「男を磨く旅(笑):中部・北陸ツーリング 2010」に出かけて来ました。3
OLYMPUS E-P2+ZUIKO DIGITAL 14-54mm/F2.8-3.5
今回はこの前、ジオラマ写真でちょっとだけ紹介させていただいた、世界遺産「白川郷」の様子をUPさせて頂きます。
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ここは5年ぶりでしたが、「高山」からの高速道のアクセスが格段に良くなっていたり、川向こうに大きな駐車場が出来て、メインストリートが車両通行止めになっていたりで色々変っておりました。
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ここ「白川郷」は後ほどUPさせていただく「五箇山」と共に独特の景観をなす「合掌造り」の集落が評価され1995年に「世界遺産(文化遺産)」に登録されたようです。
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「合掌造り」とは、木材を梁(はり)の上に「手の平を合わせたよう(合掌)」に山形に組み合わせて建築された、勾配の急な茅葺きの屋根を特徴とする住居との事だそうです。
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一番上の写真を見ていただくと分かるのですが、殆ど「同じ方向(南北)」に向かって建っています、これは「白川郷」の風向きを考慮し、風の抵抗を最小限にするとともに、屋根に当たる日照量を調節して夏涼しく、冬は保温されるようになっているそうです。
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「合掌造り家屋」は、江戸中期から昭和初期まで「白川村」から富山県の「五箇山地区」にかけて建てられ、古い建物は築300年にもなるようです。
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そんな、「合掌造り家屋」なんですが、ダム建設による集落の水没、小集落の集団離村、火災による消失などで、大正13年に約300棟あった合掌建物は、昭和36年には190棟に激減したそうです。
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そんな中、昭和40年代に地域住民が、白川村の「合掌造り消滅」を危ぶみ、地域内の資源を「売らない」「貸さない」「壊さない」の3原則を掲げ、保存活動が始まったようです。
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あと、この「合掌造り家屋」が広く知られるようになったのは、ドイツの著名な建築学者「ブルーノ・タウト」(1880~1938)が、著書「日本の美の再発見」で合掌造りについて記述したことがきっかけと
なっているそうです。
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彼は著書の中で、「合掌造り家屋は、建築学上合理的であり、かつ論理的である」と絶賛し、また、「この風景は、日本的ではない。少なくとも私がこれまで一度も見たことのない景色。これはむしろスイスか、さもなければスイスの幻想だ。」と述べ、この高い評価により、世界中の人々から注目を集めるようになったそうです。(白川村HPより)
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ここは、当時の日本人も一定の価値は認めていたんでしょうが、まあ、「浮世絵」なんかと一緒のパターンで、欧米人により再発見された「日本の美」の一つなんでしょうね。
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例の如く、撮影に夢中なり、結構な時間を過ごしてしまいました・・・・・・・・・・・・・・
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そんなこんなで、この「白川郷」の散策はこの辺で〆させて頂きます。次回は、同じく世界遺産の「五箇山」の様子をUPさせて頂く予定です。よろしかったら、また遊びに来てください。
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