今から50年前は、ふつうの家には電話がなかった。
ある日の夕方、
風子が通う高校の教師が、突然、家に来た。
あの頃は、どの家も、
今のように留守にはしなかったのであろうか。
連絡手段がなかったので、緊急時にはこうして、
いきなり人が訪ねてくることは珍しいことではなかった。
雑誌社から学校に連絡があり、
高校生が作家のお宅を訪問するという企画へ
参加せよということである。
明日、田園調布の石坂洋次郎の家に行くように……
玄関先でおっしゃると、先生は、お茶も飲まずに、
そのままお帰りになった。
翌日、田園調布まで、どうやって行ったのか、
付き添いがあったのか、なかったのかは、覚えていない。
そのくせ、もう一人、別の高校から来た男子生徒のことは、
境くんと、名前まではっきり覚えていて、
その後しばらく文通までしたのだから、
思春期というのはなかなかに抜け目のない年頃なのであった。
ちなみに、このころの青少年は、およそ、にきび面と決まっていたのに、
境くんはつるんつるんの美しいお肌の美少年であった。
続きはまた明日。