山本藤光の文庫で読む500+α

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辻村深月『島はぼくらと』(講談社文庫)

2018-02-13 | 書評「ち・つ」の国内著者
辻村深月『島はぼくらと』(講談社文庫)

17歳。卒業までは一緒にいよう。この島の別れの言葉は「行ってきます」。きっと「おかえり」が待っているから。
瀬戸内海に浮かぶ島、冴島。朱里、衣花、源樹、新の四人は島の唯一の同級生。フェリーで本土の高校に通う彼らは卒業と同時に島を出る。ある日、四人は冴島に「幻の脚本」を探しにきたという見知らぬ青年に声をかけられる。淡い恋と友情、大人たちの覚悟。旅立ちの日はもうすぐ。別れるときは笑顔でいよう。
大人も子供も一生青春宣言! 辻村深月の新たな代表作。(内容紹介より)

◎四人の高校生を軸に

辻村深月は、『凍りくじら』(講談社文庫)を「500+α」で紹介していました。しかし『島はぼくらと』(講談社文庫)の方がはるかに優れています。推薦作の変更をすることにしました。本書はkindle版で読みました。とてもさわやかな読後感でした。
本書は辻村深月が新たなステージに到達した記念碑的な作品、と声高にお伝えしたいと思います。そして著者自身も本書について、次のように語っています。

――「これが辻村深月の小説です」と言って、誰にでも渡せるものがやっとできたなって思っています。「私はこういう小説を書いています」と人に言える、とっても大切な一冊です。(「IN POCKET」2016年7月号)

『島はぼくらと』の舞台は、人口三千人弱の瀬戸内海の小さな島・冴島(さえじま)。主な登場人物である男女の高校生の四人は、フェリーで二十分かかる本土の学校へ通っています。

母と祖母の女三代で暮らす、純粋な少女・朱里(あかり)。朱里は源樹に、淡い恋心を抱いています。
美人で気が強く、怜悧な網元の一人娘・衣花(きぬか)。
島でリゾートホテルを経営する父と暮らす、少し不良っぽい源樹(げんき)。
熱心な演劇部員で、頭脳明晰な新(あらた)。

この設定をみただけで、なんとなく展開が推測できそうです。ところが本書は、薄っぺらな恋愛小説にはなっていません。物語を支える脇役が多岐にわたり、いずれも個性的です。

フェリーで下校中の彼らは、霧崎という男から声をかけられます。男は「幻の脚本を知らないか」と尋ねます。「幻の脚本」をめぐるてんまつについては、興ざめになるので触れません。

四人は高校を卒業したら、冴島を離れる運命にあります。一方村長が移住を推進しており、島に根づく人々もいます。

◎人と人を繋げる仕事

 あとがきに書いてある、コミュニティデザイナーの西上ありさ氏の存在なくして、本書は生まれていません。二人は「IN POCKET」(2016年7月号)で対談しています。対談内容については、のちほど引用させていただきます。四人の高校生が物語の基軸ですが本書には、さまざまな話がこれでもかとばかりに出てきます。
 朱里の母や祖母の時代の話。元の住民とIターン組の話。シングルマザーや村長の話。コミュニティデザイナーの話。これらの話は、巧みに物語に彩りを与えています。

特に前記の西上ありさ氏がモデルの、コミュニティデザイナー・ヨシノは物語の大切なキーパスンです。彼女は国土交通省の離島振興支援課の紹介で冴島にやってきます。

――彼女(ヨシノ)はIターンの新しい住人と、先住する島民との間を取り持つ、「人と人を繋げる仕事」をしています。(「IN POCKET」2016年7月号P14)

コミュニティデザイナーは、単行本では地域活性デザイナーとなっていました。この変更は西上氏に対する、著者の暖かい心遣いなのでしょう。

◎ラストでウルウル

『島はぼくらと』には、小さな物語が幾層にも連なっています。少しだけ紹介させていただきます。
島のためにと全力を尽くす村長は、時には島民と対立したり私欲をむき出しにします。
シングルマザー蕗子の娘が喀血します。村長の思惑で村には医者はいません。そこへ蕗子と同じIターン組の本木が、駆けつけてきます。本木がなぜ冴島にやってきたのか、素性は何なのか、は読んでお楽しみとします。

 島には男が成人になったら、「兄弟」の盃を交わす慣習があります。私は読み落としていましたが、北上次郎はそこに着目していました。朱里が保育園を卒園する冬の場面です。

――島に生まれた朱里が、「私と『兄弟』になろう!」と源治に言うシーンがある。(『本の雑誌』2,013年8月号)

北上次郎は、私が最も信頼している書評家です。彼の推薦する本には、はずれはありません。その北上は、素敵なシーンを教えてくれました。

そして静かな感動的なラストシーンとなります。女子高生の会話に、涙腺がウルウルと震えました。著者自身がいうように、本書はまぎれもなく、辻村深月の代表作です。『凍りくじら』を「日本現代文学125+α」から外すのは忍びないのですが、1著者1作品を原則にしています。『島はぼくらと』を「125」に追加し、『凍りくじら』を「+α」に移す作業をしました。
未読の方には、「これが辻村深月の大切な一冊だよ」と伝えたいと思います。
山本藤光2018.01.19初稿、2018.02.13改稿


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