孫ふたり、還暦過ぎたら、五十肩

最近、妻や愚息たちから「もう、その話前に聞いたよ。」って言われる回数が増えてきました。ブログを始めようと思った動機です。

竹村さんと東京都知事。

2018年06月10日 | マスゴミ関連
竹村健一さんといえば、1970~1980年代にテレビラジオでよく見た政治評論家である。

ネットで検索したところ、現在88歳でまだご存命である。京都大学を卒業後、第一期フルブライト留学生として、アメリカやフランスで修学され、帰国後は英文毎日の記者を初めとして、様々な経歴で活躍されてきたそうだ。

薄毛を隠すため、7:3ならぬ9:1分けの髪型に、パイプを片手に関西弁で「だいたいやねぇ~・・・」と話すのが独特のキャラクターであった。

私が竹村健一さんを知ったのは、確か大学の3年か4年の頃であったと思う。当時の私は学部の勉強よりも実用的な役に立つ英語の独学にかなりの比重を置いた生活を送っていた。

  一九分けの竹村健一さん

六畳のアパートには炬燵とスチール製の本棚とラジカセしかなくて、私はそのラジオとテープレコーダーをフルに活用して勉強のツールとした。

NHKラジオの「英語会話」という番組は、月曜から土曜日まで毎日欠かさず聴き、用事があったときは、時間をセットしておき録音して聴いていた。

そして、その頃出合ったのが、竹村健一さんがホストのラジオ深夜番組「ミッドナイト・プレスクラブ」だった。たしか、深夜0時からスタートする番組だったと思う。

番組の冒頭、竹村さんがBGMと共に、英語で番組の趣旨を紹介する。

それが最初は何と言ってるかほとんど聴き取れず、悔しかったので、翌日にその部分を録音し、繰り返し繰り返し解かるまで聴いたものだった。意味がすっかり理解できた時は快感であった。今でもはっきり復誦できる。

This is Kenichi Takemura, your host.
In discussion with foreign correspondence, I'd like to present a variety of views to
make you aware that different people have different opinions,
and prevalent Japanese views are often in the minority.



「こんばんわ、竹村健一です。この番組で私は、海外の特派員との議論を通して、世界には様々な考え方があり、最近の日本人の考え方はどちらかというと少数派に属するんだということをお伝えしたいと思います。」

こんな翻訳でいいのか。

そう言えば、竹村さんはよく「日本の常識は、世界の非常識。世界の常識は、日本の非常識。」ということを口にされていた。

同じ頃、テレビのワイドショーか何かで、ご自身のコーナーを担当していた。例のキャラで自論を展開する竹村さんは、当時八面六臂の活躍をされていたのだった。

そして、その時横に座っていた女性アシスタントは、現在東京都の知事をしている。

  「竹村健一の世相講談」


小池東京都知事は、政界に進出してから時の権力者に媚を売りながら、政党を転々として、今の地位に落ち着いている。四つも五つも政党を乗り換えるということは、それだけで、彼女の主義主張などあって無いものだと判断できる。

案の定、都知事になってからの出鱈目ぶりは、歴代の都知事の体たらくも影がかすんでしまう程だ。

その彼女の出鱈目さに、最近低迷している月刊誌「文芸春秋七月号」が焦点を当てていた。25ページに渡るノンフィクション作家・石井妙子さんのルポ【小池百合子『虚飾の履歴書』】がそれだ。

エジプトのカイロで、1970年代に小池百合子と同居していた女性へのインタビューや当時の手紙や手帳の記録に基く、かなりショッキングなルポルタージュだ。

  若き日の小池百合子

25ページにわたる小池百合子の虚飾に満ちた経歴を暴くルポルタージュは、読み進めていくごとに、腹が立ってきて、やがて胃酸が逆流しそうになるほど気分が悪くなる。

小池は、父親から【嘘をついてでも有名になれ】と教え込まれて育ったそうだ。ふつうの親なら、【嘘はつくな。嘘つきは泥棒の始まりだ】と教えるものだ。

エジプトの名門カイロ大学は、エジプト人学生ですら卒業できるのは『よくて四人に一人』だそうだ。その難関大学を、小池百合子は規定の四年で、しかも首席で卒業した最初の日本人女性だと、選挙のたびに公表しているらしい。

日本の馬鹿マスコミは、例によって裏取りなどせず、選挙のたびに言われるがままに記事にしてきた。

  希代の大嘘つきが東京都知事とは・・

カタカナ言葉を連発して、「愚鈍な選挙民」や馬鹿マスコミどもを翻弄してきた感のある小池百合子を、私は都知事選以前からどうも胡散臭く思ってきたが、この文芸春秋のルポを読んでみて、自分の目に寸分の狂いはなかったのだと確信した。

カイロ大学入学を目指してアラビア語を勉強している時、同じようにカイロ大学入学を目指していたAさんという若者と、突然結婚し、彼からアラビア語などを習って利用しつくしたあげく、捨てるように離婚している。

この頃から、権力者や利用価値のある男に秋波を送って取り入り、その内ポイッと捨てて別れるというパターンを繰り返してきたであろうということは容易に想像に難くない。

去年の「馬鹿さ」だったか「若狭」だったか、あるいは「モナ男」こと「細野」とかいう、哀れな男どもの使われ捨てられ方を見れば、一目瞭然である。



文芸春秋七月号の記事は、かなり読み応えがあり、特に東京都民は一読すべきであると思う。



1 コメント

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特派員は・・・ (correspondents)
2019-12-27 19:55:08
correspondence ではなく、correspondents と言っていた記憶があります。文脈上も、いろいろな特派員とのディスカッションの中で・・・・という意味なので、dents が正しいと思います。発音はあれだけカタカナチックでジャパニーズライクでしたが、リスニング力があればネイティブと堂々と渡り合えることを身をもって示してくださいました。合掌
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