日本にイージス・アショアは不要、核ミサイルを!
7/31(金) 6:01配信
346
JBpress
中国人民解放軍による対空ロケット砲の発射訓練(2020年4月29日、China Militaryより)
イージス・アショア(陸上配備型イージス・システム)は、平成29(2017)年12月に閣議決定により2基の導入が決定された。
しかし今年(2020年)年6月15日、河野太郎防衛大臣の決定により配備プロセスが中止され、同月24日の国家安全保障会議の四大臣会合で、撤回方針が決定された。
■ 核ミサイル数千発の脅威
日本の安全保障にとり最大の脅威は、中朝露の数千発に及ぶ、日本にも到達可能な核搭載可能な各種ミサイルである。
その数は中国だけでも、大気圏外から超音速で落下してくる弾道ミサイル、超低空を這うように飛んで来る巡航ミサイルなどを併せて、約1300発から2700発に上るとみられている。
その約6割は短距離で台湾と南西諸島に向けられている。
北朝鮮も、日本向けとみられるノドン・ミサイル約600発など計1000発程度の各種弾道ミサイルを保有し、核弾頭数も数十発から百発近くに達していると見積もられている。
ロシアが保有する約6800発の核弾頭の約4分の1程度は極東に配備され、中国との関係が改善している今日では、その照準は日米韓台、グアムなどに向けられているとみられる。
■ 核ミサイルに対する戦略と我が国の現状
このような深刻な核脅威に対する抑止および対処戦略として、攻勢戦略と防勢戦略がある。
攻勢戦略は核の先制または残存報復攻撃によるものであり、防勢戦略にはミサイル防衛(MD)システムによる積極防衛と、核シェルターや大規模疎開などの民間防衛による消極防衛がある。
イージス・アショアはMDシステム、すなわち積極防衛戦略のためのシステムの一つである。
その計画撤回の是非については、本来の戦略システムの任務である、各種の核ミサイルの脅威をいかに抑止し対処するかという観点から、その費用対効果を検討し、他のシステムと比較して優位にあるかどうかが問われなければならない。
我が国が保有している戦略システムは極めて限定され、かつ偏っている。戦略攻勢のための核打撃力も核抑止力も全面的に米国に依存してきた。
日本の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの各種核ミサイルの潜在的な開発・保有能力は、技術、財源、関連インフラなど非核国の間では最高レベルにあるが、生かされていない。
また消極的戦略防衛の中核となる核シェルターの人口当たりの普及率は0.02%に過ぎない。
世界の主要国は国民全体の6割から7割を収容できる核シェルターを整備しているが、唯一の被爆国でありかつ世界一のトンネル掘削能力を誇る我が国の核シェルターは無に等しい。
国民保護法は制定されたが、同法施行令第三十五条に示された武力攻撃事態等の避難施設の基準にも、核攻撃にも耐えられる堅固なシェルターを想定した基準は示されていない。
専守防衛は当初から国土国民の一部を犠牲にすることを前提とした、無責任で残酷な防衛政策であることを国民は知るべきであろう。
特に、先制攻撃で核や化学攻撃を受けた場合の被害は取り返しがつかない結果を生むことになる。それに耐え抜くためには、現在無策のまま放置されている核シェルターなどの民間防衛対策も不可欠である。
■ 我が国のミサイル防衛システムと イージス・システムの限界
核脅威に対する戦略的対応策として我が国で現在採られているのが、MDシステムの整備である。現在の我が国のMDシステムは上層用のイージス艦と下層用の「PAC-3」という重層防御態勢をとっている。
それにイージス・アショアが加わることにより、昨年の『防衛白書』によれば、「我が国全域を二四時間・三六五日、長期にわたり切れ目なく防護することが可能となり、隊員の負担も大きく軽減され」、イージス艦の本来任務のための運用や訓練がより容易になる。
また新型のレーダを装備し、「ロフテッド軌道への対応能力や同時多数攻撃への対処能力など、我が国の弾道ミサイル防衛能力は飛躍的に向上する」ものと期待された。
今年5月の河野防衛大臣による計画停止発表の際に最大の理由とされたのは、ミサイルのブースターを確実に演習場内に落下させるためには大規模な改修が必要となり、それに約2000億円の新たな費用と10年の歳月がかかることが判明したことによるとの説明であった。
しかし、有事に核ミサイルが飛来する中、ブースターの落下の恐れがあるから迎撃ミサイルを発射できないというのは、本末転倒の議論と言うべきであろう。
核ミサイルを1発でも撃ち漏らせば瞬時に数十万人から百万人以上の被害が出る。例え化学弾頭であっても、条件によるが同様の大規模な被害が出るであろう。
最大の問題は、中朝露の核ミサイルが近年高度化し、「多弾頭・機動弾頭を搭載する弾道ミサイル、高速化・長射程化した巡航ミサイル、ステルス化・マルチロール化した航空機など、我が国に向けて飛来する経空脅威が、複雑化・多様化の一途をたどっている」ことにある。
一度に発射できる迎撃ミサイルの数には技術的にも予算上も限界がある。
攻撃側のミサイルが多弾頭化すれば、一度に多数の弾頭を迎撃しなければならなくなり、対処能力を超える「飽和攻撃」のおそれが高まる。
また、機動型のかつ極超音速の弾頭に対しては、ロケット・エンジンの燃焼が終わった後の重力による落下軌道から未来位置を予測し、そこに迎撃ミサイルを誘導して直接命中させるという従来の方法では、迎撃が困難になってきている。
北朝鮮も、不規則な軌道を描いて短時間で低高度から飛来するイスカンデル型の短距離ミサイルなど各種の短距離ミサイルの発射試験を、一昨年5月以降盛んに行っている。
すなわち、イージス・アショアだけではなくイージス・システムそのものの有効性が問われている。
しかもイージス・アショアの実戦配備には10年以上を要し、その間の軍事技術の進歩を想定すると配備された頃には時代遅れのMDシステムになっている可能性が高い。
イージス・アショアのコスト優位性にも疑問が出ている。
新型レーダーは開発途上であり、研究開発費の高騰が見込まれ、既存のシステムと異なるため教育訓練、維持整備もコスト高になる。
また使用される「SM-3ブロック2A」は1発30億から40億円と言われ、1発数億円の一般のミサイルを主に搭載するイージス艦よりもミサイルの費用も考慮すると割安とは言えなくなる。
予算上の制約で多数のミサイルが保有できなければ、飽和攻撃に対し脆弱になる。
さらに、防空部隊や警備部隊の常駐配備にも費用がかかる。加えて、落下防止の改修費用も加算すると2基で総額1兆円程度のコストがかかると見積もられ、コスト面のメリットもなくなる。
陸上自衛隊としても、既に「オスプレイ」などの高額米国製装備品をFMS(有償援助)で受け入れており、予算全般が制約され、現在でもヘリのパイロットの訓練時間が約3分の2に減り装備品の稼働率も低下している。
そのうえイージス・アショアまで受け入れれば、予算の制約はさらに強まり、我が国独自の要求に基づく国産装備の調達予算は大幅に制約され、訓練不足による技量と即応性の低下、事故なども起こりかねない。
■ イージス・システムに替わりうる MDシステムとその限界
ではイージス・イステムに替わり、どのようなMDシステムが今後有望かと言えば、指向性エネルギー兵器(DEW)と呼ばれる、高出力レーザー、レールガン、マイクロウェーブ兵器がある。
その特徴は光の速度やこれまでよりもはるかに高速で破壊エネルギーを指向でき命中率が上がることと、砲弾の単価が数十ドルから数千ドル程度と極めて安価になる点である。
砲弾の単価という点で言えば、1発30億から40億円もするSM-3ブロック2Aミサイルを複数発射して、1発5億から6億ドルのミサイルを撃墜するとすれば、イージス・システムは極めて費用対効果は低いと言わざるを得ない。
そのうえ機動型弾頭には命中もしないとなれば、そのような兵器体系は開発に着手していても途中で破棄し、他のシステムの研究開発計画などに切り替えるのが賢明であろう。
現に、年々高騰する最新兵器の研究開発、調達予算に悩まされている米軍では、統合レベルで将来戦様相をシミュレーションし、どのような装備体系が最も望ましいかを開発前の任務分析段階から陸海空の枠を超えて総合的に検討するという、ミッション・エンジニアリングという手法をとろうとしている。
新たな戦い方が有効と評価されれば、従来の経緯にかかわらず、古い戦い方のための開発途上の兵器システムも破棄し切り替えるという方針を追求している。
このような手法をイージス・アショアに適用すれば、将来戦での有効性が保証されないシステムは思い切って中止するという今回の決定は賢明であったと言える。
ただしDEWも万能ではない。レーザーは大気中の減衰のため遠距離に届かず、マイクロウェーブ兵器には核弾頭などの電磁シールド対策、レールガンには砲身の腐食と超加速、目標への誘導という課題があり、いずれも実用化には時間がかかり、かつ100%の撃墜は期待できない。
既存のミサイルシステムも含めた総合ミサイル防空能力で対処することになるとみられる。
しかしそれでも、米ドナルド・トランプ政権の昨年の『ミサイル防衛見直し』報告でも明言されているように、米国のMDシステムは、100発以上のミサイルを同時発射できる中露の核ミサイル攻撃に備えるためのものではない。
北朝鮮、イランなどの局地的核脅威に備えるためのものである。
このように、中露の核脅威には核抑止力で対処するのが、米国の変わらない方針である。今後とも、MDの迎撃能力にも核抑止力にも限界があると言える。
■ 通常戦力による抑止力と対処力への期待と戦い方
では通常戦力による抑止力、対処力にはどこまで期待できるのであろうか。
またイージス・アショアが配備されない場合のMD態勢の穴をどう埋めるのか、海上自衛隊の人員不足やイージス艦運用上の問題も解決されなければならない。
この点については、空母などの大型艦艇はミサイルや無人機の集中攻撃を受け脆弱になるため、無人艇や無人機を大規模に導入して、多数の高機動の自律分散型小目標のネット―クで戦うことが必要になるであろう。
この点では、米海兵隊の2030年を目標とした戦力設計構想が参考になるかもしれない。
少子化に伴う自衛隊員の不足を補うには、陸海空ともに今後は、智能化された自律分散型兵器の大量運用による存存性向上と飽和攻撃という、新しい戦略概念の開発と装備体系の実用化が必要不可欠になるであろう。
■ 敵基地攻撃能力の課題と核弾頭の必要性
敵基地攻撃能力の保有も必要である。
攻勢と防勢の両機能をバランスよく保有すれば、抑止力、懲罰報復力の自己完結性が高まり、より自立的で信頼性の高い抑止力、報復力を得られる。
その意味で、イージス・アショア計画の撤回に伴い、敵基地攻撃能力の必要性が叫ばれているのは、当然のことと言えよう。
しかし、敵基地攻撃を成功させるには、様々の要件が満たされねばならない。
中でも最大の課題は、リアルタイムの確実な目標情報をどう得るか、また多くが地下深くに隠掩蔽された核ミサイル基地をどのようにして確実に破壊するかという点である。
攻撃手段として、米国が開発中の核弾頭を搭載した長距離スタンドオフ巡航ミサイルなどの攻撃手段があれば、地下深部の目標も破壊でき、広域を制圧できるため目標の位置情報も極度の精密さを要求されなくなる。
このような核弾頭の破壊力がなければ、今後の敵基地攻撃を実効あるものにし、信頼できる抑止力にするのは困難ではないだろうか。
このように、通常戦力による戦い方の開発、配備のみでは、確実な抑止力にも対処力にもならない。
相手もまた同様の戦い方の改善を絶えず進めるために、我が方の一方的な勝利を敵に確実に予期させるのは困難である。
すなわち、抑止力にも対処力にも限界がある。しかも、先端的な通常戦力の整備には、多くの時間と人と予算が必要になる。
■ 最小のコストで確実な抑止力 我が国独自の核保有
最小のコストで確実な抑止力を得る道として、日本自らの核保有という選択肢がある。
核抑止力は、核兵器の破壊力による恐怖が根底にあって成り立っている。核兵器にとって代わる、コントロール可能な巨大な破壊力を持った兵器システムは、見通し得る将来も登場しないであろう。
致死率の高い遺伝子操作された人工ウイルスなどの生物兵器も使用される可能性はあるが、化学兵器と同様に極めてコントロールが困難であるという問題点がある。
また核兵器は地下目標や広域目標、地下の生物化学兵器庫の破壊など、通常兵器その他では代替できない能力もある。
今後はミサイルの精密攻撃からの残存性を向上するために、司令部、指揮通信施設、コンピューター中枢、核施設などは地下の深部に展開されることになるとみられる。
これらの地下深部の目標を破壊するには核弾頭が不可欠である。
通常弾頭でも特殊な地下侵徹爆弾はあるが、それでも地下90メートル程度が限度である。また、地表の目標はますます広域を迅速に移動するようになるであろう。今後増加する広域移動目標や地下目標の破壊には核弾頭の必要性がますます高まる。
以上のように分析してみると、イージス・アショア計画の撤回は、単なるMDシステムの問題ではなく、高まる核脅威に対して我が国の戦略態勢全般をどのように構築するかという問題に帰着することが分かる。
まさに、将来戦様相を前提として、戦略態勢全般を見直すべき時期に来ていると言わねばならない。
■ 総合的結論: 核の引き金保持と保有すべき戦力システム
総合的に戦略的な抑止の信頼性、残存報復力、費用対効果などからみて、小型で巨大な破壊力がありコントロールも秘匿も容易な核兵器は、他の通常兵器、生物化学兵器に比べても最も効果的な兵器システムであると言える。
もちろん核兵器だけですべての脅威を抑止し、あるいは対処できるわけではない。
投射システムは通常戦力と一体であり、相応の到達力、突破力、命中破壊力などが伴わなければならない。
敵基地攻撃能力は自立的防衛力と信頼できる抑止力のためには不可欠である。
ただし、その弾頭として核弾頭を搭載しなければ十分にその能力を発揮できないことは、上述したとおりである。
また、ドイツが行っている平時には国内に米国の核弾頭を保管し訓練しておいて緊急時に米大統領の承認を得て核弾頭を譲り受け使用するという、核シェアリングは、核の引き金を米大統領の判断に全面委任しており、拡大抑止の信頼性向上にはならない。
拡大抑止の信頼性を向上するとともに、米国の戦略核報復とのカップリングを確実に保証させる意味でも、核の引き金を日本自身が握らねばならない。
この点は、日本の核保有に当たり最も重要な点であり、米欧間の核シェアリングのあり方をめぐり最も論争となった点である。
欧州、特に独仏は独自核を望んだが、米国ジョン・F・ケネディ政権は欧州の要求を拒絶し米大統領が一手に核の引き金を握る、形だけの核シェアリングをドイツなどに押しつけた。
これに反発したフランスはNATO(北大西洋条約機構)の軍事組織を脱退し独自核の開発保有に踏み切った。
英国だけは英首相自ら独自の核の引き金を保持しつつ、米原潜と同じ型のSLBMを保有し米国の核作戦計画の一部に参加することで、真の意味での核共有を実現している。
日本としては英国型を目指し、やむを得なければフランス型の独自核の保有に踏み切るべきである。
四面環海の日本としてはSLBMを原潜に展開するのが最も望ましい。
それが予算、技術などの制約で整備に時間を要するのであれば、安価で短期間で展開できる地下基地への移動式の機動型核弾頭ミサイルの展開、あるいは核弾頭搭載長距離スタンドオフ巡航ミサイルの装備化に踏み切るべきであろう。
(なお、核保有の必要性と可能性、その費用対効果が核抑止力、核恫喝対処という点でも、米国の戦略核との連動の保証という点でも、最も優れていることについての細部説明は、拙著『核拡散時代に日本が生き延びる道』(勉誠出版)を参照されたい)
矢野 義昭
7/31(金) 6:01配信
346
JBpress
中国人民解放軍による対空ロケット砲の発射訓練(2020年4月29日、China Militaryより)
イージス・アショア(陸上配備型イージス・システム)は、平成29(2017)年12月に閣議決定により2基の導入が決定された。
しかし今年(2020年)年6月15日、河野太郎防衛大臣の決定により配備プロセスが中止され、同月24日の国家安全保障会議の四大臣会合で、撤回方針が決定された。
■ 核ミサイル数千発の脅威
日本の安全保障にとり最大の脅威は、中朝露の数千発に及ぶ、日本にも到達可能な核搭載可能な各種ミサイルである。
その数は中国だけでも、大気圏外から超音速で落下してくる弾道ミサイル、超低空を這うように飛んで来る巡航ミサイルなどを併せて、約1300発から2700発に上るとみられている。
その約6割は短距離で台湾と南西諸島に向けられている。
北朝鮮も、日本向けとみられるノドン・ミサイル約600発など計1000発程度の各種弾道ミサイルを保有し、核弾頭数も数十発から百発近くに達していると見積もられている。
ロシアが保有する約6800発の核弾頭の約4分の1程度は極東に配備され、中国との関係が改善している今日では、その照準は日米韓台、グアムなどに向けられているとみられる。
■ 核ミサイルに対する戦略と我が国の現状
このような深刻な核脅威に対する抑止および対処戦略として、攻勢戦略と防勢戦略がある。
攻勢戦略は核の先制または残存報復攻撃によるものであり、防勢戦略にはミサイル防衛(MD)システムによる積極防衛と、核シェルターや大規模疎開などの民間防衛による消極防衛がある。
イージス・アショアはMDシステム、すなわち積極防衛戦略のためのシステムの一つである。
その計画撤回の是非については、本来の戦略システムの任務である、各種の核ミサイルの脅威をいかに抑止し対処するかという観点から、その費用対効果を検討し、他のシステムと比較して優位にあるかどうかが問われなければならない。
我が国が保有している戦略システムは極めて限定され、かつ偏っている。戦略攻勢のための核打撃力も核抑止力も全面的に米国に依存してきた。
日本の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの各種核ミサイルの潜在的な開発・保有能力は、技術、財源、関連インフラなど非核国の間では最高レベルにあるが、生かされていない。
また消極的戦略防衛の中核となる核シェルターの人口当たりの普及率は0.02%に過ぎない。
世界の主要国は国民全体の6割から7割を収容できる核シェルターを整備しているが、唯一の被爆国でありかつ世界一のトンネル掘削能力を誇る我が国の核シェルターは無に等しい。
国民保護法は制定されたが、同法施行令第三十五条に示された武力攻撃事態等の避難施設の基準にも、核攻撃にも耐えられる堅固なシェルターを想定した基準は示されていない。
専守防衛は当初から国土国民の一部を犠牲にすることを前提とした、無責任で残酷な防衛政策であることを国民は知るべきであろう。
特に、先制攻撃で核や化学攻撃を受けた場合の被害は取り返しがつかない結果を生むことになる。それに耐え抜くためには、現在無策のまま放置されている核シェルターなどの民間防衛対策も不可欠である。
■ 我が国のミサイル防衛システムと イージス・システムの限界
核脅威に対する戦略的対応策として我が国で現在採られているのが、MDシステムの整備である。現在の我が国のMDシステムは上層用のイージス艦と下層用の「PAC-3」という重層防御態勢をとっている。
それにイージス・アショアが加わることにより、昨年の『防衛白書』によれば、「我が国全域を二四時間・三六五日、長期にわたり切れ目なく防護することが可能となり、隊員の負担も大きく軽減され」、イージス艦の本来任務のための運用や訓練がより容易になる。
また新型のレーダを装備し、「ロフテッド軌道への対応能力や同時多数攻撃への対処能力など、我が国の弾道ミサイル防衛能力は飛躍的に向上する」ものと期待された。
今年5月の河野防衛大臣による計画停止発表の際に最大の理由とされたのは、ミサイルのブースターを確実に演習場内に落下させるためには大規模な改修が必要となり、それに約2000億円の新たな費用と10年の歳月がかかることが判明したことによるとの説明であった。
しかし、有事に核ミサイルが飛来する中、ブースターの落下の恐れがあるから迎撃ミサイルを発射できないというのは、本末転倒の議論と言うべきであろう。
核ミサイルを1発でも撃ち漏らせば瞬時に数十万人から百万人以上の被害が出る。例え化学弾頭であっても、条件によるが同様の大規模な被害が出るであろう。
最大の問題は、中朝露の核ミサイルが近年高度化し、「多弾頭・機動弾頭を搭載する弾道ミサイル、高速化・長射程化した巡航ミサイル、ステルス化・マルチロール化した航空機など、我が国に向けて飛来する経空脅威が、複雑化・多様化の一途をたどっている」ことにある。
一度に発射できる迎撃ミサイルの数には技術的にも予算上も限界がある。
攻撃側のミサイルが多弾頭化すれば、一度に多数の弾頭を迎撃しなければならなくなり、対処能力を超える「飽和攻撃」のおそれが高まる。
また、機動型のかつ極超音速の弾頭に対しては、ロケット・エンジンの燃焼が終わった後の重力による落下軌道から未来位置を予測し、そこに迎撃ミサイルを誘導して直接命中させるという従来の方法では、迎撃が困難になってきている。
北朝鮮も、不規則な軌道を描いて短時間で低高度から飛来するイスカンデル型の短距離ミサイルなど各種の短距離ミサイルの発射試験を、一昨年5月以降盛んに行っている。
すなわち、イージス・アショアだけではなくイージス・システムそのものの有効性が問われている。
しかもイージス・アショアの実戦配備には10年以上を要し、その間の軍事技術の進歩を想定すると配備された頃には時代遅れのMDシステムになっている可能性が高い。
イージス・アショアのコスト優位性にも疑問が出ている。
新型レーダーは開発途上であり、研究開発費の高騰が見込まれ、既存のシステムと異なるため教育訓練、維持整備もコスト高になる。
また使用される「SM-3ブロック2A」は1発30億から40億円と言われ、1発数億円の一般のミサイルを主に搭載するイージス艦よりもミサイルの費用も考慮すると割安とは言えなくなる。
予算上の制約で多数のミサイルが保有できなければ、飽和攻撃に対し脆弱になる。
さらに、防空部隊や警備部隊の常駐配備にも費用がかかる。加えて、落下防止の改修費用も加算すると2基で総額1兆円程度のコストがかかると見積もられ、コスト面のメリットもなくなる。
陸上自衛隊としても、既に「オスプレイ」などの高額米国製装備品をFMS(有償援助)で受け入れており、予算全般が制約され、現在でもヘリのパイロットの訓練時間が約3分の2に減り装備品の稼働率も低下している。
そのうえイージス・アショアまで受け入れれば、予算の制約はさらに強まり、我が国独自の要求に基づく国産装備の調達予算は大幅に制約され、訓練不足による技量と即応性の低下、事故なども起こりかねない。
■ イージス・システムに替わりうる MDシステムとその限界
ではイージス・イステムに替わり、どのようなMDシステムが今後有望かと言えば、指向性エネルギー兵器(DEW)と呼ばれる、高出力レーザー、レールガン、マイクロウェーブ兵器がある。
その特徴は光の速度やこれまでよりもはるかに高速で破壊エネルギーを指向でき命中率が上がることと、砲弾の単価が数十ドルから数千ドル程度と極めて安価になる点である。
砲弾の単価という点で言えば、1発30億から40億円もするSM-3ブロック2Aミサイルを複数発射して、1発5億から6億ドルのミサイルを撃墜するとすれば、イージス・システムは極めて費用対効果は低いと言わざるを得ない。
そのうえ機動型弾頭には命中もしないとなれば、そのような兵器体系は開発に着手していても途中で破棄し、他のシステムの研究開発計画などに切り替えるのが賢明であろう。
現に、年々高騰する最新兵器の研究開発、調達予算に悩まされている米軍では、統合レベルで将来戦様相をシミュレーションし、どのような装備体系が最も望ましいかを開発前の任務分析段階から陸海空の枠を超えて総合的に検討するという、ミッション・エンジニアリングという手法をとろうとしている。
新たな戦い方が有効と評価されれば、従来の経緯にかかわらず、古い戦い方のための開発途上の兵器システムも破棄し切り替えるという方針を追求している。
このような手法をイージス・アショアに適用すれば、将来戦での有効性が保証されないシステムは思い切って中止するという今回の決定は賢明であったと言える。
ただしDEWも万能ではない。レーザーは大気中の減衰のため遠距離に届かず、マイクロウェーブ兵器には核弾頭などの電磁シールド対策、レールガンには砲身の腐食と超加速、目標への誘導という課題があり、いずれも実用化には時間がかかり、かつ100%の撃墜は期待できない。
既存のミサイルシステムも含めた総合ミサイル防空能力で対処することになるとみられる。
しかしそれでも、米ドナルド・トランプ政権の昨年の『ミサイル防衛見直し』報告でも明言されているように、米国のMDシステムは、100発以上のミサイルを同時発射できる中露の核ミサイル攻撃に備えるためのものではない。
北朝鮮、イランなどの局地的核脅威に備えるためのものである。
このように、中露の核脅威には核抑止力で対処するのが、米国の変わらない方針である。今後とも、MDの迎撃能力にも核抑止力にも限界があると言える。
■ 通常戦力による抑止力と対処力への期待と戦い方
では通常戦力による抑止力、対処力にはどこまで期待できるのであろうか。
またイージス・アショアが配備されない場合のMD態勢の穴をどう埋めるのか、海上自衛隊の人員不足やイージス艦運用上の問題も解決されなければならない。
この点については、空母などの大型艦艇はミサイルや無人機の集中攻撃を受け脆弱になるため、無人艇や無人機を大規模に導入して、多数の高機動の自律分散型小目標のネット―クで戦うことが必要になるであろう。
この点では、米海兵隊の2030年を目標とした戦力設計構想が参考になるかもしれない。
少子化に伴う自衛隊員の不足を補うには、陸海空ともに今後は、智能化された自律分散型兵器の大量運用による存存性向上と飽和攻撃という、新しい戦略概念の開発と装備体系の実用化が必要不可欠になるであろう。
■ 敵基地攻撃能力の課題と核弾頭の必要性
敵基地攻撃能力の保有も必要である。
攻勢と防勢の両機能をバランスよく保有すれば、抑止力、懲罰報復力の自己完結性が高まり、より自立的で信頼性の高い抑止力、報復力を得られる。
その意味で、イージス・アショア計画の撤回に伴い、敵基地攻撃能力の必要性が叫ばれているのは、当然のことと言えよう。
しかし、敵基地攻撃を成功させるには、様々の要件が満たされねばならない。
中でも最大の課題は、リアルタイムの確実な目標情報をどう得るか、また多くが地下深くに隠掩蔽された核ミサイル基地をどのようにして確実に破壊するかという点である。
攻撃手段として、米国が開発中の核弾頭を搭載した長距離スタンドオフ巡航ミサイルなどの攻撃手段があれば、地下深部の目標も破壊でき、広域を制圧できるため目標の位置情報も極度の精密さを要求されなくなる。
このような核弾頭の破壊力がなければ、今後の敵基地攻撃を実効あるものにし、信頼できる抑止力にするのは困難ではないだろうか。
このように、通常戦力による戦い方の開発、配備のみでは、確実な抑止力にも対処力にもならない。
相手もまた同様の戦い方の改善を絶えず進めるために、我が方の一方的な勝利を敵に確実に予期させるのは困難である。
すなわち、抑止力にも対処力にも限界がある。しかも、先端的な通常戦力の整備には、多くの時間と人と予算が必要になる。
■ 最小のコストで確実な抑止力 我が国独自の核保有
最小のコストで確実な抑止力を得る道として、日本自らの核保有という選択肢がある。
核抑止力は、核兵器の破壊力による恐怖が根底にあって成り立っている。核兵器にとって代わる、コントロール可能な巨大な破壊力を持った兵器システムは、見通し得る将来も登場しないであろう。
致死率の高い遺伝子操作された人工ウイルスなどの生物兵器も使用される可能性はあるが、化学兵器と同様に極めてコントロールが困難であるという問題点がある。
また核兵器は地下目標や広域目標、地下の生物化学兵器庫の破壊など、通常兵器その他では代替できない能力もある。
今後はミサイルの精密攻撃からの残存性を向上するために、司令部、指揮通信施設、コンピューター中枢、核施設などは地下の深部に展開されることになるとみられる。
これらの地下深部の目標を破壊するには核弾頭が不可欠である。
通常弾頭でも特殊な地下侵徹爆弾はあるが、それでも地下90メートル程度が限度である。また、地表の目標はますます広域を迅速に移動するようになるであろう。今後増加する広域移動目標や地下目標の破壊には核弾頭の必要性がますます高まる。
以上のように分析してみると、イージス・アショア計画の撤回は、単なるMDシステムの問題ではなく、高まる核脅威に対して我が国の戦略態勢全般をどのように構築するかという問題に帰着することが分かる。
まさに、将来戦様相を前提として、戦略態勢全般を見直すべき時期に来ていると言わねばならない。
■ 総合的結論: 核の引き金保持と保有すべき戦力システム
総合的に戦略的な抑止の信頼性、残存報復力、費用対効果などからみて、小型で巨大な破壊力がありコントロールも秘匿も容易な核兵器は、他の通常兵器、生物化学兵器に比べても最も効果的な兵器システムであると言える。
もちろん核兵器だけですべての脅威を抑止し、あるいは対処できるわけではない。
投射システムは通常戦力と一体であり、相応の到達力、突破力、命中破壊力などが伴わなければならない。
敵基地攻撃能力は自立的防衛力と信頼できる抑止力のためには不可欠である。
ただし、その弾頭として核弾頭を搭載しなければ十分にその能力を発揮できないことは、上述したとおりである。
また、ドイツが行っている平時には国内に米国の核弾頭を保管し訓練しておいて緊急時に米大統領の承認を得て核弾頭を譲り受け使用するという、核シェアリングは、核の引き金を米大統領の判断に全面委任しており、拡大抑止の信頼性向上にはならない。
拡大抑止の信頼性を向上するとともに、米国の戦略核報復とのカップリングを確実に保証させる意味でも、核の引き金を日本自身が握らねばならない。
この点は、日本の核保有に当たり最も重要な点であり、米欧間の核シェアリングのあり方をめぐり最も論争となった点である。
欧州、特に独仏は独自核を望んだが、米国ジョン・F・ケネディ政権は欧州の要求を拒絶し米大統領が一手に核の引き金を握る、形だけの核シェアリングをドイツなどに押しつけた。
これに反発したフランスはNATO(北大西洋条約機構)の軍事組織を脱退し独自核の開発保有に踏み切った。
英国だけは英首相自ら独自の核の引き金を保持しつつ、米原潜と同じ型のSLBMを保有し米国の核作戦計画の一部に参加することで、真の意味での核共有を実現している。
日本としては英国型を目指し、やむを得なければフランス型の独自核の保有に踏み切るべきである。
四面環海の日本としてはSLBMを原潜に展開するのが最も望ましい。
それが予算、技術などの制約で整備に時間を要するのであれば、安価で短期間で展開できる地下基地への移動式の機動型核弾頭ミサイルの展開、あるいは核弾頭搭載長距離スタンドオフ巡航ミサイルの装備化に踏み切るべきであろう。
(なお、核保有の必要性と可能性、その費用対効果が核抑止力、核恫喝対処という点でも、米国の戦略核との連動の保証という点でも、最も優れていることについての細部説明は、拙著『核拡散時代に日本が生き延びる道』(勉誠出版)を参照されたい)
矢野 義昭