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筑摩書房『名指導で読む筑摩書房なつかしの高校国語』(ちくま学芸文庫)

2018-03-08 | 書評「ち・つ」の国内著者
筑摩書房『名指導で読む筑摩書房なつかしの高校国語』(ちくま学芸文庫)

赤・青・黄色の表紙で親しまれてきた、筑摩書房の高校国語教科書と、現場の先生たちが授業の準備に愛用した、あの幻の指導書が文庫で復活!「こころ」「舞姫」「無常ということ」「永訣の朝」など、教科書で読んだ不朽の名作と、木下順二、臼井吉見、益田勝実をはじめ、時代を代表する知識人たちが編纂した指導書より、珠玉の解説を織り合わせた傑作選。さらに谷川俊太郎本人による、自作の詩の解説なども収録。(「BOOK」データベースより)

◎「学習指導要領」の再現

本書は「学習指導要領」、いわゆる教師のアンチョコを一般向けにしたものです。それゆえ現役の教師にとっては、あまり歓迎したくない書籍です。もしも生徒が本書を読んでいたら、教師は丸裸にされ、手の内は丸見えの状態となります。

私の高校時代の国語は、「国語」「古文」「漢文」と区分けされていました。「現代国語」という名称が採用される以前の話です。「古文」と「漢文」の先生には、まったく覇気が感じられませんでした。しかし国語の先生は熱く魅力的な方でした。必然的に前者は居眠りの時間となり、後者は愉しみな時間となりました。
 
私は国語の教師になるために、教育実習を経験しています。中央大学付属高校の2年生を受けもちました。谷崎潤一郎『陰翳礼讃』(中公文庫)を教えました。教科書がどこのものかは記憶にありません。現役の国語教師から、「学習指導要領」を渡されました。教室の後ろで現役の教師の授業を見て学び、「学習指導要領」をほとんど丸暗記しました。

今回紹介する『名指導で読む筑摩書房なつかしの高校国語』は、まさに「学習指導要領」そのものです。おそらく多くの読者は、こんなふうに教わったのだと感慨にふけることと思います。

本書を夢中で読みました。なつかしさよりも、自分には生徒を教える資格がない、と痛感させられました。本書の構成を、太宰治『富岳百景』をベースに書きぬいてみます。

・小説全文と脚注
・著者プロフィール
・叙述と注解(作中に登場する小島烏水や井伏鱒二などの詳細説明がされています)
・作品鑑賞(思いを新たにする覚悟/富士と月見草と単一表現の美/道化の精神と文体の新しさの小見出しがあります)
・作者研究(作家としての特質/文学史上の位置という小見出しがあります)

小説を読んだあとに、前記のような補足があると、だれもが自分の読書のいたらなさを痛感することでしょう。たまにはそんな読書を楽しんでみてはいかがですか。本書にはつぎの作品が収載されています。

【小説編】
・羅生門(芥川龍之介) 
・夢十夜(夏目漱石) 
・山月記(中島敦) 
・富岳百景(太宰治) 
・こころ(夏目漱石) 
・藤野先生(魯迅) 

【随想編】
・清光館哀史(柳田国男) 

【評論編】
・失われた両腕(清岡卓行)
・無常ということ(小林秀雄) 

【詩歌編】
・「ネロ」について(谷川俊太郎) 
・I was born(吉野弘) 

◎『富岳百景』の授業を実施する

みんな宿題の『富岳百景』は読んできたかな。では先生といっしょに、小説の世界に分け入ってみよう。『富岳百景』はれっきとした私小説です。それまでに心中未遂を2度も試みたが死にきれない太宰治は、腑抜けのようになって敬愛する先輩作家・井伏鱒二のもとへとやってきます。それが冒頭場面ですね。

(主人公のわたしは)「思いを新たにする気持ちで」井伏鱒二が仕事をしている甲州・御坂峠にやってくるわけです。

井伏鱒二という作家の代表作は『黒い雨』(新潮文庫)とされていますが、先生は個人的に『山椒魚』(岩波文庫)を高く評価しています。原稿用紙でわずかに16枚の短篇です。中学3年のとき光村図書で学んだ人なら、『山椒魚』のすばらしさを知っていますよね。(村上護『教科書から消えた名作』小学館文庫を参考にしています)

井伏の住む茶屋の部屋からは、富士三景といわれている景色が見えます。しかし主人公はどう感じたのでしょうか。沢田さん、ちょっと○行目を読んでみてください。
「わたしは、あまり好かなかった。好かないばかりか、けいべつさえした。あまりに、おあつらえむきな富士である。まん中に富士があって、その下に河口湖が白く寒々と広がり、近景の山々がその両そでにひっそりうずくまって湖を抱きかかえるようにしている。わたしは、一目見て、狼狽し、顔を赤らめた。これは、まるで、ふろ屋のペンキ絵だ。芝居の書割(かきわり)だ。どうにも注文どおりのけしきで、わたしは恥ずかしくてならなかった」

 はい、沢田さんありがとう。世界遺産にもなった富士山を、太宰はぼろくそにいっていますね。ひねくれているんですね、この主人公は。でも最後まで読んでゆくと、鬱屈とした気持ちが少しずつやわらいできますね。「富士には月見草がよく似合う」という言葉は、御坂峠の太宰治文学碑に刻まれています。最後まで読まなかったら、「まるで風呂屋の絵とおなじじゃないか」などと刻まれることになってしまいますね。 

『名指導で読む筑摩書房なつかしの高校国語』は、こんな具合に活用してみるのも楽しいと思います。筑摩書房にはほかに、「高校生のための近現代文学ベーシック『ちくま小説入門』」という本もあります。こちらも国語の先生ごっこには、便利な1冊です。

◎あとづけ2015.09.06

最近の国語の教科書に関する、興味深い文章がありました。

――このごろの高校生は、評論は読めるけれど、小説は読めないって言うんですよね。書かれていないイメージの部分のことはわからないと。昔はぎゃくだったと思います。(『本』2011年6月号)

引用文は誰の発言なのか、切抜きを紛失してしまいました。でも考えさせられる話です。
(山本藤光:2014.09.09初稿、2018.03.08改稿

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