合、それらの配偶者の官費出張中の経済的損失の補填など、決めておくことは色々とあるだろう。

とはいうものの、配偶者の収入は個人差がある。配偶者の収入が首相や大統領を上回ることもあるだろう。また、収入額を推定されるような事態を嫌う配偶者は当然いるだろう。そういうわけで、一番穏当なのは、配偶者のお使いには官費でその費用を負担しないことだ。首相の外交の手足になるのが外務省をはじめとする官僚である。大勢いる。それが嫌なら、首相や大統領が自分の財布から旅費を出して好みの人材を派遣すればよい。

配偶者をともなった首脳外交は、そもそも19世紀の古典外交の名残である。

 

(2023.4.23 花崎泰雄)

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喧噪の春

2023-04-16 00:58:46 | 政治

ロシアのプーチン大統領が国際刑事裁判所手配のお尋ね者になった。ウクライナの子どもをロシアに移送した戦争犯罪の容疑である。アメリカ合衆国ではトランプ前大統領がニューヨーク州の大陪審で起訴の決定を受けた。大統領選挙に備えて元愛人に口止め料を払ったなどの疑いである。日本の岸田首相が遊説先で爆発物らしきものを投げつけられた。その理由はまだ明らかになっていない。

明治以降の日本では伊藤博文から安倍晋太郎まで、7人の首相・首相経験者が暗殺されている。政治家が活動するのは権力闘争の修羅場である。権力追求は政治に携わる者の本能である。権力を握って世の中のためになることを成し遂げようとする政治家もいれば、自己陶酔のために権力を追う政治家もいる。政治報道を担う日本のジャーナリズムは、政治家たちの権力奪取ゲームを話題にする政局報道を得意とする。時々は思い出したように日本のあるべき姿を論じてみたりもするが、読者である一般人は政局報道を読みふける。

岸田政権は防衛予算の増加や敵基地攻撃能力の獲得を高言するが、先日北朝鮮が打ち上げたICBMの軌道計算を誤って、北海道に着地すると予測してJアラートを発した。また、緊急時には沖縄を防衛する陸上自衛隊第8師団の師団長らを乗せたヘリが宮古島付近の海に墜落したが、海底の機体の回収に手間取り原因の究明が遅れている。

どうもしまらない話だが、もっとしまらないのは、国会での放送法の政治的公平をめぐる高市・経済安全保障担当大臣と小西・立憲民主党参院議員の論戦だった。小西議員は政治的公平を根拠に気に入らない報道に圧力をかけようとしたとして安倍政権時代の高市総務相の言動を追及した。

参院予算委員会の審議で高市氏は「私が信用できないのなら、質問しないでいただきたい」と発言、小西氏は参院憲法審査会の毎週開催について「サルのやること」と発言し、両氏そろって評判を落とし、放送法の討議の影が薄くなった。

このような発言の背景には、国会議員である両氏が、政治問題を権力奪取ゲームの材料とみなし、問題が市民社会に与える影響を深く考える習慣から遠ざかっていることが考えられる。

日本では放送法が定めた政治的公平の判断を、政府機関である総務省にゆだねている。ヨーロッパでは国によって、その判断を独立機関に任せている。判断を独立機関にませているイギリスで、次のような事件が起きた。BBCのサッカー番組の司会者が、BBCのよって契約を解除された。司会者がボートで英国に密入国した移民らを強制的に追放する英国の新法案をナチス・ドイツをほうふつとさせるとツイッターで非難した。これに対して保守派の議員らが反発、BBCが公平性に関する指針違反と判断したという。サッカー関係者がBBCの態度に怒り、サッカー放送に協力しないとしたことで、BBCはその司会者をもとの番組に戻した。

日本の放送法は第4条で放送に政治的平等を求めている。現行ではその政治的平等を判断するのは、放送法を所管する総務省である。総務省の判断は最終的に時々の与党の判断である。政治的平等の判断は政党によって違いがある。

そういうわけで、放送法第4条の政治的平等をめぐる議論は本来、その判断を政権党の判断にゆだねることの是非を問うものであったはずだが、議論は途中で腰砕けになってしまった。米国にはかつて政治的平等を保障するための「フェアネス・ドクトリン」があったが、今では廃止されている。

(2023.4.16 花崎泰雄)

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85万の人口減

2023-01-25 18:57:53 | 政治

中国の人口は2022年末で14億1175万だった。2021年末と比べると85万の減少である。

中国の人口減少は1961年以来、61年ぶりのことだ。国連などの予測では2023年中にはインドが世界最大の人口を持つ国になる。

1960年と1961年の人口減原因は毛沢東の「大躍進」政策が作り出した餓死である。餓死者の数は正確にはわからない。1000万以上5000万未満と推定されている。

2022年の人口減の理由は、ひとことでいえば一人っ子政策の結果だ。人口の急上昇を抑えるために1970年末に一人っ子政策を始めた。その政策が少子高齢化社会へとつながり、今世紀に入ってから一人っ子政策をやめた。政策はやめたが、出生数は回復しなかった。

人口はその国の経済力の基盤であり、経済力は軍事力の基盤である。国家の経済力や軍事力の大小がそこで暮らす人間の営みにおいて、彼らの幸福度とどの程度関連しているかについてはいちがいにはいえない。様々な見方がある。

一方で、国を代表して他国とわたりあう政治指導層にとっては、国家が単位となって構成する国際関係にあっては、経済力と軍事力がその国の影響力の源となり、そのベースとなる人口は一般国民とは異なって、権力エリートの自負心や生きがい、幸福度に関係する。

日本では1月23日に通常国会が開会した。首相の岸田文雄は施政方針演説で、「従来とは次元の異なる少子化対策を実現したい」と強調した。日本の少子化は社会機能維持の瀬戸際にあり、「出生率を反転させなければならない」と演説した。

日本の少子化は今に始まったことではない。30年も前の1990年代初めから少子化は労働力の不足に繋がり、高齢化は社会福祉費の増大を招くと問題になってきた。政治家も官僚も財界もメディアも社会も、それは問題だと発言した。だが、少子化は食い止めるべき問題なのか、それとも少子化の先の社会を構想すべきなのかについて議論は深まらず、人口を増やすべきだという方向に流れた。とはいうものの、では何をするのか対策を煮つめるでもなく、事実上この30年間にわたって、少子化問題を他人事のように傍観し続けてきた。

岸田首相は異次元の少子化対策を語るが、その対策に必要な財源をどうねん出するのかについては具体的な方法を語ることができない。どうやら日本の政治家たちには、国債を発行し続ける以外に方法を思いつく才覚がないらしい。

通常国会の重い問題の一つである防衛費の増額についても声高に語ることはできるが、こちらも財源については増税なのか、国債なのか、予算のやりくりなのか、いっこうに話がまとまらない。ありていにいえば、日本政府にはお金がないのだ。国庫に金がないまま防衛予算を増額すれば、あとはその他の支出を減らすしかない。さしずめ社会保障費だろう。

国際環境の急激な変化に対応するための防衛費増と日本政府は言っている。だが、それは突然やってきた激変ではなかった。中国の軍事大国化の意思は空母「遼寧」を就役させ、海軍力を整え始めた十数年前からわかっていたことである。

安全保障環境の激変とは、これも前から予想されたことだが、米ソ冷戦終結後の米国による一国世界支配維持の経費に米国の経済力が耐えられなくなった点である。これもまた、トランプ前大統領がNATO諸国や日本などに防衛費の増額を声高に要求していたことからよく知られた事実だった。

米国からの防衛費増額要求に耐えきれなくなった日本政府が、安全保障環境の激変を理由に太平洋における米国の権益維持に金を出すことにしたのだ。敵基地攻撃能力をふくむ防衛構想はその実現にかかる費用の論議よりも、まず第一に憲法の精神と関わる問題なのだが、憲法より日米同盟を重くみる政府は、まず、米国に誠意を見せ、そのあとで、日本の国民を丁寧に説得するという手順を採用した。安全保障環境の激変という言葉は、他にてだてはなかったのだというイクスキューズである。

(2023.1.25 花崎泰雄)

 

 

 

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隻手の音声

2023-01-01 01:38:17 | 政治

神社に初もうでした人はパンパンと手をたたく。これを拍手(かしわで)という。お寺に初もうでした人が拍手を打つことはまれだ。たいていは手を合わせ合掌する。

江戸時代の臨済僧・白隠は「隻手の音声」という公案をつくった。両手を打ったら音がするが、さて、片手に音はあるのか、あるとすればどんな音であるか。そのような問いを発して、修行僧をしごいたそうだ。

年明けの国会では、議員・閣僚・官僚が集まって、敵基地攻撃は先制攻撃であるのか、先制攻撃ではないのか、問答を重ねる。日本が外国から武力攻撃を受けたとき、これに反撃するのは国際法で認められた正当な自衛権行使である。攻撃は開始されていないが、攻撃が始まることが明白である場合には、敵基地攻撃は正当化できる自衛権行使であり、国際的な非難を受ける先制攻撃にはあたらないと主張する意見がある。

他方、日本が基地攻撃をした相手国は日本から先制攻撃を受けたとして、正当な自衛権を発動し、本格的な日本攻撃を始める。

日本が行った攻撃が自衛のための敵基地攻撃であるのか、自衛権の行使を隠れ蓑に使った先制攻撃であるのかを判断するのは誰になるのだろうか。国連なのか、世界政治を牛耳る大国なのか。小田原評定になるだろう。というのも、先制攻撃とはだれが見てもわかる現実の行為であり、その先制攻撃が自衛権の行使とみなされるのは、その動機の解明による。この厄介な一国の政治的動機の解釈によって、許される先制攻撃と許されない先制攻撃に分けられる。国際社会は先制攻撃という拍手の「隻手の音声」を判定しなければならなくなる。以上のような事情で、敵基地攻撃という自衛権の行使は使いにくい手法になる。

敵基地攻撃能力の取得は、安全保障上のブラフとして使える。だが、日米安保条約によって日本が米国に守られ、米軍が東アジア地域の安全保障に主導的にかかわっていることから、日本が敵基地攻撃を希望しても米軍が米国の戦略な観点からそれに反対すことがあり得るだろう。米国が日本に敵基地攻撃をすすめても、日本が外交上の理由からそれを拒否することもありうるだろう。

日本の敵基地攻撃能力が、米国の対中政策の一環として役立つことを米国は喜んでいる。米国の世界戦略の一端に日本が手弁当で参加してくれるのだから。

 

(2023.1.1 花崎泰雄)

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hasta la vista baby

2022-10-22 23:35:13 | 政治

ボリス・ジョンソン氏が「あばよ」と議会で叫び、英国首相・保守党党首をやめた。その後任のポストを獲得したばかりのメアリ・エリザベス・トラス氏が党首と首相の椅子から転がり落ちた。背景にあるのが経済不振。その後任の決定に、ジョンソン氏が取りざたされるという笑劇が世界の笑いを誘っている。

ウクライナとの戦争で泥沼に足をとられているロシアのプーチン氏は、兵士の訓練現場で射撃をして見せた。中国の習近平氏は周辺を忠臣たちに守られ3期目の中国共産党総書記・国家主席になろうとしている。毛沢東氏と並ぶ権威の獲得を急いでいる。

円安・物価高騰・低賃金・旧統一教会問題と嵐に見舞われている日本の岸田首相は今のところまだ辞任のそぶりを見せていない。安倍晋三・黒田東彦両氏が組んだアベノミクスの最終成果が1ドル=150円の為替相場である。日本の経済力の国際的なランキングは下降する一方で、教育研究の水準も伸びず、女性の社会進出、メディアの自由度も国際的指標からみると低迷あるいは低下している。

能天気なわたしも最近は寝つきが悪くなった。眠気を誘うために寝床で本を読む。このところは『イーリアス』。読んでいるうちに確実に眠気がやってくる。

昨夜はふと手にした桑原武夫『第二芸術』所収の「短歌の運命」。「第2芸術」で俳句と俳句作家の「思想的社会的無自覚」をからかったのと同じ手法で、短歌と短歌作家を揶揄した論文である。

その「短歌の運命」の中で、桑原氏が心を動かされたと紹介した歌の一つが、

 消(つい)えゆく国のすがたのかなしさを現目(まさめ)に見れど死にがたきかも

                         (釈迢空

老衰期に入って干からび始めているような感じさえしてくるこのところの日本の姿を想起させるが、短歌としての出来はどうだろうか。朝日新聞の西木空人選の『朝日川柳』レベルのギャグにとどまっているように私は思う。

米国のオバマ政権で国務長官を務めたジョン・ケリー氏が、トランプ氏のツイッター趣味を評して「ホワイトハウスで考えることは、ツイッターに許された語数では説明できない」と言ったことがある。

(2022.10.22 花崎泰雄)

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沖縄――要石か捨て石か

2022-09-15 00:58:45 | 政治

2022年9月11日、沖縄県知事選挙で玉城デニー知事が再選された。沖縄の施政権返還から半世紀にあたる年の知事選挙だった。

玉城氏の勝利は、辺野古の新基地建設反対の民意が変わっていないことを示しており、日本政府は新基地建設を断念すべきだ、と『琉球新報』(9月12日)社説は主張した。松野内閣官房長官は「辺野古移設が唯一の解決策と考えている」とにべもなかった。東京の毎日新聞は、振興予算などを使って辺野古移設受け入れを迫るような「アメとムチ」の手法をやめるように日本政府に忠告した。

政府は金にものを言わせて沖縄の有権者の心変わりをしぶとく待つ。沖縄の有権者は激しい怒りを中央政府にぶつける。この構図は長い間変わっていない。日本と米国は沖縄が安全保障のコーナーストーン(要石)であると認識し、沖縄住民は、日本政府が沖縄を本土の安全保障のための捨て石と考えているという、腹に据えかねる怒りを持ち続けている。この亀裂はどこから生まれたのだろうか。

宮内庁『昭和天皇実録 第十』(東京書籍、2017年)の1947年9月19日の記録には以下のような記述がある。

「午前、内廷庁舎御政務室において宮内府御用掛寺崎英成の拝謁をお受けになる。この日午後、寺崎は対日理事会議長兼連合国最高司令部外交局長ウィリアム・ジョセフ・シーボルトを訪問する。シーボルトは、この時寺崎から聞いた内容を連合国軍最高司令官(20日付覚書)及び米国国務長官(22日付書簡)に報告する。この報告には、天皇は米国が沖縄及び他の琉球諸島の軍事占領を継続することを希望されており、その占領は米国の利益となり、また日本を保護することにもなるとのお考えである旨、さらに、米国による沖縄等の軍事占領は、日本に主権を残しつつ、長期貸与の形をとるべきであると感じておられる旨、この占領方式であれば、米国が琉球諸島に対する恒久的な意図を何ら持たず、また他の諸国、とりわけソ連と中国が類似の権利を要求し得ないことを日本国民に確信させるであろうとのお考えに基づくものである旨などが記される」

 

シーボルトの報告書は国際政治学者・進藤榮一教授が米国の国立公文書館で見つけ、『世界』1979年4月号で公にしていた。文書のコピーは沖縄県公文書館にも保存されている。次のURLで読むことができる。https://www.archives.pref.okinawa.jp/uscar_document/5392 この文書は国際政治学者・進藤榮一教授が米国の国立公文書館で見つけ、『世界』1979年4月号で公にした。文書のコピーは沖縄県公文書館にも保存されている。また、進藤教授の『世界』掲載論文は進藤榮一『分割された領土』(岩波現代文庫)に収められている。

昭和天皇が寺崎に会った。同じ日に寺崎がシーボルトに会った。シーボルトが寺崎から聞いた天皇のメッセージを本国に連絡した。この3つの事実を並列させ、その間の脈絡を消し去ることで、昭和天皇と沖縄の米軍基地化の関係を薄めようとした宮内庁の作為がにおう。ちなみに、『実録』の同じ日の記事に、昭和天皇が外務大臣芦田均と会ったと書かれている。芦田は天皇に「日本の安全保障を米国に依頼する代わりに、日本本土の一部を米国に軍事基地として提供する」と米国に通知したと語った。こちらの方は誰が何をしたかがはっきりと書かれている。

1947年5月3日に施行された日本国憲法で天皇の国事行為はすでに厳しく限定されていた。にもかかわらず、戦後の混乱期とはいえ、政府とは別のルートで天皇が直接米国に占領政策を語りかけ、沖縄を米国に差し出す姿は異様である。進藤榮一『分割された領土』が言うように「日本保守派が、宮廷をひとつの核として、反ソ、反共主義を説き、米日軍事提携のなかに復権のための外交政策を見いだした」とする見立てに説得力がある。敗戦と戦後改革の中で旧保守派は政治的復権と国体護持を目指して、米国の知日派に応援を求めていたと、進藤教授は書いている。

また、1951年初頭、吉田茂首相は講和条約交渉で東京に来ていた米特使ダレスに対し、講和後の沖縄の取り扱いについて租借方式を提案し「バミューダ方式(99年間の租借)」でどうかと言った。昭和天皇もシーボルトに25年から50年、いやそれ以上の租借を提案していた。吉田の99年租借案はダレスに拒否された。吉田は99年租借案を本気で言ったのか、アイロニーだったのか、いずれにせよ、沖縄の人にとっては不快きわまる発言である。

サンフランシスコ講和条約が発効し、アメリカの沖縄直接統治が始まった4月28日は沖縄の人々にとっては「屈辱の日」である。2021年4月28日付『琉球新報』は沖縄の屈辱の源流には天皇メッセージと吉田茂の99年租借発言があると社説で指摘した。

沖縄を軽んじる態度は、日本の権力者にとりついた病である。矢部貞治『近衛文麿』(読売新聞社)によると、戦争末期、袋小路に追い詰められていた天皇とそのグループはソ連に戦争終結の仲介を依頼しようとした。昭和天皇が直接近衛に特使の役目を依頼した。近衛は周辺に「自分一身はどうなっても構わぬが、ただ皇室だけは安泰にしたい」と漏らしていたという。

近衛は「和平交渉の要綱」を作成、その中に①国体の護持は絶対にして、一歩も譲らざること②国土についてはなるべく他日の再起に便なることに努むるも、止むを得ざれば固有本土をもって満足す――の2点を書き込んだ。近衛は「国体」とは「皇統を確保し天皇政治を行う」こと、「固有本土」とは「最下限沖縄、小笠原、樺太を捨て、千島は南半分を保有する程度」と説明した。天皇政治維持のためなら沖縄は切り捨てても構わないというのが昭和天皇との近衛の考え方だった。

しかし、終戦工作は失敗に終わる。1945年2月のヤルタ会談で、ソ連はサハリン南部、クリル諸島が引き渡されることを条件に、日本と開戦することをすでに米英に約束していた。近衛特使の終戦工作については1945年7月13日、日本は近衛派遣を申し入れたが、18日にソ連が受け入れを断った。7月のポツダム会談で、スターリンが近衛特使の件を情報として米英の首脳に披露しが、ポツダム会談のメンバーは日本の和平工作に関心を示さなかった(茂田宏他編訳『戦後の誕生――テヘラン・ヤルタ・ポツダム会談全議事録』中央公論新社、2022年)。

 スターリン この(申し入れ)文書に新しい点はない。日本は我々に協力を提案している。我々は過去にそうしたと同じような精神で回答することを考えている。

 トルーマン 我々は反対しない。

アトリー首相 我々は同意する。

 スターリン 私の情報は終わりである。

 

(2022.9.15 花崎泰雄) 

 

 

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司会者

2022-09-10 23:45:50 | 政治

やっていたのは結婚披露宴ではなく、時事問題についての政治討論会だったのだから、司会者は出席者の発言内容について敏感であるべきだった。

9月4日のNHKの番組「日曜討論」を見ていたら、自民党の茂木敏充幹事長が、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関連の霊感商法をめぐる問題の議論の中で、「左翼的な過激団体と共産党の関係、ずっと言われてきた」と発言した。戦後間もなくのころの共産党については、暴力革命路線が話題になっていたし、共産党は現在でも公安調査庁が破壊活動防止法に基づく調査対象団体にしている。

おやおや、共産党はどんな種類の左翼過激団体と感がるのだろうと聞き耳を立てた。討論に参加していた共産党の小池晃書記局長が即座に全く事実無根であるとして、茂木氏に発言の撤回を求めたが茂木氏は無言のまま。

小池氏は翌5日月曜日の記者会見で、茂木発言の撤回を求めたが、茂木氏は発言を撤回する必要を認めなかった。

茂木はどんな証拠をもとに、共産党が左翼過激団体の関係を持っていると言ったのだろうか。公安調査庁から何か重要情報を聴いているのだろうか。興味深い議論になると期待したのだが。NHKの司会者はNHKの解説委員であり、ジャーナリストなのだから、茂木氏に発言をきちんと問い直し、それに対する小池氏にきちんとした反論の時間を与える、討論番組を生き生きと盛り上げるべきであった。

しかし、司会の伊藤氏は茂木・小池発言に興味を示さず、そのままするすると次のテーマに移った。物足りないディベート番組だった。

 

(2022.9.10 花崎泰雄)

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国葬

2022-07-19 00:17:22 | 政治

参院選挙応援演説中に銃撃されて死亡した安倍晋三・元首相を、この秋に国葬で送ると岸田文雄首相が言った。国葬令はすでに廃止されているので、閣議決定によって国葬を執り行うそうである。

安倍元首相に国葬がふさわしいかどうかは、今後の国会議論などに判断をゆだねることになる。戦後の国葬は吉田茂・元首相の1例限り。その他の首相たちは国民葬、合同葬といった形式だった。政治権力が執り行う公葬の対象者は、たいてい首相経験者のような政治家である。哀悼してお別れするような集まりではなく、残された政治勢力の影響力分捕り合戦の機会である。

そうした性質の儀式に国庫から費用を出すことを咎める向きもあろう。だが、故安倍晋三氏の場合、アベノマスクに200億円を超える予算を執行しているので、国葬の費用についていまさら議論する気にもならないであろう。

F1レーサーのアイルトン・セナはブラジルで国葬。歌手のテレサ・テンは台湾で国葬。2人とも国民的な人気者だった。

戦前に常設国際司法裁判所長を務めた足立峰一郎氏は、その功績をたたえてオランダで国葬された。ブータンの農業に功績のあった西岡京治氏はブータンで国葬された。2人とも仕事先の国でよく働き、その業績が尊敬された。こういう国葬はわかりやすい。

(2022.7.19 花崎泰雄)

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防衛費と抑止力

2022-07-08 21:17:11 | 政治

6月10日投票の参議院議員選挙の期日前投票に行ってきた。

国債残高は1000兆円を超える。くわえてすさまじい円安だ。ガソリンと食品の値上がりが続く。日本人の所得は長い間低迷している。大人が一人で子どもを育てている世帯の貧困率は48パーセント、子どもの貧困率は13パーセントをこえる。予想外に早い梅雨明けと猛暑日の連続で電力不安の日々が続いた。電気料金は高くなり、そもそも電気が足らない。サハリンの天然ガスをめぐってロシアが日本に圧力をかけている。政府も日銀もどう対処すればいいのか、よい方法が思いつかないように見える。自民党の世襲議員は3割を超え、戦後の長期政権独占の中で、政治の縮小再生産を繰り返してきた。

参院選ではこれまで聞いたことのなかった政党名や自称・他称のタレント候補者が目につき、民主主義の根幹である選挙の広がりを感じさせるというべきか、アポリティカルな地域夏祭りを連想させるというべきか、言葉に困ってしまう。

選挙は金もうけができると82人の候補者を擁立した政党がある。NHK党である。当選の見込みは薄いが、82人で浮動票を集めれば、積みあがった浮動票に比例して政党交付金が増える。NHK党の2021年分の配分額は166,679,000 円だった。せこいことをする人たちだなあ、とあきれる。

日本の政治と政治家たちに対する幻滅に追い打ちをかけたのが8日白昼の銃撃事件。奈良県に自民党候補の応援に出向いた安倍晋三・元首相が街頭で演説中に銃撃されて死亡した。狙撃の理由はまだ明らかになっていない。

安倍氏はこのところ防衛費をGDP2パーセントに引き上げるべきだと主張していた。自民党の麻生太郎副総裁も抑止のための防衛費増について、例によって軽口をたたいていた。

「安全保障があるから、ひとがケンカをしかけてこないんだろ。子どものときにいじめられた子。弱い子がいじめられる。強いやつはいじめられないんだって。違いますか。国もおんなじよ。強そうな国には仕掛けてこない。弱そうな国がやられる。そういうもんでしょうが。やり返される可能性が高いと思われて、はじめて抑止力になる。昭和30年11月、自民党結党このかた、我々は安全保障が大事である、憲法に断固明示すべきだと言い続けてきた。有事法制、国民保護法制、平和安全法制、みな自民党がやってきた。我々は確固たる自信があります。こういったことが今、最も必要とされている時代になってきている。そういうことがわかっている政党が政権を担うべきだ」。千葉県市川市内の街頭演説でそんなことを言ったとメディアが伝えた。

ロシアのウクライナ侵攻以来、NATO加盟国が防衛費のGDP2パーセント以上への引き上げを検討している。日本の政権与党も防衛費増額を目指している。ロシアのウクライナ侵攻に便乗して、抑止力増強を目指しているのだろう。抑止力という安全保障上の概念を、いとも簡単に子どものいじめに例えるのは、いつもながらの麻生流だ。だが、ちょっと馬鹿げている。馬鹿げているのは発言者の知性ではなく、笑い話で有権者のうけを集票につなげようとする、有権者を愚か者視する態度である。

国際関係にあって軍事力は抑止の要件の一つに過ぎない。ロシアがウクライナ攻撃に踏み切ったのは、ウクライナの防衛費がGDPの3パーセント強(世界銀行、2019年)にすぎないからではない。ウクライナのNATO接近を阻止するためだったと推測されている。ロシアに見切りをつけて西側世界に向かおうとしているウクライナは、ロシアの安全保障にとって悪夢であり、なんとしてもこれを阻止しなければならないとロシア大統領は地政学的な思い込みにとらわれていた。

日本が米国と戦争を始めたのは、日本が米国を「弱い子」と見たからではなかった。日本が米国と戦争を始めるまえ、「デトロイトの自動車工業とテクサスの油田を見ただけでも、日本の国力で、アメリカ相手の戦争も、建艦競争も、やり抜けるものではない」と山本五十六は言っていた(『日米関係史』東京大学出版会)。だが、海軍内部には「一対一で話しあうと、みんな戦争回避論だが、集まって会議をすると結論はいつも戦争の方向へ一歩一歩近づいていくことが、いかにも不思議であった」という風潮があった。上層部の無気力、コンセンサスによる政策決定方式の無責任性、大勢便乗があった(『日米関係史』東京大学出版会)。丸山眞男は論文「軍国支配者の精神型態」(1949年)で、対米宣戦は世界情勢と生産力その他の国内情勢の綿密な分析と考慮から生まれた結論ではなく、人間たまには清水の舞台から目をつぶって飛び下りることも必要だ(東条英機の言)に現れているようなデスペレートな心境の下に決定された、と書いている。

抑止力は政治家の知力とも大いに関係している。

 

(2022.7.8 花崎泰雄)

 

 

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製造物責任

2021-09-05 16:49:30 | 政治

Covid-19対策に追われる一方で、オリンピックやパラリンピックを開催し、抜け目なく自らの政権維持に執念をもやした菅義偉氏(自民党総裁・日本国首相)が、コロナ対策と自民党総裁選挙を同時にこなすには膨大なエネルギーが必要だ、総裁選出馬はやめて、コロナ対策に専念したい、とみえすいた言い訳をして、自民党総裁と首班指名の道を自ら閉ざした。

菅氏の権力が蜃気楼のように消え去ると、次の首相を目指したいとして何人かの自民党議員が総裁選に出馬を表明したり、出馬の意欲をちらつかせたりした。

ご存じのように、自民党は派閥の連合体であるから、出馬したい議員は支援を求めて派閥に接近する。これまでは派閥の票数をうまくまとめた議員が総裁に選ばれてきた。自分自身の派閥を持ち合わせていなかった菅義偉氏を自民党総裁・内閣総理大臣に仕立て上げたのは、各派閥の思惑の一致である。

菅氏の前任者の日本国首相は(地球そのものではなく)地球儀を俯瞰するのが趣味だったが、後継者の菅義偉氏は構想力に欠け、弁舌に欠け、基本的に日本語のコミュニケーション能力が不足した。おかげでcovid-19対策は混乱し、日本は医療危機に陥った。

そこで、できる限り多くの失策を菅義偉氏の無能・無為無策のせいにして、同氏の政治生命を弔い、そのあとで賑々しく総裁選挙を演出したうえで衆議院選へ繰り出そうというのが、派閥連合体の自民党の策略だ。

ところで、製造物責任法は、製造物の欠陥が原因で生命、身体又は財産に損害を被った場合に、被害者が製造業者等に対して損害賠償を求めることができる、としている。

10月になるか、11月になるか不明であるが、予定されている衆議院選挙で、有権者を馬鹿にするのもほどがあると、菅義偉政権をつくった派閥連合体としての自民党に、怒ってみせる必要がある。

(2021年9月5日 花崎泰雄)

 

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遁走の技法

2021-08-01 22:33:20 | 政治

バッハ――といってもIOCの人ではなく、ヨハン・セバスチャン・バッハのことだが――の『フーガの技法』とは違って、東京オリンピックとコロナ蔓延をめぐる菅政権の「遁走の技法」には、その芸のなさに、みなさんうんざりなさっていらっしゃることだろう。日本の政府・与党及びその周辺の人々の没論理の記念として、日本の国内メディアのデジタル版で拾い読みした遁辞のいくつかを並べておく。

政府が7月30日に、①埼玉、千葉、神奈川、大阪の4府県への緊急事態宣言発令し②北海道など5道府県への「まん延防止等重点措置」の適用を決めるとともに③東京都と沖縄県に発令中の緊急事態宣言の延長を決めた。記者会見した菅首相は「首都圏、関西圏の多くの地域でこれまで経験したことのないスピードで感染が拡大している。病床が 逼迫ひっぱく する恐れがある」と言った。

そこで、これまでに経験したことのない感染拡大に対して、政府がどのような緊急対策をとるのかといえば、①酒を提供する飲食店への休業要請②飲食店への見回りを強化③路上や公園での飲酒などを自粛するよう呼びかける④不要不急の外出自粛⑤外出時には少人数で行動するよう呼びかける、などなど。

「今回の宣言が最後となるような覚悟で、政府をあげて全力で対策を講じていく」と菅首相は強調したが、全力を挙げて政府がどのような対策をとるのか、具体的なロードマップは例によって何一つ示さなかった。

さらに、菅政権は東京五輪は(感染拡大の)原因になっていないと、根拠を明示しないまま断定し、「五輪・パラリンピックは自宅のテレビで声援を送っていただきたい」と言った。

東京都の小池知事も「オリンピックはとてもステイホーム率を上げている」と記者会見で強調した。

東京オリンピック大会組織委員会の武藤敏郎事務総長は、(五輪実施が感染拡大に)関係がないと断言できる立場にないが、「国を代表する総理と、主催者を代表する知事が(関係ないと)言っている。これ以上の立場の方はおられない。その考え方に同調する。これ以上ない立場の方々の判断を尊重する」と説明した。

自民党の河村建夫元官房長官の説明はあっけらかんとわかりやすい。オリンピックで日本代表選手が活躍すれば、秋までにある次期衆院選に向けて政権与党に追い風となる。五輪をやっていなくてもコロナが増えていたと思う。五輪がなかったら、国民の皆さんの不満はどんどんわれわれ政権が相手となる。厳しい選挙を戦わないといけなくなる、とも語った。オリンピックは政権にとって弾除けである、と彼は言っている。

菅首相は8月2日、重症患者や重症リスクの高い人以外は自宅での療養を基本とし、症状が悪くなれば入院できる体制を整備する、ことを明らかにした。これまで感染者は原則入院、例外的に自宅やホテルでの療養を認めてきたが、医療崩壊が目前に迫り、感染者は原則自宅療養、重症者や重症リスクの高い人だけを入院させる重大な方針転換である。菅政権は追い詰められている。

英国の軍事誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウイークリー』の記者が、7月30日の首相記者会見で、医療崩壊によって救うべき命が救えなくなった時にあなたは首相を辞職する覚悟はあるか、と問うた。その質問に対する菅首相の答えは次の通りだった。

「感染対策にしっかり対応することが私の責任で、私はできると思っている」

菅首相得意の意味不明な遁辞である。

しきしまのやまとの国はことだまのたすくる国ぞまさきくありこそ(万葉集)

(2021.8.1-2 花崎泰雄)

 

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ほんの気休め

2021-06-15 18:44:01 | 政治

さきごろ開かれたG7で東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催への賛同が得られた。

2021年G7の共同声明の最後の部分に書き加えられた、

「新型コロナウイルスに打ち勝つ世界の団結の象徴として、安全・安心な形で2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会を開催することに対する我々の支持を改めて表明する」

“we......reiterate our support for the holding of the Olympic and Paralympic Games Tokyo 2020 in a safe and secure manner as a symbol of global unity in overcoming COVID-19.

との文言を手土産に日本国首相・菅義偉氏が帰国した。これをお墨付きのように掲げて同氏は五輪開催にまい進するのであろう。

だが、新聞記事をきちんと読めば次の点は明らかである。

G7に集まったリーダーたちは、東京オリンピックがつつがなく開催できると、科学的データに基づいて言っているわけではない。彼らが支持したのは「安全・安心な形で2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会を開催すること」である。日本国政府はいかにして安心・安全を確保するか、その方策が明示してこなかった。先の国会ではあなたの言う安心・安全の根拠を示せと野党が首相に寄ったが、菅氏は明瞭な返事を避けた。

G7のリーダーたちも、新型コロナウイルス蔓延下の日本で、安心・安全な大会が開けるかどうかは、菅氏と同様、確信が持てないだろう。ただ、G7の政治家たちは、日本に住んでいない。

コロナ下のオリンピック、よろしければ――proceed at your own risk. そういうことなのだ。仮定の話だが、例えば今回のコロナ下で、日本ではなくG7のどこかの国が安心・安全なオリンピックを開催したいと言い出した場面を想像してみよう。日本国首相・菅義偉氏は万一に備えて慎重なご判断を、とは言わないだろう。菅氏はその国に住んでいないのだから。

 

(2021.6.15 花崎泰雄)

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五輪中止の社説

2021-05-27 20:39:54 | 政治

5月22日付朝日新聞のオピニオンのページで、元東京都知事の猪瀬直樹氏が新型コロナ下のオリンピック開催に賛成する意見を述べていた。「コロナ禍の今こそ、人間の限界に挑戦する選手の活躍から勇気をもらうことが『夢の力』につながるでしょう。菅義偉首相らは、なぜ開催するのかを繰り返し訴えていく必要があります」と。

一連の主張の中で、猪瀬氏はこうも言った。「五輪が過度な商業主義に走っているとして、『だから、やめられない』などと批判するのは、そもそも間違っています。五輪はビジネスそのもので、スポーツ産業です。お金が動かなければ、選手も生活できない。五輪は、日ごろ脚光を浴びることがないマイナー競技の選手がメダルを取って知名度を上げるための最大の機会です」と。

猪瀬氏はオリンピックの東京開催が決まった2013年9月7日、東京都知事であり五輪招致委員会の会長だった。

新型コロナを理由に関係者は2020年の東京オリンピックの開催を2021年に延期した。震災復興五輪、コロナ克服祝賀五輪、コロナと闘う連帯五輪とオリンピックの開催理念も漂流した。開催日までに2ヵ月を切ったいま、やみくもにオリンピック開催を目指すのは、猪瀬氏のいうようにオリンピックがビジネスであって、スポーツ産業であるからだ。オリンピックを開催することで日本の景気は盛り上がり、集まった金のしたたり効果で国民が豊かになる。それが菅政権の延命にプラスの効果をもたらす――だから菅首相は何が何でもオリンピック開催に固執するのだと、新聞は書き続けてきた。

Covid-19流行のさなかのオリンピック開催はいったい何のため、誰のため、コロナ禍で身動きでない市民の疑問が、世論調査でオリンピック開催に否定的な意見を急上昇させた。

2021年5月23日付の信濃毎日新聞が、オリンピック開催の中止を社説で主張した。続いて西日本新聞、沖縄タイムスが同様の主張を繰り広げ、5月26日には朝日新聞がオリンピックの中止を求めた。

新聞社は新聞を発行することで利益を生み出す。編集局は取材を通じて間接的に意見をにおわすが、表立って新聞社としての見解や意見を主張することはない。そういう約束になっている。新聞社の意見はもっぱら論説委員会が書く社説を通じて表明される。

この段階でオリンピック中止論を唱えれば、賛同とともに新聞批判も呼び起こすことだろう。いくつかの日本の新聞が社説でオリンピック中止論を主張し始めたのは、社説の使命を再確認したことと、社説でオリンピック中止論を唱えても、それほどひどい新聞批判の逆風が吹くこともないだろうというよみがあったからだろう。

(2021.5.27 花崎泰雄)

 

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政府は頼りにならない

2021-05-20 16:07:33 | 政治

沖縄県は5月20日、日本国政府に対して新型コロナ感染症緊急事態宣言の対象に沖縄県を加えるよう要請した。その前日の19日、自民党の細田博之議員が自民党沖縄振興調査会役員会とその後の記者会見で、次のような発言をしていたと、20日の朝刊が伝えていた。

「県こそ独自の政策を取るべきだ」「国の政策に頼るなんて沖縄県民らしくない」

 沖縄タイムズ紙によると、細田氏は会合の後、記者団に発言を問われ、「(沖縄県は離島だから)1人の感染者もないようにできるのに、なんで168人(5月18日)も出るんだって。バカじゃないか、そうでしょ」「(感染拡大は)旅行者が持ってくるに決まってるんだから」と主張した。

「厚労省にお願いします、緊急事態、って言ったってできないんだから。沖縄県が自らこういう政策をとりますと、一国二制度でいいんですと、厚労省を頼りにしません、ただし補助金は頂きますよ、経費はね。それで飛行機に乗るときに検査をJALやANAに要請して、それで陽性の人は全部病院に運ぶ、陰性の人だけ通るようにしてもいいと。そういう風にすべきですよ。そしたらゼロになるんだよ。そうでしょう」

すると、

「島国である日本全体そうではないか」

と質問が飛んだ。

 

ドイツのメルケル首相は、ヨーロッパに新型コロナウイルス感染者と死者が急上昇し始めた去年の3月11日の記者会見で、専門家の意見ではドイツ国民の60-70パーセントが感染する恐れがあるが、当面、我々にできるのは、治療薬や予防ワクチンが開発されるまでの時間稼ぎだけだ、と事実を国民に突きつけ、だからこそ一致団結してできる限りのことをやってみようではないかと訴えた。

正しい認識だった。

いっぽう、この1年余りの間、日本の政府はワクチンや治療薬の自力開発に意欲を見せず、PCR検査の拡充も、医療体制の増強も不十分であった。

だらだらしているうちに、今では入院待ちしている間に、症状が悪化して患者が死んでしまう医療崩壊が始まっている。

「飛行機に乗るときに検査をJALやANAに要請して、それで陽性の人は全部病院に運ぶ、陰性の人だけ通るようにしてもいいと。そういう風にすべきですよ」と細田氏は言った。

さて、陽性と分かった患者のための病院の空き病床はどこにあるのかな。愚かなことを主張する議員もいるもんだ。

(2021.5.20 花崎泰雄)

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自助・共助・公助そして絆

2020-09-24 20:32:42 | 政治

新しく内閣総理大臣になった菅義偉氏は「自立・共助・公助そして絆」を強調した。

この発想は2010年の自民党綱領に基づいている。綱領は、次のように言う。

我々は、日本国及び国民統合の象徴である天皇陛下のもと、今日の平和な日本を築きあげてきた。我々は元来、勤勉を美徳とし、他人に頼らず自立を誇りとする国民である。努力する機会や能力に恵まれぬ人たちを温かく包み込む家族や地域社会の絆を持った国民である。

家族、地域社会、国への帰属意識を持ち、公への貢献と義務を誇りを持って果たす国民でもある。……我が党の政策の基本的考えは次による…… 自助自立する個人を尊重し、その条件を整えるとともに、共助・公助する仕組を充実する。

自民党は憲法修正案第24条に「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」という文言を追加している。

菅氏も自民党も時代にずれている。世界の多くの国が、資本主義国、社会主義国を問わず、人間の生存権を憲法で認めている。

日本国憲法第25条は言う。

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

日本国憲法が国民の権利として認めているものは“最低限度の生活(the minimum standards of wholesome and cultured living)”であるが、フィィンランド憲法となると“人間の尊厳ある生活(a life of dignity)”を国民の権利として認めている。

第 19 条 ①人間の尊厳のある生活に必要な保障を得ることができない全ての者は、不可欠の生活 手段及び保護に対する権利を有する。 ②失業、疾病、労働能力の喪失及び老齢並びに子の出産及 び 扶養者の喪失による基本的生活手段の保障に対する権利は、何人に対しても法律で保障される。

スウェーデン憲法は多岐にわたって詳細に公権力の義務を定めている。

第 2 条 公権力は、すべての人の平等な価値並びに個人の自由及び尊厳を尊重して行使しなければならない。 個人の個人的、経済的及び文化的福祉は、公的な活動の基本的な目標とする。特に、公的機関は、労働、住居及び教育に対する権利を保障し、社会扶助及び社会保障並びに健康 に対する良好な条件のために努めなければならない。 公的機関は、現在及び将来の世代のために、良好な環境をもたらす持続可能な発展を促進しなければならない。 公的機関は、社会のすべての領域において、民主主義の理念が指導的たるべく努め、個 人の私生活及び家庭生活を保護しなければならない。 公的機関は、すべての人が社会における参加及び平等を達成できるように、及び子どもの権利が保護されるように努めなければならない。公的機関は、性、皮膚の色、国籍若しくは民族的出自、言語的若しくは宗教的帰属、障害、性的志向、年齢又は個人に関係する 事情を理由とする差別に対抗しなければならない。

イタリア共和国憲法(第38条)は規定する。

労働の能力をもたず、生活に必要な手段を奪われたすべての市民は、社会的な扶養と援助を受ける権利を有する。……本条の定める任務は、国によって設けられ、または支持された機関および施設が行う。

欧州連合(EU)は「基本権憲章」で言う。

社会からの排斥及び貧困と闘うために、連合は、共同体法ならびに国内の法令および慣行が定める規則に従い、十分な資力を持たないすべての人に品性ある生活を確保するように、社会扶助および住宅支援に対する権利を認め尊重する。

かつてのソビエト社会主義共和国連邦(1977年)第43条にも同様の規定があった。

ソ連邦の市民は、老齢、疾病、労働能力の全部または一部の喪失ならびに扶養者喪失の蔡に物質的補償を受ける権利を有する。

中華人民共和国憲法第50条は言う。

勤労者は、老齢、疾病または労働能力喪失の場合は、物質的援助を受ける権利を有する。

アメリカ合衆国憲法には、こうした生存権に関する規定はない。アメリカが日本占領中に作ったGHQの憲法草案、いわゆるマッカーサー案にも、生存権を認める条文はなかった。日本国憲法に第25条を書き加えたのは日本人で、彼らはワイマール憲法を参考にした。

その日本国で、ふくれあがる社会保障費の重圧に耐えかねた政府が、公助の負担領域を減らして、その分を自助に回そうとしている。菅内閣総理大臣や、その与党である自民党が口先で「自立」「自助」「絆」を持ち上げているのは、何のことはない、社会保障関連費の支出引き下げ宣言なのである――国民は勤勉に働いて国に税金を納め、何かあったときは、よろしく自身と家族の絆でしのぎなさいと、彼らは謳っているのである。

(2020.9.24  花崎泰雄)

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