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町おこし010:にわか受験塾

2018-02-07 | 小説「町おこしの賦」
町おこし010:にわか受験塾 
――『町おこしの賦』第1部:恭二、きて!
釧路から戻ってから、瀬口恭二、藤野詩織、猪熊勇太、南川理佐の四人は、詩織の家で受験勉強を開始した。受験勉強とは無縁の世界にいた恭二と勇太には、野球の練習よりもつらい時間となった。
藤野温泉ホテルの玄関脇の会議室が、にわかの受験塾である。温泉特有の硫黄の匂いが、室内にも流れこんでくる。
「普通科は、無試験かもしれないって。農業科は試験があるようだけど、普通科は募集人数に満たないようよ」
「ということは、受験勉強はいらないということだ。理佐ちゃん、トランプしよう」
 持っていた鉛筆を放り出し、勇太は笑っている。玄関ホールが、騒がしくなった。団体を乗せた、マイクロバスが、到着したようだ。
 受験勉強は、あっという間に打ち切られた。トランプが用意され、恭二・詩織対勇太・理佐組の神経衰弱大会になった。恭二組は、あっけなく負けてしまった。

 コーヒーを運んできた詩織の母・菜々子は、トランプを見てあきれたような表情を浮かべた。
「もう休憩しているの。お勉強がすんだら、温泉に入ってから帰りなさいね。タオルはフロントに置いておくから」
「いいな、温泉か。詩織は毎日温泉に入っているから、肌がきれいだよね」
 理佐はうらやましそうに、詩織の顔に視線を向ける。そして続ける。
「詩織のお母さんも、肌がつやつや。そして目が大きくて、詩織とそっくりだね。美人だしとっても若いわ」
 詩織は母がほめられたのを、自分のことのようにうれしく思う。父・敏光と母・菜々子は標茶高校バレーボール部の先輩後輩で、大恋愛のすえ結ばれた。

 恭二と勇太が男湯に入ると、湯船には三人の先客がいた。
「何だい、あれは。お笑いだよ。ガラクタばかり並べて、五百円だぜ。こいつは詐欺だな」
頭にタオルを乗せた男の大声は、浴室に響き渡っている。恭二はすぐに、さっき到着したお客さんだと思った。そして話題は、例の建物に違いないと思う。恭二と勇太は、並んで浴槽に入る。真っ黒な、ぬるぬるした温泉だった。
「ここの水質は、モール温泉っていうんだ。植物性の温泉は、珍しいらしい」
 恭二が勇太に解説していると、頭タオルの男が口をはさんできた。
「きみたち、地元の人? この温泉は入っているときはぬるぬるしているけど、出るとさっぱりしている。いい湯だよ」
 恭二は温泉をほめられ、少し照れながら満足げにほほ笑む。

「細岡展望台からの、釧路湿原は絶景だった。道中、丹頂鶴もキタキツネもエゾシカも見た。それが最後にあの博物館だ。すっかり興ざめしてしまったよ」
 タオル男は、またぐちりはじめた。よほど腹が立ったらしい。体を洗っていたもう一人も、負けないほどの大声でいう。
「三大がっかりスポットは、笑えたよな。あんなばかばかしいものを、いっぺんに拝むことができたんだから」
 今度はもう一つの、観光目玉のことのようだ。恭二は湯のなかに身を沈めたいほど、恥ずかしくなった。

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