人の記憶というのはどこからはじまっているのだろうか。
産道から覚えているというのを聞いたことがあるが、いささか信じ難い。
二歳、三歳の記憶があるという話はよく聞くが、
わたしは物覚えが悪いのか、記憶らしい記憶といえば小学校入学のころからしかない。
それも、あとから親に聞いた話と自分の記憶の境はあいまいである。
泣き虫の甘ったれで、幼稚園では先生がピアノを弾くときもわたしを膝にのせていたそうだが、
それも親から聞いた話のようである。
目黒の柿の木坂幼稚園というのは現存するそうである。
記憶にないのは、昭和十九年に大空襲が始まる前に長野県に疎開したから、
長くは幼稚園には通わなかったからかもしれない。
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