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河合隼雄『こころの処方箋』(新潮文庫)

2018-02-19 | 書評「か」の国内著者
河合隼雄『こころの処方箋』(新潮文庫)

耐える」だけが精神力ではない。心の支えは、時にたましいの重荷になる。――あなたが世の理不尽に拳を振りあげたくなったとき、人間関係のしがらみに泣きたくなったとき、本書に綴られた55章が、真剣に悩むこころの声の微かな震えを聴き取り、トラブルに立ち向かう秘策を与えてくれるだろう。この、短い一章一章に込められた偉大な「常識」の力が、かならず助けになってくれるだろう。(文庫案内より)

◎「心理学」が身近なものに

河合隼雄はガチガチの心理学者。ずっとそんなイメージの、縁遠い人でした。「嘘」にまつわるタイトル本を、読みあさっていた時期があります。そのときに、河合隼雄の著作とめぐりあいました。履歴を調べてみると「日本人として初めてユング研究所にてユング派分析家の資格を取得し、日本における分析心理学の普及・実践に貢献した」とあります。河合隼雄は1928年に生まれ、79歳で生涯を閉じています。

――ユング派の精神分析を習った河合隼雄は、その方法で日本の民話を区分けし、それで割りきれない部分から日本社会の母性原理を見出した。(鶴見俊輔『思想をつむぐ人たち・鶴見俊輔コレクション1』河出文庫P182より)

鶴見俊輔が書いているように、河合隼雄には民話・昔話・児童書などをあつかった著作も数多くあります。シェイクスピアについての著作もあります。非常に幅広い分野で活躍していたのです。

私が河合隼雄の著作にはじめてふれたのは、『ウソツキクラブ短信』(講談社α文庫)でした。日本ウソツキクラブ会長を自称する河合隼雄が、架空人物・大牟田雄三と共著のかたちをとった著作です。ウソをどんどんつきなさい。ウソは世の中の潤滑油なのですといった話が、わんさかつまっています。

遠いところにいた人が、あっという間に身近な存在になりました。堅物の印象が強かったので、勝手に敬遠していたのでしょう。『ウソツキクラブ短信』を読んでからは、『とりかへばや、男と女』(新潮文庫)、『昔話の深層』(講談社α文庫)、『こころの声を聴く・対談集』(新潮文庫)などを読み、『こころの処方箋』(新潮文庫)で完璧にうちのめされました。本書は55の章にわかれ、最後に谷川俊太郎が「三つの言葉」という文章をよせています。まずはそこから紹介させていただきます。

――河合さんがよく口にする言葉が三つある。ひとつは「分かりませんなあ」、もうひとつは「難しいですなあ」、そして三つ目は「感激しました」である。(谷川俊太郎、『こころの処方箋』巻末より)

本書は赤線引きまくりになりました。第1章「人の心などわかるはずがない」から圧倒されました。難解な哲学用語などいっさいなく、ひねくった論理も、上から目線もまったく感じませんでした。そしてこの人は、エラソーにするのとは、真逆のタイプの人だと思いました。

――この子の問題は母親が原因だとか、札つきの非行少年だから更生不可能だ、などと決めてしまうと、自分の責任が軽くなってしまって、誰かを非難するだけで、ものごとが片づいたような錯覚を起こしてしまう。こんなことのために「心理学」が使われてばかり居ると、まったくたまったものではない。(本文P13より)

 人のこころがわかるのが心理学者である、との先入観を最初の章から叩き壊してみせます。決めつけると心が軽くなる。私の心のなかで、思わず元部下たちに手を合わせていました。これって私の最大の欠点なのです。

――100%正しいことを言うだけで、人の役に立とうとするのは虫がよすぎる。そんな忠告によって人間がよくなるのだったら、その100%正しい忠告を、まず自分自身に適用してみるとよい。「もっと働きなさい」とか、「酒をやめよう」などと自分に言ってみても、それほど効果があるものではないことは、すぐわかるだろう。(本文P19-20より)

ここでも打ちのめされました。納得なのです。そして第3章「100%正しい忠告はまず役に立たない」の結びの言葉で、私は完璧に河合隼雄のとりこになったのです。

――ここに述べられたことは、100%正しいことである、などと読者はまさか思われないだろうが、念のために申しそえておく。(本文P21より)

◎わかりやすく平易で感激した

紹介したい文章は山ほどあります。あと2つだけ、ぜひ引用させてください。第12章「100点以外はダメなときがある」には、こんな文章があります。

――誰かと交渉をする場合、上司や部下と話し合うときもそうである。ここぞといいうとき100%をとっておけば、それ以外は60点でいいのだ。平均点は80点以下でも、その効果はまるで違ってくるのである、(本文P56より)

第32章「うそは常備薬・真実は劇薬」は、私が『ウソツキクラブ短信』で河合隼雄と出会った原点の部分です。「人間関係を円滑にするための気遣いから出る悪意のないうそは常備薬」と本書でも書かれています。ただし「多用していると、周囲に不快感を与えることがある」と結論づけられています。

――中毒症状に陥らぬためには、われわれはここぞというときに、真実を言う練習をしておかねばならない。しかし、真実は劇薬なので使い方を間違うと大変なことが起こることを、われわれは良く知っておかねばならない。他人を非難したり攻撃したりするとき、うそが混じっている間はまだ安全である。その人の真実の欠点を指摘するとき、それは致命傷になる。(本文P135-136より)

『こころの処方箋』の推薦メッセージを紹介します。

――人の心などわかるはずがない、ということを前提に、でも、深いことをわかりやすく、やさしいことばで話しかけるような著書の数々は、悩んでいるとき、困ったときに座右の書となります。(勝間和代『読書進化論』小学館新書011、P240より)

河合隼雄には、「子どもとファンタジー・コレクション」(全6巻、岩波現代文庫)という著作があります。2014年4月に完結したばかりで、まだ十分にご紹介できません。

「こころの処方箋」も、シリーズとなっている著作です。ほかに『こころの声を聴く・河合隼雄対談集』や『こころの最終講義』(ともに新潮文庫)があります。『こころの声を聴く』では、安部公房や村上春樹などとの対談でおおいに楽しめます。『こころの最終講義』は、キリシタン神話や日本霊異記にふれた比較的かたい著作です。

河合隼雄『こころの処方箋』(新潮文庫)を読んで、口にしたい言葉が三つあります。ひとつは「分かりやすいですなあ」、もうひとつは「やさしい文章ですなあ」、そして三つ目は「感激しました」です。谷川俊太郎さんの文章をマネてみました。
(山本藤光:2014.12.13初校、2018.02.19改稿)

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