山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

中田永一『くちびるに歌を』(小学館文庫)

2018-02-21 | 書評「な」の国内著者
中田永一『くちびるに歌を』(小学館文庫)

長崎県五島列島のある中学合唱部が物語の舞台。合唱部顧問の音楽教師・松山先生は、産休に入るため、中学時代の同級生で東京の音大に進んだ柏木に、1年間の期限付きで合唱部の指導を依頼する。それまでは、女子合唱部員しかいなかったが、美人の柏木先生に魅せられ、男子生徒が多数入部。ほどなくして練習にまじめに打ち込まない男子部員と女子部員の対立が激化する。一方で、柏木先生は、Nコン(NHK全国学校音楽コンクール)の課題曲「手紙~拝啓 十五の君へ~」にちなみ、十五年後の自分に向けて手紙を書くよう、部員たちに宿題を課していた。提出は義務づけていなかったこともあってか、彼らの書いた手紙には、誰にもいえない、等身大の秘密が綴られていた。(文庫案内より)

◎課題曲は「手紙」

中田永一は乙一(おついち)ではないか、という論争がありました。結論はイエスということです。乙一の著作は『ZOO』(集英社文庫)しか読んでいませんでしたので、論争にはあまり興味がありませんでした。そんな状況下で中田永一『くちびるに歌を』(小学館2011年、現小学館文庫)を読んで、すごい新人が登場したと感動したものです。このときは「中田永一=乙一」論争は知りませんでした。
 
中田永一名義の著作を、初出年次でならべてみます。
2008年『百瀬、こっちを向いて』(祥伝社のちに祥伝社文庫)
2009年『吉祥寺の朝日奈くん』(祥伝社のちに祥伝社文庫)
2011年『くちびるに歌を』(小学館のちに小学館文庫)

私はこの系譜を逆に読んでいます。『くちびるに歌を』で感動し、つぎに文庫化されている『百瀬、こっちを向いて』を手にとりました。2つの著作に共通しているのは、ほのぼのとしたミステリアスな作風という点でした。薄味なのに、食後の満足感のある料理。これまで読んできたどんな作品にもない、独特の味わいだったのです。

『くちびるに歌を』(小学館文庫)は、長崎県五島列島の中学校合唱部の物語です。部活モノはこれまでに数多く読んできました。ところがこの作品には、ミステリアスな仕掛けがほどこされていました。青春ってミステリアスなものなのだよ。作者のそんな声が聞こえてきます。

合唱部顧問の松山先生は産休のため、同級生だった臨時教員の柏木に、1年間の期限つきで顧問を依頼します。柏木は元神童といわれた女性で、その美貌は評判でした。

合唱部にはそれまで、女性部員しかいませんでした。柏木先生が顧問になったと同時に、入部希望の男子生徒が急増しました。女子生徒には男子の入部動機に、不快感をしめす人がいました。そのひとりが2人の語り手のなかの仲村ナズナでした。彼女は不幸な環境で育ったために、男性社会をきらっていま

もう一人の語り手・桑原サトルは、空気のような存在でした。彼には自閉症の兄がいます。彼は校庭で柏木先生がタクトをふる合唱に魅せられて入部します。

「NHK全国学校音楽コンクール」の県大会が近づいてきます。女子部員は従来のように女子だけのエントリーを希望しています。しかし柏木先生は混声合唱での出場を決めてしまいます。課題曲は「手紙~拝啓 十五の君へ」でした。柏木先生は部員たちに、15年後の自分に向けて手紙を書くように命じました。

ここから先については、ふれることができません。部員たちはどんな手紙を書いたのかは、読んでのお楽しみです。ただし必ずハンカチを、用意しておいてください。

◎感涙のラストシーン

中田永一の細かなプロフィールはありません。私のファイルから「乙一」(おつ・いち)を紹介させていただきます。1978年生まれ。1996年、「夏と花火と私の死体」で第6回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞(集英社)を受賞し、17歳(執筆時は16歳)という若さでデビュー。選考では、栗本薫が強く推した、この作品は集英社文庫(乙一名義)で読むことができます。

『くちびるに歌を』を読みながら、壺井栄『二十四の瞳』(新潮文庫)と重なったのは私だけでしょうか。最近部活ものはわんさと書かれています。そのなかで『くちびるに歌を』は、群をぬいて光り輝いています。

『くちびるに歌を』は、2012年本屋大賞で4位になりました。書店員さんのコメントをいくつか、『本屋大賞2012』(本の雑誌社)から紹介させていただきます。

――サトルの手紙にはやっぱり泣いてしまいましたが、それ以外の子たちひとりひとりにも、みんなそれぞれ抱えているものがあって、でも大丈夫だよ、大丈夫だからねと抱きしめたくなりました。甘くて苦い、今をいきるために、おばちゃんもまだまだ頑張ってくからね。(匿名、TSUTAYA Wonder Goo弘前店)

――特にエピローグの合唱コンクールが終わってからの場面が素晴らしくて、涙が溢れて仕方なかった。15歳の多感な時期の主人公たちの心情がとても丁寧にかつ温かい視線で描かれているので、中高年はもちろん、オトナになってしまった人たちにも読んでほしいと思った。(峰多美子、宮脇書店唐津店)

『百瀬、こっちを向いて』『吉祥寺の朝日奈くん』(ともに祥伝社文庫)も私の好みの作品でした。ぜひこちらも読んでみてください。
(山本藤光:2014.12.09初稿、2018.02.21改稿)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿