城中心のお出かけ記

お城などの歴史系や、奇岩など絶景・奇勝系を求めるお出かけ記です。一番好きな城は姫路城、好きな武将は藤堂高虎です。

鬼ヶ城の海蝕洞

2019年12月30日 | 景勝・絶景
鬼ヶ城の海岸部分の海蝕洞を見てきました。
今回で3回目で前回は1周回れませんでしたが、今回は1周までは行かなかったですが、ある程度回れました。
相変わらず岩が波で削られ複雑な形をしていて、海も美しかったです。

・鬼ヶ城の海蝕洞
・日時:2019年12月28日 午前 晴れ
・場所:三重県熊野市木本町



















熊野地域旅行

2019年12月29日 | 旅外伝
熊野周辺の三重県、和歌山県、奈良県を巡ってきました。

目が回復したので山城に行きました。
木を見て不安になったり大丈夫かなと思いましたが、
意外なほど普通に行けました。
できるだけ藪には入らず、それでもある程度の遺構は見れたかなと思いました。
これからも怪我なく楽しく城巡りしたいです。

そして今回は城以外にも鬼ヶ城の岩場、那智の滝、谷瀬の吊橋と行ってきました。
最近ドラクエウォークをしていて、どれもそのお土産が得られる場所です。
谷瀬の吊橋は初めてでしたが、どこも景色が最高でそれだけでも行く価値満点です。

あとスマートウォッチも最近買ったのでつけて初めて本格外出しました。
1日目は2.2万歩を超えで結構歩いていたことが分かりました。
最後は足が疲れて限界でしたが、数値がわかるとやる気が出ます。

目が・・

2019年12月27日 | 旅外伝
自分でも背筋が凍ってしまう話なので、読みたくない人は見ないでください。



高取城を探索中に突然枝で目をついてしまいました。
割と序盤にヤブの中に石垣を見つけそれを見に行き、戻ろうと坂を登った先で、気づいたら眼鏡が外れ目に枝が刺さってました。
今から考えると高取城には石垣がいろんな所にあるので、
通常立ち寄らない踏み場もない
わざわざ行く必要がないともいえる所でしたが、
いつもの探究心で行ってしまいました。
痛さはあまりなく、でもぼんやり見えたり今まで通りに見えたりしていました。
充血もその時はそれほどでもなかったので、
大丈夫なのかなと思いその後3時間くらい城探索を続けました。

その後車で移動をし始めたくらいからぼんやりとしか見えなくなってしまいました。
高取町の城とか巡る予定でしたが、片目でなんとか運転し自宅近くの眼科に戻りました。
もしかしたら失明してしまうとか、手術が必要なのかとか最悪の気分でした。
医者からは角膜が破れてしまっただけで、怪我で皮膚が元に戻るように
治れば目が見れるとのことでした。

それから1周間はずっとぼんやりとしか見えず、仕事も休んで家でふさぎ込みました。
1週間後に半分程度で見えるようになり、
その後徐々に見えるようになっていき、
今はほぼ元に視力に戻ることができました。

山城では転落や遭難とかクマやイノシシとかの動物で怪我をしたり
下手をしたら死ぬこともあるかなとは考えたりはしましたが、
今回のことはあまり想定していませんでした。

突然の事故だったので軽いPTSDになっていると思われ、
尖ったものを見ると背筋が寒くなったり、嫌な想像とかしてしまったりしていました。
それでも見えるようになってきてそれも少なくなったので、
ここで山城に行くのが嫌になってしまうのが嫌なので、
あえてショック療法でまた山城に行きたいと思います。
眼鏡はメガネストッパーをつけたり落ちないようにしたり
工夫して二度とこんなことにならないように気をつけます。
また急坂な所やヤブの中によい遺構があったりしますが、
あまり無理しないように、
事前に調査をしてどうしても見たい所以外は行かないようにします。

もし失明していたら取り返しがつかないし、
1週間仕事を休んで迷惑をかけてしまい、
本当に反省だらけです。

皆さんはこんなマヌケなことにならないと思いますが、
是非是非ご用心の程をお願いします。

高取城

2019年12月26日 | 
高取城には10年ぶりに訪れました。
前回は本丸と二の丸だけを見ましたが、それだけでも石垣が素晴らしかったのですが、
今回はほぼ全域を巡ることができ、石垣があらゆる所にありさらにすごい城だと実感しました。

特に吉野口曲輪は切岸に石垣というよりは石が貼りつかせたような所や、竪堀沿いに石垣があったり、堀切の片方が石垣作りだったりして、石垣好きな自分にはたまらない城でした。
本丸あたりは複雑に石垣の虎口があり、天守台もあり、石垣も高いです。
北側は門跡が続き池にも見えてしまう水堀が素晴らしかったです。

・高取城
・日時:2019年11月30日 午前 晴れ
・場所:奈良県高取町高取

・遺構 石垣、天守台、堀切、土塁、曲輪、碑、説明板
・歴史
南北朝時代 越智氏が築城
1580年 織田信長により廃城
1584年 筒井順慶が、郡山城の支城として復興
1585年 豊臣秀長領となり、本多正俊が城を大改築
1637年 植村氏が明治まで領主となる

壺阪口下石垣

壺阪口石垣

二の丸下石垣

二の丸下石垣

二の丸石垣

二の丸土塁

二の丸石垣

二の丸石垣

二の丸石垣

二の丸石垣

本丸石垣

本丸石垣

本丸虎口

本丸虎口

本丸石垣

本丸石垣

本丸虎口

本丸石垣

本丸下登り石垣

本丸下切岸石垣

吉野口曲輪井戸

吉野口曲輪石垣

吉野口曲輪石垣

吉野口曲輪石垣

吉野口曲輪土橋

吉野口曲輪竪堀石垣

吉野口曲輪堀切

吉野口曲輪堀切石垣

吉野口曲輪堀切

吉野口曲輪井戸

松ノ門

二ノ門

水堀

水堀

二ノ門

猿石

国見峠からの景色