家づくり、行ったり来たり

ヘンなコダワリを持った家づくりの記録。詳しくは「はじめに」を参照のほど。ログハウスのことやレザークラフトのことも。

m-loiusさんの名刺入れ――「超S、だけどM」なモノ

2008年06月15日 | レザークラフト

      

しばらく前に谷中M類栖のm-loiusさんから名刺入れの作成依頼が来た。
ちょうど名刺を新調したタイミングで、「Eさんの名刺入れ」を見て、名刺入れが欲しくなったという。
以前物欲がないとこぼしていたm-louisさんの物欲を刺激できたことは誇らしいことであり、こころよくお受けした。
それがこのたび出来上がったので紹介する。

<名刺入れの要件>
・ヌメ革を使用
・2つ折で2つのポケット、計15枚ほど収納することを想定
・ステッチが"M"の字になるよう縫製する
・太めの糸を使用する

書いてみれば非常にシンプルな要件だが、これを決めるまで何回もメールでやりとりをしている。

名刺入れは単純な機能のものなのでオリジナリティを出しにくい。
いや、装飾を施せばいくらでもオリジナリティは具現できるが、私は装飾で勝負したいタイプではないので、苦心した。
その結果オリジナリティを出すために「"M"の字ステッチ」というシンプルな装飾をすることで落ち着いた。
装飾といっても、"M"の字のうち、両側の"I"は必要不可欠な縫製部分であって、谷間のような"V"部分だけが装飾目的の部分である。
それに持ち主m-louisさんのイニシャル"M"を表しているので実用的な装飾なのである。そんなところに製作者のヘンなコダワリがある。

名刺入れで複数の選択肢があるのは、ポケットの「マチ」。
今回は革を湿らせて立体化する「ウエットフォーミング」という手法でマチを作った。↓
    

なぜその形にしたかというと、できるだけシンプルな構成にしたかったからだ。
その思惑は装飾の"M"の字の件とちょっとかかわっている。機能的には余分な縫製部分"V"の存在があったがゆえに、逆に「"M"以外にステッチが無い」というところまでステッチを簡素化したいと考えたのだ。
マチを別パーツにするとステッチが増えてしまうので、別パーツがいらない立体化形式にしたというわけ。結果、この名刺入れの型紙パーツはたった1つになった(※)。
"M"以外にステッチが無いことで、"M"が際立つ効果も出る。だから裏側も"M"にしてある。
m-louisさんにはこの製品のコンセプトを「超imple、だけど""」 と告げたのだが、上記のような意図があったわけである。「だけどド"M"」でもよかったが、くどいし下品になるのでやめた(笑)。

m-loiusさんが提示した要件には経年変化、つまりエイジングへの期待があった。だからヌメ革をそのまま使用した。無色のミンクオイルなどを擦り込んだだけである。今後、日焼けやm-louisさんの使用方法によって独特なモノに仕上がっていくはずだ。
家と同じく、使用者が育てるわけである。そういうモノの方が使用者も、製作者も、モノそのものにとっても、幸せなことだと私は思っている。

m-louisさんからは、名刺入れと同時に手帳用のペンホルダーも受注し、製作している。
これは、名刺入れの要件検討過程で、「名刺入れにペンホルダーをつけられないか」という想定外の要望が出てきたことに端を発する。
よく聞けば、m-louisさんが使用している手帳にペンホルダーが付いていないのでペンの収納場所がほしいということだった。
いくら名刺入れをオーダーで作るからといって、それにペンホルダーをつけるのは「渡りに船」とはいえない(「渡りに丸太」くらいのイメージ)。実際に使用するシーンを考えてもオススメできなかった。
で提案したのは、手帳にブックマークのように挟み込むペンホルダー。
市販品でもそのようなものがあることを知っていたので紹介した。↓
http://www.assiston.co.jp/?item=1542

これと同機能を持ったモノをm-louisさんの手帳サイズに合うように作ることになった。
そこでちょっとした思い違いが発生。m-louisさんは市販品のポケット機能が気に入ってしまったのだ。「このポケットがあれば名刺入れがいらないんじゃないか」と。
一方、私の方はペンホルダー機能のアイディアだけをいただき、ポケットを排除しようと考えていた。その理由は製品の厚みにある。
市販品のスペックでは厚さが2.5mm。文庫本サイズの大きめの手帳ならばその程度の厚みは許容範囲だが、m-louisさんの手帳は文庫本サイズよりスリムで薄いのだ。2.5mmもの厚みのあるものを挟み込むと使用時に不恰好になる。しかもポケットに名刺などを5枚も入れたら3.5mm以上になってしまう。
名刺入れ代わりにこれを用いることは製作者の立場から反対した。無理を言う施主とそれを諭す建築家の構図のようになった(笑)。
結局、名刺入れとペンホルダーは別々に作ることで落ち着いた。
しかし、m-louisさんがそこまでポケットを気に入ったことが頭にこびりつき、要望を何とかかなえられないかと熟考することになる。名刺2枚くらいなら何とか入るようなポケットがつけられないか、と。
そもそもは2mm以下の薄さにしたいと考えていたため、当初は0.8-1mm厚程度の革を張り合わせるように構想していた。それなら1.6-2mmほどにおさまる。
ポケットのないホルダーだったらそれでよかったが、ポケットに名刺を入れた上で2mm以下に収めるためにはもっと薄い革にしなければならない。
結局0.5mm厚という極薄の革を使うことにしたのだが、そうすると製品全体がぺらぺらになり、強度が不安だ。そこで、芯を入れることにした。ポストイットホルダーの台紙として使った塩ビシートなら0.3mm厚。0.5mm厚の革の2枚合わせにこれを芯に挟んでも計算上は1.3mmで済む。
残る課題はポケットの出し入れ口の位置である。市販品のように最上部に口をつけたならば、ポケット内の最下部に納まるであろう名刺は取り出しにくくなる。そしてポケットに指をつっこんだりすると、使っているうちに極薄の革が伸びて型崩れしてしまう。
いろいろと考えた末、ポケットの口は裏側の中間部に開口することにした。
結果、このペンホルダーの要件は以下のようになった。
・5mm径のミニシャープペンを格納する
・手帳にぴったりおさまるサイズとする
・色は手帳に合わせて黒
・名刺が2枚ほど入れられるポケットを装備
・こげ茶色のゴムバンドで手帳に固定する
・ゴムは劣化を考慮して取替え可能な構造とする(市販品は取替えできない)
・"M"のステッチを施す
・名刺入れと同じ糸を使用する

"M"のステッチで同じ糸を使用ということで名刺入れと兄弟っぽくしようという思惑である。
ただ、このチョイスは結果的に失敗だった。
極薄の革に太い糸という組み合わせになったことが無理につながり、ステッチが満足できる仕上がりにならなかったのである。結果論で言えば細い糸を使用すべきだった。
とはいえ完成させてしまったので、そうした欠点を指摘したうえで、お渡しした。
設計に問題があったというべきか、設計は良かったが施工者の腕が悪かったというべきか・・・。
住宅建築の現場で聞くような失敗談となってしまった。

    


製作にはさらにおまけ話があるというか、おまけそのものがある。
ペンホルダーの要件が固まり、一部の材料を購入しようと東急ハンズに出かけたとき、まったく別アイディアのペンホルダーが思い浮かんでしまったのだ。
それはついでに寄った文具売り場でプッチンクリップという商品を見かけたのがきっかけだ。
このクリップで手帳に固定するペンホルダーが作れそうだ、と。
実はクリップでノートに外付けするペンホルダー商品はいくつかある。
 スプリングペンクリップ↓
http://www.uniquestandards.com/item/2506-377.html
 トラベラーズノートのペンホルダー↓(ページの中ほどに掲示)
http://www.midori-japan.co.jp/tr/product/index.html

ただ、いずれも手帳から大きくはみ出す構造のため、m-louisさんの手帳用としては向かないとしてこの方式を採用しようとは思っていなかったのだ。
ところが、このクリップならば手帳に密着する形でセッティングが可能。
要件が固まった前述のペンホルダーを作ることはすでに決めていたが、このアイディアでも一つ作ってしまおう、うまくできない可能性もあるけれど、構造は簡単で革の使用量もちょっとで済む、クライアントの了承は特に必要あるまい、という判断をして製作したのだった。
    
でこれは注文外のおまけとして謹呈した。

今回のエントリは、実験的な試みとしてm-louisさんとほぼ同時に開示している。何を書くかは相談していない。
モノに対する依頼者と製作者の見方の違いや、イメージと現物の違い、依頼者と製作者の「化合」状況などがわかったら面白いと思う。
オーダーメイドのものづくりの過程は、オーダーメイドの家づくりとやはり似ている。
そういう意味で今回「建築家と施主ごっこ」を楽しんだと言えなくもないだろう。

    
         表題:「M類」なモノたち


※ Eさんの名刺入れはパーツが6ある。さらにパーツの多いものの例としては妻のバッグに関連したこのエントリ(LINK)を見てほしい。