片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』(小学館文庫)
「ぼくにとってアキのいない世界はまったくの未知で、そんなものが存在するのかどうかさえわからないんだ」「大丈夫よ。わたしがいなくなっても世界はありつづけるわ」朔太郎とアキが出会ったのは、中学2年生の時。落ち葉の匂いのファーストキス、無人島でのふたりきりの一夜、そしてアキの発病、入院。日に日に弱っていくアキをただ見守るしかない朔太郎は、彼女の17歳の誕生日に、アキが修学旅行で行けなかったオーストラリアへ一緒に行こうと決意するが―。好きな人を失うことは、なぜ辛いのか。321万部空前のベストセラー、待望の文庫化。(「BOOK」データベースより)
◎『愛と死をみつめて』の再来
大島みち子・河野実『愛と死をみつめて』(大和書房)は、1963年に発売されました。大学生・河野実(マコ)は。軟骨肉腫に冒された大島みち子(ミコ)と寄り添いつづけます。本書はその3年間で約400通の、往復書簡を書籍化したものです。
発売後たちまち話題になりました。本は爆発的に売れ、映画になり、歌も流行しました。それから約40年たって、片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』(小学館文庫、初出2001年)が発表されました。ほとんど無名に近かった片山恭一の著作は、『愛と死をみつめて』と同様の社会現象を引き起こしました。映画やドラマになり、「セカチュウ」という流行語まで生まれました。
片山恭一は1986年「気配」により、文学界新人賞を受賞しデビューしています。実質的な出版デビュー作は、『きみの知らないところで世界は動く』(小学館文庫、初出1995年)となります。本書は3人の男女の青春を描いた作品で、『世界の中心で、愛をさけぶ』の原点と位置づけることができます。
私は『きみの知らないところで世界は動く』に共感し、その後出版された『ジョン・レノンを信じるな』(小学館文庫、初出1997年)『DNAに負けない心』(新潮Oh!文庫、初出2000年)まで読みつなぎました。可能性を信じていたのに、2つの作品に完全に裏切られました。それゆえ『世界の中心で、愛をさけぶ』は、買い求めませんでした。
『世界の中心で、愛をさけぶ』は、話題となりました。一度は見限っていた片山恭一の著作は、2刷になっていました。読んでみました。まるで『愛と死をみつめて』を読んでいるような錯覚を覚えたほどです。「セカチュウ」は、マコとミコを知らない女子高生に圧倒的な支持を受けました。
しかし書評家のなかでは、病に死ぬ安直なストーリーという批判もあります。またタイトルは、ハーラン・エリスン『世界の中心で愛を叫んだけもの』(ハヤカワ文庫SF)のパクリとの批判もあります。そうしたことを抜きにして、本書は若者たちのハートをとらえたのです。
◎印象的なキスシーン
片山恭一には、「サイン」(「ダ・ヴィンチ」2002年6月号)という500字の作品があります。パソコンに向かって、30分ほどで仕上がった作品ということです。こんなストーリーです。
心中をはかる2人は、あの世でお互いをすぐに見つけ出せるようにするために、サインをきめます。手で鼻にさわれば「ス」、耳たぶを軽くつまめば「キ」となるわけです。
心中しそこなった2人は、偶然に線路を隔てたホームで出会います。彼女は2人のこどもを連れていました。ぼくはサインを実行します。
片山恭一の恋愛小説は、肉体的な関係を避け、それに代わるものを大切な素材とします。「サイン」はその典型です。『世界の中心で、愛をさけぶ』は、磨きぬいた「言葉」を素材としています。
本書の単行本の帯には、「これほど印象的なキスシーンを描いた小説はかってなかった」(佐藤正午、「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作『ジャンプ』光文社文庫)とありました。唇を触れ合うだけの幼い儀式。稚拙な言葉の交換。過去と現在を出し入れするフラッシュバックの手法が、ばっちりと決まっています。
佐藤正午の激賞するシーンを引いておきます。
――空に残った最後の光が消えてしまった間際に、ぼくたちはキスをした。目と目があったとき、見えない合意が成立して、気が付いたら唇をあわせていた。アキの唇は落ち葉の匂いがした。(小学館文庫P67)
◎懐かしの学級委員、交換日記、初キス
ぼく(松本朔太郎)は中学2年のときに、広瀬アキと学級委員になります。進級してからクラスは別になりますが、2人は交換日記をはじめます。そして2人は同じ高校へと進学し、友情が恋愛へと発展します。
物語の幕開けから、アキはこの世にいません。物語はぼくの回想形式でつづられてゆきます。学級委員、交換日記、初キスと懐かしい単語が連なります。そして夏休みに2人は、小さな島への一泊旅行をします。その夜の場面を引用します。
――アキは身体を横にして、ぼくの方を向いた。そして唇に軽くキスをした。
「急がずに、ゆっくり一緒になっていきましょうね」
ぼくたちは抱き合ったまま目を閉じた。シーツの代わりに敷いたタオルケットの下で、小さな砂がかさこそ音をたてた。(小学館文庫P127)
その後、アキは白血病を発症します。切ない物語は、きっと読者の琴線に触れることでしょう。片山恭一は、デビュー作『きみの知らないところで世界は動く』(小学館文庫)以来の眠りから醒めたようです。マコミコからセカチュウへ。次はだれが、病に死ぬ若い2人の物語をつむぐのでしょうか。
(山本藤光:2003.06.28初稿、2018.03.06改稿)
「ぼくにとってアキのいない世界はまったくの未知で、そんなものが存在するのかどうかさえわからないんだ」「大丈夫よ。わたしがいなくなっても世界はありつづけるわ」朔太郎とアキが出会ったのは、中学2年生の時。落ち葉の匂いのファーストキス、無人島でのふたりきりの一夜、そしてアキの発病、入院。日に日に弱っていくアキをただ見守るしかない朔太郎は、彼女の17歳の誕生日に、アキが修学旅行で行けなかったオーストラリアへ一緒に行こうと決意するが―。好きな人を失うことは、なぜ辛いのか。321万部空前のベストセラー、待望の文庫化。(「BOOK」データベースより)
◎『愛と死をみつめて』の再来
大島みち子・河野実『愛と死をみつめて』(大和書房)は、1963年に発売されました。大学生・河野実(マコ)は。軟骨肉腫に冒された大島みち子(ミコ)と寄り添いつづけます。本書はその3年間で約400通の、往復書簡を書籍化したものです。
発売後たちまち話題になりました。本は爆発的に売れ、映画になり、歌も流行しました。それから約40年たって、片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』(小学館文庫、初出2001年)が発表されました。ほとんど無名に近かった片山恭一の著作は、『愛と死をみつめて』と同様の社会現象を引き起こしました。映画やドラマになり、「セカチュウ」という流行語まで生まれました。
片山恭一は1986年「気配」により、文学界新人賞を受賞しデビューしています。実質的な出版デビュー作は、『きみの知らないところで世界は動く』(小学館文庫、初出1995年)となります。本書は3人の男女の青春を描いた作品で、『世界の中心で、愛をさけぶ』の原点と位置づけることができます。
私は『きみの知らないところで世界は動く』に共感し、その後出版された『ジョン・レノンを信じるな』(小学館文庫、初出1997年)『DNAに負けない心』(新潮Oh!文庫、初出2000年)まで読みつなぎました。可能性を信じていたのに、2つの作品に完全に裏切られました。それゆえ『世界の中心で、愛をさけぶ』は、買い求めませんでした。
『世界の中心で、愛をさけぶ』は、話題となりました。一度は見限っていた片山恭一の著作は、2刷になっていました。読んでみました。まるで『愛と死をみつめて』を読んでいるような錯覚を覚えたほどです。「セカチュウ」は、マコとミコを知らない女子高生に圧倒的な支持を受けました。
しかし書評家のなかでは、病に死ぬ安直なストーリーという批判もあります。またタイトルは、ハーラン・エリスン『世界の中心で愛を叫んだけもの』(ハヤカワ文庫SF)のパクリとの批判もあります。そうしたことを抜きにして、本書は若者たちのハートをとらえたのです。
◎印象的なキスシーン
片山恭一には、「サイン」(「ダ・ヴィンチ」2002年6月号)という500字の作品があります。パソコンに向かって、30分ほどで仕上がった作品ということです。こんなストーリーです。
心中をはかる2人は、あの世でお互いをすぐに見つけ出せるようにするために、サインをきめます。手で鼻にさわれば「ス」、耳たぶを軽くつまめば「キ」となるわけです。
心中しそこなった2人は、偶然に線路を隔てたホームで出会います。彼女は2人のこどもを連れていました。ぼくはサインを実行します。
片山恭一の恋愛小説は、肉体的な関係を避け、それに代わるものを大切な素材とします。「サイン」はその典型です。『世界の中心で、愛をさけぶ』は、磨きぬいた「言葉」を素材としています。
本書の単行本の帯には、「これほど印象的なキスシーンを描いた小説はかってなかった」(佐藤正午、「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作『ジャンプ』光文社文庫)とありました。唇を触れ合うだけの幼い儀式。稚拙な言葉の交換。過去と現在を出し入れするフラッシュバックの手法が、ばっちりと決まっています。
佐藤正午の激賞するシーンを引いておきます。
――空に残った最後の光が消えてしまった間際に、ぼくたちはキスをした。目と目があったとき、見えない合意が成立して、気が付いたら唇をあわせていた。アキの唇は落ち葉の匂いがした。(小学館文庫P67)
◎懐かしの学級委員、交換日記、初キス
ぼく(松本朔太郎)は中学2年のときに、広瀬アキと学級委員になります。進級してからクラスは別になりますが、2人は交換日記をはじめます。そして2人は同じ高校へと進学し、友情が恋愛へと発展します。
物語の幕開けから、アキはこの世にいません。物語はぼくの回想形式でつづられてゆきます。学級委員、交換日記、初キスと懐かしい単語が連なります。そして夏休みに2人は、小さな島への一泊旅行をします。その夜の場面を引用します。
――アキは身体を横にして、ぼくの方を向いた。そして唇に軽くキスをした。
「急がずに、ゆっくり一緒になっていきましょうね」
ぼくたちは抱き合ったまま目を閉じた。シーツの代わりに敷いたタオルケットの下で、小さな砂がかさこそ音をたてた。(小学館文庫P127)
その後、アキは白血病を発症します。切ない物語は、きっと読者の琴線に触れることでしょう。片山恭一は、デビュー作『きみの知らないところで世界は動く』(小学館文庫)以来の眠りから醒めたようです。マコミコからセカチュウへ。次はだれが、病に死ぬ若い2人の物語をつむぐのでしょうか。
(山本藤光:2003.06.28初稿、2018.03.06改稿)
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