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340:学生募集

2019-04-10 | 小説「町おこしの賦」
340:学生募集
翔和学園標茶夜間大学校の、学生募集が開始された。樋口正直は電話の問い合わせに対応するため、おあしすの事務室で待機している。午前中はまったく、電話が鳴らなかった。樋口は心配になり、部屋のなかをうろうろした。
昼に長島太郎も、顔を出した。電話当番を、交代するためである。
「一件も、問い合わせは、ありませんでした」
 落胆した表情で、樋口が告げた。そのとき、電話が鳴った。樋口は、勢いよく受話器を上げた。
「詩織さんですか。びっくりしました。えー、入学願書ですか? 申しこみいただいた時点で、送付することになっています。はい、本日中に、持参させていただきます」
 電話を切って、樋口はにっこりと笑った。
「詩織さんから、願書の請求がありました」
 
それからは堰(せき)を切ったように、問い合わせが続いた。直接事務室に、取りにくる人もいた。そのなかの一人は、猪熊勇太だった。勇太は長島と樋口に、ほほえみかけた。
「私も女房と一緒に、大学で勉強したいと思ってね。少し説明してもらいたいことがあるんだ」
 二人はうなずいた。
「二年間は教養課程で、そこから先が専門課程と書いてあったけど、専門にはどんなコースがあるの?」
「標茶にふさわしく、農業酪農学は決まっています。あと二つは翔和学園で検討中ですが、人間学とナレッジマネジメントを予定しています」
 長島の説明に、勇太は目を輝かせて「農業酪農学を選びたいね」といった。

 夜間大学入学願書の請求は、三十四件あった。
「全員が願書を送ってくれれば、定員三十の予定はクリアだな」
 長島太郎は安堵の吐息とともに、緊張を緩めた。樋口も、大きなため息をついている。
「北村尚彦助役、斉藤貢事務局長、猪熊勇太現場局長、加納雪子広報課長と、役場の幹部が名乗りを上げてくれました。これでは標茶町役場教室みたいになってしまいますね」
「これを知ったら、町長は喜ぶだろうな」
「六十人になったら、二教室体制を考えると、翔和学園はいっている。ただし、そんなことはあり得ないとの前提だったけど」
「長島さん、この勢いなら、二教室もありかもしれません」
「そうなると、やっかいなことになる。階段教室の中央に可動式のパティションを作らなければならない」
 二人は夢にも思わなかった、二教室案のキャッチボールをしている。
「詩織さんのところに、願書を届けてきます」
 樋口はそう告げて、キャッチボールを打ち切った。


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