独眼竜国際ジャーナルの ヒデと明美の愛のブログ ヒデと明美が日々の愛の生活を書き留めます。比国移住25年紀行

ヒデは1,人工透析、2,心臓が弱り40%機能、3,リウマチ身体が不自由

後2年、長くて5年以内に寿命尽きる予測

2019年09月21日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備


「墓マイラー」体験記

9/20(金) 14:32配信

47NEWS
「墓マイラー」体験記

墓マイラーは礼儀や節度も大事

 「墓マイラー」をご存知だろうか。

 墓を巡ってマイレージをためる人のことではない。

 昨今、墓参りが趣味の人をそう呼ぶらしい。参るのは、歴史上の人物や著名人の墓。そのルーツは江戸時代にさかのぼる。

 趣味としての「墓参り」は、江戸時代「掃苔(そうたい)」と呼ばれた。 

 字のまんま、墓石の苔を掃きながら、様々な思いを馳せたという。

 墓石の拓本、有名人のお墓カタログ「掃苔録」もあり、現代の「墓マイラー」にあたる「掃苔家」と称する人もいたらしい。

 「掃苔家」の筆頭は『南総里見八犬伝』の作者・滝沢馬琴。さらに森鴎外、永井荷風といった文人の名前も挙がる。

 作家の山崎ナオコーラさんが、『文豪お墓まいり記』(2019年・文芸春秋社)という本を出している。雑誌の『文學界』に連載されていたので、私もたまに読んでいた。

 文豪のお墓をご主人と一緒に訪れて、霊園近くで腹ごしらえをしたり、ちょっとしたお供え物を手に墓参りをしている描写が面白かった。
「墓マイラー」体験記

広大で自然豊かな多磨霊園

 でも、一体何が楽しくて赤の他人の墓を参るのだろう?

 ちょっと興味をそそられたので、私もやってみることにした。

 墓マイラーとしては、誰に会いたいかというのもあるが、どこの墓地に行くかが悩みどころだ。

 由緒ある青山墓地や鎌倉の墓所もいいのだが、私の幼い頃の思い出と重なる「多磨霊園」へ自然と足が向いた。

 武蔵野の一帯が昔から好きだ。

 「ハケ」と呼ばれる崖線がかたどる丘陵には湧き水も出る。

 多磨霊園は、子どもの私にとって都会との「結界」であり「異世界」だった。

 1970年代、多磨霊園の最寄駅である多磨墓地前駅(現多磨駅)は、瓦屋根に洋風な白いペンキ塗りの垣根が可愛い小さな駅だった。

 まだ米軍エリア「関東村」の名残もあり、アメリカンスクールの生徒がスケボーでピューンと飛び出してくる気配がした。

 多磨霊園が開園したのは大正時代。

 ドイツの公園墓地をお手本に作られ、日本の墓地開発のモデルと言われている。確かに陰気さはなく、景観を重視した空間が心地よい。

多磨霊園は、墓地というよりも、野川公園と浅間山、むさしの公園などに連なる巨大な森だった。

 90年代、私は『フローズンナイト』(フジテレビ『世にも奇妙な物語』のパイロット版)の撮影で再びこの地を訪れた。

 私の役は、墓地でタクシーを拾う謎の女。故・左とん平さんがタクシー運転手の役。二人の掛け合いでいくつかのエピソードをつなぎ、最終的に私が幽霊に化けて運賃を踏み倒す。多磨霊園の暗闇に、私の赤いレインコートがやたらと映えた。

 そんなことを思い出しながら加藤道夫さんのお墓へ向かった。

 女優の先輩・加藤治子さんの元夫で劇作家の加藤道夫さん。誰かがネットに上げてくれているので、お墓の場所はすぐにわかった。

 加藤道夫さんのお墓と対面。線香を焚いて合掌した。 

 実は、加藤治子さんの本を通じてしか道夫さんを知らない。

 それなのに、私は独りでずっと墓石に向い、治子さんの本に書かれていたチェーホフの劇の話などをとつとつと喋っていた。
「墓マイラー」体験記

外人墓地で寛ぐのら猫と落語家・快楽亭ブラックの墓

 土の小径を歩けば、落ち葉がふかふかと足裏に心地よい。

 のら猫にも遭遇。

 「あら、三島由紀夫さんのお墓はどこかしら?」

 猫はしなやかに伸びをすると尻尾を立てて10区の方へ歩いていく。三島由紀夫のお墓は10区だった。

 「三島、三島」と探しながら、私はそこを3度も回ってしまった。

 「そうだ! 三島由紀夫は本名じゃない、平岡公威!」

 はたと気づくと、墓は目の前にあった。

 遠くからなぜか聞こえる篠笛の音。

 お墓のある空間は、静謐そのものだった。

 手入れの行き届いた品の良い樹木が2本。

 線香を焚きながら、私は三島の墓石に話し始めた。

 「あの小説のあそこが面白かった」「どうやったらあんな風に書けるのか?」「知り合いに三島由紀夫文学賞を受賞した人が2人もいますよ」云々。

 実際、三島由紀夫を目の前にして、こんな話ができるわけもない。私が独りでペラペラと喋っていたら、周りは異様に感じるだろう。


なのに、この「掃苔家」としての行為は、実に自然で穏やかな時間だ。しかも、なぜか心がスッとする。

 思えば、幼い頃から墓場で遊んでいた。

 卒塔婆に書かれた文字がオドロオドロしかったけれど、怖くはなかった。墓石は冷んやりと気持ちよく、苔が生えていたりすると壮大な時の流れすら感じられた。

 横浜の外人墓地でもそうだった。

 映画『小さな恋のメロディ』じゃないが、墓場でデートをしたことがある。

 墓碑に刻まれた文字を読むのが好きで凝視していたら、彼から墓地でデートなんて気味が悪いと言われた。

 今では一緒に歩いてくれる人がいる。

 いろんな墓のデザインを共に楽しみ、のら猫にいちいち話しかける私を面倒くさいと思わないでくれるその存在は、本当にありがたい。

 多磨霊園を最後に参ったのは、岡本太郎の家族墓地。

 母・かのこの墓。その隣が父・一平の墓。そして太郎の墓。

 土俵の中に、家族のお墓が微妙な距離感で並んでいて、シュールな家族団らん風景にもみえる。
「墓マイラー」体験記

親族のお墓の前で

 詩人であった岡本かのこの墓は観音立像の姿をしている。

 一説によると、かのこは太郎以上にぶっ飛んだ母親だったらしい。

 父・一平の墓は、なぜか岡本太郎の作品「かのこ像」が原型。ふくよかな胸は、供花を手向けられるように大きな椀状になっている。

 岡本太郎と敏子の墓は「午後の日(1967年)」という太郎の作品で、選んだのは敏子自身だそうだ。

 さらにそこへ、川端康成による追悼文が彫られている碑もあった。

 〈追悼文の一節〉

 「家族というもの、夫婦親子という結びつきの生きようについて考える時、私はいつも必ず岡本一家を一つの手本として、一方に置く。  この三人は日本人の家族としてはまことに珍しく、お互いを高く生かし合いながら、お互いが高く生きた。深く豊かに愛し敬い合って、三人がそれぞれ成長した。  古い家族制度がこわれ、人々が家での生きように惑っている今日、岡本一家の記録は殊に尊い。この大肯定の泉は世を温めるであろう」(川端康成『母の手紙』序より)


岡本家は常識ではかりきれない家族だったというが、あらためて家族とは不思議な縁だと感じた。

 私にも家族の墓がある。

 父が生前、母と息子家族と一緒に入るために用意した墓だ。

 東北生まれの昭和の頑固オヤジ。高度成長期を生き抜き、身勝手なやり方でしか家族を愛せないひとであった父の、最後の家族団らんのつもりだったのだろう。

 今年5月に父を亡くし、そこからその墓参りを始めた。

 新盆の中日、雨上がり大きな虹が出たので仰ぎ見ると、墓越しに山の稜線の風景が父の故郷の原風景に重なった。

 私はちょっと驚き、さっそく墓の前で語りかけたが、言葉は風に舞ってどこかへ消えていくだけ。

 「そこに私はいません」と言わんばかりに。

 「墓マイラー」という言葉にいまいち乗れない私だが、「墓を参る」という行為は心穏やかになれる良い行いだ。

 死者と語らいながら季節の趣を味わう。これからお墓について考える者にとっての結縁をも運ぶものかもしれない。

 あなたもお彼岸にお墓を参ってみてはいかがだろうか。(女優・洞口依子)

人工呼吸器をつけた患者

2019年09月20日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備

基本的に、延命処置を禁止することが良いだろう。

延命処置が患者自身の負担や医療費高騰になっている(医療関係はこれで儲かるが)よほどの理由がない限り、延命禁止と国会は法律を作りなさい<<無理だろう、議員など余計なことはしたくない。高額手当もらいふんぞり返ってるだけ>>



脳梗塞で搬送され人工呼吸器をつけた患者 「いつくらいになりますか?」とたずねる家族にどう向き合うか

9/19(木) 12:15配信

読売新聞(ヨミドクター)
鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

《重度の脳梗塞(こうそく)で救急搬送されてきた75歳の女性患者。搬送直後に呼吸状態が悪化し、人工呼吸器を装着するかどうかを検討する必要がでてきた。同居していた長男によれば、6年前に患者は大腸がんを患い、その後、入退院を繰り返しており、「もう苦しい思いはしたくない」と話していたことがあるという。患者の長女はアメリカで仕事をしており、病院への到着は2日後になる。長女は母にとって自慢の娘であり、「どうしても最期に立ち会わせてあげたい、何とか姉さんが病院に到着するまではもたせてほしい」と、長男は強く延命処置を希望した。

 そこで、患者には人工呼吸器が装着され、2日後に長女がアメリカから帰国した。患者と長女は無事に再会することができた。救急搬送されてから1週間が経過、昇圧剤(血圧を上昇させるための薬剤)も中止し、小康状態を保っている。長男は仕事を休んでいて、長女もアメリカに帰らなければならない状況になってきた。長男は看護師に、「もう1週間になりますが、いつくらいになりますか?」とたずねてきた》
脳梗塞で搬送され人工呼吸器をつけた患者 「いつくらいになりますか?」とたずねる家族にどう向き合うか

イメージ
「なんて勝手なこと言うのだろう…」

 みなさんが看護師だったとして、このように「いつくらいになりますか?」と家族にたずねられたらどう答えるでしょうか? この看護師は、「その時がいつになるのか、はっきりとした時期はわかりませんが、医師の説明にもあったように、いつ状態が急に悪くなってもおかしくない状況にあります」とまずは伝えたそうです。この患者は、集中治療室から一般病棟に移動して3週間後に亡くなられたそうです。

 この看護師は、私たちのナラティヴライティングに参加し、非常に正直な心のうちを明かしていました。

 「なんて勝手なこと言うのだろう。患者さんはきっと苦しい思いをしているのに、まるで死を待っているかのように聞いてくる。いつになるかなんて、私たちにもわからない……」

 本当にそうですよね。人の最期がいつになるかなんて、誰にも答えることはできません。もちろん、看護師が家族に対して、このような心の内を直接お話しすることはありませんが、ナラティヴライティングは「その場面で自分がどう思ったか」を書いてみる試みなので、心の声があらわになってきます。この場面について、ほかの看護師と話し合った記録を見ると、状況は幾分異なるにせよ、みな似たような経験をしており、この看護師の思いに共感していたようです。

 この場面を書いた看護師は、「『どうしても最期に立ち会いたい』という気持ちはよくわかるけど、患者本人は本当にこの状況を望んでいたのだろうか。患者よりも家族の思いを優先してしまった形であり、これでよかったのだろうか」と葛藤していました。


人工呼吸器をつけたら…認識の違い

 話し合いのなかで、二つのポイントが挙がりました。

 一つは、人工呼吸器装着後のイメージが、家族と医療者の間で異なっているのではないかということでした。つまり、この家族の場合、「人工呼吸器をつけたら、長女が戻ってくるまでの数日間だけ延命できるだろう」という認識です。しかし、昇圧剤を使ったり、人工呼吸器を使用すると危篤状態を乗り切る場合もあり、「ある程度、延命をはかることができる」という認識が、医療者側にはあります。しかし、そのことを家族は十分理解できていなかっただろうというのです。

 救急搬送されていますから、家族の心中は計り知れないものであり、厳しい患者の状況を理解したり、受け入れたりできないこともあります。しかし、処置を行った後の見通しについて、「患者の病状について理解度をふまえつつ、丁寧に話を続けていくことが必要だ」という意見で一致しました。医療者にとっては容易に予測や見通しがつくことでも、一般の人にとってはそうでないことを、まさにこの場面は示していると思います。
過去の発言を「患者の意思」とみなしていいのか?

 二つ目のポイントは、患者が「苦しい思いをしたくない」と言っていた意味についてです。

 患者がどんなことを指して「苦しい思い」と言っていたのか。そして、過去の発言をもとにして、現在の延命処置にかかわる判断をすることは適当なのか。今の状況において、本人が言った言葉ではないので、なかなか判断が難しいですね。医療者から母親の今までの思いを問われ、長男はこのフレーズを思い出したわけですから、それにもかかわらず呼吸器を装着したことについては、苦渋の選択だったと思います。「家族そろって母親の最期に立ち会いたい」という思いが勝ったのでしょう。こうした場合、「苦しい思いをしたくない」という言葉が、「具体的な状況や治療を想定しているか」「相手が変わっても繰り返し述べられているか」などを吟味し、家族と医療者が話し合いを重ね、慎重に判断していくことが求められます。



家族とのコミュニケーションで

 前述したように、医療者としては、一つ一つの処置の意味や今後の見通しについて、家族がイメージできるように説明した上で、「患者が何を大切にしてきたのか」「患者にとってよいことは何か」を、家族と共に考え続け、できるだけみなが納得できるような決定ができるよう支援することが大切です。

 先の場面のことを書いた看護師は、「いつも、その日の患者の身体の変化を、家族に伝えるよう心がけている」と語ってくれました。たとえば、「昨日に比べて血圧が下がってきていますね」「少し、尿の量が減ってきていますね」など。そうすることで、家族自身が、いま患者はどのような状況になりつつあるのか、少しずつ察していくことができると思い、実践しているそうです。もちろん、「今日は昨日より手が温かくなっていますね」とか、「家族がいらしたら、目が少し開きましたね」など、良い変化も伝えていくそうです。

 こういった看護師のベッドサイドでのアプローチは、患者の変化する身体状態についての家族の理解を助け、また、最期に近づきつつあることへの認識も促していくものだと思います。
脳梗塞で搬送され人工呼吸器をつけた患者 「いつくらいになりますか?」とたずねる家族にどう向き合うか

鶴若麻理
鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大准教授(生命倫理分野)、同大公衆衛生大学院兼任准教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)がある。




zrvl: | 15時間前

父は脳梗塞で1ヶ月後に亡くなりました。姉はクモ膜下出血で手術で命はとりとめましたが半身不随に、数年後完全寝たきりとなり15年目、倒れた時、どんな姿でも生きていて欲しいとは誰もが思うことですが、姉を見ていて、姪を見ていて本当に助かったことを素直に喜べないでいます。父のように1ヶ月間看病をさせてもらって密な時間を過ごした後にすっと逝くお互いそのほうが幸せかもしれない

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匿名 | 16時間前

命を繋いだから、その後が幸せとは限らない。罹患した病名によって麻痺や言語、記憶障害が残り、寝たきりになる場合も。生活の質は下がります。
高齢になればなるほど、元の生活には戻れないと思います。昔は救命できない場合も多く、それが寿命でした。生きるのと生かされるのは違う。呼吸器を繋がれ意思疎通ができず、体にたくさんの管がついてベッドに寝てる状態の親を見たとき、どんな状態でも生きていてほしいとは思えませんでした。



kei***** | 14時間前

治療のメリット・デメリットを患者側に伝えないとだめなのは誰だってわかってる。こういうのって医者が忙しすぎて、患者に説明をしっかりする時間がないって問題がある
問題の根底は医療行政の失敗だしそちらの責任も考えないといけない
行政の失敗は国民にもあるんだから皆が関心を持って変えていかないといけない

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p09***** | 18時間前

手術で麻酔をかけているときに、「痛い・苦しい」という心配をするでしょうか? ないですよね、麻酔が覚めてから、「切ったところが痛い」という話はあります。すぐ麻酔剤・鎮痛剤を使用します。

意識がない状態とはそういうことなのです。周りが見て判断できません。呼吸が苦しそうなら、麻薬性鎮痛剤なので抑えることもできます。

安心していただいて結構です。最期に会いたい人もいるでしょう。そのための延命でも良いのです。

いつまで「延命できるか・回復するか」については、医療者が客観的に言わなければいけません。病変の大きさ/場所・全身状態などで、東京電力と同じで、「1年・1か月・1週間・数日・数時間」はきちんと説明しないとみなさん混乱します。途中で状況が変わることもあります。それは、残念ながらその時にしか分かりませんね。

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返信0
mmm | 15時間前

いつくらいになりますか とは、家族にも生活があるからでしょう。それによって、仕事とか、どうするか決めないといけない。現実には、何日も、母が大変な状態でとはいってられない。

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Upat***** | 14時間前

夫に伝えてある。
この先何があっても延命なんてしないでくれと。
毎日の投薬でいつか肝臓等に影響が出ると思ってます。飲んでる錠剤は1日30以上。
他の病気で一時違う薬の服用も必要で血液検査を受けました。薬の強さと量で肝臓に影響がある場合飲めないからと言ってました。
主治医もびっくりしてたけど異常なしと。
もう30後半健康な人より負担がかかっている臓器。
死ぬ病じゃないけど1日1日悔いの無いように生きている。

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pbo***** | 15時間前

病院側の説目不足としか思えない。
だいたい、延命事態が、残された側の弱さや、エゴとしか思えないが、
自然の成り行きを人間の拙い技術で一時の感情でねじ曲げると、必ずどこかに歪みが生まれる。
高齢化していても、寝たきりなら本人はさぞ苦しかろうし、家族の慰み者になるなんて、、

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ki***** | 8時間前

医者と話していると意思疎通の難しさを感じる。
医者には当たり前の事もこちらには無い。
手探りで調べても、前提知識が違い、苦労する。

私は脳死を死と思えないので
自分の臓器提供カードに「はい」をできないが
3年目を覚まさなければ死なせてほしいとも思う。
選択肢が究極過ぎて選べない。

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tak***** | 13時間前

延命目的で人工呼吸器療法を行うと病院は儲かります。深い鎮静をかけるので患者は動くことがないのでアラームが鳴る事も少なく、体位交換や気管内吸引も定時に順番で行うため、経験の少ないナースでも対応できます。気管内挿管されているので何年入院しても診療報酬が減額されることもありません。
患者家族から見ると、高額療養制度があるので月当たり5~6万円で済みます。高齢者施設に入所しているより格安です。そうすると、患者が受給している年金との差額が、同居親族の収入になる。
こんなWin-Winな制度が間違っていると思いませんか。

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r29***** | 5時間前

たかが立ち合いのために数年間の延命をしてしまうことがないよう、延命可能性についてみっちりと説明しないといけない。短い説明機会で(延命すると大変だよ、と)言いにくいならパンフレットを作るといいと思う。

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j******* | 2時間前

ひとまわり年上の従兄弟(60代前半)が39歳の時に脳梗塞で倒れて生死を彷徨い、処置が早かったことと医師の判断で延命したけど、体には重大な障害が残ってしまった。見ているのもつらいくらい重篤な様子。自分がこうならないためにも日ごろの体調管理には気をつけ、太らないようにしていること、高血圧、糖尿病には絶対に罹るまいとしている。

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dad***** | 12時間前

確かに、これでは姉さんが米国に帰るまでの僅かな間に見送りしたいからそれまでに亡くなってほしいみたいなニュアンスになっていますね。患者さん本位というよりご家族の方々の都合が優先というか。

どうしても親御さんに寄り添って最期も見届けたいというなら米国なんかに仕事に行かずに地元でお仕事を探す選択肢もあったのでは。




癌、、問題

2019年09月17日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備

癌、、問題


現代ビジネス
がんはなぜ「再発」するのか?…患者の前で言わないホントのこと


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いまや日本人の2人に1人がかかると言われる「がん」。もし自分や、自分の家族ががんになったら……。そんなとき心強い味方になってくれるのが、著書『がん外科医の本音』で知られる中山祐次郎医師だ。がんの厄介な特徴である「再発」。そもそもなぜ、がんは再発するのだろうか? 普通の医師なら患者の前で言わない「本当の理由」を、中山氏が教えてくれた。
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ダマされるな! 飲んでも効かない「サプリ」一覧 えっ、あれも…?
がんはなぜ「再発」するのか?…患者の前で言わないホントのこと

Photo by iStock
検査には「限界」がある

 がんの再発とは、簡単に言えば「見かけ上、がんが体から無くなったが、再び出てきてしまった状態」を言います。

 ここで「見かけ上」と断ったのは、治療をした結果、ある患者さんの体の中からがんが完全になくなったかどうかを判定すること自体が不可能に近いからです。どういうことでしょうか。

 私たちがん治療の専門医は、CTやMRI、PET検査などいろいろな検査で体内のがんの状況を把握します。治療の前、そして治療中、さらには治療後数ヶ月と実にさまざまなタイミングで何度も検査を行い、がんがどこにあるかを確定させるのです。

 しかし、ここで出てくるのが、検査の限界という問題です。検査結果では「がんは無し」と判定されても、細胞レベルで見ると体内に残っている可能性があるのです。

 CT検査では、放射線を使って体の中をかなり詳細に見ることができますが、それでも放射線被曝との兼ね合いで通常5ミリメートルおきの断片的な画像しか撮りません。

 ですから、この一枚と次の一枚の間に、たまたま2ミリメートルの大きさのがんがあったら、発見できないのです。2ミリメートルのがんはまだ大きいものですが、その何百分の一の大きさであるがん細胞が数十個こぼれ落ちていたとしたら、これはどんな検査でも発見できません。

 こういった検査の限界があるため、厳密な意味で「患者さんの体から、がんは完全にいなくなった」と言い切ることには無理があるのです。

 がんはがん細胞がいくつかあるだけで無限に増殖していきます。

 ですから、「再発した」という言葉の意味は、「患者さんの体からがんは完全にいなくなったが、再び出てきてしまった」ではなく、「患者さんの体からがんは完全にいなくなったように検査上見えたが、実は細胞レベルでは残っており、それが再び増殖してしまった」のほうが正確です。

 ですから「がんはなぜ再発するのか」という問いには、「そもそもがんは完全に退治できておらず、わずかに残っていたがん細胞が再び増えて検査でも見つかるようになっただけである」と答えられます。


「悪性」と「良性」の違い

 がんは悪性であると言いますが、いったい何がどう「悪い」のでしょうか。「がん」という言葉はほぼイコール悪性腫瘍と言えますが、「悪性」という言葉にはこんな意味が込められています。

 (1)勝手に増える(自律性増殖、アポトーシスの消失)

 (2)周りを壊したり同じ人の中で血液やリンパ液を介して遠くに移ったりする(浸潤・転移)

 (3)栄養を奪う(悪液質)

 これらの性質があるものを、「悪性」と呼ぶのです。反対語は「良性」ですが、良性と悪性の線引きは実はあいまいです。良性でも勝手に増えたり、周りを壊したり、遠くに移ったりすることがあります。

 基本的には「良性腫瘍は命に別状はなく、悪性腫瘍は命に関わる」と考えてよいでしょう(例外はあります)。脳にできる良性の腫瘍である髄膜腫などは、できた場所のせいで脳の機能に悪影響を及ぼすことがあります。

 がん細胞は非常にタフなもので、過酷な環境でも死に絶えず、どんどん増えていきます。つまり再発する力が非常に強いのです。

 感染症と比較してみても、それは際立ちます。代表的な感染症であるインフルエンザは一度治ってしまうと再発はまずありません。感染性腸炎でも、1ヶ月経って再発したということは極めてまれです。

 しかし、がんは1年、2年、がんによっては10年ほど鳴りを潜めて人体に居続け、じわじわと増殖するという嫌な性質があるのです。

中山 祐次郎




hir***** | 18時間前

当事者です。
余命3ヶ月から一年と言われ、腸閉塞回避のため直腸の原発巣とリンパを切除。術後に化学療法を半年受けた段階で、転移巣の肝臓にある腫瘍の数とサイズが減り、肝臓の半分を摘出する手術を行って一旦寛解となりました。
ですが、2ヶ月後の最初のCT画像検査で新たな腫瘍が胸骨のすぐ裏に見つかりました。
医師曰く、CT、PET-CTでは見えなくても全身に腫瘍が飛び散っている可能性が高く、ただのモグラ叩きになるので、手術を受けていません。

もう最初の診断から三年。
長くてもあと数年の余命かと思いますが、癌になっても意外と色々とできましたし、残りも楽しく過ごしたいと思います。

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返信67

以前のコメントを表示(57件)
***** |10時間前

医者は余命を短く告げるものです。
宣告よりも長く生きれば感謝され、短ければ文句を言うかららしいです。
手術をお受けになられなかったとのこと、それも良いと思います。
手術を受けたばかりに生活の質が悪くなる事は少なくない。
普通の生活が出来ての残りの時間と、生活の質が悪くなっての余生では、普通の生活が出来る方が自身の為には良いですから。
どうか、楽しんでお過ごし下さい。
お大事に。
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lucas***** |14時間前

人間誰でも、いつかは死ぬからね。その終わりが見えてるか、見えてないかの違いだけ。
なんとなく生きるよりも、限りある時間をエンジョイして生きた方が、幸福かも知れない。いやそれも分からないけどね。幸か不幸かなんて、自分で決めればいいこと。他人からとやかく言われるものではない。
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rra***** |11時間前

幸せに楽しく過ごしてください!
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son***** |10時間前

下らない話すみません…数年前にケーブルテレビでアメリカであった実際の話の番組をみたのですが、50代の女性で喉のガンで余命半年。残りの期間は楽しい思い出をつくる為に旅行して楽しいことして本当よく"笑った"らしいんです。約4ヶ月後診断したらガンが消滅したらしいです。医師も原因がわからずどうやらガンに克てるヒントはどうやらよく"笑う"ことらしいです。笑うことで何かの免疫力が上昇するみたいです
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spiral stair way |10時間前

癌という病気のよいところはどこかと言えば、これだと思います。

確かに、癌は多くの命を奪ってしまうし、最終的には勝てない戦いであることも多い。しかし、癌と診断された時点では、まだ身体と精神は元気であって、基本的には、やろうと思えば何だってそれまでと変わらずにできることが多いのです。(亡くなる数ヶ月前まで何の支障もなく生活できることが多いです。)

病気になったからといって、楽しむことを自粛しないでほしい。治療だけを優先してやりたいこと(はたから見てくだらないことでもいいんです!)を後回しにしないでほしい。こう強く感じます。
244 7
org***** |9時間前

寛解歴16年ですが、最初はセンシティブになりすぎた為、神経がすり減ってノイローゼ気味でしたが、治療後、医師にガンは忘れたほうがいいと言われて、強く意識的に元の生活に戻していきました。
それまでの食生活を完全に変える事だけに集中しました。
全和食を5年以上継続してレシピを広げました。ガンに関係してると言われている添加物を出来るだけ避けて、出来合いやインスタントはやめて旬の手料理に切り替えました。それで体は大分楽になりました。
ガンは、定着してないものはどこからがガンでどこまでがガンではないのか、はっきりしたところがないようです。常に一定割合のガン細胞が誰にでも発生しては消えていくと言われています。
最近、海外では抗がん剤はデメリットが多いためにほとんど使用されていない様ですよね。ガンは、根気と食事で寛解に持ちこめれば、あとは共存?で何とかしていければ丁度良いのかもしれないと思い至ってます。
129 17
nam***** |17時間前

素敵です。
少し前に義父が告知を受けました。
来月の娘の初めての運動会来られるかしら、、、あと一年早く産んでいれば、、、
当の本人でもないのに、後悔ばかりもやもやの日々でした。出来ることを見つける努力、しなくちゃいけませんよね。
ありがとうございます。
502 16
yog***** |11時間前

健康体であることがどれほど幸せなことか再認識しました。
ありがとう。
454 2
・・・・ |10時間前

医療がめざましく進歩してコメ主や闘病中の方々が少しでも治りますように。
586 2
ma |17時間前

トピ主さん
私の父は全身にガンが飛び散ってからは、あっという間でした。
数年の余生とご自分のことを語れるに至るまでは大変なご苦労があったと思います。
見ず知らずの他人ですが、ガンと戦い、やりたいことをやって生きるその前向きさとひたむきさに応援せずにいられず書き込みました。
こんな言い方をして良いか分かりませんが、ゆったりと楽しんで生きてください。
応援します。
810 8

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miz***** | 19時間前

僕は寛解を迎えてから再発防止の為、維持療法を1年半くらい受けています。

体が調子悪くなる時は大概ストレスがすごい時。
出来るだけノーストレスの状態を維持するような生活を心がけてるのだが、何が原因で再発するかわからないから、とにかく気をつけるしか出来ないよね。
不摂生や食生活や人間関係とか。

あと半年維持療法頑張るけど、きっとこの闘いは自分を強くしてくれると願うしか出来ません。

みんなも身体気をつけてくださいね!
身体が資本!健康1番!

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返信7
doc***** | 19時間前

タイトルの患者の前では言わないホントのこと、に違和感。今は普通に言うよ。細胞レベル、分子レベルでは癌は残っているし、今は治療の効果で勢いが落ち着いているが、何かのタイミングでまた増え始めることがあるって。それをちゃんと言わないと、再発フォローアップの受診を疎かにする人もいるし、残りの人生を大切に生きてもらうためにも知ってもらう必要がある。
このタイトルは昭和の医療の話だわ。

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返信16
kaw***** | 17時間前

まあ他の方もおっしゃってますが
普通にガン細胞が散っている可能性がある事は教えられますね
私自身は肺がんを10年以上前に発症
手術で切除しましたがガン細胞が散っている可能性があると言われています
手術後に抗がん剤の投与をしばらく行いました
結局の所5年目を前に再発
その前にも甲状腺がんも出て手術してますがこちらは無関係(笑)
現在の所腰の仙骨や右大腿部の付け根などにも転移しています
発症時からずっと同じ担当の先生から診て頂いてますが
PET検査や血液検査等でガンが見えない、数値も正常値になっていたとしても
体に残った細かいがん細胞が無くなる事はまず無いと説明を受けています

今は運よく抗がん剤が効いてくれて
現状まだまだ行けそうなので最後まで楽しく足掻いてみるつもりです

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返信6
k***** | 18時間前

家族が脳内にできた悪性腫瘍の手術を受けた。テレビドラマみたいに、手術終了直後に執刀医が「手術は成功しました」「もう大丈夫です」「完治しました」などと言うことはない。
手術前にもさんざん説明は受けた「手術すればその後二度と同じ腫瘍ができない(再発しない)という保証はできない」「手術そのものは上手くいっても予後によっては重大な後遺症などを起こすことはある」。。説明を受け患者がサインした同意書だけでもかなりの量がある(控えは紙で交付されるので)。
手術翌日に執刀医にお礼を言う機会があった。医師は「今は落ち着いていますが、再発しないという保証はできません」と繰り返した。私はこう断言できる医師は善良な医師だと思う。「もう大丈夫です」と言われる方がなんだか引っかかる。
「私、失敗しないので」はドラマだから言えること。

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aij***** | 15時間前

キャリアです。最初に宣告された時は、ショックと共に自分もかー。と思いました。そして今は転移を防ぐ抗がん剤治療中です。毛髪も無くなりました。改めて自分は癌だと、毎朝洗面所の鏡を見て思います。正直治療は辛いです。心も折れそうになります。生きる意義さえ考えるようになります。癌は肉体と共に心も蝕む病気だと思います。

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返信11
pip***** | 16時間前

がん細胞は毎日出来ていると聞いた。それが暴れないのは身体の機能が正常だから。
これは社会と同じ事だと思う。
人間も必ず「はみ出し者、犯罪者」は毎日出現している。
少なくする事は出来るが、絶対に無くならない。
でも、これもいずれ克服する事が出来るだろう。
その時にはまた新たな病気が出てくる可能性が高い。
結局、いたちごっこ。


foo***** | 11時間前

付け加えると、人体には60兆もの細胞があるが、このうち3000個くらいは毎日ガン細胞として、発生してしまう。だから、どんな健康体の人にも、一定数のガン細胞は、存在している。

60兆のうちの3000個は数としては微々たるもので直ちに人体に悪影響を及ぼさないし、免疫力が正常に働いていればガン細胞を駆除していく。

問題なのは、何らかの免疫機能の異常で、こうした毎日3000個発生するガン細胞の駆除が出来なくなり、悪性細胞が増えすぎてしまった状態が、いわゆるガン。


17***** | 9時間前

一度ガンになってしまった人は、もう再発の連鎖から逃れられないと思っています。
私自身、昨年27歳でガンで大きな手術を行いましたが、それ以降は治療をしないと決めているので、あとは運任せだと思ってます。
ならないためのワクチンや予防もなければ、なってしまったら、治療や手術など一生向き合っていかないといけない病気が、2人に1人の可能性でかかるなんて、この時代におかしいと思ってます。
せめてワクチンなど出来ればいいんですけどね…
あとはガン細胞にだけ効果のある薬など、他の良い細胞を破壊せずに治療できる薬ができることを願います。


spiral stair way | 9時間前

やや正確でないように感じます。

ほぼすべての癌患者では、血液中などに細胞レベルの癌が散らばっています。近年では出産した女性の身体から胎児の細胞がみつかるなど、細胞レベルで細かく見れば、考えられていたよりも断然、体内の細胞はまぜこぜになりやすいようなのです。ですから、手術をして目に見える癌を取り除いたとしても、身体中に散らばった少数の癌細胞は、【必ず】取り逃しています。

通常、取り逃した細胞は悪さをすることもなく、自然と消えてしまいます。「転移」というのは癌細胞レベルでは、あまり成功率の高くない「冒険」なのです。稀にこの冒険が成功し、身体のどこかで増殖をはじめまてしまいます。これが「転移」で、寛解後に発見された場合、「再発」といいます。

ちなみに、癌細胞というものは、健康な人であっても持っているもの(免疫が対処している)なので、超厳密な検査をしたら全員が陽性判定になってしまいます。

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kar***** | 7時間前

私の知人のお父さんは、去年の10月に余命2カ月でステージ4の膵臓癌と診断されましたが手術をせず抗癌剤の投与だけで過ごす事を選択されました。理由は分かりませんが抗癌剤の副作用が一切無く普通に食事をされ今年の5月には私のお店にまで食事をしに来てくださいました。
先月のお盆前に知人が訪れ「あ、亡くなられたのかな?」と思ったら父の再検査をしたら癌の所見が一切無くなっているとお医者さんに言われたとの事でした。担当医の先生も理解できないとおっしゃられたとの事ですが、何らかの原因で白血球が癌細胞を捕食したのだろうとの事
まだまだ解明されていない病気ですので闘病されている方々も諦めずに奇跡を信じて頑張って頂けたらと思います。

***** | 9時間前

数年前に告知を受けて手術や薬の治療を続けてきました。
仕事も周りの人と変わらずこなしていますが、体調が悪い時も極力口に出さないようにしてます。
だから、きっと周りは治ってると思ってるでしょう。
私自身は、例え検査結果で問題が無くとも、リンパに転移していた為今もきっとどこかにガン細胞があると考えています。

ガンが発症したらしき頃は家庭内でいろんな問題を抱えていてかなり精神的にしんどい時でした。告知、治療する時には離婚して生活環境も変わり精神的に安定した時だったので、今こうして生きていられるのかと思っています。
毎日笑って楽しく過ごしていると、いつか消えてくれたらと願うばかりです。

con***** | 8時間前

80代の母が肺腺癌と告知されました。
当時、野際陽子さんと同じ宣告で、陽子さんは亡くなりました。
某私立医大の先生は患者は80代なので、手術は無理だとし、
他の臓器の加齢による機能悪化も考えられるので
積極的な治療をしないで余命を全うする方針を告知されました。
5年生存率15%と告知されました。
納得出来ないのでネットで最新治療を検討しました。
某国立大学病院の陽子線治療を受けました。
陽子線治療後の生存確率は3年生存率で70%以上と説明されました。
母の場合も陽子線治療を受けて、抗がん剤も服用したが、
腫瘍マーカー値は正常値になった。
治療を受ける病院、医師の裁量で重大疾患は大きく影響を
受けると感じました。
ただ記事にあるように微少細胞レベルではどうなるか不明?
現在有効だと思われる検査を受診し、対応する
それしかない。
諦めない。セカンドオピニオンがスタートです。



pop***** | 8時間前

三ヶ月前たまたま検査した大腸内視鏡で大腸がんステージ1が見つかりました。
今は手術もして、他には転移してなかったです。
もしかしたら、他の部位にもガンがあるのではと毎日考えていましたが
みつかったらみつかった時でいいやと気楽に考えるようになりストレスや恐怖が減りました。
ガンを発見したのを機に人生を見つめ直す事ができました。
やはりストレスをためない事が一番かなと思います。

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hap***** | 9時間前

30年近い友人が昨年ガンの手術を受けました。マラソンとか挑戦したりタバコや酒の自分より健康的な人間だと思っていましたが、分からないものです。1週間で退院して今は元気にしていますが、5年以内が要注意だそうです。ガンは生活習慣だけでは難しく遺伝的な要素が大きい気がします。自分も祖父や父がガンでした。そう思うと人生出来ることやった方がいいですよね

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c13***** | 6時間前

父がステージ4でした。
外科処置は場所が悪く出来ない、余命宣告もされ、父は限りある時間を見つめた結果、趣味満喫。

結果、あれから6年。あの時、勝手に買ってきたやん?やー、あれには参ったわ。と呆れ口調の母の向かい側には苦笑いする父がいます。

今も残る不安は有ります。検査の結果の日は携帯を手放せません。
だけど、何がどうなるかはわからない。
悪い方へ矢印が向いてるのかもしれない。
でも、同じようにいい方に矢印が向いてるのかもしれない。
だったらとりあえず明日も家族で笑っていたい。
そんな毎日の繰り返しです。
そんな毎日を繰り返して、気が付いたらあらあらもう10年だよって。
それも有る話かも知れないね。
って。
どうなるかはわからへんけどね。でも、そんな毎日の積み重ねは、大事にしていきたい。

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oys***** | 17時間前

医師の側が説明するかどうか?という話とは別に、患者(家族含む)が説明に納得できる(受け入れられる)のか?って問題はあると思うけどな。

私(罹患者です)は、最初に手術を受けたときから、周辺の関係各位には「見えるサイズのものは見当たらなくなった。現状、画像診断の結果からは異常は見つかってない。」という言い方しかしてない。

ただ、この言い方は、話の相手方に意図したとおりに伝わりにくいのも事実だからの。

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fvr***** | 8時間前

知人は53歳ころ、胃がんになり、大丈夫なところを一部残し、切除するかを医師に尋ねられたところ、全部とってください、と返答し、そのように手術されました。それから30年以上どこも再発などありません。がんになったころは、とてもおなかが出て、揚げ物なども好物で、夜遅くまで、つきあいなどでよく出歩かれていたそうです。やはり、いわゆるよいとされる、生活習慣を築いて不摂生を抑制するなどしたほうがよいだろうなと感じております。


xr**** | 15時間前

多分「ホントのこと」、言ってくれます。

自分の場合、リンパ腫寛解10年後に、医者に「もう、完全に治りましたよね!」と話したら、一言。

「細胞レベルでは判りません」
(淡々と。忘れられないなぁ)

実際、その翌年再発しましたし。(苦笑)

再発寛解11年後、今度は肺癌発症(再発でない)。
病院に保存していた自分の移植用自己幹細胞を破棄する(多分もう大丈夫だから)、という話のあった、半年後でした。(苦笑)

肺癌は切らずに経過観察する事にして丸3年経ちましたが、病気と病院とは、まだまだ長いお付き合いになりそうです。

と言うか、長いお付き合い、宜しく。
※そう思える自分は幸せなのだろう、と今は思っています


ftz***** | 11時間前

私もキャリアです。
昨年の今頃に気管支に出来た腫瘍が肺癌と診断され、治療後の今年の1月の検査で、新発の食道に発症が確認されました。
春には両肺へ転移が確認されました。
自覚症状が無いのは幸いですが、副作用に悩まされております。
異常と思われるかも知れませ、命の最後が見てて来た事をありがたく受け入れる事が出来たと思っております。

kyo***** | 10時間前

私は25のときに甲状腺ガンの手術をしてもう8年。手術直後に切除したところから2ミリのガンの転移があった。だから、10年は様子を見ましょうと言われた。90%以上の生存率のある癌で良かったと思ったけど、転移が見つかったときは病院で泣いた。あと2年。2年と言わず何事もなくこれからもいきていられますように。



mmy***** | 11時間前

ガンが一つの箇所に留まってくれて、ステージⅣでも治療が効いて長生きしている人もいる。
私の父は肺癌でステージⅡで直ぐに手術し治療もした。それから四年の間、肺の検査だけしてた。
ある日突然気絶し搬送された先で脳腫瘍が見つかった。ガンが飛んだと思われると言われた、ら
当時先生から肺以外の検査は勧められなかった。今となっては肺の治療の時に全身の検査も勧めておくんだったって思ってます。

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abc***** | 2時間前

父親は腫瘍マーカーが上がっても
再発か聞いても
残っていたか聞いても濁されていました
父親の精神力を知っていての判断だと思いますが、最後まで完治する事を疑わなかった父親に
死ぬ為の準備をさせてあげたかった
父親の好きな様に生きさせてあげたかった



cha***** | 3時間前

昔、ネットで見た記事にこんなのがあった。
ベトナムのある若者がガンにかかった。
全身に転移し手のほどこしようがなかった。

さらに悪い事にマラリアにかかってしまった。
連日40度の高熱で一週間うなされた。
一週間後、検査すると、あ~ら不思議、ガンは跡形もなく消えてしまった。

ガン細胞は熱に弱く、40度になると死滅するそうです。
マラソンランナーにガン患者がおらず、熱い風呂に入る日本人に皮膚ガン患者が少ないのは、体を40度以上に保つからだそうです。

マラリア療法はどんな細かいガン細胞でも死滅させ、有力な療法ではあるのですが、一週間も40度の高熱に耐えなければならないので、若い人じゃないと、ダメかもしれませんが、

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har***** |45分前

なるほどー
乳がんサバイバーの私はぬる風呂好きです

熱いお風呂は心臓に悪い、と聞いて、煮えたぎるほどのお風呂が好きな夫に注意していたのですが、たまには私も熱いお風呂に入ってみようと思います
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m15***** |1時間前

これを読んだ後に思い出した
数年前にアデノウイルスにより40度を超える高熱が1週間続いて、もうホントにしんどくて…
熱が下がって久しぶりに身体を動かした時に「一度死んで生き返った」ような不思議な気分になったけど
あれって体にあったガン細胞を高熱がやっつけてくれたのかしらん

全く根拠もない思い込みだけど、ある意味理にかなっているというか

人間たまには高熱出すのも悪くないのかもね
あん時はほんとしんどかったけど
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cha***** |1時間前

ああ、それは大変でしたね。
40度の高熱に一週間耐えるのはよっぽど体力がないと、
でもそのおかげでガン細胞はほぼ完全に死滅するようです。
まあ、効果はあっても、あまりにも危険な療法なので、医者も研究している人はいないと思う。
マラリア療法にしても熱い風呂に入るにしても、原理は放射線療法と同じですね。
ガン細胞が熱に弱い事を利用した療法です。
あながち民間療法と馬鹿にできないと思います。
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cha***** |2時間前

まあ、マラリア療法は、イチかバチかの療法で、さすがに危険なのでお勧めしませんが、
熱い風呂に入る事は誰にでもできます。
私、気がついたのは、親戚でガンにかかる人は、おしなべてぬるい風呂に入りたがる事です。
体を冷やす事はガン細胞に栄養を与えているようなものです。
熱い風呂に入っても、死滅させる事ができるのは、体の表面を流れている毛細血管の血液の中のガン細胞にすぎません。
体の深部のガン細胞に対しては利き目がありません。
しかしそれでも転移の可能性が低くなるので、やる意味はあると思います。
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pin***** | 7時間前

3年前に子宮体癌、ステージ1a期で子宮全摘しました。6ケ月に一度の定期検診は受けています。主治医の先生は「早期だったから大丈夫」と言ってくれました。その間に、癌になった私を励ましてくれていた友達2人 を、乳癌と大動脈瘤解離で亡くしました。まだ40代50代です。明日は我が身。大丈夫は有り得ない。一度癌になってしまったこの身。覚悟はしなくてはいけないと思います。



abc***** | 11分前

現在癌の当事者です。完治して7年後に再発して、3年間にわたり治療しています。あらゆる最先端医療を試し、治療直後は治ったかの様に見えましたが、1年後には再発の繰り返し。
再発したら完治することはないと思い始めました。1日も早く今まで見つけるのが不可能とされる癌も発見できるような技術が出来ることを願っています。

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靴下温めますか? | 11時間前

81で大腸ガンになったおばあちゃんは痛み止めだけで放射線治療もせず過ごした。早くじいちゃんとこ行きたいとか言ってた、何度か再発しても明日は何しようか、何食べようか、と笑っててとてもポジティブだった。そして95才…まだ元気。

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返信3
per***** | 2時間前

癌の最大の原因はストレスだと思う
最大のストレスは人間関係
長年の会社勤めで癌になる可能性大
満員電車もその一つ
出来るならなるべく他人とは関わらないほうがいいな
貧しくても自分の残り短い時間を大切にしよっと
生きてるだけ、この世界に存在してるだけで幸せだわ


sak***** | 8時間前

抗がん剤がありますが、薬によっては幻覚症状が出てくるようです。若くして亡くなった知人ですが、亡くなる直前まで頻繁に携帯電話に連絡が入りました。ガンに侵されたというより、薬に侵されたような気がしました。


rea***** | 17時間前

夫がステージⅣの肺癌です。
それから、もう8年過ぎてます。
1年前に、病院で検査を受けたとき、寛解したという言葉は、いただいてません。

CT検査で癌がどこにもないと、言われました。
もう、大丈夫ですみたいな。

このタイトル、内容を見ると、定期的に検査を受けなきゃいけないのでは?と考えてしまいますが。
医師によっても対応が違うのでしょうかね。

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hwr***** | 9時間前

乳がんですが、医師にはこのような内容は言われましたね。
たんぽぽの綿毛みたいに、どこに飛んで根を生やすか分からないと。
その予防のために抗がん剤も受けましたが、家族や友達から、手術が成功して転移も無かったのに、何で抗がん剤をするの?とよく聞かれました。

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ny1***** | 9時間前

周りで手術をうけたらすぐに亡くなってしまった人、手術せずに5年以上生きた人、
手術した後の物凄い弱り方見ると同じ余命、もしくはそれ以上生きるなら手術受けさせなければかったかもと思った。
ケースバイケースで手術で劇的に良くなる人もいるだろうが、自分でどうするか選択するのが重要かと。

abe***** | 9時間前

私の主治医は癌には悪性と良性が有ると誰が言ったの知らないがおお間違いに解釈されているとおっしゃっていますこれで救える命も救えない問題があると聞きます 癌は発見の速さで決まるとおっしゃっています
そして検査も100%タイミング良く発見出来ないので小まめに検診受けた方が良いそうです 良性だと言われてほっとするのが命取りの繋がるそうです。


sar***** | 11時間前

私は40歳で最初の癌に50歳で2度目の癌で手術をしています。
その後腹腔鏡手術を1度しました。
最初の癌から10年越え心構えはいつでも出来ています。
事故などの突然死ではないので幸せだと思います。



wl3***** | 18時間前

このくらいは、今では普通に言わないか?
それはともかく、再発したらまあ助からないね。親戚が乳がんを手術でとったが、数年後再発があった。もうダメだと抗がん剤も何もかも止めたが、そこから10年生きてる。CTだか何かで見ると全身に癌があるが、大きくならないから命に別状はないそうだ。医者は抗ガン剤をやれとうるさいが、余計なことして刺激したくないからと、拒否してるそうだ。
近藤誠氏のいうがんもどきだったんだろう。転移もするが、大きくはならない、ってのは珍しいのかどうか知らないがそういうのもあるようだ。こうなると、最初の手術からして必要あったのかどうか怪しい。

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返信4

tak***** |11時間前

同じく乳がんで初期治療を拒否して民間療法を選んでた知人女性ですが、今は全身転移で後悔されています。やはり原発の芽を摘んでおくこては大事だと思いますよ。
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hoky |6時間前

わずか数年で再発しているのに、その後の放置で10年も生きているなんてミラクルですね。参考になります。
大きくならないのに医者が抗がん剤を勧めるっておかしい。
経営的な事としか思えない。
抗がん剤をしたら一時消えても3~4年で再発するでしょう。
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sut***** |10時間前

がんの中では予後のいいほうである乳がんだけど、実は10年〜15年の間に生存率がそこそこ下がる
特にステージ2、3でそれが起こる
一般に5年生存率が重視され、5年経つと安心しちゃうけど、乳がんは5年生存率でほっとしてはいけないがんなんだよ
親が乳がんだったけど、自分はそれを知らなくて、術後10年以上経ってから遠隔転移があってびっくりしたんだけどさ
後悔しないよう、抗がん剤の選択肢も考えたほうが良い
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tak***** |2時間前

↑ 乳がんは進行がゆっくりが多いから再発や遠隔転移がありながら10年以上生存はあり得ますよ。医師としては再発があるのに経過観察だけしていたら「あの医師は放置して何もしてくれない」と言われかねないから、するしないは別として選択肢のひとつとして抗がん剤を勧めざるを得ないですよ。治療すれば手間がかかりますから何でも経営上ではありません。




aud***** | 1時間前

医者はまた切りたいんですよ。
患者が死なない程度に切って、また再発して切る。再発の仕方を見る。こういうことをしてる強制合法的な人体実験してる医者は確実にいる。
全部が全部じゃないだろうけど。。。

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the***** | 6時間前

つい最近、寛解に至ったばかりの癌患者ですが、ここにかいてあること、全部主治医から説明がありましたよ。
医者が言わないってことはないと思うなぁ。

当事者にならないと
なかなか知らないことかもしれないけど。








死の直前に起きる「お迎え現象」「手鏡現象」

2019年09月15日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備
自分は、いろいろな経験があるが、小学生時代から、お盆トンボとよんでいた黒い弱々しいトンボが必ずお盆の初日に私の会いに来ていた>>

ひらひら夜間に、いつの間にか居るのだ、、、時には肩にとまったり電灯の紐にとまったり。大人になってから夜勤で、お盆だが、勤務先なので来ないだろうと考えたたら<<なんとドアを開けたらひらひら夜中に来たのには驚いた>>

その後、海外移住した年に、日本のお盆の日に<<もう来ないだろうななどと妻と話してると、昼間に来たのだ!!が、、様子が異なり少し大きく、顔が怒っているようだった、、、、妻は=妻も日本でお盆トンボを見ている=これはお盆トンボじゃないよ~~>>と話していた。

これ以降二度と現れなくなった、、、守護霊が海外移住で縁が切れたと悟った。

その後、現地の、、冷やかしで墓場に言って写真をとって帰ったが<<翌朝、41度の原因不明の高熱で緊急入院>>医者は原因不明という。 解熱剤で熱が下がったので退院した。写真のネガを(当時はデジタルが未だ発明されていない)写真屋に出したが真っ黒で何も写っていなかった。

海外の墓場で、、火葬ではない。墓場は異様な雰囲気だった。


アメリカの大事件、9,11では、同時刻に突然目が覚めてテレビをつけなければと直感でつけると飛行機がビルに突っ込んでいる映像だった。妻を起こして大変なことが起きているとと、、、知らせた。

私は昔から、テレパシーや予知が(特に高校時代のバイク事故以降、予知ができるようになった)できる。

妻も感化されたのか予感予知など鋭敏になっている(そのおかげで命が助かったことがある)

私は、妻に<<10年後に自分は寿命で死ぬからと、、>>話していたが、見事的中して、十年後に<<病気で意識混濁呼吸困難等>>で死の一歩手前まで行った<<このとき、寝たきりに、、夢を何回も見たが非常に現実的な夢でストーリーがはっきりしていて普通の夢と異なり色彩が綺麗で現実世界のような、、、中世の海賊船の中で働いてる夢や、武士の時代に生きている夢や、支那のところのような町で暮らしてるような夢を見たが、もしかしたら過去世の人生だったと考えてる>>

意識混濁して緊急入院して助かったが、、、透析となったので余命は4年位で、現座、残りは1年半くらい。

自分の感覚では、あと2年位だろうと?、或いは最近は、妻や子供、飼育している犬たちや鳥たちに<<必ず声かけて挨拶して名残惜しい感じがしてるので、意外と死期が近いかもと考えている>>死期が近づいてくると人恋しくなる=名残惜しい。

何匹も犬猫を飼ってるので、何匹も死んでいるので、死んだ犬猫たちをよく思い出す。

自分は死んでも魂は残ると確信している(父親が死んだが、後に同じ夜に、それぞれ別にすんでいる兄弟3人が同じ夢を見た経験がある)父方の祖母は、昔、山で死んだ息子が迎えに来て臨終した(本人が迎えに来ていると言い残して死んだ)

自分も、転倒して頭を打って意識なくしたときに<<非常に綺麗な花畑が延々と続く光景を見たが、妻に呼ばれる声を聞いて意識を取り戻したが、同時に激痛が来た>>ことがある。

若いときにはレーシングカートで怪我をして入院したが<<重病患者が運ばれるオペ室の前の病室で、父親が付添で横に寝てたが、ものすごい金縛りにあい、足を強烈に引っ張られて、、霧の中から母子が、立ってこちらを見ている悪夢を見た>>

横でグーグーネている父親を見て、呼ぼうとしても声が出なかった。ものすごい力で足を引っ張られる!!

翌朝、ナースに話すと<、この病室は重症患者が入るところで何人も死んでいるから、、>>というので、病室を移動してと言って、移動すると、金縛りも悪夢も見なくなった。






現代ビジネス
死の直前に起きる「お迎え現象」「手鏡現象」は妄想か、本物なのか


妄想や幻覚ではない

 「末期がんに苦しんでいた60代の女性患者さんが、突然『先生、息子が迎えに来たんですよ』と言うんです。

死ぬ瞬間はこんな感じです。死ぬのはこんなに怖い

 その方の息子さんは、幼い時に事故で亡くなっていると知っていたので『本当ですか? 』と尋ねると、『そう、成長した姿で迎えに来てくれたわ』と嬉しそうに話すんですね。この方は、それから1週間後に亡くなられました」

 死の直前、目の前に亡くなった人や大切な人が現れる「お迎え現象」について実例をもとに説明するのは、湘南ホスピタルの奥野滋子医師だ。奥野氏は、これまで3000人を看取った際に、何度もお迎え現象を目の当たりにしてきたという。

 実際、この不思議な体験をした人は少なくない。仙台市で緩和ケアを行っていた岡部健医師(故人)が、看取りを行った家族に実施した聞き取り調査では、366人中、実に42.3%の家族が「故人が亡くなる際、お迎えがあった」と答えている。

 お迎えがあった場合、その1週間後に亡くなるという人が多いが、反対に時間がかかることもある。ふじ内科クリニックの内藤いづみ院長の話。

 「私の母にも、お迎え現象がありました。末期がんであと1週間持つかどうかという時に、危篤状態になった。

 その後、容態が安定した時に『お父さんが迎えに来たわ』と言うんです。こっちに来いと呼ばれたけれど、まだ行きたくないから行かなかった、と。母はその後、3年も生きました」

 この不思議な現象はいったいなぜ起こるのか。超常現象に詳しい中部大学の大門正幸教授は、「お迎え」は日本に限らず世界中で認識されている現象だと説明する。

 「中世の頃の文献にも、一命を取り留めた人が『神様を見た』と証言している記録が残っています。1920年代に、アメリカのウィリアム・バレットという学者が本格的に『お迎え』の体験の収集を始め、学問としての研究が進みました」

 もともと「お迎え」は、高齢者が独り言を話したり、幻覚を見たりする「せん妄」の一種と考えられてきたが、錯乱状態というには穏やかだし、お迎えを見たという人の普段の意識ははっきりしているので、別の現象と認識されるようになったという。

 大門氏が続ける。

 「科学的には、脳の機能がだんだん衰えるにつれて、そうした現象が見えるようになるのではないか、と言われています。

 たとえば瞑想を行うと神秘的な体験をする人が多くいますが、これは目をつむり、身体を閉鎖空間に置くことで五感を遮断し、意図的に脳の機能が弱まった状態を作ることで体験するものです。

 『お迎え現象』もこれと同じく、死の間際、脳の機能が弱っていく中で、通常は知覚できないものを知覚するのではないか、と考えられています」


手のひらの線が薄くなる

 大門氏によると、お迎え現象は死に向かう人やそれを看取った人が遭遇する「9つの体験」のうちの一つだという。

 「9つの体験」とは、アメリカの心理学者レイモンド・ムーディ氏が、死から生還した150人に聞き取りを行い、その体験を分類したものだ。お迎え現象以外には、

 ・経験したことのないような心地よさを感じる
・部屋が歪んでいるように見える
・名状しがたい美しい音楽や声が聞こえる
・暗闇に引き込まれる
・明るい光が現れ、天に昇っていく
・神のような存在に会う
・幽体離脱をする
・過去の回想シーンが流れる(いわゆる走馬灯)

 といった体験が挙げられている。

 このうちの一つ、「名状しがたい美しい音楽や声が聞こえる」について、看護師で僧侶の玉置妙憂氏は、ある患者の不思議な体験を明かす。

 「患者さんがウトウトしている時に、パイプオルガンのような荘厳な音が頭の中に流れてきたというのです。聞いたこともない調べで、あまりに気持ちよくて、その音に引っ張られてどこかに行ってしまいそうになったと。

 でも、なんだか戻ってこれないような気がして慌てて戻ってきたんだ、と。この患者さんは1週間後に亡くなられました」

 「9つの体験」には含まれていないが、もう一つ、死の前兆と言われるのが「手鏡現象」だ。

 亡くなる直前、じっと手を鏡のように覗き込んでいる人がいることからそう呼ばれるもので、前出の奥野氏も「死を前に意識がもうろうとしている中で、何かを見出そうとするようにじーっと手のひらを見つめている人がいます」と証言する。

 埼玉県の私立病院に勤める医師は、こんな目撃談を明かす。

 「交通事故に遭って頭を強く打った40代半ばの男性患者さんの話です。入院後、少しずつ回復に向かっていたのですが、ある日、病室に様子を見に行くと、じっと手を見つめているんです。

 どうしたんですか? と尋ねると、『先生、なんだか手がおかしい気がするんですよね。歪んで見えるというか、小さく見えるというか』と答えた。

 手を覗くと、確かに少し血の気がないような気はするけれど、異常があるようには見えなかった。ところが、その半月後、容態が急変して、その男性が亡くなったんです」

 なぜこのような現象が起こるのか。「手をじっくり観ると、その人の体と心の健康状態が分かる。死の間際にある人は、手のひらに現れる変化を感じ取っているのでは」と言うのは、14歳の時から手相を観てきた手相観のプロ・日笠雅水氏だ。

 「緊張したら手に汗がにじんだり、不安があるときは手に力が入らなかったりと、皆さんが思っている以上に、手には体の状態や精神状態が色濃く現れます。

 私たちが手相を観るときも、手のひらに入っている線だけではなく、手の色や形なども総合的に観ています。手を観ていると、その人の置かれた状況が垣間見えるものです」

 日笠氏によると、死が近づいている人の手のひらに特別な線が出てくる、というわけではないが、体が弱ってきた人の手は、全体的に柔らかくなってきて、線が細くなるといった変化が起こる。

 実際、日笠氏が観てきた人の中にも、手のハリがだんだん弱くなってきて、その後しばらくして亡くなった人がいるという。

 「死の間際にある人は、精神や肉体面で非常に不安な状況に追い込まれています。そんなとき、本能的に手をじっと見つめて、自分と向き合う。そして、手を心のよりどころにして、静かに死を悟っていくのではないでしょうか。

 死期を悟った人が本能的に手をじっと見つめるのだとすれば、その人は手を見つめながら、いろんなことを回想しているのでしょう。死を察知した脳が、人生を振り返り、幸せな死を迎えるための時間を与えているのかもしれません」


大切な人に逢えてよかった

 お迎え現象や手鏡現象は、あくまで死の前兆の一つ。看取りに関わる人たちは、日々の現場で不思議な「死の前兆」を目撃している。前出の奥野氏は、こんな不思議な患者がいたことを明かす。

 「『先生、私は3日後の朝6時に死にますよ』と言った患者さんがいました。なんでそんなことが分かるの? と聞いたら、『その日は大潮の日だから。潮の流れと命は一致するのよ』と答える。

 実際、その3日後の朝6時に亡くなったんです。なにか自然の力と人の死がリンクしているのかな、とぼんやりと考えることはあります」

 前出の大門氏は、「死の前兆」をハナから非科学的だと否定するのではなく、受け入れる柔軟性も必要だと説く。

 「前兆現象の多くは、なぜそれが起こるのかについて、まだ議論の渦中にあります。ただ『懐かしい人が迎えに来てくれた』という体験は、死にゆく人にとっては大切なものでしょう。

 看取る側も、安らかに亡くなったほうが安心できる。理由が分からない以上、なるべく前向きに捉えればよいのではないでしょうか」

 前出の内藤氏も「死の瞬間には人智を超えたことが起こると理解したほうが、気持ちよく故人を見送れる」と言う。

 「ホスピスケアを学んだ人たちは『魂は肉体にさなぎのように閉じ込められている』と考えるようになります。

 死の間際、肉体からその魂が少しずつ抜け出していくことで、生きている時には感じられなかったものが感知できるようになり、それが『お迎え現象』のような不思議な体験につながるのではないか、と。

 本気でそう信じるかどうかではなく、そう理解して、優しい気持ちで故人を偲んであげることが大事なのです」

 もしも自分や家族に死の前兆が現れたら、非科学的だと否定するのではなく、後悔しない最期を迎えるための準備を進めたほうがいいだろう。

 「週刊現代」2019年8月24日・31日合併号より



cjf***** | 6時間前

祖父が死んだ時、祖母が『迎えに来てくれ、私も連れて行ってくれ』と毎日悲しみのあまり仏壇に話しかけてました。
2年くらいたって、祖母の夢に祖父が出てきたらしいんですが、趣味を見つけて独身を謳歌していた祖母が『もう少し待ってくれ。まだ行きたくない』と言ったらしいです。
それから、20年くらい、、ひ孫もでき楽しそうに毎日暮らしています。女の人って強い

2868 209

返信21
kkk | 6時間前

私もあまり非科学的な事は信じ無い方でしたが友人が病で亡くなる数日前に体は衰弱してましたが話しはしっかりしてたのに急に、この前親父が来てね~と笑顔で話し始めてびっくりした
(お父さんは数年前に病で亡くなってる)事があります。その数日後にあの世に旅たちました。その時やはりお迎えに来るんだなあと思った記憶があります。

2060 240

返信10

dnl***** |2時間前

人類の脳の進化の過程でそうなって来たのかなと思う。
もしかすると野性動物もそうかも知れない。草食動物が肉食動物に捕食されるとき肉体的な痛みや精神的苦痛から解放し、死の過程への負担を軽くさせる為の脳の反応、あくまで想像だけど。
人間の場合は捕食される事は無いけど、それが故人に合うとか、美しい音楽が聞こえるとか、優しい光に包まれるとか、やはり死への恐怖をやわらげ少しでも穏やかな気持ちになって死を受け入れる為にインプットされた反応。
幽体離脱して天井から俯瞰して部屋の様子を見れるのも、自分が天井から見てる映像を、車のアラウンドビューモニターと原理を同じくして作り出したのだと思う。
死後の世界を見る事が出来るのも、あらかじめ生まれながらに持っていて死の瞬間が来ると脳が発動してその映像を見せるのだと思う。心安らかに死へ向かう為の進化なのかも。
仮定の話で、本当にそうだと言う訳ではありません、念の為。
21 2
yuz***** |1時間前

犬は不思議でずっと寝たきりだったような子が、急に立ち上がって歩き出した
今日は体調良いんだねって言ったら、嬉しそうに尻尾振って…
それから翌日に死んだのが2回あった。
あ、ヤバイ、眼から鼻水が……
32 1
gar***** |4時間前

ネコだって死期を悟るとふらっといなくなってそれっきり戻らない
今は室内で飼うし人に依存してるから死が近くなると逆に異常に甘えだすらしいけどね
人間も甘えん坊は死が近くなると孤独を恐れるかもね
54 4
fhy***** |4時間前

BS の米科学番組で人間は死ぬと脳の一部が宇宙に帰るという説を取り上げてました、そこは凄く明るい所だそうです。生き帰った人達が口々にあの世は明るかったとコメントに合致しますね。
46 3
sei***** |3時間前

わては、人には魂が宿っていると思っている。魂は、受精する時に入る。生まれる前後の記憶を持つ人は凄く少ない。赤ちゃんは生まれた時に呼吸のために?泣き続けるがその記憶がある。自分としてはいい加減に泣きやめたいが体が生きる為に泣き続ける。そのときは腹筋が凄く痛かった記憶がある。また次も人間として生まれ変わりたいので悪さはしない事を心がけている。等々。
20 2
e17***** |1時間前

間違えなく脳内で起こっている事なので、完璧に死んでみないと分からない。
10 2
kim***** |1時間前

私はこういう現象を否定しません。
ただ、両親も妻も健康なので、今迎えにとなれば祖父母かな。
おばあちゃん子だったからなぁ。
13 0
akk***** |5時間前

そういう事、本当にあるんだ。
51 0
tni***** |3時間前

死が近づくまでは私たちには
わからないのかもしれないけれども
もしかしたら人間も
死ぬ前には死ぬんだなって
わかるものなのかもしれませんね
50 1
lik***** |5時間前

お迎え現象だけじゃなく、死期の近い人にはわかるのかもしれませんね。

自分はおじいちゃんおばあちゃんっ子でした。
祖父は老衰でしたが、急に自分に会いたいと言い出し、会いに行ったら泣きながらすごい喜んでくれて、翌日に亡くなりました。
祖母にも、顔が見たいから来て欲しいと言われ、会いに行ったら同じように喜んでくれて、さらに祖父と同じように翌日亡くなりました。


死が近づくと、確信は持てなくても、その人には"何となく"わかるのだと思いました。

個人的にはこの辺の研究を進めて欲しいなと。人々の死生観を変えるキッカケになり、さらに生き方にも変化を与えるかもしれません。
131 2

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isl***** | 6時間前

『お迎え現象』とは少し違いますが・・・。私には1歳年上の幼なじみがいました。私の姉は2歳差なので、よく3人で小さい頃は一緒に遊んでいました。でも、その子が中学生になってからはあまり遊ぶことが少なくなりました。そして、私が中1になり、夏休み直前、たまたまいつもより少し家を出る時間が遅くなったある日、ちょうどその子に会い、一緒に学校に行きました。そして、その夏休み、事故でその子は亡くなりました。
亡くなった日、もちろん、まだその時は亡くなったと知らなかったのですがお風呂上がりにふと時計を見て、その時の時間がとても記憶に残っていました。次の日、亡くなったと連絡が来て、亡くなった時間を聞くと、前日時計を見た時間でした。
亡くなってから、他の近所の人も最近全然会わなかったのに、亡くなる直前にやらたと会う機会があったと言っていました。なにか亡くなる前に思い出を作ろうとしていたのかなと考えてしまいます。

1637 199

返信9

whs***** |29分前

死が近づくと自分が死ぬ夢を予知夢として見るようになるから急に人恋しくなったり何となく悟るんです。
2 4
may***** |1時間前

たまたまですけどね。
7 24
kur***** |25分前

わかります。
私も高校生の時、もう4,5年会っていなかった幼なじみに偶然町で会いました。
そしてその約1ヶ月後、彼女は亡くなりました。
4 0
タピオカミルクティ |4時間前

うちの父も死ぬ2週間前に普段は会話に入らない母の姉妹たちの会話して笑ったり、死んだ日の朝には近所の人の家に行って色々話ししたりと普段しないことをしたみたいです。
83 0
hrn***** |4時間前

森羅万象は必然と言う事ですかね。
48 0
fhy***** |4時間前

北日本大震災で亡くなったお孫さんに買ってあげた三輪車が時々動いてベルを鳴らすという記事に泣きました。
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n_h***** |3時間前

人間、生まれてくる前に寿命を決めて産まれてくるんだと聞いたことがあります。
もし本当にそうだとしたら、無意識に寿命を察知してるのかもしれないですね。

信じる信じないは人それぞれですが…。
79 4
tni***** |5時間前

その子はきっと
心に呼び掛けていたのだと思います
亡くなるのが分かってたのかそれとも
本当に無意識なのかはわかんないけれど
でも亡くなる前に皆さんとあえて
そのこもよかったのだと思います
ご冥福をお祈りします
128 4
ghp***** |5時間前

私もつい先日、友人を亡くしました。

半年くらい会うタイミングがなかったのに
街中でバッタリ遭遇して
その半月後に逝ってしまいました。

最後に会っておきなさいという事だったのかなと…

これもお迎え現象とは違いますが
不思議な引き合わせもありますね。
153 7

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mis***** | 6時間前

私の父は叔父が亡くなる1週間前に夢に出てきたらしいです。後ろからポンって肩を叩かれたので、「あれ?アニキどうしたの?」って聞いたら振り返らず手をあげて行っちゃった。その夢の数日後危篤になり亡くなりました。父は仕事で海外にいて間に合わなかったけど、その前に会いに来てくれたそうです。
亡くなった悲しみから復活できずにいたら、また夢に出てきて。布団を並べて寝てて、叔父の布団がズレてたのをなおしてあげた。すると、叔父が「もういいんだよ。大丈夫だから」って。それで、いつまでもクヨクヨするなってわざわざ言いにきてくれたんだって前を向けるようになった、と言ってました。
この記事は「すでに亡くなった方が迎えに来る」バージョンだけど、魂は不思議だから色々あるんだと思う。

751 24

返信4
run***** | 6時間前

私は妄想でも本物でもどっちだってよくて、死が差し迫っている人にあの世の知り合いが迎えに来てくれるなら心強いと思う
当人にとって、少しでも苦痛や恐怖が和らぐならそれでいい

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返信8
通りすがり | 6時間前

うちの祖母は、亡くなる1ヶ月前に、「凄いたくさんの人が、来てくれたわ。私の為に」

と言っていた。話を深く聞くと、祖母は自分のお葬式を見ていたようだった。
せん妄なのか、死が近い証だったのかは、分からないけれど。
死についてだけは、経験者に話を聞けないからねぇ。。。

848 28

返信7
god***** | 5時間前

最近こういう話を耳にすることが増えた気がする。幼児の前世の記憶を調べることで生まれ変わりを学問的に研究している人たちもいるし、テレパシーなどもあるかもしれないという研究もあるし、死後の世界や生まれ変わりなど人間がまだか発見できていないだけで何かしら未知の減少があることはまだ否定できないのかな。もちろん記憶などの情報が別な人間へといかにして伝達されるか、など謎も多いけど研究している人たちを陰ながら応援している。

この前親父が亡くなったけど、今頃かわいい赤ちゃんとして生まれ変わっているのかな?と時々思う。

自分の場合は祖母が亡くなった時に不思議な体験をした。学校にいる時に異常な不安に駆られて、それから数時間後に祖母が亡くなったって聞かされた。不安になった時間がちょうど祖母が亡くなった時間だったし、それ以降もちらほら妙な現象があった。こういう体験した人は言わないだけで実は多いんじゃないかな?

438 11

返信6
iri***** | 5時間前

故人が迎えに来るって言うのとはちょっと違いますが、私も以前不思議な体験をしました。祖母が亡くなる1週間前に、私がうとうと昼寝をした時に、祖母が夢に出てきてすごく優しく笑ってました…。そして「ありがとう」って言ってました。祖母は光に包まれていて、すごく心地のいい感じでしたが、すぐに目を覚ましてしまい。そうしたら自然と涙が出てました。祖母が挨拶に来てくれたんだと思います。それから1週間後に祖母は天寿を全うしました。すごく大好きだった祖母だったので今でも忘れられません。

483 13

返信2
ooh***** | 6時間前

俺は良く不思議な体験をする。祖母が死んだときの事。おれの夢に立派な観音開きの仏壇が現れた。しかし恐怖はなかった。開けると、まるで過去に飛ばされるかのような昔の思い出と最後に祖母がたっていた。夢の中でハッと気がつくと、先程とはうってかわってそこにあったのは輝きを失った中にはなにもない仏壇だった。そこで夢からさめた。そのつぎの日かな祖母が天寿を全うしたのは。後は子供が生まれる時。まだ着床したかしてないか医者もわからない程だったんだが、夢の中に我が子が出てきた。その時俺は窓が3つあり一ヶ所窓が空いていてそこにレースのカーテンが風でなびいている部屋にいた。とても居心地が良く神々しい部屋だった。そこでおれはは赤ちゃんを抱いていた。最初一週間は同じ夢を見た。そこからはまた一週間、今度は一転闇の中にいた。一寸先をも見えぬ闇。前方にパッと光が走った。良く見ると名前だった。生まれてきた子にはその名前にした。

408 25

返信6
bml***** | 6時間前

お迎え現象ってほんとにあると思う。父も亡くなる数日前から迎えに来たと言ってたらしいです。霊とか信用しない人だったのに。
看とり看護を何度かしたことあるが、だいたい1週間から二週間前くらいから何か見えているような発言やお経を読む人がいました。
あとは、だいたい夜中の2時~5時の間に亡くなることも多い気がする。



clm***** | 6時間前

少しそれた話ではありますが。

以前の私は、私が死んでも誰も悲しまない、泣かない、お葬式も人は来ない、と思っていました。生きることがつまらなくて辛くて死にたいと、つまらない人生だと思っていました。

でも二年前に結婚式を祖母の米寿のお祝いのために挙げました。そのくらいしないともういとこ全員集まる機会はないかなと。祖母の孫全員揃う機会を作りたくて。

その時に、祖母も叔母も母も、いとこも友達も、みんな私のために泣いてくれました。
その時に今までの考えは一気に覆りました。今泣いてくれている人たちは、私のお葬式も絶対悲しんで泣いてくれるな、と。すごく嬉しかった。なんだかとても安心しました。生きていていいんだなと思いました。

死にたいとも思わなくなったけど、死んでも悲しんでくれる人がいるというのは、なんだかとても安心しました。

417 42

返信6
c***l ***s *****c | 6時間前

>もしも自分や家族に死の前兆が現れたら、非科学的だと否定するのではなく、後悔しない最期を迎えるための準備を進めたほうがいいだろう。


この言葉は重い。

家族が病気になり、余り出歩く事が出来なくなってから、
ある日突然、いつもウォーキングしていたコースを歩きたいと、、、。
もちろん長い距離は行けなかったのだけど、コースの所々で立ち止まり、風に吹かれながら、各場所に別れを告げる様な満足した微笑みを浮かべていました。

その時に、もしや?これは?と
胸騒ぎがしましたが、まさかね、と受け入れられない自分が居ました。

でも、やはり、それは合図だったのです。
次の日に様態が急変し、帰らぬ人となりました。

受け入れられなかった私は今でも、この2日間の事が心残りです。

308 6

返信4

tni***** |3時間前

きっとその思いでは
死後の世界
天国でずっと思い出に残ってると思います
だから後悔しないでほしいです
56 1
ame***** |4時間前

連れ出して心残りがなくなったことで早く亡くなったと思っているのなら、それは違いますよ。その日が来る前に希望の場所に行けたんです。
まだつらいのなら、そのコースを歩いてみてください。きっと幸せな思念が残っています。
97 1
jan***** |4時間前

連れ出してあげて立派ですよ。不吉な予感は受け入れられない、信じたくない気持ちになるのは当たり前です。どうか自分を責めないで下さい。私が故人だったら歩かせて貰えて幸せだったと思うわ。
117 0
fur***** |5時間前

いいえ,連れ出してあげたことが最大のプレゼントだったと思いますよ。
188 1

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ごめんなさいね返信は もう面倒臭いから… | 6時間前

私の父親も 亡くなった叔母さんが 来てくれた、と言っていました。67歳にもなった男が オイオイ泣いているのだから。可愛がってくれた叔母さんだったそうです。亡くなってからも ずっと 父の事を 見守ってくれていたんだな。ありがとうございます。私達の事も見守ってくれているのかな。お礼を言いたい。

431 9

返信1
shk***** | 5時間前

最近亡くなった父にもあった。
病室の白い壁に、見たことのないような美しい絵がかかっている、心地よい音楽も聞こえると喜び、誰かが会いにも来てくれたらしい。
まだ60代で、長く教員をやっていて真面目でしっかりした人だったので、見ていて本当につらかったけど、本人の苦しみが少なく、少しでも幸せであったのなら良かった。

284 10

返信0
余計なお世話 | 3時間前

今は亡き両親のお迎え現象は聞く事が出来ませんでしたが、お迎え現象があって欲しいと思いました。
両親がまだ健在だった頃に親族の体験談としてお迎え現象の話を複数聞いておりました。

目の前に広がる花畑、肉親からの呼び声などここに書いてある現象と同じです。

科学的なことは分かりませんが、死というものを前に何かしら起きると考えられるってことですね。

お迎え現象ではありませんが、近所のおじさんの話です。長く入院しているはずなのに家の近くで見かけたという話が度々あり、退院したのかしらと噂をしていたら、数日後に亡くなったと連絡がありました。
おじさんの魂が亡くなる前に家に帰ってきたんでしょうね。見かけた時期にはとても動ける状態ではなかったようですから。
不思議だけれど、本当の話です。

人が死を迎える時というのは穏やかに旅立てるように不思議な力が働くものなのかもしれませんね。

147 3

返信0
lav***** | 6時間前

うちの母も、手術が終わった後に、見た事もない景色が目の前に広がってて、歩いていこうとしたら自分を呼ぶ声がして迷っていたら、みんなの声の呼ぶほうに行きなさいと言われて、行ったら目が覚めたのか、病室でみんなが自分を囲んでいたって。
今でも、夢なのか何なのかって言ってたね。

313 6

返信4
★★★★★ | 6時間前

脳の機能低下と言うのはなんだかうなづけました。
小さい子供が誰もいないところを指差したり、その子にしか見えないお友達と話すなんて事がよくありますよね。

これも脳がまだ未熟であったり、発達の過程であるからとするなら、だんだん脳の機能が衰えてくれば同じようなことがあってもおかしくない。

子供とは経験が違うから、自分の知っている人と認識されたと言う事なのかなって。

いずれにしても、怖いイメージではないと言うのは本人にしても、家族にしても安心できるなあと思いました。

186 7

返信0
kir***** | 3時間前

今年亡くなった母ですが、亡くなる2週間前に入院し、入院してすぐに夢で自分が亡くなる夢を見たと私と父に言いました。夢で亡くなる日付も確認したようで、急いで皆に会いたいと言ったのです。亡くなる日が夢見てから3日後でした。夢を見た5日後に会いに行きました。その時に母から夢では2日前に亡くなるとなってたのにまだ生きてるよ!と言われ、私は今生きてると言う事は10日、間違えたんじゃない?と言い、予測出来たので、最後の親孝行に励みました。60代と若い母に介護らしい介護は出来なかったけど、一通りは出来たので、悔いは無いです。夢で言ってた日付の10日後逝きました。まさに神様がくれた10日間でした。父を置いて逝く事が最後まで心残りだったので、お迎えが来たとは言ってなかったですが、夢の事もあり、母は冷静に死を受け入れていました。

79 4

返信0
rou***** | 4時間前

お迎えとは違いますが、母が亡くなって数日経ったある日、姉に「夢にも出てきてくれない」と愚痴ったら、その日の夜母が夢に出てきて私をぎゅっと抱きしめてくれました。幼少期から母に抱きしめられた記憶が全く無くてずっと寂しい思いをしていたので、目が覚めたらわんわん泣いてしまいました。夢の中には母の周りに複数人いた感じだったので、きっと先に亡くなってた祖父母や叔父達が最後くらい抱きしめてやれと言ってくれたのだと思ってます。

197 6

返信1
NDs***** | 6時間前

祖父が亡くなる一時間くらい前ですが、病院のベッドに横たわったまま突然涙をひとすじ流し、とても驚きました。意識もすでに無く危篤状態でしたので、え?なんで?と呆然としてしまったのを覚えています。

人間は最期まで聴覚が残るというので私たち親族の励ましの声が聞こえていた上での涙だったのかとずっと思っていましたが、この記事を読んですでに他界した祖父の親兄弟が迎えに来てくれて数十年ぶりに果たした再会の涙だったのかもしれないな…と思いたくなりました。



jiu***** | 6時間前

私は生死を彷徨った時に、柔らかな光とベールのような霧の中に身内の声と、優しい音。そして柔らかな色合いの膝下に咲く綺麗な咲き誇る花々と、何よりとても優しい香りを感じました。でも、自分の子どもが呼ぶ声がして、目の前の霧が一気にパッと晴れたと同時に現実の風景が目に飛び込んできました。忘れられない光景と、その時の香りは覚えています。

221 6

返信3
まりまり | 6時間前

似た現象が母にもありました。
母はある病気でずっと入院しており、死の前日に突然怯えだし、見舞いに来ていた祖母に「カーテンを締めて!窓の外から、親戚の亡くなった人達がこっちを見てる。きっとお迎えにきたんだ。」と言い出したようです。祖母は、何かの勘違いだと母を宥めたようですが、その次の日、看護師が薬の量を間違えたか何かで母は亡くなりました。
もう30年ほど前の話ですが、病気でというより医療事故で亡くなったのに、そのような事がありました。医療事故がなくても、母の死期は近かったのですかね…。

180 8

返信4
vlv***** | 6時間前

幻想のひとつだと思うけど。
一番大切な思い出(人)が亡くなる間際に出て来るなんて素敵ですね…

僕には誰が迎えが来てくれるなぁ。
ちゃんとしよっと!!

251 6

返信2
rda***** | 5時間前

私の祖母は亡くなる一週間前まで話せてました。だんだん会話が成り立たなくなって、
(死んだ)犬がここを走り回っている。見たことのない子どもがここに座っている、と言うようになりました。
1番びっくりしたのは数日前に亡くなった関わりがほぼなかった親戚の人を 元気か?と心配しました。でも祖母は亡くなったことを知らないんです。
みんなは話を合わせていましたが、急に祖父にご飯の炊き方など家事を教えるようになりました。祖母は残りわずかになったことを悟ったいたのかもしれません。私はお迎え現象を信じます。

155 7

返信0
hap***** | 1時間前

私の経験はお迎えではないのですが
父が九州から祖父を呼び寄せて一緒に住んでから産まれたので祖父はいつも私を目に入れても痛くない程可愛いと言ってくれてました。そんな祖父に私は子供だったからか?おじいちゃん死んでもオバケになってもいいから出てきてね。と約束をしていました。それから何十年後かに私は物凄い貧血になり緊急入院した時ベッドで寝ているはずの私が何故か?上から自分を見ていたのです。その後、祖父が霧のような所で私とは目を合わしてはくれないのですが来てくれました。そこは、お彼岸とかに飾るカラフルな落雁のような花が咲いていて小さなし川がありその対岸に祖父が居たのですが、目を合わしてくれないので何で?と聞いていると、ガダガタと肩を揺らされて循環器内科の先生にどうしたの?と慌てて起こされました。今でも祖父はまだ来てはいけないよ。と言う意味で出て来て目は合わせてくれなかったと思うようにしています。

36 2

返信0
mn1***** | 3時間前

今から半世紀以上前の体験です。中学生の時に、寒い冬の夜、部屋に
閉じ籠って試験勉強をしていました。部屋の暖房は、火鉢に炭を燃やしていました。何だか体がだるくなり、眠気が襲ってきたので、疲れを
取ろうと横になりました。夢を見ました。暗い道を一人でトボトボと
私が歩いているのです。その内に前方に光に溢れたお花畑が開けてきました。魅了されたように早くそこに辿り着こうと歩を早めました。
すると、後ろから、「そこに行ってはいけない!」と大きな声が聞こえたのです。ハッと気づいた時に、意識朦朧とした状態で母に体を
揺さぶられていました。火鉢が不完全燃焼で、一酸化炭素が部屋に
充満し始めていたのです。母が、起こしに部屋に来なければ、私は
そのまま亡くなっていたでしょう。不測の事態から、死の間際に生還
した経験として、今も忘れることが出来ません。

100 3

返信1
ljr***** | 2時間前

介護士してるんで、結構な数の方を見送ってます。子どもや配偶者なんかが側に来てるとかな話はたまにありますね。部屋の隅をじっとみてなんか黒い影があるとかな話もありますよ。そんな話をされて間もなく亡くなるってもあります。
最近は先に子どもさんが亡くなって、本人には知らせなかったのですが、枕元に来た。死んだのか?と聞かれ絶句したですよ。そして半月ほどでその方も亡くなったってあります。
お迎え現象や虫の知らせな話はナニかはあるのだと思います。本当のところは自身が逝く時でないとわからないのだろうけど、ナニかはあるんだと思います。

56 4

返信0
mas***** | 6時間前

迎えではないんだが、祖父が骨折して施設に入ってみるみる元気が無くなって、一緒に居た入所者の顔見知りの人に家に帰る、3日とか話した後に昏睡に。

そして一通り親戚が見舞いにきた3日後に亡くなった…。ほんと最後の見舞い者が帰った後に容体悪化して亡くなって…

ちなみに祖母も一度容体回復して話せたりした後に亡くなった…。
霊界があるとは言わないが、何かお別れを言わせてくれたりする謎の力があると信じるようになった。

151 5

返信1
ほのボーの* | 6時間前

ここのコメント欄、とても興味深い話ばかり。不思議だなぁ人間て。

257 1

返信0
tks***** | 6時間前

倒れてアパートで4日間、病院のICUで3日間位意識が無く、低体温で死にそうになった事があるけど、お迎えも花園も見なかったなぁ。
無があるだけでした。医者に話したら、結局向こうへ行かなかったから
見なかった可能性もあるよね!と医者もガチガチの科学者でも無いのだなと思いました。逆に科学者だから未知の可能性を捨てないのかもしれないけど。
ただ、麻酔から醒めて行く過程は不思議な世界ですね。夢とは違い、周囲の声とか音だけが聞こえて、情景を想像している感じ。そして再び深い眠りについて、また音が聞こえる状態に醒めて。目は開かないんだけど。
そして完全に麻酔が醒めるじゃないですか!そうすると覚醒していた時に聞こえた会話を実際に看護婦と出入りの薬納入業者が話しているんですよ。なんかデジャヴと言うかタイムマシンで時間が逆転している様な。
何回もこの不思議さを味わう。



tob***** | 6時間前

静脈瘤の破裂で亡くなる3日前に父は「頭の中で昔の事が次から次に出てきてうるさくてしょうがない」と私にお腹をさすらせながら言った。縁起でもない、と応えたが、それが父との最後の会話になった。夜明けに大出血して、とうとう父は戻らなかった。
走馬灯のように人生が現れる話しは本当であった。

190 8

返信0
cat***** | 28分前

お迎え現象とは違うだろうし、事後のこじつけとも思えるがと前置きして。
母は今まで一人で寝て、僕は別の部屋で寝ていた。
母が亡くなる前日の夜いままで一度もなかった「そばにいて」と言ったが僕は隣で寝ているし、明日の朝起こしにくるからと無視した。
翌朝、冷たくなっていた。
後付けになるが何かを感じていたのだろうかと思うが今となってはわからず。
一緒の部屋にいればよかったかなあと思ったがそんなことになるとは想像だにしなかった。

8 1

返信0
ゆず | 3時間前

お迎え現象とは違うのですが、祖父が亡くなったのは私が中学生の時。部活で遅く帰宅したら、祖父が危篤ということで、家族は私を置いて病院に駆けつけていました。お金も持っていないし、一人でタクシーなど乗ったことがなかったので、自宅で「じーちゃん死なないで」と泣きながら宿題をしていたら、一瞬、ふっと部屋の電気が消え
蝉の鳴き声が聞こえました。
3月のことです。停電ではありませんでした。
小さい頃、祖父と蝉取りに行った記憶が思い出され更に部活なんて休めば良かった。と後悔していたら母が帰ってきて「おじいちゃん、亡くなったよ」。祖父は、私に挨拶に来てくれたのでしょうか?しかりに来てくれたのでしょうか?いずれにしても私には、忘れられない経験となりました。

76 5

返信1
tom***** | 4時間前

看護師をしていて聞いた話です。
お迎えとは違いますが、うちに入院中の患者が亡くなる前に身近な人の前に現れたという話を2件きいたことがあります。

高齢男性が亡くなる前に、娘と孫の住む家のベランダに現れて親子で驚いたら、病院から(今にも亡くなりそうという)電話がかかってきて、亡くなる前に会いにきてくれたんだと私達スタッフに嬉しそうに話してくれました。
もう1件も40代の男性が亡くなる時、離婚していて親族はいない人でしたが、勤務先の社長(この人もうちの患者)のところに現れたと言っていました。
そういうことはあるんだと思います。

58 4

返信0
***** | 6時間前

日本人は、お化け屋敷に恐怖を感じ
外国人は、怒りを覚えるという
驚きに対しての現象なのかもしれないが
日本は、多神教なのもあり、どこにでも神が居る
だから、どこに霊が現れても不思議ではないのかも
霊感というより、敏感なのかな
感じる力が強いのではと思える
霊感だけではなく、色んな意味合いで

89 11

返信0
天災ババァ | 4時間前

父が亡くなる1週間前から
部屋が明るすぎる
お客さんが来た
とよく言ってました
宙を見て何かを話していました

亡くなる前日にとても親しくしていたカラオケ仲間が来たと言っていました
その方は20年以上前に亡くなっていたのですが…
今からカラオケに行くの?と聞いたら頷いていました

お迎え現象は老人ホームで働いていた頃によく出会いましたが当時の自分には若すぎて理解出来ませんでした
歳を重ねた今は理解できます

妄想でも幻聴でもない
本人にはちゃんと見えて聞こえています

75 2

返信0
hys***** | 7時間前

父が死んだ時は何もなかったが、
納棺の前日、49日法要の前日に夢に出てきた。
父のことを考えていたからだと思うが。



sun***** | 6時間前

自分も肉親のお迎え現象を直接ではないが聞いている。
所謂老人福祉施設に入所していた、認知症と心臓疾患を患い、ほぼ寝たきりの肉親が、ある日突然、施設の看護師に、20年以上前に亡くなった弟とつい半年前に亡くなった弟が会いに来た、と言ったとの事。因みに半年前に亡くなった弟の事は本人には全く伝えていなかっただけに、その話を聞かされた時は悪寒が走った。
結局1ヶ月経たずして意識が混濁し、2ヶ月経たずして亡くなりましたが。

62 3

返信0
bbu***** | 5時間前

非科学的なことが起こるってよりもまだ科学で証明出来てない事象と捉えると面白い。今当たり前のように認知してることも昔は非科学的なことだったりしたのだから。
更に時代が進めばこういうスピリチュアルな事象の一端くらいは分かっているかもね。

面白いのは音楽やアニメ、映画などの世界観にもスピリチュアルな価値観というのは時代を反映していて、最近の流行りは虚無とか無機質な方に流れている傾向がある。その分岐点だったのがデスノートだと思う。「死後の世界は無」というのを少年誌のジャンプで表現するなんてわりかし衝撃的だった。
個人的には死後の世界肯定派なんだが、、、さてどちらなのかな。時間軸が「生」と「死後」の2つではなく「死前」という時間軸があってもおかしくないし。
「死」というのはある意味人生で最も刺激的なアトラクション。

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sad***** | 4時間前

うちの曾祖母は、死ぬ間際は本当に衰弱していて、スプーンもまともに持てなかったのに、亡くなる日の朝、祖父が病室に行った際「ペンを貸してくれ」と言って、たどたどしくはありましたが「ありがとう」とホワイトボードに一筆書きました。その日の深夜に曾祖母は亡くなりましたが、わかってたのかなぁ…としんみりしました。
私が最後にあったのは亡くなる2週間前でしたが、いつもは別れる時「はいさよなら」とあっさり別れてたのに、その日は手を強く握られ、「気をつけんさいよ」としきりに言われたのを覚えています。
人間には、不思議な力というものが少なからずあるということなのかな、とこの記事を読んで改めて思いました。

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hiS***** | 4時間前

祖母が亡くなるちょっと前、先に亡くなっていた祖父と祖母の友人が夢に出てきたと言っていたと聞いた。やっぱりそういう事だったのかな。
祖母が亡くなる前日、私は何故か脳内に祖母宅の玄関が浮かんで無性に祖母宅に行きたくなったっけな。
亡くなった日の夜だったか…寝ていたら頭を撫でられた感触があったのも今でも忘れられない。おばあちゃん子の私に、最後に触れ来てくれに来てくれたんだなーっと思ってずっとその事を忘れない。

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ama***** | 2時間前

現役時代の出来事である。
家族ではないが職場の大先輩の方が若くして亡くなる時まさに臨終の瞬間家族に「ムーさんが来たからもう行くよ。今までありがとう。」と言われて亡くなった。
話を聞いてエッと思った。
数ヶ月前にその方の無二の親友で飲み友達の方が癌で亡くなっていたからだ。
あだ名はムーさんだった。
奥様のお話では亡くなられる少し前に誰かと話しをされていたようだが周りには家族と医者以外に誰もいなかったそうだ。
単なる脳内現象と片付ける事もできるだろうが別に錯乱もしていない状態で幻覚を見たり普通に話すだろうか。
単に迷信やファンタジーと言われても死の恐怖を持ってこの世に執着して亡くなるよりは遥かに安らかに逝かれるのは事実だと思う。

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viv***** | 50分前

介護職を20年しています。認知症のない利用者さんでもそこに母親がいるとか、最近亡くなった旦那の夢を見る
など…。
認知症の利用者さんにいたっては、誰もいない方向を見て微笑む機会が多くなるとか音楽が鳴ってもいないのに、良い曲流れてるねーとか言い始めたら利用者さん自身の死が近いのかな?
とアンテナを伸ばすようにしています。

程なくしてみなさん看取りケアに入っていきます。
毎回不思議な体験をさせてもらっています。

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tek***** | 6時間前

自分は何度か心停止の発作を起こしたけど、息を吹き返す時、聴いたことのない綺麗なメロディが頭の中に響いていた事が複数回ある。
お迎えには至らず復活しましたが。

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ku8***** | 19分前

昔、死はとても恐ろしいものでした。18歳でクリスチャンとなってから、死についての考え方がすっかり変わりました。この世は学びの機会で学校のようなところ。そこを卒業して次のさらに高みと幸福の待つ世界へ進むための、ドアをくぐる機会だと。次の世界の具体的な姿や復活の希望は,大きな慰めと希望を与えてくれます。死に至る肉体の苦しみは辛いですが、それも成長のためのステップなのです。
臨死体験は単に脳内の科学的理由付けではないと信じています。私たちは現代の科学では未だ理屈付けはできないけれど、霊という極微純粋な物質の存在というものをそろそろ認めてもいいのではないのでしょうか。

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tomohi | 7時間前

これは、お医者さんの方が間違っている気がするな。
何とか既存の医学や常識で当てはめようとするとこう言うしかないと言う話で、もしかしたら多数の人間が感覚的に感じている「異世界のようなものの存在」の方が正解なのかもしれない。

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nam***** | 4時間前

祖母が危篤状態になったが回復し退院の見通しも立つくらい元気になった。
母が祖母に「三途の川は見えたかい?」と聞いたところ、見なかったと。三途の川を見て戻ってきた人は長生きするという事だった。さらに、手鏡現象が見られ、もしかしたら…と思っていたら退院する前に容態が急変し亡くなったと話していた。
この記事を見て本当にあるんだと驚いた。



さすらい | 6時間前

お迎えではないと思いますが、
父は癌で亡くなりました。その少し前、
とても綺麗なお花畑の夢を見たそうです。
お花が一つ一つピカピカ光って赤や黄色、ピンクなど色鮮やかだったそうです。
とても綺麗だったと嬉しそうに話していました。
その、数日後に亡くなりました。

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toh***** | 4時間前

お迎えが有る、無いという論争を超えて普通にある現象になっていると思います。
あの世を知らない人間がすんなり彼岸に行けないのでお迎えシステムがあるんじゃないでしょうか。

私はお迎えに来た人を感じて体調を崩した事があります。
数日前ではなく数ヶ月くらい前から来てるみたいです。しばらく半同居して色々話してから行くようです。
故人が生前寝言のようにボソボソと話す事があったらそれです。

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yos***** | 3時間前

死に直面したのとは違うが数分間意識を失った時、とても心地良く穏やかな空間にいて直前までの身体の苦痛は全く無くずっとこのままでいたいと思ったのを覚えてます。
意識が戻った途端、身体の苦痛に襲われ
すぐにでもあの空間に戻りたいと思いましたがダメでした。
もしかしたら死ぬ時もあんな感じかもしれないと直感で思いました。

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a***** | 5時間前

亡くなったお婆さんが、亡くなる直前に「お迎えが来た」と言ったらしい。霊界があるなら本当にお迎えが来たんだと思うし、霊界が無いなら夢を見てたんだと思う。お婆さんの三回忌で夜中に皆が寝静まった頃に、大音量で仏壇の鐘が鳴ったから、お婆さんが帰って来たのかな、霊界はあるのかな、という気はしないでもない。

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saitasaita | 4時間前

同じ年に実母と義母を看取りました。実母はあまりお迎え体験的なものはなかったのですが、義母が最期のころに「おじいさん(義父)がそこにいるよ。見えない?」とよく言っていました。仲が良かった夫婦だったのでお迎えにきたのかなー?って感じでした。義父の話をする義母の表情が特に穏やかだった印象があります。

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tts***** | 6時間前

今年で98歳になるうちのばあちゃんも、夜寝てる時、夢の中で知らぬ人が、連れて行こうとする夢を見たらしい。

『どこからきたのだ?』と聞かれ答えると、『三千里も遠くから来たのか?』と言われ、『どうする?一緒に行くのか?』と聞かれたので、『そんなに遠くまで来てしまったのなら、家に帰れなくなるから戻る』と言ったところで、夢から覚めたらしい。

ばあちゃんは、病気でもなく、元気に暮らしているのだが、そんな夢を見るんだなと思った。

孫達は、ばあちゃん、まだ行かないでくれっ!てお願いした。笑うばあちゃん。

この世のものとは思えないくらい、綺麗な土手が見渡す限り続いていたらしい。

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jda***** | 3時間前

「お迎え現象」というとスピリチュアルな感じがするけど、死が身近にある人は死について自問自答していると思うし、先に亡くなられた方を思い出すのは自然な事。
特に先立たれた両親や兄弟、子なら尚更、想いを馳せるのではないでしょうか。
(夢として現れても不思議でない)

「お迎え現象」は死を間近に迎えた自分自身に対して、死を受け入れるための過程の1つなのかと思いました。
この記事を読んで。

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kan***** | 6時間前

私の母は65歳で、誤嚥で救急搬送、処置をおこない安定してました。ただ、腎機能低下の為に透析をしないと1週間持たないと言われ、病院が言うがままに2日後透析開始。透析終えてどうやった?って聞くと全然、しんどくないし、痛くなかったよ。との事で家族はほっとしてました。するとお母ちゃんお父ちゃんが迎えに来てくれたわと、病室のドアを向いて言いだし、菊の花が見えると天井を指差しました。
何、訳の分からんこと言ってるの?と言って
普通に会話してたら、約1時間後、急に容体悪化して、心停止でした。
母が20歳の時に両親が他界しましたが、大好き
お母ちゃんお父ちゃんのもとに旅立つことができたんだと思い、残された家族も安心して見送ることができました。




ren***** | 4時間前

父は最後の入院の時、どこかの山に居るようでした。
どこかのキレイなお花畑にも立っていた様子。

山に居るなら酸素は?
と苦手な酸素マスクを付けようとしたら、
「そんなのいらん」と断ってました(笑)

花に縁のない父が花畑の話をしたのは驚きました。
他の親族も花畑の話をしたのを知っていたので、
もうあっちに逝くんだなぁと思いました。

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ntk***** | 6時間前

緩和ケア病棟に入院していた祖母は、ある明け方、ベッドの横に既に他界した祖母の両親がニコニコして立っていたそうです。「お迎えがきた!」と驚いた祖母は、看護師さん経由で家族を呼び出し説明しましたが、家族からは「夢見てたのよ」となだめられ… しかし数日後に亡くなりました。
ちなみにうちの父も亡くなる1ヶ月前から手が柔らかく細くなり、女性の手のようになっていたので、この記事読んで納得です。

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ちこ(5) | 4時間前

だいぶ前ですが、母が救急車で搬送され病院のベッドで寝かされてる時に足が浮く感覚がするとかで、付き添いの父に足を抑えててくれと頼んでいたことがありました。意識朦朧としてる間にみた夢?で、亡くなった祖父が「まだ来ちゃダメだ」と言ってたとも。


rev***** | 2時間前

私も昔介護施設で働いてた時に、お父さんが迎えに来たと言ってた利用者の方がいました私が本当ですか?オヤツを食べて待ってましょうねと言って対応したのですがその日の晩に急に亡くなってしまいビックリしました。その話しを他の介護士に話したらよくある事だと言われましたね。



aal***** | 19分前

20年前に親友を無くしました。
仕事は何年も休まなかったのですが、その日は夢に親友が出てきた。起きた後、何故か体がだるく、仕事を初めてのズル休み。
その1時間後に連れから親友が亡くなった事を知らされた。
それから20年。命日と盆、欠かさずに墓参りにいくが、どちらかの、命日と盆前には夢に出てきてくれる。
不思議だなぁ。

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kix***** | 2時間前

父親が亡くなる数日前から帰省してたんだけど、夜中に誰かに足を引っ張られたと話してくれた。
ご先祖様が呼びに来たのかなぁ?って食事しながら家族で話してたら、夜中にくも膜下出血で倒れてそのまま亡くなった。
駆けつけた妹も、父親がプレゼントしてくれたペンダントのチェーンが突然切れたって話してたし。
虫の知らせとか、お迎えに来るとか有るんだなと、それ以来信じるようになった。


mao | 5時間前

出産後、意識をなくしました。
時間にして数十秒だったらしいですが、とても綺麗な花畑にいました。
空はピンクがかったオレンジ色。
チョロチョロと小川みたいなのが流れており、その遥か向こうに亡くなった祖父がいました。
祖父は私に手を振っていました。
そこで目が覚めたのですが、あれが三途の川だったのかなと。。。

A | 3時間前

祖母は病院の手術の医療ミスでお腹から大量に出血しながら亡くなったんだけど、亡くなって暫くの間、何度も夢の中に出てきて、お腹が痛い痛いと泣いていた。
しばらく夢に出なくなって心配していると、今度はお腹はもう痛くないと言って笑っていた。
霊が見えると言うよりも、潜在意識の中に亡くなった人の気持ちが伝わってくるような気がした。
それが、夢の中の映像として映し出されるんだと思った。
兄が自殺した時は、自殺した前後数時間に私も頭痛と吐き気と呼吸苦で苦しくて寝込んでしまった。
ちょうど、私が苦しくて寝込んでいた時間帯と兄が首吊り自殺した時間帯が同時刻だった。
多分あれは、兄が私に苦しい苦しいと伝えたかったのだと思う。


*** | 2時間前

第一子の出産が難産で、出血が致死量を越えてあったので死にかけたのですが、出産中に意識を失った時に、亡くなった父と会いました。父が夢出ることはほとんどなかったので、パパっ子だった私は嬉しくて嬉しくて。でも、父が「???に行かなくちゃ」としきりに言うのです。?の部分が聞き取れず、「何?分からないよ」と言ってるうちに、父がオレンジやピンクの霧のようなモヤの中に消えていなくなってしまい、私は目が覚めました。その時、まだお産真っ只中、私は一瞬意識を失っていたそうです。私は状況がわからず「父はどこ?」と何度も夫に尋ねました。その後すぐ出血が止まらなくなり再度意識不明に。一時は子宮摘出か!?となりましたが、奇跡的に摘出も免れ、命も助かりました。
産後、暫くその事は忘れていたのですが、1年ほど経って夫と話していて「あれはお義父さんが追い返したんだよ」と言われ、そうだったのかも…と、思いました。



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千 | 2時間前

秋田県で祖父のお葬式を済ませ、都内の家に戻ってきた翌日、玄関からスーツ姿の祖父が入ってきた。帽子もかぶっていた。祖父の正装だ。ものすごいお線香の香りとともに。
翌日も寝ていると寝室にお線香の香りとともに。すごく可愛がってくれたから、来てくれたと とても嬉しかった。
お互いに愛があれば、いつでもそばにいてくれる。守ってくれる。永遠に。



こういう医者は悪い!!!!

2019年09月15日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備



「手術をすれば、病気が治る」は本当か?日本と海外ではこんなに違う

9/9(月) 0:01配信

現代ビジネス
「手術をすれば、病気が治る」は本当か?日本と海外ではこんなに違う

写真:現代ビジネス

 医者は手術すればよくなると言うが、患者のその後の生活まで考えているわけではない。その言葉を鵜呑みにしてはいけない。

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「手術をすれば、病気が治る」は本当か?日本と海外ではこんなに違う

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手術のせいで胸に激痛

 3年前に父を亡くした高杉哲史さん(54歳、仮名)は、かつての決断をこう悔やむ。

 「父は76歳のときに、不整脈で突然死する可能性があると告げられました。都内の大学病院の心臓外科医は、『除細動器を植え込む手術をすれば、心臓の脈を常に監視して、発作が起こった時に電気ショックを起こして、不整脈を退治できる』と手術を勧めました。父の老い先もそう長いものではない。手術をせずに静かに余生を送らせるべきか悩みましたが、結局、手術を選択しました。

 手術は成功しましたが、後悔し始めたのはその後です。2~3ヵ月に一度、除細動器の電気ショックが作動するようになりました。ショックが生じると、胸を直接蹴られたような激しい痛みを感じるそうで、そのたびにうっと顔を歪めて胸を押さえていた。結局、その状態は肺炎で亡くなるまで4年も続きました」

 苦痛を感じながらでも、寿命が伸びるならまだ意味があるかもしれない。だが、その有効性すら疑わしいというデータもある。医療経済ジャーナリストの室井一辰氏はこう話す。

 「米国ホスピス緩和医療学会では、患者が望まない限り、植え込み型除細動器を使用すべきでないと警告しています。

 除細動器の手術を受けた患者の4人に1人は、死亡する1週間前になって初めて機械が作動すると報告されています。つまり、除細動器のショックによって、死を回避できたケースは多いとは言えないのです」

 「手術をすれば、病気を治すことができますよ」。医者にそう言われたら、つい手術の同意書にサインしてしまうという人は少なくないだろう。だが、体にメスを入れるというのは、大きなリスクを伴うもの。ましてや、体力の落ちている高齢者となれば、その危険性は一層高まる。

 7月26日、人類初の月面着陸を果たしたことで知られるアメリカの宇宙飛行士、ニール・アームストロング氏が、実は医療事故によって亡くなった可能性があると報じられ、全米が騒然となっている。

 アームストロング氏は'12年、82歳の時に冠状動脈が詰まったことで心臓のバイパス手術を受けたが、その後、急な内出血を起こし、亡くなった。状態が急変した時の病院側の対応にミスがあっただけでなく、そもそもバイパス手術自体も必要なかったのではないかと疑いが持たれている。

 著名で最善の手術を受けられたはずの人物ですら、こうして命を落とすのだから、できうる限り手術は避けるに越したことはない。

 ましてや、難しい脳の手術となればなおさらだ。昨年、夫が脳の手術を受けた槇原由子さん(50歳、仮名)はこう話す。

 「昨年、夫に脳の動脈瘤が見つかり、主治医に動脈瘤が破裂する危険があると言われたので、慌てて手術を受けました。ですが、術中に医者が誤って視神経を傷つけてしまい、失明したのです。

 その後、調べてみると、脳の動脈瘤には破裂する危険性の高いものと、低いものがあるということを知りました。しかも破裂のリスクが低いものは、放っておいても問題がない。夫の動脈瘤がどちらのタイプだったかは、もはや知ることはできませんが、よく考えずに、医者の言葉を鵜呑みにしてしまったことを、いまも後悔しています」

 外科手術で開腹・開胸するともなれば、身構える人もいるだろうが、出血の少ない内科医による治療となると、安易に手術を受けてしまいそうになる。実際、「患者の負担が小さく、術後の回復も早い」ことを売りにして、カテーテル治療を積極的に行う病院も多い。だが、体の中に針や器具を入れて操作することには違いなく、大きな危険が伴う。

 例えば、心臓の上半分の心房で異常な電気が発生し、心拍のリズムが狂う心房細動。これが起こると、血液が固まりやすくなり、血栓が生じる。脳に血栓が飛ぶと、脳梗塞を起こす可能性があるため、手術を勧められることがままある。

 薬物治療でも心房細動を予防できるが、カテーテルと呼ばれる細い管を血管に挿れて、不整脈の原因となっている場所を焼き切る「心筋カテーテルアブレーション」という治療法を行う内科医が増えてきている。心臓血管研究所付属病院の山下武志氏はこう話す。

 「心房細動が全くなくなる確率は、アブレーション1回で約60~70%、もう一度追加の施術で約80~90%と言われています。薬での治療だと、心房細動の発作が完全になくなることはまず見込めない。薬物治療より、効果が高いと言えるでしょう」


日本は痔の治療の後進国

 たしかに、心房細動を完治させるという観点で見れば、手術を選択したほうがいいのかもしれない。しかし、当然リスクもある。

 「脚の付け根など、刺した部位から出血したり、心臓に小さい孔が開いて心臓の周りに血液がたまる、動脈と静脈がつながってしまうといった副作用が報告されています。まれなケースではありますが、左心房と食道がつながってしまうこともあります」(山下氏)

 しかもこの治療法は、アメリカではなるべく避けるべきものと見なされている。

 「米国不整脈学会は、心房細動のリスクのある患者でも、薬で症状や心拍をコントロールできているなら、心筋カテーテルアブレーションを実施するべきではないと注意喚起しています。それどころか、薬で心拍がコントロールされている患者で治療を行うと、利益よりもリスクのほうが大きいとされています」(前出の室井氏)

 迷うくらいなら、手術をしないほうがいいケースは身近なところにも潜んでいる。いぼ痔の手術だ。実は、痔は虫歯の次に多い「国民病」だという。平田肛門科医院の平田雅彦氏の話。

 「肛門の周りには弾力性に富み、肛門を閉じる役割を果たすクッション部分があります。内痔核(いぼ痔)は、この組織がうっ血したり、出血したりして、肛門内に盛り上がり、垂れ下がって出てきた動静脈瘤の一種です。

 自覚がなくても、10人中7人以上はお尻にいぼ痔があると言われています。悪化すると、いぼ痔が肛門から飛び出して、出血や残便感を伴うようになります」

 痔にはいぼ痔、切れ痔、あな痔の3種類あるが、多くの人が抱えているのがいぼ痔だ。そしてこのいぼ痔の治療法で、日本は驚くほどに「後進国」だという。

 「先進諸国のなかで日本ほどいぼ痔の手術をする国は他にありません。海外での手術率を見てみると、ドイツが7%、イギリスが5%、アメリカが4%。つまり、9割の患者は、痔で病院に駆け込んでも、手術を受けていません。ドイツの直腸肛門病理学会の教科書では、最初に『痔は手術するものではない』と書かれているほどです。

 ところが日本の手術率は、約40%と推測されており、突出しているのです」(平田氏)

 いぼ痔の手術は、痔核の根元にある血管を縛ったうえで、痔核を切除する。だが、痔核を切りすぎると、肛門狭窄を引き起こしてしまうことがよくある。すると、肛門が指がやっと一本入るくらいに狭くなり、術後、排便に大きな障害が出てくるのだ。

 欧米では手術はあくまでも、他の治療を試しても効果が見られなかった場合に行う、最終手段と見なされている。

 「痔は生活習慣病です。食物繊維や発酵食品を多く摂る、運動不足を解消する、椅子に座りっぱなしを避けて、1時間に1回は席を立つなど、生活を改善すれば9割は切らずに治せるのです」(平田氏)

 病にかかった部位があれば、切り取ってしまったほうがさっぱりする。そう考えて手術に踏み切る人も多いが、体にメスを入れてから後悔しても、時すでに遅しだ。

 『週刊現代』2019年8月10・17日号




医者も商売、、銭儲け!!

私は海外、透析患者だが<<現場では、意識不明人口呼吸着けた患者が透析しているが、助からないのは明らかだ>> こういう患者を透析するのは、医者が<<透析しないと死にますなどと医者が家族に言うので、それでは透析しないで死んで良いですとは家族は言えず、透析お願いしますと銭があまりなくても言う>>

当該場合、1,緊急透析のために首の血管に透析器具を挿入するが<<5000ペソ医者に払う、、外科専門医>>

2、後、腎臓医が継続して透析をやらせて銭儲けする。

3,病院施設は(、医者と病院は委託契約のような関係)病室使用料や透析機器使用料、その他色々なチャージをする(ベットカバー、枕カバーも24時間に一回、交換に来るが全てチャージ、勿論、貧素でまずい食事も)

4,そして製薬会社の儲け。

このように患者一人で、大変な銭が儲かる。

勿論骨折やその他疾患で医者が治療すれば<<健康体の戻り活躍できるなら全く問題ないが=コストが掛かっても>>明らかに手遅れの後期高齢者患者に透析する医者は<<本当に悪いな、、>>と強く感じる次第だ。

この記事の<<医者がやたらオペすすめる>>のも、銭儲けと切りたがる医者の本能だろう。

医者の言うことを鵜呑みにしないで自分で勉強して調べることが重要だ。

がん患者でも、最早、手遅れ患者がオペされたり(うちの親父がそうだった、、医者がニヤついて手術しましょう~~@@などと言うのでオヤジが治るものと考えて、、センセ~~オネガイシマスなどと言ったが腹を開ければ手遅れで、、、>>

単に、オペの苦しみ痛みだけが加算された!!!

これが医者だと、当時痛感した。

うちは手遅れだったので抗がん剤は使用しないで激痛緩和のモルヒネ点滴で死を迎えたが<<多くの患者が無意味な抗がん剤などで副作用で死ぬ苦しみをされながら死んでいくという悲惨状況だ>>

**医者は悪い!!!

治療せ回復すればよいが、最早手遅れが分かってるのに<<苦しませる治療をシて銭儲け>>>こういう医者は悪い!!!!




「転んで死ぬことになった」60代以上の人たち…その悲しすぎる結末

2019年09月14日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備



「転んで死ぬことになった」60代以上の人たち…その悲しすぎる結末

9/14(土) 14:01配信

現代ビジネス
「転んで死ぬことになった」60代以上の人たち…その悲しすぎる結末

写真:現代ビジネス

 平穏な日常が一瞬にして奪われ、みるみる衰弱。最期には無残な姿で死んでいく。転倒にはそんな恐ろしいリスクが潜んでいる。なぜ高齢者ほど転びやすく、そして最悪の結末を迎えてしまうのだろう。

年金の「手取り」を増やす裏ワザ
「転んで死ぬことになった」60代以上の人たち…その悲しすぎる結末

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厚さ3cmの座布団で

 「あれは自宅の居間で一緒にテレビを観ていたときでした。夕食を済ませゆっくりしているタイミングで、主人がトイレに立ち上がった。次の瞬間、自分の座っていた座布団に躓いて転んだんです。

 座布団はもう何年も居間に敷きっぱなしで、すっかり潰れていた。厚さは3cmもありませんでした。普通に考えれば、躓くような高さではないんです。

 主人は畳の上でドシン! と横転して半身を強打し、右脚の付け根を手で押さえていた。あまりに一瞬のことで、自分でもなにが起きたかわからない表情でした」

 こう語るのは、2ヵ月前に夫・畠山和夫さん(享年68、仮名)を亡くした文子さん(67歳)だ。

 和夫さんの直接の死因は誤嚥性肺炎。だが、そのきっかけになったのは、間違いなく1年前の自宅での転倒だった。

 「転倒した直後、夫は脚の付け根を押さえながら『うぅぅ……』と呻き声をあげてうずくまりました。深刻な痛がり方だったので、すぐに救急車を呼んで自宅から近い総合病院へと向かったんです。

 診察の結果は、転倒による大腿骨頸部骨折。太ももの付け根にある頸部という箇所が、転倒の衝撃でポッキリと折れていました。

 医者は主人の容態を見て、すぐに手術の手続きに入りました。先生からは、折れた骨が完全にずれてしまっている、という説明を受けました。大腿骨の一部をごっそり取り出し、金属製の人工物に入れ替える『人工骨頭挿入術』という手術でした。まさか、あの一瞬の転倒事故がこんな大ごとになるとは思ってもいませんでした」

 とはいえ、和夫さんの手術は無事成功し、3週間の入院を経て退院。それ以降は近所にある別のリハビリ病院で治療を受ける生活が始まった。

 当初、和夫さんは「一日でもはやく歩けるようになりたい」と、精力的にリハビリをしていた。だが、毎日のように通院して治療しても、一向によくならない。それどころか、手術から2ヵ月が経つ頃には状況は悪化。ベッドから起き上がろうとするだけで脚の付け根に激痛が走るようになっていた。

 「主人の症状は悲惨そのもの。生活のあらゆる場面で少し体勢を変えただけで、苦痛に顔をゆがめていました。

 この頃から、夫は人が変わったように無気力になってしまった。リハビリのために一緒に病院に行こうと言っても、『あぁ、そうだな……。明日は行くからさ』と生返事をするだけ。転倒の瞬間を思い出してしまうのか、居間にいても動こうとしないんです。今までのようには歩けない。その事実を受け入れられないようでした。

 外出はおろか、新聞を取りに行くのも面倒くさがるようになり、しまいにはちょっと手を伸ばせば届くようなテレビのリモコンまで私に取らせる始末。同時に、食事の量も減っていきました」

 定年後は国内外問わず、毎年のように旅行に行くほど仲睦まじかった畠山夫妻。だが、和夫さんの転倒から関係が徐々に悪化していく。和夫さんは自由に歩けないストレスを文子さんに当たり散らすようになった。

 手術から4ヵ月後、和夫さんにさらなる変調が訪れる。会話が不明瞭になり、文子さんの名前すらも出てこなくなってきた。認知症だ。

 「転倒による骨折から回復できるかどうかは、リハビリを行う意欲があるかにかかっている。そこで一番怖いのが、まさにこの認知症です。

 骨折や手術に伴う痛みによって、リハビリの意欲が低下してしまう。そうなると寝たきりの時間が増え、認知機能も減退してしまう。

 このようにして骨折がきっかけで認知症になると加速度的に体は衰弱し、他の病気にかかったときには手術さえできない状態になってしまいます。だからこそ、転倒で骨を折ったときには認知症にならないため、早期にリハビリを開始しなければいけません」(お茶の水整形外科院長の銅冶英雄医師)


骨折しなくても危ない

 和夫さんの認知症は日に日に悪化し、最終的には文子さんとまともにコミュニケーションが取れないほどになる。そして寝たきりのせいで誤嚥性肺炎を繰り返すようになり、転倒から1年後には力尽きるように息を引き取った。

 和夫さんのようなケースは特殊ではない。彼のように転倒が原因で病院に運び込まれる高齢者は後を絶たないのだ。

 東京消防庁が発表している'17年のデータを見ると、65歳以上の高齢者で転倒によって救急搬送された人数は5万5614人。全救急搬送件数の82・3%を占めている。これは全国の話ではない。東京消防庁が管轄している、都内だけの数字だ。

 さらに厚労省の人口動態調査最新データでも、転倒による死者数は年間9673人と記録されている。これは交通事故死のおよそ倍。和夫さんのように、転倒では亡くならずとも転んだことが原因で衰弱死した事例を考えると、その数は何倍にも膨れ上がるだろう。

 転倒というと階段を踏み外したり、外で派手に転んだりする事故を思い浮かべる。だが、実際は違う。ほんの些細なことで人は転び、死んでしまうのだ。

 愛知県に住む重田達夫さん(72歳、仮名)。彼もまた半年前、妻の千恵子さん(享年70)を転倒で亡くしたばかり。

 千恵子さんの場合は、畠山さんのように躓いて転んだのではない。少し体をひねっただけで命にかかわる転倒事故を起こしてしまったのだ。

 「1年前、妻が自宅で家事をしているときのことでした。昼食の準備をするため、台所の食器棚に仕舞ってあるお皿を取り出そうとしたんです。

 妻は取り出した皿を1mほど離れたキッチンに置こうとした。その際、体をねじって90度回転させました。たったそれだけです。その動きだけでバランスを崩し、転んでしまいました。同時に持っていた皿が割れて左肘を切ってしまった。10針を縫う怪我でした。

 妻は縫うほどの傷を負いはしたものの、骨折はしなかった。その点は胸を撫でおろしました。

 ですが、3ヵ月後。自宅に戻って生活を送っていた妻に、頭痛や失禁などの症状が出始めた。転倒した際に頭を打ちつけ、時間差で慢性硬膜下血腫を起こしていたんです」

 慢性硬膜下血腫とは、脳を覆う硬い膜(硬膜)と脳の間に血が溜まってしまう病気。それまでは何をするにしてもキビキビと動き、働き者だった千恵子さん。だが、慢性硬膜下血腫を起こしてからはふさぎ込みがちに。そんな彼女を追い込んだのは、皮肉なことに息子の一言だった。

 重田さんの家族は二世帯住宅で、息子夫婦と同居。長男は転倒事故を起こした千恵子さんの身を案じ、「母さん、心配だからもう余計なことはしないでくれ」と、善意で進言したのだ。

 精力的に家事をこなすことで毎日の刺激を得ていた千恵子さんにとって、その言葉はショッキングなものだった。

 慢性硬膜下血腫は深刻な病気である一方、安静に過ごして適切な治療とリハビリを受ければ完治を望める病でもある。

 だが、息子の言葉を聞いて「また転んだら、もっと家族に迷惑をかけることになる。今でさえ、私は夫や息子夫婦にとってお荷物になっている。もう、なにもしちゃいけないんだ」と、家事を放棄してしまった。夫の達夫さんが続ける。

 「妻は完全に心が折れてしまったようで、生きる気力が萎えてしまいました。『みんなの迷惑になるから』と、なにもしようとしなくなった。そのうちご飯も受けつけなくなり、体重は激減。元は50kgあったのに、34kgにまで落ち込んでしまいました。

 そんな状態になると硬膜下血腫を治すどころの話ではなくなります。免疫力が低下して、頻繁に風邪をひくようになる。そのままウイルス性肺炎にかかってしまい、あれよあれよという間に衰弱。肺炎を発症してから、たったの1ヵ月で死んでしまいました」


転ぶのはクセになる

 60歳を過ぎたら、絶対に転んではいけない。畠山夫妻・重田夫妻の災難を見るとそう思わずにはいられないが、実際に高齢者が転倒から衰弱死するケースは数えきれない。実例を紹介しよう。

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養護施設に入っていた80代女性が階段を下りている最中に転倒。傍にいたヘルパーが他の入居者に気をとられて目を離した隙に起きた事故だった。女性は大腿骨を骨折し寝たきり状態に。3ヵ月後、多臓器不全で死亡。
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高血圧のために降圧剤を服用していた68歳の男性。夜、トイレのためにベッドから起き上がった瞬間、立ちくらみで転倒。降圧剤の影響で低血圧になっていたことが原因だった。ベッドの角で胸を打ち胸骨を骨折。折れた骨が心臓まで達し、出血多量で死亡。
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83歳の男性が愛犬の散歩中、突然走りだした犬についていけず転倒。リードを持っていた右側の手首と肩、大腿骨を骨折。さらに転倒によって顔面を20針縫う裂傷を負い、細菌感染。敗血症にかかり亡くなった。
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国内旅行の帰り道、土産物の荷物が多かったため最寄り駅からタクシーを利用した72歳の女性。自宅に到着しタクシーを降りるときに縁石に躓く。両膝を複雑骨折し歩行困難に。車椅子生活となり、体力が低下。認知症も併発し、半年後には寝たきりになり、痰を喉に詰まらせて死亡。
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83歳の女性が自宅にかかってきた電話を取るため寝室からリビングに移動しようとした。その際、高さ2cmほどの敷居に躓き転倒。首の骨を折り意識不明に。夫が救急車を呼ぶが救命救急の甲斐もなく、頸椎骨折と頸髄損傷で落命。
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 転倒が怖いのは、それがクセになってしまうところだ。これまで複数回の転倒骨折を経験した女優・香山美子さん(75歳)はこう振り返る。

 「最初の骨折は62歳。自宅の階段で転び、膝を強打しました。夜中で、リビングに行こうとして電気を点けず階段を下りてしまった。毎日使っている階段だし、明かりがなくても大丈夫と過信してしまったんです。

 朝になると膝はパンパン。急いで近所の整形外科で診てもらったら、膝下の脛骨が折れていました。先生からは『歩けるようになる確率は5割』と宣告されました。すぐに脚を石膏で固められ、安静状態に。介護用ベッドを借りて、自宅で寝たきりの日々を余儀なくされました」

 その後、香山さんを待っていたのは地獄のリハビリ生活だった。苦もなく曲がっていたはずの膝が言うことを聞かない。少し曲げただけで激痛が走り、悲鳴をあげた。

 香山さんの膝は2ヵ月に及ぶリハビリで完治。だが、その3年後には映画館の階段で転倒し、両足の甲を骨折した。

 「いちばん悲惨だったのは、1年半前の事故です。スリッパを履いて自宅の廊下を歩いていたら、滑って転んでしまった。これまでの骨折で足腰が弱っていたのでしょうか。あまりの痛みで気を失ってしまった。

 転んだ際に腰を打ち、腰椎を圧迫骨折しました。レントゲンを撮ったら、腰骨が1・5cmほどグシャリと潰れてしまっていた。さらに圧迫骨折の1ヵ月後には、ベッドカバーの紐に足をひっかけ右膝を強打して骨折。その前の腰椎圧迫骨折のせいで体が自由に動かせなくなっていたんです。

 これまではたまたま運が良く、死に繋がるような事態にはならなかった。でも、ひとつ間違えると大惨事になっていました。そう考えるだけでゾッとします」

 日常のそこかしこに潜む転倒リスク。一度転んでしまえば、死を迎えるまではあっという間だ。


室内のちょっとした段差が命取りに

 なぜ人は転んでしまうのだろうか。実は、この点にこそ転倒の前段階が隠されている。

 結論を言えば、人が転ぶのは歩けなくなるから。転んで骨折などをした結果、歩けなくなると思いがちだが、実は加齢につれて上手く歩行することができなくなるために転んでしまう。そして、転倒によって本格的に歩行不能になるのである。

 これは3ヵ月前、自宅の風呂場で転んで大腿骨転子部(股関節付近の骨)を折り、現在も車椅子生活を余儀なくされている後藤浩二さん(72歳、仮名)の談。

 「実は転倒する3ヵ月前から、すでに予兆はあったんです。それまでは自宅内を歩くときでも、目測を誤るようなことなんてなかった。自分が思い描いたように足を動かすことができていたし、それは当たり前のことだと思っていました。

 ところが風呂場で転ぶ3ヵ月前から、廊下を移動する際に踏み込んだ足に少し力が入らなくなっていたんです。その時は一過性のものだろうとまったく気に留めなかった。まさか自分が上手く歩けなくなっているなんて夢にも思いませんから。でも、それは過信だった。

 いつものように風呂に入るため浴室に足を踏み入れようとした瞬間、たった2cmにも満たない段差に足の指をひっかけてしまったんです」

 風呂場で派手に転んだ後藤さんは脚の付け根を骨折してしまう。そして転倒後、病院で初めて自分の骨密度を検査したところで思いもよらない事実を突きつけられた。

 後藤さんの骨密度は若年成人平均値(20~44歳の平均骨量)と比べ、43%しかなかったのだ。一般に若年成人平均値と比較して70%以下だと骨粗鬆症と判断される。後藤さんはその数値さえも大きく下回っていた。

 「正直に言って、転倒事故の当事者になるまでは自分の骨の状態なんて考えたこともなかった。歩くスピードも昔とそんなに変わらないし、20~30代の若者と比べても遜色がないと根拠のない自信までありました。そんな調子だから、これまでも検査の機会が何度もあったにもかかわらず、見逃してきてしまったんです。

 担当の先生から診断結果を聞かされたときは耳を疑いました。知らず知らずのうちに骨がスカスカになり、踏み込みが浅くなるなどちゃんと歩けなくなっていたようです。転ぶ3ヵ月前から感じていた違和感は体からのサインだったんです」


筋肉より骨が弱まる

 筋肉が衰えれば上手く歩けなくなることは理解しやすいが、高齢者は、それよりも骨そのものが脆くなっていることにより、歩けなくなっていく。

 後藤さんと同じように、ほとんどの人は自分の骨密度を気にしたことなどないだろう。血圧に関しては気にしすぎるくらい気にして毎日のように降圧剤を服用するのに、自分の骨に関しては無関心を貫いているのだ。

 転倒する前から普通に歩くことができなくなっていた後藤さんは転倒によって骨を折り、さらに歩行が困難な状況に追い込まれた。悪循環に陥ってしまったのだ。

 「大腿骨転子部の骨折自体は、骨にボルトを入れることで患部を繋げる手術を受けました。手術は成功したけれど、自分の足で立つことはできません。骨が脆くなっているうえに、入院で筋肉まですっかり衰えてしまったんですから。

 この状態では、これから自力歩行ができるまで回復するかわからない。不自由なく歩けることがいかに幸せなことだったか。今更そんなことを言っても、後の祭りです」

 これまで30年以上の長きにわたって転倒骨折の患者を診てきた福岡徳洲会病院・リウマチ外科センター長の長嶺隆二医師はこう指摘する。

 「人は高齢になるにつれ、腰や膝、足が思うように動かなくなっていく。いわゆるロコモ症候群です。どんな人でも1年で1%は体全体の筋量が減少し、骨も脆くなっていく。実際、これまで私が膝の手術をしてきた患者さんも、4割近くが骨粗鬆症にかかっていました」

 一般的に、骨粗鬆症にかかるのは閉経した50代以降の女性が多いと思われがちだ。だが、男性にだって骨粗鬆症のリスクはある。実際、男性機能が衰えてくる65歳以降から、骨は日に日に弱まってきてしまう。

 「さらに、骨粗鬆症になるか否かは若い頃からの薬の服用歴も大きく影響します。ステロイドホルモンや抗痙攣薬を病気の治療のために飲み続けてきた人は、骨粗鬆症になるリスクが高い。つまり、どの時点で歩けなくなるのかは人それぞれなんです。だからこそ60歳を過ぎたら自分の骨の強度がどれくらいなのか知っておくことが重要です」(NTT東日本関東病院の大江隆史医師)

 人は年を重ねるほどに、頭ではできると思っていること(自己効力感)と実際の身体機能にギャップが生まれてしまう。ちゃんと歩いているつもりでも、足の上げ幅が小さくなったり、歩幅の目測を誤るようになっていく。

 「いま、高齢者ドライバーの運転事故が深刻な社会問題になっていますが、本質はよく似ています。若い頃であれば運転中に危険を察知すれば体が反応して、すぐにブレーキを踏むことができた。ですが、加齢で反応が鈍くなり、とっさの判断が利かずに急ブレーキを踏むこともできなくなる。

 年を取るということは、自分の体が思い通りに動かなくなることなんです」(自身もケアマネジャーとしての経験を持つ淑徳大学・結城康博教授)

 命を落としかねない転倒も、すべては歩けなくなることから始まる。大惨事を避けるためにも、くれぐれも自分の脚力を過信してはいけない。

 『週刊現代』2019年8月24・31日号より



***** | 2時間前

高齢者は転倒から寝たきりとなり、それがライフスタイルの激変に直結してしまう。
通いなれた場所、通り慣れた場所、その油断と身体と気持ちのアンバランスから、昨日まで上がっていた足が、今日上がっていないことがある。
歳を取る前にせめて家の中の全ての段差を無くすべきだなと思うけど、なかなか難しいなぁ。
あと、高齢者がバスに間に合うため、また青信号に間に合うため、全力疾走してる姿をたまに見かけるけど、正直、馬鹿なことをして、と思う。
確かにまた何十分と待たないとならなかったり、信号の数分でも立ち止まるのが身体的に辛いのかもしれないけど、今転んだら二度と自分の足で立てないかもしれませんよ、そこまでの価値がそのバス、その信号にありますか?と思う。

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ftl***** | 1時間前

よく脚は第2の心臓と言われますが、その通りです。脚の筋肉がある人は全体的に若く見える人が多いし、生活や動きもアクティブです。寝たきりになっても高レベルの医療を受けられる財力のある方以外は真面目に鍛えた方がいいです。初めはイスを使ったスクワットとかで十分ですので。自分の身は自分で守りましょう。

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Hisui | 14分前

確かに、骨が丈夫なのは長生きの秘訣かもしれない。現在104才の祖母は、歳をとってからも何度か転んだことがあった。(しかし、脚腰はしっかりしていたので、自分でつまずいたりしたのではなく、そのうち一回は車に少し接触!して転んだ)が、それが大怪我や寝たきりになることはなく、現在も一人で歩ける。普段から歩くことは大切だ。

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aki***** | 2時間前

効果的な予防方法まで記事にあったら嬉しいのだが、とにかく体を鍛える、良いものを食べるということを高齢者になっても続けようと思った。

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eve***** | 1時間前

寝たきり高齢者が多くなっても困るだけ。安楽死の選択もあっていいと思う。医療の進歩はいい事もあるけど、無理に長生きさせる必要も無いと思う。

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AAAA | 1時間前

うちの祖父は90歳で草刈り中に2,3メートル下に落ちて骨折。
落ちて動けなくなり救急車で運ばれた時にはもう寝たきりだと覚悟したが、幸いにも手術でき、リハビリもして、医師も驚くような高齢者とは思えないスピードで回復。
入院が長かったせいで軽く認知症気味になりおかしな事を言ったりしていたが、お喋り好きの電話魔なせいかまだ今は軽症ですんでいる。周りは昼夜問わず何度も何度も変な時間に電話がかかってくるので睡眠不足になったり迷惑しているが、寝たきりになるよりはマシかも…
やはり日頃から農作業など体を動かしているからか体力もあり、リハビリしている所も見たが、手術してからまだ数日しか経っていないのに自分の足でしっかり歩いていて、本気で驚いた。毎日外仕事で日光に当たっているので、私なんかよりも骨とか丈夫そう…笑
何歳になっても毎日コツコツ体を動かし続ける事の大切さを実感しました。

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やふ米ビギナー | 2時間前

恐怖を煽るだけで予防法が書いてないのが辛いところ・・・。何をすれば転倒しないのか、そこも触れて欲しいです。
骨が弱くなるのがまずいということで、カルシウムを取ればいいのでしょうか?それだけではダメそう

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wombat | 2時間前

医学が進歩して人は長生きできるようになったけど、果たして長生きは本当に幸せなのだろうか。

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kin***** | 1時間前

老人がバスで座りたいばかりにみんなを押しのけてバスに乗り込んだ。図々しと思ってたら手スリを持ち損ねてそのまま背中からものすごい勢いでずっこけて側の電信柱で強打した。かなりの勢いで後頭部を強打して大丈夫?って顔見たら目がぐるぐる回ってた。頭をあれだけ強く打ったから血ぐらい出たかもね〜と思ったけど無傷だった。引っ張って起こしてバスに乗せたけど自分が被ってた帽子の事も忘れてしまったのか当分呆然としてたけど、はいコレって渡して私は後ろの席から様子見てたけどあの人どうなったんだろうと今でも時々思う。老人達割り込むとバチが当たりますよ。

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哀鈴 | 2時間前

そういや、九州の母方の実家の方に居る親戚には こういった亡くなり方をする人はない。やはり、農業をしてたり、都会と全く違って数歩歩くと隣家って訳でないからかもしれない。特に実家と近い親戚の家とは、畦道を歩いて田んぼや畑を3〜4枚向こうと離れてるし その間に家も無い。

何でも自分がしなきゃあかんのも高齢者には どうなんだ?と思う人も多いと思うが、皮肉だが そう云う環境が九州の親戚の人が元気な起因なんかもしれない。

うーん、これも神の手?自然淘汰なんかな?

リハビリの大切さを実感して、行動した人は助かるみたいなんかもしれない。
うちの父親も転倒、骨折、入院したけどリハビリ失敗からの認知症。車椅子生活の上に自立排泄不能にまで一気に進んだ。それも たった1年で。

高齢者には「必然」が無いとあかんのかもしれない。



qso***** | 2時間前

骨折入院した父がいますが彼が無気力にならなかったのはネットが使えたからですね
ネットが父の世界を広げ新しい生き甲斐になりました
今もまとめサイトで政治の勉強をしています
突然外国人を見下して口汚く罵しるのでその度ドキッとさせられますが
家の中だけだし正直なところ認知症になられるよりはましですね

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タヌキくん | 22分前

歩くって大事だね。
休日は出来るだけ歩くようにしてます。
梅田から難波まで歩いたりとか、途中でカフェでお茶したりとかするとなかなか楽しいです。
また夏から秋にかけては登山するよ。
今年の夏は、小2娘と上高地から涸沢までキャンプしながら安全登山しました。
普段から出来るだけ歩いて、足腰鍛えましょう。

2 0

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マッキン | 1時間前

結果的にすぐ亡くなるのであれば、それはそれでいいのかも?
介護期間や寝たきり期間が長いのも、本人も家族も大変だよ。

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hpk***** | 32分前

70後半から80代の人の自己転倒首下脊損を続けてみたけど、この歳で、、、と思うよね。
本人は治療拒否しても家族がPM入れてまで生かしてたりするけど、施設に入れるだけで、家族から本当はどう思われてるんだろうかと思ってしまう。

1 0

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パセリの里 | 42分前

一生懸命支えてくれる家族がいて、
献身に応えるために、毎日前向きに、など
ドラマの世界の話でしょうか。

もちろん骨折は重篤ですが、
無気力のまま亡くなられた男性もつらかったでしょうし、懸命に支え励ましたご家族の心労と落胆が、すけて見えるようです。

0 0

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魂 | 1時間前

老後は気力、心の若さまでも身体に影響を与えます。
精神、肉体の管理は自分行いましょう。

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** | 2時間前

昨年亡くなった親族も、きっかけは転倒による骨折でした。
すぐに治ると思ってましたが、病院や老健での数ヶ月の入院が本人のやる気とか意欲を無くしてしまい、ボケたみたいになってしまいました。
そこから、何度も転倒、骨折を繰り返してしまい、最後は慢性腎不全で亡くなりました。
腎臓も亡くなる数ヶ月前まではそこまで問題ありませんでしたが、急激に悪化してしまいました。
「透析をしてない患者は受け入れられない」と言われ、症状が落ち着いたら退院させられ、実質病院に殺されたようなものでした。

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kot***** | 1時間前

高齢者で骨粗鬆症だと転倒しなくても骨折なんてザラ。膝が痛かったり足の筋力が落ちてたりで、椅子にドシンとお尻を落として座ったら圧迫骨折、それも数ヶ所だったり。家族が手をつないで散歩していて「こっちよ」と軽く手を引いたら肩の関節が粉々とか通所介護施設にいた時にほんとにあった話。
介護職をしていて感じたのは、気力が無くなった時点であっという間にすべての機能が落ちていくという事。骨折とか無くても、家族からの暴言だったり孤独感だったり。頭がクリアな人ほど「もういい」と思うとあっという間に逝ってしまったな。

3 0

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tyz***** | 1時間前

読んでいるだけで手の力が抜ける感じ、恐ろしい。
足を鍛えないとな。骨密度ももっと手軽に測れればいいのに。

7 0

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ter***** | 1時間前

常々親に「軍隊のように足を上げて歩いて」と言っていました。しかし本人は、気持ちは上がっているものの、実際には床すれすれで歩く始末でした。
大腿骨骨折→寝たきり→誤嚥性肺炎だけは避けられまさしたが、私自身も気をつけないと寿命縮めますよね…



徐倫子 | 2時間前

明日は我が身…
とりあえず、毎晩のストレッチと足の筋トレは少しでもコツコツやってる。

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mis***** | 8分前

これが寿命なんだと思う。
本人に生きる気力が無いのなら無理にリハビリしなくてもいい。
定年の歳を過ぎたら後は余生。

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siq***** | 47分前

これは思った以上に大変な事柄ですね。是非高齢者、一般社会に広めなくては。

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kar***** | 28分前

よく見ていて思うことは、「寿命が長くなりすぎた」。
予防医学は誰にとっても大事で、「自分だけは大丈夫」と馬鹿なことを思わないこと(とくに勘違い亭主関白のオッサン達)。
生死が一続きであることを認識し、悔いのないように日々明るく生きることだ。

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irohanoinoji | 2時間前

スーパーのタイヤ止めで派手に転んだ。

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rom***** | 1時間前

二足歩行の代償は腰痛と転倒(の危険)か。
人間やってくのもラクじゃないねぇ…。

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hid***** | 1時間前

長生きってリスクしかないね。

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b8c***** | 1時間前

歳とって良いこと、誰か教えてください(涙)

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さよならライ麦畑 | 1時間前

うちの婆ちゃんがそんな感じだったな
公園で散歩中に子供ぶつかって尻もち
腰骨骨折→車椅子生活→ボケ始める→脳梗塞になってバイバイ
酒浸りの荒れた生活をしてる婆ちゃんだったので、生活を改善すればもう少し生きれたと思う
とはいえ、87歳まで生きたので悪くはなかったのかな

8 1

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kur***** | 2時間前

68才で転倒してしまうというのは衰えすぎだよね。


pup***** | 1時間前

何故それを自然の沙汰だと思えないんだろう?

たしかに60代では早いかもしれないけど、70〜80代なら普通だし。

みんな死ぬんだから。
もちろん私も死ぬし。

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hik***** | 55分前

僕の知り合いの60代70代の人は、毎年フルマラソンに出ています。毎日必ず分速150mで10キロは走っています。元気な人ばっかりですよ。

このトピックスは、何が目的なのだろう。こんな阿保な記事でもyahooからちょっとは、費用賃貰えるのでしょうか。恥を知れ!

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青りんご | 2時間前

転ばないようにするのではなく、転ぶ練習をすべきです。頭をぶつけないように体をかばいながら転ぶ練習をしなくてはならないです。
人間は転ぶものだから。

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建前 | 2時間前

歳をとったと自覚することから始めよう。認めなければ。

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rml | 48分前

88歳の義父は眼科の階段から落ち救急車で運ばれ、肋骨にヒビが入ったくらいだったが、入院して足の筋力が衰え歩けなくなった。車椅子になるとみるみる衰弱して数ヶ月で他界した。
自分の周りにも、夜電気を点けないで階段を踏み外して腰と足首をを骨折した人など、結構多くの人が転んで捻挫したり骨折したりしている。
自分も今までは簡単に跨げていた犬用の柵を跨げずに転びそうになったので、自分の筋力が衰えたことを自覚していこうと思った。

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hap***** | 2時間前

こうやって転んであっけなく死ねるなら本望です。
できれば頭ぶつけてすぐ死にたい。

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bam***** | 2時間前

整形勤務していましたが
全くその通りです。
骨折が原因で寝たきり認知症
寝たきりから誤嚥性肺炎と…
自宅に帰りたいが認知症+体が不自由となると
帰りたくても帰れない 空きの施設を待つ
待っている間に状態が激変し亡くなるパターンや
認知がさらに出てくる なんなら寝たきりとかある。高齢者の骨折は命に関わる。
施設でも同じことが言える。
骨折して運ばれて亡くなる方がいたり
寝たきりになる人がいる
なんなら急性期病院なら手術したら
あとは施設に返したりなど…体力が無ければ手術不可能 施設に帰って保存療法など。
骨折一つが命に関わる。

16 0

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boc***** | 13分前

陽にあたり、好き嫌いなく食べ、無理のない程度に体を動かすこと。
手すりをつけるのはよいが、段差をまったくなくすことはむしろ逆効果。
使わない筋肉はあれよあれよという間に衰える。
祖母の認知症が酷くなって、やむを得ず施設に預けたが、施設の床には段差はなく、すぐに足腰が衰えた。
自宅で暮らしていた間は、階段程度の段差は平気だったのに。

「脈が触れる」ご遺体の手首に手を当てた看護師が呟いた

2019年09月11日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備

「脈が触れる」ご遺体の手首に手を当てた看護師が呟いた

9/11(水) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL
「脈が触れる」ご遺体の手首に手を当てた看護師が呟いた

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

【がんと向き合い生きていく】第132回

 以前のお話ですが、若くてとても優しいMさんという看護師がいました。Mさんは他の看護師とは少しテンポというか、何かが違っていると感じさせるところがありました。もちろん医療事故を起こすようなことはないのですが、周りの医師や看護師はそうした“違い”を感じていました。それでも、医師たちは「Mちゃんだからしょうがないね……」と、むしろ可愛がっていたのです。

 ところが、事件が起こりました。ある朝、長く闘病されて終末期だった胃がんの若い男性患者が亡くなりました。大変な悲しみの中で、Mさんともう一人の看護師が死後の処置(今はエンゼルケアと呼ばれる)を行うことになりました。数日間泊まり込んでいたご家族は、処置の間、朝食を取りに近くの食堂に行かれました。

 2人で一礼した後、手袋をしたMさんがご遺体の手首に手を当てて言うのです。

「この患者さん、脈が触れる」

 もう一人の看護師は「え!」と叫んで急いで脈を取り、先ほどご家族に「ご臨終です」と告げた担当で新人のA医師にすぐ連絡しました。A医師は医局から慌てて病室に戻ってきました。そして、手首を押さえて脈をみます。

 A医師は「ん……?」と漏らした後、足の付け根(鼠径部)に触れて「脈は触れないよ」と口にしました。そして、瞳孔が開いているのを確認し、聴診器で心音は聞こえないことも確かめました。念のため心電図を付けましたが、心臓の波形はありません。心臓は動いていなかったのです。

 A医師と看護師は、ご遺体に向かって「お騒がせしてすみませんでした」と一緒に頭を下げて謝りました。その後、ナースステーションに戻ってきたA医師は「ハアーッ」と大きく息を吐き、「オレ、まさか心臓が動いている患者さんに『ご臨終です』と言ってしまったのかと思ってしまったよ。まあ、Mちゃんだもんな……」と漏らしました。後でMさんは看護師長に叱られていました。

■自分自身の脈を感じてしまう場合がある

 ショックなどで血圧が下がった状態では脈が触れにくくなります。この時、手首の橈骨動脈を探していて、患者さんの脈が分からず、間違えて自分自身の脈を感じてしまう場合があるのです。今回、患者さんはすでに亡くなられて脈がないのに、Mさんは自分の脈を感じてしまったのです。

 脈の取り方には正しい方法があります。まず、人さし指、中指、薬指の3本で指を強く押したりしながら、手首の橈骨動脈を探し当てます。その後、脈の強弱、1分間に何回か(脈拍数)、不整脈があるかどうかをみます。脈の乱れは心房細動や期外収縮などで起こり、正確なことは心電図で明らかになります。自分の脈を取ってみて、不整脈がある場合は循環器科の受診を勧めます。

 中国の医学(漢方)では、脈の勢い、硬さ・柔らかさなどから体全体を診るといわれます。尊敬する先輩から、脈で体が酸性血症(アシドーシス)かアルカリ血症(アルカローシス)かが分かると教えられましたが、これがなかなか難しいのです。

 患者さんが病院で亡くなられた際、多くの場合は看護師が死後の処置を行ってくれます。口腔や肛門の処置、目や口が閉じない時など、ベテランの看護師は上手に対応してくれます。

 ご遺体の化粧や希望する服を着せる場合は、ご遺族と一緒に行うこともあります。私が担当した若い女性患者さんが亡くなった時、彼氏が用意したウエディングドレスを着せたことがありました。思い出すと今でも涙が出ます。

 亡くなっても人なのです。死体、モノではなくご遺体です。先ほどまでお話しできていた方も多いのです。魂が宿っていたのです。

 哲学者の篠原正瑛は「ヒューマニティーの語源は『埋葬する』という意味、ご遺体を粗末にして人を愛することなどできるはずがない」と語っています。

(佐々木常雄/東京都立駒込病院名誉院長)






5児の母、死の前日に「わたしは幸せです」看取り士がみた、それぞれの最期

9/6(金) 9:55配信

弁護士ドットコム
5児の母、死の前日に「わたしは幸せです」看取り士がみた、それぞれの最期

柴田久美子さん(2019年7月、弁護士ドットコム撮影、東京都内)

人生の最期、旅立つ人の眼差しには何が映り、どんな思いが去来するのか。生きている私たちには、その本当のところがわからないだけに、死への怯えや不安ばかりが募ってしまう。自分だけでなく、家族や大切な人の死に際しても、何をすべきか混乱したままだ。

私たちは、死とどう向き合えばよいのか。そのヒントとなりそうな映画『みとりし』が9月13日より公開される(有楽町スバル座ほか)。看護師とも介護ヘルパーとも違う役割を果たすのが「看取り士」の仕事だ。死が近くなった人とその家族に寄り添い、旅立ちを支える民間資格で、全国で568名が看取り士として登録している。

映画の原案・企画をしたのが、一般社団法人「日本看取り士会」代表理事、柴田久美子さんだ。「人生の、たとえ99%は不幸だとしても、最後の1%がしあわせならば、その人の人生はしあわせなものに変わる」という柴田さんに、私たちは死とどう向き合えばいいのか、話を聞いた。

●5児の母から、亡くなる前日の電話

ーー映画では、様々な最期が描かれます。高齢者(柴田さんは「幸齢者」と呼ぶ)、単身者、子育て世代。それぞれ抱えているものは違いますね。印象に残っている方はいますか

「若い方を送る時は、つらい気持ちになりますね。奇跡を信じたいと私たちも思うものです。家族や子どもを残すことになるし、まだやりたいことがある。命を手放したくないと思うのが人間だと思います。

私たちも、ご本人が死を受け入れられるまでは希望を語ります。ところが、ご本人はどこかのタイミングで死を受け入れるようになるのです」

ーー受け入れたことはわかるものなんですか

「わかります。ある終末期のがん患者の女性には、まだ幼い5人の子どもたちがいました。彼女は最期まで希望を持っていました。子どもたちも幼いですから、この子たちが大きくなるまで、と思うのは自然なことです。

希望を持ちつつも、子どもたちを混乱させないためにも、少しずつ死に触れさせていく必要もあります。

そこで、女性の夫は『お母さんは死んでしまうけれど、魔法使いになって、子どもたちとともにいるから大丈夫』と伝える絵本を作ります。その絵本を5人に読み聞かせた晩、彼女から私に電話がありました。『こんなことを主人がさせるのよ。とっても楽しい時間だったけど、本当はぜんぶ嘘よって、子どもたちに言える日がくる』と。希望を持っていました。

ところが翌朝、彼女から『すごく明るい光がみえる。カーテンをしめてもらったけど、光っていて、父が見えます。わたしは幸せです、日本一幸せです』。そう仰ったのです。覚悟ができたのだろうなと感じました。翌日、彼女は息を引き取りました」

●新聞記者の妻「私、一人になっちゃった」

ーーこの家族の場合、看取り士を依頼したのはどなたでしたか

「ご本人からでした。実は、ご本人からの依頼は珍しくありません。家族の支えになって欲しいと願われているのではないでしょうか。

取材で知り合った新聞記者の例ですが、死を前にして、私に連絡がありました。最初『私がいるのに、どうして柴田さんに頼むの』とおっしゃった妻に、その記者さんは『柴田さんはもう1人の家族だから』と仰ったそうです。

その言葉の意味がわかったのは亡くなった時でした。奥さまが『柴田さん、私、一人になっちゃった』と泣かれたその瞬間に、二人でわかったんです。『旦那さんは、それで私を紹介したのね』と。

記者さんは古いタイプの男性で、直接的な愛情表現をしない人でした。でも、きっと奥さまが一人になることをわかっていたから、その時に支えとなる人間として私に依頼してくれたのだろうと思います」

●女性弁護士の叶わなかった願い

ーー「看取り士」を依頼される方は、最期を自宅で迎えたいと思う人が多いとのことです。ご本人がどんな最期を迎えたいのか意思がはっきりしていると、スムーズに進みそうです

「いえ、そうとは限りません。自宅で過ごしていても、最期の最期は病院というケースも少なくありません。中には医療の介入を望む方もいますが、『自宅で死にたい』という本人の意を家族が受け止められないのでしょうね。

ある女性弁護士もそうでした。その方は尊厳死協会にも入り、病院ではなく自宅で死にたいこと、看取り士が入ることを望み、話し合いを重ねてきました。そのことは遺族である妹さんにも伝えていたのです。

ところが、いざその時が近づくと、妹さんは『(入院するよう)姉を説得しました』と言って、病院に連れて行かれたのです。そこから先、私たちは関わることができなくなってしまいました。意識が朦朧とする中での判断でよかったのか。直接、ご本人から聞いたわけではない私にはわかりません」

●自らのエンディングノート、娘に反対され

ーーもしかしたら病院で最期を迎えたいと気持ちが変わられた可能性もありますが、残される家族としっかりと話し合っておく必要があるのですね。柴田さんご自身は、ご家族にどのように伝えられたのでしょうか

「エンディングノートを娘に見せたところ、当初は反対されましたね。皆さんには『家族にはしっかりと伝えて欲しい』と伝えていますが、私自身は娘を説得するのに、7年かかりました。

たとえば『自宅で最期を迎えたい』と言うと、娘は『私は病院で一分一秒でも長生きしてほしい』と。しばらく『最期はもういいよ、といって』『私にはできない』と押し問答になりましたね。娘のエゴであるし、一方で愛情でもあります。お互いにそのことがわかっているから、説得と譲歩を重ねて、7年かけてエンディングノートを完成させました」

●死を「怖い」と思うのは自然な気持ち

ーー映画(『みとりし』)を観ると、死は特別なものではなく、誰もが迎える自然なことだと感じます。一方で、自分が当事者となった時、落ち着いていられるかどうか自信はありません。

「現代では、病院で亡くなる方が85%であるため、死を見ることが希(まれ)です。そのため、自分が亡くなることも、家族や大切な人が亡くなることに『怖い』という思いを感じるのでしょう。人が亡くなるのを見ることは『こわい』と思うのも自然な気持ちです。

でも、亡くなる直前に呼吸が乱れ、ゼーゼーといっても、ご本人が苦しいとは限りません。中には痛みなどで苦しさを感じる人もいますが、老衰の場合は違います。その見極めは難しいものですが、見送る人たちが落ち着いてその時を迎えられるようお手伝いするのも看取り士の仕事の一つです。

現代では、死を間近に感じることはほとんどありません。映画を観ることで、死生観を高め、死に向き合うことのきっかけになればと願っています」

【取材協力】 柴田久美子(しばた・くみこ)。一般社団法人「日本看取り士会」代表理事。著書に、本作の原案となった『私は、看取り士』(佼成出版社)など。

【映画情報】 『みとりし』(監督・脚本:白羽弥仁、原案:柴田久美子) 会社員から看取り士となった柴久生(榎木孝明)、新人の高村みのり(村上穂乃佳)を中心に、旅立つ人の最期の様子を描く

弁護士ドットコムニュース編集部




にゃん太郎 二世 | 5日前

祖父母を見送り、両親を見送り、子供に自分を見送ってもらう・・それが幸せだと思う。逝く順番が違ってしまうのは嫌だな。

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返信0
seisei20seisei | 5日前

父と兄を突然立て続けに亡くして思ったことは

これで母が亡くなったら
嫁いだとはいえ生家の家族は
いなくなっちゃうんだなと
なんとも寂しい気持ちになってしまいます
でも、母を見送る時には
向こうの世界があるなら
大好きな父と兄が、母を迎えてくれるんだろうなと
なんかほっとするような気持ちにもなります

父と兄は最後が幸せだったのか
それを感じるくらいの時間をあげたかった

244 44

返信0
tfu***** | 5日前

誰もが死を自然に受け入れられないと思うけど、不思議と死期が近づくと穏やかな顔になっている。言葉ではうまく話せないけど自分の死を覚悟できる気がします。これは私が身内に経験した事ですが。

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返信0
kon***** | 4日前

母が60歳で亡くなる数日前、意識が混濁している時間が多くなっていましたが、付き添っていた私に「書くものをもってこっち(枕元)に来て」と。そして「家の権利書はここ、生命保険の証券はここ、通帳はここ…」と話しはじめ、最後に「悪いけど、あとは頼んだよ」と。ああ、覚悟してるんだなと。病室を出てから泣きました。これが最後の会話でした。
母からは元気なときに「延命治療はしないで」「海に散骨して」と言われていました。延命治療は約束通りしませんでした。でも散骨は5年たってもどうしてもできません。私のそばに置いています。母には申し訳ないですが。
とりとめのない話をしてしまってすみません。

56 1

返信1
are***** | 5日前

義母のとき、呼吸が乱れてきて義姉は「息をして!」とよく言っていた。部屋にいたらいよいよという時になって、夫も「息をしてー!すぐみんな来るよー!」と姉と同じように言っていたのだけど、何故か私は突然手を握って「もう頑張らなくていいですよ、お母様の好きにしたらいいんですよ」と言ってしまって、本当にそこから2、3回で止まってしまって誰も間に合わなかった。大変なことをしてしまったと思っていたけど、姉は死に目が怖くて仕方がなかったから母にそう言える人が最後に側にいて良かったんだと許してくれた。

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返信2
mam***** | 1日前

漠然と死を恐いものだと思っていたけど、祖父母が亡くなり、身近なペットや父母を見送ると、次は自分の番なのだと自然と受け入れられる。順番が大事なんだろうな。

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返信0
abc***** | 5日前

最後に幸せなのが一番ですね。

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返信0
hph***** | 11時間前

死ぬのは怖い。
今こちらを読んで素直に思ったのはもし願いが叶うのであれば母親、姉の順に亡くなったとして(父親いません)死期が近づいてきて死を待っているだけの状態ならば母親と姉がお迎えに来てくれたら怖くないかも。母と姉大好きなので一緒にあの世に連れて行って貰おう。
そしてもし私が子供を授かることができたらな子供の死が近づいてきたら私が子供を迎えに行きたいな。

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返信0
zas***** | 4日前

死は絶対あるんだけど、やっぱり怖い!自分が死を宣告されたら、どうなってしまうのだろう?

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返信0
結果All right☆彡 | 4日前

自宅で死ぬと後が大変だし、自分は設備の整った病院でいいかな。幾人かの連絡してほしい人だけ伝えて、スマンが後はよろしく!と言って死ぬのが理想






寺に1000万円払えと言われ…?「墓じまい」の大変さをご存知ですか

2019年09月11日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備



寺に1000万円払えと言われ…?「墓じまい」の大変さをご存知ですか

9/11(水) 10:01配信

現代ビジネス
寺に1000万円払えと言われ…?「墓じまい」の大変さをご存知ですか

写真:現代ビジネス
遺骨を庭に撒くのは犯罪?

 「死に方」のルールが変わったのは相続についてだけではない。お墓や葬儀も、その実態や手続きがどんどん変わっている。

死ぬ瞬間はこんな感じです。死ぬのはこんなに怖い

 特に、単身者が増え、核家族化が進む中、先祖代々のお墓を維持することは難しくなっている。

 結果、お墓をつくらない「散骨」やお墓を承継しない「永代供養」、さらには受け継いできたお墓を整理する「墓じまい」が急増している。従来のお墓とはまったく違うこの3つの方法について最新の手続きを見ていこう。

 まず注目したいのは散骨だ。日本海洋散骨協会の広報担当、村田ますみ氏は語る。

 「私が運営する会社では'07年には散骨がたったの6件でしたが、昨年は500件を超えました。散骨を扱う業者も100社近くまで増えました」

 希望する人が増えれば、新しい規制も登場する。たとえば、'15年には熱海市で、散骨を岸から10km以上離れた海域で行うように規制するガイドラインが制定された。

 こういったことを知らないと思わぬ失敗をする危険がある。確実な散骨をするには、どんな手続きがあるのか。

 初めにやるべきなのは、実績と評判を調べて、信頼できる散骨業者を見つけることだ。そのうえで、生前に契約を結ぶ。

 「子どもがいる場合は、先に家族と話し合っておき、遺言書の付言事項やエンディングノートに散骨を希望する旨を書きましょう。子どもがいない人であれば、行政書士等に依頼して、公正証書で死後事務委任契約を作成し、散骨の希望を明記します」(大塚法務行政書士事務所代表・大塚博幸氏)

 このとき安すぎる業者を選ばないよう注意しよう。散骨費用の相場は、遺骨を業者に預けて撒いてもらう場合は1体5万円から、複数の遺族で同じ船に乗る場合は10万円から、船一艘を貸し切りにする場合は20万円からだ。

 「危険なのは総額2万円以下の格安業者です。お骨をゆうパックで送り、業者にたまったらまとめて船を出す。実際に遺骨がどこにいったのかもわからないため、ここまでいくと、ゴミ捨てと一緒です」(前出・村田氏)

 法的な裏付けのある書類ではないが、散骨をすると業者から散骨証明書が発行される。散骨した場所の緯度、経度、日時が記録として残る。

 また、遺骨の一部を分けておき、小さいビンなどにいれて家に置いておく手元供養を選ぶ人も多い。これで、遺骨を全て手放してしまったと後悔をすることも避けられる。

 では、海ではなく山や、自宅の庭に散骨をすることはできないのか。答えはNOだ。

 実は、遺骨を骨だとわかる状態で屋外に放置した場合、刑法190条死体遺棄罪で3年以下の懲役を科される。また、砕いた状態で撒いたとしても他人の土地に風に乗って移動すれば、トラブルの原因になる。

 自分でやろうとするより、経験豊富な業者を見つけるほうが確実だ。

 散骨なら自分のお墓は不要になる。だが、代々受け継いだお墓についても整理をしないと、子どもに面倒を押し付けることになる。最新の墓じまいの手続きを学んでおこう。

 墓じまいで重要なのは、役所での手続きだ。埼玉県飯能市のお寺から、東京都小平市の霊園へお墓を移す例で考えてみよう。

 まず新しいお墓がある小平市の霊園の管理者から、受入証明書を発行してもらう。次に、飯能市役所の窓口かHPで改葬許可申請書を入手する。それから、今お墓があるお寺には墓じまいをしたいということを伝え、埋蔵証明をもらう。

 これを改葬許可申請書と合わせて飯能市の窓口に提出する。ここで厄介なのは、改葬許可申請書がお骨一体一体に必要な場合があることだ。

 「お墓に10体のお骨が入っていれば、10枚分の手続きが必要です。それぞれの名前と亡くなった時の住所、さらには死亡日と埋葬した日付を書きます。お墓が古くてわからなければ『不詳』と書いて手続きを進めます」(NPO法人やすらか庵代表・清野徹昭氏)


離檀料の新ルール

 申請書を提出すると、改葬許可証が発行され、お骨を取り出すことができるようになる。その後、改葬許可証を霊園管理者に渡し、お骨を埋葬する。

 お墓は更地にして返す必要があるということも知っておきたい。石材店に依頼して墓石を撤去してもらうのだが、費用はお墓の広さによって異なる。

 1平方メートルもない小さいお墓なら7万~10万円程度の費用だ。また、お骨を取り出す際の供養で3万~5万円のお布施が必要になることもある。

 これが基本的な墓じまいの流れだ。

 とはいえ、墓じまいの手続きには思わぬ落とし穴もある。

 「4~5年前、北海道小樽市の墓を整理しました。そのときお坊さんから『家族に不幸がありますよ』と嫌味を言われたことは忘れられません」

 こう語るのは経済評論家の山崎元氏だ。

 お寺にあるお墓を墓じまいする場合、最も大変なのはお寺との関係だ。お寺からすれば大事な檀家がいなくなるうえ、墓地の管理料や寄付などの収入も減る。

 それゆえに引き留めにかかろうとするのだが、トラブルになるケースが最近増えている。山崎氏は続ける。

 「墓じまいを切り出すと『墓を何月何日までに片付けろ、早く現状回復の手続きをしろ』と無理な期限を設定され、やたらと急かされました。こんなに意地が悪いなら縁を切って正解でした」

 山崎氏は言葉だけで済んだが、最悪の場合は離檀料を請求される。

 「60代の方が墓じまいをしたいと菩提寺に伝えたところ、『墓を建てるのに2000万円かかったのだから、出ていくときは半分の1000万円を払え』と言われたケースもあります。その方は結局500万円を払いました」(前出・大塚氏)

 離檀料は、契約によるものでも、法律で決められたものでもない。そのため支払う必要はないのだが、墓じまいを希望する人が増え、お寺も経営が苦しくなっているところが多い。

 「祟りがある」などと嫌なことを言われず、すっきり関係を断つのが新しいルールだ。日本葬祭アカデミーの二村祐輔氏が解説する。

 「毎年菩提寺に3000~1万円程度払っている護持会費の10年分を目安に、先にお気持ち(お布施)として渡しましょう。檀家を抜けるのだから、まず先に感謝を伝えれば、感情的なトラブルになりにくい。

 墓じまいしたいと伝えるときも『高齢で子どもも地元を離れていて……』など、もっともだと思われる理由を話せば、お寺側も納得するしかないのです」

 墓じまいをすれば、先祖代々の墓の重荷から解放される。とはいえ、お墓に入っていたお骨の行方についても考えておく必要がある。お骨の移動先のパターンによって、それぞれいくらおカネがかかるかを試算したものがページ末の表だ。

 墓じまいをした場合のお骨の行き先で多いのは、古いお墓から霊園にお骨を移すケースだ。ただ、アクセスがよい公営霊園には人気が集中しており、抽選に当たらない限りお墓を持つことはできない。

 もし行き先が決まらない場合、お骨を自宅に置いておくことも可能だ。ただし、自宅の庭にお骨を埋めると、墓地埋葬法違反となり罰金を科せられる。

 また、自分が元気なうちはお骨を家に安置してもいいが、いざ自分が倒れれば子どもに迷惑が掛かるのは避けられない。

 墓じまいをしたお骨を散骨するという手もある。この時、改葬許可証を取るうえで注意が必要だ。

 「散骨のためにお骨を取り出すなら、新しいお墓がないので改葬許可証は不要です。

 しかし実際は、散骨業者や墓地管理者から改葬許可証を求められたり、お寺や役所の担当者がそれを知らずにたらいまわしにされるケースもある。話が進まない場合は、行政書士等の助けを借りましょう」(社会福祉士・吉川美津子氏)

 散骨は有力な選択肢ではあるものの、完全にお墓を無くしてしまうことには抵抗がある人もいるだろう。そんな人にオススメなのが永代供養墓だ。

 永代供養墓は、お墓参りに行かずとも、お寺や霊園が管理や供養をしてくれるお墓のことだ。これまでの代々のお墓であれば誰かが財産として承継する必要があった。しかし永代供養墓なら、寺院や霊園に、お骨を任せることができるのだ。

 永代供養の値段はピンキリだが、最もリーズナブルなのは合葬墓だ。

 「合葬墓は、他の人のお骨と一緒に埋葬する大きなお墓です。費用は一体約3万円からあります」(前出・大塚氏)

 一方、個人のお墓に、オプションとして永代供養を付ける方法もある。こうしたお墓では、十三回忌や三十三回忌まではお墓があり、その後合葬される。都心部に急増している納骨堂でも、お墓は期限付きで、永代供養が付いているものが多い。

 では永代供養墓の手続きで失敗しないためにはどうすればいいのか。

 ポイントは値段を比較することだ。

 「『墓じまいするならウチで永代供養しますよ』とお寺から勧められることもあります。しかし、岡山県のお寺のケースでは、お骨が7体で1400万円もかかると言われました」(前出・清野氏)

 お寺だけでなく、民間の霊園、さらにはNPOまで、永代供養の選択肢は広がりつつある。年間管理料がいくらかかるのか、何年で合葬されるのかなど条件を比較しつつベストな選択をしよう。

 お墓のあり方が変われば、それにまつわる手続きやルールも変わる。常に最新の知識が必要なのだ。

 「週刊現代」2019年7月27日号より





xzz***** | 8時間前

坊主丸儲けですね。

将来なくなる職業なんじゃないかなー
今は田舎でも 檀家離れが激しいしね。

2115 107

返信17
ros***** | 8時間前

墓じまいより、祖父母が生前に頂いた戒名が高くついて大変だった。

戒名ってつけてもらう時だけお金がかかる訳じゃなく、葬儀や法事の時もその位の戒名により坊さんに払う金額が違うと知らなかった。

1096 75

返信11
sai***** | 5時間前

寺や坊主が一方的に悪いわけではない。需要と供給の関係だから、葬式や法事で坊主の読経が必要という人が存在する以上、坊主にも生活があるのである程度の対価は当然なのだ。だんだん需要が減っているので、対価は値上がる一方になる。それが納得できなければ、そういう宗教とは縁を切り、関わらないようにすればよいだけ。
殆どの日本人は仏教徒だと思っているだけで、何も考えていないように思う。先祖や親がやってきた事を踏襲するのが楽だからという。それなら坊主にお金を請求されたら素直に払うしかない。
それと、宗教法人に税金の支払いをさせるべきだと思う。

1040 183

返信13
wkh***** | 6時間前

江戸時代の先祖の墓とか沢山ありますが、管理しきれなくなってきました。
墓じまいなんて手続きどころではなく、放置の墓も今後増えてくるのではないでしょうか。

304 3

返信10

仮面の告白 |4時間前

それは政府の責任だから放っといて正解
13 7
qqb***** |4時間前

田舎の村外れの山中に、全く手付かずの無念さんであろう朽ち果てたお墓を見ると、何だかなぁと思ってしまう。
24 7
suu***** |50分前

うちも田舎だから山の中。いつか土砂崩れするんじゃないだろうかと思うとこに村のお墓がある。母方の祖母は10年以上も前に立派なお墓を近所のお寺に建ててたな。しかも今もまだ誰も入ってない。でももう過疎化激しい田舎だし、お寺すら継ぐ人が今後も続くのかどうか疑問。
3 0
l****** |4時間前

仏教じゃなくなった人は先祖の墓とかにも行かないしな
27 0
mako0- |3時間前

裏山にワラビを取りに行くと、山道に かなり昔のお墓とかあるけど、子孫は知らないんだろうなと考えると なんか気の毒。
22 0
mako0- |2分前

土葬だったら下手したら歩いてて はまるかも(TT)うちの父は家の墓の周りを歩いてて 穴が開いて見事にはまってた。
0 0
l****** |4時間前

仏教以外に改宗した人はかなり放置してると思う
24 0
甘くないっす |2時間前

先祖を供養するのは大切ですが、現世に生きる私たちの生活も大切ですからね。難しいですね
33 0
toa***** |4時間前

もう時代だと思う。
先祖の墓などより、自分の事で手一杯だからな。
87 0
kaz***** |2時間前

義家がド田舎で、自分の山に墓があるパターンです。
回りにいくつかありますよ…お墓だったのでは?という箇所。
5年前に田の整備があった時は、3つほどシャレコウベが…
難しい問題ですよね…
義祖父までは土葬だったんですよ。
今は土葬も自分の土地に撒くのも駄目ということですが、
昔は土葬で自然に土に帰って、
うん十年放置でそれらしき石が残るくらい。
たぶん、昔は庶民のお墓なんてそんなモンだったので、
逆に現代より負担は少なかったのでは?と。
うちは次の代に負担させたくないので、
墓は解体して、代々の骨は全て正規に散骨かな…
17 1

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miy***** | 2時間前

この話題、これから近い将来に我が身に降りかかる事だと思うと頭が痛く、とても不安です。

片道8時間掛かる田舎の山の麓にあるお墓参りは、現地に住む認知症の母でさえ管理が厳しくほぼ放置状態。
いずれ近い将来に私が墓じまいをしないといけないと分かっているけど、母はまだそのつもりは無さそうで今後の意思確認もしにくい。
祖父母、母の姉妹が入っているお墓で墓じまいをするには母もまだ気持ちが準備出来ていなそう。

かといって、私は遠いし交通費も高いし、今後母が倒れてしまった後、お墓の管理をしに帰省するのは難しい。
墓じまいをして、永代供養にしたいけど祖父母は孫に自分の骨をそんなことされると思ってなかっただろうなと思うと心も痛い。
母は自分も祖父母と同じお墓に入ると思ってるのに、それもせずに墓じまいをするなんてやっぱり親不孝ものか、、、
せめて、せめて近ければ。
私の元気な内は管理するのですがね、、、

79 1

返信5
0902 | 3時間前

今寺の墓を持ってる人は諦めて、頑張って墓じまいしてください。
1番大事なのは、子や孫が大切なら、二度と御影石のお墓は建てちゃダメです。お墓のお墓とか見て平気な人いないはず。
散骨やお骨は必要ないがスタンダードになったらすごくいいなと思います。
お金が捨てるほどある人はどうぞ建てたらいいと思うけど。
弔う事や、故人を大事に思う事は、仏教じゃなくてもいいはず。心の問題。

212 11

返信2
tgp***** | 4時間前

坊さんがレクサス、ベンツ乗ってるのを見てて大変不愉快になる
将来、墓は持たない方向で考えている

257 6

返信5

麺そーれ |51分前

うちの近くの坊さんは、スクーターとHONDAのフィットですね。
法衣?きて、スクーターで疾走してますよ。

田舎の坊さん、曹洞宗だったかな。
6 0
hekoru |29分前

煽り運転の坊主もいましたね。
5 0
hou***** |36分前

親の代から北九州のそこそこのお寺に帰依してますが、
そこのご住職も10年前からベンツ。
まぁそのご住職は高校の教師を兼職してるので、
多少の余裕があるのかも知れませんが、
見せびらかす様に駐車場に止めないで欲しい。
3 0
ひよこちゃん |55分前

クラウン乗ってる坊主は危ないから近寄らない方がいい。
7 0
gak***** |2時間前

坊さんです。檀家から「軽では危険です。死んだら困ります。」と咎められる事も多々。

田舎の山寺では四駆がないと厳しかったり、高くても安くても文句を言われる。意外と車選びは大変なんです。。。

坊さんがフェラーリみたいな車乗ってる時は、石などを投げてもよろしいかと。笑

ベンツは丈夫ですからね。坊さん的にはアリかなとは思うんですが。
6 25

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***** | 5時間前

親が墓じまいしましたが、公営の墓地だったからか、ほとんどお金かかりませんでした。
檀家やめるのは無料。
公営の墓地は、辞めたら墓地購入時に払っていたお金からいくらか返金されました。
暮石の撤去時に業者に5万払っただけです。

187 3

返信3

時間外のお父さん |3時間前

そうですね。いろいろとお金がかかって大変ですよね。
11 0
焼肉好き***** |4時間前

それは良いな
なかなか無いですよ。そんな場所は良かったですね。
家のおぼーなら。普通の時にでもぼったくる。
おぼーだから。大変そうだけどね!
先月も四十九日をしたにも関わらずに
お花が予約出きなくて、困っておぼーに連絡
したら。
大丈夫ですよ!と言われたので、安心していたのだが。
お墓にお骨を納める時に、お花を添えて下さいと言われたので
イヤイヤ本堂にあった。お花をお供えするのでは無いのですかと聞いたのですが。
偉いけんまくで、そんな事あり得る訳ないでしょ・・・と言われた。
結局、お店に行き。お花を買いに行ったのですが。
お店で買ってきた。お花代と本堂で数分しかあげて貰っていないのに
そのお金まで取られたけどな
そして、お供物も高い品物を買ってきたのに
それは、それで、しっかり取っているし
本当おぼーは金、金で嫌な人
素人なんだから。初めから伝えておけって
50 8
焼肉好き***** |4時間前

家もお墓を持ったのは、母親が亡くなってからなので、こんなにお墓のことで面倒だとは
思わなかったな
今の世代じゃ墓じまいをしたい人も、たくさんの人が出てくると思うんだけどな
それなら。先祖代々の人が居なくて、自分の家だけならば、もともとお墓をたてないほうがましだな!
41 1

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cch***** | 3時間前

一般人から僧侶になったものです。大部分は真面目に取り組んでますが、一部とくに有名な寺院などは、坊主丸儲けの所ありますね。ほとんどのお寺は専業では食べていけないです。最近は墓じまいが増えてますますやっていけない、廃業するお寺増えて、います。墓じまいの金額は、石材業者の撤去費用とその際の僧侶の費用含めて、常識の範囲ですよ。あまりに法外な費用言われても払う必要ないですね。最近は納骨堂などが便利でお手頃ですね。僧侶も手配してくれるし。霊園は不便な場所が多く、若いときはそれもいいけどね。散骨は賛否あるからここでは述べませんが私は嫌ですね。

82 7

返信0
gtr***** | 4時間前

こういったものはそもそも、宗教が時代とともに提案するものではないのだろうか?なんか宗教は変わらず取り残されているガラパゴスのような存在のような気がする。心の安らぎを与えるものが負担になっているような気がする。


人工血液、動物実験に成功 1年以上の常温保存も可能

2019年09月11日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備

人工血液、動物実験に成功 1年以上の常温保存も可能

9/11(水) 9:00配信


人工血液、動物実験に成功 1年以上の常温保存も可能

人工的に作った赤血球成分(防衛医科大の木下学准教授提供)

 防衛医大などは大量出血した負傷者を救命する人工血液を開発した。ウサギの実験で成功した。人工血液を素早く輸血できれば、大けがによる死者を減らせるという。論文を米輸血学誌に発表した。

【写真】人工的に作った血小板成分(防衛医科大の木下学准教授提供)

 血液に含まれる傷口をふさぐ血小板と体細胞に酸素を運ぶ赤血球の二つが出血で失われると死に至る。保存期間は血小板が固まらないよう揺り動かして4日間、赤血球は低温で20日間ほどで、血液型ごとに大量に準備する必要がある。輸血には患者の血液型を調べる必要があり、救急救命士などは輸血できない。

 チームが開発した血液は、人工の血小板と赤血球からなる。それぞれリポソームという細胞膜成分で作った微小な袋に、止血成分と酸素を運ぶ成分を詰めた。重篤な出血状態のウサギで試したところ、10羽中6羽が助かり、本物の血液を輸血した場合と同程度だったという。血液が固まるなどの副作用もなかった。

 常温で1年以上保存でき、血液型を問わない。このため、実用化されれば、病院に着く前に事故現場で輸血でき、救命率が上がる。研究チームの木下学・防衛医大准教授は「離島など十分に血液を準備できない地域もある。人工血液でこれまで救えなかった命を救える」と話している。

 研究成果の論文は(https://doi.org/10.1111/trf.15427)で読むことができる。(三上元)




運動後にマウスウォッシュすると身体の中で起きることとは?

9/5(木) 18:14配信

ニューズウィーク日本版
運動後にマウスウォッシュすると身体の中で起きることとは?

唾液に含まれる口腔細菌に注目した......
──唾液に含まれる口腔細菌が果たしていた役割とは......

運動した後に血圧が降下することは広く知られているが、「運動後低血圧(PEH)」の要因やメカニズムについては、まだ完全に解明されていない。

■動画:7歳男児の口内から526本の歯が摘出される

■ 唾液に含まれる口腔細菌に注目した

英プリマス大学とスペインのゲノム調整センターとの共同研究チームは、2019年7月29日、学術雑誌「フリーラジカル・バイオロジー&メディシン」において、「口腔細菌による亜硝酸塩合成は、運動後の血管反応を促し、運動後低血圧をもたらす重要なメカニズムである」との研究論文を発表した。

運動していると、一酸化窒素の生成によって血管の直径が大きくなる「血管拡張」が起こり、筋肉への血液循環が増える。では、運動後、どのようにして血液循環が高いまま維持され、運動後低血圧を引き起こすのだろうか。

研究チームでは、一酸化窒素から分解された化合物である硝酸塩に着目。硝酸塩は、唾液腺に吸収され、唾液とともに排泄されるが、一部の口腔細菌によって、体内での一酸化窒素の生成を促す重要な分子である「亜硝酸塩」に転換される。亜硝酸塩が含まれた唾液を飲み込むと、この分子が素早く血液に吸収され、これによって一酸化窒素を生成し、血管の直径が大きくなって、運動後も血圧の下がった状態が続くというわけだ。

■ マウスウォッシュで口をすすいで口腔を殺菌してみると......

研究チームでは、「口腔細菌を阻害し、硝酸塩から亜硝酸塩への転換を妨げると、運動後低血圧に影響が及ぶのかどうか」を検証するべく、健康な成人23名を対象に実験を行った。30分間にわたって被験者にランニングマシンで運動させ、運動直後から30分ごとに計4回、液体で口をすすぐように指示。

口をすすぐための液体として、医薬用殺菌薬クロルヘキシジン(CHG)濃度0.2%の洗口剤とミントの香りをつけた水のいずれかを被験者に与えた。また、被験者の血圧を運動前と運動から1時間後および2時間後に測定するとともに、唾液と血液のサンプルを運動前および運動から2時間後に採取している。

水で口をすすいだ被験者は運動から1時間後に血圧が5.2mmHg下がり、2時間後でも3.8mmHg下がっていた。一方、洗口剤でうがいした被験者は、運動から1時間後の血圧が2.0mmHgしか下がらず、水で口をすすいだ被験者に比べて運動後低血圧の効果は61%低かったうえ、2時間後には運動後低血圧の効果がまったくみられなくなった。殺菌作用のある洗口剤で口をすすいだ被験者は、運動後、血液中の亜硝酸塩のレベルも上昇しなかったという。

あくまでこの結果だけみると、運動の後、血圧を下げたい場合は、運動後にはマウスウォッシュしないほうがいいということになる。

■ 「口腔細菌による亜硝酸塩合成が非常に重要である」

研究論文の筆頭著者でプリマス大学の博士課程に在籍するクレッグ・カトラー氏は、「口腔細菌による亜硝酸塩合成が血圧降下や筋酸素化レベルの上昇を促すうえで非常に重要であることが示された」として、一連の研究成果を評価している。

松岡由希子

xhn*****やまを | 5日前

読んで見てどうしていいか解らん

482 19

返信2
*** | 5日前

これが本当なら、運動後の低血圧を維持したい場合は、
運動→食事→歯磨きを短時間でやるコンボは避けなければならないということか

食後すぐ歯磨きをするべき

食後すぐの歯磨きはよくない

よくないというのは誤解で食後すぐ歯磨きをするべき

という流れがあったが、これに新たに情報が加わるわけか…
ほんと健康関連の情報がどっちが正しいというのが時たま反転するので難しい

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yus***** | 5日前

運動後の「低血圧」というと、なんだか好ましくない症状のように聞こえますが、これは運動による好ましい血圧の低下として知られています。運動による健康効果のひとつです。決して低下しすぎることはありません。ですから、口腔常在菌による亜硝酸塩産生は好ましいことといえるでしょう。
筋トレや有酸素運動においては、トレーニング前にシトルリンやアルギニンなどのアミノ酸、あるいはビートジュースからのNO放出による血管拡張効果を狙います。血管拡張させて老廃物除去効率と酸素化能力を向上させれば、すなわち持久力や運動のパフォーマンスがそのまま向上するわけです。拡張するので血圧は下がります。

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日本男児 | 2時間前

運動後にはマウスウォッシュしないほうがいいということになる。

食後なら分かるけど、運動後にマウスウォッシュをする人はいないだろ。

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goh***** | 4日前

口腔内細菌叢のバランスの問題のようにも思う。

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tak***** | 3日前

亜硝酸塩が必要ということは、運動後はウインナーやベーコンを食べれば良いという事ですね

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ちょっと一言 | 4日前

亜硝酸というのは、よどんだ水の、腐ったような匂いだ。
手入れの悪い金魚水槽が臭いとしたら、この匂い。

健康に良いとはいえ、口の中で積極的に亜硝酸を作るのは、気が進まないなぁ。

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yut***** | 5日前

運動後はまずプロテインやろ

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sxt***** | 4分前

そう。
コメントにもある通り、結局どちらが良いんですか?

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パオパオ | 5日前

結局、運動後にマウスウォッシュした方がいいの?




インド製ジェネリック薬品の恐るべき実態

9/5(木) 18:43配信

ニューズウィーク日本版
インド製ジェネリック薬品の恐るべき実態

価格は魅力的なジェネリック医薬品だが…… IA_64/ISTOCKPHOTO
<消費者にはありがたいはずの安価なジェネリックだが外国企業の不正とFDAの方針で安全性は疑問だらけ>

今年5月、キャサリン・イバンの新著『ボトル・オブ・ライズ──ジェネリック医薬品ブームの内幕』がニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリスト入りを果たした。アメリカで処方される薬の約90%を占め、大半が外国で製造されているジェネリック医薬品に光を当てた作品だ。

ジェネリック医薬品(後発医薬品)とは、新薬(先発医薬品)の特許が切れた後に発売される薬。有効成分は新薬と同じだが、価格はずっと安い。

しかし、この業界では不正行為が横行しており、督する米食品医薬品局(FDA)にも問題があると著者は指摘する。過去1年だけでも多くの高血圧治療薬が自主回収された。

アメリカで使われるジェネリック医薬品の40%を生産するインドでは、製品への不純物や異物の混入、無菌検査の偽装といった問題が起きている。FDAは2014年、インドで試験的な査察システムを実施して成果を上げたが、翌年になぜか中止。アメリカの消費者は悪徳企業のいいカモであり続けている。この闇に迫ったイバンの著書を、抜粋で紹介する。

***

13年6月、FDAはインドと外交問題に発展しそうな事案を解決するため、公衆衛生の専門家でインド系アメリカ人のアルタフ・ラルを起用した。1カ月前にはインドのジェネリック製薬大手ランバクシーが、アメリカで販売する医薬品の検査データ偽造など7件について有罪と裁定された。そのため、FDAとインドの規制当局は最悪の関係に陥っていた。

しかしランバクシーは、アメリカの法令を遵守しない例外的な存在と考えられていた。FDAインド事務所の責任者に指名されたラルは、3つの目標を掲げた。インドの規制当局と信頼関係を築く、アメリカ向け医薬品の製造工場で「迅速かつ徹底的な査察」を行う、インドの「医薬品業界と規制当局にあらゆる製品の品質、安全、効能を守ることの大切さを理解」させる、だ。

アメリカの消費者にとって、インドの医薬品の安全性は緊急問題だった。アメリカ人が消費するジェネリック医薬品の40%はインド製。もちろん製薬工場では無菌状態が保たれていることになっていた。両国は協力して医薬品の安全性を守らなければならない。インドにとってアメリカは最大の顧客であり、アメリカにとってインドは主要な供給国だったのだから。

しかしインドに赴任したラルが見たのは、健康に関わる深刻な危険だった。FDAは企業に査察日程を事前通告していたため、データをいくらでも改ざんできたのだ。「ここは現実離れした世界だ」。
インドのある製薬会社の幹部はラルに、インドでのFDAの活動をこう表現した。ラルはすぐさま大胆な査察プログラムを立ち上げた。これによって、アメリカ側がだまされていた事実が明らかになった。


査察官を接待漬けにする企業

現在、アメリカでの処方薬の90%は安価なジェネリックだ。大半は外国で製造されている。そして全医薬品の有効成分の80%が、中国とインドで生産されている。医薬品の国産から外国産への移行は、この20年くらいの現象だ。FDAの査察数を見ると、2005年には国外が国内を上回るようになった。一見したところ、外国の製薬会社とアメリカの消費者はウィンウィンの関係になる。外国企業は世界最大のアメリカ市場に参入でき、アメリカの消費者は効能が同じで安価な医薬品を手に入れられる。

ところが外国製の薬の品質に問題が浮上し、消費者の不安をかき立てている。毒性のある不純物や危険な微粒子が混入し、未承認の成分が使われていることが発覚した。アメリカに届いているのは、先発医薬品とは中身が異なるジェネリック。この1年だけでも、一部の高血圧治療薬に発癌性の疑われる成分が含まれていたため、リコールを命じられている。

<FDA向け「査察ツーリズム」>

FDAは「グローバルな警戒」を怠らず、「ジェネリック医薬品の製造元には世界同一の基準と査察を求めている」と主張する。アメリカ市場への参入を望むなら定期的な査察を受け入れ、FDAの厳しい基準に従わなければならないということだ。

しかしラルは、これらを無視するインド企業を発見した。FDAは国内では抜き打ちで査察を行う。だが外国では、ビザの取得やアクセスの問題で数週間前、あるいは数カ月前に査察の実施を通告するのが普通だという。偽装するには十分な時間だ。

「工場は従業員に社内用のメモや覚書を回し、FDAの査察に備えてデータをごまかすよう指示している」と、ラルはFDA本部(米メリーランド州)に報告した。査察が事前通告されていれば、さまざまな準備が可能だ。査察チームが泊まるホテルの従業員も、彼らの日程を企業側に伝えていた。

そして企業は買い物やゴルフ、タージ・マハル観光などで査察官を接待漬けにした。そんな「査察ツーリズム」で、査察官は「囲い込まれ、企業側の言いなり」になっていたわけだ。こうした腐敗を一掃するため、ラルは一計を案じてFDA本部に掛け合った。査察日程の事前通知や企業側に旅程を組ませる慣行を廃止し、インドでの査察は全て直前の通知(あるいは通知なし)で行うという提案だ。

2013年12月、ついにFDAがゴーサインを出した。ラルはさっそく抜き打ち査察の準備にかかった。まず消費者安全監督官のアトゥル・アグラワルに、アメリカから来る査察チームとの連絡業務の一切を委ね、いつ誰が来るのかが企業側に漏れないようにした。査察チームの旅程もアメリカ大使館を通じて手配し、FDAの現地事務所には知らせなかった。現地の職員は企業側と通じていたからだ。


査察官が見た驚愕の事実

この試験的な抜き打ち査察が実現すれば、FDAはついにインドの製薬工場の真実の姿を知ることになる。FDAが外国で、事前に予告することなく外国企業に立ち入り検査を行うのは初めてだった。

最初の抜き打ち査察は、2014年1月のある月曜日に実施することになった。場所は、インド北部にあるランバクシーの工場。そこではかつて、高脂血症治療用のジェネリック薬にガラス片が混入するという事故があった。

この工場の実態を査察チームに見せてやりたい。アグラワルはそう思っていた。相手に気付かれている恐れがあったので日程を早め、飛行機の手配もひそかに変更した。

そして日曜日の早朝、FDAの査察官2人が不意に工場を訪れ、品質管理ラボに急行した。ドアを開け、目にした光景に彼らは唖然とした。なんと大勢の職員が机に向かい、必死で書類を改ざんしていた。もちろん、翌月曜日に査察チームが来るのを予期してのことだ。偽造が必要な文書をリストアップしたノートも見つかった。

やがて会社の幹部が駆け付け、踏み込んだ男たちがFDAの人間だと聞くと、職員たちは慌てて書類をデスクの引き出しに詰め込んだ。この抜き打ち査察で初めて見えたものはたくさんある。サンプル準備室は窓が閉まらず、外にあるゴミの山からハエの大群が室内に入り込んでいた。後にFDAはこの工場に警告書を送達し、製品の対米輸出を禁じた。

<薬価高騰を恐れて打ち切り>

理論上、査察の事前通知の有無は結果に影響しない。査察があろうとなかろうと、製薬会社は常に製造工程を正しく管理している。それが大前提となっているからだ。しかし、インドでは違った。FDAの抜き打ち査察で、それまで隠されていた不正の山が暴かれた。査察官たちは何年も前からあった偽装システムを発見した。安全な薬を製造するためではなく、完全な「結果」を見せるためにつくり出されたシステムだ。

事前に日程が分かっていれば、工場側は低賃金の労働者を動員して何でも改ざんしてしまう。「週末の2日もあれば新しい建物だって建ててしまう」。査察官の1人はそう言った。ある工場の無菌室には鳥が侵入していた。別の施設では、室内が無菌状態であることを確認する検査結果の書類はあったが、検査に使ったはずのサンプルがなかった。検査は行われていなかったのだ。全てがごまかしによって成立していた。

アグラワルの指揮下で抜き打ち査察は各地で行われ、次々に不正行為が発見された。その結果、FDAが出す警告書の数は急増した。取引停止を含む厳重処分も6割ほど増えた。


FDAが査察を打ち切った意外な理由

こうしてインドの製薬工場に蔓延する不正行為と深刻な状況が暴露され、それによってFDAは問題のある企業の製造した薬の輸入を規制することができた。この結果を見れば、アメリカ向けの医薬品を製造している全ての国で抜き打ち査察を行うべきだと考えるのが当然だろう。

しかし、FDAの判断は違っていた。新薬の価格高騰に対する国民や議員たちの反発は強く、FDAには低価格のジェネリック医薬品をもっと承認しろという圧力がかかっていた。

そして2015年7月、FDAは突然、インドでの抜き打ち査察を打ち切った。その翌年9月にニューデリーで開いた会合では、インドの規制当局や業界ロビイスト、製薬会社幹部らに対し、全ての定期査察について事前通知を行う元のシステムに戻すと正式に伝えた。

それから数年後、あるジャーナリストがFDAの広報官に「なぜ抜き打ち査察をやめたのか」と尋ねた。FDAはこの質問に書面で「試験的プログラムを評価した結果、打ち切りが決定された」とのみ回答してきた。その頃には、もうラルはFDAを辞めていた。しかしインド事務所の責任者として目にした事実の数々は、今も彼の胸に突き刺さっている。

「私はアメリカにいて、あんな薬を飲まされる消費者の顔を見ている。彼らはただの数字じゃないんだ」



再生医療クリニックがオープン 糖尿病などを治療 大阪・福島区

2019年09月08日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備

再生医療クリニックがオープン 糖尿病などを治療 大阪・福島区

9/5(木) 12:28配信

ABCテレビ

ABCテレビ

再生医療を専門で扱うクリニックが、大阪市内にオープンすることになり、報道陣に公開されました。

大阪市福島区に来週開設される「リペアセルクリニック」は、脂肪や血液の細胞を利用して人間の自然な治癒力を生かす再生医療に特化していて、厚生労働省の承認を受け糖尿病や肝機能障害などの治療を行います。内覧会では、治療法の1つ、PRP治療が公開され、血液から抽出した血しょうを使って、ひざ関節などの回復を促進させる施術が行われました。体への負担は少ない一方で、現状では保険適用外の治療となるため、1回10万円以上の費用がかかるということです。

ABCテレビ




糖尿病の足切断を回避できるか 国内企業初の遺伝子治療薬が薬価収載

8/30(金) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL
糖尿病の足切断を回避できるか 国内企業初の遺伝子治療薬が薬価収載

(C)ivan101/iStock

 閉塞性動脈硬化症という病気をご存知だろうか? 喫煙や生活習慣が原因で足の動脈に動脈硬化が起こり、進行すると血液が滞り、足が“腐る”。一般的に50代から増え、65歳以上の6~15%がかかり、5年ほどで約20%が歩行障害が悪化し、そのうち10%が足の動脈の血流が減少、数%が足を切断するともいわれている。

 この重大病の画期的な治療薬が、8月28日付けで薬価収載された。その新薬は、足の血管が詰まっている部位周辺に新たな血管を作る遺伝子を注射する「HGF遺伝子治療薬」で、開発したのは大阪大学発のバイオ製薬企業「アンジェス」だ。

 遺伝子治療薬は“究極の医療”ともいわれるが、日本では実用化が遅れていた。

 今回薬価収載された遺伝子治療薬は国内企業初のものであり、また、閉塞性動脈硬化症を対象にした世界で初めての遺伝子治療薬になる。患者によるが、注射の回数は複数回。これによって、新たな血管が作られ、症状が改善する。

 アンジェスの代表取締役社長である山田英氏は、「既存の方法では治療が困難な患者さんに貢献するもので、大変喜ばしい。国内においては、閉塞性動脈硬化症の安静時疼痛の改善についての適応拡大をめざし、臨床試験などを実施していく予定」とコメント。米国ではすでに、FDA(米国の厚労省)からファストトラック指定を受けている。ファストトラック指定とは、必要性の高い新薬の審査を優先的に行う制度。つまり、それだけ期待されている治療薬ということだ。

 閉塞性動脈硬化症は、高齢、男性、糖尿病、喫煙、高血圧、高脂血症などに該当する人にリスクが高い。特に糖尿病の人は、閉塞性動脈硬化症による足の切断の頻度が何倍も高い。糖尿病患者が増えていることを考えると、HGF遺伝子治療薬の登場が非常に大きな意味を持つものであることは明らかだ。




医学で説明できない不思議な治癒の例がある…解明できれば患者さんの“希望”に

9/3(火) 14:30配信

まいどなニュース
医学で説明できない不思議な治癒の例がある…解明できれば患者さんの“希望”に

科学で解明できていないことはまだ多いようです(k_yu/stock.adobe.com)

 人間のからだは不思議です。ベテランの医師から見ても説明がつかない、難病からの治癒例があるそうです。兵庫県伊丹市の「たにみつ内科」で診察にあたっている谷光利昭院長は、自身が実際に見た“解明できない話”をつづりました。

◇    ◇

 世の中には科学、理屈で説明できないことがたくさんあります。科学は目覚ましいスピードと発達していますが、いまだに世の中の事象のかなり多くのことが解明できていないようです。そのことは医学に関しても当てはめることができます。

 様々な病気の原因が解明されていますが、治療法がまったく確立していない病気もまだたくさんあります。

 たとえば脳卒中の麻痺(まひ)や神経損傷後の麻痺に対してリハビリなどが懸命に行われていますが、まだ芳しい状況とは言えないでしょう。また、筋萎縮性側索硬化症などの神経疾患なども対症療法のみが行われているのが現状です。原因不明の腰痛、膝痛などでも多くの患者さんが苦しんでおられます。手術などで完治する患者さんがすべてではなく、手術後も多くの患者さんがリハビリに通院しながら薬を飲んで日常生活を過ごしておられます。

 こういった現代医学では対処が困難な患者さんに対して、私が懇意にさせていただいている、ある人は「気」という技術を使って治療を施しておられます。頚髄損傷をして首から下が動かない患者さんが、現在は歩行が可能となり、以前はなかった能力が開発されています。脳梗塞の患者さんで半身不全麻痺の麻痺側が動くようになったり、他にも腰痛で長年悩んでいた患者さんが短時間で治癒したりなど、現代医学では説明ができないことを、私は目の当たりしています。

 この「気」という技術が科学的、医学的に解明することができれば、さらに多くの患者さんの希望となることは間違いないと思うのですが…。

 日本は2025年には、3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という高齢化社会になり、多くの問題に直面することになります。現在は国民皆保険制度という素晴らしい制度で、すべての人が平等に医療を受けることができていますが、この素晴らしい制度がいつまで続くのか。このまま高齢化だけが進み、国の財源は減少する一方なのでしょうか。現在の国の収入、支出、借金を考えると不安になります。





膝の痛みで認知症も 「国民病」早めの受診を

9/7(土) 13:00配信

産経新聞
膝の痛みで認知症も 「国民病」早めの受診を

医療機関を受診するまでに時間がかかった理由

 「歩くときに違和感を覚える」「正座できない」-。日常生活でこのように感じる人も多いのではないだろうか。そんな膝の痛みのうち、「変形性膝関節症(膝OA)」の患者は40歳以上で推定2500万人を超えるというが、「年だから…」となかなか医療機関を受診しない人も少なくない。症状が悪化しうまく歩けなくなり、転倒による骨折などから介護が必要な状態になる恐れもあり、専門家は「適切な治療のために、早めの受診を」と呼びかけている。(手塚崇仁)

【表でみる】変形性膝関節症の有病率

 自覚症状のない人を含めると、日本人の約5人に1人、40歳以上では約3人に1人が膝OAを抱えている-。こんなデータが東京大の吉村典子教授らによる調査で明らかになった。

 厚生労働省が発表した国民健康・栄養調査報告(平成28年)では「現代の国民病」とされる糖尿病が疑われる成人の推計が初めて1千万人を超えたとされ、人数の上では、膝OAも「国民病」のひとつと言えるだろう。

 しかし、こうした実態にもかかわらず、埼玉協同病院の桑沢綾乃関節治療センター副センター長は「膝に痛みを抱えたまま放置している人は多い」と指摘する。

 ■「年だから」と諦め

 膝OAは関節にある軟骨がすり減ったり、半月板の変形や摩耗で関節内に炎症が起きたりするほか、骨変形などによって、痛みが生じる疾病。桑沢副センター長によると、加齢や肥満、運動不足が主な原因とされ、「誰にでも起きる可能性がある」という。

 その上で、桑沢副センター長は「発熱や頭痛と異なり、年齢だから、と諦めて、医療機関を受診しないケースが多い」と説明、「放置しても良くなることはない。すり減った軟骨や骨の変形は元に戻らず、症状が悪化する」と警鐘を鳴らす。

 膝OAの治療には、湿布や装具を活用して、症状の進行を遅らせたり痛みを緩和させたりする「保存療法」や、人工膝関節置換術を始めとする「手術療法」がある。しかし、医療機関を受診しなければ、膝の状態を正確に把握できず、適切な治療にたどり着けない。重症化しているのに自己判断で保存療法を続け、結果として手術に踏み切らざるを得ないケースもある。

 ■適切な治療のため

 一方、東京医療保健大学の今泉一哉教授(人間科学)は、膝OAなどの運動器疾患と認知症との関連を指摘する。

 認知症の入り口のひとつは、社会参加を抑制する要因となる「要介護状態」だと今泉教授。「痛みが出ている部位の可動域が狭まり、筋力が低下する。それに伴い移動能力も低下し、運動器疾患の重度化や転倒による骨折などにより、寝たきりや要介護となる恐れもある」と話し、結果的に認知症につながる可能性を懸念する。

 桑沢副センター長によると、膝OAは長い時間をかけて徐々に進行するため、「ならないための予防」は難しい。ただ、早期発見で適切な治療を受ければ、健康寿命の延伸につながるという。

 仮に重症化してしまっても、諦めるのではなく、手術療法や再生医療を受けることで痛みの大幅な改善が期待できることもある。しかし、放置し続けていると、膝の動きが悪くなり、周辺の筋肉が減ってしまう。このため、せっかく治療に踏み切ってもリハビリの効果に限界が生じることも。桑沢副センター長は「膝の状況をしっかり把握するため、まずは一度受診を」と呼びかけている。






「頸椎椎間板ヘルニア」「頸椎症」…手足にしびれやまひ 放置せず早期受診を

9/3(火) 14:12配信

読売新聞(ヨミドクター)
「頸椎椎間板ヘルニア」「頸椎症」…手足にしびれやまひ 放置せず早期受診を

読売新聞社

 首の骨(頸椎(けいつい))の中を通る神経を圧迫し、手足のしびれやまひを引き起こす「頸椎症」や「頸椎椎間板ヘルニア」は、日常生活に大きな支障をきたす恐れがある。安静にしているだけでは回復が見込めない場合もあり、早期の受診が必要だ。(諏訪智史)
「頸椎椎間板ヘルニア」「頸椎症」…手足にしびれやまひ 放置せず早期受診を

読売新聞社
骨が変形

 頸椎は、上下に連なった7個の骨でできている。その骨が変形し、中心部を通る神経を圧迫するのが頸椎症だ。圧迫部が脳からつながる中枢神経(脊髄)の場合は「頸椎症性脊髄症」、脊髄から枝分かれした神経の根元(神経根)の場合は「頸椎症性神経根症」と呼ばれる。

 頸椎椎間板ヘルニアは、頸椎の骨と骨との間に挟まっている椎間板の中身が飛び出し、頸椎症と同じように脊髄や神経根を圧迫する病気だ。

 脊髄が骨や椎間板に押されて刺激されると、両手足がしびれるだけでなく、ひどい場合はまひして動きにくくなり、お箸をうまく使えなくなったり、階段の上り下りが難しくなったりする。神経根が圧迫される場合は、片方の手や腕に痛みやしびれが出ることが多いとされる。

 頸椎症は、頭の重みを支える椎間板の「クッション機能」が加齢で弱まり、骨に負担がかかって変形してしまうことが原因だ。50歳以上に多くみられ、あまり自覚症状がなくても発症の恐れはある。頸椎の骨が変形している人の割合は、60歳以上で8割以上にのぼるとの報告もあるからだ。
「頸椎椎間板ヘルニア」「頸椎症」…手足にしびれやまひ 放置せず早期受診を

読売新聞社
加齢・体質が関係か

 一方、頸椎椎間板ヘルニアは、比較的若い30~50歳代に多い。はっきりした原因が見当たらないケースも目立ち、加齢や体質が関係しているとも言われる。

 治療法は、圧迫されている神経によって異なる。

 神経根の場合は、安静にしているうちに症状が消えることもある。治療は、首を固定する装具(頸椎カラー)や鎮痛薬などを試すのが基本。激しく痛むなら、神経やその周辺に局所麻酔薬を打つ「神経ブロック注射」で緩和できるが、それでも症状が進むようであれば、手術が視野に入ってくる。

 圧迫されているのが脊髄の場合は、適切な治療を受けずに長期間放置すると、手足の状態が元に戻らなくなる恐れがある。安静にしていても回復が困難なケースでは、早めの手術が必要。首の後ろ側からメスを入れ、骨の一部を切除したり形を変えたりして圧迫を取り除く方法が一般的だ。

 圧迫部の位置によっては、首の前側(喉側)から手術することもある。ただし、その場合は、切除した部分に自分の骨盤などの骨を移植し、金属で固定するが、首の動きが悪くなるなどの課題があった。

 このため最近では、一部の大学病院などで「頸椎人工椎間板置換術」が広がりつつある。切除した骨や椎間板の代わりに、金属と合成樹脂で作られたクッション機能付きの「人工椎間板」を入れる方法で、首の動きが保たれるほか、周囲の骨や椎間板の負担軽減も期待できる。

 大阪医科大教授の根尾昌志さんは「手足がしびれたり動きにくくなったりしても、年のせいだと勘違いしている患者は少なくない。自覚症状が強い時や長く続く場合は整形外科を受診してほしい」と話している。

がん患者の「余命」とは何か? 告げる医者と告げない医者の事情

2019年08月29日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備

がん患者の「余命」とは何か? 告げる医者と告げない医者の事情

8/29(木) 12:14配信

読売新聞(ヨミドクター)
リングドクター・富家孝の「死を想え」

 日本人の2人に1人は生涯で1度はがんになり、3人に1人はがんで死ぬという時代になりました。そこで、近年、言われているのが、「がんで死ぬのは幸せ。自分の余命がわかるから」ということです。

 たしかに、自分がこれからどれくらい生きられるのかを知って、死を迎えるにあたっての準備期間を持てるのは、幸せかもしれません。その間に、人生の整理をし、身近な人や家族に別れを告げることができるからです。
がん患者の「余命」とは何か? 告げる医者と告げない医者の事情

イメージ
余命を告げる医者、告げない医者

 しかし、「余命」というのは、かなり複雑な問題で、簡単に判断できるものではない上、医者と患者のコミュニケーションがうまくかないと、無用なトラブルの原因にもなります。そのため、余命宣告をしない医者もいます。逆に、治療のプロセスを理解してもらうため、必ず伝えている医者もいます。末期がんで終末期に入った患者さんに関しては、ある程度、正確な判断ができますが、そうでない場合は、あくまで推定でしか言えません。

 しかも、医者はわざと短めに言うものです。そうしないと、もし、それより前に亡くなられた場合、遺族に恨まれることが多いからです。
余命は生存期間の中央値

 余命の算出には、決まったルールはありません。一般的には、「生存の中央値」を取るということで、宣告が行われています。たとえば、「余命宣告1年」というのは、「生存期間の中央値」が1年ということです。

 普通、余命宣告となるのは、もはや治療しても持ちそうもない、治療を行うのが困難と判断した時です。そうなったとき、その後どれくらいの期間生存できるかを想定するわけです。

 生存期間の中央値というのは、その病気の患者集団において、「50%の患者が亡くなるまで」の期間のことです。つまり、同じ進行状態の胃がん患者が100人いた場合、50人目が亡くなった時点が胃がんの「生存期間中央値=患者の余命」となります。
余命は当てにならない面も

 したがって、進行してしまった、あるがんの生存期間中央値が1年だとしても、3年、5年と生きる人が一定数いるわけです。また、それよりも早く亡くなる患者も一定数います。つまり、「余命1年」といっても、その通りになるほうが少ないのです。ですから、余命告知をしない理由に「あてにならないから」と言う医者もいるわけです。

 また、がんの治療は複雑で、万人に共通ではありません。しかも、同じがんに対して同じ治療をしたとしても、生存できる期間には大きな差があります。なぜ、そうなるのかといえば、患者さんの年齢、体力、持病、体質などがそもそも違うからです。



「あと2週間ぐらい」の診断は正確

 ただし、末期がんの治療中の患者さんで、主治医から「あと2週間ぐらいでしょう」と言われた場合は、おそらくその通りになります。これは、データではなく、病状から判断しているからです。もはや食べ物を受け付けない、ときどき呼吸困難に陥っている、意識がもうろうとしてきたとなれば、よほど未熟な医者でなければ、患者がどれくらい持ちこたえられるかわかります。
前立腺がんと言われた

 実は、私も今年の6月にがん宣告を受けました。初期の前立腺がんで、ステージは4段階の「2」でした。初期でも、手術を勧められることがありますが、私は今のところ放置しています。前立腺がんは進行が最も遅いがんで、一生、悪さをしないで終わる可能性があるからです。がんを抱えたまま、なんの滞りもなく天寿を全うするケースも多いので、初期では余命宣告という話にはなりません。

 しかし、前立腺がんも他臓器に転移するなど進行した状態で見つかれば、話は違います。また、遺伝子の変異については未解明の点も多く、ある時、悪性度の高いがんに変わらないとも限らないと言う専門医もいます。
がん患者として気になること

 私もがん患者ですし、がんで命を失う可能性はあります。がん患者として気になるのは、今後、病状がどうなっていくのか? 悪くしないためにどうすればいいかということです。これを、医者との密なコミュニケーションを通して確認しておく必要があると思います。

 治療には、必ず、分岐点があります。一気に病状が悪化したり、転移や再発したりした時、どのような選択肢があるのかについても、理解しておきたいですね。

 人生は1回きりです。その1回きりをがんで締めくくるとしても、最期の時を満足して迎えるための努力は必要です。
がん患者の「余命」とは何か? 告げる医者と告げない医者の事情

富家 孝
富家 孝(ふけ・たかし)

医師、ジャーナリスト。医師の紹介などを手がける「ラ・クイリマ」代表取締役。1947年、大阪府生まれ。東京慈恵会医大卒。新日本プロレス・リングドクター、医療コンサルタントを務める。著書は「『死に方』格差社会」など65冊以上。「医者に嫌われる医者」を自認し、患者目線で医療に関する問題をわかりやすく指摘し続けている。





kaz***** | 5時間前

余命の宣告は受けたい。
色々と前もって対処したいし。
治療はしない。
緩和ケアは受けるけど。
治療費とかに使うなら生きれる人に遺した方が良い。
生存率を気にするのも疲れるだろうし、術後にも検査だの再発した場合の治療費とか気になるし。
あと葬式も要らない。
位牌も遺影も邪魔。
墓も無駄。
火葬したら海に蒔いてほしい。
死後にまで金が掛かりすぎる。

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返信3
sil***** | 3時間前

日本では、昔は癌の宣告自体がなかったからね。病名とステージがわかればいいと思います。余命は末期で事情がある人だけ告知すればいいと思う。

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返信0
yoi***** | 3時間前

「ガンになるのは2人に1人」とか
高齢になり「寿命」のガンと
若くしてガンにかかってしまうのでは
全然意味が違うと思うし、誤解を生みやすい
統計ではないか思う。

結局、人が寿命を迎えるとき「老衰」とされるのは
かなりの高齢でかつ比較的まれで
ガンをはじめ、肺炎とかなんらかの病気で
寿命を迎えるのが一般的なんですよね・・・?

個人的には突然死なんかがいいかなと・・・?

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kir***** | 1時間前

家族が余命を知らせない場合がある。が
本人は怖いかもしれないがやり残したことがあるならば知りたいと思う。
私なら余命宣告は知りたい。

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返信0
mis***** | 3時間前

30代のがん患者ですが、余命はあてにならない・前後するのが当たり前という前提で平均的な余命は知りたいです
やっておきたいことや始末しておきたいこと、やはりいくつかはありますから

がんになった時に一番最初に浮かんだのが「某店のラーメン食べとかなきゃ」だった自分には笑いましたけどw

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返信0
kero | 3時間前

「余命宣告を受けたら悔いなく過ごせるようにいろんなことをやりたい」という方がいらっしゃいますが、余命宣告を受けるころには身体が不自由になっていてなかなか難しいと思います。また、人間の死に方はガンだけでなく、交通事故とか動脈瘤破裂とか通り魔とか、突然のことも多いです。

やりたいことはすぐにやっておくほうが良いと思います。

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lie***** | 4時間前

親がガンで亡くなりました。亡くなる二週間前に担当医に呼び出され、
椅子に腰掛けるひまもなく、笑顔で、あと一週間くらいかな、と言われました。すっかり慣れているのか、とにかくニコニコしていました。
もうすぐ楽になれますよって気持ちだったかもしれないど、笑顔で余命宣告されたのはすごくショックだった。結局椅子に腰掛けることもなくそのまま話は終わった。まずは余命を知りたいか確認してから告知するのが家族に対するマナーだと思う、家族にも心の準備をさせてほしかった。

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anp | 4時間前

身内が3ヶ月って言われてから、1週間で逝ってしまったからあてにならないこともある。
あの時、会っておけば良かったと本当後悔した。
自分が癌になったらきちんと知りたい。
子ども達にしてあげられることをして、夫へ今までの感謝をしっかり伝えたい。

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enm***** | 5時間前

ガンは、患者の年齢によって対応が違うのではないか?

私の場合は、告知してもらって延命治療はせず、鎮痛治療のみで、苦しまず静かに人性を終えたい。

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vam***** | 2時間前

余命の誤差は余命が日単位なら誤差も日単位、週単位なら誤差も週単位、月単位なら誤差も月単位と聞いたことがあります。

余命3日なら5日になることはあっても2週間になることはないし、余命2週間なら3週間になることはあっても3ヶ月になることはないと。だから年単位の余命はあまりあてにならないと聞きました。


通りすがり | 3時間前

私の父親は余命あと1ヶ月くらいだと宣告された日の夕方に急変して亡くなりました。
お昼前に宣告を受け、一度病院を出てお昼御飯を済ませ荷物を持って病院へ戻っている道中で急変の連絡がありました。
病院に着いた時にはもう亡くなっていて看とる事も出来なかったです。
病院を出るんじゃなかったとかもっと早くに戻れば良かったとか考えてます。
全く余命宣告云々とは違う話ですが。
余命宣告はあくまでも推測だってこと。
宣告される程の状況なんだと把握するだけに留めておこうと思います。



cvl***** | 5時間前

癌で死ぬのは幸せですか?私は癌にはなりたくない。痛みのコントロールが難しく身体中転移しお産よりも痛いと言って亡くなりました。今思い出しても辛く悲しいです。無理だと思うけど老衰がいいな。

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Rose | 3時間前

余命宣告なんていらない。
自分の勘で感じて察します。

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kor***** | 5時間前

心臓や脳系で突然死んでしまうよりは良いのかなぁ〜。

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abcdefg | 5時間前

現代医学は低レベルなので、医者はなぜがんが出来るのか、どうやったら治るのか未だになんにもも分かってませんので、余命宣告なんてテキトーですよ。

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tfu***** | 4時間前

遺された時間を有意義にまた悔いなく生きたいから、余命宣告は是非して欲しい!

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jwt※※※※ | 5時間前

癌の余命宣告。
これは、このまま抗がん剤の投与を続けると、そこまでしか生きられないよ、と言うことだと思っている。
でなきゃ、余命なんてわかりっこない。



人工乳房で血液がん?…自主回収スタートしたが「代替品なし」患者SOS

2019年08月29日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備

人工乳房で血液がん?…自主回収スタートしたが「代替品なし」患者SOS

8/29(木) 12:12配信

読売新聞オンライン
人工乳房で血液がん?…自主回収スタートしたが「代替品なし」患者SOS

自主回収となった製品を手に話す岩平医師(東京都港区のブレストサージャリークリニックで)

 乳がん患者の乳房再建手術で使う人工乳房について、血液がんの一種、悪性リンパ腫を発症する恐れがあるとして、メーカーが7月下旬から自主回収を始めた。国内では公的医療保険の対象となる代替品がなく、全国的に再建手術は中断し、患者に不安が広がった。9月にも代替品が販売されるものの、従来品より合併症が増えるなどの懸念があり、安心して利用できる製品の供給が急務だ。(医療部 中島久美子、加納昭彦)
人工乳房で血液がん?…自主回収スタートしたが「代替品なし」患者SOS

読売新聞社
唯一の保険適用…乳がん「再建手術」中止に

 かつて、人工乳房を使う再建手術は自費で、100万円前後かかっていた。患者会が公的医療保険の適用を求める約12万人分の署名を厚生労働省に提出し、2013年、ようやく保険適用になり、自己負担は半額以下になった。

 人工乳房による国内の再建手術は、保険適用前の12年は約1600件にとどまっていたが、16年には約8200件と5倍に増えた。保険適用後に手術を受けた人は約3万人に上る。

 国内で唯一、公的保険が適用されていたのが、アイルランドの製薬大手アラガンの製品だ。

 ところが、7月24日、米食品医薬品局(FDA)の調査で、人工乳房の挿入後に悪性リンパ腫を発症した人が世界で573人おり、うち33人が死亡していたことが明らかになった。特定のアラガン製品が発症しやすいこともわかり、FDAが自主回収を要請した。

 回収対象は、シリコーン製の人工乳房2製品と、人工乳房を入れる前に使う拡張器の計3製品だ。自主回収は全世界に及んだが、米国などでは他社製品が普及しており、大きな混乱はなかった。一方、日本には公的保険の対象となる製品が他になく、発症の確率は極めて低いものの、人工乳房を使った再建手術は中止に追い込まれた。

 年間約160件の再建手術を手がける亀田総合病院(千葉県鴨川市)では、患者への連絡や説明に追われた。東京都内の会社員女性(45)は、乳がんの摘出手術と同時に予定していた拡張器を入れる手術ができないと聞かされた。「再建ができるから乳房の全摘にも前向きになれたのに」と落胆している。

 すでに再建手術で人工乳房を入れた患者も不安を隠せない。乳がん患者会で活動する東京都世田谷区の大谷るみ子さん(53)は、「この春に人工乳房を入れたばかり。急きょ、主治医に説明を求めました。医師は安全性の情報提供とともに、不安に寄り添った対応をしてほしい」と話す。

 拡張器を入れて人工乳房への交換を待つ患者にも影響する。拡張器には金属が使われており、がん再発の有無を調べようとする際、磁気共鳴画像(MRI)検査が受けられない。



発症はまれ

 日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会などによると、人工乳房を入れた後に発症する悪性リンパ腫は、3300~3万人に1人の頻度で起きる。平均9年で発症する。国内でも今年6月、初の報告があった。挿入後17年たった患者で、現在治療中という。

 早期に発見できれば、人工乳房と周囲の組織の切除で治せる。同学会を含む4学会は8月2日、人工乳房の使用者に対し、急な腫れなど悪性リンパ腫を疑う症状がなければ摘出は推奨せず、定期的に検診を受け続けることを呼びかける文書を公表した。

 アラガン日本法人は9月から緊急対策として、別タイプの製品を販売する。当面は、拡張器から速やかに交換する必要がある患者に優先的に供給する計画だという。

 ただ、この製品は保険適用だが、ほぼ流通しないまま昨年、販売中止になった「旧式」だ。悪性リンパ腫のリスクはほぼないが、皮膚が縮まり硬くなる合併症が増えるほか、破損した時に中身が漏れ出しやすく、形が不自然になりやすいといった問題がある。

 全国の24患者団体は8月28日、アラガン社以外の新たな人工乳房の保険適用などを求める要望書を、厚生労働省に提出した。

 人工乳房を使った再建手術の経験豊富な岩平佳子・ブレストサージャリークリニック(東京都港区)院長は、「再建する患者は、どんな乳房でもあればよいのではなく、美しく安全な乳房を取り戻したいと願っている。保険による手術が再開できても、解決には程遠い状況だ」と指摘する。
【乳房再建】

 人工乳房を使う方法は、胸の筋肉の下に拡張器を入れて約半年間、皮膚や筋肉を伸ばして、徐々に乳房を膨らませてから、人工乳房に入れ替えるのが一般的だ。一方、自分のおなかや背中の筋肉や脂肪を移植する自家再建もある。従来、公的医療保険の対象だが、乳房以外に傷が残り、体への負担も大きい。いずれも、がんの切除手術と同時に行ったり、後日に行ったりする。
人工乳房の再建手術に関する主な留意点

◆人工乳房を使う患者

・人工乳房を入れた後の悪性リンパ腫は、埋め込んだ部位周辺が大きく腫れることが多い

・急な腫れなど気になる症状がない場合、人工乳房の摘出は推奨しない

・気になる症状があれば速やかに受診する

・早期発見が重要。自己検診と医療機関での定期検診を受け続ける

◆拡張器を入れ、人工乳房への入れ替えを待つ患者

・拡張器を入れている間はMRI検査はできない

・9月に販売される別の製品を使うか、自家再建、他の製品が保険適用になるのを待つ

・自費診療で未承認の製品を使う方法もある

 (関連学会の資料などから作成)



緊急時に問われる供給体制

 医薬品や医療機器の供給が止まる事態は過去にもあり、今後も起こり得る。2011年の東日本大震災では、福島県内の工場が被災し、甲状腺機能低下症などの治療薬「チラーヂンS」が品薄になった。国内市場の98%を占める薬で、同じ成分の薬が緊急輸入された。

 医療機器では、09年、国内の骨髄移植の9割以上で使われる米企業の製品が在庫不足となった。厚生労働省は、日本では未承認だが、米食品医薬品局(FDA)が承認する米国の他企業の製品に対し、輸入や公的医療保険の適用を認めた。

 少なくとも半年かかる審査を1か月弱で承認、通常20日かかる保険適用も即日認めた。厚労省は、移植が一時中断する恐れがあったため、緊急の例外的な対応だったと説明する。

 今回の人工乳房は、生死にすぐに関わる事態ではないが、患者への影響の広がりは大きい。成川衛(まもる)・北里大薬学部教授(医薬開発学)は「国もメーカーも、より安全かつ有効な製品を供給できるような対策をとるべきだ」と指摘する。

 国の制度には、未承認の新薬などで手続きを簡略化して認める「特例承認」はある。ただ、新たな感染症の流行を想定した限定的な仕組みだ。優先的に審査する仕組みもあるが、他に治療法がない重い病気などに限られる。

 乳がん経験者の桜井なおみ・全国がん患者団体連合会理事は「海外で標準的に使われていれば、緊急時は優先して承認するなどの仕組みが必要だ」と訴える。


遺伝子治療薬で初の医療保険適用 血管詰まる病気の患者対象

2019年08月29日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備

遺伝子治療薬で初の医療保険適用 血管詰まる病気の患者対象

8/28(水) 11:28配信

共同通信

 中央社会保険医療協議会(厚生労働相の諮問機関)は28日、国内初の遺伝子治療薬「コラテジェン」の公的医療保険適用を了承した。血管が詰まり、脚などが壊死する「慢性動脈閉塞症」の患者が対象で、遺伝子治療薬への保険適用は初となる。9月4日にも適用開始となる。

 1回当たりの公定価格は60万円で、患者1人に対し2~3回使用することが想定されている。

 治療薬を患者の筋肉に注射し、血管が詰まった部分の周囲で働かせ、新たな血管を作らせる。

 バイオ製薬会社アンジェス(大阪府)が製造販売を申請し、厚労省が3月に5年間の期限付きで承認していた。
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「喜んで逝った」信じる 県内、救急隊に蘇生中止要請 

2019年08月08日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備


北日本新聞

「喜んで逝った」信じる 県内、救急隊に蘇生中止要請 

80代男性患者への蘇生処置を中止した部屋。当時は正面のソファの位置に男性のベッドがあった(画像の一部を加工しています)

■家族 最期まで揺れた心

 昨年9月に県内の消防署救急隊が蘇生処置を中止し、望み通り在宅での最期を迎えた男性患者の家族が北日本新聞の取材に応じ、当時の状況を語った。いったん着手された蘇生処置に抱いた戸惑い、救命を任務とする隊員への思い…。現場は関係者の苦悩が交錯した。あれから約1年。みとった家族は今も信じている。「お父さんは喜んで逝ってくれた」(編集委員・宮田求)

 患者は末期がんの80代男性。昨年5月ごろから容体が悪化し、入退院を繰り返した。入院中は「うちへ帰りたい」と何度も口にした。その思いは家族や医療スタッフに受け入れられ、7月下旬に退院。医療用麻薬でがんの痛みを抑えつつ、在宅生活を送った。

 「死ぬまで、うちにおる」。死を覚悟したような言い方を耳にした家族らは「このまま(穏やかに)最期を迎えたいということやな」と受け止め、訪問看護師らと擦り合わせた上で、自宅でみとることを決めた。容体が急変したときは蘇生処置を避けるため、119番せず、訪問看護ステーションに連絡することにしていた。

 最期の時を迎えたのは9月初旬だった。その日の夕方、苦しそうに呼吸する様子に、妻と長女らの心は揺れた。直前に妻と言葉を交わし元気そうに見えていたこともあり、「病院へ連れて行けば、持ち直すのではないか」との思いもあった。訪問看護師に連絡を取りつつも、119番した。

 ところが、救急隊員らが到着した時には心肺停止状態に陥っていた。蘇生処置を始めるため、隊員らが胸をはだけると、かつて心臓病の手術を受けた時の傷跡が長女らの目に映った。その上から心臓マッサージをする様子が痛々しく、「そんなに強く押さえないで」「やめて」と頼んだという。

 隊員らが所属する消防署が運用する指針では、本人の意向を示した書面などを確認した上で、かかりつけ医らの指示を得れば、蘇生を中止できるとされているが、このケースでは書面がなかった。

 隊員は「申し訳ありませんが」という意味合いの言葉を口にしながら、蘇生をしなければならないと説明した。「救急車を呼ぶと、こうなるのか…」。家族は自らの行動が招いた結果に戸惑ったという。


 最終的には、隊員が電話で主治医の代理の医師から指示を受け、蘇生を中止した。書面が示されず、医師が現地で患者の状態を確認しないまま中止に至った手続きに課題が残ったものの、家族の願いはかなえられた。「病院に運ばれて亡くなっていたら、後悔していた」。長女は心境を語る。

 隊員らは、しばらくその場に残り、遺体を清める「エンゼルケア」を手伝った。葛藤の末の光景に、長女は「(隊員らと)心が通じ合った」と考えている。

■書面なし 判断難しく
 死が間近に迫る終末期の患者であっても「少しでも長く生きてほしい」と願うのは、家族として当然の感情だろう。

 たとえ延命治療などをせずに自宅でみとると決めていても、苦しそうな様子を目の当たりにすると、気持ちは揺らぐ。医療に詳しくない人にとって、その場面が臨終に当たるかどうか判断できないという難しさもある。119番通報するのはやむを得ない面がある。

 問われているのは、119番した後に心肺停止状態となり、本人らの意向に反して、蘇生処置をされるケースへの対応だ。県内では新川地域や一部の病院を除き、意思表示の書面が用意されていないため、患者の意向を適切に確認できず、中止の判断をしにくいのが実情だ。

 一方、生命倫理に詳しい専門家の中には、カルテに蘇生処置をしないとの記載がある場合は、中止できるとの考え方もある。

 国が統一方針策定に二の足を踏む中、現場の実情に応じた対応がどこまで可能か各地域で議論を進めることが必要だ。




ナンマンダブ~~~

苦しそうな呼吸とは<<死戦期呼吸>>で、死ぬプロセスで起きるもの。

医者から、こういう話を聞いていなかったらしい事が原因で起きたケース。

死戦期呼吸を苦しんでいると考えて救命隊を呼べば<<まさしく名前の通り=救命する>>それが仕事で、救命隊員呼んで、救命処置しないで死なせてください。

現場の隊員は困る。


私は透析患者なので透析室で<<意識不明の後期老齢患者が緊急透析を受けてるのを何回も見ることがある>>医者は、実に罪だ。

最早、120%助からないにもかかわらず<<家族に、透析しないと駄目です~!~~などとホザイて無駄な透析をして銭儲けする>>本当に悪い医者共だ!!

良心がある医者なら<<これは末期ですので、このままにしましょう>>と言うはずだ。

病院に行けば死にゆくからだに<<点滴し放題で、痰が出たり、肺水腫で地獄の苦しみにされる>>本当に悪質だ!!

医者に、末期患者に対する正しい処置を教えなさい!!!!!!

無駄処置で患者や家族を苦しめ銭儲けするのを止めなさい!!

*自分は、家族に死んでいく場合のインテリジェンスをレクチャしてあり<<自宅で倒れたらそのままにする>>エマージェンシーに搬送するなと言ってある。

脳溢血なら2~3日昏睡状態で自然視するし、心臓発作なら5分もすれば死ぬ。

但し癌の場合<<痛みを取る処置だけを入院して行う>>がん細胞が神経を圧迫したりすると激痛に至るのでモルヒネや<<それでも効かない場合、強烈な鎮痛剤で間接的な安楽死をしてもらう>>




「すい臓ガンで教師しています」 病と向き合い教壇に 生徒のため奮闘する沖縄の高校教諭 

2019年07月30日 | 病気 余命を考える 死を迎える準備

父親が膵臓がんで死んだが<<最初は胃が痛いと言い出した>>膵臓街の裏にあるからだ。

大学病院に移ったら外科医がニコニコして<、切りましょう~~>>父親はなおると信じて<<お願いしますと言ったが>>既に末期で、病院の試験台と銭子儲けに利用されただけ。

無駄なオペされて余計に苦しんだ。最後はモルヒネで痛みなくしてあの世に行った。


自分は、10年以上前からリウマチの激痛<<両肘や両膝が晴れて激痛>> 今から考えると妻が指摘したとおり酒が原因。

2年前に膝の激痛で入院して強力な鎮静剤投与してもらい、即座に激痛が緩和されたが<<腎臓をやられ透析>>2年以上経過する。透析監視年齢で余命がある!!自分の場合余命は平均4年ということで(アメリカと日本の保険医療政府公表がネットにある)

例えば20歳くらいから透析開始だと25年位の余命=45歳位で死亡する。

透析すれば健常者のように長生きするのではない、、短命が現実だ。

もう覚悟はできれるので市に対する恐怖などないが<、死へのプロセスで苦痛があると嫌だ>>肺水腫になると呼吸困難で苦しむ=特に入院して点滴されるので肺水腫になる、、そして苦しんで死ぬ。本当日病院、医師は悪い!

点滴が銭儲けだから苦しんでもする。点滴なくば、、枯れるように死ぬことができるのに医師が点滴をやたらするので体内=血液中に水分が溢れ肺に行きぜき視するという残酷さだ。

俺は末期になったら苦痛取るだけの処置を医師に要求する。

*透析も検査データが良いので<<俺が透析を短縮するように医師に要求して短くして身体の負担を軽減した>>医師任せは駄目。医師など平均R的なデーターで処置するだけで、個別患者の詳細などやってられない。

*余命が短いので、妻などには状況説明済んでいる。

時間がないので趣味のギターを音楽理論から勉強して実技も厳しくやってるが<<肩が壊れる=今回は3回目肩がやられた>>経験があるので激痛の寸前でギター触れずにいる。激痛になると透析にいけなくなるからだ(この前は救急車で搬送された=肩激痛から全身に激痛拡散した)

サロンパスなど効かないので、もっと大型の捻挫などで使用する大型湿布を肩と膝、手首(ネックを握るので負荷がかかる)に湿布をして、さらにリウマチの飲み薬と痛み止めを飲んで<<痛みが強まる、全身に拡散するのを防いでいる>>

右腕があまり上がらないが、歯磨きができる程度に何とか止めている。

おそらくあと、2~3日は、ギターを持てないだろう。


*2年前に死にかけたときに<<皆さんに、お別れをブログに書こうとしたが、キーボードが打てない状況=体が動かない。よって、今後、このブログが途切れたときが<<私が幼体が相当悪い、あるいは、死んだと判断してください>>

アミーゴ、アミーガ、、アリガトウ。






「すい臓ガンで教師しています」 病と向き合い教壇に 生徒のため奮闘する沖縄の高校教諭 

7/28(日) 6:10配信

沖縄タイムス
「すい臓ガンで教師しています」 病と向き合い教壇に 生徒のため奮闘する沖縄の高校教諭 

顧問を務めるアイアーン沖尚の部室で談笑する上野浩司さん(右から2人目)。生徒たちの存在が、闘病の励みになった=12日、那覇市の沖縄尚学高校・付属中学校

 「すい臓ガンで教師しています」。那覇市の沖縄尚学高校・付属中学校で理科や情報教育を教えてきた上野浩司さん(60)は、自身のインターネットブログにそんなタイトルを付け、日々の思いを発信している。

【写真】がんになる前、恰幅がよかった頃の上野さん

 ひどい黄疸(おうだん)や便秘、食欲不振といった症状から、昨年7月にがんが発覚。膵臓(すいぞう)がんは5年生存率が1割に満たない手ごわい病で、進行度は最も重い「ステージ4」だったが、抗がん剤がよく効いて今年3月、患部の切除にこぎ着けた。

 14時間以上の手術と6週間の入院を経て、5月のゴールデンウイーク明けには仕事復帰。職場の支援を得ながら授業や部活動の指導を続けている。「頑張り過ぎないでと心配されるけれど、結局、学校も生徒も大好きなんですよ」

 ブログには病状に加え同僚や友人への感謝、教え子に向ける温かなまなざしがつづられている。体調の波が激しく、再発の恐怖や「残された時間」を意識しながらも「がんになって良かった」と今を受け止めている。

 ■「覚悟決めた」

 夏休みを前にした7月中旬の夕方。上野さんは顧問を務める「アイアーン沖尚」の部室で、部員たちと向き合っていた。

 東日本大震災の被災地支援やオープンキャンパスでのパネル展企画など、当面の活動について方向性を共有すると、IT分野が得意という高校3年の神谷悠(はるか)さん(17)の豊富な知識が話題に。「悠は大手企業の人たちとも臆することなくコミュニケーションできる。先生も知らない人脈があってびっくりするよ」と語り掛けた。同じ高校3年の金城侑樹さん(17)は中学2年で入部。「この部活で、海外の人とも積極的に言葉を交わす度胸がついた。先生は『行け、行け』と背中を押してくれた」と話した。

 アイアーンは世界各国の若者や教員たちが国際的な課題を議論し交流する世界最大の教育ネットワークで、上野さんが沖尚の教員になった2002年、部活として立ち上げた。そのアイアーンの世界大会を2年後、上野さんを実行委員長に県内で開く計画が動きだしている。「いつか沖縄で、という気持ちはあったが、がんになって覚悟が決まった。絶対にやり遂げたい」

 ■悪化する病状

 全身が黄色くなり、胃や背中の痛み、だるさもあった。心配した養護教諭に強く促され、上野さんが病院を受診したのは昨年7月初旬だった。黄疸(おうだん)を引き起こす血液中の成分濃度が異常に高く、医師には即入院を勧められたが、入院せずにその4日後、生徒を引率し渡米した。「病院の忠告に逆らって行動したという書類にサインした」と苦笑する。

 意志を貫いたのは、米バージニア州で開かれるアイアーン世界大会に参加するため。18年は30周年の節目の大会で、生徒たちと一緒に15年連続参加校として特別表彰を受けることにもなっていた。「私がいなければ海外研修は中止。積み上げてきた生徒たちの努力を無駄にしたくなかった」。体調は米国滞在中も日に日に悪化。緊急入院したのは帰国の翌日だった。

 当初の検査結果は胆管がん。長女(32)が事務職として働く病院へ移り「膵臓(すいぞう)に影がある」と告げられた。間もなく受けた開腹手術。膵臓がんだけでなく肝臓への転移が分かった。

 幸い、昨年9月から4カ月間の抗がん剤治療がよく効いた。深刻な病状だったことを知ったのは今年3月ごろ、膵頭部の切除と十二指腸や胆のう、胆管の全摘手術を受ける直前だ。医師に「抗がん剤が効かなかったら打つ手がなかった」と説明された。「逆に言えば、膵臓がんの厳しさをよく分かっていなかったから、精神的ダメージが少なくすんだ」と思う。

 とはいえ、抗がん剤の副作用に苦しめられた。味覚障害に脱毛、下痢、便秘。かつて身長166センチで88キロあった体重は50キロ台半ばに激減し、入退院を繰り返すうちに筋力も落ちていった。

 復職していた昨年末には、1人暮らしのアパートで胆管炎と胆のう炎を発症した。血圧が急低下し意識がもうろうとする中、学校へ病休の電話。異変を感じた事務員や養護教諭が救急車を呼んでくれた。「どんなに強がっていても、本心はどうだったか。時々どうしようもない不安に襲われ、涙が出た」

 ■周囲が闘病を支え

 ありのままの病状を自分の口やブログで公表してきた。闘病を支えてくれたのは世界各地の友人や生徒、保護者たち。学校側も受け持ちの授業を減らし、体調が悪い時の代行講師として大学院生を雇ってくれた。「授業は1こま70分。体力がないので、しんどければ代行の先生に任せて、私はそばでちゃちゃを入れ、時々職員室で休ませてもらっている」と感謝する。

 人に頼み事ができるようになったことが「がんになって良かった」と繰り返す一番の理由だ。一人で何でもやってきたつもりだったが、周りに支えられてこその自分だったと気付いた。

 手術から4カ月たち今のところ再発はない。この先5年の尺度で自らを見つめ、身の回りの家電製品や衣類、膨大な文書などを整理。「残りの人生をどう生きるか、真剣に考えるようになり、やるべきことが見えてきた」と充実した表情を見せる。

 今も薬の副作用などで絶不調の時がある。ただ「完全にネタにしていますよ」と笑う。「俺が命懸けで教えているんだから、もうちょっと頑張ってみろ」。進路の決定や受験勉強に臨む生徒たちには、そう言ってハッパを掛けるという。(学芸部・新垣綾子)
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今日より明日 | 2日前

私は40代のおっさんです
ステージ4の舌がんで一通りの
治療を四年前にしましたが、今は放射線の後遺症で
日々体力の衰えや体重減少は未だに続いてます
来年には初孫が産まれます、何とかそれまでは
生かして下さい…

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uk_***** | 2日前

すい臓がんのステージ4から仕事復帰されててすごいなと思います。励まされる人はいっぱいいるんじゃないかな。
頑張って欲しいし、再発せず長生きして欲しいです。


san | 2日前

実父がすい臓ステージ4でまさに闘病中です。
発覚したときにすでに抗がん剤治療もできないレベルでしたが、少し回復したのか抗がん剤治療ができるまでになり未来への兆しが少し見えてきたところです。
余命3ヶ月の宣告からもうすぐその3ヶ月が近づいています。この記事を読んで、実父ももしかしたら仕事復帰するまでに戻れるのかもと希望が持てました。
体調の波、ホントにつらいと思いますが、ブログで発信することで 他者に勇気を与えていると前向きに生きていて欲しいです。

mas***** | 1日前

私の伯父が膵臓がんで亡くなった時は抗ガン剤が効かず、モルヒネなどで緩和ケアしているだけでした。
薬が効くのはいい事だけど、それでも膵臓がんは5年生存率が非常に低い。
残された時間を有効に用いるため仕事をする事がこの方の場合は良いのかもしれないが、死と向き合う事や家族との時間を大事にする事を優先してほしいところ。
そして、より効果のある治療法が開発される事を祈ります。



leq***** | 2日前

記事を読んで涙が出た。
使命感もあるけど、生徒に支えられてる部分も大きいんだよね。教師って。
私も、高校教師、実家を継いで習い事系の塾講師、今は、塾を手広くやってた時の人脈で、塾は弟に任せて、マーケティングリサーチ的な仕事をしているけど、子ども達と関わる仕事が無性に懐かしくなるし、そんな仕事に戻りたくなる。
この先生は、私学で周りも理解ある人ばかりだから良いけど、公立でも、しんどい時にサポートするような、この学校みたいなシステムを取り入れてくれないだろうか。
教育に割く公費が極端に少なすぎる。
そのしわ寄せで、不利益を被るのは、結局子ども達だから。
この記事を、日本中にいる、モンスターペアレントの人にも読んでもらって、自分の子の将来を考えた時、学校にばかり意見を言うことが、子どものためになっていないことに気づいて欲しい。

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nin***** | 1日前

非難する人多いけど今まさに燃え尽きようとする命で何か前向きな姿勢に素晴らしさを感じる。自分は人の事なんか考えられないよ。とりあげるのも自分からアピールしてるわけでもないのが素晴らしい。非難する人は一歩譲って考えてみれば良い。


gct***** | 2日前

すい臓がん…本当に辛いんですよ。見ている側も。一番辛いのは本人だけど。
祖母がステージ3bの状態だったけど、白血球の数であまり抗がん剤治療できなかった。結局手術できず、苦しんで苦しんで旅立ってしまった。
夏の暑い時期、元々細身の祖母…夏バテで食欲不振だと思い込んでた。もっと早く気づいてあげられたらよかった。後悔ばかりです。すい臓がんの治療薬ができて、これ以上すい臓がんで苦しむ人がいなくなってほしい。



vnj***** | 1日前

私は義母を膵癌で亡くしました。2年に及ぶ介護と看護。ガン特有の症状や昨日出来ていた事が出来なくなる絶望感など味わいました。
その中この先生は手術が出来て本当に良かった!生きている限り頑張るという力に涙が出る記事でした。
義母から学んだ事は
人に愛される
人に必要とされる
人に感謝される
これが生きるのに必要な事だと私は感じました

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sai***** | 1日前

私の父も現在すい臓がんのステージ4で抗がん剤治療中です。
父は腫瘍摘出手術を受ける予定でしたが神経や血管を巻き込んだ
腫瘍だということがわかり手術不可と医者から告げられました。
手術をできれば少しの希望が見えると思っていた私たち家族も
ショックでした。
この記事を読んで手術の内容で私の父と同じ場所に腫瘍があったということが分かり、私の父も元気になるのではないかという少しの希望が出てきました。

私の父の場合自覚症状が現在もほぼ無いため
本当にガンなの?と疑ってしまうほどですが、
今後は症状が出てくるのでしょう。
私は仕事が不規則なため父の看病をできるのか不安でいっぱいです。



amt***** | 2日前

ガンよりも怖いことって抗がん剤投与と放射線治療に対する致命的な副作用でしょう。特に抗がん剤治療中にも激甚な副作用に耐えられなくショック状態になって応急医療陣たちの応急措置に死ぬ直前まで行った患者を昏睡状態でもやっと生かせる場合もたくさんあり副作用をたくさん減らされた抗がん剤の開発がまずでしょう。!そしてその抗がん剤に対する保険登載を本客化させ患者たちがより低廉な費用に治療を受けることが出来るようにすべきです。!現在まではガン細胞だけ殺すことではない正常細胞まで殺す毒薬に使用していました。もう。ガン細胞だけを殺す抗がん剤に供給を本格化すべきです。!

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返信6

top***** |2日前

ほんと、抗がん剤によって
どんどん弱ってくんだよな。
治療しない方が長生きてきんじゃね?
ってまじで思う。

だけど、治療法が他にないなら
やらざるを得ないんだよな、
特に家族にとっては。

早く、今以上に治る病気になってほしい。
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kar***** |2日前

強く同感します。
父も抗がん剤の頑張りすぎだったように思います。早くガン細胞だけに効く、薬の開発を望みます。
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con***** |2日前

ここ10年ほどで薬が飛躍的に進歩して、白血病などは分子標的薬といった抗がん剤よりもずっと副作用の少ないものが出てきていますね。今後、より多くのガンに適応する分子標的薬が開発される事を望みます。
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deq***** |2日前

どこかで、がん細胞だけに効くのが大麻と聞いた事があります。しかし、違法なものなんですよね。
大麻の悪い作用は消して、がん細胞を消す効果を残して、抗がん剤のような副作用のない薬が開発されればいいなぁ。
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amt***** |2日前

大麻はガンの激甚な痛みの陣痛剤によく効くと聞いたことがあります。!医療用大麻は酷過ぎな痛みを訴えているガン患者たちの痛みを落ち着かせる陣痛剤だけで効果が報告されています。こんなことは残念ですね。!
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hin |1日前

陣痛剤ではなく鎮痛剤では?
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ynf***** | 1日前

高齢になると死を望むようになる早く美人ばかりの世界へ行きたい。早く地獄を卒業したい。仲間もそう言う。すべての使者はそこつまり地球の未来へ行く、エホバと直接話せるエデンへ。瞬きの瞬間に。だれもがそこへ行かなければならない。すべてを知るために。