山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

真保裕一『ホワイトアウト』(新潮文庫)

2018-02-27 | 書評「し」の国内著者
真保裕一『ホワイトアウト』(新潮文庫)

日本最大の貯水量を誇るダムが、武装グループに占拠された。職員、ふもとの住民を人質に、要求は50億円。残された時間は24時間!荒れ狂う吹雪をついて、ひとりの男が敢然と立ち上がる。同僚と、かつて自分の過失で亡くした友の婚約者を救うために―。圧倒的な描写力、緊迫感あふれるストーリー展開で話題をさらった、アクション・サスペンスの最高峰。吉川英治文学新人賞受賞。(「BOOK」データベースより)

◎社会派から冒険小説へ

真保裕一は1961年、東京で生まれました。作家になる以前は、アニメの世界で仕事をしていました。「笑ゥせぇるすまん」「おぼっちゃまくん」の演出や、「ドラえもんのび太の魔界大冒険」などを手がけています。

真保裕一は3段目のギャチェンジを、おこなっているようです。デビュー作『連鎖』(講談社文庫)で、江戸川乱歩賞を受賞して以来、一貫して社会派ミステリーを書いてきました。

『取引』『震源』(いずれも講談社文庫)と、ディック・フランシス(ハヤカワ文庫)の影響が色濃い作品がつづきました。ディック・フランシスは、イギリスの騎手出身の異色小説家です。邦訳のタイトルは、漢字2文字で統一されています。
これらの作品は、「小役人シリーズ」といわれています。平凡な公務員が、犯罪に巻きこまれるという筋書きです。同じようなパターンのくりかえしに辟易して、新作には手をださないでいました。

友人から「真保の『ホワイトアウト』はいいぞ」とのメールがありました。読んでみました。まったく新しい冒険小説でした。書きかけの書評をおしやって、いち早く紹介しようと焦りました。以下は以前に、PHP研究所メルマガ「ブックチェイス」に掲載したものの転載となります。

(転載はじめ)
真保裕一は、社会派の衣を脱ぎ捨てて、新たな装いの作品を書きました。『ホワイトアウト』(新潮文庫)は、まったく別人が書いた作品のようです。コインを積み上げるゲームのように、真保裕一はディテールを重ねてゆきます。

『ホワイトアウト』(新潮文庫)の舞台は、周囲を2000メートル級の山々に囲まれた奥遠和。11月中旬にもかかわらず、豪雪がすべての景色を埋めつくしています。

主人公の富樫輝男は、ダムの運転員です。遭難者らしい人影を目撃し、同僚・吉岡と救助にむかいます。荒れ狂う雪に、視界が遮断されます。ホワイトアウトとは、吹雪や霧で視界を失う現象をいいます。真保裕一はていねいな筆致で、自然の猛威を描きあげます。そのなかで人間は無力です。自然に飲みこまれ、生命が危うくなります。
 
――千丈ヶ岳からの強風に乗って、ガスをまとった雪が、雲を引きずり左方向から押し寄せてきた。瞬間、視界が奪われ、辺りが白一色に浸された。/何も見えない。目の前に、白い闇が広がっていた。/ホワイトアウトだ。(本文P33より)

富樫はホワイトアウトに巻きこまれた、親友を亡くします。さらに、とてつもない事件が起きます。日本一の貯水量をほこるダムが、武装グループによって占拠されるのです。武装グループに監禁されたダムの従業員のなかに、たまたま死んだ友人の婚約者・平川千晶がいました。武装グループは、50億円の身の代金を要求しています。

自らの失態で友人を亡くした、富樫が立ちあがります。奥遠和へ通じるすべての道は、爆破により遮断されていました。孤立した白い世界。警察も自衛隊も手のくだしようがありません。富樫だけが侵略者に迫ります。

真保裕一は、1年に1作品のペースで力作を発表しています。本書はそのなかでも、代表的な作品だと思います。これだけていねいに書きこまれた、自然の猛威は読んだことがありません。そして疲れきった肉体を支える精神力を、ここまで追求した作品はありません。真保裕一は力強くギアチェンジし、新たな世界にとびこんだようです。お薦めです。
(転載おわり)

真保裕一は現在、3段目のギアにチェンジしはじめました。『デパートへ行こう』(講談社文庫)、『ローカル線で行こう!』(講談社)など、タイトルと作品に丸みがでてきています。

◎『ホワイトアウト』から『奪取』へと加速

真保裕一の描く主人公は、愚直で友人思いです。人物造形には、とことんこだわりをもっています。

――いつも考えるのは、人物と物語の核になる部分とが、どう融合できるか。とちらかだけがよくても面白くないと思うんです。まれに人物だけでも面白い場合はありますが、でもその人物が何かせざるを得ない状況に追い込まれたり、悩んだり踏ん張ったりすることが面白いのであって、人物と物語のどちらかに偏ったらダメだと思います。その人物の器みたいなものが融合されたときに、自分の中では小説につながっていくのかなと思います。(『解体全書neo』ダ・ヴィンチより)

真保裕一の意図は、みごとに成功したと思います。馳星周になる前の坂東齢人もそれを認めています。

――主人公の闘いのディテイルを徹底して描ききる、そのディテイルのリアリティが、平凡な人間であるはずの主人公の超人的な行動を支え、読む者の手に汗を握らせるのだ。徹底してディテイルにこだわったからこそ、主人公のモチベーションのくささに深みが増して、逆に説得力を与えるのだ。行動の前に思想の嘘臭さは霧消する。そして、行動は徹底したディテイルによって命を吹き込まれるのだ。(坂東齢人『バンドーに訊け!』本の雑誌社より)

いっぽう福田和也は、著作(『作家の値打ち』飛鳥新社)のなかで「なぜそのようなことをするのか、という欲望や動機をつかむことができていない。すべて理におちる〈動機〉ばかりである」と辛口のコメントをしています。

自分のミスで無二の親友を亡くした。その婚約者である平川千晶がダムを訪れ、拘束されている。官憲は冬山の厳しさに対応できない。私には富樫が単独で救出に向かう、動機が理解できます。

維住玲子という北海道の作家が、『ブリザード』(中央公論新社)という厳しい世界を書いています。文庫化されていれば、「山本藤光の文庫で読む500+α」でとりあげたかった作品です。私は真保裕一の『ホワイトアウト』に、同じような力強さを感じました。

『ホワイトアウト』のあとに書かれた、『奪取』(上下巻、講談社文庫)に小役人は登場しません。親友が暴力金融に引っかかります。その借金を奪い返すために、ハイテクオタクの主人公が立ちあがります。山本周五郎賞、日本推理作家協会賞長編部門を受賞した『奪取』を読んで、私は2段目のギアチェンジで加速されていることを実感しました。
(山本藤光:2010.03.28初稿、2018.02.27改稿)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿