しげる牧師のブログ

聖書のことばから、エッセイを書いています。
よかったら見てください。

朝の露 <預言者バラム>

2024-06-17 | 民数記
「しかし、彼が行こうとすると、神の怒りが燃え上がり、主の使いが彼に敵対して道に立ちはだかった。バラムはろばに乗っていて、二人の若者がそばにいた。」(民数記22:22新改訳)

バラムは神が許可したので、モアブに行こうと出かけた。しかしその途中で「神の怒りが燃え上がった」とある、なぜか?それは神がバラムの心をじっと見ておられ、罪と欲望への執着(しゅうちゃく)を見たからにちがいない。▼そもそも預言者の使命は、神が告げる事だけを語り、その命令に忠実に従うことである。しかし、バラムの眼前にはモアブ王が約束した莫大(ばくだい)な占い料がちらつき、我を忘れていたのだろう。富と報酬金(ほうしゅうきん)に対する飽くことなき欲望、それから離れようとしないバラムの心をごらんになり、神ははげしく怒られたのであった。▼どんなに神の御言葉を聞き、語ることができても、富への強い執着を断ち切らなかったバラムは、動物のろばにも劣る心の持ち主であった。愚鈍(ぐどん)の象徴である家畜のろばからいさめられるとは、なんたる恥辱(ちじょく)であろう。二心をもつ愚かな信仰者になってはいけない(詩49:20)。なぜなら、キリスト教会は今もバラム的誘惑にさらされており、それとの決別が求められているからだ。「けれども、あなた(ペルガモン教会のこと)には少しばかり責めるべきことがある。あなたのところに、バラムの教えを頑なに守る者たちがいる。バラムはバラクに教えて、偶像に献げたいけにえをイスラエルの子らが食べ、淫らなことを行うように、彼らの前につまづきを置かせた。」(黙示録2:14同)