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星新一『ポッコちゃん』(新潮文庫)

2018-03-02 | 書評「へ・ほ」の国内著者
星新一『ポッコちゃん』(新潮文庫)

スマートなユーモア、ユニークな着想、シャープな諷刺にあふれ、光り輝く小宇宙群! 日本SFのパイオニア星新一のショートショート集。表題作品をはじめ「おーい でてこーい」「殺し屋ですのよ」「月の光」「暑さ」「不眠症」「ねらわれた星」「冬の蝶」「鏡」「親善キッス」「マネー・エイジ」「ゆきとどいた生活」「よごれている本」など、とても楽しく、ちょっぴりスリリングな自選50編。(文庫案内より)

◎1001マイナス6

永年、日本ロシュという外資系製薬会社に勤めていました。その関係で、星製薬の創業者・星一氏のことは知っていました。星一氏が「星薬科大学」の前身である「星製薬商業学校」を設立したのも知っていました。星新一というSF作家の存在も、もちろん知っていました。しかし2人が親子であることは、知りませんでした。うかつでした。筒井康隆『小説のゆくえ』(中公文庫)を読んでいて、ありゃりゃと思ったしだいです。

――星さんは、父親から継いだ星製薬の倒産などで債鬼に追われ、さんざんいやな目に逢い、屈託があり、本来多恨の人であったと思う。そのどろどろしたものを透明感のある文学として昇華する手法をショートショートの中に発見したのであったろう。(筒井康隆『小説のゆくえ』中公文庫P202より)

会社には、星薬科大出身者はたくさんいました。創業者が星新一のお父さんであることを、だれも教えてくれませんでした。

星新一は偉大な作家です。1つの作品をとりあげて、解説するのは難しい人です。なにしろ「ショートショートの神様」です。1作品が400字詰原稿用紙で10枚程度なのです。それでも『ポッコちゃん』(新潮文庫)をとりあげることにしました。星新一作品は、『ポッコちゃん』にはじまり、『ポッコちゃん』で終わるべきだと思っています。

『ポッコちゃん』(新潮文庫)には、星新一自身が選んだ50話が収載されています。昔缶入りのドロップがありました。平たい円筒形の缶の口から、何色ものドロップが出てくるのに、わくわくした覚えがあります。『ポッコちゃん』は、そんな作品集です。ページを開くたびに、シニカルな味、ユーモアあふれる味、ときには意表をつかれる味などが楽しめました。

星新一はたくさんの掌編を残しています。しかしかたくなに、再録を拒否したものが6篇あるようです。筒井康隆が著作のなかで、つぎのように書いています。

――たとえば『壺』がそうなのだが、単行本積み残しの理由のひとつが、エヌ氏という人名に落ち着く前の作品なので主人公の名前が気にくわないといった、読者にとってはどうでもいいような理由なのである。(中略)『解放の時代』という作品は小生が特に作者に懇願して、わがアンソロジー「夢からの脱走」に収録させて戴いたものだが、これが未収録だった理由は、特集のためとはいえ、星新一が自らご法度にしている「セックス」をテーマにしているからだ。(筒井康隆『小説のゆくえ』中公文庫P138より)

星新一を目指して、私もショートショートを書いていた時代がありました。太陽が沈まない世界が現出します。世の中は3交代制で、フル生産をはじめました。品物があふれだします。不眠を訴える患者が続出します。星製薬を筆頭に、製薬各社がさまざまな不眠症治療剤を発売します。どれも劇的な効果はありません。そんなときに、わが日本ロシュ(私が勤務していた会社)は、でんぷん粉の不眠症治療剤を発売します。この薬剤(本当は疑似薬)の効果はてきめんでした。包には「1日3回に分けて服用してください」と書かれています。お粗末でした。オチの説明はあえていたしません。

◎世界でも稀有な想像力

『ポッコちゃん』はこんな話です。

あるバーに新しい女の子が入ってきます。若くて美人。しかもお酒に強く、いくら飲んでも酔っぱらいません。お客に話しかけられても、答えはいつもおうむがえしのような、そっけのないものです。

(引用はじめ)
「きれいな服だね」/「きれいな服でしょう」/「なにが好きなんだい」/「なにが好きかしら」/「ジンフィーズ飲むかい」/「ジンフィーズ飲むわ」
(引用おわり、本文P15より)

ポッコちゃんが飲んだ酒は、足についている管から回収されます。ポッコちゃんは、精巧にできたロボットなのです。ある日ポッコちゃんにほれてかよいつめていた青年が、お金がなくなったのでこれが最後だとやってきます。そのときのやりとりを再録させていただきます。

(引用はじめ)
「もう来られないんだ」/「もう来られないの」/「悲しいかい」/「悲しいわ」/「本当はそうじゃないんだろう」/「本当はそうじゃないの」/「きみぐらい冷たい人はいないね」/「あたしぐらい冷たい人はいないの」/「殺してやろうか」/「殺してちょうだい」/彼はポケットから薬の包を出して、グラスに入れ、ポッコちゃんの前に押しやった。(引用おわり、本文P17より)

このあと意表をつくような、結末が待っています。星新一については、最相葉月に力作『星新一・1001話をつくった人』(上下巻、新潮文庫)があります。『ポッコちゃん』の文体にかんして、ふれられているページを引用させていただきます。

―― 一つの文章はどれも短く、リズムがある。ほとんど過去形だが鼻につかない絶妙なバランスを保っている。地名や人名などの固有名詞や時事用語がない。(最相葉月『星新一・1001話をつくった人』新潮文庫上巻P328より)

最相葉月は『ポッコちゃん』に関する、星新一自身のコメントも紹介しています。孫引きになりますが、引用させていただきます。

――「わが小説」(朝日新聞、昭和三十七年四月二日付)という随筆で新一は、「ポッコちゃん」には、「私の持つすべてが、少しずつ含まれているようだ。気まぐれ、残酷、ナンセンスがかったユーモア、ちょっと詩的まがい、なげやりなところ、風刺、寓話的なところなどの点である」と書いている。幼時逆行の現れだという指摘に対しては、「自分でもその通りと思う」と認め、分別のある大人ばかりの世の中で、自分ひとりぐらい地に足がついていない人間も必要だろうと確信犯であることを表明している。(最相葉月『星新一・1001話をつくった人』新潮文庫上巻P331より)

星新一の偉大さを語った文章を、紹介させていただきます。
――新規なアイデアと、それを生かすためのプロット(筋立て)を思いつくには、豊かな想像力を必要とする。だから、星がこれまで七百編ものショート・ショートを書き、そのひとつひとつに新しいアイデアをそそぎこんだ、という想像力はおそらく世界でも稀有というべきであろう。まして、想像力を苦手とする日本の文壇にとっては、空前絶後といってもいいすぎではあるまい。(百目鬼恭三郎『現代の作家一〇一人』新潮社P181より)

最近、江坂遊『短い夜の出来事』(講談社文庫)を読みました。奥付を見ると、星新一ショートショートコンテスト優秀作を受賞した作家でした。星新一は現代につながっているんだ、とうれしくなりました。

なんだか引用ばかりに、なってしまいました。星新一は私のスケールをこえた、とてつもなく大きな存在なのです。そんな著者に尊敬と敬愛の念をこめて、ありがとうと結ばせていただきます。
(山本藤光:2010.06.25初稿、2018.03.02改稿)


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