山本藤光の文庫で読む500+α

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門田隆将『死の淵を見た男』(角川文庫)

2020-04-30 | 書評「か」の国内著者
門田隆将『死の淵を見た男』(角川文庫)

2011年3月、日本は「死の淵」に立った。福島県浜通りを襲った大津波は、福島第一原発の原子炉を暴走させた。全電源喪失、注水不能、放射線量増加…このままでは故郷・福島が壊滅し、日本が「三分割」されるという中で、使命感と郷土愛に貫かれて壮絶な闘いを展開した男たちがいた。あの時、何が起き、何を思い、人々はどう闘ったのか。ヴェールに包まれた未曾有の大事故を当事者たちの実名で綴る。(「BOOK」データベースより)

◎ノンフィクションのベスト3冊

門田隆将は1958年生まれの、元週刊新潮のデスクです。門田を一躍有名にしたのは、朝日新聞の誤報を主張してからです。朝日新聞は何度も抗議をしていますが、結局は自らの誤りを認め社長が退任することになります。それらの経緯については、以下のとおりです。

――朝日新聞が福島第一原発の吉田昌郎所長が政府事故調の聴取に応じた「吉田調書(聴取結果書)」を独占入手したとして「所員の9割が吉田所長の命令に違反して撤退した」と報道したことに対して、「これは誤報である」とブログで主張した。(ウィキペディア)

門田隆将が『死の淵を見た男』(PHP研究所)を刊行したのは2012年のことです。そして朝日新聞の誤報は、2014年のことです。自らの著作をおとしめられた門田は、毅然として大マスゴミ(誤字ではありません)と対峙したのです。度重なる朝日の恫喝にたいして、門田は一歩も譲ることはありませんでした。

私はこの騒動のあとに、一度本書を読んでいます。そして本書が映画化されるのを知って、角川文庫で再読しました。感動はふたたび蘇ってきました。これまで読んできたノンフィクション作品のなかでは、佐木隆三『復讐するは我にあり』(文春文庫)、山崎朋子(やまざき・ともこ)『サンダカン八番娼館』(文春文庫)とともに本書を高く評価しています。これらの作品は「山本藤光の文庫で読む500+α」で紹介しています。

本書にかける門田の思いは、次のとおりです。それゆえ、朝日新聞の無責任なねつ造報道は、許しがたいものだったのでしょう。

――福島の現場で闘った人々を取材させてもらって、人間の使命感や責任感、そして家族への愛情の深さを改めて教えられた。そして、故郷を命をかけて守ろうとした人たちがいたことを知った。取材を通じて「いざという時、毅然とした日本人がいた」ということを心から実感できたことが、私にとって最大の喜びだった。(門田隆将講演録、GEPR編集部2013.03.13)

◎それでも日本は

最初に、門田隆将『死の淵を見た男・吉田昌郎と福島第一原発』(角川文庫)のキモとなる部分を引いておきます。

――わが国の原発では、「全電源喪失」「冷却不能」の状態がもたらされる可能性を、それでも想定しようとはしなかった。(P465)

ここでいう「それでも」とは、アメリカの9・11テロとM9・3スマトラ沖地震を知っているにもかかわらず、という意味です。つまり「テロ」や「災害」の脅威を知っていたのに、日本の原発は安全基準の見直しをしなかったのです。アメリカは9・11テロのあと、原発の安全性を大幅に見直しています。それは日本にも伝えられましたが、東電や政府はまったく動こうとしませんでした。

そして福島原発は、大地震と巨大な津波に破壊されてしまいます。アメリカの助言を受けて安全性のハードルを上げていれば、10メートルの想定外の津波に蹂躙されることはありませんでした。
福島原発事故は、まぎれもない「人災」です。本書は膨大な取材を通じて「人災」に立ち向かった、現場の人たちの命がけの闘いを、忠実に再現したノンフィクション作品です。

本書は、「フクシマ・フィフティ」というタイトルで映画化されました。映画は観ていませんが、すこぶる好評のようです。原作を読んで、強く感銘を受けた私にとってはうれしいニュースです。

菅直人総理(当時)など政府、東電、政治家たちのていたらくぶりが、実名で浮きぼりにされています。災害本部長である総理が本部を離れて現場へ行ったことの是非は別にして、現場にとっては大いに迷惑だったようです。最前線で闘う人たちにたいして、ねぎらいの言葉もなく菅は次のように第一声を発しています。

――「東京電力の武藤でございます。ご苦労さまでございます」/そう挨拶した武藤に、菅は、いきなり声を上げた。/「なんでベントをやらないんだ!」/(エツ?)/驚いたのは、武藤だけではない。挨拶もないまま、菅がいきなり声を上げたことで、周囲の人間が仰天したのだ。(P180)

本書を読んで痛感させられたのは、命をかけた現場の人の責任感の重さでした。一方、これは門田隆将は意図したものではなく、政府や東電の迷走ぶりも浮かび上がってきます。その最たる場面を説明してくれている文章があります。

――原子炉の暴走を止めるためには、海水注入を続けなくてはならないことはわかっている。しかし、専門家が沢山いるはずの本店から、「官邸に命令されたから」と、海水注入中止命令が実際にやって来る。そんな本末転倒の事態が実際に起こっていた。しかし、本義を忘れない吉田さんによって、それは回避された。これこそ吉田さんの真骨頂だったと思う。(門田隆将講演録、GEPR編集部2013.03.13)

海水注入の中止命令に対して、吉田所長はテレビ会議の席で「はい」と答えてみせます。しかし彼は部下にたいしては「続行」を命じているのです。海水注入は暴走をつづける原発を抑えるための唯一の方法です。吉田には信念があります。彼が官邸の命令にしたがっていたら、大惨事は日本の首都東京にまでおよんでいたことでしょう。現場で死闘をつづける吉田たちに放った菅総理の
言葉を引いておきます。

――「事故の被害は甚大だ。このままでは日本国は滅亡だ。撤退などあり得ない! 命がけでやれ」
――「「撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ!」
(P328)

これが一国のトップから出た言葉かと思うと、愕然とさせられます。本書にはこの場面の、菅による弁解のインタビュー記事も掲載されています。何をいっているのか、理解できませんでしたが。菅の発言にたいする現場の思いも引いておきます。

――逃げる? 誰に対して言っているんだ。いったい誰が逃げるというのか。この菅の言葉から、福島第一原発の緊対室の空気が変わった。/(なに言っているんだ、こいつ)
(P328)

これ以上、本編にふれるのは差し控えたいと思います。吉田所長とその部下たちがいなかったら、日本は壊滅的な修羅場と化していた。そうお伝えしておきたいと思います。絶対に読んでいただきたいノンフィクションの大作です。門田隆将の執念の一冊は、日本を襲った最大の惨事を、綿密な取材でつづった勇気ある男たちの一大ドラマです。
山本藤光2020.04.30

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